<ruby><rb>水田</rb><rt>すいでん</rt></ruby>のかぎりなく広い、<ruby><rb>耕地</rb><rt>こうち</rt></ruby>の奥に、ちょぼちょぼと青い小さなひと村。二十五六戸の農家が、<ruby><rb>雑木</rb><rt>ぞうき</rt></ruby>の森の中にほどよく<ruby><rb>安配</rb><rt>あんばい</rt></ruby>されて、いかにもつつましげな静かな<ruby><rb>小村</rb><rt>こむら</rt></ruby>である。

こう遠くからながめた、わが<ruby><rb>求名</rb><rt>ぐみょう</rt></ruby>の村は、森のかっこうや<ruby><rb>家並</rb><rt>やなみ</rt></ruby>のようすに多少変わったところもあるように思われるが、子供の時から深く深く刻まれた<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>のだいたいは、目に近くなるにつれて、一々なつかしい悲しいわが生い立った村である。

十年以前まだ両親のあったころは、年に二度や三度は必ず<ruby><rb>帰省</rb><rt>きせい</rt></ruby>もしたが、なんとなしわが家という気持ちが勝っておったゆえか、来て見たところで<ruby><rb>格別</rb><rt>かくべつ</rt></ruby>なつかしい感じもなかった。こうつくづく自分の生まれたこの村を遠くから眺めて、深い<ruby><rb>感慨</rb><rt>かんがい</rt></ruby>にふけるようなこともなかった。

いったい今度来たのも、わざわざではなかった。千葉まで来たついでを利用した思い立ちであったのだ。もっともぜひ墓参りをして帰ろうという気で、こっちへ向かってからは、かねがね聞いた村の<ruby><rb>変化</rb><rt>へんか</rt></ruby>や<ruby><rb>兄夫婦</rb><rt>あにふうふ</rt></ruby>のようす、新しくけばけばしかった両親の<ruby><rb>石塔</rb><rt>せきとう</rt></ruby>などについて、きれぎれに連絡も何もない感想が、ただわけもなく頭の中ににぶい回転をはじめたのだ。

汽車をおりて七八町<ruby><rb>宿形</rb><rt>しゅくがた</rt></ruby>ちをした村をぬけると、広い水田を見わたすたんぼ道へ出て、もう十四五町の前にいつも同じように目にはいるわが村であるが、ちょぼちょぼとしたその小村の森を見いだした時、自分は今までに覚えない心の痛みを感ずるのであった。現実が頼りなくなって来たような、<ruby><rb>形容</rb><rt>けいよう</rt></ruby>のできない<ruby><rb>寂</rb><rt>さび</rt></ruby>しさが、ひしひしと身にせまって来た。

何のかんのといってて十年過ぐしてしまった。母が三月になくなり、翌年一月父がなくなった。まだ二三年前のような気がする。そうしてもう十年になるのだ。両親の墓へその当時植えた松や杉は、もう大きくなって人の<ruby><rb>背丈</rb><rt>せたけ</rt></ruby>どころではなかろう。兄はもちろん六十を越してる。<ruby><rb>兄嫁</rb><rt>あによめ</rt></ruby>は五十六だ。自分は兄嫁より十しか若くはない。

こんな事を自分は少しも考える気はなかった。自分は今自分の心が不意に暗いところへ落ち込んで行くのに気づいたけれども、どうすることもできなく、なにかしら非常な強い<ruby><rb>圧迫</rb><rt>あっぱく</rt></ruby>のためにさらに暗いところへ押し落とされて行くような気持ちになった。

追われ追われて来た、半生の<ruby><rb>都会生活</rb><rt>とかいせいかつ</rt></ruby>。自分は、よほどそれに疲れて来ているのだ。両親はもう十年前にこの村の人ではない。兄夫婦ももう当代の人達ではないのだ。

