Soranoha

山浦清麿

やまうらきよまろ

吉川 英治

小諸の兄弟

一

『のぶ。――刀箪笥かたなだんすを見てくれい』

袴はかまの紐ひもを締め終って、懐紙、印籠などを身に着けながら、柘植嘉兵衛つげかへえは、次の間へ立つ妻の背うしろへ云った。

『――下の抽斗ひきだしじゃ。この正月、山浦真雄やまうらさねおが鍛うち上げて来た一腰があるじゃろう。二尺六寸ほどな物で、新しい木綿もめんに巻き、まだ白鞘しらさやの儘で』

『ございました。この刀ではございませんか』

『それそれ』

と、嘉兵衛は手に持つと、座敷の中ほどに、悠ゆったり坐り直した。

今朝――

この信州松代まつしろの城下、長国寺の境内で、藩のお抱え鍛冶かじ、荘司直胤しょうじなおたねが主催で、大がかりな刀の「試し」がある。

それはもう、明あけ方がたから始まっている筈とあって、気短きみじかな嘉兵衛は、

(はやくせい。はやくはやく)

と、食事も急せき立てるので、彼の妻は、良人おっとを送り出すのに、うろうろして急いだ程だった。

で、もう玄関には、草履ぞうりを揃そろえて、供の仲間ちゅうげんも先刻さっきから待っているというのに、嘉兵衛は、白鞘の一腰を払うと、

『のぶ、打粉うちこを出せ』

と落着き直して、悠々と又、刀の拭ぬぐいをし始めた。

ゆうべも、独りで取出して夜更よふけまで、眺ながめ入っていた刀である。

よほど、気に入っているらしかった。

『うむ。……いいところがある。直胤の鍛刀うちものなどよりは、無名のこの作者のほうが、遙はるかに、魂がはいっておる』

呟つぶやいて、木綿袋へ巻き直し、

『では、行って来るぞ』

と、膝ひざを起てかけた時である。

折も折、客とみえて、玄関に控えていた仲間が、そこから告げた。

『御新造ごしんぞさま。山浦の御舎弟がお見えでござりますが』

声を聞いて、嘉兵衛が直じかに、奥で云った。

『なに、真雄さねおの弟が見えたと。……むむ、大石村へ養子に行ったとか聞いていたが、あの環たまきと申す次男であろう。いい所へ来た。ちょっと上げろ』

二

山浦環は、又の名を内蔵助くらのすけとも称いった。まだ二十歳はたちぐらいで、固く畏かしこまって坐った。黒い眸ひとみには、どこかに稚気ちきと羞恥はにかみを持っていた。

藩士ではない。小諸こもろに近い山里の郷士の子である。だから城下へ出て来る時など、殊に身を質素にしていた。粗末な木綿の着物に木綿の袴はかま――どこと云って派手気はでけのない田舎いなかびた青年だった。けれど、それで居て、肩の薄い肉づきだの、整ととのった目鼻だちだの、天性の端麗たんれいが、どこやらに潜んでいた。

『……そうか、御年貢おねんぐの事で、お蔵くら役所まで参ったのか。よく寄ってくれた』

『序ついでと申しては、恐れ入りますが、以来、御無沙汰いたしております。常々兄の真雄さねおが又、一方ひとかたならぬ御庇護ごひごに預かっております由で』

『いや、そちの兄も、ぐんぐん腕が上って来てな。後援うしろだてしておるわしも、世話効せわがいがあるというものよ。――時に、そちはもう、近頃では、刀も鍛うつまいな』

『はい、養家先ようかさきでは、刀を鍛つなどという暇はおろか、刀を観みるまもございません。庄屋の雑務やら養蚕ようさんやらで』

『百姓もいい。そちのような者が、庄屋の跡目を継いで励めば、あの辺の村々もずんと好くなるに違いない』

環たまきは、ふと、淋しげな顔をして、

『近頃も、兄は相変らず、お宅様へは伺っておりますか』

『ム。稀まれに見えるが、今年はまだ、正月に鍛ち上げた此の刀を持って見えたきりじゃ』

『お。それは、兄の鍛きたえでございますか』

『見るがよい、懐なつかしかろう』

『はい』――と、手を差し伸べかけたが、

『いや、止しましょう。刀を見ると、又、鍛冶小屋が恋しくなって、兄のように、自分も鎚つちを持ちたくなります』

『そちも、刀鍛冶が、好きとみえるな』

『兄は、上田の御城下に住む、河村寿隆かわむらかずたかの門に習まなび――私はその兄から、十三四歳の頃より、鎚つちの打ち方、重ね鉄かねの仕方、土取り、火入れまで教わりました』

『では今迄には、兄弟して、鍛った刀も多かろうな』

『いつも、兄が本鎚ほんづちに坐り、私が、対むこう鎚を把とって、夜の白むのも知らず、鍛ち明かしたもので御座いました。……けれど、他家へ養子に参ってからは兄に会あうのも、年に一度か二度。鎚の音さえ、此の頃はとんと、耳から忘れた気がいたしまする』

出前でさきらしい容子に気づいて、環は、急に長座を詫び、携たずさえて来た土産物みやげものの山繭織まゆおり一反と、山芋の苞つととを、奥へ渡して、

『又、伺いまする』

と、辞しかけた。

主あるじの柘植嘉兵衛は、袋巻の白鞘しらさやを提ひっさげて、一緒に立ち上りながら、

『帰るのか。――ではその辺まで、同道しよう』

と、一緒に門の外へ出た。

三

家毎の杏あんずの花から、淡うすい朝霧が立ちのぼっている。

川中島の洲すを繞めぐる疎林や、丘の草にも、仄ほのかな緑が萠もえ出して、信濃の春は、雪解ゆきげを流す千曲ちくま川の早瀬のように、いっさんに訪れて来た。

兄の鍛った刀を持って、嘉兵衛が家を出て来たので、山浦環は、

『きょうは、どちらへお越しでござりますか』――と、其刀それが気に懸かるように、訊ねた。

『知らぬのか』

と、嘉兵衛は、長国寺の境内に今朝ある「試刀ためし」の催しを話して、

『誰が云い出したか、お抱かかえ鍛冶の荘司箕兵衛直胤の鍛うつ刀は、折れ易いといううわさが専ら立ったものじゃ。で、直胤やその弟子共が、怪しからぬ中傷と怒いかって、自分たちの鍛つ刀が、噂の如く折れる物か、折れない物か、衆人の前で試してごらんに入れる。折れる折れるといわれる刀は、おおかた、近郷きんごうの名も無い雑鍛冶の拵こしらえ刀ものに違いない。左様ないかさま刀ものと混同されては心外である。禄ろくを頂戴しておる藩公に対しても、闡明せんめいにする義務がある。――などとひどく力んでな、大懸かりな試刀ためしをいたすというので、これから出向いてみるのじゃよ』

と、説明した。

環は、聞くと、更に眼をみはって、

『では、お持ちになった兄の刀も、そこで試すおつもりですか』

『うむ。直胤の弟子共は、天下に直胤ほどな名人はないように云い居るでな。――無名の、しかも、刀鍛冶とも名乗らぬ、素人の中にも、かくの如き、隠れた上手がある事を、見せてやろうと思うのじゃ』

『では先刻さっき、見よと仰っしゃった時、私も、見て置けばようございましたな』

『なに、この、真雄の刀か』

『はい』

『そんな心配はいらぬ、見事なものだ。――いつぞやも、わしはこれを自慢に持って、寺社奉行の山寺源太夫様のところへ行き、お見せしたところ、殊のほか、お褒ほめに預かった。そこで、ぜひ源太夫様にも、一腰、真雄へお吩咐いいつけ下さるようにとお願いしておいたところ、快く御承諾で、其後、大小一揃い、真雄方へ、御註文があったという知らせで、わしも面目めんぼくを施し、真雄に取っても、愈〻いよいよ、世に出る時が来たと、欣んでおるところじゃよ』

と、嘉兵衛はまるで、わが事のように、嬉しそうな顔なのだ。その顔つき通り、真雄の鍛った刀ものといえば、信仰的な自信を持って、斬れる、折れない、曲がらぬと、彼は、人にも広言して憚はばからなかった。それほど熱心な後援者であった。

四

――だが、嘉兵衛は、貧しい侍である。金や顔を以て、後援はできなかった。

ただ努めて、真雄の人物と作刀を、重臣たちの間へ推賞したり又、真雄自身へは倦まざる精進を、鞭撻べんたつして来ただけだった。

ところが。

松代藩では、それより数年前に、家老の矢沢監物けんもつの周旋で、初代水心子すいしんし正秀の直門じきもん、荘司箕兵衛直胤を、かなり高禄で、招聘しょうへいしていた。

人情は、当然、双方を、比較する。

(何どつ方ちが「何つ方が」はママよいとも云えんなあ)

と、いう評が、密かにあった。

(いや、むしろ真雄のほうが、出来はむらだが、良い刀ものがあるぞ)

そんな観方みかたをする者もあった。

そこへ、近頃、

(直胤の刀が折れた。――どうも直胤の刀は、折れ易い)

と、いう噂がぱっと立った。

事実、川中島の辺で、若侍同志の喧嘩があった時、一方の持っていた直胤の刀が、折れた事件もあったのである。

又、家中の北沢某きたざわなにがしも又、

(自分も、試してみたが、やはり折れた――)

と、云ったとか、云わないとかで、揉もめ事があったりして、直胤一門は、とにかく、噂に対して、激怒していた。

そこで、公開して見せるとなった、今朝の長国寺の「試し」である。折れるか、折れないか、自分等の作刀さくとうを試す会だとは称いっているが、その目標が、無名鍛冶の山浦真雄にあることはいう迄もない。――途々みちみち、嘉兵衛の口から、そんな事情を聞かされると、環は、

(これは、兄の名誉ばかりではないが)

と、遽にわかに心配になった。

元々、兄は刀鍛冶ではないのだ。山家の一郷士に過ぎない。性来、刀を鍛うつのが好きで、人に頼まれるまま鍛って来たが、まだその道の専門家とは決していえる腕ではない。

その兄の鍛刀たんとうと――一世に名匠の聞えの高い水心子正秀の高弟直胤の刀と――何うして較べ物になろう。

(大丈夫)

と、嘉兵衛は思いこんでいるが、環たまきは内心、案じずにいられなかった。少年の頃、兄の対むかう鎚つちを打ったことのある環には、兄の腕が、たとえ其後、上達しているにせよ、どの程度か、分っていた。

『嘉兵衛様、その「試し」の場所へ、私もひとつ、お連れ下さるわけには、行かないでしょうか』

『なに、其方そちも来る? よかろうとも。家中に限るという規則はない。直胤一門の方では、むしろ一人でも大勢に見てもらいたがっている程だからな』

『では、他よそながら、お供として』

『何を憚ることがある。山浦真雄の弟として、威張って来い、大手を振って従ついて来い』

両作・川中島

一

長国寺の広い境内けいだいは人で埋っていた。

然し皆、武士ばかりだし――厳おごそかな刀試しなので、自然、見る者も立会い人も、静粛せいしゅくだった。

据斬すえきり、試ためし物目録

一 陣笠じんがさ、厚味三分七厘。お武具方御不用物。

一 四分一鍔つば、厚サ一分二リン透すかシ彫ぼり

一 俵菰たわらごも二枚たばね。五寸廻シ青竹入

一 鹿の角三股つのみつまた

一 鉄砂入り混粘張こねばり陣笠。

一 古革銅ふるかわどう、倉田猪之助所持。先祖大坂陣ノ節おり、着用ノ品。

一 兜かぶと。柘植嘉兵衛所持。重量めかた七百五拾匁。八幡座鉄はちまんざかね厚あつミ一分余。古作、鍛エ宜シ。

こう、墨黒々と書いた貼紙の立て板が、どこからも眼につく幕の前に建てられてあった。

――見ると今。

選ばれた斬きり人ての一名が、業物わざものをふり被かぶって、土壇の上の干ほし藁わらを斬っていた。

『この通り!』

藁十本ばかり残って、見事に斬れた。

斬り人は、使った刀を翳かざして、

『直胤の作。刃こぼれ、曲がりなし』

と呶鳴どなって、立会い人の方へ渡して、引き退がった。

陣笠、鹿角、古兜。

と次々に、べつな刀を持って出て、べつな斬り人が試みた。

皆、直胤の刀だった。

そして、かなりな斬れ味を見せ、二太刀ふたたち、三太刀でも斬れなかった刀でも、折れはしなかった。

直胤の悪評は、訂正された。

まだ、鉄杖てつじょうを斬るとか、鎧よろいの鉄銅かねどうを斬るとか、だいぶ項目が残っていたが、

『そう時刻があるまい。この辺で、ちと他の刀を試しては』

と、立会い人から、当日の主唱者であり、また今まで試された力の作者――箕兵衛直胤へ、相談があった。

直胤は五十四、五歳の老人だった。勿論、熱心に眼を光らせて、床几しょうぎに掛けて見ていた。

『いかがで御座ろう。――もうこれくらい試せば、もはや、あらぬ世評が、貴公を中傷する為の嘘うそであったという事は、誰も承認したであろうと存じますが』

立会い人が、そう云うと、直胤は、磊落らいらくそうに笑顔をくずして、

『いや、御苦労でござった。わしは最初から、何も大して気には懸けておらんがの。……弟子共さえ、承知なら』

『では、近頃、頻しきりと名の聞える、山浦真雄の作りを、四、五本ここで試しますが、御異存はございますまいな』

『まあ、余り角目立つのめだたんがよいが』

『いや、持参して、望む者もございますから』

『望まれれば、試合を挑いどまれたも同じこと。嫌ともいわれまい。――何事も、お世話人と、弟子共に、おまかせいたすで』

『然らば』

と、立会い人が、席へ退さがると、斬り人は又、名を呼ばれて立った。

二

『山浦真雄の作!』

一刀を払って、斬り人てが、こう刀を衆に示して、据物すえものに向うと、観衆も斬り人の呼息いきと一つになって、しいっとなった。

『…………』

わけても、環は総身そうみを固くして、斬り人の手元を睨にらんでいた。

呼吸いきもせずに。――手にも、われとなく、汗をにぎって、

――ええいッ!

