## 小諸の兄弟

## 一

『のぶ。――<ruby><rb>刀箪笥</rb><rt>かたなだんす</rt></ruby>を見てくれい』

<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>の<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>を締め終って、懐紙、印籠などを身に着けながら、<ruby><rb>柘植嘉兵衛</rb><rt>つげかへえ</rt></ruby>は、次の間へ立つ妻の<ruby><rb>背</rb><rt>うしろ</rt></ruby>へ云った。

『――下の<ruby><rb>抽斗</rb><rt>ひきだし</rt></ruby>じゃ。この正月、<ruby><rb>山浦真雄</rb><rt>やまうらさねお</rt></ruby>が<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ち上げて来た一腰があるじゃろう。二尺六寸ほどな物で、新しい<ruby><rb>木綿</rb><rt>もめん</rt></ruby>に巻き、まだ<ruby><rb>白鞘</rb><rt>しらさや</rt></ruby>の儘で』

『ございました。この刀ではございませんか』

『それそれ』

と、嘉兵衛は手に持つと、座敷の中ほどに、<ruby><rb>悠</rb><rt>ゆ</rt></ruby>ったり坐り直した。

今朝――

この信州<ruby><rb>松代</rb><rt>まつしろ</rt></ruby>の城下、長国寺の境内で、藩のお抱え<ruby><rb>鍛冶</rb><rt>かじ</rt></ruby>、<ruby><rb>荘司直胤</rb><rt>しょうじなおたね</rt></ruby>が主催で、大がかりな刀の「試し」がある。

それはもう、<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>け<ruby><rb>方</rb><rt>がた</rt></ruby>から始まっている筈とあって、<ruby><rb>気短</rb><rt>きみじ</rt></ruby>かな嘉兵衛は、

（はやくせい。はやくはやく）

と、食事も<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>き立てるので、彼の妻は、<ruby><rb>良人</rb><rt>おっと</rt></ruby>を送り出すのに、うろうろして急いだ程だった。

で、もう玄関には、<ruby><rb>草履</rb><rt>ぞうり</rt></ruby>を<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>えて、供の<ruby><rb>仲間</rb><rt>ちゅうげん</rt></ruby>も<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>から待っているというのに、嘉兵衛は、白鞘の一腰を払うと、

『のぶ、<ruby><rb>打粉</rb><rt>うちこ</rt></ruby>を出せ』

と落着き直して、悠々と又、刀の<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>いをし始めた。

ゆうべも、独りで取出して<ruby><rb>夜更</rb><rt>よふ</rt></ruby>けまで、<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>め入っていた刀である。

よほど、気に入っているらしかった。

『うむ。……いいところがある。直胤の<ruby><rb>鍛刀</rb><rt>うちもの</rt></ruby>などよりは、無名のこの作者のほうが、<ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>かに、魂がはいっておる』

<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>いて、木綿袋へ巻き直し、

『では、行って来るぞ』

と、<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>を起てかけた時である。

折も折、客とみえて、玄関に控えていた仲間が、そこから告げた。

『<ruby><rb>御新造</rb><rt>ごしんぞ</rt></ruby>さま。山浦の御舎弟がお見えでござりますが』

声を聞いて、嘉兵衛が<ruby><rb>直</rb><rt>じ</rt></ruby>かに、奥で云った。

『なに、<ruby><rb>真雄</rb><rt>さねお</rt></ruby>の弟が見えたと。……むむ、大石村へ養子に行ったとか聞いていたが、あの<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>と申す次男であろう。いい所へ来た。ちょっと上げろ』

## 二

山浦環は、又の名を<ruby><rb>内蔵助</rb><rt>くらのすけ</rt></ruby>とも<ruby><rb>称</rb><rt>い</rt></ruby>った。まだ<ruby><rb>二十歳</rb><rt>はたち</rt></ruby>ぐらいで、固く<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まって坐った。黒い<ruby><rb>眸</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>には、どこかに<ruby><rb>稚気</rb><rt>ちき</rt></ruby>と<ruby><rb>羞恥</rb><rt>はにか</rt></ruby>みを持っていた。

