## Sine qua non

## <ruby><rb>乖離</rb><rt>くわいり</rt></ruby>

## 一

十月。秋神の即位。――<ruby><rb>金鶯</rb><rt>みそさざい</rt></ruby>一羽、廃園のエルムの樹に通ひはじめる。

## 二

道傍の亜灌木にある、水禽の糞。

湖からあがる風が、弧を描いて、水霜の葉におちる。

青い<ruby><rb>鶫</rb><rt>つぐみ</rt></ruby>が食卓にのぼりだすと、聖餐式のやうに澄んだ夜ごとが、<ruby><rb>展</rb><rt>ひら</rt></ruby>ける…

## 三

手帖に一篇｟天使園の薔薇｠といふ詩を、書きとつた。それから、パピィニの自叙伝を読んだ。そして、ひとりで眠つた。

「灰色の靴下を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>いた秋」が、わたしの精神の<ruby><rb>罅裂</rb><rt>ひび</rt></ruby>の隙き間から、<ruby><rb>潜</rb><rt>もぐ</rt></ruby>りこんでくる。

## 四

霊感の<ruby><rb>屯</rb><rt>たむろ</rt></ruby>。――たましひの<ruby><rb>寨</rb><rt>とりで</rt></ruby>。

## 五

<ruby><rb>福音書的</rb><rt>エヴァンヂェリック</rt></ruby>とは、何といふことであらう。

<ruby><rb>海扇</rb><rt>いたや</rt></ruby>貝にみえる、支那団扇。

かれが年老いたアナクレオンのやうに、雨にうたれながら詩を吐き出す、――吐き出すことそれは、一向エヴァンヂェリックではない。

## 六

｟<ruby><rb>弗羅曼</rb><rt>フラマン</rt></ruby>｠とよばれる、<ruby><rb>割烹店</rb><rt>レストラン</rt></ruby>の中二階。孔雀草の群落。

わたしは<ruby><rb>水馬歯</rb><rt>みづはこべ</rt></ruby>を刻んで、それへ<ruby><rb>該里</rb><rt>シェリイ</rt></ruby>の酒を滴らせる。秋ばかりは、金いろの時間が、<ruby><rb>燠</rb><rt>おき</rt></ruby>のやうに<ruby><rb>燻</rb><rt>いぶ</rt></ruby>つて。…

## みづうみ

ほととぎす啼や湖水のささ濁り　　丈艸

私は湖をながめてゐた

湖からあげる微風に<ruby><rb>靠</rb><rt>もた</rt></ruby>れて　<ruby><rb>湖</rb><rt>うみ</rt></ruby>鳥が一羽

岸へと波を手繰りよせてゐるのを　ながめてゐた

澄んだ湖の表情がさつと曇つた

湖のうへ　おどけた<ruby><rb>驟雨</rb><rt>スコール</rt></ruby>がたたずまひをしてゐる

そのなかで　どこかで　湖鳥が啼いた

私はいく<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>さも睡れずにゐた

書きつぶし書きつぶしした紙きれは

微風の<ruby><rb>媒介</rb><rt>つて</rt></ruby>で　ひとつひとつ湖にたべさせていつた

湖　いな

貪婪な天の食指を追ひたてて

そして結句　手にのこつたものはなんにもない

白けた肉体の一部

それから　うすく疲れた<ruby><rb>回教経典</rb><rt>コオラン</rt></ruby>の一帙

刻刻に暁がふくらんでくる

湖どりが啼き

窓の外に湖がある

窓のうちに<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>がある

卓子のめぐり　白い思考の紙くづが堆く死んでゐる

ひと夜さの空しいにんげんの足掻きが　のたうつてそこに死んでゐる！

この夥しい思考の屍を葬らう

窓を展いて　澄んだ湖のなかへと

## Sine qua non

そなたの<ruby><rb>睡眠</rb><rt>ねむり</rt></ruby>は、夜つぴて白く窓を<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>める

片脚あげた　噴き上げの鶴よ。

わたしは読み飽いた「聖ヨハネ祭の夜」の頁をたたみこんで、暗い<ruby><rb>一閑張</rb><rt>いつかんばり</rt></ruby>の下に、さて閉ぢようとして気づいた。

その夜、なにせ、季節は冬から孟春に、とび超えようといふのだ。（くらい天の一方で、<ruby><rb>間遠</rb><rt>まどほ</rt></ruby>に神々の跫音がゆききする――）

わたしの中のわたしが、しばし<ruby><rb>恍惚</rb><rt>うつとり</rt></ruby>とじぶんを置きわすれて、往つてしまふ。まづ、それをとり戻さなければならん。

窺きガラスのなか、<ruby><rb>東方</rb><rt>ひんがし</rt></ruby>が白む頃あひといふに、欹てる耳のうへで逸はやく、

―― Chio, chio, chio, chio\-chinks

chio, chio, chio, chio\-chinks …

暁は<ruby><rb>迅</rb><rt>はや</rt></ruby>い。窓はまだ睡りたりないのだ。

わたしもまた睡りたりん。

歌ごゑは、蝋燭ほどの月あかりの下びに。灌木のしげみのあちら側に。

どこか「夜啼鶯」とでもいひたいが、――<ruby><rb>湖</rb><rt>うみ</rt></ruby>どりと<ruby><rb>覚</rb><rt>おぼ</rt></ruby>しいそのこゑは囁きつゞける。張りのある、わかい調子で。