と云う声を、耳というよりは、彼は、心臓を突き貫ぬかれたように聞いた。

据物の鹿角から――どすっ――と鈍い音が刎はね返った。斬り人ては、二太刀目を下ろした。そして三太刀目。

『曲がったッ』

と、さけんで、身を退いた。

環たまきの側にいた柘植嘉兵衛は、ぐらぐらとしたように、前へ出て行った。

『あ。暫しばらく』

『なんじゃ』

『失礼ながら、今の試しは、斬り人の手元に、少し御無理があったように見受けられた。――この一刀で、もう一応、お試しがありたい』

『心得た』

と、嘉兵衛が携たずさえて来た一刀を受け取って、斬り人は、前のようにそれを観衆の眼からずっと直胤一門の控えている方に迄、手元を徐々じょじょにまわして見せた。

『ムム。見た眼には、相すがたのいい刀だ』

直胤の弟子が、呟いた。

冷侮れいぶの色が、その辺りで漂った。

だが、直胤は、その刀へ床几しょうぎから礼儀をして、

『大事に』

と、注意した。

白鞘なので、斬り人は、仮鍔かりつばを入れ、白布で柄巻して、揮ふり被かぶった。慎重な構えと、澄み切った気息の合致したせつな、やッと満身から喚おめいて、壇の上の鍔を斬った。

鍔は七分まで斬れた。然し、びんと異様な音が、誰の耳にも触さわった。

斬り人は刃やいばを挙げて、

『鎺はばきから一尺上、刃こぼれ有り――。硬い』

云いながら、無造作むぞうさに、立会い役の手へ渡した。

嘉兵衛は、蒼白になってしまった。怪我けがをした我が児でも見まもるように、手から手へ、渡されて、冷侮の眼に弄もてあそばれてゆく愛刀の方を眺めた儘、茫然としていたが、突然側にいた環が、何かさけんで、ばっと人々の環視かんしの中へ駈け出して行ったので、

『あッ。――オオ』

止めるとも、励ますとも、何どッ方ちつかずな声をあげて、自失の我から、愕おどろきの我に回かえった。

三

『公平でないっ。今日の刀試しには、公然と、奸策かんさくが行われていると存じます!』

山浦環は、こう周囲へ向って、訴えていた。

静かだった空気は、彼の凄すさまじい声も打消すほど、途端に、喧騒けんそうの坩堝るつぼに落ちていた。

今、斬り人の手から、立会い役の手へ渡された、兄真雄の作――柘植嘉兵衛が持参の一刀を――無下に環が奪ろうとしたからである。

『何をするっ』

『場所がらも弁わきまえず』

『不正があるとは、何を吐ほざくか』

蔽おおい被さって、環を阻はばめた直胤の弟子や、斬り人の侍たちは、その襟えりがみや、両腕を把とるなり、

『この青二才めが!』

引戻して、試し場の中ほどへ、蹴仆けたおした。

踏まれても、蹴られても、環はすぐ、刎はね起きた。そして、

『卑劣があると観たっ。不正があるっ。行やり直せっ』

と、叫んで歇やまなかった。

直胤の弟子たちは、

『抓つまみ出せっ』

と、息まいたが、その時、環の叫びへ、木魂こだまして答えるように、観衆の中からも、

『そうだ、不正が見えたぞ。行やり直せっ』

という声が、所々に起った。

それを又、打消すべく、

『だまれっ、喧やかましい』

『刀は、正直だ』

云い返す者があると、更に、それを圧伏あっぷくして、

『行やり直しっ。行り直しっ!』

と、宣言するように、云って歇やまない見物もあった。

俄然、平常へいぜい、直胤の一派を支持している者と、ひそかに、それへ反感を抱いている者との感情が、環の一投石に依って、露骨な波瀾はらんをよび起したのであった。

そのうちに誰からともなく、

『あれは、山浦の舎弟だ』

と云う声が伝わったので、直胤一門は、

『何、真雄の弟だと?』

と、眼をみはり直して、愈〻、事態は険悪けんあくな対立の相を呈した。

四

今の環は灼熱しゃくねつした鋼はがねであった。

誰の言葉も、その赤い耳は刎はね返して、

『行やり直さぬうちは』

と一歩も退かなかった。

『云い条じょうは、それか』

と、中へ這入った世話人たちが云った。

『それだけです!』

純情な眸めを光らして、環は猶、繰返した。

土気色な面おもてをして、先刻さっきから見ていた箕兵衛直胤は、

『お世話役、望みにまかせてやらっしゃい』

と、床几から云った。そして、

『今の刀を、その若者に持たせ、同じ鍔を、斬らせてみるがよう御座ろう』

と追つけ加えた。

世話人たちは、環へ詰め寄って、

『見事みごと、斬るか』

と、糺ただした。

『斬る』

環は、昂然こうぜんと、唇を噛んで答え、

『いざ!』

と、自分を叱咤しったするように、即座に、袴をくくり上げ、下緒さげおを解いて、袖を片襷かただすきにからげた。

――だが、先に鍔つばを斬った真雄の一刀を受けてみると、故意に斬り人てが無理をした痕あとが歴然とその刃こぼれに読める。たとえ、何どんな伝世でんせいの銘刀でも、邪心じゃしんをもって、折ろう曲げようとすれば、傷つかぬということはない。

刀は名鏡である、人は、止水の相すがたでそれに溶け合わなければならない。一点の曇り、一点の揺るぎでも、心が動じれば、刀も狂う。

環たまきは、まず怒りを鎮しずめた。

そしてただ、

『八幡はちまん』

と、念ねんじて壇上の鍔つばへ、発矢はっしと刀を入れた。

鍔は真二つに斬れた。

しかも刀は、元の儘だった。

『――ア。斬れた』

と、人々の間から流れた感嘆の声を聞くと、環の眦まなじりは、たらたらと、湯のような涙を垂らして、一筋の歓喜かんきを、頬へ描いた。

多感なりし年少の日

一

兄の名は、雪そそがれた。――これでいい!

環は、刀を返して、すぐ身を退ひきかけた。

すると箕兵衛直胤が、

『待たっしゃい』

と、声をかけた。

『何ですか』

『おぬしは、山浦真雄の弟じゃそうだの』

『そうです。それが何どうかしましたか』

『いや、賞ほめてあげるのだ。そう恐い眼でわしを睨むことはない。兄思いな情は、見上げたもの』

『未熟みじゅくではあるが、兄の刀も、そう鈍作どんさくでないことは、お認めになったろうな』

『いや、分らぬ』

箕兵衛直胤は、首を振った。

『――一振ぐらい試したとて、そう易々やすやす、折紙は付けられん。過あやまちの功名ということもあるからの。今、見事に斬れたのは、おぬしの一念が斬ったので、刀が斬れたのではあるまい』

『ば、ばかな』

『今朝けさから、わしの作は、十幾振も試しておるのじゃ、それと互角には申されまいが、口惜くちおしくば、猶、二刀三刀、数を重ねて、試してみよ』

『おお、幾らでも』

『門人もんじん――真雄の刀を取り寄せて、次の据物を斬らせてやらっしゃい』

『それには及ばぬ』

環は、自分の腰に横たえている刀の柄つかを打って、

『兄の作は、ここにもある』

『ムム、自身の差料さしりょうか。猶よかろう。――して、据物には、何を置くか』

『何なりとも』

『よし』

直胤は、古兜ふるかぶとの鉢金はちがねを、壇に据えさせた。

そして自身、起たって来て云った。

『あの目録にも見える通り、わしの作でも、此品これではないが、他の鉢金を斬っておる、おぬし、口ほどならば、これが斬れぬことはあるまいが』

『…………』

何の! と環はそれを見つめた。

『どうじゃ、行やるか』

『致します』

『然らば――』と、直胤は身を退ひいて、『拝見しよう。やらっしゃれ』

と云い放った。

二

環は再び、身構えを取った。

身ではない、心である。

こういう感情の中で、すぐ心を無念無想に取り戻すことは、難かしいことだった。

けれど直胤が、わざと若い彼の心を怒いからせるような事を云ったのも、一つの術策である。環はそれと察したので、努めて、微笑をもって、心を紊みださなかった。

(これしきの物が斬れないで何どうしよう)

環は、自分の差料へ手をかけながら、強い、信念をふるい起した。

身に帯びているこの刀こそ、自分が十六、七歳の頃、赤岩明神に祈誓きせいをかけ、兄は本鎚の座にすわり、自分は相鎚あいづちに対むかって、夜となく昼となく、兄弟ふたりの魂を火として、打ち鍛えた刀なのだ。

兄と自分との合作である。

しかも、この焼刃やきばの中には、母の真心まごころさえこもって居た。兄弟ふたりが、一心不乱になっていると、母は絶えず、仕事場へ宥いたわりに来て、

(オオ、精が出るのう。兄弟ふたりの合す鎚音は、御先祖様の御座らっしゃる土の下まで響いて行こうぞ。今でこそ、赤岩村の佗わびしい郷士、鍬くわを片手に、飼蠶かいこと共に起臥おきふししている土侍じゃが、お許もとたちの御先祖様はといえば、足利あしかがの世の頃まで、今も昔のままに居るこの辺り一帯を砦とりでとして、南朝方へお味方した山浦常陸介ひたちのすけというた名だたる勤王の名将じゃぞ。――刀を打つなら、御先祖様のような、お心になって打て。――鍛冶屋職人になる程なら、鍬くわを持って、土を耕した方が、どれほどましか知れぬぞ。――侍のたましいを打つ身は、侍以上のたましいでなくてはなるまいが)

と、骨休めにと、茶を入れて、宥わり慰めてくれる間も、母はそうした訓誡くんかいを、兄弟ふたりに対して、忘れなかった。

その後。

故ゆえあって、自分のみは、刀鍛冶を断念して、大石村の郷士庄屋長岡家ながおかけへ、養子に行ってしまったものの――今も、母の訓おしえは、心にある、兄の鎚音は、耳にある。

そして、自分の当時の一心と。

こう三つのものの結晶けっしょうが、この刀ではあるまいか。

(どんな物でも、斬れぬはずはない!)

彼の信念はそのまま、不動の体たいになって、刀は、静かに頭上へあがった。

――そして、ぐっと、下腹に、宇宙の気を呑むように力がはいる。

その丹田たんでんの力が、満身の気となって、ええいッと、一声の下もとに肱ひじが下ろされようとした間髪――

『あっ、待った!』

と、箕兵衛直胤が、ふいに、声をかけて、彼の切先きっさきの前へ迫った。

――はっと思わず気を弛ゆるめると、直胤は、据物の古兜へ手をかけて、少しその位置を直した上、

『かんじんな的まとが少し曲がっているげな。さ、改めたぞ。やらっしゃい』

と、身を退ひいて、又、じいっと環たまきの手元を見つめていた。

(要らざる介錯かいしゃく)

と、思いながら、環は、刀を持ち直して、一気に、兜かぶとの上へ斬りつけた。

ばん! と異様な音響がして、何事ぞ、刀は二ツに折れて飛んだ。

利鎌とがまのような刀の欠けは、宙へ上って、ぶんと、観衆の中へ落ちた。

――どっと、そこの人々がうごく。

同時に、直胤の弟子、そのほか、かかる事あれかしと密ひそかに祈っていた連中は、手を打って、わっと嗤わらった。

『……し、しまった!』

鍔つばからわずか一尺ほどしか残っていない半身の刀をみつめたまま、環は、茫然――われも無くなってしまった。

動くことすら、忘れていた。いつ迄も、折れた刃やいばを、その儘、身を硬こわばらせて、髪をそそけ立てていた。

唇は、見るまに、色を失った。慚愧ざんきの眼からは、とめどなく、ぼろぼろと涙がつたわってくる。――周囲の嘲罵ちょうばも、侮蔑の眼も、頭が痺しびれて、聞えなかった。

『――環っ、環っ、退がれっ。……もうよい、引き退がれ』

誰か頻しきりと、自分の腕かいなを組んで、引っ張る者があった。

彼の脚は、墓石ぼせきみたいに、動こうともしなかったが、ふと、その人の顔を見ると、柘植嘉兵衛であったので、はっと弛ゆるむと、

『これッ――見苦しいっ』

嘉兵衛は、共に泣きながら、酔いどれでも引っ掴つかむように、無理無態に人混みから山門の方へ、彼を拉らっして行った。

三

『す、すみません! ……。嘉兵衛様』

山門の下まで来ると、環は、声をあげて泣き出した。

嘉兵衛も、肱ひじを曲げて、顔を蔽おおいながら、

『な、なにを泣く。泣くことがあるものか。お前たちはまだ若い。いくらでも……いくらでもまだ……将来さきはあるんだ』

『屹度きっと! ……屹度! ……今にあなたのお顔は立てます』

『ケチなっ。馬鹿っ』

嘉兵衛は、嗚咽おえつしながら、怒った。

『わしの面目など、何どうだっていい。口惜しいのは、もっと大きな事だ。兄に会ったら明らさまに、きょうの仔細しさいを伝えておけよ。……よ! よ! ……穿はき違えて、遺恨いこんを含んじゃならぬぞよ。自分を励ます鞭として、一層、精進してくれとな……。そう伝えるのだぞよ』

『わかりました。……わ、わかりました。じゃあ、柘植様、又何日いつか、お目にかかります』

いい捨てると、顔も見ず、嘉兵衛の手を振り切って、環は一散に馳け去った。

真昼まひるの道も、真っ暗だった。環は、恥はじに打たれて、陽も見られなかった。往来の人に、顔も見られるのも嫌だった。

『おおーい。おおいっ……待てようっ』

誰か、後うしろから追いかけて来る者がある。編笠を被かぶって、干飯袋ほしいぶくろに旅の持物を入れ、短い義経袴ばかまの袴腰にくくり付けている若者だった。

町の辻つじで、若者は環に追いついた。

後から肩を掴つかんで、

『待てと云ったら。――聾つんぼか、貴様は』

『何!』

気が立っているので、環も、きらっと眼を研といで振向くと、編笠の中の顔は、自分よりもっと若い――まだやっと十七、八歳かと思われる少年武士なのであった。

が――年上の環よりは、どこか沈着で、大人びている口吻くちぶりであり、態度も鷹揚おうように、

『何を怒おこるのか。わしは貴様に好意を持って、わざわざ追いかけて来た者だぞ』

『怒ったわけではないが、つい、気の紊みだれていた矢先なので』

『そんな事で何うする』と年下のくせに、少年はそう窘たしなめて、

『長国寺の刀試し――どんなものかと、わしも見ていたのだが――貴様はうまうまと、箕兵衛直胤の手に乗ったのだ』

『えっ、ど、どうして?』

『二度目だ。――あの時、貴様が最初に気合をこめた儘、やってしまえば、古兜ふるかぶとの鉢金ぐらい、きっと斬れていたに違いない。老獪ろうかいな相手方は、その鋭い気を抜くため、わざと待てと声をかけ、何の必要もないのに、兜の位置を少し直したりしたのだ』

『ああ、そうだったか』

『もいちど帰り給え。こんどは拙者が斬り人てに立ってやる』

『いや、御好意は有難いが……止そう』

『見ていた他人の拙者せっしゃでさえ腹が立つのに、残念ではないのか』

『もう、古兜など、斬りたいとも思いません。他日、もっと、もっと、大きな望みを斬り落してみせる。……だが、先刻さっきの取乱した失礼は、おゆるし下さい。御好意は忘れずに置きます。貴方あなたの御尊名は』

『拙者は、長州の藩士はんし、金子重輔かねこじゅうすけという者。この松代藩で有名な佐久間象山さくまぞうざん先生の名をお慕したいして、遙々はるばる、江戸から廻り道して立ち寄ったが、生憎あいにく、象山先生は御不在、むなしく帰って来たところだ』

『わたくしは、赤岩村の郷士、山浦環。又どこかでお目にかかる折もございましょう』

『じゃあ、何うしても、もう試し場へは戻らんのか』

『はい。たとえ先に奸策かんさくがあったにせよ、不覚はどこまでも不覚です。これから行って、長国寺の大吊鐘を斬ったところで、まだまだ、きょうの自分の気持は拭ぬぐわれません』

『こんな山国の藩に、象山先生のような新知識が生れたのは、不思議と思っていたが、信濃しなのにはいろいろ変り者が居るのだな。……それもよかろう、では、おさらば』

と、金子重輔は、すたすた去ってしまった。

恋砧こいぎぬた

一

父のない後は、長男が家の柱はしらだった。

母でも、老いての後は、家長の彼に、気がねをした。どんな事でも、彼が頷うなずかなければ、決めなかった。

だから、半農半武士はんのうはんぶしの郷士に過ぎない、ここの小さな家族制度でも、一国に喩たとえれば、長男のことばは、主君のことばみたいであった。

足利以前から、この信濃の山間、小諸在こもろざいの赤岩村に、十何代も続いて来ている旧家の――逞たくましい梁はりや、黒光りな柱などと共に、――それは今でも厳げんとして、失われていない山浦家の家風なのであった。

『真雄さねおや、ことしは、雪菜ゆきながよう漬つかったぞよ』

ひろい鍛冶土間の片隅に、六畳ほど休み場がある。

母のお菅すげは、茶盆をそこへ置いて、鞴ふいごに向っている長男の真雄へ云った。

『すこし休まぬかの。茶を入れて来ましたがな』

真雄は、刀の地鉄じがねにする、玉鋼たまはがねを熔かす仕事に、顔まで、炎ほのおにしているので、

『後で』

と、云った儘、母の方も見なかった。

お菅は、すこし耳が遠かった。もう茶を注さして、

『今の、去年の漬込みを、一樽たる開けてみたところ、よい色に漬かっているわの。じゃが、其方そなたが箸はしをつけぬうちは、誰にも、喰たべさす事ができぬによって、一箸、喰べてみておくれ。――余りそう精をつめても、体の毒であろに』

体――母にそういわれると、真雄は、自分だけの体とは思えなかった。

『や、すみませんな。では、戴きましょう』

手桶ておけの水で、ざっと、手を洗って、休み部屋へ、腰かけた。

『今、かかっている仕事は、誰方様のお刀じゃの』

『松代藩のお寺社奉行、山寺源太夫様の御注文でござります。他ほかならぬ柘植様のお口添えで、素人鍛冶のわたくしなどには、身に過ぎた御下命と、冥加みょうがに存じて、玉鋼から、吟味に吟味を致しておるのです』

『まあ、そうかの』

と、母は欣うれしそうに、歯の抜けた口に、雪菜の一茎くきを入れて、もぐもぐ唇くちをうごかしていたが、真雄の顔つきの好いのを見て、そっと云い出した。

『又かと、うるさく思わっしゃろが、弟の環たまきのう、もう、養子先の家を出てしもうた事じゃに。……何とか、怺こらえて、もいちど家へ入れて下さらぬか。そなたも慥乎しっかりした相鎚の打ち人てがないと、常々、云い暮している折ではあるし……。真雄よ何どうじゃな?』

二

長国寺の噂うわさは、松代から、四、五里しかない赤岩村へは、すぐ聞えてきた。

それから間もなく、環が、養子先の長岡家から、飛出してしまったという噂が、大石村から、近郷きんごうに伝わった。

(よもや?)

