これはアメリカのアーネスト・トムソン・シートンという人が書いた物語で、文中『<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>』とあるのはシートン氏のことです。シートン氏は<ruby><rb>幼</rb><rt>おさな</rt></ruby>いころから動物が<ruby><rb>大好</rb><rt>だいす</rt></ruby>きで、動物に関する物語と絵をかくことを一<ruby><rb>生懸命</rb><rt>しょうけんめい</rt></ruby>勉強しました。そしていつも<ruby><rb>山岳</rb><rt>さんがく</rt></ruby>や草原に<ruby><rb>露営</rb><rt>ろえい</rt></ruby>の生活をして、野生動物を深く観察し、りっぱな動物物語をたくさんあらわしました。この『<ruby><rb>狼</rb><rt>おおかみ</rt></ruby>の王ロボ』は、その中でも<ruby><rb>傑作</rb><rt>けっさく</rt></ruby>といわれる面白いものです。

## おおかみ<ruby><rb>狩</rb><rt>が</rt></ruby>りの<ruby><rb>勧誘状</rb><rt>かんゆうじょう</rt></ruby>

「カランポーの谷の王様おおかみロボの首に、一千ドルの<ruby><rb>懸賞</rb><rt>けんしょう</rt></ruby>がかけられた。」

このうわさは、土地の新聞から全メキシコへひろまった。カランポーというのは、北部メキシコを流れている川の名だ。その川の<ruby><rb>流域</rb><rt>りゅういき</rt></ruby>には、広々とした草原が開け、それが大きな牧場になっていた。ところがこの谷に一群のおおかみがすんでいて、しきりに<ruby><rb>家畜</rb><rt>かちく</rt></ruby>をあらす。そのおおかみの群れの王と見られるのは、土地の人々からロボと<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>ばれる、まことに悪がしこく<ruby><rb>獰猛</rb><rt>どうもう</rt></ruby>なやつであった。

土地の<ruby><rb>羊飼達</rb><rt>ひつじかいたち</rt></ruby>はもちろん、よそからもおおかみ狩りを<ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>の連中が続々とやってきて、この<ruby><rb>悪獣</rb><rt>あくじゅう</rt></ruby>を<ruby><rb>退治</rb><rt>たいじ</rt></ruby>しようとしたのであったが、いずれも失敗して引きあげる。そこでこの一千ドルの<ruby><rb>懸賞広告</rb><rt>けんしょうこうこく</rt></ruby>が新聞にでたのである。

そのときカランポーに住む友人から、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>のところへ、このおおかみ狩りをすすめる手紙がきた。その一節に、こんな文句があった。

「このロボというのは、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の大きなおおかみで、カランポー<ruby><rb>狼群</rb><rt>ろうぐん</rt></ruby>の王といわれるだけにとても<ruby><rb>知恵</rb><rt>ちえ</rt></ruby>がはたらき、毒薬にもわなにもかからない。この地方の牧場でその害をこうむらないものはなく、深夜はるかにその長くひいた<ruby><rb>異様</rb><rt>いよう</rt></ruby>なほえ声を聞くと、たれでもぞっと身ぶるいがするという。ロボの一<ruby><rb>党</rb><rt>とう</rt></ruby>は、非常に数が多いようにいわれているが、私の調べたところでは、五、六頭にすぎないようだ。しかし、どれもこれも<ruby><rb>狂暴</rb><rt>きょうぼう</rt></ruby>なやつばかりである。私には今のところそれを退治るいい工夫が<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かばん。このさいきみの<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>にたよるほかない……」

## さんざんな失敗

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は以前、おおかみ<ruby><rb>狩</rb><rt>が</rt></ruby>りをしたことがあるが、おおかみを追っかけまわる<ruby><rb>痛快</rb><rt>つうかい</rt></ruby>さといったらない。そのときの味がわすれられないので、友からの手紙を受けとるとろくに準備もしないでカランポーへ乗りこんだ。

友は大喜びで<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>を<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>えてくれた。その晩は何年ぶりかで一<ruby><rb>緒</rb><rt>しょ</rt></ruby>に酒を<ruby><rb>酌</rb><rt>く</rt></ruby>みかわしながら、私はくわしくようすを聞いた。

