Soranoha

鉄人Q

てつじんキュー

江戸川 乱歩

ふしぎな老人

北見菊雄きたみきくお君は、小学校の四年生でした。おうちは東京の豊島としま区にあるのですが、近くに小さい公園があり、北見君は、友だちといっしょに、その公園で、よく野球などして遊ぶのでした。

公園には、毎日のように、みょうなおじいさんが、来ていました。しらが頭にベレー帽をかぶり、大きなめがねをかけ、白い口ひげと、あごひげをはやし、灰色の洋服を着て、ベンチに腰かけているのです。

北見君たちは、いつのまにか、そのおじいさんとなかよしになりました。おじいさんは、少年たちにおもしろい話を聞かせてくれるのです。

なんでもよく知っていました。学校の先生よりも、ものしりのように見えました。

「わしはね、科学者だよ。そして、発明家だよ。いま、すばらしいものを発明しているんだ。きみたちは、びっくりするよ。いや、どんなおとなでも、あっとおどろくような発明だよ。できたら、きみたちにも、見せてあげようね。」

おじいさんは、しわだらけの顔で、ニヤニヤ笑いながら、そんなことをいいました。

「それ、どんな発明なの? 何かを作っているの?」

少年たちが、たずねますと、おじいさんは、もったいぶったようすで、

「それは、まだいえない。わしの秘密だからね。むろん、何かを作っているんだよ。すばらしいものだ。世界じゅうの人が、あっとおどろくようなものだ。」

おじいさんは少年たちに会うといつでも、そのことを話しました。しかし、何を作っているのか、少しもうちあけてくれないので、少年たちは、つまらなくなって、もう、おじいさんが、そのことをいいだしても、耳をかたむけようとはしなくなりました。

その中で、北見菊雄君だけは、いつまでも、おじいさんの発明のことをわすれないで、どうかして、その発明したものを見たいと思っていました。

ある日のこと、友だちが、みんな帰ってしまって、北見君は、ひとりぼっちになったので、おうちへ帰ろうと、公園の出口の方へ歩いていきますと、そこのベンチに、あのおじいさんが、腰をかけていて、にこにこと、笑いかけました。

「おじいさん、あの発明、まだできないの?」

北見君が、そばによって聞きますと、おじいさんは、いつもより、いっそうやさしい、えがおになって、

「うん、やっとできたよ。すばらしい発明をなしとげたよ。きみは北見君といったね。きみが、いちばん熱心に、わしの話を聞いてくれたね。それにめんじて、いちばん先に、わしの発明を、きみに見せてあげようか。」

それを聞くと、北見君は、すっかりうれしくなってしまいました。

「うん、見せて! それは、どこにあるの?」

「わしのうちにあるんだよ。」

「おじいさんのうち、どこなの?」

「ここから五百メートルぐらいの、近いところだ。北見君、わしといっしょにくるかね。」

「うん、そんなに近くなら、行ってもいいや。ほんとうに見せてくれる?」

「見せるとも。さあ、おいで。」

そして、ふたりは公園を出て、大通りから、さびしいやしき町の方へ、歩いていきました。

いくつも町かどを曲がって、五百メートルほど歩くと、おじいさんは、

「ここだよ。」

といって、立ちどまりました。

いっぽうには、大きなやしきのコンクリートべいがつづき、いっぽうには草ぼうぼうの原っぱがあって、この原っぱの中に、古い西洋館がたっていました。

「あれが、わしのうちだよ。」

おじいさんは、北見君の手をひいて、道もない草の中を、その家の方へ、歩いていきました。

ポケットから、かぎを出して、入口のドアを開き、西洋館の中へはいりましたが、窓が小さいうえに、むかしふうのよろい戸が、しめきってあるので、うちの中はまっくらでした。

おじいさんは、北見君の手をひっぱって、ぐんぐん、廊下へあがって、暗いうちの中へ、はいっていきます。

廊下をひとまがりして、とあるドアを開くと、何かごたごたとならんでいる、ひろい部屋にはいりました。

カチッと、スイッチの音がして、電灯がつきましたが、大きな笠のある電気スタンドで、その下だけが明るくなり、部屋ぜんたいは、ぼんやりとしか見えません。

でもそのぼんやりした光で、およそのようすはわかるのです。おじいさんは、自分で科学者だといっていましたが、いかにも、この部屋は、科学者の部屋でした。

大きな電気のスイッチ板ばんがあり、曲がりくねったガラスのくだが、もつれあって、部屋の中をはいまわり、大きな机の上には、いろいろなガラスびんがならび、えたいのしれぬ機械があちこちに、すえつけてありました。

北見君は、あっけにとられて、このふしぎな部屋の中を見まわしていましたが、ふと、向こうのすみに異様な人間が立っているのに気づき、ギョッとしておじいさんの腕に、すがりつきました。

「あれ、あそこにいるの、だれですか?」

北見君が、おびえて、たずねますと、おじいさんは、

「ウフフフ……。」

と笑って、

「あれが、わしの発明した鉄人てつじんだよ。」

と、きみの悪い声で、答えました。

「てつじん……て、なんですか。」

「ロボットともいうよ。鉄でこしらえた人間だよ。」

北見君は、ロボットなら知っていました。でも、これは電気博物館で見たロボットとはちがっているのです。あのロボットの顔は、四角な鉄の箱のようなものでしたが、ここに立っているのは、人間とそっくりの白い顔をして、目も、鼻も、口もちゃんとあるのです。その目が、こちらをじっと見つめているのです。

「ウフフフ……。ロボットといってもふつうのロボットじゃないよ。ふつうのロボットなら、ちっともめずらしくない。どこにでもあるんだからね。こいつは、人間とそっくりのロボットなんだよ。自分で、かってに動きまわることもできるし、話をすることもできる。人間とちっともちがわないのだよ。だから、わしはロボットと呼ばないで、鉄人といっているのだ。」

北見君は、それを聞くと、なんだか、きみが悪くなってきました。

「機械で動くのですか?」

「うん、機械だ。しかし、いままでのロボットの機械とは、まるでちがっているのだよ。そこが、わしの発明なのだ。もう、何から何まで、生きた人間と、そっくりなんだからね。あいつには名前もある。キューというのだ。ハハハハハ……。みょうな顔をしているね。キューがわからないかね。英語のQだよ。わしがそういう名をつけてやったのだよ。いいかね。いま、呼んでみるから、見ておいで……。キューよ、ここへ来なさい。」

おじいさんが、そういったかと思うと、ギリギリギリギリ……と、歯車のまわるような音がして、鉄の人間が、こちらへ、近づいてくるではありませんか。

人間のとおりに、足を動かして、歩いてくるのです。そして、おじいさんの前までくると、ぴたりと立ちどまって、ギリギリギリと、上半身を曲げて、ていねいに、おじぎをしました。

「ほら、ごらん。からだは鉄でできているが、このとおり、洋服を着せて、靴をはかせてあるから、人間とそっくりだ。この顔も、鉄にえのぐがぬってあるんだよ。」

おじいさんは、そういって、鉄人の顔を、爪の先で、コツコツと、たたいてみせました。

かたい音がします。

それにしても、なんて、うまくいろどったものでしょう。いくらか黄色みのある顔色といい、耳も、目も、鼻も、口も、まるで生きているようです。

「目をまばたくことも、口をあくこともできるんだよ。Qよ、まばたきをして見せなさい。」

すると、鉄人の目が、パチパチと、まばたきをしました。

「なにか、ものをいってみなさい。おまえはなんという名だね。」

すると、鉄人の赤いくちびるが、パクパクと動いて、

「わたしは、キュー、です。」

と、へんな声で、答えたではありませんか。なんだか、電話の声のような感じです。この鉄の人形のおなかの中で、テープレコーダーが、まわってでもいるのでしょうか。

北見君は、こわくなって、からだが、ブルブルふるえてきました。

鉄の怪人

「どうだね、おどろいたろう。こんな、人間とそっくりのロボットなんて、世界のどこをさがしたって、いやあしないよ。わしは、これを発明するのに、五十年もかかったのだからなあ。」

おじいさんは、鼻を動かして、じまんするのでした。

北見君は、ほんとうにおどろいてしまいました。

そして、このしらがのおじいさんが、なんだか、神様のように、えらく見えてくるのでした。

「鉄人Qは、歩いたり、ものをいったりするほかに、何ができるのですか?」

「なんでもできるよ。こいつは、知恵があるのだ。ものを考える力があるのだ。字も書けるし、本も読めるし、算数だって、きみよりうまいかもしれないよ。」

「へえ! 算数ができるの? ほんとう?」

「ほんとうとも。じゃあ、ひとつ、きみと計算の競争をやらせてみようか。掛算かけざんだよ。ここに紙と鉛筆があるから、きみもやってごらん。」

おじいさんは、こういって、そばの机の上に、紙と鉛筆をおきました。紙は一枚しかありません。鉄人Qには、紙をやらないのかと、北見君がふしぎそうに、おじいさんの顔を見ます。おじいさんは、にっこりわらって、

「Qは、紙も鉛筆もいらないのだよ。頭の中で計算するのだ。紙や鉛筆がなけりゃ、計算できないなんて、人間の方が、よっぽど不便だね。」

それから、北見君が、鉛筆を持つのを待って、おじいさんは、問題を出しました。

「いいかい。Qもよく聞いているんだよ。五二七六、五千二百七十六に、三八、三十八をかける。さあ、はじめっ! どちらが早く、正しい答えを出すか、競争だよ。」

その声がおわるかおわらないうちに鉄人Qの赤いくちびるが、パクパクと動いて、あの電話のような声がひびきました。

「二、〇、〇、四、八、八……。」

「よろしい。北見君はどうだね。まだ、できないのかね。」

「うん、ちょっと待って。」

北見君は、紙に数字を書いて、いっしょうけんめいに計算しました。そして、やっとできました。

「ええと、二十万四百八十八です。」

「よろしい。ふたりとも正しい答えだ。しかし、北見君は、Qよりも、一分もおくれたね。だから、Qの勝ちだよ。ハハハ……。どうだね、わしの発明した鉄人Qの頭は、すばらしいだろう。」

北見君は、いよいよ、おどろいてしまいました。そして、この鉄でできた怪物が、おそろしくなってきました。

「これは、ほんの小手こてしらべだよ。まだまだおどろくことがある。さあ、何をやらせようかな。うん、そうだ。将棋しょうぎをさすことにしよう。Qは将棋がうまいのだよ。いつも、わしが相手になって、さすのだが、負けたり勝ったりだ。じゃあ、見ててごらん。」

おじいさんは、部屋のすみから、将棋ばんを持ちだしてきて、鉄人Qの前におき、それをはさんで、Qもいすにかけさせ、自分も、こちらがわのいすにこしかけました。

「Qはね、将棋が大好きなんだよ。わしに勝つと大よろこびで、笑いだすが、負けると、とてもふきげんになる。こわい顔をして、わしをにらみつけ、ものをいわなくなってしまう。きょうは、どちらが勝つかな。Q、しっかりやるんだよ。」

おじいさんは、Qの方の将棋のこまも、ならべてやって、

「さあ、きょうは、おまえが先手せんて(先にこまをうごかす)だ。このまえ、わしに二度も負けているんだからね。」

そして、人間と機械との、ふしぎな勝負がはじまるのでした。

北見君は、将棋ばんのわきに立って、このきみょうな勝負を見ていました。

北見君も、将棋のこまの動かし方ぐらいは知っていたのです。

はじめのうちは、おじいさんも、何かじょうだんをいいながら、のんびりと、こまを動かしていましたが、勝負が進むにつれて、口をきかなくなり、こわい顔で、ばんをにらみつけ、ただこまを打つ音だけが、ぴしりっぴしりっと、うすぐらい部屋に、ひびきわたるのでした。

鉄人Qの方も、なんだか、ひどくしんけんな顔になっていました。鉄のからだを少しねこぜにして、じっと将棋ばんを見つめているようすは、いかにも生きているようで、なんともいえないおそろしさです。北見君はいよいよ、きみが悪くなってきました。

ふと、うしろの窓を見ると、外はもう夕ぐれどきで、うすぐらくなっていました。それに、風が吹きだしたらしく、大きな木が、はげしくゆれているのが見えます。

もう、おうちへ帰りたくなりました。しかし、このふしぎな勝負も見とどけたいのです。

いったい、どちらが勝つのでしょう。鉄でできた人形に、どうして、こんなにうまく将棋がさせるのでしょう。

北見君は、小学校の友だちと将棋をさしたことはありますが、まだ、おとなとさすことなんか、とてもできません。将棋というものは、それほどむずかしいのです。そのむずかしい将棋を、鉄人Qは、やすやすとさしているではありませんか。鉄人の頭は、いったいどんなふうに、できているのでしょうか。どうして、これほどの知恵があるのでしょうか。

北見君は、ふしぎでならないので、きみの悪いのもわすれて、将棋ばんを、のぞいていました。何かの魔力にひきつけられたように、おうちへ帰ることができないのです。

ヒュウウッ……という音が、聞こえました。風の音です。あらしがやってくるのでしょう。

窓の外は、いよいようすぐらくなっていました。大きな木が、いまにも倒れそうに、吹きつけられているのが見えます。そして、この古い西洋館ぜんたいが、いやなきしみ音をたてて、ゆらゆらとゆれているのです。

部屋の中は、もうまっくらで、将棋のこまも見わけられないほどですが、おじいさんは、電気をつけることもわすれて夢中になってさしています。

なんだか、おじいさんの方が、はたいろがいいようです。おじいさんはてきのこまをたくさん取って、ばんの横にならべています。

Qの方には、小さなこまが、二つおいてあるだけです。

ばんの上でも、Qの王様は、まん中へんに追いつめられて、いまにも、討ち死にしそうに見えるのです。

えのぐをぬったQの顔が、おそろしく青ざめていました。そして、プラスチックの目が、まっかに血ばしっているのです。

ぴしりっ。おじいさんが、こまを打ちました。すると、鉄人の肩が、がくんとゆれて、

「ウウウウ……。」

といううなり声が、聞こえました。いよいよ、負けそうになってきたのでしょう。

ぴしりっ! また、おじいさんが、打ちました。

「王手!」

と、おしつけるような声で、叫びました。

「ウウウウ……。」

鉄人のうなり声は、だんだん、はげしくなってきます。

また、ぴしりっ、そして、

「王手!」

鉄人のからだが、がくんと、くずれました。いよいよ、勝負がついたのです。

すると、ああ、これはどうしたというのでしょう。おじいさんの目が、とびだすほど見開かれ、前にいるQの顔を、まるで、おばけでも見るように、見つめているではありませんか。

北見君は、ハッとして、Qの方を見ました。

Qは、いすから、腰を浮かして、立ちあがりそうにしていました。両方の手の、大きなにぎりこぶしが、頭の上にふりあげられていました。そして、

「ウウウウ……。」

といううなり声とともにQの鉄のからだぜんたいが、グーッと、おじいさんの上に、倒れかかっていったのです。

おじいさんは、下じきになって、必死にもがいています。

あらしは、ますますはげしくなり、西洋館が、舟のようにゆれていました。ヒュウッ、ヒュウッという風の音。どこかで、バタンと、窓の開く音。そして、ピカッと、部屋の中がまひるのように明るくなり、しばらくして、おそろしい、かみなりの音が、おどろおどろと聞こえてきました。

ロボットの鉄人Qは、からだぜんたいが鉄でできているのですから、それに上からおさえつけられたおじいさんは、どうすることもできません。

「たすけてくれえ……。」

と、叫びながら、手足をばたばたやっているばかりです。

北見少年は、おじいさんをたすけようとしましたが、とてもかなうものではありません。人間とそっくりの顔をしたQに、じろっとにらみつけられると、ゾーッとして、やにわに、西洋館から、逃げだしてしまいました。

外は、日がくれて、もうまっくらです。それに、おそろしいあらしで、たきのような雨が、横なぐりに、吹きつけてきます。いまにも、吹き倒されそうです。

北見君は、その中を、むがむちゅうで走りました。

ときどき、ピカッと、いなびかりがして、あたりがまひるのように明るくなります。そして、ごろごろごろごろ……と、おそろしいかみなりの音。

どこを、どう走ったのか、少しもおぼえがありませんが、ふと気がつくと、目の前で、ピカッと光ったものがあります。いなびかりではありません。懐中電灯の光のようです。

「おい、おい、きみ、どこへ行くんだ。雨でびしょぬれじゃないか。」

よく見ると、そこに立っているのはおまわりさんでした。すぐそばに、交番があります。北見君が、雨にぬれて走っているので、ふしんに思って、出てきたのでしょう。

北見君は、いいところで、おまわりさんに会ったと思い、いままでのことを、すっかり話しました。

「おじいさんが、殺されてしまうかもしれません。早く、行ってみてください!」

「よし、行ってみよう。ちょっと待ちたまえ。パトロールカーも呼んでおくから。」

おまわりさんは、そういって、交番に引きかえすと、そこにいた、もうひとりのおまわりさんに、何かいっておいて、すぐにもどってきました。

おまわりさんと、北見君とが、西洋館にかけつけ、あの部屋にはいってみますと、そこには、おじいさんが、ただひとり、いすにかけて、グッタリしていました。

「鉄人Qは、どこへ行ったんです?」

北見君が、あわただしく聞きますと、おじいさんは、

「どこかへ逃げてしまった。わしは、もう少しで、しめ殺されるところだった。だが、やっとたすかった。あいつはおそろしいやつだ。わしが作ったロボットだが、もう、わしのいうことをきかなくなった。あいつを自由にしておいてはあぶない。なにしろ鉄の人間だから、ばか力がある。それにピストルのたまが当たったぐらい、へいきだからね。どんなおそろしいことをやりだすか、知れたものじゃない。警官、あいつをつかまえてください。でないと……。」

おじいさんは、おびえた声で、きれぎれに、そんなことをいうのでした。

「そのロボットは、電池かなんかで、動くのですか? そんなら、電池が切れたら、何もできなくなるでしょう?」

おまわりさんがききますと、おじいさんは、かぶりをふって、

「いや、電気ではありません。わしが発明した、とくべつの力で動くのです。その力は、切れるということがないのです。だから、あいつは生きた人間と同じことです。しかも、良心を持たない鉄人ですから、どんな悪いことだってやります。どうか、あいつをつかまえてください。でないと、いまにおそろしいことがおこります。」

それから、大さわぎになりました。警視庁にも知らせ、東京じゅうに非常線をはりましたが、その夜はもちろん、あくる日になっても、二日たち、三日たっても、鉄人Qの姿は、どこにも発見されないのでした。

ミドリちゃん

村田ミドリちゃんは、まだ幼稚園に行っている、かわいい少女でした。

ミドリちゃんのおうちは、上野公園の不忍池しのばずのいけの近くにありました。

ある夕方のことです。おうちのそばのひろっぱで、たったひとりで砂遊びをしていますと、ひとりの、背広を着た男の人が、近づいてきました。

その人は、ミドリちゃんのそばにしゃがむと、にこにこして、声をかけました。

「いい子ですね。いくつですか?」

「五つ。」

ミドリちゃんは、かわいい顔を上げて、むじゃきに答えました。

「名前は、なんというのですか。」

「村田ミドリよ。」

「ミドリですか。いい名ですね。」

その男の人の声は、なんだかレコードから聞こえてくるような、へんな声でした。しゃべり方もみょうにたどたどしいのです。ミドリちゃんは、小さいので、そこまで考えませんでしたが、この人は外国人かもしれません。そういえば、顔も白っぽくて、鼻が高く、からだもたいへん大きいのです。

「わたしが、家を作りましょう。」

レコードのような声でいって、その人は手で砂をかきあつめ、西洋館のような形を作りました。ミドリちゃんは、よろこんで、それを見ています。

「ミ、ド、リ、ちゃん……。」

向こうの方から、呼んでいる声が聞こえ、ぱたぱたと、靴音をたてて、ひとりの少年が近づいてきました。

「ミドリちゃん、もうおうちへお帰りって。おにいさんと、いっしょにいこう。」

それは、小学校四年生の村田幸一こういち君という、ミドリちゃんのおにいさんでした。

「まだ帰らないわ。このおじちゃんと遊んでるのよ。」

ミドリちゃんが、おにいさんをじゃまにするような顔で、答えました。男の人が作ってくれた、砂のおうちがよっぽど気にいったのでしょう。

幸一くんは、前にまわって、そこにしゃがんでいる男の顔を見ました。

なんだかへんな男です。からだのかっこうが、みょうに角ばっていますし、顔がおしろいでもぬったように白っぽくてくちびるは女のようにまっかです。

幸一君は、ふしんに思って、たずねてみました。

「おじさん、だれなの?」

「わたし、人間です。あなた、ミドリさんのにいさんですか。」

男が、レコードのような声で、聞きかえしました。「人間です。」なんて、じつにふしぎないい方です。それに、声も、人間ののどから出る声とは、ちがっているのです。

幸一君は、きみが悪くなってきました。

しばらく、その男のお面のような顔を、見つめていましたが、すると、はっと、あることを思いだしました。

鉄人Qというロボットが、ゆくえ不明になったという新聞記事です。それは学校でも評判になっていたので、よく知っていました。

「ひょっとしたら、こいつが、その鉄人Qじゃないかしら?」

そう思うと、幸一君は頭から水をあびたように、ゾーッとしました。

男の方でも、幸一君が、まっさおになって、こわい目で見つめているのに気がついたようです。

男は、まるで、のら犬が道で出会った人を見るときのような、うたがわしそうな目で、幸一君を見ました。

「ミドリちゃん、さあ帰ろう。」

幸一君は、思いきって、ミドリちゃんの手をとりました。すると、男はびっくりしたように、いきなり、ミドリちゃんをだきすくめ、こわい目で幸一君をにらみつけたのです。

幸一君は、男の手をほどこうとして、かかっていきましたが、その手は、鉄のようにかたくて、子どもの力では、どうすることもできません。

幸一君は、ものもいわず、いきなり、おうちの方へかけだしました。助けをよぶためです。それを見た男はミドリちゃんを横だきにして、すっくと、立ちあがり、いきなり、上野公園の方へ、かけだしていきました。

そこは、さびしいひろっぱで、助けをもとめる人もいませんので、幸一君はおうちへかけもどって、おとうさんに、そのことを知らせました。

それから、大さわぎになったのです。

おとうさんは、すぐに一一〇番に電話をかけましたので、まもなくパトロールカーが、いく台もやってきました。そのうえ、近くの警察からも、大ぜいのおまわりさんがかけつけて、鉄人の逃げた方角をさがしまわりましたが、どこへ行ったのか、かげもかたちもありません。

まえまえから、鉄人Qを見つけたら、すぐにつかまえるようにと、東京じゅうの交番に知らせてありますから、どこへ逃げても見つかるはずでしたが、ふしぎなことに、いつまでたっても手がかりがつかめないのでした。