と、兄の真雄も、母のお菅も、強しいて心で打ち消していると、環は、或る夜そっと、裏口から生れた家へ帰って来た。

そして、裏の納屋なやで、長いこと母と密々ひそひそ話した揚句あげく、彼の母は涙ながら、真雄の所へ来て、その気持を訴えたが、

(家へ入れるわけには行きますまい)

と、真雄は、養子先へ義理を立てて、肯きかなかった。

元々、環と、養子先の娘とは、尋常じんじょうな縁組ではなく、若い彼と彼女との、恋の始末を、強いてそこに正式化せいしきかして落着けたものであった。

それまでにするには、仲へ入った人々にも、娘の親、親類にも、悲嘆や苦労を随分とかけさせている。曲げられない旧弊きゅうへいの家憲や、困難な事情も、どちらも可愛いい一人娘と、息子の為にと、曲げさせた上、やっと纒まとまった両家の縁組なのだった。

それはまだいいとしても――。

環が、家出したなら、では生家さとへ入れようとは、何うしても真雄として云えない理由が、もひとつある。

環の妻には、もうこの春、生れたばかりの子があるのである。

その子を捨て――又、飽あきも飽かれもせぬ恋妻を捨てて――何で環は養子先を飛び出してしまったか。

弟のその気持を考えると、真雄としては、涙があふれてくる。掌てをあわせて、兄思いな、その情熱へ、伏し拝みたい。

『……おっ母かさん、折角せっかくですが、何度仰おっしゃっても、環を家へ入れるなどという事は、許されるものではありません。もう、云わないでください』

真雄は、わざと、膠にべなく云った。

そして、辛いその胸を、鎚つちと鞴ふいごへ打ち込んでしまおうとするもののように、休み部屋から、腰を上げると、

『あ。お待ち……待っておくれ』

彼の仕事着をつかんで、彼の母は、嘗かつて一度も、子に見せた事のない程な、悲しい声を顫ふるわせて縋すがった。

『でも、真雄や。……彼あれの胸も察してやったがよい。環は、吾儘わがままや自分の移り気で、養家を出たのではありませぬぞ』

『何であろうともです。――あれ程、御苦労をかけた媒人方なこうどがたや、先の長岡家に対してだって、今更』

『それは、この母が、長岡家の門前へ行って、土下座しても詫びましょう。彼あの子の、気持を聞けば……わしの命は縮めても、望みのように、家へ入れてやりたいと思うのじゃ』

『ば、ばかな事を、仰っしゃいませ。おっ母かさん、そのように甘いからいけないのです。何で叱りつけて、追い返して下さらないのですか』

『どうして、追い返せよう。――飽きも飽かれもせぬ妻を捨て、生れたばかりの嬰児ややも残して、此家ここへ戻りたいという環の心を、そなたは何うして酌くんでやらぬのじゃ』

『……馬鹿です、彼弟あいつは』

『な、なにをいうのじゃ』と、お菅は、懐中ふところの乳呑ちのみでも庇かばうように、又、母性の聖厳しょうごんを、髪の毛に逆だてて、叱咤するかのように、

『それへ、坐りなされ! ……真雄っ、坐りなされっ』

『なんですか』

『何といやった。――そなたは、弟の罰が中あたるとは、思いませぬか』

『思いませぬ』

母が、本能の愛に、乱れれば乱れるほど、真雄は冷静になって、鍛冶土間かじどまの大地へ畏かしこまったまま、冷ややかな面でそう答えた。

三

『ようまあ。兄の身が、そのような無慈悲な言葉を』

お菅すげは、声を励ましたが、子の冷然として、強い顔を見ると、すぐ気も挫くじけて、むしろその不機嫌を取做とりなし加減に、

『そなたに、環たまきの心が、解けぬ筈はないじゃろが、よう聞いて賜たも、……環はな、もいちど、兄の片腕になって、其方そなたを松代の直胤にも勝る刀工にしてみせると云うのじゃぞ。……御先祖山浦常陸介ひたちのすけ様以来の家名を、踏みにじられて、それを雪そそがいで措おこうかと、健気けなげにも、念じているのじゃ』

『おっ母さん』

『なんじゃ』

『あなたは、環を、何処どこの子だと思っているんですか』

『此身このみが生んだ子。何をいうのじゃ』

『さ。――それが大きな間違いです。環はすでに、山浦家の子ではありません。長岡家へくれた養子です。長岡の家の恥辱なら、そうして、雪ぐもよいでしょう。――だが、山浦家には、不肖ふしょうながら、真雄という者が居りまする』

『オオ、それは道理の。……じゃが真雄や、環とても、この儘、妻も子も、生涯捨て切るつもりではあるまい。何よりは、そなたに取って、共に鎚つちを持ち、刀の鍛錬を究きわめるに、よい相手がない。弟子もない。それを環は苦にしていやる。――今、早速に、其方が鍛ちにかかっている山寺源太夫様の御下命の品にせよ、ここで一際ひときわ、優すぐれた刀ものを鍛うち上げねば、名折れの上の名折れになろうと』

『よ、よけいなことだ』

『では、そなたは、長国寺でうけた恥かしめを、口惜くちおしいとも、家名の恥辱とも、思わぬのか』

『こちらは、元より百姓郷士、農事の片手間に、鍛っている仕事です。――先は、天下の刀匠水心子の高弟として、藩から高禄をいただいている本業の刀鍛冶ではございませんか』

『猶なおのこと、そのような名だたる者が、卑劣な、刀試しを開いて、しかも大勢の前に、こちらの恥を曝さらしなどする事が、黙って、捨て措おける事であろうか』

『知らぬ顔していればよいのです。それを環ごとき若輩者が、要いらざる出洒張でしゃばりをしたればこそ、恥の上うわ塗りをしでかしたのだ』

『なんで、そのように、環を、憎く憎くと取りなさるのじゃ』

『腹の立つのは、直胤の一門より、てまえに取っては、むしろ出洒張り者の弟です。子供の時から、血の気ばかり多くて、困り者だと思っていたが』

『そう云わないで後生ごしょうじゃ、この母に免じて、彼あの子を家へ』

『いけません。てまえが、此家このやの主あるじでいる以上は、一足でも』

『入れることはならぬか』

『知れたこってす。折れる刀、曲がる刀、どんな鈍刀なまくらを作ろうと、わたしはわたしだ。いちど養子に行った者を戻して、その弟の腕など借りたくはありません』

『でも、養家を出ぬ先なら兎とに角かく、遺書かきおきまでして、出て了しもうたもの』

『勝手にするがいい。……相談ずくで、飛出したなどと思われては、猶更、世間へも、先へも義理がすみますまい』

『頼むっ……』お菅は遂に、がばと、泣き伏して、畳たたみへついた掌てを合せた。

『真雄。そなたには、内密ないしょでいたが、彼あれが家出して、わしを訪ねて来た夜から、実は、裏の納屋の中へ隠して、そっと、飯をくれてあるのじゃ。……今更、どこへ追いやられようぞ、どうぞ量見りょうけんして、この仕事場へ、入れてくだされ』

四

『おっ母さん! ……』

『…………』

『そんな事、聞かないでも、真雄は知っております。――毎夜のように、家の近くを、うろうろと彷徨さまよっている嬰児あかごの泣き声でも分っている。あれは、環が捨てて来た妻のお咲が、子を抱いて、見えない良人を、探しに歩いている声ですぞ。おっ母さん!』

『……おいのう』

『あなただって、あの嬰児あかごの声は、お聞きでしょう。新妻の痩やせた姿もわかるでしょう。子を抱いて、捨てられた若い女房が、どんな思いでいることか』

『…………』

お菅は、咽むせび泣いて、薄い体を、よよと畳に顫おののかせた。

『たとえ、この上、山浦真雄が、いかに人から唾つばをうけようが、弟を、入れる事はできません、断じて出来ない! ……ああ、もう止そう、おっ母さん、お体に障ります、やめて下さい、やめて下さい』

真雄は、鞴ふいごの前へ馳け寄って、どっかと、筵むしろの上に坐ると、金火箸かなひばしを把とって、真っ赤な溶鉄となった玉鋼を、火土ほどの中から引き出した。

そして、鉄敷かなしきのうえに、それを置くや否、小鎚こづちを把って唇を噛みしめ、一念に鍛ち初めた。

ばッ、ばッ、ばッ――と鎚の先から焔ほのおの屑が飛んだ。眼にもいっぱいに赤い涙がたまっている。涙はこぼれて、鋼はがねを冷さまし、冷めた鋼は又、火土ほどの中へ投げ込まれて、彼の苦しい胸の喘あえぎを吐くように、鞴の呼吸いきにかけられた。

――と、すぐその鞴の上の竹窓越しに、ちらと、人影が映さした。

弟の環だった。

『兄貴、兄貴』

『あっ、環だな。――まだ居たのか。そこらにうろついていると、砥水とみずを浴びせるぞ。とッとと、大石村へ帰れ』

『もう、会わぬぞ』

『何なにッ』

『――おっ母さん、お達者で』

お菅は、駈かけ出して、

『環やあーっ』

さけんだが、彼の姿は、もう先祖以来の大欅おおけやきに囲まれた家の外へ走り出して、千曲川の上流に沿う断崖きりだしの道を――その故郷ふるさとの少年頃から馴れた道を――奔流の流るる方へと、ただ驀まっしぐらに、顧みもせず、どんどん駈けて行ってしまった。

五

春は去ったが――

又、やがて、彼女の彷徨さまよう夜の数も減へったが――。

でも猶、折々に、時鳥ほととぎすの啼きぬく闇の夜など、山浦家の裏に、ぽかっと、白桔梗ききょうの花のような、女の顔が、悲しそうに佇たたずんでいることがままあった。

環の妻のお咲さきだった。

乳呑み子の名は、梅作うめさくといった。

稀まれに又、その梅作のかなしげな泣き声が、千曲ちくまの水の咽むせびかとも聞えることがある。

そんな晩――

夜業よなべの鎚つちを投げ出して、真雄は、そっと闇へ抜けて行った。

そして、彼女が、やがて悄々しおしおと、家路の方へ帰るのを、見届けると、ほっと胸を撫なでて、

『馬鹿め! 血の気が多すぎる!』

やり場のない怒りを、彼は、星へ向って罵ののしったりした。そうかと思うと又、

『――弟よっ。帰って来いっ。ここは山家だ。こんな平和なとこが何処にある。――世間にかまわず、帰って来いっ。母が丈夫でいるうちに、帰って来てくれ。ようっ、弟っ……』

争闘の世間へ、人中へ、とうとうと絶えまなく奔はしってゆく千曲川の激流に声を託して、家の前の断崖きりぎしから、独りでこう、おろおろと、叫んでいる夜もあった。

秋になると――ぱったり、お咲のすがたも、児の泣き声も、しなくなった。

『もしや、煩病わずらっているのじゃないか。ひょっとして、首でも縊くくって?』

と、そんな不吉まで、案じられて、或る夜、真雄はそっと、環の去った養家の垣の外に潜ひそんでみた。

もう寝しずまった夜更けであったが、月の白い縁先に、お咲は、砧きぬたを打っていた。

打っている衣きぬは、嬰児えいじの冬着らしかった。

恋妻は、やがてよき母となってゆく。――だのに、環は、どこにいるのか。

真雄は、月の下を、黙々と帰って来た。

その年――天保六年

秋もすぎ、雪に交じって、木々の冬葉が舞う空になっても、真雄は、とうとうまだ一作も、刀を鍛うち上げていなかった。

咲き出づる時

一

『内蔵くらさん。……どうしたのさ。内蔵さんてば。……弱いくせに、飲めもしないお酒を、自暴やけに飲むんだから、困った人ねえ』

湯女ゆなのお寿々すずは、持て余したように、上り口へ打っ伏したままでいる若い浪人の体から手を離して、呆れ顔に、ただ眺めてしまった。

浪人は、環であった。

ここは、上田の城下に近い別所の温泉場ゆばであった。まだ故郷ふるさとに遠くないので、身を恥じてか、環という名を捨て、別名の内蔵助をもじって、内蔵吉くらきちと名乗っていた。

お寿々は、通い湯女で、小さいながら、湯町の裏に、一軒持っている。――去年、家を去って、一先ずここの温泉宿ゆやどに沈湎ちんめんしていた環は――いや内蔵吉は、その宿でお寿々の世話になったのが縁で――金がなくなった頃からつい女の家へ移っていた。

お寿々は、彼の苦悶を知るよしもない。じっと、沈湎ちんめんしているかと思えば、ぷいと出て、酔って帰る。

湯町に巣喰う遊び人の仲間に入って、博奕わるさをしているのも知っていたが、それでも男に、愛想あいそが尽きたとは思わないお寿々だった。

『風邪かぜをひいても、知らないからいい。――ほんとに、この人は』

口が酢すっぱくなったように、すぐそこの鏡台と長火鉢の間へ、つんと坐りかけたが、やはり気に懸かけずにはいられないで、

『ね……起きて、座敷で楽に、横におなんなさいよ。後生だから』

肩を揺ゆすぶると、上り框がまちにしゃがみ込んで、踏み板へ、涎よだれを垂らしていた内蔵吉は、

『う……うるせえなあ』

『うるさいじゃありませんよ』

『水みずをくれ。……水、み、みずだ』

『上げますから、家へ上りますね』

茶碗に、汲くんで渡すと、ぐっと飲みほして、

『お寿々、いろいろ世話になったなあ』

『何を云ってるのさ、この人は』

『いや、酔っちゃあいねえ』

『それだけ酔っていればたくさんでしょ』

『五合や一升で、性根しょうねを失ってたまるものか。本性だ。お……おらあ、本性で礼をいうんだぜ』

『そのうち醒さめるでしょう。何でも、仰っしゃいよ』

『此家ここへ来たなあ、去年の春の末だったかなあ。あれから、一年半、もう秋だ……早いなあ』

『ホ、ホ、ホ、ホ。……それから』

『洗濯物の世話、小費こづかいの世話、年月は短けえが、浅い恩たあ思わねえ。別れた後も、年上のおめえだから、姉さんだと思って、忘れずにいるからな』

『いやだねえ、手なんぞついて。格子口から見えるじゃないか。見ッともないから、もう引っ込んでくださいよ』

『引っ込むんじゃねえ、こ、これから、おらあ旅立ちだ。……じゃあ、姉さん御機嫌よく』

『あらっ――』と、お寿々すずは、土間へ飛び降りて、

『どこへ行くんですよ。そんな、だらしのない恰好かっこうして』

『旅へさ』

『えっ……。本気かえ、おまえさん』

二

酔うと青白くなる酒の性しょうである。

内蔵吉くらきちは、じっと、お寿々を見つめた。お寿々には、男が、冗談なのか、本性なのか、解らなかった。

『いつも、与太よたばかり云っているから、今日も、それかと思うだろうが、実あ先刻さっき、湯宿の二階から、いきなり名を呼ばれたので、はっと仰ぐと、松代藩の柘植つげ嘉兵衛というお人。おらあ、夢中で逃げ出した』

『仇かたきとでも、狙われているんですかえ』

『仇どころか、寝るにも、足を向けねえつもりの御恩人だ。だが、その御恩人に、この姿は、見せられねえ。――総身に汗をかいて、沁々しみじみと、おらあ今日は、考えたのさ』

『考えたとは?』

『こうしちゃ居られねえ身だ。何処ぞへ行って、おらあ生命いのちがけで、日本一の刀鍛冶に成って見せなけれやアならねえ。――身の出世に、あくせく足掻あがくわけじゃあねえよ。――そうしなけれやあ、済まねえお人が、柘植様、おふくろ様、兄貴、それから……それから未だ……幾人となくこの世にいるんだ』

『だから、わたしを、捨てるんですか』

『――と、大概、極めつけて来るだろうと思ったから、何もいわずに、行こうと思ったが、酔いつぶれの仮面めんをかぶって、一言ひとこと、礼に来ただけでも、可憐しおらしいと思ってくれ』

『嫌です。何が、そ、そんな口が、可憐しいものか』

『堪忍かんにんしろ! お寿々』

とんと、女の胸を突いて、内蔵吉は格子の外へ、すばやく姿を消してしまった。

お寿々は、甲かんだかい声をあげて、往来まで走ったが、すぐ人目を思って、裸足はだしで泣く泣く帰って来た。

その翌日、彼女の家は、戸が閉しまっていた。家財も、前の晩に、こっそり道具屋の手に移されて――。

三

あの後は、恩人柘植嘉兵衛も、さだめし辛い立場にあったろう。

或は、藩の中で、軽輩けいはいの身では、自分以上の、苦境だったかもわからない。家老の矢沢監物けんもつが後援する直胤一門の圧迫もあったろう事は、想像に難くない。

(その恩人へ!)

