## １

わたしはシャリアピンさまに

永年仕へてゐる蚤

ともに韃靼の古都カザンに生れ

ともに暮して当年六十四歳、

夏はシャリアピンのカラーの下の涼しいところに

冬は暖い頭髪の中に

平素は主として<ruby><rb>鳩尾</rb><rt>みづおち</rt></ruby>のあたりに住んでゐる、

早耳、早足は小生の特長

御主人シャリアピンが御承知なくとも

わたしはすべてを知つてゐる、

ソビヱットのこと、

旦那の若い頃からの友達ゴリキイ旦那の最近の便りも

せつせと走り廻つたり、聴き廻つたりして、

世の中のだんだん変つてゆくのを

知ることは私の楽しみだ。

## ２

旦那の歌はもう聴きあきた、

汚らはしい金持の拍手と

無理をし算段をして入場料を払ひ

旦那の芸術を聴きにくる人々の

割れるやうな拍手が、ホールに響くのも毎度のことだ

だが大きな働いてゐる手の持主

労働者の拍手をついぞ聞いたこともない、

なにせ入場料が、二円、四円、六円ではね、

## ３

かう見えても、わしは蚤の仲間のコンミニストなのだよ、

だから御主人シャリアピンの批判もできるのさ、

まあ笑はないで下さい。

蚤のコンミニスト

さらば、我が蚤に

心ゆくまで

悪態を言はしてみよ、

蚤の悪態、ハハハハハ

蚤―、ハハハハハ

ハハハハハ、蚤のコンミニスト

いかがで御座る、

見やう聴き真似で御主人の

メフィストの蚤の歌に

そのまゝそつくりの巧みさがあるでせう。

日本でもこれを歌ひました

桟敷から誰かゞロシア語で吐鳴つた、

「メフィストの蚤の歌を謳つて下さい」

するとシャリアピンは舞台から

「いま、音楽会が始まつたばかり

そんなにあわてなさいますな――」

と愛嬌を振りまいて又々拍手拍手であつた。

## ４

御主人はちと認識不足だよ、

あわてなさいますなと言つたところで

日本人といふ国民性は

世界の中でも最も

あわてる人種だといふことを御存知ないのだ、

ヤポンスキイ（日本人）は感情的な人間が多いが、

深い感情ではない、

いつも「追ひつめられた決意」で動く国民だ、

そしておそろしく単純だ、

――ソビヱット即スターリン

――文学即ゴーリキイ

――プーシキン即オネーギン

――シャリアピン即蚤の歌さ、

物事を端し折つて

理解することにかけては天才さ、

「其他の条件」といふことを

無視する才能に恵まれてゐる。

## ５

わしの旦那シャリアピンは

なるほど声楽王にちがひない

第一に声量の大きな点

だが声量に驚ろくこともない

驚ろくものは「井戸の蛙」だ

外国にはあの程度の声量は珍らしくない、

シャリアピン的声量は

日本のそこらにもザラに転がつてゐる、

閲兵式へ、練兵場へ行つてごらん、

戸山ケ原へ行つてごらん、

「気をつけ―」「頭を右ィ」

なんて響き渡る、帝国主義の号令の声だ、

その声はホールの中ではなく

野天で高いのだ、老いたる伍長の職業的に高い声だらう、

## ６

可哀さうに旦那も歌ひましたよ、

クロチキンの詩ダルゴミジスキーの曲

劇詩「老いたる伍長」を旦那は感慨ぶかさうに歌つた、

旦那のいつもの癖、ピアノの蓋を手でさすつたり、

撫でたり、指で拍子をとつたりして

大きな胴体の中の風の袋を

全く良い音にしぼりあげて出した。

足を揃へ、オイ銃を下すな

俺はパイプをもつてゐる

最後の別れだ、

送つてくれ

俺は君等の親父だよ、

頭も此の通り白髪だよ、

これが軍隊の生活だ、

足を揃へて―オイチ、ニ、

気をつけ、右へならへ

オイチ、ニ、オイチ、ニ、

（劇詩「老いたる伍長」の歌詞から）

破れるやうな拍手の中に

老いたる伍長シャリアピン

「芸術のために」オイチ、ニ、オイチ、ニ、

と労働者の聴衆ではなく

所謂<ruby><rb>上流の席上</rb><rt>ヲプシチエストヴオ</rt></ruby>の歌ひ手として、

オイチニ、オイチニ、と歌うたふ、

「ロシアに偉大なる芸術あり」

といふ宣伝旅行の役割を

旦那が果してゐるだらうか、残念ながら、

「ロシアに頑固なる芸術家あり」

といふことを吹聴してあるくやうなものだ

## ７

頑固な見本がも一つある

それはソビヱットの生理学者六十余歳の

バブロフ教授だ、

一九一五年の或る朝

助手が二十分程遅刻して研究室にやつてきた、

彼の顔はまつ青で、心も落着いてゐない、

「なぜ遅れてきたのか」