銀行どろぼう

そのあくる日のことです。台東たいとう区の東洋とうよう銀行支店に、おそろしい事件がおこりました。

午前九時ごろのことです。こみあっている銀行の中へ、ひとりの紳士がはいってきました。おしろいでもぬったような白っぽい顔、まっかなくちびる、そして、おそろしく肩の角ばった、背広の大男です。

その大男は、銀行の現金支払いの窓口に立って、ほかの人たちが、お金を受けとっていくのを、じっと見ていましたが、ひとりの店員が、十万円の札束を受けとろうとしたとき、大男はいきなり横から手を出して、その札束をわしづかみにすると、そのまま銀行のドアを開いて、外へ出ていきました。

店員はびっくりして、しばらくはぼんやりしていましたが、大男がドアの外へ出ようとするとき、やっと叫び声をたてました。

「あっ、どろぼうだ。あいつです、つかまえてください。どろぼう、どろぼう……。」

とわめきながら、ドアのところへかけつけましたが、そのときには、大男はもう外に出て、ぐんぐん向こうへ歩いていくのです。このさわぎに、銀行にきていた男の人たちや、銀行の守衛しゅえいさんが、店員のあとを追って外へとびだしましたが、もう、そのへんには、かげもかたちもありません。

「向こうへ行った、向こうへ行った。」

店員が、そういいながら横町へ走っていくので、みんなもあとを追いましたが、横町のかどまで行って、向こうを見ても、さっきの大男の姿は、どこにもありません。

それから、おまわりさんもやってきて、みんなで手わけをして、町から町をじゅうぶんしらべ、そのへんのうちは一軒ずつ、たずねまわりましたが、どこにも大男はいないのです。まるで、煙のように消えうせてしまったのです。

では、大男はいったいどこへかくれたのでしょう。それは、こういうわけです。

大男は札束をつかみとると、銀行を出て、すぐ横町に曲がりましたが、さいわい、その横町には人通りがなかったので、道のまん中にあるマンホールの鉄のふたを持ちあげて、あなの中へとびこみ、下からふたを、もとのとおりにしめてしまったのです。

マンホールの鉄のふたは、ひとりでは、なかなか持ちあげられません。まして、あなの中へはいって、下からふたを、もとのとおりにしめるのは、いっそうむずかしいのです。みんなは、それがわかっているものですから、まさか、大男がマンホールへかくれたとは、考えてもみなかったのです。

いくら捜しても、わからないので、みんなは銀行の前にもどって、顔を見あわせていましたが、その中のひとりが、とんきょうな声をたてました。

「はてな、おかしいぞ。あいつは、ふつうの人間じゃない。ひょっとしたら、あいつは鉄人Qだったのかもしれないぞ。」

「えっ、鉄人Qだって?」

「そうさ、鉄人Qなら怪物だから、魔法を使って、消えうせたのかもしれない。」

そして、みんなはまた、青ざめた顔を見あわせるのでした。

そうです。あの大男は鉄人Qだったのです。鉄人ですから、おそろしい力があります。マンホールのふたを持ちあげるくらい、なんでもないことです。

鉄人は、しばらくして、人通りがとだえたころ、そっとマンホールのふたを持ちあげて、細いすきまを作り、そこから、あたりを見まわして、だれも見ていないことをたしかめると、マンホールを出て、ふたをもとのようにしめたうえ、どこともなく、立ち去ってしまいました。

ひとめ見たのでは、ただ大男というだけで、べつに人間とはかわりはないのですから、町ですれちがっても、つい、うっかりと見のがしてしまうのです。新聞が書きたてたといっても、写真が出たわけではないので、なかなか気がつきません。それにしても鉄人Qは、お札なんかぬすんで、どうしようというのでしょう。人造人間のくせに、お金の使いみちを知っているのでしょうか。

おはなしかわって、上野山下やましたの商店街の中に山形やまがた屋という食料品店があります。そこの店員に、鳥井とりい君という、小がらの少年がいました。この鳥井少年は、もと少年探偵団のチンピラ隊のひとりだったのです。チンピラ隊というのは、少年探偵団長の小林君が、浮浪少年を集めて作った探偵団の別働隊で、それらの少年の多くは、いまは「アリの町」のくず拾いなどをやって働いているのですが、この鳥井少年は、どうしても店員になりたいというので、名探偵明智小五郎の世話で、山形屋食料品店につとめることになったのです。

店へきてから、まだ三月にしかなりませんが、かしこくて、よく働くので、ご主人も、たいへん気にいっていました。

東洋銀行支店の、どろぼう事件があった日の夜のことです。山形屋の店の前に、ひとりの背広の紳士が現われました。おそろしく肩の角ばった人です。顔はおしろいをぬったように白くて、くちびるはまっかです。

鳥井少年はそれを見ると、すぐに、そばへ寄っていって、

「何をさしあげますか?」

と、あいきょうよくたずねました。

「パンとバターと、牛肉のかんづめと、ジュースをください。」

大男は、へんな声でいいました。まるで、すりきれたレコードの音を聞いているようです。大男はパンもバターも、かんづめもジュースも、両手に持てるだけ、どっさり買いこんで、千円札を出し、おつりもとらないで、そのまま帰っていきます。

「もしもし、おつりです。」

鳥井少年が声をかけても、ふりむきもしません。なんだか、お金のかんじょうを、よく知らない人のようです。

鳥井君は、あきれて大男のうしろ姿を見ていましたが、その歩き方が、じつにへんてこでした。まるで、機械じかけの人形のような、ぎごちない歩き方です。

鳥井君は、はっと、あることに気がつきました。

「あいつは鉄人Qかもしれないぞ。鉄人はけさ、東洋銀行から札束をぬすんで、逃げてしまったということだ。いまの千円札は、その札束の一枚じゃないかしら。」

そう思ったので、鳥井君は、店にいたご主人に、そのことを話し、おゆるしを受けて、店の懐中電灯をポケットに入れると、いそいで大男のあとを追いました。チンピラ隊にいたのですから、尾行はうまいものです。

大男は上野公園の入口の坂道を、のぼっていきます。夜で人通りがないので、東京のまん中とも思えない、さびしさです。

「ははあ、わかったぞ。あいつ、きのう、小さい女の子をさらっていったということだ。その女の子を、どこかにかくしていて、女の子に食べさせるために、あんなに食料を買っていったのだな。あいつは鉄の人間だから、何も食べないでも、生きていられるのだ。あの食料は女の子のためのにちがいない。」

りこうな鳥井少年は、早くも、そこへ気がつきました。

大男はだんだん、上野公園の奥へはいっていきます。あたりはシーンとしずまって、ほんとうの山の中のようなさびしさです。

五重の塔

男は、ぐんぐん、奥へはいっていって、動物園のてまえを、左の方へ曲がりました。そこには、東照宮とうしょうぐうがあって、五重の塔が、黒い怪物のようにそびえています。

鳥井少年は、相手に気づかれぬように、どこまでもあとをつけました。

そのへんは、ほんとうの森のようにいっぱい木が茂っているので、あとをつけるのには、わけはありません。

あやしい男は、だんだん五重の塔の方へ、近づいていきました。そして塔のそばまで来ると、その向こうがわへ曲がったので、男の姿は、見えなくなりました。

鳥井少年は、すぐにそこへ行っては、相手が、待ちぶせしているかもしれないと思ったので、しばらく待ってから、男の曲がったかどまで行って、塔の向こうがわを、のぞいてみました。

おやっ? どうしたのでしょう、男はどこかへ、かくれてしまいました。

くらやみですから、遠くまではわかりませんが、見わたすかぎり動いているものは、何もないのです。

鳥井君が、ためらっていたのは、ちょっとのあいだです。遠くまで行くはずはありません。

「おかしいな、どこへ、かくれたんだろう。」

鳥井君は、キョロキョロしながら、その辺を歩きまわってみました。暗いといっても、ところどころに街灯がたっているのですから、相手が、歩いていれば、わからないはずはありません。

あの男は、鳥井君に、つけられているのを知って、木のしげみの中へ、かくれたのでしょうか。

鳥井君は、こちらも木の幹みきのかげにしゃがんで、いまに出てくるかと、じっと待っていましたが、いつまでたっても動くものはありません。

そのとき、シーンと、静まりかえったやみの中から、

「ギャーッ。」

という声が、聞こえてきました。

鳥井君は、びっくりして、逃げだしそうになりましたが、よく考えてみると、それは近くの動物園で、鳥の鳴いた声だったのです。

ふと、目を上にむけると、くもった空に、五重の塔の、まっ黒なかげが、そびえています。とほうもなく大きな怪物が、つったっているようです。

鳥井君は、ゾーッと、こわくなってきました。

すぐ、向こうのしげみが、カサカサと音をたてて、動きました。風ではありません。なにかいるのです。

鳥井君は、はっとして、身動きもできなくなりました。

カサカサと、木の葉が動きつづけて、ヌーッと、黒いものが、あらわれてきました。二つのリンのような目が、光っています。

それは、一匹ののら犬でした。

「なあんだ。犬だったのか。」

鳥井君は、やっと、安心しましたが、もう、いっときも、こんなさびしいところにいる気はしません。そのまま、うしろも見ないで、かけだしました。

ふりむくのがこわいのです。ふりむいたら、あのおそろしい鉄の怪物が、すぐあとから、追っかけてくるように、思われたからです。

ゆれる部屋

「おじちゃん、帰ってきたの?」

まっくらな中から、かわいらしい女の子の声が聞こえました。

「はい、あなたの食べるもの、買ってきた。腹がへったでしょう。」

男の声が聞こえました。なんだか、電話の受話器から、聞こえてくるような、へんな声です。

「わたし、暗くても見えるけれど、あなた、見えないでしょう。手で、さぐりなさい。さあ、これパン、これ牛肉、これジュースです。」

牛肉のかんづめは、ふたがあけてありました。ジュースも、口金くちがねがとってありました。

「あら、パンね、牛肉ね。それから、ジュースのびんね。うれしい。あたし死ぬほど、おなかが、すいてるのよ。」

くらやみの中で、手づかみで、パンや、牛肉を、ムシャムシャ食べる音、びんの口から、ジュースをのむ音が、しばらくつづきました。

「おいしいですか。」

「おいしいわ。」

「ミドリちゃんは、おじさんが好きですか。」

「ええ、好きだわ。でも、パパもママも、おにいさまも好きだわ。どうして、こんな暗いところにいるの? おうちへ帰りたいわ。」

「もう、じきに帰れます。ここにいると、パパがくるのです。それまでおじさんとふたりでいるのです。」

「ほんとに、パパくるの?」

「ええ、ほんとです。」

そして、しばらくだまっていたあとで、また電話のような声が、聞こえました。

「ミドリちゃん、さびしいですか。」

「ううん、さびしくないわ。おじちゃんがいるんだもの。」

「わたしも、ミドリちゃんがいるからさびしくない。おじさんは、ひとりも友だちがなくて、さびしいから、ミドリちゃんを連れてきたのです。友だちになってくださいね。ね、ね。」

「ええ、なってあげるわ。でも、暗いわね。顔が見えないわね。電気つかないの?」

「ここは電気つきません。朝になったら、明るくなります。ミドリちゃん、つかれたでしょう。そこに、ワラがたくさんあるから、その上で、ねなさい。わたし、番をしてあげるから、安心してねなさい。」

読者のみなさん!

もう、おわかりでしょう?

これは、どこかの、まっくらな部屋で、鉄人Qと、ミドリちゃんとが、話をしているのです。

ミドリちゃんは、まだ小さいので、鉄人Qを、うたがいません。おそろしい怪物だということがわからないのです。

ふしぎなことに、鉄人Qは、ミドリちゃんをだいじにしています。あぶない思いをして、パンや牛肉やジュースを買ってきたのも、ミドリちゃんをかわいがっているしょうこです。

それにしても、このまっくらな部屋は、いったい、どこなのでしょう。

部屋ぜんたいが、かすかにゆれているようです。舟の中なのでしょうか。いや、舟なら、もっと動くはずです。汽車や飛行機の中でもありません。それなら、こんなに暗くはないはずですし、もっと音がするでしょう。

塔上の怪

そのあくる日のことです。山形屋の店で働いていた鳥井少年は、とつぜん、みょうなひとりごとをつぶやきました。

「あっ、そうだっ。そうにちがいない。どうしてそこに気がつかなかったんだろう。」

鳥井君は、あわてて主人のところへ行って、おゆるしを受けると、そのまま、店の外へかけだしました。行くさきは、近くの交番でした。交番には顔見知りのおまわりさんが、いましたので、いきなり、はいっていって、ゆうべ、鉄人Qのあとをつけたことを話しました。そして、それにつづけて、

「ぼく、いままで、そこへ気がつかなかったのですが、さっき、それがわかりました。あいつは、ゆうべ五重の塔の中へはいったのです。まさか、五重の塔にかくれるなんて考えてもみなかったので、ぼくは、その近所ばかりさがしましたが、塔の中へかくれなかったとすると、あんなに早く、姿をけせるものではありません。あいつは、塔の中のまっくらな部屋にミドリちゃんとふたりで、かくれているのです。ぼくの店から、買っていった食料は、ミドリちゃんに食べさせるのでしょう。このことを、本署に早く知らせてください。そして五重の塔の中をしらべてください。」

交番のおまわりさんは、それを聞くと、おどろいて、すぐ本署へ電話をかけましたので、本署から警視庁にも連絡され、パトロールカーが三台もかけつけるという、さわぎになりました。

しかし、あまりさわぎたてて、相手に、気づかれてはいけないというので、本署の捜査主任が、刑事をふたりだけつけて、五重の塔に近づき一階のとびらをしらべましたが、そこにつけてあったかぎが、ねじきられていることがわかりました。

そっととびらを開いてみると、床のほこりの上に、大きな足あとがみだれて、たしかに、人がではいりしたようすがあります。

捜査主任は、ふたりの刑事に目くばせすると、塔の中にはいり、そっと階段をのぼっていきました。刑事たちもそのあとにつづきました。

五重の塔の五階の、うすぐらい部屋の中に、鉄人Qとミドリちゃんが、向かいあってすわっていました。

やっぱり、ふたりは、塔の中にかくれていたのです。鉄人Qは、ミドリちゃんをさらって、ここへ連れてきたのですが、ミドリちゃんの食べるものを買ってきたり、ねごこちよくするために、毛布を買ってきたり、それはそれは、しんせつにしてくれるので、ミドリちゃんもすっかり、鉄人Qになついてしまっているのでした。

ふと、気がつくと、塔の下の方が、なんとなく、さわがしくなっていました。鉄人Qは、窓のところへ立っていって、こうし戸のすきまから下をのぞいて見ました。

すると、これはどうでしょう。塔のまわりは、おまわりさんと、大ぜいの見物人に、とりまかれているではありませんか。

白いパトロールカーが三台もきています。ふつうの自動車も、たくさんとまっていて、それには、警察のえらい人が、乗っているようすです。

そこから、三人の背広の人が、塔の方へ歩いてくるのが見えます。刑事のようです。

三人は、塔の一階のとびらをあけて、中にはいりました。

鉄人Qは、窓のすきまから、そこまで見ると、ひどくあわてたようすで、階段のおり口へ行って、じっと下をのぞきました。

耳をすましていますと、はるか下の方から、コトン……コトン……と階段をのぼってくる音が聞こえます。さっきの三人が鉄人Qをつかまえるために、のぼってくるのです。

二階への階段をのぼりきって、三階にかかりました。用心ぶかく、しずかにのぼってきます。

三階から四階へ……足音は、だんだん大きくなり、三人の息づかいさえ聞こえてくるようです。

鉄人Qは、ひどくうろたえて、ミドリちゃんのそばへもどってきました。

「どうしたの。だれか上がってくるの?」

ミドリちゃんが、むじゃきにたずねました。

「おそろしいやつがくるのです。逃げなければならない。」

鉄人Qはそういって、きょろきょろあたりを見まわしていましたが、部屋のすみにまるめてあった、あさなわをとって、ミドリちゃんのわきの下にまわし、

「さあ、わたしにおぶさるのです。しっかりつかまっているのですよ。」

といって、ミドリちゃんをせおい、あさなわを自分の肩から胸にまわして、しっかり結んでしまいました。

そして、もう一本の長いあさなわを持つと、いきなり、窓のこうし戸をひらいて、五階のまわりをかこんでいる、細い廊下へ出ました。

もう夕方で、あたりはうすぐらくなっていましたが、塔の五階に鉄人Qが、ミドリちゃんをおぶって立ちあらわれたのは、まだよく見えます。

それを見ると、塔をかこんでいる大ぜいの人びとの間から、

「ワーッ……。」

という、ざわめきがおこりました。

「あっ、女の子をおぶっている。どうするつもりだろう。あそこから、とびおりるんじゃないかしら。そんなことをしたら、女の子は死んでしまうじゃないか。」

人びとは、手に汗をにぎって塔の五階を見つめるばかりでした。

鉄人Qは、手にもっている、あさなわを輪にして、それを塔の屋根のすみの出っぱったところへひっかけようとしています。

なんども、そのあさなわの輪を、ほうりあげていましたが、やっと、屋根の出っぱりにひっかかりました。

鉄人Qは、それをぐっとひきしめ、二―三度ぶらさがるようにして、あさなわの力をためしていましたが、やがて、だいじょうぶと思ったのか、ミドリちゃんをおぶったまま、あさなわをにぎって、廊下の外にとびだし、宙にぶらさがりました。

ちょうどそのとき、下から上がってきた捜査主任とふたりの刑事が、五階の窓から顔を出しましたが、もう、どうすることもできません。

屋根の出っぱりは、五階の廊下よりも、一メートルも外にあるので、そこから、ぶらさがっているあさなわには、廊下からは、手がとどかないのです。

それに、鉄人Qはミドリちゃんをおぶっているのですから、へたなことをやって、下へ落としては、たいへんです。

捜査主任たち三人は、あさなわにつかまって、ブランブラン、ゆれている鉄人Qを目で追うばかりで、どうすることもできません。

下からは、

「ワーッ……。」

という、どよめきが聞こえてきます。

命がけの空中サーカスを見ているような気持です。

「ミドリちゃん、目をつぶってしっかり、おじさんの肩につかまっているんだよ。いまに、らくになるからね。すこしのしんぼうだよ。」

鉄人Qはそういって、ミドリちゃんを元気づけながら、両手であさなわをたぐり、じりじりと塔の屋根の方へ、のぼっていくのです。

ミドリちゃんは、しっかりと鉄人Qの背中に、しがみついていましたが、ブランブランと、ぶらんこのようにゆれるので、なんだか心細くなり、そっと目を開いて下を見ました。

ああっ、その高さ! ミドリちゃんはゾーッとして、目がくらんでしまいました。

塔の高さは、二十メートルもあるでしょうか。四階までの屋根が、かさなりあって、ずうっと下までつづいています。あさなわはその屋根の外へ、ブランブランと、ゆれているのです。

塔のまわりをかこんでいる大ぜいの人が、おもちゃのように小さく見えます。

そして、その地面が、ななめになって、サアッと近づいたり、遠ざかったりするのです。

ミドリちゃんをおぶった鉄人Qは、あさなわをつたって塔のてっぺんの屋根にのぼりつこうとしているのですが、そこへのぼって、いったいどうするつもりなのでしょう。

ミドリちゃんが心配です。あの高い屋根から落ちるのではないかと思うと、下で見ている人たちは手に汗をにぎり、胸がドキドキしてくるのでした。

消えた鉄人

ああ、ごらんなさい。ミドリちゃんをおぶった鉄人Qは、とうとう、屋根の上にのぼりつきました。

警官たちは、こまってしまいました。鉄人Qは、腕におそろしい力がありますので、わけなくのぼりましたが、警官たちには、なかなか、そのまねはできません。また、たとえ、屋根にのぼれたにしても、急な屋根の上で、取っ組み合いをしたら、ミドリちゃんが、屋根から落ちて、死んでしまうかもしれません。

それがおそろしいのです。

どうして鉄人Qをつかまえたらいいかと相談しているうちに時間がたって、だんだん、あたりがくらくなってきました。

もう太陽が沈んだのです。

「消防のはしご自動車を呼ぶほかはないね。あのはしごをのばせば、塔のてっぺんまでとどくだろう。そこへ、だれかがのぼって女の子をたすけるほかはない。」

塔の下で警官隊を指揮していた警部が、そういって部下に消防署へ電話をかけさせました。

そのはしご自動車がくるまでに、三十分もかかりましたので、上野の森は、まっくらになり、塔の屋根にいる鉄人Qとミドリちゃんの姿は、まったく見えなくなってしまいました。

