## 岸辺

冬の日がかんかん照つていた

川岸の枯草の中から首だけ出して

八十九歳の老人が釣をしていた

釣竿をもつたまま

水に映るちぎれ雲の間をおよぐ

冬の魚たちと昔話をしながら

老人は死んでいた

ちかちかと

日はかたむいていた

一匹の紋白蝶が

よたよたと向う岸に渡つていつた

魚たちが老人を呼んでいた

赤い小さなうきが

かすかな波紋をおこして

沈んだり浮いたりしている

## 不在の人

山すその丘に

古い観音堂がたつている

そこに住む僧を訪ねた

新茶をいつしよに飲もうと

何度か来たのだが

やつぱり　今日も不在だ

堂は三方あけつぱなし

火のない炉にほこりだらけの鍋がかかつて

いる

ぽつんと一つ

染付の湯呑があつた

風とともにシジミ蝶が飛んできて

湯呑のふちに来てとまつた

堂のむこうに

めずらしく積乱雲の峰がまぶしい

## 昨日の映像

意識を失いかけたカマキリは

斧を地平線の上に　ふりあげたまま

走る雲を　ながめたまま

枯草のてつぺんにしがみついたまま

枯草がゆれるとカマキリもゆれる

その青ガラスの瞳に映つているのは

残照にかがやく地平線

小さなシジミ蝶の小さな斑紋

遠くでゆれているアザミの花

それらはすべて昨日の映像のままだ

## 故郷

故郷をもたない男が

故郷をおもつた

故郷を思うとむやみに喉が渇いた

いつも野原と空がむかい合つていた

ときどき雲があらわれ

ときどき雲が消え

ときどき草の間からバツタが飛んだ

## 壺

千二百年前に

一人の陶工が残したイメージが

暮れなずむスカンポのやぶに

ころがつている

スカンポの根は夕焼け色だ

その人の創つたこの青い壺の形象から

そのひとの姿がかすかに浮かびあがる

その人は

夕焼けいろの草むらから

音もなく立ちあがつたとおもうと

びつこをひきひき

千二百年の時を逆に歩きだした

## 鴉

広漠たる原野

背に夕陽をうけて　軽快に

飛んでいた　鴉が

突然　死んだ

鴉は高い空から垂直に落下した

と同時に

あかねいろにそまつた野の地平線から

彼の大きな影が

目にもとまらぬ速さで

じぶんの死骸にかけこんできた

この地球に偉大な影を落していた鴉は

心臓マヒだつた

## 暗号

あの　時間を逆につたわつてくるものは

何だろう

未来からの暗号

あれは　しかし　人間のそれではない

もちろん　ありもしない神なんかでもない

あそこの沙漠の

だんだん乾燥してゆく　抽象的な空の下で

地上にのこされたたつた一本の草に

すがつて

最後の蝶が発信しているのだ