## Kalokagathia

「――宇宙は、単にタアオラの殻にすぎない」（ゴオガン）

一と夜。あらしの怒号が落ちてきた。

この湖中に、一隻の汽船が沈められた。

朝。わたしは見た。マストだけが湖面に二つの手をさしあげてゐる。それは、わたしの双の手に肖て、<ruby><rb>空</rb><rt>あだ</rt></ruby>な足掻きを仕つくして、倦い厳粛のしづもりに返つたといつたありさま。

けふも湖のほとりにあつて、追はれるもののごとく、<ruby><rb>右顧左眄</rb><rt>とみかうみ</rt></ruby>しながらわたしは思ひ索める。二本のマストは微風を呼んで、湖面に二個の波紋を放つてゐる。あの下に、汽船はとらへ難い空を追ひながら、青い睡りを貪つてゐるであらう。それに似て索めるものは遠く逈かに捉へがたい。竟にそれは何であらう。むなしくうち顫ふ、掌とゆびと。ひと日は思惟の彷徨につかれる。

湖の<ruby><rb>眼</rb><rt>まなこ</rt></ruby>はこの二本のマストのほかに何もない。それは神秘を麾くトランシットに似たものである。ここからわたしは、あなたの眼のなかに澄んだ死海をみる。あなたの掌のうちにあるカロカガテイァを！　それらのものは逈かに遠い。とらへがたい冷酷な距離よ。だが、おそらく思惟の犂のひとかへしは、この通俗な世界のかなの神秘を発掘するより首まるのだ。通俗は普遍のなかに、金鉱のやうにひそんでゐる。もし、あの神秘が地球儀のなかに眠つてゐるとすれば……

夕焼けのそらに、幾すぢの河が尾を曳いてゐる。

マストは暮れる。金星をいただく湖水の上で。

いまは<ruby><rb>詞</rb><rt>ことば</rt></ruby>もなく、報らせもない。ただゆるぎない、無辜のひととき。微粒の砂に没するひかがみは、湖水のふかさを超えて土のふかさを知る。それは通俗の木に萌した神秘の芽であらう。これは誰に剪られ、誰に踏み蹂られるうれひすらもない。

そこに、夥しい通俗のひかりよ！

さうして、おお！　神秘の発芽よ！

## 希臘十字

日は亭午。――翼のごとく汝の双手をひらけ。而して、<ruby><rb>彳</rb><rt>た</rt></ruby>て。希臘十字にかげを<ruby><rb>曳</rb><rt>ひ</rt></ruby>かむ。

★

聖地の門を<ruby><rb>旋</rb><rt>めぐ</rt></ruby>りながら、<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>となく<ruby><rb>白日</rb><rt>ひる</rt></ruby>となく、<ruby><rb>蜜蜂</rb><rt>すがる</rt></ruby>よ。いつか門は十字に閉され、花々は霜に<ruby><rb>凍</rb><rt>こゞ</rt></ruby>えた。蜜蜂よ。いかにおまへの<ruby><rb>翅</rb><rt>はね</rt></ruby>が<ruby><rb>黄金</rb><rt>こがね</rt></ruby>の燦きにひらかれるときも、そこには展くによしなく、匂ふに<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>もない、<ruby><rb>空</rb><rt>あだ</rt></ruby>な影ふかいうれひのみ。このとき、<ruby><rb>訪</rb><rt>と</rt></ruby>へよ、<ruby><rb>蜜蜂</rb><rt>すがる</rt></ruby>よ、――もし神あらば<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかし</rt></ruby>をかゝげよ、と。

★

門に青錆びた<ruby><rb>閂</rb><rt>かんぬき</rt></ruby>のいたさ。十字にかけた罪障の烙印……

★

聖水盤が匂ふ。暁闇のなかで。

希臘十字にかたどつた星。<ruby><rb>槓桿</rb><rt>ボオル</rt></ruby>の星。素馨の花と音楽。悠遠なパントマイムのをはり。

その下から、郊外の一番電車が睡りの歌を撒きちらす。

★

傷痕。――それに蝟集する歌ごゑ。華やぐ疼痛の歌。歌に<ruby><rb>攀</rb><rt>よ</rt></ruby>ぢのぼる射手座、雙女宮。そこから夜がおりる。