藩士ではない。<ruby><rb>小諸</rb><rt>こもろ</rt></ruby>に近い山里の郷士の子である。だから城下へ出て来る時など、殊に身を質素にしていた。粗末な木綿の着物に木綿の<ruby><rb>袴</rb><rt>はかま</rt></ruby>――どこと云って<ruby><rb>派手気</rb><rt>はでけ</rt></ruby>のない<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>びた青年だった。けれど、それで居て、肩の薄い肉づきだの、<ruby><rb>整</rb><rt>ととの</rt></ruby>った目鼻だちだの、天性の<ruby><rb>端麗</rb><rt>たんれい</rt></ruby>が、どこやらに潜んでいた。

『……そうか、<ruby><rb>御年貢</rb><rt>おねんぐ</rt></ruby>の事で、お<ruby><rb>蔵</rb><rt>くら</rt></ruby>役所まで参ったのか。よく寄ってくれた』

『<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>と申しては、恐れ入りますが、以来、御無沙汰いたしております。常々兄の<ruby><rb>真雄</rb><rt>さねお</rt></ruby>が又、<ruby><rb>一方</rb><rt>ひとかた</rt></ruby>ならぬ<ruby><rb>御庇護</rb><rt>ごひご</rt></ruby>に預かっております由で』

『いや、そちの兄も、ぐんぐん腕が上って来てな。<ruby><rb>後援</rb><rt>うしろだ</rt></ruby>てしておるわしも、<ruby><rb>世話効</rb><rt>せわが</rt></ruby>いがあるというものよ。――時に、そちはもう、近頃では、刀も<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>つまいな』

『はい、<ruby><rb>養家先</rb><rt>ようかさき</rt></ruby>では、刀を鍛つなどという暇はおろか、刀を<ruby><rb>観</rb><rt>み</rt></ruby>るまもございません。庄屋の雑務やら<ruby><rb>養蚕</rb><rt>ようさん</rt></ruby>やらで』

『百姓もいい。そちのような者が、庄屋の跡目を継いで励めば、あの辺の村々もずんと好くなるに違いない』

<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>は、ふと、淋しげな顔をして、

『近頃も、兄は相変らず、お宅様へは伺っておりますか』

『ム。<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>に見えるが、今年はまだ、正月に鍛ち上げた此の刀を持って見えたきりじゃ』

『お。それは、兄の<ruby><rb>鍛</rb><rt>きた</rt></ruby>えでございますか』

『見るがよい、<ruby><rb>懐</rb><rt>なつか</rt></ruby>しかろう』

『はい』――と、手を差し伸べかけたが、

『いや、止しましょう。刀を見ると、又、鍛冶小屋が恋しくなって、兄のように、自分も<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>を持ちたくなります』

『そちも、刀鍛冶が、好きとみえるな』

『兄は、上田の御城下に住む、<ruby><rb>河村寿隆</rb><rt>かわむらかずたか</rt></ruby>の門に<ruby><rb>習</rb><rt>まな</rt></ruby>び――私はその兄から、十三四歳の頃より、<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>の打ち方、重ね<ruby><rb>鉄</rb><rt>かね</rt></ruby>の仕方、土取り、火入れまで教わりました』

『では今迄には、兄弟して、鍛った刀も多かろうな』

『いつも、兄が<ruby><rb>本鎚</rb><rt>ほんづち</rt></ruby>に坐り、私が、<ruby><rb>対</rb><rt>むこ</rt></ruby>う鎚を<ruby><rb>把</rb><rt>と</rt></ruby>って、夜の白むのも知らず、鍛ち明かしたもので御座いました。……けれど、他家へ養子に参ってからは兄に<ruby><rb>会</rb><rt>あ</rt></ruby>うのも、年に一度か二度。鎚の音さえ、此の頃はとんと、耳から忘れた気がいたしまする』