塔の下には、三台のパトロールカーが来ていて、それぞれ小型のサーチライトを持っていましたが、とても塔の上まで、てらす力はありません。

それに、塔の下から、てらしたのでは、屋根の上は明るくならないのです。

屋根のてっぺんをてらすためには、どこか高いところから、大型のサーチライトを使うほかはありません。

そこで警視庁から、サーチライトを運んで、近くのいちばん高い建物の屋根の上にすえつけることになり、それでまた、三十分以上も時間がたってしまいました。

やがて、サーチライトの強い光が塔のてっぺんをまひるのように、てらしだしました。

塔の下にいては、屋根の上が見えませんので、警官隊も、見物人たちも、遠くから、塔のまわりに、大きな輪を作って屋根の上をみつめました。

おやっ、屋根の上には、なんにもいないではありませんか。

まひるのように、明るくなった塔のてっぺんを、人びとは、四方から見ているのです。

もし、そこに鉄人Qがいれば、たとえ、屋根の上にねそべっていても、見えないはずがないのです。ところが、Qの姿も、ミドリちゃんの姿も夢のように消えているのです。

まさか塔のてっぺんから、とびおりることはできませんから、あのあさなわをつたって、塔の中へもどったのかもしれません。

塔の下におりていた数名の警官が、それっというので塔の中にとびこみ、懐中電灯とピストルをかまえながら、階段をかけあがっていきました。

いっぽう、消防署のはしご自動車は、消防官のひとりが乗っている鉄ばしごをするするとのばしました。

念のため、はしごをてっぺんの屋根までとどかせて、近くからよく屋根の上をしらべるためです。

はしごは、いちばん上の屋根までとどきました。

消防官は、はしごの先から、塔の屋根にとびうつり、その上をぐるっと回ってしらべましたが、何者の姿もありません。

塔の中の階段をかけのぼった警官たちは、五階に達していました。

懐中電灯をてらしながら、先にたってのぼった警官が、何を見たのか、

「あっ。」

といって、棒立ちになってしまいました。

見ると、五階のすみっこに、シャツ一枚になった大男と、小さな女の子とがグッタリとなって、倒れているのです。

大男は、鉄人Qなのでしょう。しかし、どうして、シャツ一枚になって倒れているのか、わけがわかりません。

警官たちは、てんでにピストルをかまえて、じりじりと、大男の方へ近づいていきました。

ピストルのそれだまが、当たったりしては、たいへんですから、まず、女の子をたすけなければなりません。

ひとりの警官が、いそいでそばにより、その女の子をだきあげました。べつに、けがしているようすは、ありません。おそろしさに気を失ったようになっているのでしょう。

警官がだきあげると、女の子は、ワッと泣き声を立ててしがみついてきました。

この女の子が、ミドリちゃんだったことはいうまでもありません。

シャツ一枚になった鉄人Qの方は、向こうにころがったまま、まるで死んだように身動きもしないのです。

三人の警官が、三ぽうから、ピストルをつきつけながら近よっていきました。ひとりが、左手の懐中電灯を、ころがっている男の顔に近づけました。

「あ、これは正木まさき君だぜ。」

「うん、そうだ。正木巡査だ。いったい、どうしたというのだろう。」

警官たちは、あっけにとられて顔を見あわせました。

「おい、どうした。」

ひとりが、大男の肩をつかんで、ゆさぶりました。

すると、大男は、やっと気がついたように目をあけました。

「おい、どうしたんだ。鉄人Qに出会わなかったのか。」

「なんだか、わけがわからない。いきなり、がくんときて、気が遠くなったんだ。うしろからなぐられたらしい。」

正木巡査はくやしそうに頭のうしろをおさえて、いうのでした。

「だれがなぐったんだ。」

「ほかにだれもいるはずがない。あの人造人間のやつにきまっている。鉄の腕で、なぐりやがった。おそろしい力だった。」

「そして、服をぬがされたのか。」

それを聞くと正木巡査は、びっくりして、自分のからだを見まわしました。

「あっ、服がない。あいつが持っていったのかな。」

「きみを、はだかにしたのは、どういう意味かわかるか。」

「うん。それは……、あっ、そうだ。あいつ、巡査にばけて逃げやがったなっ。」

「人造人間にしては、おそろしく悪知恵のあるやつだな。あいつは、でっかいからだをしているから、大男のきみの服が、ちょうどよかったのにちがいない。」

「ウーン、ちくしょうめっ。」

鉄人Qは、警官にばけて、逃げたらしいことがわかりましたので、警官たちは、そのまま、下におりていきました。

ひとりは正木巡査をたすけ、ひとりはミドリちゃんをだいて、塔の外へ、いそぎました。

そこには、ミドリちゃんのおとうさんの村田さんが、幸一君をつれてかけつけていました。

鉄人Qが五重の塔にかくれていることがわかると、すぐに警察から、このことを村田さんに知らせたからです。ミドリちゃんをだいた警官は、村田さんのそばに走りよって、

「お子さんは、ぶじでした。さあ、受けとってください。」

と、ミドリちゃんをわたしました。

おとうさんにだかれたミドリちゃんは、また、ワッと泣きだしました。

「おお、よかったね。こわかったろう。よしよし、もうけっしてこんなめにあわせないからね。さあ、もうだいじょうぶだよ。ごらん、おにいちゃんも、ここにいるよ。」

村田さんは、かわいいミドリちゃんに、ほおずりしながら、そのぶじをよろこぶのでした。

鉄人Qが巡査にばけて、逃げたときくと、ミドリちゃんのにいさんの小学校四年生の幸一君が警官の前に進み出て、こんなことをいいました。

「ぼく、さっきからずっと、塔の入口を見てたんです。そしたら、いまから二十分ぐらいまえに、入口からでっかいおまわりさんが出てきました。そして、コソコソと、向こうの人ごみの中へはいっていきました。あれがきっと、鉄人Qだったのですよ。」

しかし、もう、いまとなっては、どうすることもできません。鉄人Qは、とうとう、姿をくらましてしまったのです。

水の中へ

全身、鉄でできた、生きたロボットの「鉄人Q」は、上野公園の五重の塔から、警官にばけて、逃げだしてしまいました。

それから、ひと月ばかり、どこにかくれているのか、まったくわかりませんでした。警察は手をつくして、捜しまわったのですが、どうしても見つけだすことができませんでした。

鉄人Qを作った、あやしい老人のうちも、むろんしらべましたが、Qが逃げだしてから、じきにどこかへ、姿をくらましてしまったということでした。

ところが、ひと月ほどたった、ある晩のことです。新橋しんばしの大通りにある、玉宝堂ぎょくほうどうという宝石店にふしぎな事件がおこりました。

夜の九時ごろです。

玉宝堂が、もう、店をしめようとしていますと、ひとりの大男がヌッと店の中へはいってきました。

見ると、背広を着た、りっぱな紳士ですから、店員たちは、

「いらっしゃいませ。」

と、えがおで迎えました。

紳士はツカツカと、ガラスの陳列台のそばによって、いちばん高価なダイヤなどのならんでいる棚を、指さしました。

ひとことも、ものをいいませんが、そこにある宝石を出して、見せてくれという意味にちがいありません。店員のひとりが、ガラスの戸をあけて、サックにはいっているダイヤを出して、ガラスの台の上におきました。

紳士は、それをちょっと見ましたが、気にいらぬのか、また宝石の棚を指さします。店員は、紳士の指の動くままに、まるで、催眠術にでもかかったように、つぎつぎと、高価な宝石のサックをとりだして、ガラスの台の上にならべました。

すると、そのときです。

大男の紳士の、がんじょうな腕が、サッと、ガラス台の上にのびたかと思うと、そこに出ていた六つのサックから、手早く宝石をぬきとって、じぶんのポケットに入れてしまったではありませんか。

店員たちは、びっくりして、紳士を引きとめようとしましたが、紳士は、とりかこむ店員たちを押しのけて、店の外に出ると、パッとかけだして、横町へ消えてしまいました。店員たちは、

「どろぼう、どろぼう……。」

と叫びながら、あとを追って、横町へかけつけましたが、そこにはもう、だれもいませんでした。

そこは、さびしい、暗い横町で人通りもなく、向こうの方まで、よく見えるのですが、どこへ行ったのか、さっきの紳士の姿は、かきけすようになくなっていました。

さわぎを聞きつけて、近所の店の人たちや、通りがかりの人が、集まってきました。おまわりさんも、かけつけてきました。

そして、その横町はもちろん、町から町を、捜しまわりましたが、なんの手がかりもないのです。

「あいつは、ものをいわなかったし、顔を少しも動かさなかったぜ。まるで人形の顔みたいだった。ひょっとすると、あいつ、上野の塔から逃げた鉄人Qかもしれないぞっ。」

店員のひとりが、やっとそこへ気がついて、どなりました。

集まっていた人びとのあいだに、ワーッという、ざわめきがおこりました。

「鉄人Qなら、魔法使いだ。姿をかくす名人だ。いくら捜したって、もう、見つかりっこないよ。」

だれかが、そんなことをいいだしました。

鉄人Qと聞くと、こわくなったのか集まった人たちは、ひとり去り、ふたり去り、だんだん人数がへって、しばらくすると、だれもいなくなってしまいました。

玉宝堂の店員たちはぶつぶついいながら、店に帰り、おまわりさんも、そのことを報告するために、本署へいそぎました。

暗い横町は、ガランとして、人っこひとり、いなくなってしまいました。

ところが、その横町のまん中へんの、ごみ箱のかげに、何か動いているものがあるではありませんか。

犬でしょうか? いや、犬ではありません。きたない服をきた、小さな少年です。

こじきの子どもでしょうか? そうかもしれません。

その少年は、ごみ箱のかげに、しゃがんで、じっと、向こうの地面を見つめています。いっしょうけんめいに見つめているのです。

いったい、何を見つめているのでしょうか。

すると、少年の見つめているあたりの地面が、ユラユラと、動きだしたではありませんか。

地面が、あんなに動くわけはありません。いったい、どうしたというのでしょう。

ああ、わかりました。マンホールの鉄のふたです。あの丸いふたが、ジリッ、ジリッと、下から持ちあがってくるのです。

そして、その下から現われたのは……あいつです。あの、お面のような顔をした鉄人Qの姿です。

かれは、またしても、マンホールの中にかくれていたのです。

かれは、あなから出て、鉄のふたをもとのとおりにしめて、そのまま歩きだしました。横町から横町へと、人通りの少ない町をよってだんだん東の方へ、つまり東京湾の方へ歩いていくのです。

ごみ箱のかげにかくれていた少年はこっそり、鉄人Qのあとをつけていきます。

「やっぱり、そうだった。ふつうの人間には、マンホールの鉄のふたを、ひとりで動かすのはむずかしいが、あいつならできると思った。鉄の腕を持っているんだからな。」

そうつぶやいた少年の顔を見ますと、それは少年探偵団のチンピラ別働隊の、ポケット小僧でした。

このお話では、ポケット小僧は、はじめて出てきましたが、ほかの事件では、たいへん活躍している、有名な小僧なのです。十二歳ですが、見たところ六つぐらいの大きさで、ポケットにはいるほど小さいというので、ポケット小僧と呼ばれているのです。

ポケット小僧は、今晩、銀座に用事があって、その帰りに、新橋の大通りを通りかかったとき、玉宝堂の事件がおこったので、集まってきた人たちにまじって、ようすを見ていたのですが、みんなが帰ってしまっても、ポケット小僧だけは帰らないで、ごみ箱のかげにかくれて、じっとしんぼうづよく、マンホールを見はっていたのです。

小僧の考えは、みごとにあたりました。さすがは、少年探偵団のチンピラ隊員です。

鉄人Qは、ポケット小僧につけられているとも知らず、新橋に出て、川ぞいに、浜離宮はまりきゅうの方へ歩いていきます。

そのころは、もう十時をすぎていましたから、あの辺は、人通りも少なく、町もうすぐらくて、鉄人のみょうな姿に気づくものもありません。

「よし、どこまでも尾行して、あいつのすみかをつきとめてやろう。そして、少年探偵団とチンピラ隊の力であいつをつかまえてみせるぞっ。」

ポケット小僧は心の中で、そんなことをつぶやきながら、しゅうねんぶかく、尾行をつづけました。大声で叫べば人が集まってきて、とらえてくれるかもしれませんが、それではおもしろくないと考えたのです。

ところが、浜離宮まで行かないうちに、ふしぎなことがおこりました。そこは川づたいの道でしたが、その川岸の、石段のあるところへ、さしかかりました。舟に荷物をつんだり、おろしたりするための石段です。石段は川の水面までつづいていました。

鉄人Qは何を思ったのか、その石段をおりはじめたではありませんか。

「おや、こんなところに、舟が待たせてあったのか。こりゃ、しまったぞ。」

ポケット小僧はギョッとして、立ちどまりました。舟に乗られてしまったら、もうあとをつけることができないからです。しかし、暗い水面を見まわしても、舟はいないのです。舟もいないのに鉄人Qは石段をどんどん、おりていくではありませんか。

「それじゃあ、あいつ、川を泳いで、逃げるつもりかな。」

ポケット小僧は、またギョッとしましたが、よく考えてみると、全身、重い鉄でできたQが、水に浮くわけはありません。川へはいれば、ブクブクと、沈んでしまうにきまっています。

ところが、Qはへいきで石段をおりています。もう水面すれすれのところまでおりましたが、それでもまだ、とまらないのです。

Qの足が、暗い水の中へ、ザブッとはいりました。かれが一足歩くたびに水は足からひざ、ひざからもも、ももから腰、腹、胸と、のぼってきて、いまは水面から首が出ているばかりになりました。それでもまだ、とまりません。やがて、首も水の下にかくれてしまい、あとには、ブクブクとあぶくが浮きあがってくるばかりです。

ああ、いったいこれは、どうしたことでしょう?

ポケット小僧の冒険

ポケット小僧は、川の岸に身をかくして、じっとそれを見ていましたが、あいにく、川の底へ、もぐられてしまっては、どうすることもできません。

しばらく待っていても、鉄人Qの姿が、水面に現われてくるようすはありません。いったい、どこへ行ってしまったのでしょう。

ポケット小僧は、腕組をして、しばらく考えていましたが、ふと気がついたのは、鉄人は、川の底から、この岸にならんでいる、どこかの家へはいっていったのではないかということでした。

その家の地下室が、川の中に通じていて、そこからもぐりこんで、階段をあがれば、一階の部屋へ、出られるのではないかと、いうことでした。

ポケット小僧は、川っぷちに立っている家を、一軒ずつ、のぞきながら、歩いていました。

すると、さっきQが、川へおりていった石段から、三軒目に、みょうな家がありました。門のついた、三階だての、古い西洋館で、見るからに、あやしげな建物です。

門の鉄の戸を押してみると、スーッとあきましたので、ポケット小僧は、そっと中へしのびこみました。

川っぷちのことですから、庭というほどのものはありません。門をはいると、すぐに西洋館の入口になっています。ドアを押してみましたが、かぎがかかっていて開きません。

そこで、西洋館の横手の方にまわってみました。一階の窓が、ひとつだけ、明るくなっています。だれかその部屋に、いるのでしょう。

ポケット小僧は、その明るい窓に近づいて、そっと、中をのぞいてみました。窓の中に、カーテンがさがっていますが、すきまがあるので、部屋のようすが、よく見えるのです。

へんなおじいさんが、長いすに腰かけて、たばこをすっています。大きなめがねをかけ、白い口ひげと、あごひげをはやし、灰色の背広をきているのです。

「この人は、もしかしたら、鉄人Qを作ったおじいさんじゃないかしら?」

ポケット小僧は、ふっと、そんなことを考えました。あのおじいさんは、鉄人Qが、悪いことをしだしてから、どこかへ姿を、かくしてしまいましたが、あれから、ここのうちに、かくれていたのでは、ないでしょうか。

もし、これが、あのおじいさんならば、鉄人Qは、川の底から、この西洋館へ、帰ってくるのにちがいありません。

そこまで、考えると、ポケット小僧は、胸が、ドキドキしてきました。

窓わくに、しがみつくようにして、しんぼうづよく、のぞいていますと、やがて、その部屋の向こうがわのドアが、スーッと細目にひらき、外から、だれかの顔がのぞきました。

あっ、鉄人Qです。

あの、のっぺりした白い顔、赤いくちびる、大きな目。

ドアが、いっぱいに開いて、そいつが部屋の中へはいってきました。ロボットのような歩き方、鉄人Qが、川の底から、いま、あがってきたのです。洋服はべっとり、水にぬれています。

おじいさんのそばによって、なにか話しています。窓は、ガラス戸がしまっているので、声は聞きとれませんが、きっと宝石をぬすんで、川の底から、はいってきたといっているのでしょう。

鉄人Qが、ポケットから、キラキラ光る宝石を、いくつもとりだして、テーブルの上におきました。

おじいさんが、にこにこ笑って、それを見ています。

このようすでは、おじいさんも、仲間なのです。

鉄人Qに、いろいろなものをぬすませて、よろこんでいるのです。

ポケット小僧は、このことを、少年探偵団長の、小林少年に知らせようと思いました。

それで、窓わくから手をはなして、外へ出ようと、くるっと、うしろをふりむきますと、あっ! そこのやみの中に、大きな人間の姿が、ヌーッと立ちはだかっていました。

ポケット小僧は、あっ! といって、逃げだそうとしましたが、そのとき、男の両手が、ぐっとのびて、たちまちつかまえられ、こわきにかかえられてしまいました。

男の大きな手が、口をおさえているので、叫ぶことができません。ただ手足を、バタバタやるばかりです。

ポケット小僧は、部屋の中に気をとられて、うしろから、そんな男が、近づいてきたことを、少しも知らなかったのです。この男は、鉄人Qやあやしいおじいさんの仲間のやつに、ちがいありません。

男は、ポケット小僧を、こわきにかかえたまま、ドアをあけて、家の中にはいり、うすぐらい廊下を通り、そこにある階段を、コトンコトンと、のぼっていきます。

そして、二階から三階へとのぼりましたが、まだ、とまりません。急な、細いはしごを、四階へとのぼるのです。

その家は、三階だての西洋館ですから、四階などないはずですが、あとで考えると、そこは、屋根裏部屋だったのです。

男は、ポケット小僧をそのせまい屋根裏部屋におろすと、どこからか、なわを出して、小僧の手足をしばり、口にはハンカチのようなもので、さるぐつわをはめてしまいました。

「ウフフフ……、おまえは少年探偵団のチンピラだろう。鉄人Qは、おまえが、あとをつけてきたことを、ちゃんと知っていたんだ。それで、このうちに気がついて、はいってくるだろうから、つかまえてくれと、頼まれたんだよ。おれは、あのじいさんの仲間のものだ。じゃあ、今夜は、ここでねるがいい。あすの朝になったら、飯は、食わせてやるからな。」

男は、そういったまま、ドアをしめ、外からかぎをかけて、どこかへ立ち去ってしまいました。

ポケット小僧は「アリの町」で、くず拾いをやっている、チンピラ隊のひとりですから、板の間にねることなんかへいきです。

「つかまってしまったら、じたばたしたって、しかたがない。今晩は、ゆっくり眠って、夜があけてから、よく考えるんだ。」

そう思って目をつむると、やがてぐっすりと眠りこんでしまいました。からだは小さいけれど、大胆不敵だいたんふてきな少年です。

どのくらい眠ったかわかりませんが、だれかに、からだをさわられたような気がして、ふと目をさましました。

あたりは、まっくらです。まだ夜中なのでしょう。小さな窓があって、外のあかりが、うっすらとさしこんでいます。じっと目をあけていると、あたりが、深い水の底のように、ぼんやりと見えてきます。

カタカタカタ……かすかな物音。なんだか、床板の上を走っているのです。むろん人間ではありません。小さなやつです。

「あっ、ネズミだ。さっき、だれかにさわられたように思ったのは、ネズミが、からだの上を歩いたのにちがいない。」

ポケット小僧は、やっと、そこに気がつきました。古い西洋館ですから、屋根裏に、ネズミが巣をつくっていても、ふしぎはありません。

ネズミとわかると、すっかり安心して、また、グウグウねこんでしまいました。

このネズミのおかげで、ポケット小僧は、あとで、ここから逃げだすことが、できるのですが、その晩は、まだそこまでは、考えていませんでした。

つぎに目をさましたときは、もう朝でした。

ポケット小僧は、よく、眠ったので、すっかり、元気になっていました。床にころがったまま、どうして逃げだそうかと考えていますと、ドアが開いて、ゆうべの男が、朝御飯を持ってきてくれました。

男は、そのぼんを、床において、ポケット小僧のさるぐつわをとり、手足のなわをといてくれました。

「さあ、洗面所へ、連れていってやる。それから朝飯だよ。」

男は、そういって、ニヤニヤ笑いました。

なわぬけ術

その部下の男は、昼も晩も、御飯をはこんでくれました。そのほかにも、ときどきあらわれて、洗面所へ、つれていってくれるのでした。

そのたびに、なわをといてくれますが、男が立ち去るときには、また、げんじゅうになわをかけていくので、こっそり逃げだすことなんか、とてもできるものではありません。

しかしポケット小僧は、少しも心配しませんでした。知恵を働かせて、ここから逃げることを、ちゃんと考えついていたからです。

昼間は何くわぬ顔をしていましたが、晩の御飯を食べるとき、男がわきみをしているすきに、ひとにぎりの御飯のかたまりを、そっと、部屋に落ちている板ぎれの下へかくしました。

男はそれとも知らず、御飯がすむと、またもとのように、ポケット小僧の手足をしばり、さるぐつわをはめ、そこへころがしておいて、下へおりていってしまいました。

ポケット小僧は、ころがったまま、じっと、夜がふけるのを待っていました。

もう八時か九時ごろでしょう。あたりは、まっくらで、シーンと静まりかえっています。耳をすますと、コト、コト、コト、コト……と、小さな音が聞こえてきます。ネズミです。ゆうべと同じように、あなからネズミが出てきて、あばれているのです。

ポケット小僧は、さっき御飯のかたまりをかくしておいたところへ、ころがっていき、あごを使って板ぎれをとりのけると、しばられた胸を、御飯のかたまりの上に押しつけて、なわに、御飯つぶを、じゅうぶんになすりつけました。

そして、床に残った御飯つぶは、からだでかくして、そこにあおむけにじっと横たわっていました。

しばらく、そうしていると、また、コト、コト、コトと小さな足音がして、ネズミが出てきました。どうやら、二匹のようです。

ポケット小僧は息を殺して、死んだように身動きもしません。すると二匹のネズミは、御飯のにおいをかぎつけたらしく、チョロチョロとポケット小僧のからだに近づき、とうとう、胸の上へのぼってきたではありませんか。

御飯つぶは、胸のなわに、じゅうぶんこすりつけてあるので、御飯つぶだけを食べるわけにはいきません。なわもいっしょに、かじらなければならないのです。二匹のネズミは、するどい歯で、そのなわをポリポリとかんでいます。

ポケット小僧の計略は、みごとにあたりました。ネズミはとうとうなわをかみきり、しばられていた両手は、自由になったのです。

手さえ自由になれば、もうしめたものです。

その手でさるぐつわをはずし、足のなわをといて立ちあがることができました。

屋根裏部屋から下へおりるところには、板戸がしめてありますが、かぎはかからないのです。ですから男は、ポケット小僧をしばっておくほかはなかったのです。

その板戸をそっとあけて、音のしないように、はしごをおりました。そこは三階です。廊下に電灯がついているので、もう迷うことはありません。

二階におり、一階におり、廊下をしのび歩いて、鉄人Qのありかをさがしました。

ドアの上の空気ぬきの窓に、あかりのうつっている部屋がありました。ドアに近よって、耳をすますと、人が動いているけはいがします。ポケット小僧はドアの前にしゃがんでかぎあなから、のぞいて見ました。

かぎあなに目をあてますと、中に電灯がついているので、部屋の一部がよく見えます。

まっ正面に鉄人Qが、こちらを向いて立っていました。おしろいをぬったような顔、まっかなくちびる、びっくりしたような、まんまるな目、きれいにいろどった鉄の顔です。

「ロボット君、きみは、じつに、よくできているよ。おなかの中の歯車じかけで、ひとりで歩けるし、少しぐらいは口だってきけるんだからねえ。」

鉄人Qではなくて、別の人がしゃべっているのです。その人の姿は、かぎあなからは見えません。

Qを作ったあのおじいさんでしょうか。いや、おじいさんにしては、声が若いようです。

ちらっと、その人の肩が見えました。黒い服を着ています。肉のもりあがった大きな肩です。おじいさんではありません。では、あの部下の男でしょうか。いや、そうでもなさそうです。

「きみのおかげで、おれは世間の目をくらますことができた。まるで、魔法使いのように、自由自在に悪いことができるのだ。まったく、きみのおかげだよ、ねえ、ロボット君。」

その男のうしろ姿が、半分ほど見えるようになりました。顔が半分見えていますが、おしろいをぬったように、まっ白です。

おや、この男は、鉄人Qと、そっくりではありませんか。洋服もまったく同じです。

ポケット小僧はびっくりして、なおも、いっしんに、かぎあなをのぞきました。

しばらくすると、いままで背中を見せていた男が、ヒョイとこちらをむきました。

ああ、やっぱりそうでした。何から何まで、そっくりです。鉄人Qが、ふたりになったのです。つぶらな目、白いのっぺりした顔、まっかなくちびる、まるで、かがみにうつしたように、まったく同じ顔が、二つならんだのです。からだのかっこうも、そっくりです。