巨大な風車がアルコォルのやうに廻る。すると、翅のある時間が目にみえない素迅さでそのうへから飛びちる。

美の司祭者、夜よ。わたしはあなたの中にかくれた。すると、すぐさま傷痕は美化される！

★

海の目ざめ。

ひかりを鎧うた浄い暁のなか、<ruby><rb>蠧</rb><rt>むしば</rt></ruby>まれた<ruby><rb>祈祷</rb><rt>いのり</rt></ruby>の囁きがたちのぼる。一と夜、悪の扉に<ruby><rb>靠</rb><rt>もた</rt></ruby>れてゐたかれらが、聖らかな眼ざめにかへるのだ。――一斉に咒詞を呟きながら。

## Lethe

## 海燕と年

元朝のフレスコ風の雪のなかから、<ruby><rb>鵲</rb><rt>かさゝぎ</rt></ruby>のやうに雪をかついできた郵便配達夫は、わたしに「おめでたう」といつた。かれはわたしの掌に、書翰の一束を落としてすぎる。晩香波にゐるＦ・Ｆの賀状には｟リネンの月｠という詩が印刷してある。その詩は剽窃だ。そして星に肖た<ruby><rb>海燕</rb><rt>ひとで</rt></ruby>がひとつ。海燕はマン・レイ氏のシネポエムから、写しとつたのであるらしい。海燕は音楽のやうに唄ふ。

## 自家中毒

砂の上に、胴とその片眼が散らかつてゐる。その眼は過激な毒素｟自家中毒｠で爛れきつてゐるのだ。どうみても<ruby><rb>白日</rb><rt>ひる</rt></ruby>のランプのやうにぼやけてゐる。石の表情よりも、はるかに惨忍である。その上に誕生したのであらう。一匹の桜いろの蝶が、奇蹟のやうにひらひらと、平気で、わたしの視野を<ruby><rb>翔</rb><rt>かけ</rt></ruby>つていつた。ひかりの<ruby><rb>粉</rb><rt>こな</rt></ruby>を撒きながら。……

## Lethe

山から猟銃を担いで、ハンティングに雪の<ruby><rb>粉</rb><rt>こな</rt></ruby>をつけて、さも殊勝らしく、鶫、<ruby><rb>鷸</rb><rt>しぎ</rt></ruby>、それに山鳩に似た雉なんか腰にぶら下げたＨ・Ｈが、四分の二と四分の三拍子をかたみに組みあはせた <ruby><rb>Redowa</rb><rt>レドワ</rt></ruby> の足どりで、やつてくる。

かれは、わたしに耳打ちして言ふのである。この猟銃は鳥を撃たなかつたのだと。さういへば、鶫も小雉もすつかり、眼の角膜が変色して<ruby><rb>凍</rb><rt>し</rt></ruby>みてゐる。これは小鳥売買組合出張所の、商人の手を経たものらしい。かれは、そつとわたしに耳打ちして、<ruby><rb>妻</rb><rt>さい</rt></ruby>が鳥を食ふのが殆ど病気であること、先日はニイスあたりの白魚といふ<ruby><rb>渉水禽</rb><rt>みづどり</rt></ruby>をとりよせたことなど、自慢らしく言つてかへつていつた。するとなぜだらう。かれの後姿からは、みるみるいぶかしい白い河が流れてきた。はてな。これは、わるくするとかれが夭折するのかも知れない。そこで、これは忘却の河｟Lethe｠であると、姑く信ずるよりほかはない。