自分は今<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もうとう</span>この村へ帰りたいなどいう考えはないが、自然にも不自然にも変わり果てた、この小村に今さら自分などをいるる余地のないのを寂しく感じずにはおられないのであろう。自分は今そういう明らかな意識をたどって寂しくなったのではない。ただ<ruby><rb>無性</rb><rt>むしょう</rt></ruby>に弱くなった気持ちが、ふと<ruby><rb>空虚</rb><rt>くうきょ</rt></ruby>になった胸に押し重なって、疲れと空腹とを一度に迎えたような<ruby><rb>状態</rb><rt>じょうたい</rt></ruby>なのだ。

「こりゃおかしい、なぜこんなにいやな気持ちになったんだろう。」こう考えて自分は立ちどまってしまった。そうして胸の<ruby><rb>鼓動</rb><rt>こどう</rt></ruby>を静めようと考えたわけでもないが、ステッキを両手に突き立て胸を張って深い呼吸をいくたびかついた。

十年前父は八十五でなくなられた。その<ruby><rb>永眠</rb><rt>えいみん</rt></ruby>の時には<ruby><rb>法華経</rb><rt>ほけきょう</rt></ruby>を読んでいて、声の止んだのを<ruby><rb>居睡</rb><rt>いねむ</rt></ruby>りかと家人にあやまられたと聞いて、ただありがたいことと思ったのみ、これでふたりとも親が亡くなったのだなとは考えながら、かくべつ寂しいとも思わなかった。

自分は親のない寂しさも、きょうこの村へはいりかけて、はじめて<ruby><rb>深刻</rb><rt>しんこく</rt></ruby>に感じたのだ。

「いやこりゃ自分が年をとったせいだな。」こうも考えた。そのうち自分は何か重い重いある物を胸にかかえているような<ruby><rb>心持</rb><rt>ここち</rt></ruby>がして、そのまま足を運ぶことはできなくなって、自分はなお深い呼吸をいくたびか続けてから、道端にかた寄って水田を見つめつつ<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>にしゃがんで見た。

「ひとりでも親があったら、ここらでこんな気持ちになりもしまい。」そんなことを考えた。

「そうだ、まったく親のないせいだろう。」

親のない故郷の<ruby><rb>寂</rb><rt>さび</rt></ruby>しさということを自分は今現実に気づいたのだ。しゃがんだ自分はしばらく目をつぶって考えのおもむくままに心をまかせた。

考えてみればなつかしい<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>はたくさんにある。けれどもそれはみななつかしい記憶であって、今のなつかしさではない。そんなことを今考えるのはいやであった。

停車場へ行くらしいふたりの男が来る。後から馬を引いた者も来る。自分は見知った人ででもあるとおかしいと思ったが、立たなかった。

それでも自分はそれに気が変わってたもとから巻きたばこを<ruby><rb>探</rb><rt>さぐ</rt></ruby>った。二三本吸ううちに来た男どもは村の者ではないらしかった。「十二時には少し間があるだろう。」こう思った自分はまだ立つ気にならなかった。

千葉を出る時に寒い風だなと思ったが、気がついて見ると今は少しも風はない。<ruby><rb>鮮明</rb><rt>せんめい</rt></ruby>な<ruby><rb>玲瑯</rb><rt>れいろう</rt></ruby>な、みがきにみがいたような太陽の光、しかもそれが自分ひとりに向かって<ruby><rb>放射</rb><rt>ほうしゃ</rt></ruby>されているように、自分の周囲がまぼしく明るい。