ああ、鉄人Qがふたりいる。そしていっぽうのQは、ふつうの人間のように、自由に、ペラペラと、しゃべっているのです。

さっきから、こちらを向いて立っているQの方は、人形のように、じっとしたまま何もいいません。これはロボットにちがいないのです。では、もうひとりのQは、いったい何者でしょう。ひょっとしたら、人間が鉄人にばけているのではないでしょうか。

ポケット小僧は、じっと考えていましたが、やがて、はっと何事か気づいたようすで、ドアの前を離れると、足音をしのばせて、げんかんの方へ歩いていきました。だれにも見つからず、げんかんのドアまできました。

押してみますと、まだ、ドアにかぎがかけてないらしく、スーッとあきました。

ポケット小僧は外にとび出すと近くの商店街へかけだしました。

商店の時計を見るとまだ八時半です。ポケット小僧は、たばこ屋の店の赤電話にとびついて、明智探偵事務所を呼びだすのでした。

電話口には、小林少年が出ました。

「あっ、小林団長、おれ、ポケット小僧だよ。たいへんなんだ。」

ポケット小僧はそういって、キョロキョロとあたりを見まわしました。店の人は、奥の方にいるし、町を通りかかる人もありません。それでも、声をグッとひくくして、ゆうべからのことを、てみじかに、報告しました。

「えっ、鉄人Qが、ふたりになったって?」

さすがの小林団長も、どぎもをぬかれたように聞きかえしました。

「うん、そうだよ、ね、団長さん、おれ、考えたんだよ。もうひとりのやつは……。」

終わりのほうは、よく聞きとれませんでした。しかし小林団長には、その意味がわかったとみえて、

「よし、おもしろくなってきた。明智先生は、いまおるすだけど、ぼく、中村警部に電話をかけるよ。それから、少年探偵団やチンピラ隊を集めて、おまわりさんの一隊といっしょに、すぐ、そこへかけつけるよ。きみは、相手が逃げださないか、よく見はっていてくれたまえ。」

そして、電話が切れました。いよいよ、総こうげきがはじまるのです。鉄人Qは、はたして、うまくつかまるでしょうか。

歯車の人

ポケット小僧は、小林少年に電話をかけると、すぐに鉄人Qのすみかの西洋館にもどって、門の中のうえこみのかげに、身をひそめました。

鉄人Qが逃げだすといけないので、それを見はるためでした。

それから、三十分もたったころ、西洋館の百メートルほど向こうに、三台のパトロールカーがとまり、中から十人のおまわりさんが近づいてきました。

そのパトロールカーのうしろに二台の自動車がとまり、小林少年のひきいる少年探偵団員とチンピラ隊員、合わせて十人がおりてきました。

ポケット小僧は、それに気づくと、かけだしていって、小林少年と、打ち合わせをしました。

ふたりは、しばらく、なにかささやきあっていましたが、やがて、小林少年が、小声こごえでさしずをしますと、十人の少年たちは、ちりぢりにわかれて、やみの中へ、姿をけしてしまいました。

十人の警官隊は、警視庁の中村警部の指揮で、西洋館の門をはいると、三人は裏手にまわり、残る七人がげんかんに近づきました。

みんなピストルを手にもっています。その七人の警官のうしろに小林少年と、ポケット小僧と、ふたりの少年探偵団員の姿が見えました。この四人は、警官にしたがって、げんかんから、はいっていくつもりなのです。

中村警部が、そのベルを押しました。そして、しばらく待っていますと、げんかんのドアが、中から、スーッとあき、鉄人Qを作ったおじいさんの部下の顔がのぞきました。

「あっ!」

という、おどろきの声。部下のやつはあわてて、ドアをしめようとしましたが、中村警部は左足の靴をすばやく、ドアの中にいれて、しめられないようにしました。

部下のやつは、そのまま、奥の方へ逃げだしていきました。

警官隊と、四人の少年は、それを追って、靴ばきのまま、ドヤドヤと西洋館の中へふみこんでいきました。

中村警部は、ふたりの警官を、げんかんのドアのそばに残しておいて、懐中電灯をつけて、廊下を進んでいきました。

「あっ、二階だっ。二階へ逃げていくぞっ。」

だれかが叫びました。廊下のつきあたりに階段があって、三―四人のものが、そこをかけあがっていく足音がするのです。

警官たちは、懐中電灯をふりてらして、その階段をのぼりました。

悪者たちは、まっくらな二階の廊下を走って、こんどは、三階へのぼっていくのです。

三階にのぼると、つぎは屋根裏部屋への階段です。

「しめたっ。もう、ふくろのネズミだっ。屋根裏への階段は一つしかないんだよ。」

ポケット小僧が、押し殺した声でみんなに知らせました。

「だが、へんだぞ。はじめは、三―四人の足音がしたのに、いまは、たったひとりの足音になってしまったぞ。これから上へのぼるのは、ふたりでたくさんだ。あとのものは、二階と三階をよくしらべなおせっ。」

中村警部は、そういって、ひとりの警官だけをつれて、屋根裏への、急な階段をあがっていきました。

残った警官と少年たちは、三階の部屋部屋を、しらべ、それから二階、一階と、すべての部屋をしらべましたが、どの部屋も、みんなからっぽで、人の姿は見えません。

いったい、どこへかくれてしまったのでしょうか。

そのころ、西洋館の門前には、大ぜいの人だかりができていました。

まだ、九時を過ぎたばかりなので、通りがかりの人や、近所の人たちが、パトロールカーを見て集まってきたのです。

パトロールカーには、小型のサーチライトが、つみこんであります。車の中に残っていた運転がかりの警官が、それをとりだして、西洋館をてらしていました。

パトロールカーは、三台いるのですから、三つのサーチライトがあるわけです。その三つのするどい光が、三階だての西洋館を、明るくてらしだしていました。

「あっ、屋根に出たぞ。鉄人Qだっ。鉄人Qが三階の屋根に現われたぞっ。」

門の前の人だかりの中から、そんな叫び声が聞こえ、人びとの目は、いっせいに、屋根の上をみつめました。

ああ、ごらんなさい。大屋根の中ほどに、小屋根が、つきだしていて、そこのガラスの窓が開かれ、鉄人Qが現われたのです。

鉄人Qのうしろから、中村警部と、もうひとりの警官が屋根に出てきました。そして、屋根の上の追っかけっこが、はじまったのです。

三つのサーチライトが、全部屋根の上に光線を集めました。その明るい光の中で、あぶない捕物が、はじまったのです。門の前に集まった人びとは、手に汗をにぎりました。

鉄人Qは、屋根のてっぺんへ、はいあがっていきます。中村警部と、その部下がこれを追うのです。

よく見ると、鉄人Qのうしろには、黒い影のようなものが、うごめいていました。

まっ黒な服をきて、頭から黒覆面くろふくめんをかぶった男が、鉄人Qのからだを、あやつっているように見えるのです。

そのとき、人びとのあいだから、

「ワーッ。」

という声が、わきあがりました。

大屋根の上の鉄人Qが、足をすべらせて、まっさかさまに、地上へ落ちてきたのです。

サーチライトの光の中に、スーッと尾をひいて、ガチャンという金属のこわれるような地ひびきをたてました。

げんかんのドアの中にいた、ふたりの警官がとびだしてきました。

パトロールカーに残っていた警官たちも、そこへかけよりました。

そして、大ぜいの見物人たちも……。

鉄人Qは、めちゃめちゃにこわれて地面に横たわっていました。

鉄人のおなかがやぶれて、その中におびただしい歯車が、かさなりあっていました。鉄人のからだの中には、大小の歯車が、いっぱいつまっていたのです。

中村警部をはじめ西洋館にはいった警官と少年たちは、みんなそこへおりてきました。そして、サーチライトにてらされた鉄人Qの残がいをのぞきこみました。

こんな歯車でできた鉄の人間が、あんなに、自由自在に動いたかと思うとふしぎでなりません。

「ねえ、中村さん、五重の塔にのぼったり、お札や宝石などをぬすんだやつは、鉄人Qと、そっくりにばけた、もうひとりのやつのしわざじゃないでしょうか。ポケット小僧は、そっくり同じ鉄人Qが、ふたりいたといっています。ひとりの方は、ロボットのように、じっとしていたが、もうひとりのやつは、自由にしゃべったり動いたりしたというのです。」

小林少年が、中村警部とならんで、こわれた鉄人Qを見おろしながら、そんなことをいいました。

「うん、ぼくも、はじめから、あやしいと思っていた。鉄の人造人間が、あんなに動いたり、しゃべったり、できるはずがない。この鉄人は、手品のたねで、ほんとうは、べつの人間が鉄のお面をかぶって、鉄人にばけていたのだ。さいしょ、じいさんのうちを逃げだしたときから、そうだったのだ。あれはロボットにばけた人間だったのだ。」

中村警部も、小林少年と同じ考えでした。

警部は、なおもことばをつづけました。

「さっき、こいつは、屋根の上へ、逃げだしたように見えたが、ほんとうは、まっ黒な服を着て、まっ黒な覆面をしたやつが、この鉄人をだいて動かしたのだ。ぼくの部下が、いまに、そいつをここへ連れてくるはずだよ。」

警部は、そういって、げんかんのドアの方をふりむきましたが、ちょうどそのとき、ドアが開いて、ひとりの警官が、黒いシャツとズボン下をはき、黒い覆面をした男を連れて、出てきました。

中村警部は、その方へ歩いていって警官と、ひとこと、ふたこと、ことばをかわしたあとで、いきなり、男の覆面を、めくりとってしまいました。

覆面の下から現われたのは、三十ぐらいの人相の悪い男の顔でした。

じいさんの部下にまちがいありません。

この男が、鉄人Qを屋根の上へ連れだし、さも、自分で逃げだしたように見せかけていたのです。

「おい、この鉄人Qとそっくりの姿をした、もうひとりのやつはどこへ行ったのだ。おまえは、それを知っているはずだっ。」

中村警部が、どなりつけるようにいいました。

「おらあ、知らねえよ。そんな人間はいやしねえよ。」

男は、うそぶいて答えました。

さっきまで、西洋館の中にいた、あのあやしいじいさんや、鉄人Qにばけた男は、いったいどこへかくれてしまったのでしょう。あれほど家やさがしをしても、どこにもいなかったではありませんか。そのときでした。小林君の服を、うしろから、キュッ、キュッとひっぱるものがありました。

びっくりして、ふりむくと、ポケット小僧が、なにかたいへんな知らせがあるらしく、目をかがやかせて、立っているのです。

モーターボート

ポケット小僧は、小林少年の耳に口をつけるようにして、ささやきました。

「鉄人Qと人形じいさんは、秘密の通路から川の方へおりていったにちがいないよ。この西洋館の下には川の水がはいりこんでいるんだぜ。だから、そこに船がつないであって、あいつらは、船に乗って逃げるかもしれないよ。」

「あっ、そうだね。いいことを教えてくれた。すぐ中村さんに話して、その方の見はりをすることにしよう。」

小林少年はそういって、向こうに立っている中村警部のところへ、かけだしていきました。そして、ポケット小僧の話を、くりかえすのでした。

「よしっ、それなら、西洋館の裏の川っぷちの見はりをふやそう。それから水上警察に頼んで、ランチをまわしてもらうんだ。」

中村警部は、そばにいた警官にそれぞれさしずをしました。すると、三人の警官が裏手の川っぷちへいそぎ、もうひとりの警官は近くにいるパトロールカーのそばへとんでいって、無電で警視庁へ連絡し、水上警察に、ランチのことをつたえてもらいました。

「さあ、われわれは川っぷちで、ランチの来るのを待つことにしよう。」

中村警部と小林少年とポケット小僧は、門を出て、西洋館の並びにある川の荷あげ場へいそぎました。

「さっき、鉄人Qはここから、ザブザブと、川の中へはいっていったんだよ。」

ポケット小僧は、石の段々を、まっくらな川の方へおりながら、説明するのでした。

すると、そのときです。

「ピリピリピリリリリリリリ……。」

西洋館の裏手から、するどい笛の音が聞こえてきました。警官たちが吹きならす、合図のよびこです。

――さては……。

と、くらやみの川をじっと見つめますと、一そうのモーターボートが、へさきで白い水を切って、向こうへ遠ざかっていくのが、かすかに見えました。モーターボートは、あかりを一つもつけておりません。人目をしのぶ鉄人Qのボートにちがいないのです。

水上警察のランチは、どうしたのでしょう。モーターボートは、みるみる向こうへ遠ざかっていきます。おそろしいスピードです。ぐずぐずしていたら、見失ってしまいます。中村警部と小林少年は、石段を水ぎわまでおりて、川上の方を見つめました。

「あっ、あすこから来たっ。あのあかるいライトをつけたランチが、そうにちがいない。おうい、ここだぞう。」

中村警部は、おどりあがるようにして、そのランチに呼びかけるのでした。

パトロールカーのおまわりさんは小型のサーチライトをこちらに向けて、中村警部たちをてらしだしました。ランチの方でも、それと察して、荷あげ場へ近づいてきました。それはやっぱり、水上警察のランチでした。

中村警部と小林少年とポケット小僧は、水上警察のランチに乗りこみました。ランチには水上署の六人のおまわりさんが乗っています。

「鉄人Qとじいさんが、モーターボートで逃げたのだ。もう二百メートルも川をくだっている。サーチライトをつけてください。」

中村警部のことばに、おまわりさんはいそいで、サーチライトのスイッチを入れました。

サーッと、白い光の棒が、くらやみを切って走りました。

「あっ、小さく見える。あれだ、あれが鉄人Qのモーターボートだ。全速力を出してください。あれに追いついてください。」

いくら、モーターボートが早いといっても、警察のランチにはかないません。ふたつの船のへだたりは、みるみるちぢまっていきました。

ランチには、双眼鏡がそなえてあったので、中村警部は、それを目に当てました。

「あっ、鉄人Qがボートの上に立ちはだかっている。たしかに、あのきみの悪い鉄の顔だ。ああ、もうこれ以上、速力が出ないのか。何をぐずぐずしているんだ。」

と、じだんだをふまんばかりです。

そのとき、ボートとランチの間は、ぐっとちぢまりました。なぜか、モーターボートが速力を落としたからです。

もう双眼鏡でなくても、鉄人Qの姿がよく見えます。かれはサーチライトの光を受けて、ボートの中に立ちあがり、右手を顔の前にひろげて、指をへらへらと動かしています。

「やあい、ざまをみろ。」

と、こちらをからかっているのです。

「ちくしょうめ、いまにみろ。」

中村警部が、くやしそうに叫びながら、手をふって、おどかすようなかっこうをしました。

「ワハハハハハハハ……。」

かすかに、鉄人Qの笑い声がひびいてきました。そして敵のボートは、また、にわかに速力をましたのです。間が、みるみる遠ざかって、モーターボートは、サーチライトの光の外へ逃げだしてしまいました。

そうしてまた、二そうの船の競走がつづきましたが、しばらくするとなんだかへんなことがおこりました。あんなに離れていたモーターボートが、またしても、ぐんぐんこちらへ近づいてくるではありませんか。

「あっ、エンジンをとめてしまって、流れにまかせている。機械にこしょうがおこったのかな。」

中村警部がふしんそうに、つぶやきました。

ごらんなさい。ボートの中に立ちはだかった鉄人Q、その横に、うずくまっているじいさんの姿。二人は、エンジンがとまってもべつにさわぐようすもなく落ちつきはらっているではありませんか。

ランチはたちまち、モーターボートに近づきました。そして船と船とがくっつくと、ふたりのおまわりさんが、ピストルをかまえて、ボートの中へ乗りこんでいきました。

しかし、ボートのふたりは、手向かいもしなければ、逃げようともせず、じっとしています。いったい、どうしたというのでしょう。

すると、また、へんなことがおこったのです。おまわりさんたちは、鉄人Qとじいさんのからだを、さもかるがると持ちあげて、グルグルふりまわしているではありませんか。

「あっ、どうしたんだ。それは服ばかりじゃないか。」

こちらから、中村警部がどなりました。

「ボートの中に棒を立て、服と仮面が引っかけてあったんです。ボートには、だれもいません。」

おまわりさんが、大きな声で答えました。

「それじゃあ、ふたりとも水の中にとびこんで、逃げてしまったんだな。」

中村警部は、がっかりしていいました。鉄人Qたちは、さっきサーチライトの外へ逃げたとき、服をぬいで、こんなしかけをしておいて、水の中へとびこんでしまったのにちがいありません。

それから一晩、川筋かわすじのそうさくをつづけましたが、どうしても、ふたりを見つけだすことはできませんでした。

鉄人Qと人形じいさんは、いったい、どこへ逃げたのでしょうか。そして、このつぎには、どこで、どんなおそろしいことを、たくらむのでしょうか。

バラバラ人形

それからひと月ほどは、なにごともなくすぎさりました。

あやしいおじいさんのうちで、ロボットの鉄人Qが、はじめてうごきだすのを見た、北見菊雄少年は、あの事件のあとで、友だちになった小学校六年生の中井明なかいあきら君と、ある日、銀座通りを、歩いていました。

中井君は少年探偵団員でした。中井君の胸には、団員のしるしのB・Dバッジが光っています。北見少年も、中井君に頼んで、少年探偵団に入れてもらうことになっていましたが、まだ小林団長のゆるしをえていないので、バッジはつけていません。

もう午後おそくでしたが、銀座通りには、きれいな服をきた男や女が、ぞろぞろと、歩いていました。たちならぶ商店のショーウィンドーの中には、いろいろな、美しいものが、ならんでいました。

中井、北見の二少年は、銀座四丁目から五丁目、六丁目と、歩いていきました。

ふと見ると、そこのかどに、ひとりの、みょうなサンドイッチマンが立っていて、通りかかる人に、広告ビラをわたしていました。

それを見ると、北見君が、

「あっ。」

といって、立ちどまってしまいました。

「おい、どうしたんだよ。きみの顔、まっさおだよ。おなかがいたいの?」

中井君が、びっくりして、たずねました。

「ちょっと、こっちへ……。」

北見君は、小さな声でいって、中井君をショーウィンドーのかげへ、つれていきました。

「あのサンドイッチマンをごらん。ほら、せなかに、大きな広告の板をしょって、ビラをわたしているだろう。あいつ、鉄人だよ。あのまっ白な顔に見おぼえがあるんだよ。あの顔は、鉄でできているんだよ。」

中井君は、ショーウィンドーのガラスごしに、そのサンドイッチマンを見つめました。

なるほどへんです。顔をまっ白にぬり、まっかなくちびるをしていますが、その顔が、まるでお面のように、少しも動かないのです。

「だって、あいつが鉄人Qなら、みんなが、だまっているはずがないよ。さっき、おまわりさんが、あいつの前を通っていったじゃないか。でも、あいつを、つかまえやしなかったよ。」

中井君が、ふしぎそうにいいました。

「そりゃ、だれも鉄人Qを見た人がいないからだよ。まさか、広告ビラをくばっているサンドイッチマンが、あの大怪物鉄人Qだとは、思わないからね。」

「それじゃあ、あいつが鉄人Qに、まちがいないね。」

「うん、まちがいないよ。ね、きみ、どうすればいいだろう。おまわりさんに、知らせようか。」

「うん、それもいいけど、もうすこし、見はっていて、あいつがどこへ帰るか、あとをつけてみようじゃないか。」

中井君は少年探偵団で尾行の練習をしていましたから、あとをつけるのは大とくいです。

そこで、ふたりは、ショーウィンドーのかげに立ったり、そのへんを、ぶらぶらしたりして、あやしいサンドイッチマンを、三十分ほども、見はっていました。

やがて、あたりに、夕やみがせまってきましたので、サンドイッチマンは、広告ビラの残りを、こわきにかかえて、どこかへ、歩きだしました。

二少年は、それを見ると、おたがいに、目くばせして、そのあとをつけていくのでした。

サンドイッチマンは、しばらく歩くと、そこにある地下鉄への階段をおりていきます。二少年も、あとから、おりていきました。

地下鉄のプラットホームにおりると、そこに、渋谷しぶや行きの電車がとまっていました。サンドイッチマンは、それに乗りこみ、二少年も、相手に気づかれぬように、同じ電車に乗りました。

電車はこんでいて、すわる席はありません。サンドイッチマンは、電車のまん中の、しんちゅうの棒をにぎって、たちはだかっています。

あたりの人たちは、このまっ白な顔をした、ふしぎな男を、じろじろ、ながめましたが、せなかの広告の板を見て、サンドイッチマンと思いこんでいるので、これがあの有名な怪物の鉄人Qだとは、だれも気がつかないのでした。

電車が渋谷につきますと、怪人は、大ぜいの人にまじって、電車をおり、駅を出て、にぎやかな大通りを、北の方へ、どんどん歩いていきます。そして、しばらくすると、さびしいやしき町へ、さしかかりました。

もう日がくれかかって、あたりはうすぐらく、いけがきや、コンクリートべいばかりの町には、人通りもありません。

こんな人通りのない町では、すぐ相手に気づかれてしまうので、昼間だったら、とても尾行はできないのですが、あたりがうすぐらいので、二少年は、やっと、怪物のあとをつけることができるのでした。

しばらく行きますと、ふるい赤レンガのへいがつづいて、やがて、鉄のとびらのついた門の前に出ました。

サンドイッチマンにばけた鉄人Qは、そのとびらをひらいて、中へはいっていきます。二少年は、門の石の柱に身をかくして、Qのうしろ姿を、見つめていました。

向こうに、赤レンガの二階だての西洋館がそびえています。Qはそこのげんかんに、近づくと、ドアをひらいて、スーッと、中へはいっていきました。

「どうしようか。」

北見少年が、中井君の顔をみて、ささやきました。

「ぼくたちもはいってみよう。そして、このうちがどんなうちだか、しらべるんだよ。」

中井君は、そういって、さきにたって、門の中へ、はいっていきました。北見君も、そのあとにつづきます。

ふたりは、げんかんのドアの外で、耳をすましましたが、家の中からは、なんの物音も、聞こえません。まるで、あき家のように、静まりかえっているのです。

「横手へまわって、窓をさがそう。」

中井君は、そうささやいて、足音をたてないように、西洋館の横の方へ、まわっていきました。

どの窓も、みんな、まっくらでしたが、ひとつだけ、一階の窓が、ぼんやりと、うす明るくなっていました。

中井少年は北見君を手まねきして、その窓へ近よっていきました。

しかし、窓が高いので、せのびをしても、中を見ることができません。中井君はそのへんをさがしまわって、どこからか、大きな木の箱をひきずってきました。そして、それを窓ぎわにおくと、その上に乗って、窓の中をのぞきました。