友は語る、

「このあいだも、テキサス州から、タンナリーという男が、おおかみ<ruby><rb>狩</rb><rt>が</rt></ruby>りはおれにかぎると大元気で乗り込んできた。相当経験があるらしく、<ruby><rb>小銃</rb><rt>しょうじゅう</rt></ruby>や<ruby><rb>短銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>も高価なものをもち、乗馬と二十頭の<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>を連れていた。それで『<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>にもロボの首を取ってきて<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の間の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざり</rt></ruby>り物にする』と大きなことをいっていたものさ。ところが初日でみごと失敗してしまった。というのは、このタンナリーは、テキサス州の<ruby><rb>平</rb><rt>たいら</rt></ruby>な草原のおおかみ狩りにはなれてもいたろうが、このカランポーの谷は、高低があって、川の支流が<ruby><rb>縦横</rb><rt>じゅうおう</rt></ruby>にいりまじっている。猟犬はきたばかりの不案内の土地なので、<ruby><rb>狼群</rb><rt>ろうぐん</rt></ruby>を追いつつ四方へちっていったのはいいが、勝手を知ったロボの群れにひどい<ruby><rb>逆襲</rb><rt>ぎゃくしゅう</rt></ruby>をくらって、夕方帰ってきたのは、たった六頭。その<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>二頭はあばらをかみさかれているというみじめさだ。タンナリーはその後も二回でかけたが、一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby>の不成功で、最後の日には、その乗馬が<ruby><rb>断崖</rb><rt>だんがい</rt></ruby>からころがり落ちて死んだ。彼が、すっかり力をおとして、テキサス州へ帰ったのは一昨日のことさ。」

## 毒殺の計

<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>から<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は地形を見にまわった。なるほどカランポーの谷は、土地の高低があって、川の流れも多く、とても馬や<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>でおおかみを追いまわせそうもないところだ。

「毒か、わなを用いるほかない。」と、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は友に語ったのだが、大きいわなは持ってゆかなかったので、まず一<ruby><rb>服</rb><rt>ぷく</rt></ruby>毒を盛ることにした。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は、わかい<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の<ruby><rb>腎臓脂肪</rb><rt>じんぞうしぼう</rt></ruby>へチーズを交ぜ、それを<ruby><rb>陶器皿</rb><rt>とうきざら</rt></ruby>に入れてとろ火で<ruby><rb>煮</rb><rt>に</rt></ruby>た。<ruby><rb>金物</rb><rt>かなもの</rt></ruby>の<ruby><rb>臭</rb><rt>にお</rt></ruby>いを<ruby><rb>避</rb><rt>さ</rt></ruby>けるために、中の<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>を小刀がわりに使った。この<ruby><rb>煮物</rb><rt>にもの</rt></ruby>をさましていくつもの<ruby><rb>塊</rb><rt>かたまり</rt></ruby>に切り、その切り口へあなをあけて、毒薬を<ruby><rb>詰</rb><rt>つ</rt></ruby>め、その上へチーズを厚くぬってふたをした。このご<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>をつくるあいだ、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は人間の<ruby><rb>臭</rb><rt>にお</rt></ruby>いがつかないように注意して、牛のほふったばかりの<ruby><rb>温</rb><rt>あたた</rt></ruby>かい血へ<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>した<ruby><rb>手袋</rb><rt>てぶくろ</rt></ruby>をはめ、また私の息がこの<ruby><rb>餌</rb><rt>え</rt></ruby>の肉へふきかからないように、マスクをかけた。こうして<ruby><rb>丹念</rb><rt>たんねん</rt></ruby>につくったご<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>を、同じ血へ浸したわらづとの中に入れた。それを持ってカランポーの谷を一<ruby><rb>巡</rb><rt>じゅん</rt></ruby>し、一<ruby><rb>粁</rb><rt>キロ</rt></ruby>おきぐらいに一つとずつを草のあいだへおいてきた。<ruby><rb>狼群</rb><rt>ろうぐん</rt></ruby>は<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>をおそれて日中はあまりでないし、また人間の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>が見えると、さっさと<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてしまうので、この日は<ruby><rb>別段</rb><rt>べつだん</rt></ruby><ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>もなかった。

その夜、たしかにロボのほえる声が聞こえたというので、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は大喜びで<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくちょう</rt></ruby><ruby><rb>早</rb><rt>はや</rt></ruby>く結果を見にでかけた。