野菊やあざみはまだ青みを持って、黄いろく<ruby><rb>霜枯</rb><rt>しもが</rt></ruby>れた草の中に生きている。野菊はなお咲こうとしたつぼみがはげしい霜に打たれて<ruby><rb>腐</rb><rt>くさ</rt></ruby>ったらしく、小さい玉を結んでる。こうして霜にたえて枯れずにおっても、いつまで枯れずにはおれないだろう。霜に痛められるのを待たないで、なぜ早くみずから枯れてしまわないのだろう。そんな事を思ってると、あたりの霜枯れにいく匹もイナゴがしがみついてまだ死なずにいる。自分は一匹のイナゴを手にとって見た。まだ<ruby><rb>生</rb><rt>せい</rt></ruby>の力を失わないイナゴは、後足をはってしきりにのがれようとする。しかし放してやっても再びみずから草にとりつく力はないらしかった。「逃げようとしたのは、助かろうとしたのではなく、死を待つさまたげをこばんだのだ。」そう思うと同時に、自由を求めて自己を保とうとするのは、すべての<ruby><rb>生物</rb><rt>いきもの</rt></ruby>の<ruby><rb>本能的要求</rb><rt>ほんのうてきようきゅう</rt></ruby>かしら、という考えが浮かんだ。自分の過去を考えて見れば。自分の現在も将来もわかるわけだ。寂しい心持ちの起こった時にはじゅうぶん寂しがるべきだ。寂しさを寂しがるところに<ruby><rb>生</rb><rt>せい</rt></ruby>の命があじわわれる。草の霜枯れるように死を待つイナゴは寂しいものである。けれども彼は死を待つさまたげをこばむことを知っていた。

自分はもう一つほかのイナゴをとって見た。それも前のと同じように自分の手からのがれようと、ずいぶん強く力を感ずるほど後足をけった。放してやって見ると、やっぱり土に飛びついたまま再び動けるようすもない。しばらく見ていても、さらに動かなかった。自分はもう一度そのイナゴを手にとって見た。格別弱ったようすもなく以前のようにまた後足をけった。自分は今度はそのイナゴを草へとりつかせてやった。すると彼はまさしく再び草にとりついて落ちないだけの生の働きがあった。

自分の欲するままにして死のうとするイナゴを、自分はつくづく尊いと思った。そうして自分は夢の<ruby><rb>覚</rb><rt>さ</rt></ruby>めたように立ちあがった。<ruby><rb>背中</rb><rt>せなか</rt></ruby>の着物がぽかぽか暖かくなっていた。

立ちあがって七八町の先に、再びわが生まれ<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>を眺めなおした時には、もう以前のような心の痛みはなかった。かすかながら気分のどこかにゆるみとうるおいとを感じて、心の底からまだまったく消えうせてしまわなかった、生まれた村のなつかしさと親しさが、自分をすかし<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めるのであった。

自分は疲れたように、<ruby><rb>空虚</rb><rt>くうきょ</rt></ruby>になった身を村に向かった。もう耕地には稲を刈り残してある田は一枚も見えなかった。<ruby><rb>組稲</rb><rt>くみいね</rt></ruby>の立ってる<ruby><rb>畔</rb><rt>あぜ</rt></ruby>から、各家に稲をかつぐ人達が、おちこちに四五人も見える。いつも村の入り口から見える、<ruby><rb>新兵衛</rb><rt>しんべえ</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にお場</span>や<ruby><rb>源三</rb><rt>げんぞう</rt></ruby>のにお場は、藁におが立ち並んで白く目立って見えた。

だんだん近づくにしたがって村の変わったようすが目にはいって来た。気がついて見ると、新兵衛の大きな<ruby><rb>茅</rb><rt>かや</rt></ruby>ぶきの<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>がまる出しになっていた。<ruby><rb>椎</rb><rt>しい</rt></ruby>や<ruby><rb>楠</rb><rt>くす</rt></ruby>やのごもごもとした森がことごとく切られて、家がはだかになってるのであった。この土地の風習はどんな小さな家でも、一軒の家となれば、かならず多少の森が家のまわりになければならないのだ。で一軒の家が<ruby><rb>野天</rb><rt>のでん</rt></ruby>に風の吹きさらしになってるのは、非常にみにくいとなってる。「新兵衛の奴もういけなくなったんだな。」と思いながらやって来ると、村の中央にある<ruby><rb>産土</rb><rt>うぶすな</rt></ruby>の<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>もけそけそと寂しくなっている。