## 浄化

かれは、きやらめるをしやぶりながら<ruby><rb>錬金術</rb><rt>アルケミイ</rt></ruby>を説く。かれはこれで、前後三回、自殺をこころみて果さなかつた男である。かれの遺書も三通以上は、わたしの手もとにある。そのなかでかれは、自殺は罪悪ではない、むしろカタルシスを目的とする、古風な錬金術のながれを掬むものだといふのである。

かれの<ruby><rb>錬金術</rb><rt>アルケミイ</rt></ruby>と遺書によるカタルシスは、どれほどわたしに、恐怖的な迷惑をかけたであらうか！　かれはアリストテレスをかざして、古典的悲劇を、そのカタストロフィを、身ぶりあやしげに、説いてきかせる。しかし、かれのアクションは、それ自身、<ruby><rb>喜歌劇</rb><rt>コミック・オペラ</rt></ruby>のかてごりを脱してゐない。

過般、かれは地中海の最深処で投身する旨を声明したが、その実施期日たる十二月二十五日は、すでに過ぎ去つて了つたことなど、かれは<ruby><rb>噯</rb><rt>おくび</rt></ruby>にも出したくないと言ふのだ。かれはエピクロスの偶然論を識つてゐるだらうか。思ふに、かれの如きは、メタフィジックの煙幕にかくれた。最も少数の｟死｠の｟錬金術師｠であるだらう。

## 昇華

理髪舗のあるじは嫣然とわらつて、鏡のなかで色学上の錯覚は、<ruby><rb>弁証法</rb><rt>デアレクテイク</rt></ruby>のかたちで昇華することを告げてくれる。わたしの心の一部に、露西亜の小説家の｟ヴォルガはカスピ海にそそぐ｠といふ小説が浮んで、消えた。すると、たちまち、カスピ海の潮ざゐがわたしをさらつた。そこら一面に、サフランの匂ひ。頭の芯をめぐつて、銀の鋏から、金属製の花花が咲き出す。……

わたしはいちはやく、おだやかな印度洋の春の<ruby><rb>風波</rb><rt>しけ</rt></ruby>を、鏡面いつぱいに喚びおこすことに成功した。喜望峰のあちらからくる<ruby><rb>巻雲</rb><rt>サアラス</rt></ruby>が<ruby><rb>榛</rb><rt>はりのき</rt></ruby>の枝に<ruby><rb>梳</rb><rt>す</rt></ruby>かれ、丸いかげを落としながら飛行船の銀の腹が、その上を通りすぎる。海は青鮫の砂ずりのいろに拡がり、空にちかい波と波のすき間から、聖らかな船唄が流れてくる。その下を沈んでゆく、ココアいろの<ruby><rb>快走艇</rb><rt>ヨット</rt></ruby>。<ruby><rb>水脈</rb><rt>みを</rt></ruby>をひいて消えてゆく、金字塔に似た戒克。わたしの心耳に、それらの<ruby><rb>像</rb><rt>すがた</rt></ruby>が交錯した瞬間、わたしは理髪舗のたかい椅子から、はずんだ鞠のやうに転げおちてしまつた。

嫣然とあるじはわらつて、説明をくりかへしてゐるばかり。さうして、わたしの歯と歯のあひだに、噛みたばこが<ruby><rb>拉</rb><rt>ひし</rt></ruby>がれたと思ふ途端に、なぜであるか、昏々とはてしのない、ヴィテイゴの闇のさなかに、わたしは転落していつたのである。

## 菊

わたしが扉のノヴを後手に閉めて、室内にゐるかれを顧たとき、ちらりと青い菊がかれをかくした。かれは有数の考古学者で、ポリネシアの上代星座学を翻訳してゐる男だが、いつも卓子を海のいろをした天鵞絨で覆つて、その上に菊のやうな顔をのせてゐるのである。

かれはすぐさま話してくれる。かれの妻君は、大晦日の夜ふけ、場末で春をひさいで<ruby><rb>検挙</rb><rt>あげ</rt></ruby>られた女であることを。さうしたかの女が、これはまた婆羅門教の <ruby><rb>Veda</rb><rt>ベダ</rt></ruby> の、パセティックな讃仰者であることも附け加へながら。かれはその朦朧性についてほめたあげく、白痴のやうにわらふのである。