はたしておおかみの<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>はたくさんある。ロボの足跡は、<ruby><rb>普通</rb><rt>ふつう</rt></ruby>のおおかみよりは大きいのですぐわかった。その足跡から<ruby><rb>推</rb><rt>お</rt></ruby>すと、<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>の高さ一メートルにちかく、体重も六、七十キロくらいはたしかにある。おそろしくたくましいやつらしい。

やがて最初の<ruby><rb>餌</rb><rt>え</rt></ruby>の肉のところへくると、大きな足跡が、そこへ立ちどまった形に残っていて、<ruby><rb>肉塊</rb><rt>にくかい</rt></ruby>はなくなっている。

「しめた！」

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をおどらして、ついてきた<ruby><rb>者達</rb><rt>ものたち</rt></ruby>にほこった。

「やっこさん、一、二<ruby><rb>粁</rb><rt>キロ</rt></ruby>も先にきっとかたくなっているぞ。」

私どもは馬に一むちくれて、<ruby><rb>威勢</rb><rt>いせい</rt></ruby>よくつぎの<ruby><rb>餌肉</rb><rt>えにく</rt></ruby>のところへいった。はたしてそこにもない。私は<ruby><rb>狂喜</rb><rt>きょうき</rt></ruby>して、

「ロボばかりでなく、あの<ruby><rb>畜生</rb><rt>ちくしょう</rt></ruby>ども、<ruby><rb>枕</rb><rt>まくら</rt></ruby>を<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べて往生しているにちがいない。」と<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>んだ。

その付近を見まわったが、しかしおおかみの死体はなかった。<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>ばかりたくさんに残っている。第三番目の<ruby><rb>餌肉</rb><rt>えにく</rt></ruby>へきてみたが、ここにも肉塊はなくて、足跡はさらに第四番目へつづいている。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は「はてな。」と思った。と同時に<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>いと喜びとがごっちゃになってきだした。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>たちはだんだん心配になって、第四番目の<ruby><rb>餌肉</rb><rt>えにく</rt></ruby>のところへきてみると、おどろいたことには、肉に手をつけてないばかりでなく、そこへ、前の三か所の餌肉も一<ruby><rb>緒</rb><rt>しょ</rt></ruby>に<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べてあるではないか。しかもごていねいにも第五番目の餌肉までが、ちゃんと持ってきて積みあげてあるではないか。

「ヘー！」と、私は全身の血をぬき取られたような気持ちになった。りこうぶった私の<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりゃく</rt></ruby>は、<ruby><rb>狼王</rb><rt>ろうおう</rt></ruby>ロボのためにすっかり<ruby><rb>裏</rb><rt>うら</rt></ruby>をかかれてしまったのである。

「とてもこれは毒で<ruby><rb>退治</rb><rt>たいじ</rt></ruby>られる<ruby><rb>代物</rb><rt>しろもの</rt></ruby>ではない。」

と私はさじを投げ、大型のわなを<ruby><rb>郷里</rb><rt>きょうり</rt></ruby>へ注文してその<ruby><rb>到着</rb><rt>とうちゃく</rt></ruby>を待った。

## ぜいたくな食べ物

そのあいだの一夜、おおかみの群れがすごいいたずらを演じて、カランポーの谷にすむ人たちを<ruby><rb>興奮</rb><rt>こうふん</rt></ruby>させた。<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>のわかい<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いがその<ruby><rb>模様</rb><rt>もよう</rt></ruby>を<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>に物語った。

「<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>、おおかみというやつは、<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>を食うのでなく、ただおどかしてかみ殺しては喜ぶのです。一<ruby><rb>体</rb><rt>たい</rt></ruby>、羊は、千頭から三千頭までを一群にして<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby><ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の番人をつけておくのです。夜はかこいの中へ入れて、<ruby><rb>両端</rb><rt>りょうはし</rt></ruby>の小屋へ番人が一人ずつ<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ています。羊はちょっとしたことにもおどろく<ruby><rb>臆病</rb><rt>おくびょう</rt></ruby>な動物ですが、中へ五、六頭の<ruby><rb>山羊</rb><rt>やぎ</rt></ruby>を入れておくと、羊はこの山羊をたよりに思って、夜などもなにかさわぎがおこると、みな<ruby><rb>山羊</rb><rt>やぎ</rt></ruby>のそばへより集まるのです。ところがあのロボの<ruby><rb>悪党</rb><rt>あくとう</rt></ruby>め、そこのことまでよく知っていて、<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>は先に山羊をかみ殺してしまったのです。羊どもはたよるものがなくて、八方へちりぢりになったものだから、とうとうかみ放題に二百五十<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby>も殺されたのです。」