自分のなつかしい<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>は、産土には青空を<ruby><rb>摩</rb><rt>ま</rt></ruby>してるような古い松が三本あって、自分ら子供のころには「あれがおらほうの産土の社だ。」と<ruby><rb>隣村</rb><rt>となりむら</rt></ruby>の遠くからながめて、子供ながら<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>らしく、強い<ruby><rb>印象</rb><rt>いんしょう</rt></ruby>に残ってるのだ。それが情けなく、見すぼらしく、<ruby><rb>雑木</rb><rt>ぞうき</rt></ruby>がちょぼちょぼと<ruby><rb>繁</rb><rt>しげ</rt></ruby>っているばかりで、高くもない<ruby><rb>社殿</rb><rt>しゃでん</rt></ruby>の<ruby><rb>棟</rb><rt>むね</rt></ruby>が雑木の上に<ruby><rb>露出</rb><rt>ろしゅつ</rt></ruby>しているのだ。自分はまた気がおかしくなった。やるせない寂しさが胸にこみあげてきた。

その次に目に立ったのは道路であった。以前は<ruby><rb>荷馬車</rb><rt>にばしゃ</rt></ruby>などは通わない<ruby><rb>里道</rb><rt>さとみち</rt></ruby>であった道が、<ruby><rb>蕪雑</rb><rt>ぶざつ</rt></ruby>に落ちつきの悪い県道となっていた。もとの記憶には産土のわきを<ruby><rb>円曲</rb><rt>えんきょく</rt></ruby>に曲がって、<ruby><rb>両端</rb><rt>りょうはじ</rt></ruby>には青い草がきれいにあざみやたんぽぽの花など咲いていた。小さなこの村にふさわしいのであった。

それがどうである、産土の境地の一端をけずって<ruby><rb>無作法</rb><rt>ぶさほう</rt></ruby>にまっすぐに、しかも広く高く砂利まで敷いてある。むろん良いほうの変化でどうどうたる県道であるといいたいが、昔のその昔からこの村の人々の心のこもってる、美しい詩のような<ruby><rb>産土</rb><rt>うぶすな</rt></ruby>が、その新道のために汚され、おびやかされて見る影もなくなっているではないか。したがってなつかしく忘れられないこの小さな村の安静も、この県道のために<ruby><rb>破壊</rb><rt>はかい</rt></ruby>されてしまっていやしないか。そう思って見ると、県道の左右についてる、おのおのの家に通う<ruby><rb>小路</rb><rt>こうじ</rt></ruby>の見すぼらしさ。<ruby><rb>藁</rb><rt>わら</rt></ruby>くずなど、<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み散らしじくじく<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>っていて、<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>じゅうぬかるみの絶えないような<ruby><rb>低湿</rb><rt>ていしつ</rt></ruby>な小路である。自分らの子供のころに、たこを飛ばし<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>がらを打って走りまわった時には、もっときれいにかわいておった。確かにきれいであった。

自分は<ruby><rb>悵然</rb><rt>ちょうぜん</rt></ruby>として産土の前に立ちどまった。そうして思いにたえられなくなって<ruby><rb>社</rb><rt>やしろ</rt></ruby>の中へはいった。中でしばらくたばこでも吸って休んで行こうと思ったのである。

物心覚えてから十八までの間、休日といえばたいていは多くの友達とここへ遊びに来たのだ。その中には今は忘れられない女の友達も二三人はあった。もっと樹木が多くて夏は涼しく、むろんもっときれいであった。

じつに意外である。<ruby><rb>鳥居</rb><rt>とりい</rt></ruby>のまわりから、草ぼうぼうと生えてる。宮の前にはさすがに草は生えていないが、<ruby><rb>落葉</rb><rt>おちば</rt></ruby>で埋まるばかりになってる。「今の村の子供達は、もうこの社などで遊ばないのかしら。」自分はこうも思った。