旧式なせまい窓で、ガラス戸はあげ戸になっています。それが、ぴったりしまって、その向こうに、カーテンがさがっているのですが、すこしすきまができていて、部屋の中がよく見えるのです。

中井君は、北見君といっしょに、木の箱の上に乗って、窓の中をのぞきました。

部屋の向こうがわは、まっくらでした。壁一面に、黒いカーテンでもさがっているように見えました。そのまっくらの中に、ヌーッと、鉄人Qが立っていました。

二少年は、顔をくっつけるようにして、窓のカーテンのすきまから、息を殺して、のぞいています。

すると、じつにへんてこなことがおこったのです。

鉄人Qは、両手で、自分の頭をつかんで、ぐっと上の方へ、持ちあげました。つまり、自分の首を、すっぽりと、ぬいてしまったのです。

ああ、やっぱり、こいつはロボットです。鉄でできた人造人間だから、首をぬいても、へいきなのです。

Qは、ぬきとった自分の首を、そばのテーブルの上におきました。そして、こんどは、両手を、ぐるぐるまわして、ぱっと、いきおいよく、上へふりあげました。

すると、両手が胴体を離れて、さあっと、てんじょうの方へとびあがり、どこかへ、見えなくなってしまいました。

Qは、胴体と、足ばかりの、みょうな姿になりました。首と手のない人間なんて、じつに、きみの悪いものです。

やがて、Qは、とことこと、足ぶみをはじめました。そして、しばらくすると、胴体は、もとのところに残して、二本の足だけが、前に歩きだし、部屋の中を、ぐるぐる、まわりはじめたではありませんか。

二少年が、

「あっ。」

と、目をみはっているうちに、その足も、どこかへ消えてしまい、あとに残った胴体が、宙に浮いてフラフラしていましたが、これも、スーッと、とけるように見えなくなってしまいました。

そのとき、机の上に、ちょこんと、乗っているQの首が、ニヤッと、笑ったのです。まっかなくちびるで、ニヤッニヤッと、笑ったのです。

おばけの家

二少年は、あまりのおそろしさに、思わずあとずさりをしたので、窓の外においてあった、ふみだいの木の箱から、足をふみはずしてしまいました。

ころびそうになるのを、やっと、ふみこたえましたが、すると、そのとき、まっくらな庭の、うしろの方から、ケラケラケラという、ぶきみな笑い声が、聞こえてきました。

はっとして、ふりむきますと、そこのやみの中に、小さなおばけが立っていたではありませんか。

窓からもれてくる、かすかな光で、そのおばけが、ぼんやりと見えています。

そいつは、少女の一つ目小僧でした。まっ白な大きな顔の、額ひたいのまん中に、目が一つしかないのです。そして、まっかなくちびるをひらいて、ケラケラと笑っているのです。

そのおばけには、足がないように見えました。ちんちくりんの、まっかなワンピースを着ていてパッとひらいたスカートの下に、なんにもないのです。一つ目の顔と、ワンピースだけが、宙に浮いているのです。

二少年は、

「ワーッ。」

と叫んで、逃げだそうとしました。すると、おばけが、

「逃げなくてもいいわよ。話があるのよ。」

と、呼びとめました。かわいらしい少女の声です。声は少しもおばけらしくありません。

二少年は、立ちどまって、ふりむきました。すると、ちんちくりんのスカートの下に、まっ黒な長い足がついていることがわかりました。黒い靴下をはいているので、やみにとけこんで、ちょっと見たのでは、わからなかったのです。

「びっくりしなくってもいいわよ。あたし、おばけじゃないのよ。三千代みちよちゃんというのよ。」

少女は、ほがらかな声でいって、かぶっていた、はりこの頭を、両手で、スッポリと、ぬいでみせました。

すると、その下から、目の二つある、ふつうの少女の顔が、現われたではありませんか。

「なあんだ、きみ、一つ目小僧じゃなかったのかい。」

中井君が、安心したように、いいました。

「ええ、おばけのまねをしていただけよ。」

「きみは、ここのうちの子かい。」

「そうじゃないわ。ロボットに、さらわれてきたのよ。」

「へえ、さらわれたの? ロボットって、鉄人Qのことだね。」

「名前は知らないわ。でも、鉄でできたロボットよ。」

ああ、鉄人Qは、またしても、こんな少女をさらってきたのでしょうか。まえには、村田ミドリちゃんという、かわいらしい少女をさらって、上野公園の五重の塔にかくれていたことがあります。こんどもまた、同じようにして、この少女をさらったのかもしれません。

「じゃあ、逃げればいいじゃないか。どうして、逃げないの?」

中井君がたずねますと、少女はまたケラケラと笑いました。

「逃げられないわ。あんたたちだって、逃げられないのよ。ほら、ごらんなさい。」

少女が、すぐうしろの、やみの中を、指さしました。

思わず、その方を見ますと、くらやみの中から、ボーッと、現われてきたものがあります。

そいつは、まっ四角な、大きな箱のような顔をしていました。胸も、腹も、まっ四角です。手や足は、四角な棒のようです。そいつが、ガクンガクンと、機械みたいな歩き方で、こちらへ、近づいてくるではありませんか。背の高さも、おとなよりずっと大きいのです。

それが一つだけではありません。二つ、三つ、四つと、やみの中から、つぎつぎと、おそろしい姿を現わしてくるのでした。

これこそロボットです。四角な顔、四角なからだをしたロボットです。

四つの大きなロボットが、やみの中から、現われて、二少年をとりまいてしまいました。

ロボットが足を動かすたびに、ギリギリ、ギリギリと、歯車の音がします。機械でできているらしいのです。

「ね、逃げられないでしょう。こいつらが、番をしているのよ。逃げようとすれば、ひどいめにあわされるわ。」

少女は、べつにこわがってもいないような、ほがらかな声で、いうのでした。

しかし、少年たちは、おそろしさに、ガタガタふるえて、ものもいえないのです。

「ここは、おもしろいうちよ。おばけの家なのよ。だから、あたしも一つ目小僧にされちゃったのよ。でも、こわいことはないわ。あたし、強い子だから、へいきよ。ここのうちにいるのが、たのしいくらいだわ。あんたたちも、きょうから、このうちに、いなければいけないのよ。そしておばけになるのよ。」

少女が、へんなことを、いいだしました。

「おばけになるんだって。」

中井君が、びっくりして、聞きかえします。

「そうよ。ここのうちには、おばけがウジャウジャいるのよ。あたしたちも、その仲間いりするんだわ。」

「きみは、へいきなんだね。だが、ぼくたちはいやだよ。おうちへ帰らないと、しかられるからね。」

「だって、帰ることはできないんですもの。あたしも、はじめは、帰ろうとしたの。でも、そうすると、ひどいめにあうのよ。おそろしいめにあうのよ。だから、あたしおばけになったの。おばけになれば、だれも何もしないで、おいしいごちそうを、たくさん食べさせてくれるのよ。」

少年たちは、少女のいうことが、よくわかりませんでした。おばけになれば、ごちそうが食べられるなんて、なにがなんだか、すこしもわけがわからないのです。

いくらごちそうが食べられたって、おばけの家に、とじこめられるのは、いやです。そのうえ、このうちには、あのおそろしい鉄人Qが住んでいるのですから、こんなうちにいるなんて、まっぴらごめんです。

中井少年と北見少年は、たがいに目くばせをして、サッと、逃げだそうとしました。

すると、少年たちをとりかこんでいた四つのロボットが、ギリギリと、歯車の音をさせながら、ぐうっと、近よってくるのです。

そのとき、四つのロボットの目が、まっかに光りだしたではありませんか。

ロボットの四角な顔に、ちゃわんのような大きな目が、まっかにかがやいているのです。その目でにらみつけながら、ギリギリと、近づいてくるのです。

少年たちは、あまりのこわさに、両手で目をふさいで、そこへうずくまってしまいました。

ロボットたちは、おそろしい力で、ふたりの少年の両手を、左右から引っぱって、どこかへ連れていくのです。少年たちは、目がくらんで、どこをどう歩いたのか、まるでわかりませんでした。

ふと気がつくと、いつのまにか、部屋の中へきていました。ロボットや、さっきの少女は、どこかへいってしまって、目の前には、あのおそろしい鉄人Qが、ニヤニヤ笑って立っているのでした。

さっきは、首も、手も、足も、バラバラになってしまった怪人が、いまはもとの姿にもどって、そこにつったっていたのです。

「ハハハハハハ……。おどろいたかね。しかし、きみたちが、おとなしく、このうちにいれば、ひどいめにあわしやしないよ。だが、それには、やくそくがある。いいかね、ここはおばけの家だ。だから、きみたちも、おばけにならなくてはいけないのだ。さあ、この服と着かえて、このおばけの頭をかぶるのだ。」

そういって、鉄人Qが指さしたテーブルの上を見ると、そこには、青い服と、青いズボンと、それから、さっきの少女がかぶっていたのとそっくりの、一つ目小僧の、大きなはりこの頭が、おいてあるのでした。

二少年は、しかたがないので、おばけの頭を、かぶろうとしていますと、そのとき、部屋の向こうの黒いカーテンの上に、白いものが現われたかとおもうと、それが宙に浮いて、フワフワと、こちらへ近づいてくるのが見えました。

「あっ、がいこつの首だ……。」

北見君が、まっさおになって、思わず、つぶやきました。すると、鉄人Qが、ぶきみに笑って、

「ウフフフフ……、どうだい? ここはほんとうにおばけやしきだろう。あのがいこつが、なにをするか、よく見てごらん。」

と、いいました。

がいこつの首は、しばらく、空中をとびまわっていましたが、それが動かなくなると、首の下にパッと、胴体が現われ、両手がくっつき、両足がはえて、ちゃんとしたがいこつになってしまいました。

そして、おどりながら、あちこちと、歩きまわっていましたが、すると、こんどは、両手が、胴体を離れて、スーッと、てんじょうの方へ、飛んでいってしまい、足も消え、胴体も消えてしまって、がいこつの首だけが、そこのテーブルの上に、ちょこんと、のっかりました。

「ウフフフ……、きみたち、この奇術のたねがわかったかね。」

鉄人Qが、笑いながらたずねるのです。

「あっ、わかった、ブラック=マジックだ、そうでしょう?」

中井少年が、叫ぶようにいいました。

「そうかもしれない。じゃあ、そのわけを話してごらん。」

鉄人Qは、まるで学校の先生のように、やさしくたずねるのでした。

「この部屋の電灯は、みんなこっちを向いていて、あの黒いカーテンの方へは、光がとどかないようにしてある。これが奇術のたねですよ。だから、黒いカーテンの前では、黒い着物を着ていればこちらからは、すこしも見えません。まっ白なものだけが、見えるのです。だから、人間が黒いシャツとズボンをつけ、それに白いえのぐで、がいこつの絵を書いておけば、黒いところは、こちらから見えないので、ほんとうのがいこつが、おどっているように、思われるのです。がいこつの首が、テーブルに乗っかったり、手がてんじょうへとんでいったりしたのは、がいこつの人形の首や手ばかりが、べつに用意してあって、それに黒いきれをかぶせて、かくしてあるのです。まっ黒なシャツとズボンをつけて、黒覆面をした人が、それをあやつるのですよ。黒いきれをとれば、がいこつの首や手が現われるし、かぶせれば、消えてしまうのです。さっき鉄人Qの首が、テーブルの上に乗っかったのも、同じわけですよ。あれは人形の首だったのです。」

中井少年は、りっぱに奇術のたねあかしをしてみせました。

「えらいっ、そのとおりだ。だがね、このおばけやしきには、ブラック=マジックばかりじゃない。もっといろいろな秘密のしかけがあるのだよ。だが、きょうは、これだけにしておこう。いまきみたちの部屋へ、案内させるからね。」

鉄人Qは、おだやかな口ぶりで、そういうのでした。

B・Dバッジ

「おじさんは、鉄人Qといわれているけど、ほんとうは、だれなのですか。そして、おじさんは、ぼくたちを、つかまえて、どうしようというのですか。」

中井君が、勇敢にたずねました。すると、鉄人Qは、少しも動かない鉄の顔で、うすきみわるく笑いました。

「ウフフフ……、おれはだれでもない、鉄人Qというロボットだよ。それから、きみたちをつかまえたわけはね。きみたちのおとうさんの持っている美術品を、おねだりしたいからだよ。それには、きみたちを、人質ひとじちにした方が、つごうがいいからね。ウフフフ……、おい、このふたりを、六号室へぶちこむんだっ。」

それをきくと、ドアの向こうにいた、ひとりの部下が、のっそりとはいってきて、二少年の手をとりました。

「さあ、こっちへくるんだよ。」

そのまま、廊下をグルグルまわって、旧式な鉄のベッドが、一つしかおいてない、きたない部屋へ、とじこめられてしまいました。

ドアには、外からかぎをかけられ、一つしかない窓には、鉄ごうしがはまっているので、逃げだすなんて、思いもよりません。ふたりは、もう、あきらめて、ベッドに腰かけて、グッタリとしていました。

ベッドの上には、あの青い服と、一つ目小僧のはりこの頭が、二つずつおいてあります。部下のやつが、すぐに、それをかぶれといって、おいていったのです。

ふたりは、しばらく、ぐったりしたまま、ものもいわないでいましたが、やがて、中井少年が、ぐっと、顔をあげました。目がキラキラ光っています。

「あっ、いいことを思いついた。」

そういうと、いきなり、窓のところへ走っていって、ガラス戸を、上にあげました。外に鉄ごうしがはまっているので、ガラス戸には、かぎがかかっていないのです。窓の外には、高いコンクリートべいが、つづいていて、外は見えませんが、そこは道路にちがいないのです。

「うまいっ、ここからほうればいいんだ。」

中井君は、そんなひとりごとをいって、ポケットから、手帳と鉛筆をとりだし、なにか書きつけて、それを北見君に見せました。

ぼくたちは、この地図の西洋館にとじこめられています。ここは鉄人Qのすみかです。すぐにたすけにきてください。

その横に、この西洋館への道順を図でしめし、明智探偵事務所のある、麹町こうじまちアパートへの道順も書いてあります。

この手紙を、明智探偵事務所へとどけてくれた人には、このB・Dバッジをあげます。そして、あとで、もっとお礼をあげます。

と書きくわえました。

北見少年が、それを読んでいるあいだに、中井少年は、ズボンのポケットをジャラジャラいわせて、なにか、つかみだしました。にぎった手をひろげると、そこに二十個ほどのB・Dバッジが、ウジャウジャと、のっています。

北見君はまだ知りませんでしたが、このたくさんのB・Dバッジは、少年探偵団員の七つ道具の一つなのです。それには、いろいろな、使いみちがありましたが、そのうちのひとつを、中井君はいま、思いだしたのです。いったい、どんな使いみちだったのでしょうか。

七つ道具

B・Dバッジは、団員の胸につけている目じるしで、まるいしんちゅうに銀メッキをして、少年探偵という英語のかしら字のBとDをくみあわせて、うきぼりにしたものです。

これは少年探偵団の七つ道具の一つですが、ついでに、七つ道具とはなにかということを、書いておきましょう。

1、B・Dバッジ

2、万年筆がたの懐中電灯

3、磁石(方角を知るためです。)

4、よびこの笛

5、柄えのついた拡大鏡(虫めがねです。指紋など、小さいものを見るときに使います。)

6、小型望遠鏡(双眼鏡でもいいのですが、片方の目だけで見る、ポケットにはいるような、小さい望遠鏡で、とても便利にできています。)

7、手帳と鉛筆

このほかに、絹糸をたくさんよりあわせて作った、なわばしごがあります。

三十センチごとに、大きなむすび玉がこしらえてあって、それに足をかけて、のぼったり、おりたりするのです。

しかし、これは小林団長だけが持っていて、ふつうの団員は持たないことになっています。いりようのときは、小林団長がかしてくれるのです。

このなわばしごは、どこにも売っていませんし、小学生の団員にはあぶないので、持たせないのです。

北見少年は、少年探偵団にこれからはいるのですから、なにも知りませんので、中井少年が七つ道具のことを、教えてやりました。すると、北見少年がふしぎそうにたずねるのです。

「B・Dバッジが、どうして七つ道具なの? これ何に使うの?」

中井少年は、てのひらにのせた二十個ほどのB・Dバッジをジャラジャラいわせながら、それに答えました。

「いろんな使いみちがあるんだよ。ぼくたちが、悪者に、どっかへ連れられていくことがあるとするね。そのときは、向こうのうちに近づいた時、歩きながら、このバッジを一つずつ、そっと道へ落としていくんだよ。そうすれば、これを少年探偵団員が見れば、ぼくたちが、あぶないめにあっていることがわかるし、バッジのあとをつけてくれば、連れこまれた場所が、わかるというわけだよ。それから、悪者が、追っかけてきたら、このバッジを投げつけて、たたかうこともできるし、どこかへとじこめられたとき、手帳の紙をちぎって、手紙を書き、このバッジを包みこんで、おもしにして、へいの外へ投げて、助けをもとめることもできる。ぼくはいま、それをやろうとしているんだよ。」

「ああ、そうか、それで、手帳の紙に、あんな手紙を書いたんだね。」

北見君は、やっと、そのわけがわかりました。

「この紙だけを、高いへいの外へ、投げるのはむずかしいだろう。だから、おもしに、B・Dバッジを包みこむんだよ。へいの外は道路にちがいないから、だれかが拾うよ。それがおとなだったら、B・Dバッジで、ぼくたちが少年探偵団員だとわかるし、子どもだったら、B・Dバッジがもらえるというので、きっと電車に乗って、とどけてくれるよ。」

そう説明してから、中井君は、開いた窓に近づくと、手帳の紙でB・Dバッジをかたく包み、いきおいこめて、鉄ごうしのあいだから、へいの外へ投げました。いまは夜ですから、だれも気がつかないかもしれませんが、あすになったら、きっとだれかが、拾ってくれるにちがいないのです。

それをたのしみに、ふたりは一つのベッドにならんで横になり、しばらく小声で話していましたが、いつかぐっすりとねいってしまいました。

魔法のかぎ

そのあくる日の午後のことです。麹町の明智探偵事務所では、明智探偵が事件のために、福島県へ出かけているので、少女助手のマユミさんと、小林少年とが、おるす番をしていましたが、そこへ、チンピラ隊のポケット小僧が、遊びにきました。

ポケット小僧は、いろいろなてがらをたてて、小林団長のお気にいりになっていましたし、ポケット小僧の方でも、小林団長をにいさんのように、なつかしがって、しょっちゅう、遊びにくるのでした。

三人が、応接間で話をしていますと、入口のドアに、ノックの音が聞こえました。小林少年が立っていって、ドアをあけますと、そこに小学校五―六年ぐらいのひとりの少年が、立っていました。

「渋谷でこれを拾いました。明智探偵事務所へ、とどけてくれと書いてあったので、持ってきたのです。」

少年は、そういって、あの中井少年の書いた手帳の紙をさしだしました。ああ、やっぱり、拾ってくれた少年があったのです。

「そうですか。ありがとう。明智先生はるすだけれど、ぼく、助手の小林です。ぼくかわりに読みますよ。」

小林君が、そういって紙を受けとりますと、少年は目をかがやかせて、小林君の顔を見つめました。

「小林団長ですね。ぼく、一度、会いたいと思っていました。そして、ぼく、少年探偵団にはいりたいのです。入れてください。」

「それは、きみがどんな子どもだか、よくしらべてからでなきゃ、だめだよ。でも、中にはいって待っててください。いま、これを読むからね。」

小林君はそういって手帳の紙を読みました。すると、中井、北見の二少年が、渋谷区のあやしい家に、とじこめられていることがわかりましたので、すぐにそれをマユミさんやポケット小僧にみせて、相談したうえ、警視庁の中村警部に電話をかけました。

「中村さんですか。ぼく明智探偵事務所の小林です。鉄人Qのすみかがわかりました。ふたりの少年が、そこにとじこめられているのです。ぼく、これから、その家をしらべにいきたいと思いますが、さきにそちらにゆきましょうか。」

「それがいい。じゃあまっているよ。」

ポケット小僧が、小林君の腕をつかんで、おねだりしました。

「小林さん、ぼくも連れてっておくれよ。いいだろう。ね、ね。」

「よしっ、いっしょにきたまえ。それから、きみは、ぼくたちを案内してください。」

と、手帳の紙を持ってきた少年に、呼びかけました。

それから一時間ほどすると、小林君と、ポケット小僧と、案内役の少年は、警視庁の一室で、中村警部と、打ち合わせをしていました。

西洋館にしのびこむ方法を、いろいろと、相談したあとで、中村警部は、

「やっぱり、暗くなってからの方が、つごうがいいだろう。きみたちには弁当をとってあげるから、日がくれるまで、ここに待っていたまえ。」

といって、三人の少年を待たせることにしました。

それから、机のひきだしから、たくさんのかぎが、かねの輪にはまった、かぎたばを出して、小林君にわたしながら、

「これは、万能かぎといってね、どんなかぎあなにだって、このうちのどれかが、はまるようになっているんだ。小林君は、これでドアを開いて、ふたりの少年を、たすけだすんだよ。」

と、いいました。なれた人には、一本のはりがねがあれば、どんな錠じょうでも、あけられるのですが、それよりも、この万能かぎの方が、もっと、使いやすいのです。

「へえ、魔法のかぎですねえ。」

と、いいながら、小林君は、それをポケットにしまいました。

こちらは、鉄人Qのすみかの、おばけ西洋館です。もう日がくれて、あたりは、まっくらになっていました。

西洋館の鉄の門は、ぴったりしまっていましたが、小さな子どもが、猿さるのように、その鉄のとびらをはいのぼって、内がわにおり、かんぬきをはずして、そっと門を開きました。

すると、そのとびらのすきまから、まっさきに、ひとりの少年がしのびこみ、しばらく、あいだをおいて、つぎつぎと背広姿のおとなが三人、門の中へ消えていきました。そして、また、とびらは、ぴったりしまってしまいました。

とびらを乗りこしたのは、ポケット小僧です。しのびこんだ少年は小林君です。そのあとの三人のおとなは、中村警部の部下の刑事たちです。

中村警部は十人の部下を、引きつれてきたのですが、残る七人は、へいのまわりに身をかくして、いつでも、中へとびこめる用意をしていました。

小林君とポケット小僧は、そっと、西洋館の裏にまわって、しのびこむ場所をさがしていましたが、うらの勝手口に、しまりがしてないことがわかりましたので、じゅうぶん、中のようすをうかがってから、思いきって、そこから西洋館にはいっていきました。

廊下には電灯もついていないので、あたりはまっくらです。ふたりの少年は、これさいわいと、だんだん奥の方へ、しのびこんでいきました。

B・Dバッジを包んだ手紙を、拾ってくれた少年の話で、中井、北見の二少年が、かんきんされている部屋の見当はついていますので、手さぐりで、その方へ、しのんでいくのです。