と、思うと、内蔵吉は、済まない――と胸で掌てを合せたぐらいでは居られなかった。

湯町の長脇差ながどすなどと、酔い歩いている醜い姿を、その人に見せた儘、振向きもせず、つい逃げてしまったが――それでいいだろうか。

(たとえ、十年先、二十年先に、一人前の剣工となって、詫びをするにしても、その長い月日の間)

と、恩人の惨心を思うと、居ても起っても、いられない。

ひょっとして、嘉兵衛が、その消息でも、赤岩村に残してある、老母の所へ便りでもしたら、母は嘆きのため、寿命をちぢめるかもしれない。

『そうだ……せめてこの気持を……柘植様だけにでも、洩もらして去ろう』

冷たい秋の夕霧が、そう呟つぶやいてゆく、彼の面おもてを吹いた。

千曲の水に添って、彼は、野を歩いた、河原を歩いた。

そして、故郷の山へ、辛い顔を反向そむけながら、もう一度と、眼をつぶる心地で、松代の城下に近い、川中島の小島村まで来た。

そこの満照寺には、知っている坊さんがある。七日ばかりの逗留とうりゅうをたのみ、身を潜めて、柘植嘉兵衛へ宛て、自分の心を披瀝ひれきした審つぶさな手紙を認めた。

『浄明さん。誰方どなたか、この手紙を持って、御城下まで、お使に行ってくれる人はありませんかな』

『子供でよう分るお使ですか』

『ええ、お小僧で結構です。ただ、名宛の柘植様は、先頃、別所でお見かけしましたから、ひょっとしたら、お留守かもしれません。そしたら御新造様へお渡しして、よくお願いしておいてもらいたいので』

『承知いたしました』

その使が出た後で――

『お世話になったが、明日あす、出立しようと思います。寺に有合せの、古笠ふるがさ古脚袢ふるきゃはんで結構です。お恵みねがいたいものだが』

『お易やすいこと。……だが一体、どこへ行くんです』

『皆目かいもく、的あてはございません』

『的もなくて』

『どうか成りましょう。江戸でいけなければ上方、上方で人間になれなけれあ、中国、九州。――土と鉄気かなけのある土地なら、鍛冶小屋の一軒ぐらいは、どこかに建ちましょう』

浄明はその晩、彼を炉ばたに招いて、芋粥いもがゆに一杯の酒を温めてくれた。

(人に顔を見られぬうち――)

と、翌る朝は、暗いうちに起き、浄明にも黙って、そっと庫裡くりの横から戸を開けて出た。

朝の月が、まだあった。

虚空山も、戸隠山も、黒姫も、眠たげな霧につつまれている。ポトポトと、そこらの松や破やれ廂びさしから、露が降っていた。

――二ふた足、三み足、歩き出した時だった。

露の音すら耳だつ暁方あけがたの静寂しじまを破って、ふいに、ぐわあん!――と大空が鳴った。

『おやっ? ……何だろう』

川中島の疎林の上へ、ばッと、小鳥の影が埃みたいに立った。

と、思うまに又、

轟ごうン――轟んっ――

朝の雲が、裂けるかのような、強い響きである。

彼は、その音響に、気をとられながら、仄ほの暗い山門の下を潜った。そして石段を降りて、十歩も歩み出したかと思うと、

びゅるっ――

どこかで、烈しい弓鳴ゆなりのするように、空気が鳴って、轟然ごうぜんと、十間ほど先の大地に、大砲の弾が炸裂さくれつした。

地を揺り上げられた心地で、はッと恟すくんだ途端に、小石交じりの土が、焔硝えんしょうのけむりと一緒に、びしゃッと、飛んで来た。

『――あっ』

と、内蔵吉くらきちは、両手で、眼を蔽おおった儘、大地へ俯っ伏した。

四

――暫くは、耳も気も、遠くなっていた。

と、程なく。

野駈け支度の藩士たちである。ひどく狼狽した態ていで六、七名ほど、ばらばらとここへ駈けて来るなり、内蔵吉の姿を認めて、

『やっ、怪我人が』

『深傷ふかでか』

走り寄って、彼の体を抱き起した。

石交まじりの土砂に飛ばされたのである。腫れ上った顔を抑えながら、

『何、大した事じゃございません』

内蔵吉は、やっと、気がついて首を振った。

『お離しください……大丈夫ですから』

『待て、手当をして遣つかわす』

『それには及びません』

『駄目だ、顔から、血しおが流れておる、脚も、何どうか致さんか』

『ようござんす、離しておくんなさい』

『待てというに』

よほど、責任を感じているとみえ、藩士たちは、無理に、彼の血を拭い、そして薬を塗りなどしていた。

『何うじゃな、怪我けがの容子ようすは』

そこへ又、一人の組頭らしい藩士が加わって、心配顔に、内蔵吉へ直じかに訊ねた。

塗ぬりの陣笠に、金箔摺はくずりの紋が、朝露に濡れていた。大きな口、濃い眉、そして滅多にない長面づらの人物である。年ごろは三十がらみとしか見えないが、烱々けいけいと光る眼が、むしろ底気味わるいほどだった。

『砲術調練中の過失じゃ。鳥打峠の岩鼻を的まとに狙撃しておった反それ弾だまが、射手いての未熟のため、こんな所へ落下した。――許されよ。御浪士』

丁寧な謝罪なので、

『はっ』

と、内蔵吉は、思わず、大地へ手をついてしまった。いや何かそういう人物の、威圧に打たれた感じだった。

『幸に、傷が軽微で、此方こなたも重畳じゃ。……歩行におさしつかえはないか』

『お案じ下されますな、さしたる事はございませぬ』

『どこかで、お見かけしたようだの。……はてな? ……拙者は、松代藩の学問所頭取とうどり、佐久間修理じゃが』

『あっ、では貴方様が、象山ぞうざん先生でございましたか』

『御浪士は?』

内蔵吉は、はっと、言葉につかえた。

蘭学、医学、海防、砲術、植林、化学と、あらゆる新時代の知識と、東洋の儒学とを併せて、今の時代的風潮の中に、巨人のように、諸藩からも仰がれている人が、正しく、礼儀をもって先に名乗っているのに――嘘は云えない気がしたのである。

と――象山の次の言葉は、苦もなく、彼のためらいを救ってくれた。

『ウーム、思い出した。昨年じゃったか、長国寺の寺内で、刀試しの折に見かけたことがある。――その折の山浦真雄が舎弟ではなかったかな』

『はいっ……』と、是非なく、

『山浦の愚弟にござりまする』

と、内蔵吉は、又、面伏おもぶせに、頭ずを下げてしまった。

五

今の姿は、誰にも知られたくなかった。然し佐久間象山ほどな人が、兄の真雄の名を知っていてくれたのは欣うれしい。

象山も、兄の作刀を持っているのだろうか。持たない迄も、観ているに違いない。

刀試しの日も、居合わせていたといえば、刀の鑑識かんしきもあるに相違ない。訊いてみたいものと思った。

――が、内蔵吉は、体の痛みを覚えるとすぐ、

(この人に、そんな事を訊いたら、きっと笑い草だろう)

と、怯ひるんでしまった。

此の人の家には、世界の海陸を画いた大きな地球儀があるという。又、軍艦を造る造船学の書、西洋兵術から砲術火薬の書物――そんなもので室へやが埋まっていると聞いた。

三尺に足らない刀の――刃がこぼれたとか、曲がったとか――そうした問題は、此の人の眼からは、蟻ありに歯が有るか無いかを、争うような、小さな問題としか聞えまい。

『旅支度の様子らしいが、どこへお出での途中じゃな』

『はい……』と、これにも又、内蔵吉は正しく答えかねて、唯、

『江戸表まで参りまする』

と云った。

象山は、聞くと、

『ほう、江戸へか。偖さては、遊学かな。いい事じゃ。若い者はどしどしと、中央へ行って、日本が今、世界の中でどう動いているか、又いかに我が国が今――又将来、多事多難な時代の潮に向いかけておるか。そういう事にも、篤とくと、眼を啓ひらいて来なければいかん。餞別はなむけいたそう』

と、矢立から筆を出して、自身の扇子へ、さらさらと、一枝しの桜花さくらと、一首の歌を書いてくれた。

人みなも

咲きいづる時を

あやまらで

さくこの花に

ならえとぞ思う

跛行びっこと鉄車

一

『今だ。咲き出づる時は今だ。おれの年頃も、世の中の黎明あけるのも。……何だか、そんな気がするなあ』

彼は、跛行びっこをひきひき、峠とうげを越え、又、峠を越えて、東へ行った。

休むたびに、象山から餞別せんべつにもらった扇子を出して見ては、

『――人みなも、咲きいづる時をあやまらで、さくこの花にならえとぞ思う』

を、何度も口で誦うたってみた。

深い谷をのぞいた。そして、高い秋の天そらを仰いだ。

『なんだ! 意気地のない』

彼は、勃然ぼつぜんと、自分に肚はらが立った。象山が何者だと思うのである。こんな扇子をもらって、有難がっているような事で、何うして、大志を抱いて成すことが出来よう。

彼は、扇子を、谷へ投げた。

白い蝶ちょうみたいに、それは千仭じんの底へ、吸われて行った。

『おれは、おれの道を、歩いてみせる!』

そう思って、高原にかかった。雲は、跛歩をひく足よりも低かった。

芒すすきの果から、濛々もうもうと、黄色い砂塵さじんが立って来た。

二

近づくに従って、それは一隊の牛に曳かせてくる鉄車だと分った。およそ二十台もあった。菅笠、陣笠、布ぬの笠など、汗にまみれた武士や足軽が叱咤しったして、牛と人足とを励ましてくるのである。

新発田藩しばたはん御用ごよう

車の一台一台に、木札が打ってある。

今日も、彼は又見た。それは大砲や西洋式の小銃や、火薬箱を積んだ輸送隊である。

上田、松代、松本の諸藩、榊原家さかきばらけの隊伍たいごにも、これで会うのが二度目だった。――彼はその砂埃りを浴びて摺すれ違うと、急に心が暗くなって、道にも迷う気がして来た。

『これからの戦争に、鎚つちの先で打つ刀などが、物の役に立つだろうか?』

そう考えずにいられなかった。

『調練場で撃うつのでさえ、あれほど威力のある大砲。――それにひきかえて、鎚の打ち方の、火加減の、湯の秘伝のと、一本の刀にも、血を吐くような苦しみをして、あげくに、折れ易いとか、曲がるとか、死んだ末代の先までも、とやかく云われる刀鍛冶かじと――』

彼は、ふと、

『止よそうか』

と、嘆息ためいきついた。

そう思うと、一歩もあるけなかった。道ばたの草叢くさむらへ、どっかり腰をくだいてしまう。

うつろな眼で、雲を見ていた。――と、母の顔が思い出された。兄の姿、妻の窶やつれ、子の泣く声。

『――ああ、解らなくなった。象山先生も、何とか云った。日本は今、うごいている。行く手には、国難が横たわっている。――そんな意味だった。何だか、おれの身を云われたような気がしたが』

いくら雲を見つめていても、彼には、時勢が映うつらなかった。日本の土の上に享うけた生命である以上、その身自体が、一つの小さな国体であり、国の迷い国の悩みと共に在ることを――その時まだ、彼のうつろな頭には自覚できなかった。

『もしもし、間違ったら御めんなすって』

と、彼方かなたから急ぎ足に来た足ごしらえのよい町人が、ひょいと、疲れた彼の顔の前で、足を止めた。

『もしや貴方様は、山浦やまうら内蔵助さまと仰っしゃいませんでしょうか。てまえは、松代の飛脚ひきゃくでございますが』

『え、飛脚屋。――いかにもわしは、山浦だが』

『柘植嘉兵衛様からの御手紙でござりまする』

『おお、嘉兵衛どのから、追いかけの御返事か』

飛脚は、江戸へゆく途中とみえ、それを渡すと、鳥影のように、高原の道を先へ行ってしまった。

いそいで、封を切ってみると、細々こまごまと、故郷の消息が誌しるしてある。

『……ああ、まだ母は、生きているな』

すぐ彼の眼は、潤うるみだした。

(――兄の真雄も無事、妻子も無事、赤岩村には、何の後顧こうこもない。然るにそちは、何とした事だ。別所の湯町で、ふと姿を見た時、わしは泣いた)

手紙の途中で、彼はそれを拝おがんで、

『おゆるし下さい。おゆるし下さい』

声を出して云った。

(――だが、満照寺まんしょうじからの、消息に接して、わしの嘆息は、欣よろこびに一変した。当初の志を抱いて、江戸へ立つ由。大慶この上もない。その初志を貫つらぬかねば、そちが養家を出た苦衷くちゅうも、何の意味もなくなってしまうであろう。何事も、顧かえりみずに行け。そしてよい師に就くことが肝腎かんじんだ)

と、懇切なことばの後に、江戸へ出たら、同封の紹介状を携たずさえて、幕府のお旗本、窪田くぼた助太郎どのの門をお訪ねしてみるがよい――と結んであった。

彼は、迷いの霧を、払われた心地がした。この一人の恩人に酬いるだけでも、剣工として立つ意義がある。

『そうだ。たとえ一振でも、末代に残る銘刀めいとうと称いわれる刀を鍛うたぬうちは、この足を、二度と、信州へは向けねえぞ』

彼は再び、傷いたむ脚を鞭打って、碓氷うすい峠を、東へ越えた。

砲や銃を積んだ牛車は、次の日の途中でも、西へ西へと、轍わだちを軋きしらせて行くのを見かけた。

土蔵から物置へ

一

騒がしい時勢の中に、月日の流れは、殊に早く思われた。

上方には大塩平八郎の乱がある。忘れやすい世間の脳裡から、それが消えると、沿海の諸国から、頻々ひんぴんと、露艦を見た、英艦がうろついている――などと黒船の飛報がはいる。

市井しせいには又、高野長英だの、渡辺崋山だのの、市民を戦慄せんりつさせるに足る国禁事件が、降ってわく。

――でもまだ、日本は醒さめていなかった。むしろ、江戸文化の終りに来ている頽廃的たいはいてきな風は、吉原に、陰間茶屋かげまぢゃやに、歌舞伎町に、役人の裏面に、町人の遊蕩に、鼠小僧の出没に――いろいろな社会層へ亙わたって、腐すえたる物の美しさと、醜悪を彩る絢爛けんらんさに、都会も酔い、人も囈言たわことを云って日を送っていた。

だが。

天保十一年、十二年となると、支那の鴉片戦争アヘンせんそうのうわさは、海をこえて、日本の上にも拡がって来た。

西洋文化を載のせて――偽装した平和の侵略艦隊が、東洋を嗅かぎ歩いて、もう香港ホンコン、上海シャンハイまで襲せて来たのだ。

支那しなは、鴉片アヘンを売りつけられ、支那自身が、鴉片の害毒を知って、その洋商を排斥し、その物貨を焼いたのが原因で、侵略艦隊を降りた紅毛兵は、平和の仮面をかなぐりすてて、長江を溯江そこうし、南京城まで攻め上った。

為に、支那は、香港ホンコンを奪とられ、上海を割さかれた。

味をしめた利権占領軍は、南風を窺うかがって、次の獲物――日本の近海を、游弋ゆうよくしつつあると、説く者がある。

海防の警鐘は、頻しきりと鳴って、

(日本、準備せよ)

と、憂国ゆうこくの声こえは、しきりと伝わる。

だが、江戸は醒めない。

ここの民衆は、余りにも、幕府だけを知っていて、日本そのものの本来の相すがたと、日本全体が見えなかった。

――そうした今年の江戸の夏。

山の手の四谷よつやの一劃かくは、屋敷町の閑寂かんじゃくな木立に、蝉しぐれが啼なきぬいていた。

ただ此頃のこと、この界隈かいわいに、炎天の真昼も、時には深夜でも、異様な音が、左門町の木の間から流れてくる。

カーン!