（ひょいとヒマラヤ杉を、湖かぜが煽つてとほる。ひそひそ噺のかたちで。…）

<ruby><rb>嚔</rb><rt>くさめ</rt></ruby>　ひとつ

ふいに、

わたしの前にゐた<ruby><rb>暁</rb><rt>あけ</rt></ruby>ちかい夜が、ぐつたり息絶える。

なんといふ　いい夜！

わたしの中のわたしが呟く

―― Sine qua non と。

## 哀訴

旅館寒燈独不眠　　高適

天の河を<ruby><rb>斜</rb><rt>はす</rt></ruby>に抱いて

旅館の門燈のあたりだけ

淡く　<ruby><rb>仄</rb><rt>ほんの</rt></ruby>り<ruby><rb>闌</rb><rt>た</rt></ruby>けてゐるやうだ。

（いつたい、どこへ宿れといふのだらう？）

わたしはその下に彳んで

せつせと書き綴る、

――あんのんな<ruby><rb>夜分</rb><rt>やぶん</rt></ruby>のふしどだけは

どうにか　神さま！

お与へください　といふ<ruby><rb>尺牘</rb><rt>てがみ</rt></ruby>を。…

## 山下町の夜

「<ruby><rb>灰夜</rb><rt>グレイ</rt></ruby>一枚でおりてくる冬！」と書いた

「<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>から足ばやに、私を追ひ越すゆふぐれ」とも書いた

その冬のゆふぐれが

ぽつぽつ、街燈に<ruby><rb>燻</rb><rt>くす</rt></ruby>んだ<ruby><rb>灯</rb><rt>あかし</rt></ruby>をいれてゐる

――横浜　山下町の、ここから海が<ruby><rb>展</rb><rt>ひら</rt></ruby>けるところ…

たつた一つ、――ごらん、外国商館の屋上の、幽婉な<ruby><rb>抛物線</rb><rt>パラボラ</rt></ruby>が昏れのこつてゐる。（ゆふぐれよ、あれはお前がけふの忘れものだ）夜ぞらをくつきり劃つてゐる明暗。

その涼しやかなスカイ・ライン。――まだ早い夜の、まだ星かげうすい空…

碇泊した Empress of Asia が

海へ明るい<ruby><rb>点灯装飾</rb><rt>イルミネーション</rt></ruby>の灯をおとしてゐる

（そのあたりだけ、海が燃えてゐる）

赤い土耳古帽のせた　ひよろながい印度人の火夫が

<ruby><rb>烟艸</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を薫ゆらせてとほる

その後から、青い星を散らす電車のポオル。

わたしは歩み入る、街路樹の<ruby><rb>鈴懸</rb><rt>プラタナス</rt></ruby>を涵してゐる闇へ。それはＳといふ外国商館のまへで、<ruby><rb>注文帳</rb><rt>オオダアブック</rt></ruby>の黒の背革よりもくろい。闇に紛れてわたしはみる、二輪車のいくつかが、闇なかに<ruby><rb>憩</rb><rt>やす</rt></ruby>んでゐるのを。――いまや夜が、それを平和な<ruby><rb>睡眠</rb><rt>ねむり</rt></ruby>のなかへ<ruby><rb>裹</rb><rt>つゝ</rt></ruby>まうとするとき、そのどれもが、<ruby><rb>円</rb><rt>つぶ</rt></ruby>ら<ruby><rb>瞳</rb><rt>め</rt></ruby>に肖た灯を点けたまんま…

公園の<ruby><rb>噴水</rb><rt>ふきあげ</rt></ruby>。（孤燈のかげに

夜の鶴をわたしは<ruby><rb>象</rb><rt>かた</rt></ruby>どる

天から堕ちた純白のマダム・シゴオニュの扇）

ゆふあかりの青黛が仄のり匂ふ。あの自転車置場に、囁き交してゐる地上の<ruby><rb>参星</rb><rt>オリオン</rt></ruby>。いみじい、だが、草かげの鬼灯ほどしかない、これらの星たち！

## 弾く人のゐない夜

<ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>く人はゐない。

室は<ruby><rb>冷</rb><rt>ひやや</rt></ruby>かに、澄んでゐる。動かぬ。

動くものが欲しい。

ただひとつ、動くものがゐる。あそこに…

ピアノの胸のあたりで、夜は頭をふつてゐるメトロノオム、

おまへの<ruby><rb>微韻</rb><rt>ひびき</rt></ruby>だけが、そつと夜をゆさぶる。

<ruby><rb>睡</rb><rt>ねむ</rt></ruby>つてゐる透明な<ruby><rb>霊衣</rb><rt>オオラ</rt></ruby>、

百虫譜、

<ruby><rb>白体</rb><rt>はくたい</rt></ruby>の蛾、

わたしは<ruby><rb>愬</rb><rt>うつた</rt></ruby>へるやうに、眠りからたちあがる。

なにものかの声が囁く。

「――なにせ、秋だ、聖壇の大蝋燭のやうに、ちらちら、感情の<ruby><rb>膜</rb><rt>まく</rt></ruby>が<ruby><rb>耀</rb><rt>かがよ</rt></ruby>ひながら微動する」と

花が崩れ、水晶の時計に<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>た秋が

かうべの<ruby><rb>後</rb><rt>うし</rt></ruby>ろ<ruby><rb>側</rb><rt>かは</rt></ruby>で澄んでゐる。

## 雪もよい

寒い。

わかい歯科医のもとへ　一句

「<ruby><rb>歯石</rb><rt>しせき</rt></ruby>はづす　夜の<ruby><rb>皓</rb><rt>しろ</rt></ruby>さに

睫毛鳴る」とかき送つて

その夜、まつしろいものに<ruby><rb>埋</rb><rt>うま</rt></ruby>つて寝た。

寒い。

青い視野の奥のはうで

鵞ペンは、わたしの鵞ペンは寝たやうだ

<ruby><rb>行燈</rb><rt>あんどん</rt></ruby>まがひの<ruby><rb>卓上電気</rb><rt>スタンド</rt></ruby>も　もはや　眠つたらしい