かれはポリネシアの古典学における、よきエピゴォネンだ。また思ふに、かれの<ruby><rb>心</rb><rt>エスプリ</rt></ruby>はあたらしい！

## 唄の端くれ

あゝ　天心に<ruby><rb>馭者座</rb><rt>カペラ</rt></ruby>かがやく

あゝ　この夜わが神霊　銀の天海を翔りて<ruby><rb>魚族</rb><rt>うろくづ</rt></ruby>のごとし

あゝ　<ruby><rb>孤</rb><rt>ひと</rt></ruby>りの天の座に青き菊の花匂へり

あゝ　まぼろしの<ruby><rb>針</rb><rt>ピン</rt></ruby>　<ruby><rb>衣裳</rb><rt>コスチウム</rt></ruby>よりぬきとり

あゝ　燦然として妖気に吹かれ

あゝ　<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>を射む

あゝ　橄欖樹の<ruby><rb>亭</rb><rt>たか</rt></ruby>き<ruby><rb>梢</rb><rt>うれ</rt></ruby>に　星くづ白くちりぼひて<ruby><rb>泪</rb><rt>なみだ</rt></ruby>す

あゝ　漂泊の思念　星夜の<ruby><rb>頭</rb><rt>づ</rt></ruby>にかがやき

あゝ　天馬かける青き息づきに夜は眠れず

あゝ　わが神霊　<ruby><rb>氷</rb><rt>こほり</rt></ruby>よりさむし

あゝ　煌と

あゝ　<ruby><rb>天狼座</rb><rt>シリウス</rt></ruby>はわが銃眼にこそきらめく

## しばらくは払暁戦

――いまぞ<ruby><rb>殺戮</rb><rt>たたかひ</rt></ruby>をはる時　　宗治

もう、見るにたへない。

<ruby><rb>Koaos</rb><rt>カオス</rt></ruby> の触角のむかふから、夜がおりる。

なんと狡猾稀れな夜であらう。けふも蝕まれた夕餐がちかづく。ゲオルグ・グロッスの悪の華。<ruby><rb>漫画</rb><rt>カアツーン</rt></ruby>の上の、つめたい空気の<ruby><rb>翅</rb><rt>はね</rt></ruby>。

わたしはいくたび夜を数へあげたか。わたしはいくたび、忍苦の血をすすつただらうか。

雨あがりの闇に、捕虜の首の座が輝いてゐる。空間を埋める退屈の花。すると花が流れてわたしを埋めるのである。いつかわたしの透明な思想だけが、そのなかで足掻き苦しむ。まて、足掻き苦しむのはわたしだけではない。透明なわたしの思想だけである。

しばらくは払暁戦。だが、暁は遠くにあるのであらう。無限の夜が、その向ふに<ruby><rb>錘</rb><rt>おもり</rt></ruby>のやうにつらなる。

一ときの間は死んだやうに。

…………

……

## 硝子建築

## 硝子建築

## 一

告げてよ。時間はわたしから、もうなにも<ruby><rb>引奪</rb><rt>ひつたく</rt></ruby>つてゆくものとてはない！　坐禅菊の上の、気随なボヘミヤ歌。噴上げの霧に弄ばれながら、詩人はうたふのである。｟光が空に消え、よろこびが心に消える｠と。

## 二

殖民地の地図の上なんかで游いでゐるメルズ。

一ぽんの赤い樹木がかぜに靡いてゐる。

<ruby><rb>三角洲</rb><rt>デルタ</rt></ruby>は嗤ふ。

希臘十字のデフォルマションを。

地中海は貝殻だけ。

## 三

<ruby><rb>爾</rb><rt>きみ</rt></ruby>よ、その双手を組むにさきだつて、その鶴のやうなるおん脚をば組みたまへ！

## 四

<ruby><rb>説教台</rb><rt>ブルビット</rt></ruby>のうへのささやかな典籍。これは<ruby><rb>弥撒書</rb><rt>みさしよ</rt></ruby>といふよりも、<ruby><rb>翻波</rb><rt>ほんぱ</rt></ruby>式の<ruby><rb>平脱鏡</rb><rt>へりだつきよう</rt></ruby>。僧侶といふよりも、げてものの<ruby><rb>化仏</rb><rt>けぶつ</rt></ruby>。とんちんかんに並んだゐねむり<ruby><rb>甎</rb><rt>せん</rt></ruby>とでも。――