とうとう、それらしい部屋が見つかりました。ドアのかぎあなから、のぞいてみますと、中にはうすぐらい電灯がついていて、少年がいることがわかりました。よく見ると団員の中井少年です。もう、この部屋にちがいありません。

小林君は、ポケットから魔法のかぎをとりだして、音のしないように気をつけながら、つぎつぎと、かぎあなにあててためしてみました。

すると、三番目のかぎが、ぴったりはまったので、ぐっとまわしますと、ドアはなんなく開きました。

ひとりと四人

小林君とポケット小僧が、はいってくるのを見て、中井、北見の二少年は、びっくりしましたが、おたがいに、顔を知っているので、きっと、助けにきてくれたのだと、すぐ安心しました。

小林君は、ふたりの少年を、いまはいってきた裏口から逃がすつもりでした。その裏口の外には三人の刑事が、待ちかまえていて、二少年を守ってくれるはずです。

小林君が、そのことを話しますと、中井少年が、うれしそうに答えようとしましたが、はっとしたように口をとじました。そして、口の前に、指を立ててみんなをだまらせ、心配そうに耳をすますではありませんか。

廊下に、遠くの方から、パタン、パタンという足音が聞こえてきます。

「鉄人Qの部下のやつが、御飯を、運んでくるのですよ。ちょうどいまごろ、晩御飯を持ってくるんです。」

中井君が、ささやきごえでいいました。

さあ、たいへんです。せっかく苦心して、ここまで運んだのに、そいつが来れば、なにもかもだめになってしまいます。

「ぼくたち、どっかへ、かくれようか。」

ポケット小僧が、ささやきます。

「だめだよ、この部屋には、かくれるところなんてないよ。」

中井君が答えました。

「よし、そいつを、やっつけちゃおう。こっちは四人だ。相手は、いくら力が強くても、たったひとりだよ。それにはいいことがある。」

小林君はそういいながら、シャツの下にまきつけていた、絹糸のなわばしごを、大いそぎでひっぱりだすと、ポケットからナイフを出して、それを三つに切りました。

それから、そこにあった二つのいすを、ドアのすぐ内がわの、両方のかべぎわにおき、一本の絹糸を二つのいすのあしからあしへわたして、しばりつけました。つまり、床から十センチぐらいのところに絹糸が、はりわたされたわけです。

それを、手早くやったので、やっとまにあいました。部下のやつは、もうドアの外まできていたのです。

小林君は、残る二本の絹糸の一本を、じぶんが持ち、残る一本を、中井君にわたし、それから、みんなの持っているハンカチを出させて、それをポケット小僧にわたしました。

みんな、かしこい少年たちですから、なにもいわなくても、その意味がちゃんとわかったのです。そして、小林君とポケット小僧は、すばやくベッドの下へもぐりこみました。

部下のやつはもうはずれているかぎあなへ、かぎをいれて、ガチャガチャやっていましたが、

「おや、へんだぞ。おれは、さっき、かぎをかけるのを、わすれたのかな。」

と、ふしぎそうに、つぶやきながら、ドアを開いて、ヌッと、はいってきました。手には、大きなおぼんに、晩御飯をのせて、持っています。

ガチャンと、おそろしい音がしました。部下のやつは、あの絹糸に足をとられて、ころんだのです。おぼんが投げだされ、御飯や、おつゆが、あたりにとびちりました。

「そらっ。」

小林君のかけ声で、四人の少年は、一度に、倒れている部下に、とびかかっていきました。

部下のやつは、ころんだとき、どこかを打ったらしく、起きあがる力もなく、たちまち、両手、両足を、しばられてしまいました。助けを呼ぼうにも、ポケット小僧が、さっきの四つのハンカチをまるめて、口の中へ押しこんだので、声を出すことができません。

「よし、このまに、きみたちふたりを、裏口にいるおまわりさんに、わたすことにしよう。さあ、来たまえ。はやく、はやく。」

小林君は、中井、北見の二少年を、せきたてながら、部屋を出て、廊下を裏口へといそぎました。

ポケット小僧も、そのあとからついていきます。

裏口を出ると、そこに、さっきの三人のおまわりさんが、待ちかまえていました。

「さ、これが中井君と北見君です。外へ連れだしてください。ぼくたちふたりは、中へもどって、鉄人Qを捜します。見つけたら、知らせますから、それまで、ゆだんなく、このうちのまわりを見はっているように、みなさんにいってください。」

小林君とポケット小僧は、二少年をおまわりさんたちに、あずけておいて、そのままおばけやしきの中へ、引きかえしました。

さっきの部屋へ、はいってみると、部下の男は、しばられたまま、倒れていました。鉄人Qは、まだこのことを気づかないようです。

「おい、ポケット君、おばけに変装しよう。ほら、この一つ目小僧の仮面をかぶるんだよ。そうすれば、顔がわからないから、もし、だれかに見つかっても、ぼくたちを中井君や北見君だと思うかもしれないね。ね、そうしよう。」

そこで、ふたりは、テーブルの上においてあった、青い服を着ました。そして、あの一つ目小僧の仮面を、頭からスッポリとかぶったのです。中ぐらいのと、小さいのと、ふたりのおばけが、できあがりました。

「さあ、このうちの中を、しらべよう。そして、もし鉄人Qを見つけたら、すぐおまわりさんに知らせるのだ。」

ふたりは部屋の外へ出て、ドアをピッタリしめ、万能かぎで、外からドアのしまりをしました。

そして、うす暗い廊下を、奥の方へと、歩きだしたのですが、まもなく、廊下は、行きどまりになってしまいました。

「へんだなあ。この廊下には、ひとつもドアがないよ。しかたがない、引きかえそう。」

ふたりは、もと来たほうへ、もどろうとしましたが、ひょいと、ふりかえってみると、いままで、裏口の方へ、つづいていた廊下が、すっかり、壁になってしまって、どこにも出口がないことが、わかりました。

「おやっ、どうしたんだろう。向こうに、壁ができちゃったぞ。」

「ウフフフ……、小林さん、だから、ここはおばけやしきなんだよ。おれたちは、おばけの魔法にかかっちゃったのさ。」

大胆なポケット小僧は、へいきで、笑っています。

廊下は長さ十メートルほどの、細長い箱のようになって、ふたりは、そこに、とじこめられてしまったのです。そして、そこにはドアがひとつもないのです。

おばけやしきのことですから、なにかのしかけで、いつのまにか、廊下を、箱のように、かえてしまったのでしょう。

小林君は、その細長い箱の中を、グルグルまわって、どこかに出口はないかと、捜しまわりました。

すると、つきあたりの板壁のすみに、押しボタンのように、出っぱったものがあることに気がつきました。

ためしに、指でぐっと押してみますと、そこの壁の一部が、ドアのように、スーッと、音もなく開きました。

中は、せまいトンネルのように、まっくらです。

「はいってみようか。」

「うん、ほかに出口がないから、しかたがないよ。」

ふたりは、おずおずと、そのくらやみの中へ、はいっていきました。

トンネルのようなところを、五メートルほど進みますと、つきあたりに、またドアがあって、それがひとりでに開きました。

ふたりは、その中へはいりましたが、すると、いきなり、あたりがパッと明るくなって、目がくらみそうになりました。

「あっ、いけない。あとにもどるんだっ。」

小林君が、叫んで、うしろへ引きかえそうとしましたが、いつのまにか、ドアはピッタリしまって、押せども引けども動きません。

おばけウジャウジャ

ふたりが、とじこめられたのは、じつにとほうもない、ギョッとするような部屋でした。部屋ぜんたいが、銀色にかがやいていて、見通しがきかないほど、おそろしく広いのです。そして、その中に一つ目小僧のばけものが、何千人というほど、ウジャウジャ、うごめいているではありませんか。

小林君もポケット小僧も、クラクラッと目まいがして、おもわず、そこにうずくまってしまい、じっと目をふさいでしまいました。

なるほど、このうちはおばけやしきです。うちの中に、家ぜんたいよりも、ずっとひろい部屋があるのです。そして、そこに一つ目小僧のおばけが、数えきれないほど、むらがっているのです。

そんなばかなことがあるはずはありません。きっと、魔法使いの妖術ようじゅつにかかったのです。ありもしないものが、目に見えたのでしょう。

ふたりは、しばらく、目をとじていたあとで、こわごわ、そっと目をひらいてみました。

「あっ、いけない。やっぱりおんなじだ。」

何千人の一つ目小僧が、こっちを見つめているのです。

そして、ふしぎなことには、その一つ目小僧どもは、みんなしゃがんでいるではありませんか。

小林君は勇気を出して、ポケット小僧の手をひっぱって、いっしょに立ちあがりました。

すると、あっ、何千人という一つ目小僧がみんないっしょに、パッと立ちあがったではありませんか。そして、じっと、こちらをにらみつけています。こちらへ、近よってくるようすはありません。

小林君とポケット小僧は、一歩、まえに歩いてみました。すると、何千人もの一つ目小僧が、サッと、こちらへ一歩、ふみだしてくるのです。

よく見ると、うしろ向きになっているやつが、たくさんいて、そいつらは、むこうへ一歩、遠ざかるのでした。

そして、また、じっとしています。何千人というおばけが、マスゲームでもやっているように、みんなおそろいで動くのです。

そのとき、ポケット小僧が、小林君の手をひっぱって、ささやき声で、

「うしろを見てみな。」

といいました。

小林君が、ヒョイと、うしろをふりむきますと、あっ、うしろにも何千人の一つ目小僧が、ウジャウジャ、かたまっているではありませんか。

ふたりは、ドアからこの部屋へ、はいったばかりです。ドアとふたりのあいだは、一メートルぐらいしか、ないはずです。ところが、いま見ると、そこが見通しもきかぬ、広い部屋にかわって、おばけが、はるかかなたまで、むらがっているではありませんか。

さすがの小林少年も、あまりのおそろしさに、からだが、ふるえてきました。

そのとき、また、ポケット小僧が、小林君の手をひっぱって、足の方を見よという合図をしました。

小林君は、床を見おろしました。

すると、フワーッと、からだが宙に浮いたような、たかいたかいがけの上から、とびおりたような、なんともいえない、みょうな気持になって、心臓がのどのへんまでおしあがってくるように感じました。

ごらんなさい。足の下には、床板がなくて、そこしれぬ深さの中に、やっぱり何千人という一つ目小僧どもが、まっすぐに立ったり、さかだちをしたりして、ウジャウジャと、むらがっているではありませんか。

クラクラッと、目まいがしました。そして、ふっと上を向いたのです。てんじょうは、どうなっているのだろうと、思ったからです。

ああ、思ったとおりです。そこも、無限むげんの空にまで、つづいて、やはり何千人という一つ目小僧が、顔を下に向けて、さかだちしたり、まっすぐに立ったりして、見通しのきかぬ上の方まで、むらがっているではありませんか。

小林君とポケット小僧は、またうずくまってしまいました。

ひどく息苦しいので、顔に手をやってみると、大きな仮面をかぶっていることが、わかりました。

「あ、ぼくたちは、さっき、一つ目小僧の仮面をかぶって、おばけになったんだ。それをすっかり、わすれていた。」

小林君は、スッポリと、一つ目小僧の仮面を、ぬきとりました。ポケット小僧も、仮面をぬぎました。

すると、おお、ごらんなさい。無限のかなたまで、むらがっている一つ目小僧どもが、パッと人間の子どもにかわってしまったではありませんか。

みんな、同じような、顔をしています。

背の高いのと、背の低いのと、ひとりおきにならんで、それが何千人とかたまって、じっとこちらを、にらんでいるではありませんか。

あっ、なんだか見たような顔です。大きいやつも、小さいやつも、よく知っている顔です。

「なあんだ、そうだったのか。」

小林君が、安心したように、つぶやきました。

「アハハハ……、なあんだ、そうだったのか。アハハハ……。」

ポケット小僧も、同じことをいって笑いだしました。

「アハハハハ……。」

小林少年も、笑いだしました。

おばけの正体が、わかったからです。魔法のたねが、わかったからです。

すると、ふたりをとりまいている何千という少年が、同じように、大きな口をあけて、

「アハハハハ……。」

と笑いだしたではありませんか。目のとどくかぎり、はるかの、はるかの向こうまで、二色ふたいろの同じ顔が、同じように口をあけて、笑っているのです。

「なあんだ。これはかがみの部屋なんだよ。」

小林君は、そういって、前に進んで、手をのばし、ツルツルした大きなかがみにさわってみました。

「四方にも、上にも、下にも、大きなかがみが、はりつめてあるんだよ。こんなに広く見えるけれど、ほんとうは、三メートル四方ぐらいの、小さな部屋なんだ。四方にかがみがはってあるので、ぼくたちの姿が、かがみからかがみへと、なんども反射して、こんなに大ぜいに見えるんだよ。ほらね、ぼくが、こうして、一つ目小僧の仮面をぬぐと、みんな、ぼくの顔になってしまうだろう。ね、わかったかい。」

「なあんだ、かがみかあ……。」

ポケット小僧も、はりこの一つ目の仮面をかぶったり、ぬいだりして、ためしてみました。すると、ウジャウジャいるやつらが、みんな、そのとおりに動くのです。何千人ともしれないおばけどもが、一つ目小僧になったり、ポケット小僧になったりするのです。

もう、わけがわかったので、こわくもなんともありません。ふたりは、どうすれば、このかがみの部屋から出られるだろうと、相談しはじめました。

すると、そのときです。

「ワハハハハ……、どうだ、おばけやしきは、おもしろいだろう。」

と、大きな声が、ひびきわたりました。

あっ、ごらんなさい。へんな顔が現われました。鉄人Qです。あのろう細工のような、ぶきみな顔です。

その顔が、あちらにも、こちらにも、何百となく、宙に浮いて、笑っているのです。

「おい、きみたちは、ふたりの少年を、たすけだして、一つ目小僧にばけて、このうちの中を探ろうとしたんだろう。おれにはなにもかも、わかっているぞ。きみたちは、小林とポケット小僧だ。ワハハハハ……、ちょうどいい。おれは、あのふたりの少年よりも、きみたちこそ、うらみがあるんだからな。よしっ、きみたちに、このおばけやしきが、どんなにおそろしいところだか、よく見せてやろう。ワハハハハ……、用心するがいいぜ。」

そういったかとおもうと、何百となく、宙に浮いていた鉄人Qの顔が、一度にパッと、消えてしまいました。

かがみの上の方が、まるい戸のようになっていて、それを開いて、まるいあなから、鉄人Qが、顔だけ出していたのです。その顔が、四方のかがみに反射しあって、あんなに、たくさんに見えたのです。

それはわかっていても、やっぱりきみが悪くてしようがありません。まだまだ、おそろしいものを見せられそうだからです。

そのときです。立っている足の下が、なんにもなくなってしまいました。

ふたりは、

「あっ。」

と叫んだまま、おそろしいいきおいで、下へおちていきました。

地底の森

あたりは、まっくらです。まっくらな地の底へ、スーッと落ちていくのです。

ああ、わかりました。かがみの部屋の床が、下へ開くようになっていたのです。鉄人Qが、どこかのスイッチをおして、とつぜん、それを開いたのです。

かがみの部屋は、一階にあるのですから、その下は地下室です。それとも、井戸のような、深いあなかもしれません。

小林君もポケット小僧も、スーッとおちていきながら、もう死んでしまうのかと思いました。

ドシーン……。おしりが、ぶっつかりました。なんだかやわらかいものの上に、落ちたのです。べつにけがをしたようすもありません。

しばらく、そのままじっとしていますと、目がなれるにしたがって、あたりがぼんやりと見えてきました。

ふしぎ、ふしぎ。そこは、たくさん木のはえた森の中でした。落ちたのは、やわらかい草の上です。

「へんだなあ、こんな地の底に、森があるなんて。」

いよいよ、ゆめでも見ているような気持です。これも、おばけやしきの、しかけの一つなのでしょうか。

まわりには、いろいろな、ふとい木の幹が、立ちならんで、見とおしもきかないくらいです。頭の上には、木の葉がいっぱい茂っていて、いま落ちてきた、かがみの部屋が、どの辺にあるのか、すこしもわかりません。

「あらっ……?」

そのとき、ポケット小僧が、何を見たのか、びっくりしたような声を立てました。

「ね、あすこ、ほら、木の幹のあいだから、チラチラ見えるだろう。ね、赤い服をきた、一つ目小僧が……。」

ポケット小僧が、ささやきました。小林君も、その方を見て、

「あっ、ひょっとしたら、あれ、ここにとらえられている女の子かもしれないよ。さっき中井君が、そんなこといってたから。」

「あ、そうだね。じゃあ、小林さん、いいことがあるよ。」

すばしっこいポケット小僧は、なにかうまいことをおもいついたらしく、目を光らせて、小林君の耳に、ヒソヒソと、ささやくのでした。

「じゃあ、やってみたまえ。女の子をこわがらせないようにね。」

小林君がいいますと、ポケット小僧は、一つ目小僧の変装のまま、木の幹から、木の幹をつたうようにして、そっと、向こうの一つ目小僧のほうへ、近づいていきました。

それから、どんなことがあったのか、わかりませんが、しばらくすると、一つ目小僧が、小林君のそばへ、もどってきました。しかし、なにもいいません。だまって、小林君のそばに立っているばかりです。小林君の方でも、何もききません。ふたりとも、だまったまま、そこにじっとしていました。

やがて、向こうの方から、みょうな音が聞こえてきました。ザワザワと、風の吹くような、きみの悪い音です。直径一メートルもあるような、ふとい木が、草の中に、横倒しになっているように見えました。しかも、それが、動いているのです。

その大きな木は青ぐろい色をしていました。それが、草をザワザワいわせながら、こちらへ近づいてくるのです。

木が、ひとりで動くはずはありません。これは、いったいどうしたことでしょう。

あっ、その木のはしに、二つの大きな目がついていました。自動車のヘッドライトほどもある大きな目が、白く光るのではなくて、リンのように青くもえているのです。

それは、どんな動物園でも、見たことがないほど、おそろしく大きなニシキヘビでした。

ポケット小僧が、

「キャーッ。」

といって、小林君にしがみついてきました。

ガタガタふるえています。

いまの「キャーッ。」という声は、ポケット小僧にしては、ひどくかんだかい声でした。それにガタガタふるえているのも、いつも大胆な、ポケット小僧らしくありません。まるで人がかわってしまったようです。しかし、小林君は、べつに、あやしむようすもなく、「だいじょうぶだよ。」というように、一つ目小僧にばけたポケット小僧を、だきしめてやりました。

おそろしいニシキヘビは、だんだん、こちらへ近づいてきます。小林君たちは、思わず、ジリジリと、あとずさりをしました。

大ヘビが、かまくびをもたげて、青く光る目で、ふたりを、じっと見つめました。そして、まっかな口を、ガッと開いたのです。

ああ、その口。小林君たちふたりを、パクッと、ひとのみにできるような。大きな口です。その口の中が、まっかなのです。ギザギザのとがった歯が、ズーッとならび、ゾウのきばのような大きなきばが、ニューッと、二本はえています。

ペロペロ、ペロペロと、赤ぐろい、ほのおのような舌が、目にも見えない早さで、とびだしてきました。それが、小林君のほおを、なめたのです。ゾッとするほど、つめたい舌でした。

「ウヘヘヘヘヘ……。」

おそろしい、笑い声が、ヘビの口の中から、もれてきました。ニシキヘビが笑ったのでしょうか。

まっかな口が、小林君の目の前で、ガッと開いています。いまにも、のみこまれそうです。小林君は、思わず、その口の奥を見ました。そして、さすがの小林君も、あまりのおそろしさに、まっさおになってしまいました。

ヘビののどの奥に、みょうなものが見えたのです。なんとも、えたいのしれない、へんてこなものでした。

それは大きな白いまるいもので、そのまるいものに、目や、鼻や、口がついているのです。人間の顔に、似ています。

それでは、さっき笑ったのは、ヘビではなくて、ヘビののどの奥にいる、このへんなやつだったのでしょうか。

「ウヘヘヘヘ……。」

そうです。たしかに、のどの奥のやつが、笑っているのです。そいつの赤いくちびるが、笑ったかっこうになっています。

これはどうしたというのでしょう。笑っているやつは、この大ヘビにのまれたのでしょうか。しかし、それならば、のんきに笑っているはずはありません。ではこいつは、あまりのこわさに、気がちがってしまったのでしょうか。

小林君たちが、みいられたように、身動きもできなくなって、立ちすくんでいますと、その大蛇ののどの奥の怪物が、

「ウヘヘヘヘ……。」

と笑いながら、だんだん、こちらへ出てきたではありませんか。

そのときの、なんともいえないこわさを小林君は、一生わすれることができませんでした。

その怪物は、鉄人Qだったのです。大蛇はつくりもので、機械で動くようになっていて、そののどの奥に、鉄人Qがかくれていたのです。そして少年たちを、こわがらせたのです。

鉄人Qは、すっかり大蛇の口から、外に出て、そこに、すっくと、立ちはだかりました。

「ウヘヘヘヘ……、どうだ、おどろいたか。ここは、おれのつくった魔の森だ。まだまだおそろしいものが、どっさりいる。小林とポケット小僧には、うらみがあるからな。もっともっとこわい思いをさせてやるのだ。どうだ、小林、さすがのきみも、おそろしくて、ふるえているじゃないか。」

鉄人Qは、さもおもしろそうに、あざけるのでした。

しかし、小林君も負けてはいません。

「ふるえてなんかいるもんか。おばけやしきは、じつにゆかいだよ。その大蛇だって、こしらえものだし、みんな、きみがつくったおばけだから、ちっともこわくないよ。それより、きみこそ、用心するがいいんだ。」

「おや、へんなことをいうね。ここは地の底の森の中だぜ。負けおしみも、いいかげんにするがいい。きみたちは、たったふたり、おれの方には、たくさん部下がいるんだ。きみたちは、ぜったいに、逃げだせっこないんだぞ。」

「そう思っているだろうがね。ぼくも、ポケット小僧も、きみよりは、知恵があるんだ。いまに、びっくりしないように、用心するがいい。」

鉄人Qは、それを聞くと、しばらくだまっていました。すこしうすきみが悪くなってきたのかもしれません。そして、小林君たちが、なにをたくらんでいるのかと、じっと考えているようでした。

やがて、ふと気づいたように、

「おやっ、おしゃべりのポケット小僧が、ちっとも、しゃべらないのは、どうしたんだ。きさま、なんだか、へんだぞ。いつものポケット小僧より、からだが大きいじゃないか。」