すると若い研究生は答へた。

「先生、街は、革命の市街戦でした、

やつとこゝまで弾丸の下をくぐつて―」

すると教授は不機嫌な顔をした

「革命は革命だ、研究は、研究だ、

なんの関係もない、遅刻することはよろしくない、

さあすぐ研究にかゝり給へ―」

## ８

多くの学者達が、革命勃発といつしよに、国外に走つた

バブロフ教授は

「ロシアはわしの永遠の祖国じや

政体はなんに変らうが、

わしは一歩もロシアを去らんわい」

と頑固に饑餓の中で研究をつづけてゐた

間もなく「バブロフを救へ」の声が起こつた

これは愛すべき頑固の一種だ、

シャリアピンも新しいロシアに一時踏み止まつて

新共和国のために貢献したが、

欧米巡業に出たきり

その儘亡命芸術家の群に投じて

どうしても帰国しない、

これはいかなる頑固の性質に、加へていゝだらうか、

バブロフ教授は、その貴重な研究の成果を

新しいコンミニスト、科学者へ伝へてゐる、

## ９

シャリアピンは世界のブルジョア芸術家や聴衆を

その声量の大きさで驚ろかすばかり

各国の中流上流の生活者の

客間に話題をのこして

転々として歌ひ去つてゆく、

シャリアピンはしきりに叫ぶ、

声は私の芸術そのものではない―、

魂の奥にあるものを表現する手段です―、

私の芸術は声ではない―、声ではない―と、

シャリアピンの声は

演奏室の中の声といふよりも、

これは吹きさらしの共同農場の

穀物置場で

若いロシアの青年を前にして歌つたら

どんなに彼にぴつたりするだらう。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>

ストラウィンスキイは

演奏室を最悪の敵とした

これは聴衆の想像力の働きを

制限する憎むべきものだ、

演奏室は音楽を、或る種の鎮静剤として

一般民衆の間に虚偽を創造する

と彼ははげしく演奏室に反逆してゐる。

資本主義国の演奏室では

曲目選定の自由は制限されてゐる、

歌ふことの出来るものは

自己階級に忠実な歌ばかり、反逆的なものはゆるさない、

入場料金に依る聴衆の階級層は制限される、

あゝ、なんて料金の高さで

無産者を木戸口から

追ひ帰へしてゐるだらう、

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>

人間の意志を行動化し

それに拍車を加へるのが

新しい芸術の目的であるのに

あゝ、なんて資本主義国の音楽演奏室では

音楽はアヘンの役目を果すのだらう、

シャリアピンは各国の阿片室から、阿片室を巡業する

自然の声に到達した、人間の声の所有者

シャリアピンは、その歌ふ所と時とを失つてゐる、

少女が舞台の上に花を置いて去る

するとわが偉大なる芸術家シャリアピンは

舞台に犬のやうに腹這いになつて花に接吻する、

ゴリキイに就いて話をすることは

政治のことを語らなければならなくなるからと

ゴリキイのことをシャリアピンは語らない、

「私は一生をたゞ、ミューズの神に捧げてゐるのですから―」

シャリアピンは、人間を語ることは

政治を語ることだといふことを知つてゐるのだ、

ゴリキイを語ることはソビヱットを語ることになる、

さてシャリアピンを語ることは、何を語ることになるだらう。

ゴリキイは明瞭だ、

シャリアピンはどんな政治的

背景をもつてゐるだらう。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>

彼、彼は、亡命者だ、

祖国がない、純「スラブ」的な声

これこそ唯一の彼にとつて<ruby><rb>愛</rb><rt>いと</rt></ruby>しいものだ、

老いが、愛しい声をすりへらしてゆく、

ブルジョア国の政治的庇護も

彼の肉体の衰へは支へることができない、

音声の力学的効果を

とらへることに就いての天才だ、

あゝ、だが歌ふ彼の肉体の

生理的な組織は頽廃期に這入つてゐるのだ、

このことだけは、この歌ひ手の肉体の

個々の細胞に関すること柄だ、

彼の肉体ではいま

生きる細胞と―

死する細胞と―の激しい葛藤に速度を加へてゐる

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>

シャリアピンは己れの滅びる細胞を

意志に還元して

それを伝へる対象をもつてゐない、