## 五

主の<ruby><rb>曰</rb><rt>のたまは</rt></ruby>く。みまし指もて、その<ruby><rb>陰</rb><rt>みほと</rt></ruby>に置け。

## 六

傾いた両手の<ruby><rb>裏</rb><rt>うち</rt></ruby>に、平らかな夜が載る。新鮮なヤスミンの匂ひ。呂律なきエチュウド。よろしい！　奇蹟でないところの奇蹟が崩れおちてくる。それが、古代壁画の剥落とでもいつた趣き。

## 七

さいつ頃、手帖にかきとめておいた。こんな言葉をご存じか。

<ruby><rb>孟</rb><rt>う</rt></ruby>。<ruby><rb>夾苧漆</rb><rt>けふちよしつ</rt></ruby>。<ruby><rb>魚子地</rb><rt>なゝこぢ</rt></ruby>。<ruby><rb>撥鏤</rb><rt>ばちる</rt></ruby>。さうして<ruby><rb>祭堞</rb><rt>パテース</rt></ruby>。

## 八

神々が麾く。おお、<ruby><rb>左右対斉</rb><rt>シムメトリ</rt></ruby>のとれた平和よ、と。

## 九

人間万歳。

人体のパラボラよ。

醍醐味は至るところに溢れん。神々よ。

## 十

ある露西亜の処女読本からの抜萃。

｟女性は透明体。ことに処女は硝子建築である……｠

処女読本の表紙のペンギン鳥。

氷の下の暁。

<ruby><rb>鵜秋沙</rb><rt>うあいさ</rt></ruby>。

硝子建築のメンス！

硝子建築のエマイユ！

## 共和国風俗

## 共和国風俗

アルルにて。―おや、蠅が一匹。　　（ルナアル）

＊

すると鳩が芝草におりる。

九月の処女。

白葡萄酒から虹がたつ。

書信のなかの花束には蜂が還つてくる。

<ruby><rb>槲橛</rb><rt>ははのき</rt></ruby>が咳をするたんびに、あのくれなゐの麝香の匂ひはどこからくるのだらう。

＊

鵞鳥は皿に棲んでゐる。

鼠の骨。<ruby><rb>薄暮</rb><rt>かはたれ</rt></ruby>の雪。

＊

アカントスの一夜。辜鴻然といふ図書館長と、アルクヰン聖書に就てかたる。その日の日記。

「十三世紀英国のミニアチュウルの模写をみた。説明書のひとくだりが面白かつた。

九月。――犂、種蒔、耙、玉転がし、竹馬。

なにかの参考にと写しとる。」

＊

<ruby><rb>鶏</rb><rt>とり</rt></ruby>は鏡のインタアヴァルから餌をあさる。その上を世紀が<ruby><rb>蝶鉸</rb><rt>てふつがい</rt></ruby>のやうに、せはしくめぐつてゐる。その音に私はふりかへるのである。ねえ、くれぐれも断つておきたい。不幸なのは僕は芸術家ぢやないといふことだ。<ruby><rb>山羊髭</rb><rt>やぎひげ</rt></ruby>をたてに思ひあがつてはいけない。可愛いゝ山羊。<ruby><rb>眼鏡</rb><rt>がらがら</rt></ruby>蛇のやうなお前よ。