それから　わたしの子供も　句帖も。

ところで

のこつた、眠らないのがただひとつ

膨らんで阿呆のやうな、きたならしい、このひだりの胸の<ruby><rb>哀求</rb><rt>あいぐ</rt></ruby>律。

寒い。

夜のからんからんに乾いた空気の、その底で

うつかり　<ruby><rb>咳</rb><rt>しはぶき</rt></ruby>をとりおとすと

発止！

それは青く火を発して　鳴つた。

## 雪

雪は紋をつくる。皷の、あふぎの、羊歯の紋。

六花。十二花。砲弾の紋。

江州ひこね。ひこね桜馬場。さくらの並木。

すつぽり、雪ごもりの街区。

星のうごかぬ、八面玲瓏と<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶ</rt></ruby>り澄んだ、銀張りの夜。

早寝の<ruby><rb>牀</rb><rt>とこ</rt></ruby>で聴いてゐる。……プラステイックな<ruby><rb>宇宙</rb><rt>コスモス</rt></ruby>のしはぶきを。（このとき、地球は<ruby><rb>鞠</rb><rt>まり</rt></ruby>ほどの大きさしかない）

<ruby><rb>微睡</rb><rt>まどろみ</rt></ruby>の睫毛はみてゐる。……囲炉裏に白くなつた<ruby><rb>燠</rb><rt>おき</rt></ruby>を。（それが、宛らわたしの白骨、焼かれた残んの<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>に似る）

燠に<ruby><rb>化</rb><rt>な</rt></ruby>つた<ruby><rb>榾</rb><rt>ほだ</rt></ruby>の呟き。――わたしの<ruby><rb>脊椎</rb><rt>せきつゐ</rt></ruby>を<ruby><rb>外</rb><rt>はづ</rt></ruby>しとつてする「<ruby><rb>洗骨式</rb><rt>せんこつしき</rt></ruby>」を、……でなければ、肉体の髄を<ruby><rb>焙</rb><rt>や</rt></ruby>きつくしてする「<ruby><rb>風葬祭</rb><rt>ふうさうさい</rt></ruby>」を、……そんな<ruby><rb>末枯</rb><rt>うらが</rt></ruby>れた夢見もするわな。

<ruby><rb>老来</rb><rt>おいらく</rt></ruby>の、炬燵に眠りたまへる母上よ。

あなたの<ruby><rb>鬢</rb><rt>びん</rt></ruby>にも、雪がある。

## てがるな緑化季

六月です

ちちははよ

窓したの疎林で、郭公鳥が啼いてゐる。

夜間中学の<ruby><rb>副読本</rb><rt>サイド・リイダア</rt></ruby>なんかの詩で

よく<ruby><rb>邂逅</rb><rt>であ</rt></ruby>ふ、―― CUCKOO といふ禽、

（あのこゑは　いまや初夏のひかりを浴びる）

わたしは截る　淡茶いろの竹針

それに

一円半の CUCKOO WALTZ を唄はせよう。

あの

葉緑素のかつぱつな軽井澤では

へんに

ひとは白つぽく

時間はかたむいて　明るい…

（リルケが歌つたやうに）

てがるな緑化季ですね

ちちははよ

はて

わが胸の枝々で　郭公鳥が啼いてゐる。

## つばくろ

雨………

門を暗くして、ひとは潜る。昆虫はゆき、またかへる。門を暗くして紛れ込む両伯のたぐひ。――このグリィンを濡らした、微粒の賊！

ことし首夏。まだわかい燕のつがひが巣くつた門。

ひもじい愁ひをば霊台に薫じて、門を潜り、ひもじい愛慾の層をば、身うちにかき濁して、グリィンにしぶく雨に濡れて出る。

雨………

美しく蓑と傘とを棄てた。

晴ればれと、かへる燕。雨のなかに、汚れた道がけぶり、道の見付に、亭い門。その門を凌ぐ一双の<ruby><rb>菩提樹</rb><rt>リンデン</rt></ruby>。いな、身の薄いひもじさに悶えながらに、ひとがをり、そのひとの後ろのグリィンに、やはり、門を暗くする雨が<ruby><rb>煙</rb><rt>けぶ</rt></ruby>る。

雨………

門を翔けぬける、一羽の燕の、飜転。その姿は<ruby><rb>緑海</rb><rt>りよくかい</rt></ruby>に消える。（わたしも飛び込まう。燕よ。とめだてしないでおくれ。あのさむく黝んだ葉緑の海の、ただなかへ！）

## 鶯

## <ruby><rb>去年</rb><rt>こぞ</rt></ruby>の雪いづこ

かの<ruby><rb>夜半</rb><rt>よは</rt></ruby>の

ねざめに　あをき　窓<ruby><rb>玻璃</rb><rt>はり</rt></ruby>に

散りこし<ruby><rb>粉雪</rb><rt>こゆき</rt></ruby>

いづち　ゆきけむ

## 茅蜩記

## 一

比叡のなだりをくだり、うぐひすぶえとまをすものききはべりしか。いまだくわぶんにしてひぐらしぶえ、耳にいたせしことこれなくそろ。短日幽居のなぐさに、さればひとこゑ、きかまほしくとはぞんじそろ。

## 二

偶来松樹下　　高枕石頭眠

山中無暦日　　寒尽不知年

大歳の暮れのひそまり、それは草臥れた心をたてかけるためにいい。「山中無暦日」といふ詩句、そのなかに、わたしは栖んでゐる。山中の<ruby><rb>温泉</rb><rt>いでゆ</rt></ruby>。湯はあふれ滾れて、あけくれわたしの孤独を暖め、……

いましがた、湯殿への渡廊下で、わたしは一片、白いものに触れた。雪をのせた濶葉樹の落葉でないとすれば、匂ひをたたんだ、銀木犀の花びらの一片にちかい。外の雪あかりにすかしてみると、大晦日の三十一と書かれた亜刺比亜数字が、顫へるやうに、その白さを汚してゐた。ふつと思ひかへしてみると、もうこの歳も暮れるにちかいことが、まざまざと甦つた。山中無暦日。――暦日のない<ruby><rb>旦暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>に、遽かに<ruby><rb>標</rb><rt>しめ</rt></ruby>立つものの白さが、身に沁みてきた。