「まるで<ruby><rb>子供</rb><rt>こども</rt></ruby>が、<ruby><rb>玩具</rb><rt>おもちゃ</rt></ruby>のサーベルでトマトをやっつけるようなものだね。」と<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はあきれていった。

「まったくです。」と、<ruby><rb>若者</rb><rt>わかもの</rt></ruby>は話に油が乗って、

「あのロボのやつには、これまでにもう羊や<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>合わせて二千頭あまりやられています。一体おおかみは意地きたないやつで、なんでも<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>食いさえすれアいい。食べ物の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">よしあし</span>なんてかまわないのが<ruby><rb>普通</rb><rt>ふつう</rt></ruby>ですが、あのロボの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にかぎっては、口がなかなかおごっていて、死んだ肉は食わない。人間がほふった<ruby><rb>家畜</rb><rt>かちく</rt></ruby>は食わない。なんでも自分の歯でかみ殺した上等なのだけ食うのです。一番<ruby><rb>好</rb><rt>す</rt></ruby>きなのは<ruby><rb>当歳仔</rb><rt>とうさいこ</rt></ruby>のやわらかな<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>で、年とった牛や馬は好かない。人間よりもよほどぜいたくです。また羊の肉もあまり好かない。ただ、かわいそうに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げまどうやつを<ruby><rb>片端</rb><rt>かたっぱし</rt></ruby>からやっつけてしまうのです。本当ににくいたらありゃしません。」

## <ruby><rb>狼群</rb><rt>ろうぐん</rt></ruby>と牛の<ruby><rb>格闘</rb><rt>かくとう</rt></ruby>

羊よりは、わかい<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>を<ruby><rb>好</rb><rt>この</rt></ruby>むというのは初耳で、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は話をそこへ向けると、<ruby><rb>若者</rb><rt>わかもの</rt></ruby>は、先年、ロボが牝牛をとり殺したという実見談をはじめた。

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はそのときはなれたところから見ていたのです。最初牛の群れとおおかみの群れとが原中でばったり出くわしたと思ってください。いばったやつで、ロボめ、自分は手出しもせずに、仲間の<ruby><rb>奴等</rb><rt>やつら</rt></ruby>に仕事をまかせているのです。ロボのつぎの位にいるブランカという白おおかみが<ruby><rb>大将</rb><rt>たいしょう</rt></ruby>になって、五、六匹のおおかみが牛の群れへおそいかかってきました。牛の中には一<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby><ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の<ruby><rb>当歳仔</rb><rt>とうさいこ</rt></ruby>がまじって、これは後列へかくれていました。牛の群れは一列に戦線を張って角をふりたてたので、白おおかみ等もちょっと手がでません。すると、さっきからそれを見ていたロボのやつ、一声ほえると、横合いからだしぬけに牛の群れへおどりかかった。牛どもはたちまち列をみだして<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げる。ロボはめざす<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>へせまる。牝牛はやっと七、八十メートルも逃げたが、たちまち追いつかれてしまった。ロボはその<ruby><rb>喉</rb><rt>のど</rt></ruby>に食いついたなり、身を<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>め、うんとふんばると、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>は、角を地についてまっさかさまに大きくとんぼ返りに<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れる。はずみをくってロボもはね飛ばされそうになったが、<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>の強いやつで、からだをぴたりと地につけてぐっとふみこたえます。そこへ白おおかみブランカはじめ<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>が競いかかって、見る見る<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の息の根をとめてしまいましたよ。ロボのやつ、<ruby><rb>獲物</rb><rt>えもの</rt></ruby>は仲間にまかせてけろりとしているのです。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は大声に<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>んで、馬に乗って追っかけると、おおかみどもは<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>がこわいものだから、さっさと<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げていく。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はいい機会だと思って、持っていた毒薬を手早く、たおれた<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の体へ二個所に注ぎこんで、そのまま家へ帰りました。おおかみどもは自分の歯でかみ殺した動物は安心して食う習慣ですから、あとでもどってきて、その肉を食うにちがいないとにらんだのです。<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくちょう</rt></ruby>私は、