<ruby><rb>出前</rb><rt>でさき</rt></ruby>らしい容子に気づいて、環は、急に長座を詫び、<ruby><rb>携</rb><rt>たずさ</rt></ruby>えて来た<ruby><rb>土産物</rb><rt>みやげもの</rt></ruby>の山<ruby><rb>繭織</rb><rt>まゆおり</rt></ruby>一反と、山芋の<ruby><rb>苞</rb><rt>つと</rt></ruby>とを、奥へ渡して、

『又、伺いまする』

と、辞しかけた。

<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>の柘植嘉兵衛は、袋巻の<ruby><rb>白鞘</rb><rt>しらさや</rt></ruby>を<ruby><rb>提</rb><rt>ひっさ</rt></ruby>げて、一緒に立ち上りながら、

『帰るのか。――ではその辺まで、同道しよう』

と、一緒に門の外へ出た。

## 三

家毎の<ruby><rb>杏</rb><rt>あんず</rt></ruby>の花から、<ruby><rb>淡</rb><rt>うす</rt></ruby>い朝霧が立ちのぼっている。

川中島の<ruby><rb>洲</rb><rt>す</rt></ruby>を<ruby><rb>繞</rb><rt>めぐ</rt></ruby>る疎林や、丘の草にも、<ruby><rb>仄</rb><rt>ほの</rt></ruby>かな緑が<ruby><rb>萠</rb><rt>も</rt></ruby>え出して、信濃の春は、<ruby><rb>雪解</rb><rt>ゆきげ</rt></ruby>を流す<ruby><rb>千曲</rb><rt>ちくま</rt></ruby>川の早瀬のように、いっさんに訪れて来た。

兄の鍛った刀を持って、嘉兵衛が家を出て来たので、山浦環は、

『きょうは、どちらへお越しでござりますか』――と、<ruby><rb>其刀</rb><rt>それ</rt></ruby>が気に懸かるように、訊ねた。

『知らぬのか』

と、嘉兵衛は、長国寺の境内に今朝ある「<ruby><rb>試刀</rb><rt>ためし</rt></ruby>」の催しを話して、

『誰が云い出したか、お<ruby><rb>抱</rb><rt>かか</rt></ruby>え鍛冶の荘司箕兵衛直胤の<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>つ刀は、折れ易いといううわさが専ら立ったものじゃ。で、直胤やその弟子共が、怪しからぬ中傷と<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>って、自分たちの鍛つ刀が、噂の如く折れる物か、折れない物か、衆人の前で試してごらんに入れる。折れる折れるといわれる刀は、おおかた、<ruby><rb>近郷</rb><rt>きんごう</rt></ruby>の名も無い雑鍛冶の<ruby><rb>拵</rb><rt>こしら</rt></ruby>え<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>に違いない。左様ないかさま<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>と混同されては心外である。<ruby><rb>禄</rb><rt>ろく</rt></ruby>を頂戴しておる藩公に対しても、<ruby><rb>闡明</rb><rt>せんめい</rt></ruby>にする義務がある。――などとひどく力んでな、大懸かりな<ruby><rb>試刀</rb><rt>ためし</rt></ruby>をいたすというので、これから出向いてみるのじゃよ』

と、説明した。

環は、聞くと、更に眼をみはって、

『では、お持ちになった兄の刀も、そこで試すおつもりですか』

『うむ。直胤の弟子共は、天下に直胤ほどな名人はないように云い居るでな。――無名の、しかも、刀鍛冶とも名乗らぬ、素人の中にも、かくの如き、隠れた上手がある事を、見せてやろうと思うのじゃ』

『では<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>、見よと仰っしゃった時、私も、見て置けばようございましたな』

『なに、この、真雄の刀か』

『はい』

『そんな心配はいらぬ、見事なものだ。――いつぞやも、わしはこれを自慢に持って、寺社奉行の山寺源太夫様のところへ行き、お見せしたところ、殊のほか、お<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>めに預かった。そこで、ぜひ源太夫様にも、一腰、真雄へお<ruby><rb>吩咐</rb><rt>いいつ</rt></ruby>け下さるようにとお願いしておいたところ、快く御承諾で、其後、大小一揃い、真雄方へ、御註文があったという知らせで、わしも<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>を施し、真雄に取っても、<ruby><rb>愈〻</rb><rt>いよいよ</rt></ruby>、世に出る時が来たと、欣んでおるところじゃよ』

