こちらへまゐりましてからまだしみじみおちついた気持になれないうちに東京からは後から〱いろ〱な面倒なことを言つて来たり何かして本当によはりきつて居ます　其為めにまだ何所へも手紙らしい手紙もかけずに原稿もかけず何にも手につきません。却つて遠くでいろ〱心配ばかりしてゐますので頭が変になつて仕舞ひます　原稿も是非かゝねば申訳がないと思ひながらそんなこんなで何にもかけません。九月号が出来ねばどうにもおちつくことが出来ないやうな気がいたします。海を見ても山を見てもなか〱<ruby><rb>呑気</rb><rt>のんき</rt></ruby>な気持になれません。毎日々々どうしていゝかわからないやうな日ばかりです　<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く第三帝国も拝見しませんが如何ですか。此度はこちらあてに送つて頂くことは出来ませんでせうか、さうして頂ければ大変に都合がいゝと思ひます　今月になつて雑誌を一つ二つのぞきましたきりで何にもよみません　何か面白いものがございますか　久保田氏の小説は大変いゝと思ひました。なか〱達者にかけて居ます。今迄何か投書でもしてゐらしたのですか、此度かへりましたら是非お眼にかゝりたいと思ひます。何卒おついでの節よろしく、また何かいゝものが有りましたら頂かして下さいますよう<ruby><rb>仰言</rb><rt>おっしゃ</rt></ruby>つて下さいまし、こちらもまだなか〱あつうございます　東京もおあついでせうね。――

八月十八日―孤月様―野枝

［『第三帝国』第五〇号、一九一五年九月一日］