テーン! カーン!

冴さえた鎚つちの音であった。

二

『窪田くぼた先生。あれは、お宅ではないのか』

庄内しょうないの酒井家の臣、加藤宅馬たくまと松平舎人とねりの二人が、ふと客間の書院で、耳を欹そばだてて訊ねた。

主人の窪田清音すがねは、

『ム。あの鎚音でござるか』

と、微笑をうかべた。

『そうです。時節がら、鎧よろいでも打たせておいでなさるとみえる』

『刀鍛冶かたなかじじゃ』

『ほ。――御邸内に、刀鍛冶がおるとは御重宝ごちょうほうな』

『そう、重宝でもない。見所みどころのある者故、物置小屋を直して、鍛冶小屋に与えてはおるが、若いし、容貌はよし、天才肌な男なので、女に好かれて困る』

『はははは。そう三拍子揃ったのも、厄介やっかいかも知れぬ。何と申す者で』

『信濃の産で、山浦内蔵助、環たまきともいい、刀銘には、そのほか正行まさゆきなどとも彫ほっておるが』

『お手許に、作刀がござりましょう』

『ござる。見てやってください』

窪田清音は、立って、床脇から、彼の鍛うった一振ひとふりを取ってそれへ差出した。

鍛うちおろしの中身なかごを一見して、二人は、交〻こもごもに、驚嘆した。殊に、加藤宅馬は、鑑刀の眼もきくし、愛刀家といわれていたが、これは、古刀の名だたる銘作と比較しても、遜色そんしょくのない物とまで――口を極めて賞めた。

『そうかなあ』

窪田清音は、にやにや笑った。

彼自身も、刀には眼利めききと、人にゆるされておりながら、そう云うのだった。そして、欣うれしそうな容子がつつめなかった。

『一体、こんな名刀が、どうして、お宅の物置小屋などに、埋れているといっては失礼ですが、世間にも知られずに居るのですか』

二人は、数年前の、兵学の弟子だったが、今度の出府に、挨拶に来たものだった。

だが、今の一刀を見ると、もう他ほかの話は忘れて、熱心に、膝ひざをのり出した。

三

一片の紹介状を持って、山浦内蔵助が、ここの門を叩いたのは、もうすでに六、七年前になる。

(働いてみい)

窪田清音が、彼に与えた仕事は、ここの足軽奉公だった。

仲間ちゅうげん仕事を、二年やった。

(書生に取立ててつかわす)

次の一年は、玄関の取次番に坐り、朝夕、雑巾ぞうきんをつかんだ。

三年目に、初めて、

(何が希望のぞみだ)

と、訊いてくれたのである。

内蔵助は、抱負ほうふを話した。

(では、見せて遣わす物がある、尾ついて来い)

土蔵へ伴なわれた。

(毎日、ここへ籠って、当分、勉強いたすがいい)

と、清音は云った。

刀長持かたなながもちの中には、古今の銘刀が何十振とあった。相州物、備前物、肥前その他、彼がまだ接したことのない稀まれな名匠の作もあった。

彼は毎日、土蔵の中で、その作品作風を見て、自己の工夫を凝こらした。そして今――初めて松代の長国寺内でやった自分の行為や言葉を、冷静に振顧ふりかえって、

(若かったなあ)

と、自分の未熟を、はっきり覚さとることができた。

そして計らずも江戸へ出て、良い恩師に就いたことを感謝した。

旗本窪田助太郎は、お広敷番から弓矢奉公まで勤めた人だった。清音すがねと人が称よぶのは、千蔭ちかげ風の書をかいたり、和歌を詠んだり、国学に通じていたりするので、その方の名が、通称となったものらしい。

講武所取立とりたての折、兵学の講義をうけ持ち、御留守番まで進んだが、もう身を退いて、閑役となっている。年配は六十二、三。――然し、がっきとした体質で、壮年から田宮流の剣道、無辺無極流の鎗術、中島流の火術――とみな一派の師となるほどな腕があったという面影おもかげも今、偲しのばれる。

で、邸内には、講堂もある、道場もある。

内蔵助は、その文武二つの床に、この数年、いかに教えられて来たか、知れなかった。

その上にも、今また、土蔵の中で、親しく巡めぐり会うことのできた――無数の古人の師。

(ああ、ここはおれの、大蔵経の経蔵だ)

彼は、自分の多幸たこうに、思わずそう云って、感謝した。

その間に、邸内の物置小屋を、少しばかり改築して、鞴ふいごをすえ、火土ほどを築き、鍛冶道具も窪田清音が備えてくれた。

土蔵から、彼は、物置小屋へ移った。

然し、彼の人間には、知識の光りと、技倆ぎりょうの上達が、清音の眼にも分るほど付いて来た。

四

『内蔵助、ちょっと参れ』

『お召ですか』

と、彼は、清音の前へ呼ばれて来た。

今し方、客の酒井家の家臣たちが帰って、間もない後だった。

『近頃、夜は鍛うたんようじゃな』

『はい』

『邸やしきにも居らぬ事がままある。どこへ参るのか』

『はい』

『近所の酒屋その他へ、だいぶ借財もあるとの事だが、何でそのように、金費づかいが荒いのじゃ』

『はい』

『酒は好きか』

『好きです』

『酒だけにしては何うか』

『はい』

『貴様の瑕きずは、とかく、女子おなごとのうわさが絶えんことだ』

『心得ております』

『心得ながらなぜ自誡せぬ。まだ、これからという分際で』

『女子の方からうるさく付き纒まとうのです』

『だまれ。莫迦ばか』

『はい』

『――改めて、今日かように、そちの身持について申すのも、実は、其方に取って、大事な機会が参ったからじゃぞ』

と、誡いましめた後で、清音は、自分の吉事のように、次のような目企もくろみがあることを、彼に告げた。

それは先刻さっき帰った客の――加藤宅馬、松平舎人とねりの二人が発案で、物置小屋の隠れたる名工、山浦内蔵助を世に出すために、武器講という会を立てようというのであった。

つまり山浦内蔵助作刀頒布会はんぷかいなのである。口数ふりかずを百口ふりとして、酒井家は勿論、旗本仲間、各藩の有志に、刷物すりものを廻して、会員を募つのろう。額は一口三両とする、そしてその半額を前納してもらい、やがて、内蔵助が本格的な鍛冶小屋を持つ資金としておいたなら、彼の将来には、刮目かつもくするものがあるにちがいない。これは、隠れたる天才を世に送り出すものだ。同時に、少額な金で、すばらしい新刀が手に入れば、時節がら、武士の腰にも、精彩が加わろう。――と、そういった趣旨の計画なのである。

『どうじゃな、貴様の心底しんていは』

清音は、彼の為に、又とない機会と、この企てを、欣んでいうのであった。

『結構です』

『結構だけでは心もとない。この企てには、責任があるぞ』

『やります』

『万一の儀があると、発起人、世話人など、連名していただく方々のお顔に、泥を塗る事になるぞよ』

『はい』

『――と、まあ、わしの老婆心じゃ。然し、そちの技倆も、加藤殿のようなお目利めききが、認めて下さるように迄なって、わしも共々欣ばしい』

『皆、御高恩による所でございます』

『何の、そちの天質と努力のいたす所。今日となっては、もうそれを世に問うて見るも早くはなかろう。滅多にそこらのお天狗な刀鍛冶たちに負ひけはとるまい。この上とも、精進一途に、大を成すように心懸けい。それには、身も慎んでな。――よいか』

『……はい、はい。分りましてござります』

清音の愛は、師恩を超えていた。情誼じょうぎに感じやすい彼はすぐ涙になってしまう。誓っていい刀を鍛って酬むくおうと思った。酒も慎しみ、女も断ち、あらゆる慾望や誘惑にも打ち克って――と、胸のうちで、繰返して念じた。

それから間もなく、「武器講百刀会」は生れた。彼は、その時から、優れたる剣工として、社会へ送り出された。

発起人には、窪田清音や知名の旗本や、酒井家の藩臣たちだの、巣立ちの一剣工にはむしろ過ぎた位な人々の名が連ねられた。

五

百口ふりの申込みは、瞬またたくまに、加入者で満たされてしまった。――同時に、物置小屋の鍛刀所では、何かにつけて不便なので、清音の屋敷から遠くない、四谷北伊賀町に一軒借りうけ、そこで、彼が江戸に於ける第一声の鎚音つちおとを、初めて、揚げることとなった。

一刀、一刀、又一刀――と、彼の作品は、そこから生れて、百刀会の加入者たちに、籖引くじびきの順で渡されて行った。

その裏には、彼の凄まじい精進が、赫々かっかくと溶鉄の炉ろに燃え、骨を削り血を吐くような苦心と研究が潜んでいた。

仕事場に立って、鎚つちを把とればさながら鬼、深夜、土や焼刃の思念に痩せ苦しむ影はまるで現うつつな幽人であった。そして、朝あしたに、自己の会心の作を研ぎあげて、

しめた!

と、彼自身がさけぶ折などは、まったく神か、嬉々たる児童のような、歓びの姿だった。

――人は、そこまでの彼は見ない。

彼の作刀を見た者は、唯ただ云った。

『これはすばらしい。国広くにひろ、康継やすつぐ、虎徹こてつ、水心子すいしんし、それから近頃の直胤――なんどにも劣らぬ作だ』

『いやいや、そんな新刀鍛冶の作振さくぶりとは、懸け離れて、室町、鎌倉期あたりの古人の名作へさえ迫るほどな所がある』

『何しても、格が高い、気品がある。鉄味かなあじのよさ、刃作りの妙、相すがたの麗わしさ、又この匂い。師匠譲りの、生やさしい技や口伝だけで、鍛てるものじゃない』

『新刀鍛冶は、みな堕落したといわれておるが、えらい鍛冶が出て来たものだな』

『近来の正宗まさむねだろう』

『ム。四谷正宗だ』

彗星すいせいのように現われた彼の名声は、ただ秘伝口伝や門流の殻からにかくれて、偉そうな切銘と見てくれで無事泰平な鈍刀なまくらばかり叩き馴れて来た無数の刀鍛冶たちへ、

――こいつは?

と、大きな狼狽と、衝動と、刺戟とを齎もたらした。

そこに又、彼に対する、嫉視しっし、中傷の反動も挙がらずにいない。

当時、江戸で巨匠といわれる鍛冶には、二代水心子正秀の一門があり、又、荘司箕兵衛直胤も松代から移って、秋元侯あきもとこうを背景に、下谷御徒町おかちまちに、堂々たる門戸を張っていたが、そのほかの群小刀鍛冶に至っては、無数と云っていい程あった。それ等がみな、一弦げん月懸かかって萬星滅す――四谷正宗の名声と共に光りを薄くしてしまった。

然し、その名声を慕って、四谷北伊賀町の彼の仕事場を訪ねて行っても、鎚音のしない日は、見つけ出せないほどそこは小ささやかな家だった。

又、彼の刀の切銘きりめいは、従来、「信濃国正行」とか「山浦内蔵助」とか又ただ「環」とか、その時々で切っていたが、やがて四谷に住んでから、

源清麿みなもとのきよまろ

と、作品に切るようになった。

清の名乗なのりは、勿論、恩師窪田清音すがねの一字。一刀一刀鍛つごとに、鉄へ切り込む鑿たがねのごとく、その人を忘れまいとする彼の気持から選んだ名であることはいう迄もない。

そして、近頃、取った一弟子にも、清人きよひとという名をつけてやった。

木の葉雨

一

弟子は、他ほかにも二、三名は取ったが、師匠清麿の烈しい精進に寄りつけないで、よく出たり這入はいったりしていたが、清人だけは離れなかった。

清人は仙台生れで、出羽某でわのなにがしとかいう田舎鍛冶に就て、修業の下地はあったし、鈍な代りに、正直で朴訥ぼくとつだった。清麿も、仕事ではよく怒りもするが、特別、可愛がっていた。

『師匠』

と、その清人が、或る日云う。

『なんだ、いやに改まって』

『お願いがあるんです』

『おれに?』

『へい。……他ほかじゃありませんが』

『何をもじもじして居るのだ。どうも汝てめえは煮え切らねえ男だ。刀鍛冶が、そんな鈍じゃあ駄目だ。もっと、すっぱりと、歯切れをよくしろよ、歯切れを』

『じゃあ云います。……云い難にくい事なんですが、今朝、師匠が井戸端で、顔をお洗いになった後、ひょいと流して見ると、師匠の吐いた痰唾たんつばの中に、赤いものが交まじっていました』

『……ム。血だろう』

『じゃあ、御自分でも、知っているんですか』

『いちど、もっとひどく、血を吐いたこともあるから』

『何で、それを打っ捨ちゃっておくんです。実あ私は、ずっと前から、お次さんに注意されて、気をつけて見ていたんですが……此頃は、殊に師匠のお体が痩やせて来るし――心配で堪たまりません』

『お次が……そう云っていたのか』

『どうか、御意見をしてくれと、お次さんから頼まれたし……私もそう思うんで、叱られるのを覚悟で申します。――どうか師匠、余り仕事で無理をしないで下さい。それと、お酒を……もう少し減らして飲むわけにはゆかないでしょうか』

清麿は、黙って、俯向いたまま、聞いていた。云われないでも、胸の痩せ、膝の痩せ、病魔に蝕むしばまれている体は、自分の手で撫でてもわかる。

百刀会の百口ふり鍛ち上げにかかると共に、一時は杯さかずきを捨ててもみたが、鬼となって、仕事へ打ち込む情熱は、酒へもつい燃えつき易く、一唇くち触れれば、ままよとなって、一升二升、暮れても明けても、分らない彼の酒だった。

それが、病躯びょうくを削けずってゆく――

清麿は、知らないではない。

だが、人には云えない、心の内には、人間の誰にもある苦悶の巣がある。――故郷の事ども、其後の母の死、残して来た妻や子や、兄真雄さねおの境遇にも。

『…………』

沈湎ちんめんと、今、弟子の前に俯向うつむいている清麿の青白い面おもてには、それがありありと刻まれていた。

いつか、十年はあれから過ぎた。その後、故郷くにに起った禍も皆、自分が残して来た禍根かこんのように責められるのだった。長国寺の事以来、藩老の矢沢監物から睨まれて、恩人柘植嘉兵衛の失脚――兄真雄へのさまざまな迫害――妻のお咲や梅作の身にも、前の養子先の縁者たちを繞めぐって、種々いろいろうるさい事情や拘束も起っていると風の便りに聞いている――。

その上に、数年前、自分の居所もまだこっちから知らせぬ間に、母のお菅すげも死んだとある。柘植嘉兵衛の消息も知れない。

四谷正宗の、又、清麿は名人のと、人はいう。空くうな名声は晴れがましく云う。

――だが、誰に今、その一剣を捧げよう。

『清人、よく云ってくれた、これから気をつける。だがな、酒だけは、たんと飲やらないようにするが、少しは、ゆるしてくれ。愚な師匠と、笑うだろうが、見ないふりをしていてくれ』