と、一つ目小僧の仮面をかぶったポケット小僧を、にらみつけました。

「ウフフフフ、とうとう、きがついたのかい。」

小林君が、さもおかしそうに笑いました。

「これはポケット小僧じゃないんだよ。きみ、その仮面をぬいでごらん。」

小林君がてつだって、一つ目小僧の仮面をぬがせますと、それは、かわいらしいおかっぱの女の子でした。

「あ、おまえは、三千代だな……。」

鉄人Qが、びっくりして、叫びました。いつか、中井、北見の二少年を、びっくりさせたあの少女なのです。

「そうだよ。ポケット小僧と入れかわったのさ。女の一つ目小僧は、赤い服を着ているんだが、ポケット小僧は、それを自分が着て、自分の青い服を、この子に着せたのさ。」

「で、そのポケット小僧は、どうしたんだ。」

「外で待っているおまわりさんたちと、連絡するために、この女の子に、出口をおそわって、出ていったんだよ。」

それを聞くと、鉄人Qは、両手をサッと上にあげて、みょうなかっこうをしました。かんかんにおこったしるしです。

「うぬっ、もう、かんべんできない。きさまたち、ふたりとも、この大蛇に食わせてしまうぞっ……。」

と、おそろしい声で、どなって、大蛇の首の辺に手をやりました。機械を動かすボタンでも、押したのでしょう。

すると、いままでじっとしていた大蛇が、あのまっかな口をひらいて、いきなり小林君と三千代ちゃんの方へ、おどりかかってくるのでした。

怪エレベーター

大蛇のまっかな口が、ふたりの目の前にせまった、ちょうどそのときです。

森の向こうの方で、パーンという、おそろしい音がしました。ピストルの音です。

鉄人Qも、小林君も、三千代ちゃんも、おどろいて、その方を見ました。

立ちならぶ木の幹を、ぬうようにして、大ぜいの人びとが、かけつけてきたのです。

案内役は、赤い女の子の服を着て、一つ目小僧の仮面を、こわきにかかえたポケット小僧です。それにつづいて、制服や背広のおまわりさんが六人、みんなピストルをにぎっています。そのうちのだれかが、さっき、空砲くうほうをうって、鉄人Qをびっくりさせたのです。

「鉄人Q、もう逃がさないぞっ。ぼくは警視庁の中村だっ。」

先にたった背広の人が、どなりつけました。鬼警部と呼ばれている中村捜査係長です。明智探偵の親友で、いつも明智といっしょに大捕物をする人です。

「ワハハハ……、中村警部、とうとうやってきたな。だが、おれはつかまらないぞ。おれには、いつでも、おくの手があるんだ。さあ、つかまえてみろっ……。」

にくにくしくいいはなって、鉄人Qは、反対の方角へ、サッと走りだしました。その早いこと。ロボットのくせに、おそろしく、足の早いやつです。

おまわりさんたちは、いまにも大蛇に食われそうになっていた、小林君と三千代ちゃんをたすけて、いっしょに、鉄人Qを追っかけました。機械じかけの大蛇は、自分で方向をきめることができませんから、小林君たちを、追っかける力はありません。

鉄人Qは、大きな木の幹をあちこちとくぐりぬけて、一方のはじに立っている、黒ビロードの幕のあいだから、コンクリートの廊下に出ました。

そこに小さなエレベーターがとまっています。

鉄人Qは、いきなりその中にとびこむと、ガチャンと、鉄ごうしのドアをしめてしまいました。

おまわりさんたちは、すぐにそのあとへかけつけましたが、もうまにあいません。鉄人Qの乗ったエレベーターは、ゆっくり上にあがっていきます。

エレベーターを、とりまくようにして、らせん階段がついていました。

「よし、この階段をのぼるんだ。地下室の上は一階と二階しかないんだ。きっと、つかまえられるぞ。」

中村警部は、そう叫んで、先にたって、らせん階段をかけのぼりました。おまわりさんや小林君たちも、そのあとにつづきます。

地下室を合わせて三階しかない建物に、エレベーターがあるのは、おかしいようですが、地下室の森は、ひじょうにてんじょうが高いので、エレベーターが必要なのかもしれません。それとも、もっと別のわけがあったのでしょうか。そうです。別のわけがあったのです。それが、どんなわけだったかは、じきにわかるときがくるでしょう。

中村警部をはじめ、六人のおまわりさんと小林君が、らせん階段を二段ずつ、ひととびにかけあがっていきます。ポケット小僧は、三千代ちゃんとふたりで、あとに残り、おもてにいる少年探偵団員のところへいそぐのでした。

エレベーターは、なぜかゆっくりゆっくりのぼっていきますので、階段をかけあがっても、競走できるようにみえました。

おまわりさんたちは、一階にたどりつき、エレベーターの入口の鉄ごうしの前に立ちどまりました。しかし、そのとき、エレベーターは二階の方へ、のぼりかけていて、中から鉄人Qの笑い声がひびいてきました。

「ワハハハハ……、この競走はおもしろいね。おれはエレベーター、きみたちはらせん階段。どうも、おれの方が、早そうだぜ。ワハハハ……、ここまでおいで、ここまでおいで……。」

だんだんその声が、小さくなって、上のほうへ、消えていきました。

「よし、もうあと一階だ。こんどこそ、つかまえてやるぞっ。みんな、いそぐんだ。」

中村警部は、そうどなって、また階段をかけのぼりました。

おまわりさんたちは、汗びっしょりです。ハアハアいいながら、三階のエレベーターの入口に、たどりつきました。

ふしぎなことに、こんどは、おまわりさんたちのほうが、早かったのです。エレベーターは、ゆっくりゆっくり、あがってくるので、まだ、鉄ごうしの入口の向こうがわに、頭を半分だしたばかりです。

「さあ、とうとうつかまえたぞ。この三階がいきどまりだから、これ以上、逃げるところはない。諸君、ゆだんをするんじゃないぞっ。」

中村警部がそういって、みんなをはげましました。

入口の戸も、エレベーターの戸も、鉄ごうしですから、中にいる鉄人Qの姿がよく見えます。

「ワハハハ……、中村君。とうとう、行きどまりまできたねえ。だが、おれには、行きどまりはないんだよ。ほら、さっき、おくの手があるといっただろう。わかったかい。ワハハハ……。」

そして鉄人Qのエレベーターは、おまわりさんたちの目の前をスーッと、上の方へのぼっていき、Qの笑い声がかすかになり、空のほうへ、消えていってしまいました。

「あっ、いけないっ。エレベーターが、空へのぼっていく……。」

鉄ごうしにとりついて、上の方をすかして見た中村警部が、びっくりして叫びました。

上をながめると、エレベーターの四角なあなから、空の星が、きれいに見えているではありませんか。

ああ、なんということでしょう。鉄人Qのエレベーターは、西洋館の屋根をつきぬいて、空へ飛び去ってしまったのです。

思いもよらない、ふしぎなしかけでした。鉄人Qはロボットですが、そのうしろには、ロボットを作った、きみの悪い老人がいます。あの老人こそ魔法使いです。なにを考えだすのか、知れたものではありません。

おばけやしきのエレベーターのみちは、屋根をつきぬけていたのです。そして、エレベーターの箱の上に、大きな軽気球けいききゅうがくくりつけてあったのです。

エレベーターの箱は、屋根を離れると、その気球の力で、フワフワと、やみ夜の空を飛んでいきました。

気球の下にかるい金属で作った、ふたのようなものがついていて、そこから長い針金が、エレベーターの箱の中まで、引きこんでありました。

その針金をひっぱれば、金属のふたが開いて、気球のガスが出るようになっているのです。

気球はよわい風に吹かれて、ゆっくりと北のほうへ飛んでいきます。

おばけやしきから一キロほど、飛んだとき、下に、ひろい原っぱのあるところへきました。

鉄人Qはそれを見ると、箱の中の針金を、グッとひっぱって、いつまでもひきつづけました。

すると、気球のガスが出ていって、気球はだんだんしぼみ、浮いている力がなくなって、その原っぱへ着陸したのです。

鉄人Qは、ポケットから、なにか書いた紙をとりだして、エレベーターの箱の中におくと、そのまま、外に出て、くらやみの中を、どことも知れず、走り去ってしまいました。

中村警部の知らせで、警視庁のヘリコプターが、まいあがり、気球のゆくえをさがしあてて、その原っぱへおりたのは、それから三十分もたったころでした。

もう、鉄人Qは、遠くへ逃げのびていますから、とてもつかまえることはできません。

ヘリコプターの、小型サーチライトで、原っぱをてらしてみますと、半分しぼんで、グニャッと大きな気球が、地面とすれすれに、フワフワと、ただよっていて、そのそばに、黒いエレベーターの箱が、まっすぐに立っていました。

この箱は、鉄ではなくて、もっとかるい金属で、できているのにちがいありません。

ヘリコプターの艇長の警官は、その箱の中へはいってしらべました。すると、箱の床に、一まいの紙が落ちているのを見つけました。

その紙には、こんなことが書いてあったのです。

いまから一か月のあいだに、きみたちを、あっといわせるようなことが、おこるだろう。そのときには、小林にも、ポケット小僧にも、きっと、おもいしらせてやる。まっているがいい。鉄人Q

ああ、怪人は、こんどは、いったい、どんなことを、たくらんでいるのでしょう。

怪人のおくの手

こちらは、おばけやしきの中です。中村警部は、警視庁に電話をかけて、ヘリコプターを飛ばすようにたのんでおいてから、三人の刑事や、小林少年や、ポケット小僧といっしょに、家の中をさがしまわって、五人の鉄人Qの部下をとらえました。その中には、あの四角なロボットにばけて、北見、中井の二少年をおどしたやつも、まじっていたのです。

小林少年たちが、しばっておいた、あの食事を運んできた部下も、刑事がその部屋へいって、あらためて手錠をかけました。

おばけやしきには、三千代ちゃんのほかに、ふたりの少女がとじこめられ、赤い服をきせられ、一つ目小僧の仮面を、かぶせられていましたが、そのふたりも、たすけだすことができました。

ところが、かならずいるにちがいない、あの怪老人の姿が、どこにも見えないのです。鉄人Qをつくった白ひげの怪老人です。

鉄人Qが、ほんとうにロボットだとすれば、こんな悪いことをするロボットをつくったあの老人は、ばつをうけなければなりません。

また、もし、鉄人Qがロボットでなくて、中に人間がはいっているのだとしたら、怪老人はその親分みたいなものですから、いっそう、罪が深いのです。

Qを逃がしてしまったからには、あの老人だけは、どうしても、つかまえなければなりません。その老人が、いくら捜してもみつからないのですから、中村警部も小林君も、残念でしかたがありません。

そのとき、はるか家の外から、ピリピリピリ……という、よびこの笛の音が、聞こえてきました。

「おや、あれはよびこだね。しかし警官の持っているよびことは、音がちがうようだが……。」

中村警部が、ふしんらしくつぶやきますと、小林少年が、にこにこ笑いながら、答えました。

「少年探偵団のよびこです。ぼくたちの七つ道具の一つのよびこです。わざと、音をちがえてあるのですよ。ぼく、さっき、北見君たちをたすけだしたとき刑事さんに、明智探偵事務所へ電話をかけてもらいました。ぼくはここへくるまえに、五人の少年団員が、事務所へ集まって、待っているようにしておいたのです。刑事さんはその団員たちに、この家の外を見はるように、つたえてくれたのです。いまのよびこは、きっとその団員たちですよ。家の外で、だれか、悪者を見つけたのです。さあ、すぐにいってみましょう。」

中村警部と小林少年は、三人の刑事をQの部下たちの見はりに残しておいて、家の外へかけだし、よびこの音のした方へいそぎました。

そのすこしまえ、おばけやしきの裏手のへいの外では、こんなことがおこっていたのです。

事務所から、いそいで、ここへやってきた団員は、中学一―二年の力の強い少年ばかりでした。

少年たちは、外を見はっていた刑事たちと相談したうえ、裏手の、原っぱの番をすることになりました。

それは、草ぼうぼうの原っぱでしたから、五人は、その草の中に、身をふせて、じっと待っていました。

しばらくすると、すぐ向こうの、へいの上に、黒い影が、動いているのに気づきました。悪者が、逃げだすのにちがいありません。

少年たちは、たがいに手をつなぎあって、とびだす用意をしました。

そのとき、へいの上の黒いやつは、パッと、原っぱへとびおりたのです。

それを見た少年たちは、いきなり、草の中から立ちあがり、かけだしていって、相手にとびつきました。

やみの中で、おそろしいとっくみあいがつづきました。

「あっ、こいつ、白ひげのじいさんだっ。」

だれかが叫びました。とうとう、五人の少年の力で、老人をくみふせてしまったのです。その中のひとりが、七つ道具の一つの万年筆型懐中電灯で、老人の顔をてらしたのです。

ひとりの少年がポケットから、よびこの笛をとりだして、吹きならしました。

さっき家の中で、中村警部や小林少年が聞いたよびこの音は、これだったのです。

やがて、中村警部たちが、かけつけてきました。そして怪老人は、なんなく、手錠を、はめられてしまいました。

「きみたち、ありがとう。このじいさんだけが、見つからなかったのだ。よく、つかまえてくれたねえ。」

小林少年が、おれいをいいますと、中村警部も、それにつづいて、少年たちを、ほめたたえるのでした。そして、

「うちでしんぱいしているといけないから、きみたちは、早く帰りなさい。いずれ今夜のごほうびを、あげるからね。」

と、やさしくいうのでした。

そこで、五人の少年と、小林君とポケット小僧とは、中村警部にタクシーをおごってもらって、それぞれのうちへ帰ることになりました。

つかまった悪者たちは、警視庁から、さしむけられた、窓のない、箱のような自動車につめこまれて、留置場へ、おくられたのです。

その途中で、たいへんなことがおこりました。

夜ふけのことですから、あまり自動車も通っていないので、安心して走っていきますと、向こうから、一台の黒い自動車がやってきて、こちらのよけるほうへ向かってくるので、とうとう、正面から衝突してしまいました。

いそいで、ブレーキをかけたので、車がこわれるほどではなく、けが人もありませんでしたが、衝突のひょうしに、箱形の自動車のうしろのドアが開いて、そのそばに腰かけていた怪老人が、いきなり、逃げだしたではありませんか。

怪老人は魔法使いみたいなやつで、ゆだんがならないので、この老人だけは、手錠をかけたうえに、からだを、ほそびきでしばって、そのはじを、ひとりの刑事がにぎっていたのです。

ですから、老人が逃げだすと、刑事も、ほそびきにひっぱられて、いっしょに、車の外へころがりだしてしまいました。

しかし、さすがは中村警部の部下の刑事です。ころがっても、けっして、ほそびきは、はなしません。すぐに起きなおって、怪老人を、ひきもどそうとしました。

怪老人は、おそろしい力で、そのまま、ズルズルと刑事をひっぱって、そばにあった公衆電話の箱の中へ、とびこんで、パタンとドアをしめてしまいました。

それでも刑事は、ほそびきを、はなしません。すぐに電話の箱のドアにとびついていきましたが、そのとき、ガチャンと音がして、箱の中がまっくらになりました。怪老人が電球を割って、あかりをけしたのです。

「こら、出てこい。こんな箱の中へはいったって、逃げられるわけはないぞ。ばかなまねをしないで、はやく出てこい。」

刑事がどなりますと、スーッとドアが開いて、怪老人が出てきました。

「ウフフフ……、ちょっと、いたずらをしてみたまでだよ。安心しな。おれは、逃げやしないよ。」

老人はそういって、おとなしく、箱自動車のほうへ連れられていき、車の中へはいりました。

そうして、もとの場所へ腰かけたのを見ると、刑事は、

「あっ。」

と、おどろいてしまいました。

そこにいるのは、あの白ひげの老人とは、にてもにつかない、ひとりの若い男だったからです。顔も、まるでちがっています。あの老人よりはがっしりしたからだつきで、背も高いようです。

ああ、いったいこれは、どうしたことでしょう。刑事は、ほそびきを一度もはなしませんでした。怪老人は、ただちょっとの間、公衆電話の箱の中へはいったばかりです。

その中に、この若い男がかくれていて、老人とすりかわったのでしょうか。しかし、そんなことは、できっこありません。刑事は、ほそびきの二本のはじを、にぎっていたのです。老人のほそびきをといて、この男がしばられるなんて、そんなことが、できるはずはないのです。

「さては、きさま、老人に変装していたんだなっ。電話ボックスの中で、つけひげや、しらがのかつらをとって、そんな顔にかわったんだなっ。」

刑事がどなりつけますと、若者は、あわててわけをはなしました。

「いえ、そうじゃありません。ぼくは、このすぐそばのアサヒ屋という文房具店の店員です。つい三十分ぐらいまえ、あの電話ボックスのそばを歩いていますと、ふたりの男がいきなり、くらやみの中から近づいてきて、ぼくに手錠をはめ、こんなにしばって、電話ボックスの中へ押しこんでしまったのです。そのとき、ひどく、頭をなぐられたので、気が遠くなって、グッタリしていたのですが、そこへ、あの老人がとびこんできて、いきなり電球を割ってしまったのです。そして、手錠をはめられた手でナイフを使って、刑事さんのにぎっているなわを切って、ぼくのからだにまきつけてあるなわとつなぎあわせて、じぶんはボックスのすみにかくれて、ぼくを外へつきだしたのです。」

「えっ、ほんとうか。それじゃ、なわをつないだむすびめを、見せてみろ。」

「ここですよ。ほら、刑事さんのにぎっている二本のなわと、ぼくをしばったなわとが、むすんであるでしょう。」

見ると、たしかに、若者の右のわきの下に、そのむすびめが見つかりました。

「それじゃ、あの老人は、まだボックスの中に、かくれているんだなっ。よしっ。」

自動車に乗っていた、別の刑事が、いきなりとびだしていって、懐中電灯で、電話ボックスの中をしらべましたが、老人はいつのまに逃げたのか、かげもかたちもありませんでした。

刑事は自動車に帰ってくると、若者に向かって、

「きみ、それならそうと、なぜいわなかったんだ。まっくらで、よくわからないので、こっちは、きみをあの老人と思いこんでひっぱってきたのだ。きみは、なぜだまっていたんだ。」

と、せめましたが、若者は、まだぼんやりした顔で、

「ひどく頭をなぐられたんで、ぼうっとしていて、なにがなんだか、わからなかったのです。」

と、答えました。

「きみがアサヒ屋の店員だというのは、ほんとうだろうな。」

「ほんとうですとも。すぐそこですから、主人を呼んできてください。ぼくがにせものでないことがわかりますよ。」

そこで、刑事のひとりがアサヒ屋を捜して、主人をひっぱってきました。そして、若者の顔を見せますと、松井まついという店員にちがいないことがわかりました。

「そうか。きみは、えらいさいなんだったな。よろしい、それじゃ、松井君のなわをといてやるから、連れてかえりなさい。」

そこで、松井という店員はなわをとき、手錠をはずしてもらって、主人といっしょに、帰っていきました。パトカーは、このことを報告するために、警視庁へいそぎました。

アサヒ屋の主人と、店員の松井は、暗い町をぶらぶらとあるきながら、みょうなことを、話しあっていました。

「ウフフフフ、やっこさんたち、うまく一ぱいくわされたな。まさか、アサヒ屋という文房具屋が、おれの手下だとは、気がつかないからね。」

「うまくいきましたね。それにしても、かしらの変装はすばらしいですね。さっきまでよぼよぼのじいさんだったのが、たちまち二十代の若者になっちゃうのですからね。電球を割って、刑事のひっぱっているなわを切って、それをもう一度、つなぎあわせた、それだけのトリックで、やっこさんたち、まんまとだまされてしまいましたね。かしらの知恵は、たいしたもんですよ。」

やっぱりそうでした。この若者は怪老人の変装だったのです。かつらや、つけひげ、つけまゆげをとり、顔のしわをふきとって若者になりすましたのです。怪老人は、ほんとうは、若い男なのかもしれません。そして、立ててあった洋服のえりを、ちゃんと折り曲げて、服までかわったように、見せかけたのでした。

アサヒ屋の主人は、老人がつかまったことを知ると、さっそく手配をしたのです。パトロールカーが電話ボックスの前をとおりかかるのを見すまして、なかまの黒い自動車をぶっつけさせたのです。そして、怪老人がこのトリックを使うことが、できるようにしたのでした。

若者になりすました怪老人は、アサヒ屋の主人にわかれると、そのまま、どことも知れず、立ち去ってしまいました。

映画館の怪

それから二十日ほどたった、ある晩のことです。小学校六年生の浅野行夫あさのゆきお君は、おかあさんに連れられて、丸まるの内うちの日東にっとう映画館へいきました。それは東京でも、いちばんりっぱな映画館でしたが、いま評判のディズニーの漫画映画をやっているので、広い客席が満員です。行夫君はおかあさんとならんで、一階の指定席に腰かけていました。

映画は半分ほどすすんで、お姫さまの乗っている帆船が、海賊船に攻められ、二つの船がくっついて、海賊どもが、こちらの船へ乗りうつってくるところがうつっていました。カラー映画です。そこでパッと画面がかわって、海賊の首領のひげむじゃの顔の大写しになりました。

ところが、そのときです。海賊の顔が、またパッと消えて、そのあとへなんともいえない、へんてこな顔がスクリーンいっぱいに大写しになったではありませんか。

いままで聞こえていた音楽がにわかにとまって、映画館ぜんたいが、シーンと静まりかえっています。そのなかで、スクリーンいっぱいのへんてこな顔が、ニヤニヤと笑っているのです。

「あっ、鉄人Qだっ。鉄人Qの顔だ。」

ほうぼうで、そんなささやき声がおこりました。

いかにも、それは新聞にのったスケッチの鉄人Qの顔とそっくりでした。場内はにわかにざわめいてきました。席から立って、逃げだそうとする人もありました。

しかし、そのとき、画面がパッと消えて、スクリーンは、まっくらになりました。映写技師が気づいて、機械をとめたのです。そして、まもなく、またふつうの画面がうつりはじめました。

お姫さまは海賊船の首領の部屋につれこまれ、長いすの上に、ぐったりと、倒れました。ひげむじゃの首領がその前にたって、おそろしいことばを、ならべているところです。

するとまた、画面がパッとかわりました。そして、さっきのおそろしい鉄人Qの顔。

まっ白な、のっぺらぼうの顔、血ばしった大きな目、まっかなくちびる。その口が大きく開いて、笑いだすのです。

「ワハハハハ……。」

場内いっぱいに、おそろしい笑い声が、ひびきわたりました。

もうがまんができません。見物人たちは、みんな立ちあがって、先をあらそって、外に出ようとしました。それを追っかけるように、あのおそろしい笑い声が、いつまでもつづいています。大写しの顔が、みんなを、ひとのみにするような大きな口をあけています。

たいへんなこんざつです。せまい通路を、みんなが、いちどきに出ようとするので、うしろから押されて、ころぶもの、子どものなきごえ、女の人のひめい、じつに、おそろしいさわぎになりました。

行夫君とおかあさんとは、やっと、せまい通路から、ひろいホールへ出ることができましたが、そこも人でいっぱいです。みんな出口へ、出口へといそぐのです。

行夫君は、ふと気がつくと、両方から手を引かれていました。いっぽうは、いうまでもなくおかあさんです。ところが、もういっぽうは、男の人でした。

ふっと、おとうさんじゃないかとおもいました。しかしおとうさんが、こんな映画館へきているはずはありません。それじゃ、行夫君の知っているどこかのおじさんかなと思いましたが、どうも、そうではなさそうです。