「あのロボのやつ、いまごろはかたくなってくたばっていることだろう。」と勇んで、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>のところへ<ruby><rb>行</rb><rt>い</rt></ruby>ってみると、<ruby><rb>小面</rb><rt>こづら</rt></ruby>にくいたらありゃしません。毒を<ruby><rb>注</rb><rt>さ</rt></ruby>したところだけ、きれいにさき<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>てて、毒のない部分をさんざん食いあらしていたのです。一<ruby><rb>服</rb><rt>ぷく</rt></ruby><ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>ろうたってあいつにゃ<ruby><rb>駄目</rb><rt>だめ</rt></ruby>です。」

## わなにかかった白おおかみブランカ

そのうち、注文したわながたくさん<ruby><rb>到着</rb><rt>とうちゃく</rt></ruby>した。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は大急ぎでそれを組み合わせ、夜になってから原の方々へ<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めておいた。<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>見まわると、ロボの<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>はわなからわなへと続いていたが、わなはみなほじり出されて、<ruby><rb>鉄鎖</rb><rt>てっさ</rt></ruby>も<ruby><rb>丸太</rb><rt>まるた</rt></ruby>もむきだしになっている。足跡から<ruby><rb>判</rb><rt>はん</rt></ruby>ずると、ロボは<ruby><rb>狼群</rb><rt>ろうぐん</rt></ruby>の先に立ってわなへ近よると、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>を止めて、自分ひとりでうまい<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>にかきだしてしまうらしい。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はいろいろ工夫をこらし、方法をかえていくたびもわなをかけてみたが、ロボはなかなかたくみにわなをかきだしてさらしものにするのである。

だが、このカランポーの<ruby><rb>狼群</rb><rt>ろうぐん</rt></ruby>の行動には、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>にとけないことが一つあった。それは私のこれまでの経験によると、おおかみの群れというものは、一<ruby><rb>匹</rb><rt>ぴき</rt></ruby>の指導おおかみにしたがうのがならわしであるのに、ここのはおりおりロボの大きい<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>の前にやや小さい足跡がついているのである。

ところが、ある日、<ruby><rb>牛飼</rb><rt>うしか</rt></ruby>いがやってきての話に、

「<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>今日</rb><rt>きょう</rt></ruby>例のおおかみどもがずっと向こうの方を歩いているのを見ましたが、白のブランカのやつが、ときどきロボの先になってゆくのですよ。」と。

私ははたと手をうった。

「それでわかった。そのブランカはめすなのだ。もしおすおおかみがそんなですぎたことをしたなら、ロボがすぐかみ殺すはずだ。小さい<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>が先に立っていたのもそれでわかった。」

そこで新工夫が<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんだ。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はわかい<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>をほふってその死体のまわりに、わざと地上にむきだしにしたわなを二つおいた。それからその死体から首をきり取って少しはなれたところへおき、その周囲へ二つの<ruby><rb>鋼鉄製</rb><rt>こうてつせい</rt></ruby>のわなをうめた。この仕事をするあいだ、私は私の手足や道具などをその<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の血に<ruby><rb>浸</rb><rt>ひた</rt></ruby>し、地面へも同じ血を一<ruby><rb>杯</rb><rt>ぱい</rt></ruby>にまいた。このしかけがすむと、今度はおおかみの皮でその辺の地面を一帯になでておき、またおおかみの足でわなの周囲にたくさんの足跡をつけた。この首と<ruby><rb>胴体</rb><rt>どうたい</rt></ruby>とのあいだはせまい通路になっているので、その通路へ一番<ruby><rb>精巧</rb><rt>せいこう</rt></ruby>な二つのわなをうめ、そのわなの<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>を<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の首に結びつけた。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>が知っていることでは、おおかみというやつは、動物の死体を見つけると、それを食おうという気がなくても、きっと近よって、それをかいではいろいろとためしてみるものである。で、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はこのカランポーのおおかみどもも同じ習慣をもっているとにらんだのである。ロボはまたも私の<ruby><rb>計略</rb><rt>けいりゃく</rt></ruby>を見やぶるかもしれない。けれど、私の心の中にはべつな考えがあったのである。