二

裏は藪やぶで、椿の木が多い。木立ちの向うに寺の寺内が見える。

この界隈かいわいの屋敷といえば、伊賀者衆の組屋敷だった。

お次はよく、そこの露地を、人目忍んで来る。清麿の家は、破れ垣に囲まれていた。ここも、伊賀者衆が住んでいた古家の跡かも知れなかった。木戸を開けると、空地のように、荒れた庭と鍛冶小屋が東の片隅に見えた。

そっと、台所を覗のぞいて、

『清人さん、いますか』

小声でいう。

『あ、お次さんか。きのう持って来た小鰺こあじは美味うまかったぜ。師匠も美味いといっていた』

『じゃあ、清麿さんも、喰べてくれましたか。……今日は、お洗濯物が乾いたから、綻ほころびを縫ぬって持って来ました』

『毎度、すまないなあ。お次さんが居てくれるので、まったく、助かるというものだ』

『お師匠様は』

『ぶらっと――出て行ったが、伝馬町の表通りで、会あわなかったかい』

『いいえ』

『手紙を書いていたから、飛脚屋へ行って、故郷いなかへ金を送りに行ったのかもしれない。そんな用事だけは、自分でそっと出かけるから』

『お故郷くにには、残して来たお内儀様と、お小さいのがおひとり居るんですってね』

『おれには、何も話さない。飲まないと、無口な師匠だからなあ』

『この頃、お酒は……』

『やまないよ、あれだけは』

『お体が丈夫ならいいけれど……。それが心配でたまりません』

『酒も酒だが、仕事もいけないなあ。あたり前にやっていれやあいいけれど、師匠のは、一本の刀が鍛うち上がるたび、一本の骨を削って行くようなものだ』

『百刀会の刀は、もう皆さんに渡ったんですか』

『どうして、もう二年にもなるが、まだ何本も仕上げちゃ居ない。金は要るから、あらかた取って費つかっちまったらしいが、どうするんだろ、いったい』

『他の刀鍛冶のように、手伝いでも入れて、早く仕上げて、次のお仕事をなさればいいのに』

『それが出来ない師匠なんだよ。あれじゃ一本、百両取っても、合やあしない』

『……つい、お喋舌しゃべりしてしまった。お師匠様のいないうちに、お部屋の掃除をしておいてあげよう』

彼女が此家ここへ来るたびに、家の中から、無性ぶしょうな埃りが払われた。

お次は、窪田清音の屋敷にいた小間使であった。まだ、清麿がそこにいた頃、ちらと、男女ふたりにうわさが立つとすぐ、苦労人の清音は、穏やかに、彼女を家元へ帰してしまったものである。

――だが、便りはそっと、つづけて居たらしい。清麿が家を持つと、彼女は、叔父の家から、足しげく、北伊賀町へ姿を見せた。

二十一、二の年ごろで、下町育ちの歯ぎれと、情操じょうそうと才とが、清麿の気もちにぴったり合った。然し彼は、窪田清音の誡いましめがあったばかりでなく、血を吐く胸の病竈びょうそうを自覚してからは、触れてならない花のように見ていた。そして、それを冒おかしかける自分の心を、時には惧おそれた。

三

晩秋となると、この界隈の屋根も廂ひさしも、木の葉の雨だ。

今朝も彼は血を見た。――唇くちからである。

『ゆうべの酒が祟たたった……』

と、思う。そして慚愧ざんきにたえぬ面を井戸に洗う。

鍛冶小屋に霜が白かった。

清人が、朝早くから、一人でコチコチ仕事している。彼自身の作にかかっているのだ。

『どうだ、銘刀が出来そうか』

『あ……お眼ざめで』

『いい、いい、おれの事はいい。今度の仕事は、お前の腕が初めて世間で試めされる大事な一本だ。慥乎しっかり、鍛てよ』

『師匠のようには参りませんが、師匠の一心不乱だけは、学んでやる覚悟です』

正直者だけに、清人は、唇を噛みしめて、その一生懸命な意気を、顔つきに描いて見せた。

それは、首斬り役の山田浅右衛門から来た註文なのである。清麿に――という依頼であったが、

(刑場で使う刀は鍛たない)

と、あっさり断ったので、ならば、お弟子の内でもというので、清人を世に出してやる為に、引請けたものだった。

首斬浅右衛門が、誰の作は斬れる、と折紙つければ、剣工として、一人前の札がつく。――慥乎しっかり、鍛てよ、と彼が激励したのは、正直で鈍重なこの一弟子に、はやく一人で飯の喰えるだけの力をつけてやりたいと常々念じていたからであった。

『ちょっと、出かけるぞ』

『あ。お出かけですか』

『ム……ちょっと』

そのくせ、清麿自身は、もうここ一月の余も、鍛冶小屋に坐らなかった。

鍛てないのだ。心がそこに向かないのである。

『喰う為という目的めあてだけで、あれ程、仕事に夢中になれる人間は仕合わせだなあ』

外へ出てから呟つぶやいた。そして、仕事の熱を求めるように、

(誰の為に、おれは鍛とう)

と、心で思った。

飯の為、酒の為、ただ生きる為だけで――彼は刀は鍛てなかった。なぜならば、彼が刀を鍛つ仕事は、自分で生命を削るのも同じだと――それが分って居るからである。

(母が生きていたら……)

と、その度に思う。思っても効かいない事と知りながら胸が傷む。

そして、空虚うつろな心は、酒の魅惑へ、つい囚われた。

――その日も、夜まで飲み歩いて、殆ど、性もなく、木枯らしの中を落葉と一緒に飄々ひょうひょうと吹かれながら、平河天神から麹こうじ町の灯ひをあてに来ると、

『やいっ、田舎いなか鍛冶っ』

『労咳病ろうがいやみ。待てっ』

誰か分らないが五、六名はいた。――挨拶がないとか、生意気だとか、悪口を喚きながら、清麿を、袋叩きと集って来たのである。獲物の棒切れか何かが、二つ三つ、清麿の痩せた背骨や、腰に中あたった。

不意ではあるし、泥酔していたので、清麿は、大勢の中へ仆れた。――然し、仰向けざまに蹌よろけながら抜打ちに薙ないだ刀に、手応えはあった。次の瞬間、意気地なく、わっと大勢が退いたので、その背の一つへ、追い打ちに、もう一太刀、浴びせかけたのも覚えている。

わらわらと逃げて行った跫音あしおとの後は、又、ひっそりと静かになった。坂の途中の閉まっている屋敷門の下で、彼は、その儘、血刀を持った儘、いい気もちで、眠ってしまった。

血臭いので、暫くすると、犬が吠えかかった。それに、眼をさまして、彼は又歩き出したが、寒さにだいぶ酔いも醒めかけていた。坂の上まで来ると、夜鷹蕎麦よたかそばの灯が見える。よろよろと屋台の中へ首を入れた。

『おいっ、蕎麦』

『へい』

『――じゃあなかった。まず先に、一本かな』

『旦那』

『なんだ』

『血がついて居ますぜ、お手に』

『ほう、成程。……手桶に水はねえか』

『御座いますが……はてな?』

『何が、はてなだ?』

凝じっと、蕎麦屋は、顔を見ている。清麿も何気なく蕎麦売うりの顔を見つめた。

見たような男なのだ。

先でも、いつ迄も眼を燿かがやかしていた。

四

『ウム。思い出した。――もしや旦那は、信州の山浦という刀鍛冶の弟じゃないかな』

『お。……蕎麦屋さん、お前とは、松代で会った事があるな』

『ある』

『長州の浪士と云ったか、藩士と云ったか、忘れたが、たしか名は金子重輔じゅうすけ』

『よく、覚えている。いかにも、自分は金子重輔だが。……おぬしは、江戸へ出ていたのか』

『夜蕎麦売とは、変った渡世とせいをしているな。おれも、彼あの日が、生涯の岐わかれ道になって、とうとう、つまらない刀鍛冶に成っている』

『そうか。して刀の切銘きりめいは』

『山浦清麿きよまろ』

『えっ、近頃、四谷正宗といわれる清麿とは、おぬしのことか』

『面目ない。そんな大したもんじゃねえ。……ああ、あんまり意外な人に出会ったので、酒がさめちまった』

『飲もう! ……。こっちへ這入らないか。火もあるぞ』

『お前さん、まだ、本職の蕎麦売じゃないな』

『元より、これは仮の姿だ』

『ふウム……。この寒空に、粋狂すいきょうな、何でこんな真似をしているんだ』

『粋狂? ……そう見えるか。江戸の人間には、そうも見えようなあ。おぬしのように、明日の日本が、何どうなるかも知らず、飲んで、囈言たわこと吐ほざいて、虫けらみたいに、生きている奴が大概だから』

『何。……何だと』

『まあ飲め』

屋台の裏で、空箱を腰掛けに、行火あんかを挾んで二人は対むかい合っていたが、清麿は、重輔の今の一言に、さっと、冴えた顔から、鋭い眼をすえた。

五

彼が怒ったので、金子重輔は、

『では、虫螻むしけらと云った理わけを聞かしてやろう』

と、肱ひじを張って云った。

今、日本は、開闢以来かいびゃくいらいの危機にかかっている。

海の外を見ろ。支那を見ろ。

英、仏、露、など諸外国の虎視眈々こしたんたんと日本の隙間を窺うかがっていることを考えてみたら慄然りつぜんとしようが。

だのに、江戸はこの頽廃たいはいぶりだ。幕府は無能だ。――誰が、神国のこの危機を救うか。われわれはもう、腐すえた幕府などはとうに見捨てている。

この時、これは神示だ。

われわれが、仰ぎまいらす御方は、一天の大君しかない。だのに、その御所の御衰微ごすいびの様といったら何どうか。

口にするのも勿体ない、涙がこぼれて云えない。

『……貴様、知っておるか』

金子重輔は、涕涙ているいして暫く、口を緘つぐんでしまった。

彼は又、熱心に言葉をつづけ、日本の国体から説き起して、二千余年の治乱を語り、幕府の悪政による朝廷の御式微がどんなに下々の想像もつかない程であるかを話して、

『ただ、幸には、幕府は腐っても、この国体はまだ腐っていなかった。今のうちに、尊王そんのうの大義を建て、外夷を討つ計を立てなかったら、この日本は、支那と同じ轍てつをふむほかない。――日本に生れながら日本を知らず、酔生夢死に世を送ってしまう奴らを、虫螻と云ったのは、おれの間違いだろうか』

と、一気に云い終って、清麿の顔を見つめた。

『…………』

清麿は、身を凍こおらせて、凝じっと、聞き澄ましていた。唇の色まで霜風しもかぜにふかれて蒼あおかった。――然し、彼の性来多感の血は、少年のように、皮膚の下に沸たぎり立っていた。

『ありがとう』

慇懃いんぎんに、頭を下げて、礼をいうと、重輔はかえって、揶揄やゆされたかと思って、

『何だ、それは』

『慎んで、お礼を云います。もし今夜、貴方に会わなかったら、私は、虫けらで生涯を終ったかも知れなかった』

『オ……解ってくれたのか』

『解らずに何うしましょう、胆きもにこたえました。――同時に、剣工として、自分がこれから鍛える心の的まともつきましたが、まだ一つ、疑いがある』

『疑い? ……それはわしの云った事にか』

『いや、自分の仕事に就て』

『どういう事か』

『時勢は、移ってゆく。武器もどしどし進んでゆく。兵術も洋式になる。――そうした世の中では三尺に足らない刀など、今に、進歩した砲術の前では、針ほどな役にも立たなくなるのではないでしょうか』

『……ウウム』と、重輔も、それは深く考え込んで居たが、軈やがて、

『そうだ、それは佐久間象山先生に聞け。象山先生のほかに、その答を明確に云ってくれる人はあるまい』

『あいにくと、てまえはまだ、信州へは行かれません』

『何、松代まで行く必要はない。先年から藩公に従ついて、象山先生は江戸へ出ていらっしゃる』

『えっ、江戸に御在府でございますか』

『内密だが、自分も密ひそかに、出入しておるから、日を見て、一度先生のお宅で会おう。猶なお、いろいろと話しもあるから』

と、他日を約して、その夜は別れた。

火華氷柱

一

西洋真伝兵学砲術教授所

表門に、看板がかけてあった。

木挽こびき町五丁目の佐久間象山の江戸屋敷である。約束の日に、清麿はそこへ行った。

金子重輔は、先に来ていた。その日は、いつか見た姿とは変って、どこから見ても志士らしい侍の服装になっていた。

『十数年前、信州の小島村で、お目にかかった山浦清麿でございます』

彼の挨拶を聞くまでもなく、重輔から話を聞いていたので、象山は、

『よく来たのう』

と、当時を追懐ついかいして、今の刀匠清麿を懐なつかしげに見た。

そして、清麿から、例の疑いを、問い出さないうちに、象山から云った。

『――聞けばそちは、将来、西洋兵術や砲術が進めば進むほど、日本刀は不要になりはせぬかという迷いを抱いているそうだが、余人の凡工ぼんこうなら知らず、山浦清麿ともある者が、そんなことでは困る』

と、前提して、

『剣けんは、武士のたましいだ。武士は国体の衛士えじだ。この国土のある限り武士道はある。武士のある限り、武士のたましいたる剣もなくてはならぬ。――わけても日本刀は、洋刀とは違う。それを鍛つ者の精神、それを帯びる者の精神、二つながら違う。もし、その精神が錆さびたり、その精神が失われるようなことがあったら、日本は亡ぶ日だ。――だから日本の亡ぶ日まで、日本刀は朽くちさせてはならぬ。不要になるなどとは、以てのほかな夢想で、鍛て、もっと、その信念を以って鍛て』

西洋学者といわれた象山の口からそう云われたのである。清麿は、もう迷わなかった。

(剣工! ああ、よくもおれは、この天職を掴み取った。そうだ、日本の剣工でなけれやいけない)

ここへ、来る前の彼と、帰ってゆく時の彼とは、姿は同じでも、既にちがっていた。

礼をのべて、帰る際に、象山へ、

『お座右ざうへ置くには足りませぬが、いずれ一口ひとふり、その心をもって鍛ったものを持って参りまする』

と約して別れた。

二

――その戻り道。

木挽橋こびきばしの上で、ちらと、摺すれちがった年増としまの茶屋女風の女が、

『――あらっ?』

と、往来の人の間から、軽い驚き声を投げた。

振顧ふりかえって、清麿はハッとした。別所で別れたお寿々すずだった。

橋向うまで馳けて、そこの辻駕つじかごへ飛び乗った。

行く先も云わずに乗ったので、駕屋かごやは、

『旦那、急げ急げって、何処まで行くんです』

『柳橋辺りでいい』

つい、云ってしまった。

いつも飲む家の門かどである。――どう自分の天職に自覚を持っても、酒だけは、だめだと思った。酒とは、終生、縁が切れそうな自信もない。

『ああ、何日いつか会うものだなあ』

お寿々を頭に描きながら、その日の帰りも、深酔いして、家へ戻ると、夕闇の畳の上へ、ごろりと転寝うたたねをしてしまった。

と、勝手の方で、

『清人きよひとさん。……たいへんです、ちょっと来て』

お次の声がした。

清人は、仕事場から出て行った。

『なんだ、大変て』

『左門町に、固山宗次かたやまむねつぐという、弟子の沢山いる刀鍛冶がいるでしょう』

『箆棒べらぼうめ、弟子が大勢居たって、宗次の刀なんぞ、鈍刀番附なまくらばんづけの横綱だ』

『そんなことを告げに来たんじゃありません。その宗次の弟子が、何処どこかで、家のお師匠様に、斬られたことがあるんですってね』

『へエ。……聞かねえが』

『その事だの、遠い前の事だの、種々いろいろと、遺恨いこんが積っているから、清麿のやつを斬ってしまわなければならない。今夜は斬り込むのだと、ゴロ浪人まで入れて、刈豆店かりまめだなの居酒屋で飲んで居ますとさ。いつもここへ来る時、買物に寄る、煮豆屋のおかみさんが教えてくれたんです。……清人さん、お師匠様は』

『うたた寝していら』

『まあ……。何うしましょう』

『何うしよう』

と、清人と一緒に顫ふるへ上って、そっと、清麿の寝顔をのぞきに来た。

清麿は、眼をあいていた。そして、清人から聞かないうちに、

『抛ほっとけ抛っとけ。だが、いくら蚊みたいな奴でも、沢山来ちゃあ、うるさいから、玄関の両側に、薪まきをうんと積んで、蚊いぶしの代りに焚火たきびをしておけ。――いいか、そして門の戸も、裏の木戸も、残らず開けっ放しにしておくんだ』

