□編輯室も随分賑やかでしたけれ共とう〱私一人にされてしまひました。ひとりでコツコツ校正をやるつまらなさはあの文祥堂の二階の時分を思ひ出させます。

□大正三年はもう暮れましたがかなり青鞜にとつてはいろ〱な変化のあつた年でした。来年はいゝ年であつて欲しいと思ひます。

□私が青鞜を引き受けたについて大分あぶながつてゐて下さる方があるとのことですが<ruby><rb>併</rb><rt>しか</rt></ruby>し私はどうかして引き受けた以上はやつて行くつもりです。私は何時でも私の年が若いと云ふことの為めに私の力を蔑視されるのが一番口惜しい気がします。私にこの雑誌を続けて行ける力があるものかないものか見てゐて欲しいと思ひます。私は私の呼吸のつゞく限り青鞜を手放さうとは思ひません。

□今年のお正月は<ruby><rb>屹度</rb><rt>きっと</rt></ruby>さびしいお正月でせう。平塚さんは七草頃でなければ帰らないと云ふことですし、哥津ちやんも平塚で年を迎へるさうですし集まることも出来ません。

□平塚さんは十二月号の安田<ruby><rb>皐月</rb><rt>さつき</rt></ruby>さんの『生きることゝ貞操と』を読んで考へついたことがあるし<ruby><rb>生田花世</rb><rt>いくたはなよ</rt></ruby>さんについて何時も考へてゐたこともあるから、二月号に『貞操に就いて』お書き下さる筈です。尚花世さんはあの返事を「私と私の<ruby><rb>良人</rb><rt>おっと</rt></ruby>の為めに真剣に」反響新年号に書いたと云つてまゐりました。

□野上<ruby><rb>彌生子</rb><rt>やえこ</rt></ruby>さんは十二月中旬におかへりになりました。皆様大変御元気でおかへりになりました。中央公論に何かお書きになつたさうです。附録のソニヤの伝はおしまひまでと思ひましたが紙数の都合でもう二章残つてゐます。大変面白いものです。いろ〱な事を考へさゝれました。

□松井静代さんはこの程から<ruby><rb>麹町</rb><rt>こうじまち</rt></ruby>三番町の萬源と云ふお料理屋の帳場におすはりになりました。伯父さまのお家だそうです。二月号には何かおかき下さる筈です。

□安田皐月様は誠に止むを得ない理由で<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の店をお止になりました。始終第一義的に情実にまげられないやうに活きやうと努力してお出になるかたとしてはそれも誠に余儀ないことだと思ひます。今は小石川<ruby><rb>第六天町</rb><rt>だいろくてんちょう</rt></ruby>横田方にお住居です。

□<ruby><rb>齋賀</rb><rt>さいが</rt></ruby>琴子さんは矢張り宮田先生のお宅で勉強してお出になります。二月号に短歌をどつさり頂けることになつてゐます。

□久しい前から一度お目に懸つて見たいと思つてゐました山田わか子さんをこの間おたづねして見ました。私の想像してゐたのにもまして嬉しい方でした。少しお話してゐますうちに私はすつかりお友達になつてしまひました。健康らしいいゝ血色と<ruby><rb>蟠</rb><rt>わだか</rt></ruby>まりのない気持のいゝお声と精力が溢れるやうなお体つきを見てゐますと私は自分の貧弱なのがいやになつて仕舞ひました。廿五から英語をおはじめになつたのださうです。そうして今はもう自由に他人にお教へなさることの出来る程なお力を私はうらやましいとも何とも云ひやうのない気持ちで山田さんのお顔をながめてゐました。そうしてその御勉強の最中におなじ年の子供を他人の子ばかりを三人もお育てになつたと聞いては私はたゞもう驚くより他はありませんでした。それにまた四年前からピアノをお初めになつて毎日三時間づゝもお稽古をなさるさうです。そのすべての事に対する山田さんの勇気と忍耐とは日本の家庭の婦人としては実に異数な方だと思ひます。私はかう云ふ方が私たちの前にたつてゐて下さることを力強く思ひます。二月号には『虎さん』と云ふ創作を発表して下さる筈です。

□大正三年の編輯ももう終りですから古く集まつたかさばつた原稿を仕末しやうと思ひましてひろげて見まして其中から拾ひ出したのが二三編御座います。発表する時期が外れてゐて妙にお思ひになるでせうけれどそれはお許し下さいまし。

□面倒でそれ<ruby><rb>丈</rb><rt>だ</rt></ruby>けの効果もありませんから<ruby><rb>爾後</rb><rt>じご</rt></ruby>しばらくは交換広告は全部止めたいと思ひます。何卒あしからず。なを雑誌の交換は相変らずお願ひしたいとおもひます。

□来年から補助団のために、パンフレツトを時々出そうと思つてゐます。出来る丈けいゝものを選んでやるつもりです。

［『青鞜』第五巻第一号、一九一五年一月号］