＊

夜がふかくなる。おゝ主よ！　<ruby><rb>我化一管笛月下逢青蛾</rb><rt>われいつくわんのふえとなつてげつかせいがにあはん</rt></ruby>。あれ、<ruby><rb>風吹烏</rb><rt>かぜふきからす</rt></ruby>があそこに一羽。

＊

この学用患者は私をみて嗤ひだした。かれは杵屋もどきの<ruby><rb>声色</rb><rt>こわいろ</rt></ruby>で、なにやら一席うなつたのち、かう言ふのである。

「――<ruby><rb>零落</rb><rt>おちぶ</rt></ruby>れては一介の鴉。この<ruby><rb>迂愚</rb><rt>おろか</rt></ruby>なる旅人が<ruby><rb>旅宿</rb><rt>イン</rt></ruby>を逭れて五日といふ<ruby><rb>旦暮</rb><rt>あけくれ</rt></ruby>は、これなる（かれは首から下げたズダ袋をはたく<ruby><rb>科</rb><rt>しぐさ</rt></ruby>をしてみせる）山蟻、あれなる黄蜂の巣、さては<ruby><rb>天牛虫</rb><rt>かみきり</rt></ruby>、油虫、これに<ruby><rb>酢模</rb><rt>すかんぽ</rt></ruby>、山独活をそへ、いかに常食とはいたし<ruby><rb>候</rb><rt>そろ</rt></ruby>」

かれの営養価について私は手古摺つた。すると出会がしらに、山から帰つてきた芝師が答へてくれたのである。

「君の中風症はよほど進んでゐる。まさかあいつが！」

さう言ふや、ぺっとヒマラヤ杉へ唾をとばした。水盤のなかに、埃の吹いた拡大鏡を<ruby><rb>涵</rb><rt>ひた</rt></ruby>しながら。

＊

こんなことが実際あるとはしらなかつた。この<ruby><rb>湖</rb><rt>うみ</rt></ruby>べり一帯は、いたるところ土龍の作業場といつたありさま。説教師は<ruby><rb>小尖塔</rb><rt>ピナクル</rt></ruby>を仰いで、呪ひのさけびをあげる。

「なんぢ、無躾なる<ruby><rb>地下鉄</rb><rt>メトロ</rt></ruby>の穴掘人夫。ふん、<ruby><rb>麑下</rb><rt>げいか</rt></ruby>の足もとに穴をあけた<ruby><rb>猪首</rb><rt>しゝくび</rt></ruby>の半逆者め。太陽を睨んでみろ。<ruby><rb>喝</rb><rt>かつ</rt></ruby>！」

＊

大袈裟な常春藤のおつかぶさつた橋。これは！　橋の下に一家族がゐる！

＊

すでに土筆は記念碑。<ruby><rb>斑鳩</rb><rt>いかるが</rt></ruby>のこゑは塔に。

＊

失敬。<ruby><rb>螽</rb><rt>いなご</rt></ruby>が嗤ふほどのペシミスティックな子供たち！　汚れた足が落ちる。

＊

「金魚の尾鰭に、<ruby><rb>錫</rb><rt>すゞ</rt></ruby>の<ruby><rb>鐶</rb><rt>くわん</rt></ruby>。走れよ、走れと申されし」（類諺集）

この国に多すぎるものは、いびつな風癲者と<ruby><rb>佝僂</rb><rt>せむし</rt></ruby>。それにどこか横紙やぶりの類諺集なぞ。

＊

ある月の夜。――片足をふみ外した<ruby><rb>陥穽</rb><rt>おとしあな</rt></ruby>から、わたしはそつくり月の裏側をみた。さる人はニツケル製の湖水が光つてみえるといふ。足穂の天文学。いづれにしろ、無稽のいひぐさ。<ruby><rb>聖詩祈祷歌</rb><rt>オファアトリィ</rt></ruby>を唄ひながら坂をくだる電車。夕べはそのなかで、<ruby><rb>亜孟</rb><rt>アメン</rt></ruby>。