松は三本とも大きい切り株ばかり残ってるが、かねて覚えのある太い根に腰をおろして、二三本<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しきしま</span>を吸うた。いささか心も落ちついて見まわしてみれば、やはりなつかしい思い出が多い。<ruby><rb>上覆</rb><rt>うえ</rt></ruby>は破れて柱ばかりになってるけれど、<ruby><rb>御宝前</rb><rt>ごほうぜん</rt></ruby>と前に刻んだ<ruby><rb>手水石</rb><rt>ちょうずいし</rt></ruby>の文字は、昔のままである。<ruby><rb>房州石</rb><rt>ぼうしゅういし</rt></ruby>の安物のとうろうではあるが、<ruby><rb>一対</rb><rt>いっつい</rt></ruby>こわれもせずにあった。お宮の扉の上にある<ruby><rb>象鼻</rb><rt>ぞうはな</rt></ruby>や<ruby><rb>獅子頭</rb><rt>ししのあたま</rt></ruby>の<ruby><rb>彫刻</rb><rt>ちょうこく</rt></ruby>、それから宮の中の<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>かし<ruby><rb>彫</rb><rt>ぼ</rt></ruby>りの鳩やにわとりなども、昔手をふれたままなのがたまらなくなつかしい。

自分はようやく<ruby><rb>追懐</rb><rt>ついかい</rt></ruby>の念にとらわれて、お宮の中を<ruby><rb>回</rb><rt>まわ</rt></ruby>りあるいた。したみの板や柱にさまざまな落書きがしてあるのを一々見て行く内に、自分の感覚は非常に<ruby><rb>緊張</rb><rt>きんちょう</rt></ruby>して細いのも墨の色のうすいのも一つも見のがすまいと、<ruby><rb>鋭敏</rb><rt>えいびん</rt></ruby>に細心に見あるいた。それは三十年以前の記憶を<ruby><rb>明瞭</rb><rt>めいりょう</rt></ruby>に思い出して、確かに覚えのある落書きが二つも三つも発見されたからである。

いちじるしい時代の変化は村の児童の<ruby><rb>遊戯</rb><rt>ゆうぎ</rt></ruby>する場所も変わったと見え、境内の荒れてるもどうり、この宮の中などで遊ぶ子供も近年少ないらしく、新しい落書きはほとんどなかった。そうしてつくづくこの多くの古い落書きを見ていると、自分はたまらなく昔なつかしの思いがわきかえるのであった。

ありあり覚えのある落書きがさらに多く見いだされてくる。自分はなお三十年の間かつて思い出したことのなかった、一つのなつかしい詩のようなことがらの<ruby><rb>実跡</rb><rt>じっせき</rt></ruby>を見いだした。さすがに若い<ruby><rb>血潮</rb><rt>ちしお</rt></ruby>のいまだに胸に残ってるような気持ちで、その墨の色のうすい小さな文字の、かすかな落書きにひたいをつけるばかりに注視した。

お宮の扉の裏の人の気づかなそうなところで、筋をつけた上に墨でこまかく書いてあった。東京に永住の身となってからも、両親のある間はずいぶん<ruby><rb>帰省</rb><rt>きせい</rt></ruby>したけれども、ついにこのことあるを思い出さなかった、昔のそれを今発見したのである。それはただ自分の名と女の名とが小さく一寸五分ばかりの大きさに並べて書いてあるまでであるけれど、その女は自分が男になってはじめて異性と情をかわした女であるのだ。自分はそれを見ると等しく当時の事がありありと思い出される。自分はわれを忘れてしばらくそれを見つめておったが、考えて見ると当時女から「消してください、後生だから消してください。」といわれて自分がそれを消したように覚えてる。まったく夢のようで夢ではない。見れば見るほど<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>が<ruby><rb>明瞭</rb><rt>めいりょう</rt></ruby>になって来て、これを書いた当時の<ruby><rb>精神状態</rb><rt>せいしんじょうたい</rt></ruby>も墨も筆も思い出される。

「こんな若い時のいたずらごと誰でもある事だ。いまさら年にもはじないでなんだばかばかしい。」と急にわれと自分をしいて<ruby><rb>嘲罵</rb><rt>ちょうば</rt></ruby>してみたけれども、そのあまい<ruby><rb>追懐</rb><rt>ついかい</rt></ruby>の夢のような気持ちをなかなか放すことはできない。そうして今の自分の、まじめに<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>まりくさった動きのとれない寂しさを考えずにもおられなかった。