『師匠……。お酔いになっているんでしょう』

『ばか。酔っているか居ないか、これを見ろ』

抱いて寝ていた自分の一刀を、寝たまま抜いて、ぱッと夕闇を横に薙ないだ。

『――あッ、あぶないっ』

清人は、台所へ飛んで来た。

お次は、御家人ごけにんの娘だけに、そう聞くと、

『仰っしゃるように、して置きましょう』

と、家の中も、表も裏も、皆開け放して、二、三ヵ所に、大袈裟げさな焚火をしておいた。

『どうなるんだろ?』

と、清人は、生きた心地もない。むしろ落着いているお次を力に、息をころして隠れていた。

やがて、固山かたやま宗次の弟子やゴロ浪人は、獲物を持って、襲よせて来たが、がらん――と開け放してある家の中と、どかどか燃え旺さかっている火を見ると、

『……おやっ?』

『はてな?』

立ち竦すくんで、垣の外を、やや暫く、こそこそしていたが、そのうちに町廻りが来たので、わっと逃げ散ってしまった。

三

清人は、飛び出して、手を打った。

『わははは。ざまあ見やがれ。師匠、もう逃げちまいましたぜ』

お次は、手桶の水を、火にかけて消していた。

むっくり起き上って、清麿は、

『折角、今夜は夜半よなかから、仕事にかかろうと寝ているのに、うるせえ奴だな』

『師匠、今、燈火あかりをつけて持って来ますが、ひとつ鑑みて戴いただかれましょうか』

『なんだ、鑑てくれとは』

『お蔭様で、山田浅右衛門から註文された刀が、やっと仕上りましたんで』

『ほう……』と、ニッコリして、

『出来たか。どれ見せろ』

清麿が欣んでくれたので、清人は、行燈を片手に、白鞘に仕立てたばかりの一口ひとふりを持って来て、差出した。

清麿は、鞘を払って、凝じっと、眉をよせていたが、ずかっと起ち上るなり、

『だめだ。こんな物!』

閾しきいの隙すきに突っ込んで、ヘシ曲げてしまうと、がらりと、庭先へ投げ捨ててしまった。

『あっ……師匠っ』

清人が、泣き声を出すと、

『何だ、惜おしそうに。あんな物なら鍬鍛冶くわかじでも鍛つ。小手先でもヘシ曲がるような飴あめ細工を、清麿の弟子の刀といわれては、おれの名折れだ』

『……へ。……へい。……済みません』

『刀とは、こうして作るものだ。仕事場へ来いっ』

もう、そう云った時の顔つきから、清麿の面おもてには、ここ久しく出なかった、仕事への凄まじい情熱――あの夜叉やしゃにも似た血相が漲みなぎっていた。

四

その夜から師も、弟子も、厠かわやにゆく時のほかは、鍛冶小屋を離れなかった。

夜半も、鞴ふいごが唸うなり、鉄敷かなしきの響きが洩れ、冬の月へ、凍いて返った。

幾日も、幾夜もつづいた。

帰るにも帰られず――お次は母屋おもやにいて、そこへ、握り飯を運んだり、表へ来る借金取りの云い訳に、手をついていたりした。

『もしえ? ……ちょっと伺いますが』

と、小粋こいきな中年増が、門を覗のぞいて云った。

『こちらは、山浦清麿さんのお住居すまいですってね』

『ええ、そうです』

『あなたは、御新造さんですかえ?』

女の眼は、妙に鋭く燃えているので、お次はすこし脅おびえながら、

『いいえ……』と、答えると、

『ホホホホ。そうでしょうねえ。此の家に、他ほかに御新造様などがいてたまるもんじゃないからね。どこに居るんです環たまきさんは』

『環さん? ……そんなお方は』

『いえさ、今の清麿さんの昔名前さ。わたしゃあ、あの人に、用があるんです。ちょっと、そう云って下さいよ』

『今は、お取次ぎができませぬ』

『どうしてさ』

『叱られます』

『いいから、そう云ってお出でなさい。別所べっしょのお寿々すずが来ましたといえば、何を打ッちゃっても、飛んで出て来なけれやあならない義理合いがあるんだから』

『……でも、それは、御無理でございましょう。会わないと仰っしゃっている時は、誰方どなたが、何といおうが』

『会わせないというのかえ。――あ、あれは、鍛冶小屋の音だね。お前さんなんぞの取次ぎは待たないからいい。自分で勝手に会って来るよ』

家の横へ廻って、裏へ行こうとするので、

『あっ、いけません。――もしっ』

お次が、裸足はだしで飛び降りて、彼女の前を遮さえぎった。

『なにさ? 出洒張でしゃばって』

お寿々は、お次を突き飛ばして、小走りに駈け込んで行った。見ると、露地ろじつづきの裏のすぐ彼方むこうに、注連縄しめなわの張り廻してある黒い鍛冶小屋の入口がすぐあった。

仕事の権化となっている清麿には、彼女が、小屋へ這入って来たのも知らずにいた。お寿々は彼の姿をそこに見ると、くわっとして、いきなり、

『お前さん! ……。よくもわたしを、お忘れだね。いえさ。よくも、私の姿を見ながら、何日いつか木挽橋では、逃げましたね』

と、清麿の胸ぐらをつかんだ。

清麿は、驚くよりも、猶、仕事のうつつから醒さめないで、

『え。……誰だ。おまえは』

『誰とは何さ』

甲かんだかく、お寿々は、泣き声をふくんで呶鳴どなった。

『シラを切るのもいい程におし。別所のお寿々を忘れて、お前さんは済むのかえ』

『あ……おう……お寿々か』

『さ! 話があるから、出ておいで』

『うるさいっ』

『何だって!』

『何もくそもない。注連縄が見えないかっ。ここは山浦清麿の鍛冶小屋だぞ』

『知ってるから来たんだよ。もうお前なんぞに、未練はないが、く、く、くやしくって堪らないから』

『出ろっ、出てゆけ。不浄ふじょうだ。小屋が穢けがれる』

『穢れるだって。よくもそんな口が』

『ええいっ、出ないか。撲なぐるぞっ』

『若い娘なぞ、引ッ張りこんで、私を、不浄なんて、口惜しい、離すものか……』

『うぬ、出て失せぬか』

『出て行って、たまるものか』

『よしっ』

清麿は、力まかせに、突き出した。それでもまだ、お寿々は、躍気やっきとかかって来るので、小脇に引っ抱えると、裏木戸から、寺の寺内へ抛り出した。

『清人! 小屋を一度掃き出して、塩を塩をっ』

五

自分の鍛うつ剣に、自分が抱いた新しい信念を吹きこんで、その一口ひとふりを、彼はまず、佐久間象山へ贈ろうと、発心したのであった。

彼は、その一刀を。

又、弟子の清人は、鍛ち直しの一腰ひとこしを。

師弟二人が、共に、対むかい合って、あだかも鍛ち競べをするかのように、不眠不休といってもいい精進を、十数日もつづけていた。

ふと、対い合っている弟子の鑢やすりの音が止むと、

『清人ッ』

『……はア』

『眠いのかっ』

『い、いえ』

『なんだその眼は。てめえの作る刀の未来も分るぞ、眼からして、もう赤鰯あかいわしだ。――水を浴びて来いっ』

『へいっ』

清人は、深夜の井戸端いどばたへ駈け出して、氷の棘とげが生えている釣瓶縄つるべなわを見ながら、真ッ裸になるのだった。

『おれも浴びる』

と、清麿も来て、仕事着をかなぐり捨てた。

肋骨あばらの出ている細い肉体に、冬の風がふきつけた。清人は、吃驚びっくりして、

『師匠、と、とんでもない。……滅茶めちゃだ、そんなお体で』

『ばかあ云え。おれの体には、注連縄しめが張ってある』

『後生ごしょうです……止やめておくんなさい。神様へ向ってなさる行ぎょうならば私が、師匠の分も浴びておきますから』

『心配するな。実あ、てめえを叱りながら、おれも眠気ねむけに襲われて来たのだ』

笑って、彼も一緒に、釣瓶の水をざっと浴びた。

鑢やすりかけして、相造すがたづくりが終ると、焼入やきいれにかかった。弟子に教えることは懇切こんせつだった。だが、清人は清人だけの才分しかなかった。何か、気に触れた時である。清麿は、彼の脳天から、雷鳴かみなりのように呶鳴った。

『止めちまえッ! 刀鍛冶はっ』

そして、いきなり蹴飛ばして、研桶とおけの水を頭からぶッかけた。

外へ、転ころがり出した上、研とぐその水に、濡れ鼠になった清人は、もうほんとに、刀鍛冶は止めてしまおうと思ったのか――冬陽びの日向ひなたへ立って、男泣きに泣いていた。

張板はりいたを立てて、襤褸ぼろを洗い張りしていたお次は、気の毒そうに、そっと寄って。

『どうしたの……どうなすったの……』

『かまわないでくれ。……おらあ、唯、自分が鈍に生れたのが恨めしい』

『又、叱られたんでしょう。ここが、怺こらえどころですよ。何どんな職業しごとだって、修業の道は辛いものと極っています』

その時、玄関の方で、

『頼もう。――山田浅右衛門の使の者でござるが』

と、厳いかめしい口のきき方をした使者の訪れが聞えて来た。

催促である。

お次が、出て行って、聞くと、

『註文の刀は、ぜひ年内に欲しいのでござる。――という次第は、鍛ち下ろしを戴いた翌日――いつも朝の未明みめいでござるが、罪人の死体をお上より申しうけ、新刀試あらみだめしをいたしておきたいと主人が仰っしゃる。――それには、初春はるにかかっては、何かと、困り申すので』

口上は、裏の方まで、よく聞えて来た。

清人は、威勢よく、涙の顔をこすって、仕事場へ這入って行った。

『師匠。……すみません。これから、自分の愚鈍へも鑢やすりをかけて、猶なお、一生懸命にやりますから、どうか、もっと叱って下さいまし』

六

年暮くれに押迫った極月の二十七日頃。

小塚っ原は、霜柱しもばしらで真っ白だった。然し、空は暗く、夜はまだ、明けるにだいぶ間まがあった。

千住の宿場遊廓しゅくばぐるわから飛んで来た帰り駕かごの提灯かんばんらしいのが、どう道を勘ちがいしたか、刑場の原へぶらぶら迷いこんで来る様子――

『おや、馬鹿野郎め、狐にでも化かされやがったんじゃねえか』

番小屋にいた非人の二人が、のそのそ出て行ってみると、空から駕はすぐ町の方へ引っ返して、後の原っぱに、酒くさい男が一人、ぼんやり立っていた。

『御浪人、ここは通り道じゃねえぜ』

教えてやると、素袷すあわせ一枚の痩せた男は、知っている――と頷うなずいて、小判を一枚、懐中ふところから出し、

『少いが、これは手土産てみやげだ。その代りに頼みがある。明日あしたの早朝、ここで山田浅右衛門が、胴試どうだめしにかける罪人の死骸を、朝までおれに貸してくれないか』

と、云うのである。非人は、不審顔して、

『悪戯いたずらされちゃあ困るが』

と、金も欲しそうな顔すると、

『はははは。悪戯いたずらするどこか、抱いて寝るだけのことだ』

――こいつは、酔っぱらっている。非人は顔を見合せてくすくす笑った。金は取って置かなければ損と当然に考えた。

『その筵小屋むしろごやの中に入っている死骸がそうだ。外へ持ち出しちゃいけねえぞ』

指さすと、酔いどれ浪人は、這い込んで行った。非人は、腹を抱えて笑った。程経てから又、そっと外から覗き込んで、

『あれ……ほんとに、死骸を抱いて寝ちまやがったぞ。酒くせの悪いやつもあるものだな』

と、呆れ顔を見あわせた。

一方は、

『起せ起せ』と、云ったが、

『まだ、空は暗い。浅右衛門様のお駕が見えてから、抓つまみ出しゃあいいだろう。一両の宿賃だ。もうちっと、寝かしておいてやれ』

と、放っておいた。

辺りが白みかけると、山田浅右衛門と二、三名が来て、形かたの如く、死骸を土壇どだんにすえた。ゆうべの酔っぱらい浪人は、いつのまにか、消えていた。浅右衛門は自身、鍛うち下ろしたばかりの新刀――清麿の弟子斎藤清人が鍛えた一口ひとふりを試して、

『存外、斬れる』

と、評しながら、間もなく帰って行った。

正月の二日早々。

清人の所へ、山田浅右衛門の宅から、斬味きれあじを賞揚した礼状一通と、酒肴代しゅこうだいとが届いた。

清人は、その手紙を持って、年始に歩いた。何処へ行っても、それが自慢だった。――ところがそれから一月も経ってから、彼は、お次から囁ささやかれた。

『清人さん、あまり自慢し散らさない方がよう御座いますよ。お師匠様のお情なさけも知らないで』

『ばかいえ。あの刀は、鋼卸はがねおろしから研とぎ上あげまで、おれの手で鍛えたのだ』

『それはそうでしょうが、浅右衛門の手にかかって、斬れ味のよかった理わけを知っていますか』

『おれの腕が確かだからよ』

『そうではないでしょう。極月の二十七日の晩、お師匠様はお留守でしたろ』

『遊びに出かけて、翌日の昼間、頭の重い顔して、帰っておいでなすった。酒のことは、いくら云っても無駄だから、もう御意見は云わない事にした』

『何を云っているんです。……あの晩、お師匠様は、清人さんの刀が見事斬れるか斬れないか、それを心配する余り、家へ帰らなかったんですよ』

『えっ、神信心にでも行って下すったのか』

『いいえ。お帰りになってから、私が、着物を畳たたんで上げると、何ともいえない嫌な匂いがするので――オヤ、死人しびと臭い――と迂うっかり云ったら、お師匠様が、きっと私を見て、黙っていろ、と恐い眼をしてこう仰っしゃったんですよ』

『ど、どう云ったんだ』

『――浅右衛門の胴試しに会って、もし、清人の刀が、斬れなかったら、あいつの一生涯は、浮かばれない事になるから、小塚っ原の非人に金をくれて、試しにかける死骸を借り、明け方まで抱いて寝て、死骸の肌を温めておいたんですって』

『……えっ、師匠が、死骸を抱いて寝たんだって』

『わたしは、初めて聞きましたが、凍っている死骸を斬るのと、人肌に温ぬくもっている死骸を斬るのとでは、まるで斬れ味がちがうんですってね』

『…………』

清人は涙もろい。お次からそう聞くうちに、もう両腕に顔を埋めて、彼女の方へ背中を向け、しゃくり上げて泣いているのだった。

『……まあ、又泣いてしまって。清人さん、お師匠様の心が分ったら、泣かないでも、それを、胆に銘じておいて、いつか御恩返しをすればいいじゃありませんか。……お師匠様も、きょうは、去年からかかって、一心に鍛ち上げたお刀を持って、佐久間先生とやらのお屋敷へお出かけだし……さ、泣かないでよ。ね、清人さん、鶯うぐいすが笑っています』

裏庭の梅花うめはもう綻ほころびかけていた。

不滅の国瓊くにたま

一

長州訛なまりの侍、薩摩弁の侍、柳河藩の某なにがし、荘内藩の誰――と、木挽町の西洋学者の門を出入する志士風の者はかなり頻繁ひんぱんであった。

清麿も、その一人だった。

彼が贈った一作は、いつも、象山の座右に置かれていた。

そこで、幾多の志士と、清麿は知り合った。若い志士たちの理想や議論をだまって聞いていた。

――が、彼は同時に、世間の如才じょさいない、刀鍛冶のように、金次第のいわゆる御差刀料おさしりょうなどは作れなくなってしまった。

貧乏は、彼を追いつめてくる。

お次は、何という宿縁しゅくえんか、妻ともなく、その貧苦と闘たたかって、

(大馬鹿者)