ゴルキーの滅びる細胞は、

バブロフの滅びる細胞は

ソビヱットの若い世代の

若い人々へ伝達される

そこでは不滅の細胞と化す、

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>

カスタルスキイは

農民のための新しい音楽の創設に一生を捧げて

七十歳の高齢で、若いコンソモールの群に、

とりかこまれて死んでゐる、

ショスタコーウィッチ（一九〇六年生）は

十五歳で作曲を発表し批評家を驚ろかした、

十八の時シインホニイを書き

二五歳を出でずに新しい祖国のイデオロギーを立派に作曲した

「静かなるドン」の編曲者

ゲオルギイ・リムスキイ、コルサコフはどうしてゐるだらう、

コーヴリは、ロバチェーフは、クラアセフは、

兵士のための合唱曲やマーチの作り手は

都会の労働者と農民のための

これらの作曲者はどうしてゐるだらう、

作曲者は、歌ひ手は、ロシアには

雲のやうに沢山ゐるのだ、

これらの人々は現実的な愛国者だ、

だが祖国を失つたシャリアピンは

追想的な愛国者だ。

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>

芸術の純潔性を

守らなければならないために

ソビヱットを去つたシャリアピンの、人間的弱さを、

それは言ひかへれば彼の芸術は脆かつたことだ、

芸術の純潔といひ、強さといふのは、

新しい試練に堪へ得るものだ、

大きな孤独よ、

祖国を去つた瞬間、シャリアピンは

集団的な政治的な協力者を失つた、

彼はブルジョア国の中で

全く個人主義的な力で

自己の芸術を固守していかなければならない立場になつた、

大きな寂寥よ、

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>

東京駅頭で、ウラーの声に彼は迎へられた、

帝政時代の三色旗を手にした

白系露人の群に、

この三色旗はいまでは玩具に属してゐて

現実にはそんな旗の国は

とつくに滅びてしまつてゐるのに、

こゝにも馬鹿気きつた頑固の夢を

抱いてゐる人々がそれをしきりに振つてゐる

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>

表面的な日本人の顔色の黄色さと

カラコロと鳴る下駄の音と

ホールの中の一色の拍手と

これらの日本の現象的な拍手の中に

わがシャリアピンは見事に歌ひあげたのだ、

日本の音楽理論家たちは

シャリアピンは最も正しい発声上の、

横隔膜側腹呼吸に拠つて歌つてゐるとか、

「発声学的零点の保持」

つまり音域の高低にも

喉頭の位置を上下させないといふ

理想的な型を示してゐるとか、

さまざまな批評で賑やかだ、

技術ではない、声の高さではない

わたしの心を、心を―

と一方ではシャリアピンは叫んでゐる

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>

富士山の山姿の

現象的ななだらかさのやうに―、

日本の楽壇も現象的にはなごやかなものだ、

だがこゝのジャンルでも

詩や、劇や、小説のジャンルと等しく

底では、地軸では、海底では

はげしく争ひ鳴つてゐるのだ、

日本の楽壇でもショスタコーウィッチの

音楽理論を排撃する一派と

支持する一派とが喧嘩をして

支持派は団体を脱退して

新しいグループを作つたり

進歩的な争ひは展開してゐる

舞台裏でシャリアピンと握手した松田文相は

それからものの一週間も

経たない間に頓死してゐる、

日本の現実も相当忙がしい、

ホールの上から眺めた日本

自動車で通りすぎた日本とは

またちがつた激しい日本があることを知らない、

シャリアピンは拍手の中に歌ひすぎてゆく

## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>

わたしは少しばかり

御主人シャリアピンの

悪態を言ひすぎたやうだ、

蚤の立場を忘れてあまりに

人間的になつたやうだ、

だがわたしは真実を語ることに

臆病でないことは

血を吸ふことに遠慮しないことと

同じだから仕方がない

まもなくわが主人シャリアピンの肉体が、

しだいに冷えてくるだらう、

その日、私は新しい肉体の所有主に移転するだらう、

だがもう亡命者と道連れになることは懲々だ。