<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくちょう</rt></ruby>、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>たちは馬へ乗って<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのう</rt></ruby>のわなの辺を見まわりにいった。おおかみの<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>はたくさんにある。私は<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をおどらした。急いでその跡をたどってみると、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の首もわなもない。私はいよいよ胸の<ruby><rb>鼓動</rb><rt>こどう</rt></ruby>をたかめて、その辺の<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>をこまかにしらべた。すると、ロボが他の<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>を牛の死体に近づけないよう注意しているあいだに、やや小さい一<ruby><rb>匹</rb><rt>ぴき</rt></ruby>のおおかみが、少しはなれている例の首の方へ歩みよって、そこのわなにひっかかったらしい跡がある。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は、しめたと思った。

そこでその足跡をつけてゆくと、二キロ足らずのところで、はたせるかな、白のめすおおかみブランカが、わなにかかった足をひきずりながら、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>の首をくわえてかけてゆくのに追いついた。牛の首は六、七キロもあろうというのに、ブランカのかける早さは人間の足では追っつけないくらいだった。しかしゆく先には岩石がたくさんあったので、とうとう牛の角が岩へひっかかり、ブランカは動けなくなってしまった。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>たちが近寄ると、ブランカはきっと立ちあがってものすごい長ぼえをした。すると、はるかに<ruby><rb>木蔭</rb><rt>こかげ</rt></ruby>から、同じ調子の一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby>高いほえ声がひびいてきた。それはロボの声にちがいない。私たちはすぐ<ruby><rb>得物</rb><rt>えもの</rt></ruby>をふりあげて近寄りざま、ブランカをなぐりつけた。ブランカは力がつきて最後の悲鳴をあげてぐたりと横に<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れた。私は<ruby><rb>輪繩</rb><rt>わなわ</rt></ruby>をその頸に投げかけて、その<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>を馬につなぎ、一むちあてると、馬は<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の方へ<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>け出した。

そのあいだ、ロボは遠くでしきりにほえていたが、<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>がこわいと見えて私たちのそばへよりつかなかった。

この日、夕方までロボの遠ぼえがきこえていたが、日が<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れると、その声はだんだんに近づき次第にかなしい調子を<ruby><rb>帯</rb><rt>お</rt></ruby>びてきかれた。あらあらしい声でなく、長く引いた苦しげなうめきのようにきこえた。

「ブランカ、ブランカ！」と<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>んでいるかのようだ。

夜がふけると、その声は一層近くなって、<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>たちが昼間ブランカを殺した辺にきた。そこにはブランカの血がたくさんにたれていたので、かれはそこでおこったできごとをさとったことであろう。

<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いどもも、「これまで、こんなにおおかみの悲しげな声を聞いたことはありません。」といった。

## 百三十個のわな

この夜、ロボがただ一<ruby><rb>匹</rb><rt>ぴき</rt></ruby>で来たことは、その<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>で知った。そしていつもとちがって、とても不注意にかけまわったようすである。かれは<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>のブランカを殺されたために心がみだれていることがこれでわかる。かれはブランカの死体をさがしにきたが、それを<ruby><rb>得</rb><rt>え</rt></ruby>られなかったうらみに、戸外五十メートルのところで、番犬をさき殺して去った。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は、ロボが<ruby><rb>狂乱</rb><rt>きょうらん</rt></ruby>しているのを知ったから、いよいよわなを要所要所にかけておいた。一度はたしかにその一つにひっかかったが、ロボはそれをねじ切って<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げた。その力の強さにはいまさらながらおどろかされた。ロボはブランカの死体を見つけるまでは、その辺を去らない気持ちらしい。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はこの機会にかれを<ruby><rb>退治</rb><rt>たいじ</rt></ruby>してやろうと心をくだいた。

「おしいことだった。ブランカを殺さずに、いけどっておいておとりにしたら、<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>の<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>には、きっとロボをつかまえることができたであろう。」とくやしかった。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は、ありたけのわなを百三十個集め、それを残らずしかけて土にうめた。そのときは毛布を地べたにひろげた上に<ruby><rb>坐</rb><rt>すわ</rt></ruby>って仕事をし、人間の<ruby><rb>臭</rb><rt>にお</rt></ruby>いが残らないようにした。そして、あたり一帯にブランカの死体をひきずりまわして、土にその臭いをうつした。それからブランカの足でもってわなのあいだあいだへ<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>をつけた。こうしてできるだけ用心をして作戦計画を立て、さてその結果はどうかと待った。