と叔父から云われ、勘当の身となってしまった。

彼女は、それを、むしろ幸として、

『一生涯でも、清麿さんの仕事場へ、研水とみずを汲んであげれば、わたしはそれで本望です』

と、清人に洩らした。

清人は、嘆息をもらして、

『もう、お故郷くにの方に、義理立てもないのだろうが、師匠は、若いお次さんに、胸の病やまいをうつしたくないからだぜ。女房にしないからといって、それを恨んじゃ違うぜ』

『知らない』

部屋へ走りこんで、彼女はひとりで泣いているらしかった。

『きょうは、お次さんの泣く番か』

清人が、そんな冗談を云っていると、窪田清音すがねの仲間ちゅうげんが使に来た。――お次は又、はっと、顔色をかえた。

(もしや何か? 自分の事で)

と、恟々どきどきしていたが、そうではなかった。何か用事があるから、清麿が帰って来たら、すぐ屋敷へ来るようにという口上なのであった。

二

ずっと、不沙汰なのである。江戸へ来てからの恩を、忘れ果てたわけではない。

武器講こう百刀会の刀はまだ四半分も鍛うち上げていない。どう自身でも心を責めても出来ないのである。しかも、前取りした金はとうの昔に費つかってしまっている。

閾しきいの高い思いを越えて、清麿は、恩師の前に、面目ない顔を伏せた。

『どうした。ひどく痩せたじゃないか』

清音に、そう云われる程、彼は辛い気がした。

『――そう改まるな。今日呼んだのはほかじゃないが、武器講の一件だ。弱ったのう。彼方此方あっちこっちから、矢の催促はまずよいとして、余り長びくので、近頃は、そちに対して、種々な取沙汰だ』

『御恩を仇で返したような始末、何とも、お詫びのいたしようが御座いません』

『わしの立場か。……ムム、それもわかっておるじゃろう。――だが、もっと案じられるのは、そちの立場だ。近頃、そちはよく、勤王方の志士たちと、往来しておるそうだな』

清麿は、ぎくとした。恩師清音は、幕臣である。

『――で、近頃そちも、わざと足を遠くしておるなと察しては居ったが、武器講のお世話人、加藤宅馬殿を初め、多くは皆、幕府方の人々じゃ。なお、始末が悪いわい』

『おことばでござりますが、清麿は刀鍛冶でございます。天子の民、日本の一鍛冶と生れたことを、果報と思っておりますが、何処までも、てまえの使命は刀を鍛つことと、分を存じておりますから、勤王方の志士たちと、往来ゆききはいたしておりましても、幕府を倒す運動などに、組しているわけではございません。それだけは……』

『待て――』清音は、抑えて、

『その善悪よしあしを、糺ただすのではない。唯、お前に告げておくのは、わしの見るところ、この儘では、お前の身辺が危いことだ。そちの本心は、どうあろうと、幕吏ばくりが眼をつけて、縛り上げようとすれば、いくらでも罪悪の名目はつけるぞ』

『はい』

『ここ暫く、江戸から足を脱ぬけ。ほとぼりが冷めたら又帰って来い』

『でも、武器講の御迷惑をかけ放しでは……』

『偽りを申すな。今のそちの精神として、幕府方の侍共の腰の刀ものが鍛てるはずはない。江戸に居たとて、出来るものか』

『…………』

『金の方も、後の始末も、清音が身に負って致してつかわす。何処なと、当分、遠国へ行っておれ』

『……はい。死後までも、御恩のほど、忘れませぬ』

『そう感じてくれたら、一刀でもよい。大君おおきみを護り奉るに足るような銘刀を鍛て。――この窪田清音は、徳川譜代ふだいの臣じゃ。今にも、事こそあれば、喩たとえ勤王方の兵であろうと、この老骨に、伝来の一腰横たえて、戦うやも知れぬ』

六十も越えて、眉もすでに白い人の、その眸ひとみの奥に、清麿は初めて、真の徳川武士というものを見た心地がした。

清麿が、江戸から、忽然と姿を消してしまったのは、それから数日の後だった。

窪田清音は、来訪の客を見るたびに、

『不届ふとどき至極な奴でござる。――見つけ次第に、お報らせ下さい。槍鞘やりざや払って、一突きに、成敗してくれまする』

と、非常な怒り方であった。

客は皆、

『武器講の金を蓄え置き、逐電ちくてんしたものでござろう』

と、云った。清音も一緒に、

『あやつ、平素から、金には汚い奴で』

と、罵った。

今になって――と、陰で清音を非難する者もあったが、始末は悉皆しっかい、清音がつけたので、日が経つうちに、人々も、問題にしなくなってしまった。

三

世は、愈〻騒がしい。

漸く、江戸の民衆にも、時勢の動乱が、眼にも、耳にも、解って来たのである。

弘化、嘉水と、年号の短く変るのまでが、慌あわただしい感じを世に与えた。

どこに隠れていたのか、山浦清麿は六、七年ぶりで、ぶらりと、江戸へ戻って来た。

(家があるかしら?)

と、すら思いながら、北伊賀町へ来てみると、清人は仕事場にいた。お次は、米の磨水とぎみずを流していた。

『よく鍛冶小屋を護っていてくれた。だが、二人とも、変ったなあ』

『お師匠様こそ』

三名は、お互いに、茫然として、何から話そうという事も、俄にわかに思い出せなかった。

清麿は、今日まで、何処にいたとも語らなかった。――だが、彼の死後に現われた刀の切銘きりめいには、「長州萩城ニ於テ作ル」としたものや「村田清風先生ノ為ニ鍛ツ」と切った作刀がかなり見られるので、長州に潜伏せんぷくしていた事は、想像に難くない。

江戸に帰った後も、彼の生活は変らなかった。又、信念も変らなかった。

象山はあれから後、一度帰国したが、次の出府には、清麿も又、江戸に戻っていたので、木挽町に行くことも、前と変らない。

金子重輔と一緒に、吉田松陰しょういんと会ったのも、木挽町のそこの書斎であった。松陰とは、その時が初めてではない。清麿が長州にいるあいだ、幾度か、その人の風には接していた。自分よりはずっと年下であったが、清麿には、忘れ得ない人のひとりであった。

その松陰は、江戸からすぐ又、長崎へ向って立つと聞いたので、清麿は、自作の小柄こづか一本を餞別せんべつにと持って、翌日、象山の家を訪うと、

『惜おしかったの、もう今朝立った』

というので、彼は落胆して、帰りかけた。

すると、象山は、

『実は……』と、彼に松陰の旅行の大事を打明けて、

『わしも、松陰が立った後から、彼の大望を激励げきれいする意味で、一詩を書いたが、もう間にあわぬものと、ここに巻いて淋しく思うていた所だ。そちが心をこめた餞別もあるなら、今から急げば追いつけぬこともない。何とか、手渡したいものじゃが』

と、云う事なので、清麿は、

『承知しました。先生の詩を御覧になったら、猶更、感激なさるでしょう。お話をうかがえば、これが生死のお別れになるかも知れぬ門出かどで、ぜひお渡しいたしましょう』

と、引受けて、東海道を追いかけてゆき、自分の気持と、象山の依頼とを果した。

彼を待つ大きな運命は、その日駈けた道にあった。すぐ翌年――それは安政元年となった三月――吉田松陰と金子重輔のふたりは、下田港からペルリの軍艦へ近づいて、暗夜に乗じ、密航を企てたことが失敗して、幕府の手に捕えられた。

送別の詩が、禍わざわいして、象山も国元松代で幽閉ゆうへいの身となった。

当然、清麿にも、疑いがかかった。然し、小柄に彼の切銘はなかった。唯、象山と彼との間に誰か、連絡をとった者があるらしいという程度であった。

その儘、夏になっても、沙汰はなかった。秋になっても、呼出しは来なかった。

――だが、彼が絶えず、何ものかに、備えている覚悟は、お次にも、清人にも、薄々わかった。

清人は、お次にそっと、囁ささやいた。

『師匠は、この頃、いつでも懐中ふところに、画家えかきの川辺さんから貰って来た緑青ろくしょうのつつみを隠して持っているようだぜ……』

『えっ、緑青を……?』

彼女もまだ、そこまで切迫した清麿の気持とは思っていなかったらしく、そう聞くと、真っ蒼になって、唇をふるわせた。

四

夜もすがら、木の葉雨がわらわらと、破やれ廂びさしを打つので、時折、眼がさめる。

しいんと壁が寒い。――十一月の中旬である。

寝床とこについてから間もなく、

とんとんとん――

表の門を叩く者がある。

清麿は、天井へ眼をひらいた。手はすぐ蒲団の下の刀へ行った。

『――はい』

茶の間に寝ていたお次が答えてしまったのである。……しまった! と思ったがもう間にあわない。

急いで、帯をしめて、お次は出て行った様子である。遂に来る日が来たのだ。ぜひがない。

覚悟は、日常にある。

万一捕つかまって、白洲しらすに曳ひかれ、拷問ごうもんの苦痛と、幕吏から恥辱をうけるのは堪え難い。――いや堪え難いのみでなく、生身なまみの体だ、その苦痛に克かちきれなくなって、この口から、万一にも、勤王方の不利なこと一点でも洩らしたら愧死きししても足りないことだ。

又、もう一つ彼の惧おそれたことは、大恩のある窪田清音の身に、禍わざわいのかかる事だった。それを避けるには、自分の「死」以外に安全な道はない。

清麿は、すぐ、台所へ走った。

手桶の柄杓ひしゃくをつかみ、氷を割って、水を口に含んだ。

常に持っている小さい紙包みを、顔の上に逆さにして、緑青の粉を、一口に仰飲あおった。

そして又、急いで、水桶から水を掬すくい、ぐいと飲みほした。青い粉末がすこし溶けて、唇を燐りんのように光らした。

『いつでも来い!』

大刀を横たえると、彼は、死へ向って、こう叫んだ。

――その時、表へ出て行ったお次が、あれっと、悲鳴をあげて、ばたばたっと、逃げ惑まどうような跫音あしおとを立てた。

五

『逃げることはないよっ。――もしっ、お次さん、お次さんてば』

彼女の開けた門から、途端とたんに、そう云って駈けこんで来たのは、お寿々すずであった。

台所の露地から、走って出た清麿は、うぬと喚わめいて、出会いがしらに、刃を抜き浴びせた。

『――あッ、た、環たまきさん』

その絶叫は、半なかば、死へ心の行っていた清麿を、愕然がくぜんとさせた。お寿々とは、夢にも思っていなかったのである。――環さん、遠い昔の名を呼ばれたのも、彼の胸をふかく衝ついた。

『……だめ、だめ。……わたしを殺しては。……わたしは、報らせに来てあげたのだ。今夜、わたしの奉公しているお茶屋へ飲みに来た岡っ引から、ちらと聞いたので』

『お寿々』

清麿はぺたっと、側へ坐った。

『お、お前とは、知らなかった。……お、お寿々……』

霜に俯うっ伏した朱あけまみれた顔は、もう応えがないのだった。

よろよろと、立つと、彼方の闇に、凍ったように恟すくんでいたお次は、

『お師匠様ッ……』

と、彼の胸へ、駈け寄るなり、縋すがりついて、わっと泣いた。

『き、き、来ました。……とうとう、おわかれの日が』

『捕手とりてか!』

きっと、振向くと、垣根越しに、裏隣りの寺の寺内を、チラチラと駈ける提灯の光りが、透すいてみえる。

近所の屋根の上にも。そして、物の気配けはいにも。ぎゅっと、肌を緊めてくるような一瞬が、体じゅうをそそけさせた。

笠だの、合羽かっぱだの、草鞋わらじだの、鼻紙だの、一纒まとめひっ抱えて、清人も、家の中から飛び出して来た。

今夜に限って、彼は、泣きもしないし、うろうろもしていなかった。

『師匠っ、はやく、この合羽を被かぶって、草鞋を穿はいて――。あ、あたしの田舎へ、逃げましょう。お次さんも連れて』

『清人か』

『そ、そうです』

『それはおめえの旅仕度にしてくれ。……ああ、長い間、苦労ばかりさせて、済すまなかったなあ』

『そ、そんな事。……さ、お次さんも、泣いている場合じゃねえぞ。はやく、師匠にこれを』

『いや、お次には、平常ふだんに話してある。決して、おれに義理立てなどするなよ。二人で逃げろ、きれいな仲の三人だ。生きてゆく先で、よく心と心で話してみるがいい、……お次には、おれから云ってある事がある』

みりっと、寺の藪やぶで、生木なまきの踏み折れるような響きがした。清麿は、二人を門の外へ突き出して、内から棒をかってしまった。

六

大地が号泣するように、門の外に、それからも、暫く嗚咽おえつの声がしていた。

清麿は、よろぼいながら、雪隠せっちんの横の縁側から這いあがった。

御先祖と、神棚のある部屋まで、這って行こうとするらしい。

だが、緑青ろくしょうの毒素は、もう血の中を駆けまわっていた。がばっと、縁に、首を垂れてしまった。

――一瞬。

清麿は、あらゆる苦痛が、体じゅうから解ほぐれるような心地した。然し、意識はその体を、もう動かそうともしない。

板の間へくッつけている彼の顔は、にやりと微笑したようだった。耳には遠く千曲川の水音でも聞えているらしい。きれいな小禽ことりの音すらありありとそこらにする。

(……いいよ、いいよ。何も、謝まることはない。そなたは、わしの子ではないか)

ぼっと、虹の環わのような中に、母の顔が見えた。昔ながらの温いお管すげの顔である。

(不孝? ……いいえ、おまえが独りで苦んでいるんだよ。わたしは、おまえに乳をあげた土ですよ。咲いた花が悪かったら、わたしという土が悪かったことになる。だのに、そなたは、天子様の赤子せきしとして、恥はじない華はなを持ったじゃないか)

兄が側で、頷いている。嬉々として、梅作が小さい掌てをひらいている、――淋しげではあるが、お咲の顔も、自分をゆるすかのような眸めで、凝じっと見ている。

萬象、あらゆる物が、その霧の中では生きている。見たこともない白髪の老人などが、飄ひょうとして、横ぎってゆく。――御先祖様かも知れない。と清麿の、意識ともつかない不思議な意識がふと思う。

恩人の柘植嘉兵衛つげかへえと、窪田清音すがねとが、破顔している。それでいいのだと云っているように。

――直胤、直胤、直胤。

と、彼の霧の意識はさがしたが、どこにも見えない。虫けらのように見えない。

ばりばりッ!

これは、現実の物音である。

垣を破って、捕手は、雪崩なだれこんで来た。

『あっ、戸が開いている! 風を喰らって、逃げたぞ』

清麿の俯ッ伏しているすぐ側で、こう呶鳴どなりながら、捕手たちは、彼を見出さずに、家の周りを、暴風雨のように駈け繞めぐり初めた。

その声に、ふたたび此の世の肉体へ、飛んで返って来た意識を持って、はッと、首を擡もたげた山浦清麿は、両手を、懸命に縁の板へついて、わずかに、戸の開いている方へ、身をにじり廻した。

――そこから、彼方かなた遙はるか、京都の方を望んで。御所の常盤木ときわぎを胸に思って。

『…………』

十一月の夜、霜より冴えた夜、星は一つ一つ、燦さんとしていた。

恭うやうやしく頭を下げるなり、同時に、山浦清麿の鍛った刀は、山浦清麿の喉のんどを突き刺して、かりの世の肉体を、ふたたび永遠の溶鉱炉ようこうろへと送り戻した。

〔作者附記〕山浦清麿の遺作は今日猶、不朽な銘刀として遺された物少くありませんが、彼の事歴は、死後湮滅いんめつされた為、殆ど記録も稀れで、作者の推理と、想像に拠った所寡少としません。又、脚色上仮想人物の点出も云う迄もなく、主人公が近世の人物であり、現存縁故者もあるべく思われるので、敢て、お断りいたしておく次第です。猶、熱心なる山浦清麿研究家藤代義雄氏、岩崎航介氏などの作者に寄せられた御好意をも、併せて多謝いたしておきます。

(昭和十三年九月)

底本 / Source edition

底本:「吉川英治全集・43 新・水滸傳(二)」講談社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社
1938(昭和13)年9月
入力:川山隆
校正:門田裕志
2014年2月14日作成
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書誌 / Bibliography
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吉川 英治「山浦清麿」(新字新仮名)、底本『吉川英治全集・43 新・水滸傳(二)』講談社、1967年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 056053_001562, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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