＊

アフロディテを絞殺せよ。火山湖のつめたい<ruby><rb>油</rb><rt>あぶら</rt></ruby>がかれの脊髄の川に沿うて流れる。罪障消滅のために。最も文学的なる<ruby><rb>萵苣</rb><rt>ちさ</rt></ruby>のメンス。どれ舌を出してお見せ！

博学人形。こいつ手おどりだけが能弁にできてゐる代物だ。主として唄ふうたは｟<ruby><rb>キリエ</rb><rt>しゆよ</rt></ruby>・<ruby><rb>エレイゾン</rb><rt>あはれみたれよかし</rt></ruby>…｠

＊

国立動物園にて。

メガネをかけた房珠鶏の気どつた歩きつぷり。駱駝に跨つてゐる、<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたづら</rt></ruby>ざかりの<ruby><rb>女狐</rb><rt>めぎつね</rt></ruby>の子。みよ。カメレオンは強烈なチアノーゼに罹つた。ラレグル猿は跳ねてゐる。｟補欠の跳躍選手！｠だがこれらは、およそ時世粧であることが判る。

わたしの覚え書の結び。――「園長のつつましい敬礼をうけて、私は鶴のやうにここを去つた。」

## Archaic

## <ruby><rb>等閑</rb><rt>なほざり</rt></ruby>の箱

そのモノトンな音を廻転させることにより

私に、その金網を張つた箱の内から

忍従のもつひとつの静かさとさびを教へてくれる

おまへ、こつこつ車を廻す白鼠よ

いつまで車を廻すのだ、その根気のよさで

その愛くるしく<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>の吹いた<ruby><rb>柔手</rb><rt>やわで</rt></ruby>と、その足で、

しかしなんとわが友よ

（あるは無為なる「忍従」を献げる、小さい「行為者」よ、）

おまへも寂しからうにと、私は<ruby><rb>心配</rb><rt>こゝろづかい</rt></ruby>をする

――ころりころころとその車をば

廻して暮らすには、あまり等閑な<ruby><rb>一日</rb><rt>ひとひ</rt></ruby>ゆゑ。

「門」から

## 牧歌的

ききき　聴けよ

ややや　山羊の唄ふパストラルを

にににに　二三匹して鳴く

かかかか　閑夜の蟋蟀を

かか　竈のかげで

ここ　<ruby><rb>薦枕</rb><rt>こもまくら</rt></ruby>のママママ　マシウ・アアノルド先生

かかかか　片隅の幸福

セセセセ　セラフィンの唄

よよよよよ　よろしい

猫はこれらの田園のなかを　よぎる。

## 雪

障子の外にはしろじろと暁が降り

微粉を撒いて吹雪はひつそり収つてゐる

鶴が啼いてゐる…

「門」から

## 湖畔集

## 湖畔集

## その一

散歩道で。――<ruby><rb>粉碾磑</rb><rt>こなひきうす</rt></ruby>のうへに粉とみたのは霜。その霜にひらりと、<ruby><rb>蜆蝶</rb><rt>しゞみてふ</rt></ruby>が落ちてくる…。蜆蝶と見れば、これは<ruby><rb>菩提</rb><rt>リンデン</rt></ruby>樹のひとひら。

仰げば、リンデンの樹では<ruby><rb>鷽</rb><rt>うそ</rt></ruby>の唄。

桑畑に遠い、冬の<ruby><rb>湖</rb><rt>うみ</rt></ruby>。

## その二

湖水の多景島で。――

あの羊腸たる｟<ruby><rb>蟻門渡</rb><rt>ありのとわたり</rt></ruby>｠をわたりながら、わたしはみごと O CARA MIA を鼻唄でやつてのけた。そのとき中空に、<ruby><rb>膜翅類</rb><rt>まくしるゐ</rt></ruby>のむらがる幻影が、レリイフのやうに生じたのはなぜだらう。だが唄ひながら通りすぎたとき、仏罰の覿面は、たちまち躓いて、わたしの精霊は巌のうへから、あの湖中に散つたのである。