「こんな物を見ているところをもしも人にでも見られたら。」と気がつくと急にはじかれるような気持ちになって近くを見まわした。無性に気がとがめて、人目が気になった。あたりに人の見えないのに安心して、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しきしま</span>に火をつけながらまた松の根に腰をおろした。ないようにしても、どうかすると風が梢にさわって、ばらばらと木の葉が落ちる。

自分はたばこを吸うても、何本吸うたか覚えのないほど<ruby><rb>追懐</rb><rt>ついかい</rt></ruby>にとらわれてしまった。

自分はその時十七であった。お菊は十五であった。背は並より高いほう、目の大きい眉のこい<ruby><rb>三角形</rb><rt>さんかくがた</rt></ruby>の顔であった。白いうなじが<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>きとおるようにきれいで、それが自分にはただかわいかった。正月五ヵ日の間毎日のようにお菊の家の隣の<ruby><rb>新兵衛</rb><rt>しんべえ</rt></ruby>の家に遊びに行った。お菊はよく新兵衛の家に遊びに来た。女の影をちらと見たばかりでも、血がわきかえるほど気がはずんだ。声を聞いたばかりでもいきいきした思いに満たされた。たまにはうまく出合ってことばをかわすことができれば、あまい気持ちに<ruby><rb>酔</rb><rt>よ</rt></ruby>うのであった。女も自分がとかく接近するのを<ruby><rb>避</rb><rt>さ</rt></ruby>けもせず、自分が毎日隣に来るのをそれと気づいてるらしいが、それをいやに思うようなふうでなかった。

正月十五日の日待ちの日であった。小雨の降るのに自分はまた新兵衛の家に遊びに行った。いつも来てる近所の者もいず、子供達もいなくて、ただ新兵衛夫婦ばかり、つくねんと<ruby><rb>炉端</rb><rt>ろばた</rt></ruby>にすわっていた。女房は自分が上がりはなに立ったのを目で迎えて、意味ありげに笑った。自分はそれをすぐに自分の思う意味に解して笑いこたえた。

「<ruby><rb>鉄</rb><rt>て</rt></ruby>っさんたまにゃ菓子くれい買って来てもよかねいかい。」

女房はさらにくすぐるように笑ってそういった。

「そうだっけねい、そっだら買って<ruby><rb>来</rb><rt>く</rt></ruby>べい。」

「鉄っさんじょうだんだよ。」といった女房の声をあとにして自分はすぐに菓子を一袋買って来た。

「じょうだんをいえばすぐほんとにして、鉄っさんはほんとに正直者だねい。」

女房が新兵衛と顔を見合わせて笑うようすは、<ruby><rb>直覚的</rb><rt>ちょっかくてき</rt></ruby>に自分の満足をそそるのであった。<ruby><rb>鉄瓶</rb><rt>てつびん</rt></ruby>の口から<ruby><rb>湯気</rb><rt>ゆげ</rt></ruby>の吹くのを見て女房は「今つれて来てあげるからね。」と笑いながらたった。自分は非常にうれしくまた非常にきまりが悪く「あにつれてくっのかい。」自分はわかりきっていながら、われしらずそういった。

「あんだいせっかく湯がわいたのに茶も入れずに行っちまいやがって。」

新兵衛はそういって自分から茶を入れる用意をした。自分は新兵衛が何となくこそっぱゆかった。新兵衛は用意ができても、しばらく女房の帰るのを待つ風であったが、容易に女房が帰って来ないので、「さあ鉄っさんごちそうになるべ。」といって茶を入れた。自分は隣の人声にばかり気をとられて、茶も菓子も手にはつかない。「お菊がいないのじゃないかしら、しかしいなけりゃなお帰ってくるはずだ。」などと独りで考えていた。耳をすまして聞くと女房の声はよく聞こえる。どうやらお菊の声もするように思われる。