と、嘉兵衛はまるで、わが事のように、嬉しそうな顔なのだ。その顔つき通り、真雄の鍛った<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>といえば、信仰的な自信を持って、斬れる、折れない、曲がらぬと、彼は、人にも広言して<ruby><rb>憚</rb><rt>はばか</rt></ruby>らなかった。それほど熱心な後援者であった。

## 四

――だが、嘉兵衛は、貧しい侍である。金や顔を以て、後援はできなかった。

ただ努めて、真雄の人物と作刀を、重臣たちの間へ推賞したり又、真雄自身へは倦まざる精進を、<ruby><rb>鞭撻</rb><rt>べんたつ</rt></ruby>して来ただけだった。

ところが。

松代藩では、それより数年前に、家老の矢沢<ruby><rb>監物</rb><rt>けんもつ</rt></ruby>の周旋で、初代<ruby><rb>水心子</rb><rt>すいしんし</rt></ruby>正秀の<ruby><rb>直門</rb><rt>じきもん</rt></ruby>、荘司箕兵衛直胤を、かなり高禄で、<ruby><rb>招聘</rb><rt>しょうへい</rt></ruby>していた。

人情は、当然、双方を、比較する。

（<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>つ<ruby><rb>方</rb><rt>ち</rt></ruby>がよいとも云えんなあ）

と、いう評が、密かにあった。

（いや、むしろ真雄のほうが、出来は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むら</span>だが、良い<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>があるぞ）

そんな<ruby><rb>観方</rb><rt>みかた</rt></ruby>をする者もあった。

そこへ、近頃、

（直胤の刀が折れた。――どうも直胤の刀は、折れ易い）

と、いう噂がぱっと立った。

事実、川中島の辺で、若侍同志の喧嘩があった時、一方の持っていた直胤の刀が、折れた事件もあったのである。

又、家中の<ruby><rb>北沢某</rb><rt>きたざわなにがし</rt></ruby>も又、

（自分も、試してみたが、やはり折れた――）

と、云ったとか、云わないとかで、<ruby><rb>揉</rb><rt>も</rt></ruby>め事があったりして、直胤一門は、とにかく、噂に対して、激怒していた。

そこで、公開して見せるとなった、今朝の長国寺の「試し」である。折れるか、折れないか、自分等の<ruby><rb>作刀</rb><rt>さくとう</rt></ruby>を試す会だとは<ruby><rb>称</rb><rt>い</rt></ruby>っているが、その目標が、無名鍛冶の山浦真雄にあることはいう迄もない。――<ruby><rb>途々</rb><rt>みちみち</rt></ruby>、嘉兵衛の口から、そんな事情を聞かされると、環は、

（これは、兄の名誉ばかりではないが）

と、<ruby><rb>遽</rb><rt>にわか</rt></ruby>に心配になった。

元々、兄は刀鍛冶ではないのだ。山家の一郷士に過ぎない。性来、刀を<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>つのが好きで、人に頼まれるまま鍛って来たが、まだその道の専門家とは決していえる腕ではない。

その兄の<ruby><rb>鍛刀</rb><rt>たんとう</rt></ruby>と――一世に名匠の聞えの高い水心子正秀の高弟直胤の刀と――何うして較べ物になろう。

（大丈夫）

と、嘉兵衛は思いこんでいるが、<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>は内心、案じずにいられなかった。少年の頃、兄の<ruby><rb>対</rb><rt>むか</rt></ruby>う<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>を打ったことのある環には、兄の腕が、たとえ其後、上達しているにせよ、どの程度か、分っていた。

『嘉兵衛様、その「試し」の場所へ、私もひとつ、お連れ下さるわけには、行かないでしょうか』

『なに、<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>も来る？　よかろうとも。家中に限るという規則はない。直胤一門の方では、むしろ一人でも大勢に見てもらいたがっている程だからな』