その夜中、一度<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はロボのほえ声を聞いたように思った。が、しかとしなかった。<ruby><rb>翌日</rb><rt>よくじつ</rt></ruby>私は早く<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまわ</rt></ruby>りに出かけた。しかし百三十個も飛び飛びにわなを見まわるので、北の谷間を残して日が<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れた。なんの<ruby><rb>得</rb><rt>う</rt></ruby>るところもなく、私たちは家に引きあげた。すると夕飯の席で<ruby><rb>一人</rb><rt>ひとり</rt></ruby>の<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いが語った。

「<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>、北の谷で牛の群れがなんだかさわいでいたようです。なにかあったのではないでしょうか。」と。

## 青く燃えた目

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくちょう</rt></ruby>早く<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をおどらして北の谷へとでかけた。わなをしかけておいた場所へくると、<ruby><rb>突然</rb><rt>とつぜん</rt></ruby>大きな<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>が、むくりと立って<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げ出そうともがいた。私はおどろきとおそれと喜びに<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby><ruby><rb>棒立</rb><rt>ぼうだ</rt></ruby>ちになった。

私はこのとき、はじめてカランポーの谷のおおかみの王ロボの姿をはっきりと見たのである。かれは二昼夜のあいだ、わなを抜けようと苦しんだので、いまはつかれはてている。それでも私が近よると、<ruby><rb>頸毛</rb><rt>くびげ</rt></ruby>をさかだててものすごくうなり声を出し、たちまち深い低いほえ声をしてカランポーの谷をふるわせた。その叫び声の中には、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>の救いを求める合い図が<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>まれたことであろう。しかし他のおおかみはついに姿を見せない。ロボは必死に身をもだえ、私へ<ruby><rb>跳</rb><rt>と</rt></ruby>びかかろうとするが、わなが四つ連結しているので、重さも百二十キロからある。いくらもがいても<ruby><rb>丸太</rb><rt>まるた</rt></ruby>と<ruby><rb>鉄鎖</rb><rt>てつぐさり</rt></ruby>が一<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby>もつれるばかりで、さすがのロボもいまはどうしようもないのである。それでもその雪のように白い大きいきばをむき出して、鉄鎖をかみ切ろうとする。そのすごさは身の毛がよだつほどである。私が<ruby><rb>銃床</rb><rt>じゅうしょう</rt></ruby>をその鼻先へさしだすと、はげしくかみついてみごとな歯なみのあとを深くきざみつけた。（私はいまもその<ruby><rb>銃</rb><rt>じゅう</rt></ruby>を記念として大事にしている）<ruby><rb>両眼</rb><rt>りょうがん</rt></ruby>は<ruby><rb>憎</rb><rt>にく</rt></ruby>しみといかりに青く<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>え、私をにらんで底うなりを発したとき、私の乗馬は<ruby><rb>震</rb><rt>ふる</rt></ruby>えてあとずさりした。しかしもうロボもうえと<ruby><rb>苦闘</rb><rt>くとう</rt></ruby>につかれはてているので、やがてぐたりと地べたに横になってしまった。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>は<ruby><rb>輪繩</rb><rt>わなわ</rt></ruby>を手にしたが、ふとかわいそうだという気持ちがして、

「こら<ruby><rb>悪魔</rb><rt>あくま</rt></ruby>、悪業の数々は今報われるときがきたぞ、さ、観念せ。」

私はそういいながら、ぱッと<ruby><rb>繩</rb><rt>なわ</rt></ruby>をその<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>へ投げかけた。ところがさすがは<ruby><rb>狼王</rb><rt>ろうおう</rt></ruby>、ふっと身をかわして繩をくわえとり、その結び目をかみきってずたずたにした。

どうせ、いざとなれば、<ruby><rb>銃丸</rb><rt>じゅうがん</rt></ruby>一<ruby><rb>発</rb><rt>ぱつ</rt></ruby>でしとめられるのだが、私はそのりっぱな皮を<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>つけたくなかったので、他の<ruby><rb>繩</rb><rt>なわ</rt></ruby>を取って、まず木の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>をロボへ投げると、かれはそれを歯で受けとめた。そこで、私はさっと輪をなげてかれの<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>にかけて<ruby><rb>締</rb><rt>し</rt></ruby>めてしまった。そのままぐっとひきしめて息の根を<ruby><rb>絶</rb><rt>た</rt></ruby>とうとする<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>を、私は、