「鉄っさん茶飲まねいかよ<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>でも<ruby><rb>結</rb><rt>ゆ</rt></ruby>ってっだっぺい今ん来るよ。」

新兵衛はやや<ruby><rb>嘲笑</rb><rt>ちょうしょう</rt></ruby>の気味で投げるように笑った。自分はそれに<ruby><rb>反抗</rb><rt>はんこう</rt></ruby>する気力はなかった。ただもう胸がわくわくしてひとすじに隣のようすに気がとられた。

話し声が近く聞こえると思うと、お菊の声も確かに聞きとれて、ふたりが<ruby><rb>背戸</rb><rt>せど</rt></ruby>からはいってくるようすがわかった。まもなくまっ黒な<ruby><rb>洗</rb><rt>あら</rt></ruby>い<ruby><rb>髪</rb><rt>がみ</rt></ruby>を振りかぶった若い顔が女房の後について来た。お菊は自分を見るとすぐ横を向いて、自分の<ruby><rb>視線</rb><rt>しせん</rt></ruby>をさけるようすであった。それでもあえて<ruby><rb>躊躇</rb><rt>ちゅうちょ</rt></ruby>するふうもなく、女房について<ruby><rb>炉端</rb><rt>ろばた</rt></ruby>へあがって来た。

「おめいばかにひまとれるから始めっちゃった。」

新兵衛はこういいながら、女房にもお菊にもお茶をついで出した。

「さあお菊さん菓子とらねいか鉄っさんのおごりだからえんりょはいらねいよ。」

それをお菊はわざと耳にもとめないふうに、

「ねいここんおかあ<ruby><rb>銀杏返</rb><rt>いちょうがえ</rt></ruby>しには根かけなんかねいほうがよかねかろかい。」てれかくしにお菊がそういうとわかりきっているけれど女房は、

「この<ruby><rb>節</rb><rt>せつ</rt></ruby>はほんとうにさっぱりした作りが<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>るんだかっねい。」と、そのてれかくしをかばうふうであった。

女は<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならぬ<ruby><rb>胸騒</rb><rt>むなさわ</rt></ruby>ぎが、つつみきれないようすで、顔は耳まであかくなってるのが、自分にはいじらしくしてたまらなかった。自分もらちもなく<ruby><rb>興奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>して、じょうだん口一つきけない。ただ女が自分と顔を向き合わせないために自分はかえって女から目を離せなかった。そうして自分が買って来たと知れてる菓子を、女が見向きもせぬのが気にかかった。

「ふたりともまだ若いやねい。」といいたそうな顔をして、ふたりを上目で見てるらしい女房は「お菊さん菓子たべねいかよ。」といいながら、一握りの菓子をとって、しいて女の手に持たした。女はそれをあえて<ruby><rb>否</rb><rt>いな</rt></ruby>みもせず、やがて一つ二つ口に入れた。自分はそれが非常に嬉しく、胸のつかえがとれたようにため息をついた。そうして女はもうほとんど自分のもののような気がした。

新兵衛はいつのまにか横になって、いびきをかいていた。女房はそれと見るとすぐ<ruby><rb>納戸</rb><rt>なんど</rt></ruby>から、どてらと枕を持ってきて、<ruby><rb>無造作</rb><rt>むぞうさ</rt></ruby>なとりなしにいかにも妻らしいところが見えた。お菊にもそう見えたらしく自分には思われて、この場合それがひどく感じがよかった。

女房はそれから、お菊の髪を<ruby><rb>結</rb><rt>ゆ</rt></ruby>いはじめた。女も今は少し気が落ちついたらしく、おだやかな<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>で女房と話したり笑ったりした。自分はしばらく<ruby><rb>局外</rb><rt>きょくがい</rt></ruby>にいて、女のすべてのようすを、心ゆくばかり見つめることができた。この時くらい美しい気高い心よさをじゅうぶんに味わった事はなかった。