『では、<ruby><rb>他</rb><rt>よそ</rt></ruby>ながら、お供として』

『何を憚ることがある。山浦真雄の弟として、威張って来い、大手を振って<ruby><rb>従</rb><rt>つ</rt></ruby>いて来い』

## 両作・川中島

## 一

長国寺の広い<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>は人で埋っていた。

然し皆、武士ばかりだし――<ruby><rb>厳</rb><rt>おごそ</rt></ruby>かな刀試しなので、自然、見る者も立会い人も、<ruby><rb>静粛</rb><rt>せいしゅく</rt></ruby>だった。

<ruby><rb>据斬</rb><rt>すえきり</rt></ruby>、<ruby><rb>試</rb><rt>ため</rt></ruby>し物目録

一　<ruby><rb>陣笠</rb><rt>じんがさ</rt></ruby>、厚味三分七厘。お武具方御不用物。

一　四分一<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>、厚サ一分二リン<ruby><rb>透</rb><rt>すか</rt></ruby>シ<ruby><rb>彫</rb><rt>ぼり</rt></ruby>

一　<ruby><rb>俵菰</rb><rt>たわらごも</rt></ruby>二枚たばね。五寸廻シ青竹入

一　鹿の<ruby><rb>角三股</rb><rt>つのみつまた</rt></ruby>

一　鉄砂入り<ruby><rb>混粘張</rb><rt>こねば</rt></ruby>り陣笠。

一　<ruby><rb>古革銅</rb><rt>ふるかわどう</rt></ruby>、倉田猪之助所持。先祖大坂陣ノ<ruby><rb>節</rb><rt>おり</rt></ruby>、着用ノ品。

一　<ruby><rb>兜</rb><rt>かぶと</rt></ruby>。柘植嘉兵衛所持。<ruby><rb>重量</rb><rt>めかた</rt></ruby>七百五拾匁。<ruby><rb>八幡座鉄</rb><rt>はちまんざかね</rt></ruby><ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>ミ一分余。古作、鍛エ宜シ。

こう、墨黒々と書いた貼紙の立て板が、どこからも眼につく幕の前に建てられてあった。

――見ると今。

選ばれた<ruby><rb>斬</rb><rt>き</rt></ruby>り<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>の一名が、<ruby><rb>業物</rb><rt>わざもの</rt></ruby>をふり<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>って、土壇の上の<ruby><rb>干</rb><rt>ほし</rt></ruby><ruby><rb>藁</rb><rt>わら</rt></ruby>を斬っていた。

『この通り！』

藁十本ばかり残って、見事に斬れた。

斬り人は、使った刀を<ruby><rb>翳</rb><rt>かざ</rt></ruby>して、

『直胤の作。刃こぼれ、曲がりなし』

と<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>って、立会い人の方へ渡して、引き退がった。

陣笠、鹿角、古兜。

と次々に、べつな刀を持って出て、べつな斬り人が試みた。

皆、直胤の刀だった。

そして、かなりな斬れ味を見せ、<ruby><rb>二太刀</rb><rt>ふたたち</rt></ruby>、三太刀でも斬れなかった刀でも、折れはしなかった。

直胤の悪評は、訂正された。

まだ、<ruby><rb>鉄杖</rb><rt>てつじょう</rt></ruby>を斬るとか、<ruby><rb>鎧</rb><rt>よろい</rt></ruby>の<ruby><rb>鉄銅</rb><rt>かねどう</rt></ruby>を斬るとか、だいぶ項目が残っていたが、

『そう時刻があるまい。この辺で、ちと他の刀を試しては』

と、立会い人から、当日の主唱者であり、また今まで試された力の作者――箕兵衛直胤へ、相談があった。

直胤は五十四、五歳の老人だった。勿論、熱心に眼を光らせて、<ruby><rb>床几</rb><rt>しょうぎ</rt></ruby>に掛けて見ていた。

『いかがで御座ろう。――もうこれくらい試せば、もはや、あらぬ世評が、貴公を中傷する為の<ruby><rb>嘘</rb><rt>うそ</rt></ruby>であったという事は、誰も承認したであろうと存じますが』