「待った、殺さずに生かして持ち帰ろう。」とおしとめずにはいられなかった。

ロボはもう向かってくる勢いもないから、<ruby><rb>私達</rb><rt>わたしたち</rt></ruby>はその口へ<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>をかませ、<ruby><rb>太綱</rb><rt>ふとづな</rt></ruby>であごをしばった。いまはかれは、まったく観念したような目で私たちを見ている。

「<ruby><rb>年貢</rb><rt>ねんぐ</rt></ruby>のおさめどきがきた。どうでも勝手にしてくれ。」

そういったようすである。やがて私たちへ見向きさえしなくなった。

そこでみなでロボの足をしばって馬へ結えつけた。ロボはうなりも<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びもせず、だまってなすがままに身をまかせた。その目は光っているが、私たちには向けられていない。遠くの草原をじっと見ている。そこには<ruby><rb>永</rb><rt>なが</rt></ruby>い年月かれが<ruby><rb>君臨</rb><rt>くんりん</rt></ruby>した広々とした領地がある。かれの部下は王を失って、いまはその谷間の<ruby><rb>奥深</rb><rt>おくふか</rt></ruby>く<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げていったことであろう。

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>たちは家に帰ってから、ロボに<ruby><rb>頸輪</rb><rt>くびわ</rt></ruby>をかけ、じょうぶな<ruby><rb>鉄鎖</rb><rt>てつぐさり</rt></ruby>でつなぎ、手足を自由にし、<ruby><rb>輪繩</rb><rt>わなわ</rt></ruby>を<ruby><rb>外</rb><rt>はず</rt></ruby>して家の前のくいへ結びつけた。そこで始めて安心して私はロボのからだを細かにしらべた。世間の噂では、「ロボの<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>に<ruby><rb>金環</rb><rt>かなわ</rt></ruby>がついている。」とか、また、「かれの<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>には<ruby><rb>悪魔</rb><rt>あくま</rt></ruby>の<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>である印として<ruby><rb>逆</rb><rt>さかさ</rt></ruby>十字の<ruby><rb>斑点</rb><rt>はんてん</rt></ruby>がある。」とか伝えられていたが、それはみなうそであった。ただその<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>に大きい<ruby><rb>傷痕</rb><rt>きずあと</rt></ruby>が見られたのは、前日タンナリーがロボがりにきたとき、その<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>がかみついたあとと知られた。

私はロボの前へ肉と水をおいたが、かれは見向きもせず、しずかに<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>ばいになってはるかの草原を見つめている。私がステッキで<ruby><rb>触</rb><rt>ふ</rt></ruby>れても身動きもしない。日が<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れてもかれは一心にかなたを<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めていた。

「今夜、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のおおかみどもがくるかも知れない。」

<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>はみなへ注意しておいたが、ロボは一度仲間を<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>ぶようなほえ声を出したきりで、なにごともなかった。

<ruby><rb>力尽</rb><rt>ちからつ</rt></ruby>きたしし、<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>の自由を失ったわし、またはめすを失ったはとのように、ロボも<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>のブランカにさきだたれて力をおとし、この世に望みを絶ったのであろう。<ruby><rb>翌朝</rb><rt>よくちょう</rt></ruby>起きてみると、かれはしずかに<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るが<ruby><rb>如</rb><rt>ごと</rt></ruby>く横たわって冷たくなっていた。

私はその<ruby><rb>頸</rb><rt>くび</rt></ruby>から<ruby><rb>鉄鎖</rb><rt>てつぐさり</rt></ruby>を取り、<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いに手伝わせて、ロボをブランカの死体をおいた<ruby><rb>小舎</rb><rt>こや</rt></ruby>へ運び入れて、そのかたわらに<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>べてやった。

そのとき羊飼いはいった。

「ロボはやっぱり王様だったな。その死に方まで……」

私は、この羊飼いが、私の心持ちをそのままいってくれたような気がして、だまってなんどもうなずいたのだった。

（昭和一三年五月号）