その証拠であらう。爾来、わたしの詩はアルカィックなものになつてしまつた。<ruby><rb>湖</rb><rt>うみ</rt></ruby>をふるさとにして。

## その三

七十人町で。――

あそこのマリオネットで、わたしは欠伸の滂沱たるなみだにかきくれた。なんといふ下劣な<ruby><rb>演出</rb><rt>だしもの</rt></ruby>ばかりだ！　名ばかりが<ruby><rb>威</rb><rt>いか</rt></ruby>つい万国抒情人形展。ところが、陳列人形を仔細にながめながら、わたしの<ruby><rb>彳</rb><rt>た</rt></ruby>ちつくしたのは、ペルシャ猫の一対をあしらつた、モォラン張りの｟花合戦｠である。愕ろきはこれにとどまらない。｟桜井駅楠公父子の別れ｠とかかれた題の下を、人形からでてきた<ruby><rb>錻力</rb><rt>ぶりき</rt></ruby>製のインコが青磁の皿をたたいてゐたが、わたしがゆきすぎるとき、そいつは精一ぱい叫んだものである。

「やよ待て、わが子！」

## その四

桜馬場のともしい桜かげ。……

その桜よりも清楚な家族をもつたことを、わたしは私かに<ruby><rb>伐</rb><rt>ほこ</rt></ruby>りとした。

春といへば、いつせいに並んだ桜の敬礼をうけて、わたしは将軍のやうに反りかへつて門を出る。

## その五

夏はなにか眼に見えないものが湖をわたつて、和蘭陀夕顔のかげを、涼しく触れてすぎる。夜は食用蛙の唄。

蛙をたべて、蛙の唄をききながら<ruby><rb>熟睡</rb><rt>うまい</rt></ruby>におちる宵が、蚊帳のなかに夜ごと健康をはこんでくるのを、わたしは夢まくらで識つてゐた。とりわけ打算的な睡り。

## その六

初秋。紫薇のうすくれなゐが、つぎつぎと暦のやうに落ちつぐ。

## その七

冬はわかい歯科医の雑木庭で、鶯日和。

なよやかに彼岸桜が帰り花を添へる。それへ根雪が、水銀色に<ruby><rb>零</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れて氷りはじめると、すでに一年のをはり。

暦は裸かになる。

## その八

湖心亭で。――

一群の<ruby><rb>鳰鷯</rb><rt>よしわりすずめ</rt></ruby>の田舎ぶし。アルバトロスのこゑは、夜かぜに湖へと畳み込まれる。あの曖昧な「<ruby><rb>楓橋夜泊</rb><rt>ふうけうのやはく</rt></ruby>」を張継に書かせたのは、こんなところだらう。

月のいい湖上を、鳶いろの大<ruby><rb>鯰</rb><rt>なまず</rt></ruby>が二間のしぶきをあげて、遊弋する。

湖をかたむけた波が、霜ぐもりの朝、湖西のそらに虹をかける。下に、冬眠の<ruby><rb>館</rb><rt>やかた</rt></ruby>を掻いこみながら。

## その九

堀割の青みどろに、かげをうつす柳。そこには古今集のやうに鶯はこない。だが、小学一年生のやうにならんだ雁が、その堀割をこえて帰つてゆく。たち替つて、泥を哺んだ燕尾服が、ひらりと宙返りをしながらやつてくる。

この街頭曲芸師に、さみだれる街区は帯よりもながい。

## その十

カッフェと寺塔を軒なみに。

北陸から雪をかづいできた貨車が息をつく街。

## その十一

紀元一千九百二十九年の春といふに、<ruby><rb>転生</rb><rt>パリンゼネシス</rt></ruby>に肖た日のかがやきがわたしにきた。いはば暁のそれのやうに。湖畔の生活は暮れて、道しるべは東方をゆびざす。いつせいに<ruby><rb>身装</rb><rt>みごしらへ</rt></ruby>をして、わたしは転生したのである。人間から昆虫へ！　燕のやうに湖をあとに。