立会い人が、そう云うと、直胤は、<ruby><rb>磊落</rb><rt>らいらく</rt></ruby>そうに笑顔をくずして、

『いや、御苦労でござった。わしは最初から、何も大して気には懸けておらんがの。……弟子共さえ、承知なら』

『では、近頃、<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りと名の聞える、山浦真雄の作りを、四、五本ここで試しますが、御異存はございますまいな』

『まあ、余り<ruby><rb>角目立</rb><rt>つのめだ</rt></ruby>たんがよいが』

『いや、持参して、望む者もございますから』

『望まれれば、試合を<ruby><rb>挑</rb><rt>いど</rt></ruby>まれたも同じこと。嫌ともいわれまい。――何事も、お世話人と、弟子共に、おまかせいたすで』

『然らば』

と、立会い人が、席へ<ruby><rb>退</rb><rt>さ</rt></ruby>がると、斬り人は又、名を呼ばれて立った。

## 二

『山浦真雄の作！』

一刀を払って、斬り<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>が、こう刀を衆に示して、<ruby><rb>据物</rb><rt>すえもの</rt></ruby>に向うと、観衆も斬り人の<ruby><rb>呼息</rb><rt>いき</rt></ruby>と一つになって、しいっとなった。

『…………』

わけても、環は<ruby><rb>総身</rb><rt>そうみ</rt></ruby>を固くして、斬り人の手元を<ruby><rb>睨</rb><rt>にら</rt></ruby>んでいた。

<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>もせずに。――手にも、われとなく、汗をにぎって、

――ええいッ！

と云う声を、耳というよりは、彼は、心臓を突き<ruby><rb>貫</rb><rt>ぬ</rt></ruby>かれたように聞いた。

据物の鹿角から――どすっ――と鈍い音が<ruby><rb>刎</rb><rt>は</rt></ruby>ね返った。斬り<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>は、二太刀目を下ろした。そして三太刀目。

『曲がったッ』

と、さけんで、身を退いた。

<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>の側にいた柘植嘉兵衛は、ぐらぐらとしたように、前へ出て行った。

『あ。<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く』

『なんじゃ』

『失礼ながら、今の試しは、斬り人の手元に、少し御無理があったように見受けられた。――この一刀で、もう一応、お試しがありたい』

『心得た』

と、嘉兵衛が<ruby><rb>携</rb><rt>たずさ</rt></ruby>えて来た一刀を受け取って、斬り人は、前のようにそれを観衆の眼からずっと直胤一門の控えている方に迄、手元を<ruby><rb>徐々</rb><rt>じょじょ</rt></ruby>にまわして見せた。

『ムム。見た眼には、<ruby><rb>相</rb><rt>すがた</rt></ruby>のいい刀だ』

直胤の弟子が、呟いた。

<ruby><rb>冷侮</rb><rt>れいぶ</rt></ruby>の色が、その辺りで漂った。

だが、直胤は、その刀へ<ruby><rb>床几</rb><rt>しょうぎ</rt></ruby>から礼儀をして、

『大事に』

と、注意した。

白鞘なので、斬り人は、<ruby><rb>仮鍔</rb><rt>かりつば</rt></ruby>を入れ、白布で柄巻して、<ruby><rb>揮</rb><rt>ふ</rt></ruby>り<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>った。慎重な構えと、澄み切った気息の合致したせつな、やッと満身から<ruby><rb>喚</rb><rt>おめ</rt></ruby>いて、壇の上の鍔を斬った。

鍔は七分まで斬れた。然し、びんと異様な音が、誰の耳にも<ruby><rb>触</rb><rt>さわ</rt></ruby>った。

斬り人は<ruby><rb>刃</rb><rt>やいば</rt></ruby>を挙げて、

『<ruby><rb>鎺</rb><rt>はばき</rt></ruby>から一尺上、刃こぼれ有り――。硬い』

云いながら、<ruby><rb>無造作</rb><rt>むぞうさ</rt></ruby>に、立会い役の手へ渡した。

嘉兵衛は、蒼白になってしまった。<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>をした我が児でも見まもるように、手から手へ、渡されて、冷侮の眼に<ruby><rb>弄</rb><rt>もてあそば</rt></ruby>れてゆく愛刀の方を眺めた儘、茫然としていたが、突然側にいた環が、何かさけんで、ばっと人々の<ruby><rb>環視</rb><rt>かんし</rt></ruby>の中へ駈け出して行ったので、

『あッ。――オオ』

止めるとも、励ますとも、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>ッ<ruby><rb>方</rb><rt>ち</rt></ruby>つかずな声をあげて、自失の我から、<ruby><rb>愕</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きの我に<ruby><rb>回</rb><rt>かえ</rt></ruby>った。

## 三

『公平でないっ。今日の刀試しには、公然と、<ruby><rb>奸策</rb><rt>かんさく</rt></ruby>が行われていると存じます！』

山浦環は、こう周囲へ向って、訴えていた。

静かだった空気は、彼の<ruby><rb>凄</rb><rt>すさ</rt></ruby>まじい声も打消すほど、途端に、<ruby><rb>喧騒</rb><rt>けんそう</rt></ruby>の<ruby><rb>坩堝</rb><rt>るつぼ</rt></ruby>に落ちていた。

今、斬り人の手から、立会い役の手へ渡された、兄真雄の作――柘植嘉兵衛が持参の一刀を――無下に環が奪ろうとしたからである。

『何をするっ』

『場所がらも<ruby><rb>弁</rb><rt>わきま</rt></ruby>えず』

『不正があるとは、何を<ruby><rb>吐</rb><rt>ほ</rt></ruby>ざくか』

<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>い被さって、環を<ruby><rb>阻</rb><rt>はば</rt></ruby>めた直胤の弟子や、斬り人の侍たちは、その<ruby><rb>襟</rb><rt>えり</rt></ruby>がみや、両腕を<ruby><rb>把</rb><rt>と</rt></ruby>るなり、

『この青二才めが！』

引戻して、試し場の中ほどへ、<ruby><rb>蹴仆</rb><rt>けたお</rt></ruby>した。

踏まれても、蹴られても、環はすぐ、<ruby><rb>刎</rb><rt>は</rt></ruby>ね起きた。そして、

『卑劣があると観たっ。不正があるっ。<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>り直せっ』

と、叫んで<ruby><rb>歇</rb><rt>や</rt></ruby>まなかった。

直胤の弟子たちは、

『<ruby><rb>抓</rb><rt>つま</rt></ruby>み出せっ』

と、息まいたが、その時、環の叫びへ、<ruby><rb>木魂</rb><rt>こだま</rt></ruby>して答えるように、観衆の中からも、

『そうだ、不正が見えたぞ。<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>り直せっ』

という声が、所々に起った。

それを又、打消すべく、

『だまれっ、<ruby><rb>喧</rb><rt>やか</rt></ruby>ましい』

『刀は、正直だ』

云い返す者があると、更に、それを<ruby><rb>圧伏</rb><rt>あっぷく</rt></ruby>して、

『<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>り直しっ。行り直しっ！』

と、宣言するように、云って<ruby><rb>歇</rb><rt>や</rt></ruby>まない見物もあった。

俄然、<ruby><rb>平常</rb><rt>へいぜい</rt></ruby>、直胤の一派を支持している者と、ひそかに、それへ反感を抱いている者との感情が、環の一投石に依って、露骨な<ruby><rb>波瀾</rb><rt>はらん</rt></ruby>をよび起したのであった。

そのうちに誰からともなく、

『あれは、山浦の舎弟だ』

と云う声が伝わったので、直胤一門は、

『何、真雄の弟だと？』

と、眼をみはり直して、愈〻、事態は<ruby><rb>険悪</rb><rt>けんあく</rt></ruby>な対立の相を呈した。

## 四

今の環は<ruby><rb>灼熱</rb><rt>しゃくねつ</rt></ruby>した<ruby><rb>鋼</rb><rt>はがね</rt></ruby>であった。