湯に涵つて目を瞑つてみると、その暦の白いおもてを、気ぜはしく、年のうちすぎる跫音が、聴きとれる思ひがする。――内湯におちる湯の音。――玻璃にさらさらと肌ふれて、闇に沈んでゆく、塩のやうな粉雪。耳をすますと、裏山を越える木枯のかぜの一枚が、颯と幅ひろに、けものの吼えるに肖た叫びを、おろしてきた。庭樹が鳴る。小禽の<ruby><rb>凍</rb><rt>こご</rt></ruby>えるやうな<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>もそれに交る。そのなかから、ひと色、かなかなかな、――<ruby><rb>茅蜩</rb><rt>ひぐらし</rt></ruby>のこゑ。……真冬の雪の夜に、はてな、それは雪を透して、脳の芯に、<ruby><rb>錐</rb><rt>きり</rt></ruby>もみをいれるほどにつんと澄んで鳴る。かなかなかなと、高く冴えて、とほく、淡く尾をひく。「ちちよははよかなかな鳴くよ日のいりの亭き<ruby><rb>木</rb><rt>こ</rt></ruby>ぬれにひとつ鳴き澄む」――じぶんの書いた歌が、そのこゑの下から、急に泛んだ。つづけざまに、またひとつ。……「かなかなは鳴きのうつりに日のいりの<ruby><rb>合歡</rb><rt>ねむ</rt></ruby>の木かげのベゴニアの花」

そのこゑが、はたと途絶えると、遽かに落湯の音。木枯のざわめき。身をかへして、わたしは一度ひらいた眼を、また瞑る。……

## 野

蟋蟀堂にあり、歳<ruby><rb>聿</rb><rt>つひ</rt></ruby>にそれ<ruby><rb>莫</rb><rt>く</rt></ruby>れぬ　　国風

――あれだ。

ドオデエも「風車小屋だより」のなかにかいておいた、あの<ruby><rb>蝗</rb><rt>いなご</rt></ruby>の大群。……こいつは、まつたくあれに似た凄じさだ。天日を<ruby><rb>陰</rb><rt>くら</rt></ruby>くして薨々とむらがり飛ぶ、斯螽。索々と鳴る、その翅音。耿々とひかりうすれる、落日。さうだ、そのなかをとぶ神杖。酒袋。あゝコップ。

一天の<ruby><rb>景</rb><rt>かげ</rt></ruby>は、寒く、こころを<ruby><rb>憑</rb><rt>の</rt></ruby>り<ruby><rb>秉</rb><rt>と</rt></ruby>つて、歎きの<ruby><rb>科</rb><rt>しぐさ</rt></ruby>を強ひる。――わたしはその群る虫に、その虫の歌に、汎として<ruby><rb>泛</rb><rt>う</rt></ruby>き流れるサモス派の船である。…

## 鶯

夜更け。

暖炉のめぐりの、あのあかるい<ruby><rb>温気</rb><rt>うんき</rt></ruby>。

けきよ、けきよ、けきよ、けきよ。その温気のなかを、籠から、鶯が啼く…

すこし酸味のかつた終電車の軋り。外では白い微粉が片明りして、軒のあかしを朧ろに、それが、なにか十二月だといふ身についた落ちつきで、靡いてゐる。――なにかを、<ruby><rb>鎧扉</rb><rt>よろひど</rt></ruby>に囁きながら。

暖炉のうへの硝子時計。

壁の一角に<ruby><rb>磔刑</rb><rt>はりつけ</rt></ruby>られて、そのまんま年老いたマリイ・マグダレン。そして、その肩さきの、雪。

けきよ、けきよ。……鶯の啼くこと、ふたこゑばかり。<ruby><rb>恍惚</rb><rt>うつとり</rt></ruby>となる<ruby><rb>閑</rb><rt>しづ</rt></ruby>けさ。――<ruby><rb>聖母像</rb><rt>マドンナ</rt></ruby>はゐない。架上の<ruby><rb>基督</rb><rt>クリスト</rt></ruby>だけが、弱々しげに咳き込む。｟けふは、あなた、クリスマス・イヴなんですよ｠紅茶のスプンの「ちん」と鳴る音。――

澱んでゐた夜が、その音に思ひついて、せつせと闌けてゆく。<ruby><rb>風信子</rb><rt>ヒヤシンス</rt></ruby>のあさい欠伸。

けきよ、けきよ、けきよ、けきよ。

<ruby><rb>鈴懸</rb><rt>すゞかけ</rt></ruby>並木のあちら側では、雪の道を拾ひあるきに、――鶯の<ruby><rb>口倣</rb><rt>くちま</rt></ruby>ねしながら、それ、誰かがあるいてゆく…

## すでに年が<ruby><rb>老</rb><rt>ふ</rt></ruby>けて…

まくらの草子に出る　蓑虫よりは見窄らしい

あの<ruby><rb>蝦</rb><rt>えび</rt></ruby>と蜘蛛の<ruby><rb>混血児</rb><rt>あいのこ</rt></ruby>みたいなやつさ

もう流しもとの<ruby><rb>暗闇</rb><rt>くらがり</rt></ruby>で

――つづれさせ　ころもさせ

おつっけ秋もをはりだと　あいつがわたしに告げる

白秋は砂糖のこなが眼に沁むと、歌つた

あの夜ふけの<ruby><rb>灯</rb><rt>あかし</rt></ruby>の下

ひよっこり　<ruby><rb>蹇</rb><rt>あしなえ</rt></ruby>の<ruby><rb>促織</rb><rt>はたをり</rt></ruby>が<ruby><rb>罷</rb><rt>まか</rt></ruby>ん出て

――ちりり　ちりり

糸のすり切れたヴィオロンをきかせる<ruby><rb>季</rb><rt>とき</rt></ruby>だ…

「ヴェルレヱヌよ

<ruby><rb>今年</rb><rt>ことし</rt></ruby>の秋も　めつきり<ruby><rb>老</rb><rt>ふ</rt></ruby>けた」と

あの虫が「古詩十九首」のなかでは

月のあたつた<ruby><rb>荒壁</rb><rt>あらかべ</rt></ruby>のうらで　鳴く

――さむいほどだ　思つても　気がとほくなる

それが茫々たる　なん千年の<ruby><rb>疇昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>のこと

やつぱり詩人に

かうして<ruby><rb>老</rb><rt>ふ</rt></ruby>けた秋を告げてゐたんだね　あいつは…

## 八十八夜

寝いり<ruby><rb>端</rb><rt>ばな</rt></ruby>の小耳に

蚊ひとつ

ぷぅんと鳴きついて　<ruby><rb>哀</rb><rt>あは</rt></ruby>れつぽく訴へでる

かた手間に　「歳時記」をのぞいてみる

「農家　耕ヲ首ム

立春ヨリ八十八日　マタ春霜ヲ置カズ

茶摘ミハ真盛リ　養蚕ハ初眠ノ頃」

ゆふ窓におく　<ruby><rb>手燭</rb><rt>てしよく</rt></ruby>ほどの月あかり

そのなかに<ruby><rb>小粉団</rb><rt>こでまり</rt></ruby>の匂ひ

または　むやみと

<ruby><rb>幟</rb><rt>のぼり</rt></ruby>の<ruby><rb>滑車</rb><rt>せみ</rt></ruby>の　から鳴り

<ruby><rb>遠音</rb><rt>とほね</rt></ruby>に　きりり　近郊電車のせつかちな軋りかた…

ぱらぱらと　夜かぜがきて

<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>の辞書をめくる　すると「Candlemas」と出た

聖燭節　さうさう　二月二日

ちらちら　粉雪　しばたたく燭台の燭と

<ruby><rb>祈祷</rb><rt>いのり</rt></ruby>のこゑと

それに（<ruby><rb>映写幕</rb><rt>エクラン</rt></ruby>のうへの

マリア・シヤプドレェヌの雪）

それらがさつと<ruby><rb>掠</rb><rt>かす</rt></ruby>めて　遽かに　夜冷えがくる

脳の芯に白つぽいものが　いつぱい

蚊の哀訴　それもすでに止んだ

ときあつて風がもつてくる

――夜学の<ruby><rb>咿唔</rb><rt>いご</rt></ruby>の尾が

ひとすぢ　微睡の耳にじやれつくだけ。

## 年の徂徠

いま<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかし</rt></ruby>は、弱弱しげに、細まる。

<ruby><rb>乞丐</rb><rt>かたゐ</rt></ruby>のやうな十二月が

見窄らしく<ruby><rb>扉</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>衝</rb><rt>あた</rt></ruby>つて、わが家の角を折れていつた。……二<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>、三<ruby><rb>足</rb><rt>あし</rt></ruby>

そつと、闇のなかにと<ruby><rb>降</rb><rt>お</rt></ruby>りてゆく、年の<ruby><rb>背</rb><rt>そびら</rt></ruby>。

そのあとの空白を、<ruby><rb>粉雪</rb><rt>こなゆき</rt></ruby>が<ruby><rb>性急</rb><rt>せつかち</rt></ruby>にやつてきて埋めつくす…

午前零時、たつたいま、

痩せこけた年の詩神は、息をひきとる。あゝ古ぼけた<ruby><rb>破</rb><rt>や</rt></ruby>れ帽子のやうな年が死んだ。

――<ruby><rb>偃鼠</rb><rt>えんそ</rt></ruby>に似た、暗い憶ひ出と一緒に。

睡りかけた鳩時計が唄を歌ひだす、

ぽつぷう、ぽつぷう、ぽつぷう、

（それ「<ruby><rb>万有回帰</rb><rt>ばんいうくわいき</rt></ruby>」の軌道が軋つてゐる）

わたしは<ruby><rb>唐艸</rb><rt>からくさ</rt></ruby>模様の外套を羽織つて、

それから、雪のなかへと<ruby><rb>索</rb><rt>もと</rt></ruby>めに出る

やつてくる年の

――さりげない<ruby><rb>火種</rb><rt>ひだね</rt></ruby>を<ruby><rb>秉</rb><rt>と</rt></ruby>りに。

## 海へ

海へ、一日。

しこたま夏の陽を仕入れて、日の暮れがたに還つてみると、わたしの生地の肌がかう呟くのだ。「なんとよくもこれだけ<ruby><rb>掏</rb><rt>す</rt></ruby>りかへられたものだ」と。

夜、絲爪棚のかげで一風呂浴びる。

すると、どうだ。現像液に涵した乾板のやうに、わたしの生地の部分が、みるみる泛びあがつてきた。

ブラウンと白とで出来あがつた、だんだらの<ruby><rb>斑</rb><rt>ふ</rt></ruby>。この半白の「肉体写真」のうへで、一日の太陽の歩みを、――仮借なく灼きつける、その炎の歌を、まざまざと読みとることができる。

夜は夜で、この太陽の<ruby><rb>火傷</rb><rt>やけど</rt></ruby>が、わたしをひと晩眠らせない。

## 河

石の橋　寒く彳んで

わたしは独語する、――おもひぞ屈する河」と

その河ふところ　煤けた没り日をば泛け

灰だみ　かき濁る　都会の河

<ruby><rb>逶迤</rb><rt>ゐい</rt></ruby>として眠る河

この河、ま二つにかきわけながら

このゆふべ

遠ざかつてゆく　ひとつの白亜の<ruby><rb>汽艇</rb><rt>ランチ</rt></ruby>

（わが胸に消えてゆく　ひとつの思惟…）

石の橋　寒く彳んで

わたしは独語する、――河、わたしの<ruby><rb>内方</rb><rt>うちら</rt></ruby>にも河がある」

## からす

ラフカディオ・ハァンの「ほとけの畠の落穂」を眺める。その一節をわたしはノオトする

｟私が一個人――一個の魂！　いな、私は一つの群集である――幾万兆といふ考へも及ばぬほどの夥しい群集である。私は時代に時代を重ね、劫億に劫億を積んだものだ…｠

このくだりで、わたしはハァンのなかにじぶんを、またじぶんのなかにハァンを置いてみた。その<ruby><rb>空隙</rb><rt>すき</rt></ruby>をふさぐ幾億兆の群集。――わたしは「ほとけの畠」の、あの目こぼれを啄む、一羽の禽に、どうやら<ruby><rb>肖</rb><rt>に</rt></ruby>てきてゐる。しかも、<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶ</rt></ruby>れた一羽のからすに。

## 孤笻わけ入る山

## やつてくる男

あと一日の九月が　一瞬に

濁つた珈琲いろの雨の中に沈んだ

雨水の灌奠

沁みる

傘

<ruby><rb>軽尻</rb><rt>からしり</rt></ruby>の性根を雨に洗つてゆかう

溝水のひびきは現象の悲鳴

けふ　わが<ruby><rb>卓子</rb><rt>てえぶる</rt></ruby>のうへに

きのふの「歌」と「非情」と「凡心」の窒死…

暗闇から

初秋の傘の匂ひがジンと沁みる

重い感覚は　昨日の室に

あの鍵の音と倶におさらばとしよう

未来にかゝはりのない　生理は

一切合財　この傘の

あたらしい背を闇に飛ぶ　このしぶきであれ

まさに　現象の<ruby><rb>秤</rb><rt>はかり</rt></ruby>のうへで

貪婪に

「今日」と「昨日」とが<ruby><rb>撓</rb><rt>しわ</rt></ruby>つてゐる！

あたらしい傘

あたらしい雨

その一日の「夜」に約束される<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>

九月の冷冷しい雨にぬれて

夕ぐれになれば

シュルレアリストＺ・Ｉがやつてくる

## 独白

高祖保よ　おとがしてゐる　しづかな昏れのおりるおと

高祖保よ　この<ruby><rb>余</rb><rt>よ</rt></ruby>の不幸はふたたび爾にいでて爾にかへらう

高祖保よ　おまへの耳が聴くのは「<ruby><rb>室内楽</rb><rt>カメラ・ムウジカ</rt></ruby>」だけだ　そとはかいくれ闇

高祖保よ　おまへの背ごしに　半円の月が淡すぎる……

高祖保よ　<ruby><rb>頭</rb><rt>づ</rt></ruby>の鉢に植ゑるがいい　四季咲きの<ruby><rb>薔薇</rb><rt>うばら</rt></ruby>一輪その匂ひがおまへの臭みを消す

高祖保よ　伐木丁丁　鳥鳴嚶々　春めいたな

高祖保よ　手をさしのべよ　やがて双手は十方無礙の大千世界をさす

高祖保よ　とんぼかへりしてみろ　<ruby><rb>下下</rb><rt>げげ</rt></ruby>の天地へ　このとき還るのだ　なまなましい荒けづりの<ruby><rb>樸</rb><rt>ぼく</rt></ruby>に

高祖保よ　にんげんに<ruby><rb>傴捬</rb><rt>うふ</rt></ruby>するより　ぞつこんおまへの精神に　それを！

高祖保よ　<ruby><rb>擦</rb><rt>おさ</rt></ruby>へよ　揚るべからず　<ruby><rb>訾</rb><rt>はか</rt></ruby>つて　<ruby><rb>謫</rb><rt>しか</rt></ruby>るべからず矣……

高祖保よ　モノクロオムを看るだけの目ならいらぬ　あの青黄<ruby><rb>黼黻</rb><rt>ほふつ</rt></ruby>の観にあづかるがいい

高祖保よ　窓のそと　枯芝に日かげ　石に心　かぜ凪いだやうす

高祖保よ　すきな文句、――汎たるかの栢舟、汎としてそれ流る！

高祖保よ　蟻のかげだね　蟻のかげ

高祖保よ　<ruby><rb>遠近法</rb><rt>パアスベクティヴ</rt></ruby>がくるつてるんでせう　その色盲　さしあたりこまりものだね

## 淡彩

## １

ひと冬、咳きこんでゐた公園の<ruby><rb>噴水</rb><rt>ふきあげ</rt></ruby>。いまは枯れがれにおとろへて、春の日ざしを浴びる。そこから、なにの言葉も聴かれない。

<ruby><rb>噴水</rb><rt>ふきあげ</rt></ruby>のうへを<ruby><rb>斜</rb><rt>はす</rt></ruby>に、――鶺鴒まがひの痩せた小禽がひとつ、青磁いろの一線を曳いて、さむくおちていつた。なにの言葉ものこらない。なにの囁きすらも。――去つてゆく冬の使節、いまはこゑを<ruby><rb>嚥</rb><rt>の</rt></ruby>む<ruby><rb>歟</rb><rt>か</rt></ruby>と。…

## ２

並木路は、まだ芽ぶかぬ<ruby><rb>白楊</rb><rt>ポプラ</rt></ruby>。

その首のめぐりはいつせいに痩せて、ほんのちよつぴり、冬の<ruby><rb>襟巻</rb><rt>マフラア</rt></ruby>に肖た雲の<ruby><rb>片</rb><rt>きれ</rt></ruby>はしをまとつてゐるといふだけ。この灰いろの襟巻。ふゆの遺産。――そこに、まだ春のことぶれはとほい。道ゆく犬も、子供を載せた乳母車も、その乳母車ひく母親も、われとわが影を踏んで、あるいてゆく…

## ３

廃館になつた領事館のまへで折れて、海へおちる道。――あをく<ruby><rb>摺</rb><rt>たた</rt></ruby>まれた海の夢が、とほい<ruby><rb>惝怳</rb><rt>あくがれ</rt></ruby>を乗せて万里の潮を、しろくあげてゐる。

ゆふぐれを背負つて、その坂のうへから自転車に跨つた、<ruby><rb>臙脂</rb><rt>えんじ</rt></ruby>いろのワン・ピイス・ドレスのをんなひとり、身をひるがへすやうにおりてくる。――おりてくる自転車。跨つたものは、すでに一個の、無心の物体である。もし、さうでないとするなら、あれは、冬の<ruby><rb>石女</rb><rt>うまずめ</rt></ruby>にちがひない。

## ４

ヒマラヤ杉のうへに、日ざし弱い、ま昼の太陽がやすんでゐる。雀一羽すら、そこへはやつてこない。おしだまつて、ものに<ruby><rb>倦</rb><rt>う</rt></ruby>んじた時のながれが、目にみえぬ<ruby><rb>迅</rb><rt>はや</rt></ruby>さで、<ruby><rb>逭</rb><rt>に</rt></ruby>げてゆくだけである。

ヒマラヤ杉の下のベンチ。目なれた浮浪者のかげすら、そこへやつてこない。気おちした、老人の精神が、トゥルゲーニエフの散文詩ふうの外套をまとつて、そこに腰をおろしてゐるだけである。――全く、まつたく、それは、わたしが置きわすれた詩の、うらぶれた｟<ruby><rb>残像</rb><rt>アフタ・イメエヂ</rt></ruby>｠のすがたであると、告げたい。

## 「孤笻わけ入る山」

## 四月十四日

元住吉の野なか、車中からわたしは一羽の<ruby><rb>鵲</rb><rt>かさゝぎ</rt></ruby>をみとめた。痩身長脚、羽根は霜を浴びたほどに白い。――<ruby><rb>亭</rb><rt>たか</rt></ruby>い野の<ruby><rb>欅</rb><rt>けやき</rt></ruby>にとまるとき、それは樹をひきたたせる<ruby><rb>頭飾</rb><rt>りぼん</rt></ruby>となつた。中空に漂うて、それは一点の<ruby><rb>白</rb><rt>はく</rt></ruby>、高雅なアトムを撒きちらしてゐた。（いちど「静」のなかで羽根を憩うた、あの「動」の相で…）

## 四月二十一日

田中冬二さんより来翰。

麦の穂擦れの風が、海のやうにきこえるとあり、また日の暮れがたは、遠蛙がきこえるとも書かれてゐる。

## 四月二十四日

わたしの詩集に、<ruby><rb>荘厳</rb><rt>しようごん</rt></ruby>といつたものは需めまい。同時に綺羅をも。よしんば需めるとして、あの晩ざくらの群落の、――なにかかう火山灰に似た、白いうす濁りが漂つてをればよい。

## 五月八日

「詩経」をのぞく。太古にあつても、やはり昆虫は季節の指針をなして、月のうつりを象徴してゐたらしい。

｟五月、<ruby><rb>斯螽</rb><rt>ししゆう</rt></ruby>股を鳴らし。六月、<ruby><rb>莎鶏</rb><rt>さけい</rt></ruby>羽を振ふ。七月、野に在り。八月、宇に在り。九月、戸に在り。十月、蟋蟀わが<ruby><rb>牀</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の下に入る｠

襟すぢがへんに寒い。ひる寝のなかで、<ruby><rb>牀</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の下からやつてきた蟋蟀の、ながい脚に、踏んづけられた夢をみて、さめる。

多喜氏から「近江だるま」が届く。

## 五月十八日

五月どきの<ruby><rb>蕭</rb><rt>しめ</rt></ruby>やかさのなかで、あの層のふかい、漆黒の闇の肌ざはりがしたしまれる。いはく、闇中孤坐。……そのなかへ、いつぽんの蝋燭を樹てる。蝋燭の<ruby><rb>炷</rb><rt>す</rt></ruby>がけぶる。まてまてけぶるのは炷でなくて、わたしの孤独でこそあらう。孤独の思量。

（孤独は、ちやうど燃えおちた炷から翔びたつ、<ruby><rb>孩</rb><rt>いたいけ</rt></ruby>な灯取虫のごときものであらう）

台湾へおくるための、詩一篇。

ぽつんと紙へ題だけ落として、筆を剪る。

――「<ruby><rb>孤笻</rb><rt>こきよう</rt></ruby>わけ入る山」

## 七月

アスパラガスが、黄いろい紙屑ほどの花をつけた。その隣りあひに<ruby><rb>姫胡蝶花</rb><rt>ひめしやが</rt></ruby>が花をひらいた。それに連ねて、山百合も一輪。そのとなりに淡くれなゐの四季咲き薔薇が、ほんのちよつぴり、これも花をつけてみせた。

そのとなりに、おおそれらを培うた張本人が、傲岸に、けさそれらを見おろして立つた。それがそれ、――わたしだ。

## 六月

夜つぴて雨ふる。雨のあひま、川のはうへおりてゆくと、<ruby><rb>夜振</rb><rt>よぶり</rt></ruby>の灯がみえる。

夜振の灯。

## 樹の下

わたしの詩集に、この句を入れることにきめる。

題は「樹の下」――

涼しさや　松の落葉を　つんでゐる

## 冬蝶

あれ　<ruby><rb>GOIDZUKI</rb><rt>ゴイズキ</rt></ruby> のさきの　冬ざれの花、一輪

＊GOIDZUKI　木製雪掻き（彦根）

## 草店月初冷

あはれなるかな

わが　<ruby><rb>咳嗽</rb><rt>しはぶき</rt></ruby>のかげ

<ruby><rb>淡月</rb><rt>うすづき</rt></ruby>に<ruby><rb>霧</rb><rt>き</rt></ruby>らへり、さあれ

岸の、<ruby><rb>草廬</rb><rt>さうろ</rt></ruby>

軒の吊り燈籠のうへ　<ruby><rb>湖</rb><rt>うみ</rt></ruby>なみの

<ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby>じらとかかり…

## くれなゐ

目覚めると、庭芝のうへ、やはらかな雨が<ruby><rb>降</rb><rt>お</rt></ruby>りてゐる。目にしみる、いろどり。睡つてゐる芝艸。――みてゐると、ぽたり、それへ<ruby><rb>凌霄</rb><rt>のうぜん</rt></ruby>かづらの花がこぼれおちた。緑中一点紅。（これで何がな、風景に<ruby><rb>彩</rb><rt>いろどり</rt></ruby>が生じた）だが、芝艸の睡りはさめるとしもない。

## 呂律

ふるい革袋に　あたらしい酒

あたらしい革袋に　ふるい酒

あるひは　古い革袋にふるい酒

あるひは　あたらしい革袋に　あたらしい酒

## 「落葉哀蝉曲」を読む人

## 五月四日

蠅をたべた夢をみる。

満身創痍、凍夜の野に、山のやうな蠅に埋れながら。――だが、濠洲の神話にでる Mangarkunyerkunya といふ神さまは、生のまんま、蠅といふ悪魔の子を召しあがるとのこと。（よしこの<ruby><rb>故事</rb><rt>ふるごと</rt></ruby>が、へんな夢を、訳ありげに粉飾させてもよんどころないことだ。……）

## 五月五日

澄んだ机のうへに、古備前の壺が一個。

これは父の遺品である。そこに「落葉哀蝉曲」をよむひとがゐる。

…虚房冷而寂寞。落葉依于重扃。

支那の落葉。歳老いた武帝。淡い夢のほとぼりが、そこから、薫ずるやうにたち昇る。

## 九月八日

わたしは、この雑駁な、とりとめのない日記をつけることに、堪へがたいまでに心を<ruby><rb>訶</rb><rt>さいな</rt></ruby>まれてゐるやうだ。むしろ、この内部的感情の鬩ぎが、筆を抛つことを拒んでゐるのだともいえる。

不潔な精神界の泥沼。

## 十一月三日

児が泣きだす。強靱な生誕第一声。

コクトオ流にいへば、空間をかきむしり、眼にみえぬなにかを毮りとりながら。

## 十二月一日

眺めてゐる。たとへば、ピアノのうへで、隻脚を振つてゐるメトロノオム。その律気な退屈さが、たまらなく、わたしの平和を揺さぶるのだ。（死んだもおなじい、温室咲きのやうな平和を。）

このとき、素迅くつぎの一句が、わたしの双のたなぞこにのこる。ストイックふうのひびきをたてながら。わたしは、まさしく不意を衝かれた。

｟力を尽して窄き門より入れ…｠

## 和蘭陀石竹のかげに

## 一　ペン

ペンをとらなければならない。ささくれたペンを。孤独がわたしに命じた。書け、と。あの五月の闇の蕭やかさのなかで書いた、いくつかのもの欲しげな、独居の詩。辛うじて、それでも書きとめてきたのだ。わたしは。――「天使園の薔薇」だの「<ruby><rb>乖離</rb><rt>くわいり</rt></ruby>」、「哀訴」だの、それに、「Sine qua non」だのと。

（しかしそれらの中に沈んでゐるのは、孤独の<ruby><rb>滓</rb><rt>おり</rt></ruby>ではない。ひどく華やいだ、むしろ孤独<ruby><rb>怡</rb><rt>い</rt></ruby>悦の<ruby><rb>神</rb><rt>こころ</rt></ruby>の、――<ruby><rb>隠微</rb><rt>いんび</rt></ruby>な<ruby><rb>擬態</rb><rt>まどはし</rt></ruby>だつたやうだ）孤独よ、これは宥せ。

## 二　検索

かりに額に<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>をさしあてて、呟いてみた。

…「百舎重跰して<ruby><rb>来</rb><rt>きた</rt></ruby>る」

すると孤独は、そのやうに、遠方にあると思はれもする。孤独は<ruby><rb>鹹</rb><rt>しよ</rt></ruby>つぱくて、岩塩かなんぞのやうに手荒くある。実験室の<ruby><rb>甘汞</rb><rt>カロメル</rt></ruby>よりも、もつと白いものであるかもしれぬ。――ゆふぐれの中で、<ruby><rb>求道</rb><rt>ぐどう</rt></ruby>者の匂ひの漂ふ、和蘭陀石竹。<ruby><rb>翳</rb><rt>かげ</rt></ruby>つた邈漠たる、その色。そこらあたりに、ひよつこり彳んでゐるのかもしれない。孤独は。

<ruby><rb>憗</rb><rt>なまじ</rt></ruby>ひに、詩のなかに姿をおとすときは、はなはだ書割のとぼしい、<ruby><rb>間遠</rb><rt>まどほ</rt></ruby>な姿の、うそ寒いものばかり。わたしの孤独よ。（おまへはそれに似てゐる）

## 三　烟草のから

水に<ruby><rb>涵</rb><rt>つか</rt></ruby>つた桃林を、人は<ruby><rb>雨外套</rb><rt>レインコート</rt></ruby>の襟をたてて足ばやに、暗いはうへ消えていつた。

その<ruby><rb>後姿</rb><rt>うしろで</rt></ruby>に、<ruby><rb>薫</rb><rt>く</rt></ruby>ゆらすとみえた、<ruby><rb>紫煙</rb><rt>シガア</rt></ruby>のけむの一片。それが白い。ぽんと、<ruby><rb>抛</rb><rt>な</rt></ruby>げすてられたその殻。地におちて、なほ<ruby><rb>燻</rb><rt>いぶ</rt></ruby>る余燼。――もはや夜の大地が、こんな小つぽけな烟草を薫ゆらせてゐると、みえないことはない。