つめたい手でした。なんだか人間の手ではなくて、鉄の指でつかまれているような感じです。

行夫君はギョッとしました。もしやとおもって、その人の顔を見あげました。

あっ、やっぱりそうです。行夫君のいっぽうの手をにぎっていたのは、あのおそろしい鉄人Qだったではありませんか。行夫君は、

「おかあさん……。」

と、叫んで、その鉄の手を、ふりきろうとしました。

「あらっ。」

おかあさんも鉄人Qの姿に気がつきました。そして行夫君を鉄人Qの手から、もぎとろうとしました。そのとき、鉄人Qのあいている方の手がさっと動いて、おかあさんをつきとばしました。そのひょうしに、おかあさんと行夫君の手が、離れてしまったのです。

しかし、はやく外へ出ようと、夢中になっているあたりの人たちは、なにも気がつきません。

おかあさんは、そのまま人の流れの中にまきこまれて、姿が見えなくなってしまいました。

鉄人Qは、ソフトをまぶかにかぶり、ちゃんとした背広に、オーバーをかさねているので、あわてて外へ出ようとしている人たちは、だれもそれと気がつかないのです。行夫君が助けをもとめて叫ぼうとすると、大きな鉄の手がぐっと口をふさいでしまうので、どうすることもできません。

行夫君は、鉄人Qに手をひかれたまま、映画館の外に出ました。そこにたくさんの自動車がとまっています。鉄人Qはその中の黒い大きな自動車のそばによるとドアを開いて、行夫君を中におしこみ、じぶんも乗りこみました。すると、人相の悪い運転手が、うしろをふりむいてニヤリとわらいました。

「うまくいきましたか。」

「うん、これが浅野行夫という子どもだ。浅野家のたからものを、ちょうだいする人質だよ。こんどこそは、まちがいなく、手にいれてみせるぞ。」

車は動きだしました。そしてどこともしれず、走っていくのです。

「ウフフフフ……、鉄人Qの大写しはききめがあったぞ。」

怪人は、おかしくてたまらないというように笑うのでした。

「おれの顔を、カラーで大写しにして、笑い声までふきこんで、そのフィルムを、そっと、あのディズニー映画のフィルムの中へ、つないでおいたんだ。それを知らないもんだから、映写技師は、まるでおばけでもあらわれたようにおどろいていたよ。ウフフフ……、おれはこうして、大ぜいのやつを、ゾッとさせたり、びっくりさせたりするのが、たまらなく好きなのでね。」

鉄人Qはそんなひとりごとをいって、いつまでも、きみ悪く、笑いつづけるのでした。

鉄人の正体

鉄人Qは、行夫君の横に腰かけて、肩に手をかけて、だくようにしていますので、とても逃げだすことはできません。

運転手は、鉄人Qの部下らしく、黒めがねをかけて、鳥打帽をかぶり、顔じゅうに、ぶしょうひげのはえた、人相の悪いやつです。

「行くさきは、わかっているな。」

鉄人Qがいいますと、運転手は、

「へい、わかっています。」

と、答えて、車を走らせました。

四―五十分も走ったでしょうか。あたりはだんだん、さびしくなり、やがて、まっくらな、ひろい原っぱに出ると、車はそこでとまりました。

すると、そのとき、シーンと、静まりかえっていた原っぱが、にわかに、さわがしくなりました。

原っぱの中で、何十人という人影が、いりみだれて、動きはじめたのです。その人たちは、みんな草の中にしゃがんでいて、車を見ると、いっぺんに、立ちあがって、走りだしたらしいのです。

「わあああっ……。」

という、ときの声をあげて、車の方へ、かけだしてきます。

「トーチ、トーチ。」

という、叫び声が聞こえました。トーチというのは、エレクトリック=トーチという英語を略したもので、懐中電灯のことです。

その声を聞くと、むらがっている人影が、全員いっしょに、パッとトーチをつけました。そして、その何十というトーチの光が、鉄人Qの自動車に向けられたのです。

よく見ると、それはみんな子どもでした。ボーイスカウトの制服を着た子どもたちでした。

このボーイスカウトたちは、どういうわけで、こんなさびしい、夜の原っぱに、集まっていたのでしょうか。

「きみたちは、いったい、何者だっ。」

鉄人Qが、自動車の窓を開いて、どなりました。

すると、少年たちの中から、いちばん大きい少年が、つかつかと前に出て、Qの顔をにらみつけながら、答えました。

「ぼくたちは、少年探偵団だよ。」

その顔には、見おぼえがあります。小林少年です。少年探偵団長の小林少年です。あっ、ほかにも、見おぼえのある顔がたくさんあります。小林君のうしろには、あの小さなポケット小僧が、したがっていました。ボクシングのうまい井上一郎いのうえいちろう君や、おくびょうもののノロちゃんの顔も見えます。ぜんぶ、少年探偵団とチンピラ隊の少年たちで、合わせて三十人ほどの人数でした。

いつもは、きたないなりをしているチンピラ隊まで、りっぱなボーイスカウトの服を着ているのは、なぜでしょう。それには、わけがあるのです。

「仮面の恐怖王」という事件で、小林少年とポケット小僧は、山のほらあなの中で、小判こばんのはいった箱を五十個発見しましたので、その山の持主は、少年探偵団に五百万円というお金を寄付してくれました。

そのお金は、明智先生があずかっているのですが、少年たちは、持ち運びのできる無線電話機がほしいといいますので、明智先生は、その手つづきをすませて、無線電話機を十個そなえつけることにしました。

無線電話機ができれば、少年たちは、それを持って、探偵をすることになり、あやしいやつを見つけたら、いままでのように、赤電話のあるところまでかけださなくても、すぐに明智探偵事務所と話ができますし、また、悪者につかまって、どこかへおしこめられても、いくらでも助けがもとめられるのです。

無線電話機をそなえても、まだすこしお金があまりましたので、それで、みんなの制服をつくることになったのです。ボーイスカウトの服と似ていますが、よく見ると、いろいろちがったところがあるのです。むねにはB・Dバッジが光り、帽子にもB・Dの記章がついています。

鉄人Qは、そういうことは知りませんが、小林少年やポケット小僧の顔が見えるので少年探偵団にちがいないと思いました。

「おい、逃げるんだ。どっかに明智のやつでも、かくれていたら、ことめんどうだ。このチンピラどもをけちらして、車をとばせ。」

運転手に命令しましたが、どうしたことか、車はいっこうに動きだしません。

「おいっ、おれのいうのが聞こえないのか。どうしたんだ。」

そういって、運転手の肩をたたきました。すると、運転手がぐっと、こちらをふりむいたのです。

「あっ、きさまっ。」

鉄人Qは、腰をぬかさんばかりに、おどろきました。運転手の顔が、いつのまにか別の人にかわっていたからです。いままでの、ぶしょうひげのきたない男ではなくて、りっぱな紳士の顔でした。黒めがねも、はずしていました。

「き、きさま、だれだっ。」

「ははは……、ぼくは明智小五郎だよ。きみのおそれている明智探偵だよ。」

運転手は、そういって、鳥打帽をぬぎました。すると、その下から明智探偵どくとくの、もじゃもじゃ頭があらわれたではありませんか。

「いったい、どうして、きさま……。」

鉄人Qは、あんまりびっくりしたので、口もうまくきけないのです。

「きみの部下の運転手は、警察の留置所にいるよ。あいつを警察にわたしておいて、ぼくが、つけひげやめがねで、あいつに変装して、車を運転したのさ。」

「いつのまに、入れかわったのだ。」

「きみが映画館へはいっているあいだにさ。たっぷり三十分はあったからね。」

「だが、どうしてこれが、おれの車だとわかった。」

「ははは……、ふしぎにおもうだろうね。おばけやしきの事件のときには、ぼくは福島県へいっていて、るすだった。だが、帰ってくると、すぐにしらべた。アサヒ屋という文房具店の主人が、あやしいと思ったので、さぐりを入れたのだ。そして、あの老人が店員にばけて逃げたことも、すっかりわかってしまった。きょう、日東映画館で、事件がおこることも、アサヒ屋の主人につきまとっている、ぼくの部下が聞きだしてきた。そこで、日東映画館の前に、待ちぶせして、きみが車をおりて、映画館へはいっていくとすぐ、運転手をとらえて、なにもかも、白状はくじょうさせてしまった。だからこの原っぱへくることも、ちゃんとわかっていたので、少年探偵団に、先回りをさせておいたんだよ。」

「ばかをいえ。おれの部下が、白状なんかするものか。そんな弱虫は、おれの部下にはいないはずだ。」

鉄人Qは、あざわらうのです。

「ところが、わけがあるんだ。ある名前をいったら、きみの部下は、びっくりして、いっぺんに白状してしまった。きみは、ほんとうの名前は、部下にもかくしていたんだな。」

「えっ、名前だって。」

「きみのほんとうの名前さ。」

「おれは鉄人Qだっ。」

「それは、だれでも知っている。もう一つ名前があるだろう。」

「き、きさま、何をいおうとするんだっ。」

鉄の顔には、なんの表情もあらわれませんが、よほどおどろいたとみえて、からだがブルブルふるえています。

「聞きたいのか。」

「いってみろ。」

「きみは、怪人二十面相だっ!」

明智探偵は、そういいはなって、人差し指を、まっこうから相手の顔につきつけました。

鉄人Qは、それを聞くと、いきなり車のドアを開いて、とびだしました。

しかし、そこには、少年探偵団がヒシヒシとつめかけて、手に手に万年筆がたのトーチの光を、こちらに向けています。

ためらっているうちに、すばやく車をおりた明智探偵に、腕をつかまれてしまいました。

「まだ、いってきかせることがある。きみはふしぎな老人がつくったロボットだと、見せかけているが、そうじゃない。きみはロボットの仮面をかぶった人間だ。怪人二十面相の世間をあっといわせるたくらみだ。鉄人Qには、ほんとうのロボットと、二十面相のばけたのと、二色ふたいろあるんだ。ふしぎな老人も、としよりではない。二十面相がばけていたのだ。そして、老人にもなり、その鉄の仮面をかぶって鉄人Qにもなった。老人と鉄人Qとは、同じ人間なのだ。つまり怪人二十面相なのだ。鉄人Qには、きみだけでなく、きみの部下がばけることもある。老人といっしょに、姿を見せるときには、部下がQにばけているのだ。そうして、われわれの目をくらまそうとしたのだ。軽気球のついたエレベーターで逃げたのも、きみの部下だった。その方へ、みんなの注意を集めておいて、そのすきに、きみは老人の姿で、裏のへいを乗りこして、逃げようとしたんだ。

おばけやしきをつくったり、映画のフィルムにいたずらをしておどかしたり、あんなばかばかしいことをやるやつは、二十面相のほかにはないよ。きみの部下の運転手に、そのことをいってやったら、びっくりして、二十面相みたいな大悪人の部下だと思われては、たいへんだと、なにもかも白状してしまった。わかったか。おい、二十面相君、こんどこそ、とうとうつかまってしまったね。」

「ウフフフ、さすがは明智先生、よくそこまで見ぬいた。いかにも、おれは二十面相だよ。で、二十面相なら、どうするのだ。」

「警察にひきわたすのさ。」

「ウフフフフ……、そうはいくまいぜ。」

「なんだと。」

ふたりは、顔を向けあわせて、長いあいだ、にらみあっていました。

「こうするのだ。」

鉄人Qは、死にものぐるいの力で、明智探偵の手をふりはらったのです。そうして、まるで黒い風のように、まっしぐらに、少年探偵団員の中へ、とびこんでいきました。まさか、こんなに大ぜいにとりかこまれていて、逃げだすとはおもっていなかったので、少年たちも、ふいをつかれて、あっというまに、かこみをつきやぶられてしまいました。

みんなはトーチをふりながら、追っかけましたが、ひろい原っぱですから、トーチの光なんかでは、とても見通しがききません。

しばらく、右にいったり、左にいったり、さわいでいましたが、

「あっ、あすこにいる。こっちへやってくるぞ。」

少年たちが、その方へ、ライトを向けて叫びました。

ごらんなさい。くらやみの中から、鉄人Qが、こちらを向いて、ノッシノッシと、歩いてくるではありませんか。

少年たちは、

「ワーッ。」

といって、その方へかけよりました。

鉄人Qと少年探偵団の正面衝突です。

なにしろ、少年たちは三十人もいるのですから、いくら怪人でも正面からぶっつかってはたまりません。たちまち少年たちのために押したおされ、くみしかれてしまいました。

「おおい、そんなに押しちゃ、いたいよう。たすけてくれえ。」

みんなの下じきになった少年が、ひめいをあげました。鉄人Qは倒れたまま、動かなくなりましたので、みんなはおさえるのをやめて、立ちあがりました。

「あらっ? こいつ、人間じゃないよ。」

ひとりの少年が、叫びました。

ごらんなさい。鉄人Qのおなかがやぶれてたくさんの歯車が、こぼれだしているではありませんか。

ああ、これはどうしたことでしょう。明智探偵はせっかくつかまえた二十面相を、とり逃がしてしまったのでしょうか。いや、名探偵が、そんなへまをやるはずがありません。これにはきっと、何かふかいわけがあるのです。

空中戦

「こいつは人間じゃない! 歯車で動くロボットだぞ!」

少年たちが叫びました。たしかに、ロボットです。からだの中には何もなくて、歯車ばかりです。

「そいつはロボットだよ。しかし、さっきのやつは、ほんとうの人間がロボットにばけていたのだ。二十面相は、どこかにこのロボットをかくしておいて、いつのまにか、いれかわったのだよ。見ていたまえ。いまにほんものの方が出てくるから。」

明智探偵が自信ありげにいいました。

そのとき、いっぽうでは、明智探偵のいったとおりのことが、おこっていました。

二十面相の鉄人Qは、原っぱのはずれの林の中にある、大きなほらあなから、同じ姿のロボットをとりだして、少年たちの方へ歩かせておいて、自分はそのほらあなの中へ逃げこんでいったのです。

そのほらあなは、地下道で、二十面相のすみかへ通じていました。浅野行夫少年をゆうかいして、ここから自分のすみかへ連れこむつもりだったのです。

しかし、行夫少年は明智探偵にとりもどされてしまったので、いまは、自分ひとりで逃げこむほかはありません。

じめじめした、まっくらなほらあな。その中を、手さぐりで進んでいきました。そして、五メートルもはいった時です。二十面相はギョッとして立ちどまりました。

あなの奥のやみの中から、ギラギラ光る三つの目がこちらへ近づいてくるのです。三つ目の怪物です。

いや、怪物ではありません。どうやら、三人の人間が、トーチをてらしながらこちらへやってくるらしいことがわかりました。

「敵か? 味方か?」

二十面相は、じっと身がまえをして、待ちうけました。

ほらあなの向こうの二十面相のすみかには、たくさんの部下がいるのです。その部下が、トーチをてらして、迎えにきたのかもしれません。

三つのトーチのそばに、一つずつみょうなものがぼんやりと見えます。あっ! ピストルです! 三挺ちょうのピストルがこちらをねらっているのです。

「きさまたち、何者だっ!」

「アハハハハ……、びっくりしているな。ぼくたちは少年探偵団員だ。きみのすみかも、すっかりわかってしまった。警視庁の中村警部の一隊がふみこんで、きみの部下はみんなつかまってしまったよ。きみは、もう、ひとりぼっちだ。さあ、あなの外へ出るんだ。ぼくたちは、明智先生のさしずで、きみを待ちぶせしていたんだよ。」

そういいながら、三挺のピストルが、ジリジリとこちらへせまってきます。二十面相は、あなの入口へ引きかえしていくほかはないのです。

あなの中に待ちぶせしていたのは、少年探偵団の中でも、もっとも勇気があり、力の強い、中学二年生の山本やまもと、酒井さかい、清水しみずの三少年でした。

あなの外の草の中には、ふたりの少年がたがいにはなれて、ねそべっていました。ふたりは、一本のほそびきを地面すれすれに、両方から引っぱりあっていたのです。

そこへ、二十面相があなの中からかけだしてきました。まっくらですから、地面のほそびきには気がつきません。たちまち、それに足をとられて、みごとにころがってしまいました。

ワーッ、という、叫び声があがりました。草の中に身をふせていた大ぜいの少年たちが、集まってきました。

二十面相はふくろのネズミです。とうとうつかまってしまうのでしょうか。

いや、まだまだゆだんはできません。二十面相は、いつでも、おくの手の、そのまたおくの手を用意しているやつですから。

そのほらあなのまわりの林には、ひじょうに高い木がいく本もありました。

その木の根もとのやみの中に、ふたりの少年が立っていました。明智先生の指示にしたがって、これから、大冒険をやろうというのです。

「いいかい、しっかりやるんだよ。二十面相が原っぱでつかまってしまえばいいけれど、もし逃げられたら、こんどは、ぼくたちふたりの責任になるからね。」

そういったのは、小林少年でした。

「うん、だいじょうぶだ。このあいだから、ずいぶん練習したからね。それに、こっちの方が馬力ばりきが強いんだから、負けやしないよ。」

そう答えたのは、井上一郎少年でした。井上君は、もと選手だったおとうさんに教えられてボクシングができる、強い少年でした。

しかし、“馬力”とは、いったいなんのことでしょう? 力が強いという意味でしょうか。いくら井上君でも、おとなの二十面相よりも強いはずはないのに……。

そのうちに、ふたりは、みょうなことをはじめました。

わかれわかれになって、林の中の、めだって高い二本の木の根もとに近づくと、てんでに木をのぼっていくのです。

ふたりとも、木のぼりがうまくて、みるみるうちに、上の方のしげみの中へかくれてしまいました。

ふたりは、いったい何をしようというのでしょう?

いっぽう、少年たちにとりかこまれた二十面相は、死にものぐるいに両手をふりまわしてかこみをやぶると、林の中をグルグルと逃げまわりました。

しかし、あいては大ぜいの少年です。なかなか、逃げきれるものではありません。一本の高い木の根もとで、またしても、とりかこまれてしまいました。

そのとき、二十面相も、みょうなことをはじめました。その高い木をのぼっていくのです。かれも、木のぼりの名人でした。あっというまにスルスルとふとい幹をのぼって、上の方のしげみに姿をかくしてしまいました。

「よし、それでいいんだ。もう、追っかけなくてもよろしい。いまに、おもしろいことがはじまるから、見ていたまえ。」

少年たちのうしろから、明智探偵が声をかけました。そして、さっきのほらあなの入口まで行って、合図の笛を、ピリピリと吹きならしました。

すると、ほらあなの中から、中村警部の部下のふたりの刑事が、何か重い機械のようなものを持って、出てきました。

長いコードのついた、小型のサーチライトです。二十面相のすみかの電線につないであるのでしょう。しかし、まだスイッチが入れてないので、ただ黒く見えるばかりです。

「二十面相をわざと木にのぼらせたんだよ。びっくりさせてやろうと思ってね。いまに、びっくりするようなことがおこるから、よく見ていたまえ。」

明智探偵は、にこにこしながら、そんなことをいいました。

ブルルン、ブルル、ブルルン、ブルルルル……。

二十面相ののぼった高い木のてっぺんから、へんな音が聞こえてきました。

あっ、そうだ! 二十面相は、機械を背中にくっつけて空を飛ぶ、プロペラを持っていたのです。それを木の上にかくしておいて、空へ逃げようとしているのでしょう。

「サーチライト!」

明智探偵の命令で、さっきのサーチライトが、パッと光りだし、空に向けられました。

ああ、飛んでいる、飛んでいる。二十面相は背中に大きな箱のような機械をせおってプロペラで空を飛んでいくのです。その小さい機械では遠くまでは飛べませんが、追いつめられたとき、逃げだすのにたいへん便利なものです。

サーチライトの光が空の二十面相をとらえました。きみの悪い鉄人の姿の二十面相が、やみの空にまっ白に、浮きだしました。

ところが、そのときです。またしても、ブルルン、ブルルルル、ブルルルルルル……という別の音が、ほかの木のてっぺんから、ひびいてきました。そして二本の高い木の上から、二つの黒いものが、空へ飛びたちました。

サーチライトが、グルグルまわって、その姿をてらしました。

おお、ごらんなさい! それは、小林少年と井上少年でした。二十面相と同じように、プロペラをせおって空を飛んでいるのです。

みなさん、それからどんなことがおこったと思います? 空中戦です。小林、井上の二少年と二十面相とが、三つどもえになってのはげしい空中戦です。

明智探偵は、「宇宙怪人」の事件で、木の上にかくしてあった二十面相のプロペラと機械とをぶんどりました。それを、大きな飛行機製造会社にたのんで、なおしてもらったのです。

それから、同じものを、もう二つ作ってもらいました。そして、両方とも、二十面相の機械よりも馬力を強くしてもらってあったのです。

また、小林、井上二少年は、その機会をそうじゅうすることを練習して、うまく飛べるようになっていました。

二十面相の方でも、同じ機械をもう一つ作らせていました。いま、飛んでいるのは、その新しい機械です。しかし、馬力は、まえの機械と同じですから、明智探偵の作らせた機械にはかないません。

サーチライトは、空の二十面相だけを、くっきりてらしていました。その方が、小林、井上二少年はたたかいやすいからです。

しばらくすると、サーチライトの光の中へ細いひものようなものが、まるくなって、サーッと飛んでいくのが見えました。

投げなわです。小林少年が、とくいの投げなわを、二十面相のプロペラめがけて飛ばしたのです。

二―三度しくじりましたが、とうとう、プロペラにひっかかりました。手をはなすと、なわはクルクルとプロペラに巻きついてプロペラがとまってしまいました。たちまち、二十面相がついらくしてくる。

地上の少年たちの口から、ワーッ、と叫び声があがりました。こうして、長いあいだ鉄人Qにばけていた二十面相は、ついに、とらわれの身となったのでした。

ふたりの刑事が、ついらくした二十面相に近づいて、パチンと手錠をはめたうえ、げんじゅうになわまでかけてしまいました。

とうとう、少年探偵団が勝ったのです。こんなうれしいことはありません。

「ばんざーい、ばんざーい……。」

少年探偵団の三十人の少年たちは、声をかぎりに、ばんざいを叫ぶのでした。

底本 / Source edition

底本:「塔上の奇術師/鉄人Q」江戸川乱歩推理文庫、講談社
1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
初出:「小学四年生」講談社
1958(昭和33)年4月号~1959(昭和34)年3月号
「小学五年生」講談社
1959(昭和34)年4月号~1960(昭和35)年3月号
入力:sogo
校正:大久保ゆう
2017年3月6日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/057108_001779/

江戸川 乱歩「鉄人Q」(新字新仮名)、底本『塔上の奇術師/鉄人Q』江戸川乱歩推理文庫、講談社、1988年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 057108_001779, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite