<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>のふもとの、うつくしい平和な村に、ハンスという、<ruby><rb>詩人</rb><rt>しじん</rt></ruby>が住んでいました。

<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に立って、うつくしい村をながめては、歌にうたい、<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>にいって、やさしいひつじのむれをながめては、<ruby><rb>詩</rb><rt>し</rt></ruby>をかくのがつねでした。ハンスのつくった詩は、国じゅう、だれひとり知らないものはないほどでした。

あるとき王さまは、この村のそばを通りかかりましたが、ハンスがこの村にいると聞いて、わざわざ、この名高い<ruby><rb>詩人</rb><rt>しじん</rt></ruby>に、あいにこられました。王さまでさえ、そんなに、ハンスをたいせつに思っていられるのですから、村の人たちが、ハンスをうやまったことは、いうまでもありません。そんなわけですから、このハンスが年とって、天国へめされていったときには、村の人たちは<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>をして、ハンスをいつまでもわすれないように、<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>をたてることにきめました。

三か月ほどのち、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にれ</span>の木の下には、りっぱなハンスの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>がたちました。ちょうど、ハンスと同じ高さで、顔から形から、生きてるときの、ハンスそっくりでした。村の人たちは、その<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を見あげては、生きてたときのハンスが、<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>のさくのそばで、ひつじのむれをいつまでも、じっと見つめているすがたを思い出すのでした。

ながい年月がたちました。

ハンスの生きていたころ、まだ、ほんのあかんぼうだった人たちが、今はもう、かみの毛が雪のように白くなって、まごたちのおもりをしていました。まごたちのおもりをしながら、ハンスがつくった<ruby><rb>子守歌</rb><rt>こもりうた</rt></ruby>をうたっていました。まごたちが「むかしばなし」をせがむと、その<ruby><rb>老人</rb><rt>ろうじん</rt></ruby>たちは、ハンスの話をして聞かせるのでした。

それからまた、ながい年月がたちました。もう村には、ハンスのことを知ってる人は、なくなってしまいました。けれど、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上にはまだ、ハンスの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>が村のほうを見おろして、ほほえみながら立っていました。

ある日、村の百しょうがひとり、教会へいって<ruby><rb>牧師</rb><rt>ぼくし</rt></ruby>さまに、こうたずねました。

「<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に立ってござらっしゃるお方は、いったい、どなたでござんしょう。」

すると年とった<ruby><rb>牧師</rb><rt>ぼくし</rt></ruby>さまは、

「あれはハンスといってな、わしのおじいさまのおじいさまが生きてござらっしゃったときより、もっといぜんに、村に住んでいらっしゃった、えらい<ruby><rb>詩人</rb><rt>しじん</rt></ruby>じゃ。」

と、答えました。

そのころ、その国では、わるい<ruby><rb>伝染病</rb><rt>でんせんびょう</rt></ruby>がはやっていました。伝染病は<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の下のうつくしい村へも、くろい大きな鳥のかげのように、やってきました。村の人たちは、どんどん、死んでいきました。もしも、ヘンデルという、えらいお<ruby><rb>医者</rb><rt>いしゃ</rt></ruby>さんが、一生けんめいにはたらいてくれなかったら、村の人たちは<ruby><rb>伝染病</rb><rt>でんせんびょう</rt></ruby>のために、ひとりのこらず、死んでしまったかも知れません。このヘンデルが、伝染病の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばいきん</span>を見つけてくれたので、村の人たちは、病気からすくわれるようになりました。村の人ばかりでなく、国じゅうの人がすくわれました。そこで、村の人のよろこびようといったら、ありません。

ところが、そのよろこびのまっさいちゅうに、ヘンデル先生は、ふとした不注意から、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばいきん</span>が目にはいり、それがもとで、死んでしまいました。

村の人たちは、あつまって<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>しました。

「ヘンデル先生のようなえらい方は、いつまでもわすれてはいけない。」

「ヘンデル先生の<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>をたてておこう。」

そこで、ヘンデル先生の<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>をたてることにきめましたが、なにしろ、<ruby><rb>伝染病</rb><rt>でんせんびょう</rt></ruby>という大さいなんのあとだから、村はびんぼうになってしまって、だれもお金を出すものがありません。お金がなくては、銅像をたてることができませんので、村の人たちがこまっていると、くつ屋のじいさんが、

「それじゃあ、あの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に立ってる<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を、あのまま、ヘンデル先生の銅像にしてしまったらどうだ。」

と、いいました。

村の人たちは、なるほど、これは<ruby><rb>名案</rb><rt>めいあん</rt></ruby>だと思いました。これなら、ちっとも、お金がいりません。それに、あの、だれだかわけのわからない<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>なんか、なくなったほうがいいのでした。

一週間ほどすると、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上の<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あご</span>に、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あごひげ</span>がくっつけられました。ヘンデル先生は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あごひげ</span>をもっていたからでした。村の人たちは、その銅像を見あげては、<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>のほとりで、<ruby><rb>薬草</rb><rt>やくそう</rt></ruby>をさがしていたヘンデル先生のことを、しみじみ、思い出すのでした。

十年にひとりぐらいは、村で、わるい<ruby><rb>伝染病</rb><rt>でんせんびょう</rt></ruby>にかかるものがありました。村の人たちは、ヘンデル先生の教えてくれた<ruby><rb>薬草</rb><rt>やくそう</rt></ruby>を、さっそくせんじて、病人にのませました。すると病人は、二、三日のうちに、なおってしまうのでした。村の人たちはこの薬草を、ヘンデル草とよぶようになりました。

ヘンデル草は、春になると青い<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>をふき、秋になるとかれていきました。そうして、なん十年か、なん百年か、すぎさりました。<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の下のうつくしい村は、むかしのとおりの、小さな村でした。けれど、村の人たちは、もうすっかり、かわっていました。ヘンデル先生のことを知ってる人は、もう、いなくなりました。ヘンデルといえば、すぐ草のことを思い出すばかりで、丘の上の、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひげ</span>をはやした<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>のことも、むかしのヘンデル先生のことも、思い出すものはありませんでした。

しかし<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>は、むかしとちっともかわらずに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にれ</span>の木のかげに、ぼっそり立って、村のほうにほほえみかけていました。

そのころ、この国ととなりの国とが、はげしい<ruby><rb>戦争</rb><rt>せんそう</rt></ruby>をはじめました。村からも、じょうぶなわかものたちが、おおぜい、戦争に出ていきました。けれど戦争は、なかなかはてませんでした。となりの国は、この国より大きくって、新しい<ruby><rb>兵士</rb><rt>へいし</rt></ruby>を、どんどん、<ruby><rb>戦場</rb><rt>せんじょう</rt></ruby>へ送ってよこすので、この国のほうは、だんだん、負けぎみになってきました。おおぜいの兵士たちが、大きなばくだんの下で、紙っきれをふっとばすように、いちどにたおれたりしました。しかし、こうしてこの国のほうが、負けそうになっていたときに、ペテロという、ひとりの馬にのったわかい<ruby><rb>指揮官</rb><rt>しきかん</rt></ruby>が、めざましいはたらきをしたおかげで、みかたは元気をもりかえし、とうとう、<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>をうちやぶってしまいました。

しかしペテロは、<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いのあと、馬とともに死んでいるのが発見されました。ペテロ、ペテロと、わかいペテロは、いちどに有名になってしまいました。このペテロは、ほかでもない、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の下のうつくしい村から、<ruby><rb>戦争</rb><rt>せんそう</rt></ruby>にいったわかものたちのひとりでした。

みかたの<ruby><rb>勝利</rb><rt>しょうり</rt></ruby>が、ペテロのおかげであったということが村に知れると、村では、大さわぎがはじまりました。そして、今か今かと、ペテロや、ほかのわかものが、がいせんしてくるのを、まっていました。

<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上の<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>のところに見はりがいて、遠くのほうを、目をほそくして見ていました。けれど、その見はりの目にも、ついに、わかものたちががいせんしてくるすがたは、うつりませんでした。そして、ある夕方、よわよわしい赤い夕日の道を、ながいかげをひきながら、<ruby><rb>松葉杖</rb><rt>まつばづえ</rt></ruby>にすがって、ちんぎりちんぎり、やってくるひとりの男のすがたが見えました。これは、村から<ruby><rb>戦争</rb><rt>せんそう</rt></ruby>にいったわかもののひとりで、<ruby><rb>居酒屋</rb><rt>いざかや</rt></ruby>のむすこでした。

この<ruby><rb>居酒屋</rb><rt>いざかや</rt></ruby>のむすこから、「<ruby><rb>戦争</rb><rt>せんそう</rt></ruby>にいった村のわかものは、みんな<ruby><rb>戦死</rb><rt>せんし</rt></ruby>してしまった。ペテロも戦死してしまった」と聞いたとき、村の人たちは、かなしい<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばい</rt></ruby>を見たあとのように、首をふって、ささやきあうばかりでした。

「ペテロのおかげで、わが国は勝ったんだ。ペテロは、わが国の<ruby><rb>英雄</rb><rt>えいゆう</rt></ruby>だ。」

「ペテロの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を、つくろうじゃないか。」

「おお、そうだ。」

と、村の人たちはいいあいました。

しかし、ペテロの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>には、ぜひ、馬が<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>でした。なぜなら、ペテロは馬にのって、<ruby><rb>戦場</rb><rt>せんじょう</rt></ruby>にかつやくしました。そして、馬といっしょに、死んでいました。しかし、もし、馬にまたがったペテロの銅像をつくるとなると、<ruby><rb>費用</rb><rt>ひよう</rt></ruby>がたいへんで、とうてい、そんなにたくさんのお金は、あつまらないにきまっていました。そこで小学校の先生が、すばらしいことを考え出しました。

それは、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上にたっている<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を、そのままペテロにして、馬だけを、新しくつくるということでした。みなさんは、そんな考えなら、なにもおどろくほどでもない。ハンスの銅像をそのまま、ヘンデル先生にしたのと同じようなことじゃないかと、お考えでしょう。しかし、今の村の人たちは、むかし、そんなことがあったとは、ちっとも知らないのです。ヘンデルも知らなきゃ、ハンスも知りません。ましてハンスの銅像が、ヘンデル先生の銅像になったことなど、知ろうはずがありません。

さてそこで、村人一同は、小学校の先生の考えどおりにすることにして、まず、馬をつくるために、村じゅう、一けん一けん、<ruby><rb>寄付金</rb><rt>きふきん</rt></ruby>をあつめにいきました。

「ペテロのおかげで、わが国は勝ちました。ペテロは<ruby><rb>戦死</rb><rt>せんし</rt></ruby>しました。馬といっしょに、戦死しました。ペテロは、なんという、えらいわかものでしょう。ペテロの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>をつくるために、お金を<ruby><rb>寄付</rb><rt>きふ</rt></ruby>してください。」

といいながら、一けん一けん、まわりました。人びとはよろこんで、お金を<ruby><rb>寄付</rb><rt>きふ</rt></ruby>しました。

しかし、村人のなかには、<ruby><rb>戦争</rb><rt>せんそう</rt></ruby>のために、じぶんのむすこをうしなった親たちが、たくさんいました。その親たちのところへ、お金の<ruby><rb>寄付</rb><rt>きふ</rt></ruby>をたのみにいくと、親たちは、ぷんぷんしていうのでした。

「なんだ。ペテロ、ペテロって。ペテロひとりが、国のためになったと思ってるのか。うちのむすこだって、りっぱに<ruby><rb>戦死</rb><rt>せんし</rt></ruby>したんだぞ。馬といっしょに死んでいたって、それがどうしたというんだ。馬にのってりゃ、それだけらくなわけだ。うちのむすこは、馬にものせてもらえず、足をぼうのようにすりへらして、あげくのはて、戦死したんだぞ。うちのむすこの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>でもたてるというなら、いくらでも金を出すが、ペテロなんかの銅像に、<ruby><rb>一文</rb><rt>いちもん</rt></ruby>だって出すもんか。」

そんなわけで、はじめに考えたほど、たくさんのお金があつまりませんでした。だから、はじめは、ほんとうの馬と同じ大きさの馬をつくるつもりだったのが、犬ぐらいの大きさのものしか、つくれないことになってしまいました。

ひと月ほどもすぎますと、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上には、ふしぎな<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>ができました。一ぴきの、小さな馬をまたいで立っている、わかい<ruby><rb>軍人</rb><rt>ぐんじん</rt></ruby>の銅像でした。馬が小さくて、人間が大きいので、馬はまるで、人間のまたの下をくぐっている犬のように見えました。

わかい<ruby><rb>軍人</rb><rt>ぐんじん</rt></ruby>は、ヘンデル先生から、いっぺんにかわってしまった、ペテロでした。ペテロには<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あごひげ</span>がなかったので、ヘンデル先生の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あごひげ</span>は、けずりとられてしまいました。そのかわり、<ruby><rb>軍人</rb><rt>ぐんじん</rt></ruby>らしいカイゼルひげを、ぴんとはやしていました。

村人たちは、朝ばん、その人間と馬との<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を見あげては、<ruby><rb>砲火</rb><rt>ほうか</rt></ruby>のみだれとぶなかを、馬のしりに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むち</span>をくれながら、

「すすめ！　<ruby><rb>祖国</rb><rt>そこく</rt></ruby>のために！」

とさけんでいる、ペテロの心を思いうかべ、「おお、神よ」といって、<ruby><rb>朝飯</rb><rt>あさはん</rt></ruby>や<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>にとりかかるのでした。

ペテロの<ruby><rb>命日</rb><rt>めいにち</rt></ruby>は、十月四日でした。その日になると、毎年、村の人たちは仕事をやめて、教会にいったり、<ruby><rb>聖書</rb><rt>せいしょ</rt></ruby>を読んだりするのでした。その日を、ペテロの日といいました。

そしてまた、ひじょうにながい年月が流れ去ったので、ペテロのことは、門にうたれた一本のくぎのように、わすれられてしまいました。小学生は学校で、先生から「ペテロというえらい人が、むかし、たいへんりっぱなはたらきをして、みかたに大<ruby><rb>勝利</rb><rt>しょうり</rt></ruby>をもたらした」ということを、教わりました。そこである日、先生につれられて、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上へ遠足にきたとき、小学生のひとりが、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にれ</span>の木かげの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を指さして、

「先生、この人が、ペテロじゃないでしょうか。」

と、たずねました。

「こんなペテロが、あるものか。ペテロは、こんな犬にまたがって、ニヤニヤとわらっているような、へんてこな<ruby><rb>軍人</rb><rt>ぐんじん</rt></ruby>じゃない。アレキサンドル<ruby><rb>大帝</rb><rt>たいてい</rt></ruby>のように、どうどうとしているのだ。」

と、先生は教えました。生徒は、先生のいうことが、もっともだと思いました。

ペテロのことは、わすれられてしまいましたが、村人のあいだには、まだ「ペテロの日」というのが、のこっていました。それはちょうど、ハンスやヘンデルがわすれられてしまっても、まだハンスのつくった<ruby><rb>子守歌</rb><rt>こもりうた</rt></ruby>や、ヘンデル草がのこっているようなものでした。

十月四日になると、村人たちは、「ペテロの日」といって、仕事を休みました。水車はそのにぶい音をやめ、馬車屋は村のはずれで、<ruby><rb>角笛</rb><rt>つのぶえ</rt></ruby>をふくのをやめるのでした。

けれど、なぜ、この日をペテロの日というのか、それを知ってる人は、ひとりもありませんでした。村でいちばん、ものしりの<ruby><rb>牧師</rb><rt>ぼくし</rt></ruby>さんでさえ、それには、あやふやでした。人にきかれたときには、たぶん、むかしペテロというキリストさまのお<ruby><rb>弟子</rb><rt>でし</rt></ruby>が、ギリシアへ<ruby><rb>伝道</rb><rt>でんどう</rt></ruby>に出発した日であろうというのでした。

あるばん、村じゅうがねしずまったころに、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>のおくで、一ぴきの犬が、ぼうぼうとほえつづけました。朝になってみると、さく夜、村でいちばん金持ちの地主さんのやしきに、おしいり<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>があったことがわかりました。強盗はひとりでした。カイゼルひげをはやした、ものすごい男で、火のきえたえんとつから、サンタクロースのようにはいってきたので、顔が<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>のように見えました。強盗は、地主さんの<ruby><rb>寝室</rb><rt>しんしつ</rt></ruby>のドアを、コツコツとたたきましたので、地主さんは、女中でもなにか用事があってきたのかと思って、知らんふりしてねていました。

「ところが、あにはからんや、それが<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>でした。」

と、地主さんは、あとで村の人たちに話しました。

<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>は、地主さんから<ruby><rb>札</rb><rt>さつ</rt></ruby>たばをうけとると、こんどはげんかんから出ていきましたが、そこで地主さんのゆうかんな番犬、ナハトに見つかってほえつかれたので、すっかりあわててにげ出しました。が、犬はなおも追っかけましたので、強盗はついに、それをけころしてにげのびました。忠実な番犬ナハトは、じぶんの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いのち</span>をうしなってまで、強盗をとらえようとしたのでした。

地主さんは、すっかり、<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>してしまいました。あのときの<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>が、<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ていたことから思いついて、地主さんはぜひ、忠犬ナハトのために、銅像をたてたいと思いました。そこで、村の人たちに<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>をかけてみると、村の人たちも、それはもっともなことだ、そんなすばらしい番犬は、あとあとの代まで、かたりつたえるべきであると思いました。

「そこでみなさん、ものは<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>だが。」

と、地主さんは村の人たちにいうのでした。

「あの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に立っている、あの、わけのわからぬ<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>じゃが、あれをわたしに、まかせてくださいませんか。すればわたしが、そのあとに、忠犬ナハトの銅像をたてますから。」

村人たちのなかには、すぐ、ははあ、よくふかの地主めが、あの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>をつぶして、その銅でつくるつもりなんだなと思いましたが、地主からは、田や畑をかりているので、反対でもして、もし田畑をかえせといわれたら、それこそたいへんですから、だまって、うつむいていました。

ひと月ほどあとの、ある日、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に、忠犬の<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>ができあがったというので、村人たちは市日のように、いそいそと、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上にあつまっていきました。<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>には、まっ白な<ruby><rb>布</rb><rt>きれ</rt></ruby>が、すっぽり、かぶせてありました。村人たちはそれを見て、犬にしては大きいと思いました。

やがて地主は、えんび<ruby><rb>服</rb><rt>ふく</rt></ruby>をきて、シルクハットをかぶって、かた手に竹のむちを持ち、<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>の台の上にあらわれました。そしてパラリと<ruby><rb>布</rb><rt>きれ</rt></ruby>をとりさると、犬ばかりではなく、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>までが銅像になっていました。

「さて、心のうつくしい村人たちよ。」

と、地主さんは村人たちにむかって、いいました。

「わたしは、あの夜のありさまを、はっきりとあらわすために、また、忠犬ナハトがどんないさましいはたらきをしたかをしめすために、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>も<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>にきざみました。よく、ごらんください。これが強盗です。ものすごい顔をしています。かくのごとき、カイゼルひげを、ぴんとはやしていたのであります。」

といって、地主さんは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むち</span>のさきで、カイゼルひげをしめしました。村人たちは、

「ほーう、おそろしいやつですね。まるで、<ruby><rb>悪魔</rb><rt>あくま</rt></ruby>ですね。こんな、ものすごい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひげ</span>は、見たことがない。」

と、ペテロのひげを見て、ささやくのでした。この<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>は、まえのペテロの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>でした。

「これを、よく見てください。これがわたしの愛犬にして、しかも忠犬なる、ナハトであります。このゆうかんなるありさまは、どうですか。今まさに、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>の足にくいつこうとしています。よく見てください。これが目です。これが耳です。これが前足で、これがあと足です。」

村人たちは、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>の横からとびかかっているナハトのすがたに、見いっていました。