自分はここまでひと息に考えて来て、われ知らずああと<ruby><rb>嘆声</rb><rt>たんせい</rt></ruby>をもらした。同時にかさかさと<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>ち<ruby><rb>葉</rb><rt>ば</rt></ruby>をふんで人の来たのに気づいた。自分は<ruby><rb>秘密</rb><rt>ひみつ</rt></ruby>を人に見られたでもしたようにびっくらした。見ると隣家の<ruby><rb>金蔵</rb><rt>きんぞう</rt></ruby>であった。<ruby><rb>白髪頭</rb><rt>しらがあたま</rt></ruby>がしかもはげあがって、見ちがえるほどじじになっていた。向こうでも自分の老いたのに驚いたようである。

「これはこれはまことにはや。」

「ずいぶん久しぶりだったねい。」

自分はわれ知らず立って、心の<ruby><rb>狼狽</rb><rt>ろうばい</rt></ruby>を見せまいとした。が、どぎまぎした自分の<ruby><rb>挙動</rb><rt>きょどう</rt></ruby>が、われながらおかしかった。やや酒気をおびた金蔵じいは、みょうな笑いようをして自分を見つめながら、

「ここにこんな人がいようとは思わねいもんだからははははは。」

「<ruby><rb>産土様</rb><rt>うぶすなさま</rt></ruby>があんまり変わってしまったから……」

「きょう来ましたか、どうしてまた今じぶん急にはあ。」

彼はそういってなお自分を見つめるのであった。彼は自分が村におった時のすべてを知ってる男なのだ。

「いや十年ぶりで来て見ると、村のようすもだいぶ変わったようだね。この<ruby><rb>産土</rb><rt>うぶすな</rt></ruby>の松は何年ごろ切ってしまったのだい、いやもうどうも。」

彼は自分の問いに答えようともせず、「まあごめんなさい。」というなり行ってしまった。自分はあとでなにか<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>にでもつままれたような気持ちで、しばらくただぼうっとしていた。そうしてわれにかえった時に、せっかく興にいった夢をさまされたような、いまいましさを感じた。

自分は社を出て家に向かった。道すがらまた、新兵衛の女房の<ruby><rb>介錯</rb><rt>かいぞえ</rt></ruby>で、お菊を隣村の夜祭りへ連れ出したことや、<ruby><rb>雉子</rb><rt>きじ</rt></ruby>が鳴いたり、<ruby><rb>山鳥</rb><rt>やまどり</rt></ruby>が飛んだりする、春の野へお菊をまぜた三四人の女達とわらびをとりに行った時のたのしさなど思い出さずにはおられなかった。

自分は老いた兄夫婦が、四五人の男女と、<ruby><rb>藁</rb><rt>わら</rt></ruby>におで四方を取りかこった<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にお場</span>でさかんに稲こきをしてるところを驚かした。<ruby><rb>酒浸</rb><rt>さけびた</rt></ruby>しになってる赤ぶくれの兄の顔は、十年以前と、さしたる変わりはなかったが、姉はもうしわくちゃな、よいばあさんになっていた。<ruby><rb>甥</rb><rt>おい</rt></ruby>はがんじょうな男ざかりになって、稲をかついでいた。甥の嫁にもはじめて会った。

翌日日暮れに停車場へ急ぐとちゅうで、自分は<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>ち<ruby><rb>稲</rb><rt>いね</rt></ruby>を拾ってる、そぼろなひとりの<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>を見かけた。見るとどうも新兵衛の女房らしい。<ruby><rb>紺</rb><rt>こん</rt></ruby>のももひきに藁ぞうりをはいて、<ruby><rb>縞</rb><rt>しま</rt></ruby>めもわからないようなはんてんを着ていた。自分はいくどか声をかけようとしたけれど、向こうは気がつかないようすであるのに、あまり見苦しいふうもしているから、とうとう見すごしてしまった。

汽車を待つ間にも、そのまま帰ってしまうのが、何となし残りおしかった。新兵衛の<ruby><rb>婆</rb><rt>ばば</rt></ruby>にあって、昔の話もし、そうして今お菊はどんなふうでいるかも聞いてみたい心持ちがしてならなかった。