「みなさん、ナハトはまったく、よい犬でした。足がほそく、首はぴんとしていました。」

といって、地主がむちでさししめした首のところには、まだ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たてがみ</span>がのこっていました。それはペテロの馬に、すこし、手をくわえたものだったのです。

「そして、さいごにみなさん、このまえは、あまりにわたしがのぼせあがっていたために、みなさんに、お話しするのをわすれてしまっていたことを、今ここで、お話ししなければなりません。それは、わたしがいたずらに、金をとられただけで、だまっていなかったということです。みなさん、一歩まえにすすんで、目を見はって、よく見てください。この<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>のひたいを。」

ペテロのひたい、今は<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>のひたいに、深さが五センチメートル以上もあって、あきらかに、<ruby><rb>致命的</rb><rt>ちめいてき</rt></ruby>な長いきずが、ぐっと、くいこんでいました。

「わたしは、金をわたしながら、左手にかくし持っていた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おの</span>でもって、ガンとひと打ち、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>のひたいにくれてやったのでした。」

こうして、忠犬ナハトの<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>は、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に立ちました。それからというものは、村ではよい犬のことを「ナハトのような犬」と、よぶようになりました。

けれど、こうした忠犬ナハトや、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>や、地主さんの<ruby><rb>記憶</rb><rt>きおく</rt></ruby>も、ながい年月の流れには負けてしまうのでした。いつのまにか、そうしたものの記憶は、村人の間から、月夜のかげのように、きえていきました。ただ、「ナハトのような犬」という、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ことば</span>だけがのこりました。けれど人びとは、ナハトがいったい、なんのことやら、いっこうに知りませんでした。また、知ろうとも思いませんでした。それはちょうど、ハンスの<ruby><rb>子守歌</rb><rt>こもりうた</rt></ruby>や、ヘンデル草や、ペテロの休日と、同じようなものでした。

村の教会は、村じゅうの<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>のうちで、いちばん、古いものになりました。ステンド・グラスはすすけ、天上のキリスト<ruby><rb>降誕</rb><rt>こうたん</rt></ruby>の<ruby><rb>壁画</rb><rt>へきが</rt></ruby>のそばには、古いつばめの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">す</span>が、へばりついていました。<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>の<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>も、あまりひどくきしむので、だれもきみわるがって、のぼらなくなりました。そこである年、村人たちは、教会をたてなおそうという、<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>をしました。そのころ、村はかなり大きくなっていて、大むかし、ヘンデル先生が<ruby><rb>薬草</rb><rt>やくそう</rt></ruby>をさがしていたあたりまで、家ができていました。そしてまた、村人たちは、なが年の平和で、たいへん、ゆたかになっていました。

そこで<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>の<ruby><rb>結果</rb><rt>けっか</rt></ruby>、新しい教会を、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上の<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>のあるところに、たてることになりました。

あやしげな<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>は、とりのぞかれることになりました。が、まったく、すてられたわけでは、ありませんでした。というのは、<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>につるす<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>をつくるのに、この<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>を、つかうことになったからでした。

<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>は、馬のひく荷車にのせられて<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>をくだり、となり村の<ruby><rb>鋳物師</rb><rt>いものし</rt></ruby>のところまで、ごとごとと引かれていきました。<ruby><rb>鋳物師</rb><rt>いものし</rt></ruby>のところで、<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>と忠犬ナハトは、一つの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">るつぼ</span>の中にたたきこまれて、一つにとけあってしまいました。そして、それから七つの、そろいの<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>がつくられました。

はじめ、<ruby><rb>詩人</rb><rt>しじん</rt></ruby>ハンスであった<ruby><rb>銅像</rb><rt>どうぞう</rt></ruby>は、医者のヘンデル先生にかわり、つぎは<ruby><rb>軍人</rb><rt>ぐんじん</rt></ruby>のペテロにかわり、つぎには、おそろしい<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>にかわり、ついには、とけて七つの<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>になりました。そして、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に、りっぱな教会がたって、その<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>の上につるされたとき、七つの鐘は、うつくしい音をひびかせて、村人たちの心に、神の国をおもわせたのでした。