誰の言葉も、その赤い耳は<ruby><rb>刎</rb><rt>は</rt></ruby>ね返して、

『<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>り直さぬうちは』

と一歩も退かなかった。

『云い<ruby><rb>条</rb><rt>じょう</rt></ruby>は、それか』

と、中へ這入った世話人たちが云った。

『それだけです！』

純情な<ruby><rb>眸</rb><rt>め</rt></ruby>を光らして、環は猶、繰返した。

土気色な<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>をして、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>から見ていた箕兵衛直胤は、

『お世話役、望みにまかせてやらっしゃい』

と、床几から云った。そして、

『今の刀を、その若者に持たせ、同じ鍔を、斬らせてみるがよう御座ろう』

と<ruby><rb>追</rb><rt>つ</rt></ruby>け加えた。

世話人たちは、環へ詰め寄って、

『<ruby><rb>見事</rb><rt>みごと</rt></ruby>、斬るか』

と、<ruby><rb>糺</rb><rt>ただ</rt></ruby>した。

『斬る』

環は、<ruby><rb>昂然</rb><rt>こうぜん</rt></ruby>と、唇を噛んで答え、

『いざ！』

と、自分を<ruby><rb>叱咤</rb><rt>しった</rt></ruby>するように、即座に、袴をくくり上げ、<ruby><rb>下緒</rb><rt>さげお</rt></ruby>を解いて、袖を<ruby><rb>片襷</rb><rt>かただすき</rt></ruby>にからげた。

――だが、先に<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>を斬った真雄の一刀を受けてみると、故意に斬り<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>が無理をした<ruby><rb>痕</rb><rt>あと</rt></ruby>が歴然とその刃こぼれに読める。たとえ、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>んな<ruby><rb>伝世</rb><rt>でんせい</rt></ruby>の銘刀でも、<ruby><rb>邪心</rb><rt>じゃしん</rt></ruby>をもって、折ろう曲げようとすれば、傷つかぬということはない。

刀は名鏡である、人は、止水の<ruby><rb>相</rb><rt>すがた</rt></ruby>でそれに溶け合わなければならない。一点の曇り、一点の揺るぎでも、心が動じれば、刀も狂う。

<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>は、まず怒りを<ruby><rb>鎮</rb><rt>しず</rt></ruby>めた。

そしてただ、

『<ruby><rb>八幡</rb><rt>はちまん</rt></ruby>』

と、<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>じて壇上の<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>へ、<ruby><rb>発矢</rb><rt>はっし</rt></ruby>と刀を入れた。

鍔は真二つに斬れた。

しかも刀は、元の儘だった。

『――ア。斬れた』

と、人々の間から流れた感嘆の声を聞くと、環の<ruby><rb>眦</rb><rt>まなじり</rt></ruby>は、たらたらと、湯のような涙を垂らして、一筋の<ruby><rb>歓喜</rb><rt>かんき</rt></ruby>を、頬へ描いた。

## 多感なりし年少の日

## 一

兄の名は、<ruby><rb>雪</rb><rt>そそ</rt></ruby>がれた。――これでいい！

環は、刀を返して、すぐ身を<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>きかけた。

すると箕兵衛直胤が、

『待たっしゃい』

と、声をかけた。

『何ですか』

『おぬしは、山浦真雄の弟じゃそうだの』

『そうです。それが<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うかしましたか』

『いや、<ruby><rb>賞</rb><rt>ほ</rt></ruby>めてあげるのだ。そう恐い眼でわしを睨むことはない。兄思いな情は、見上げたもの』

『<ruby><rb>未熟</rb><rt>みじゅく</rt></ruby>ではあるが、兄の刀も、そう<ruby><rb>鈍作</rb><rt>どんさく</rt></ruby>でないことは、お認めになったろうな』

『いや、分らぬ』

箕兵衛直胤は、首を振った。

『――一振ぐらい試したとて、そう<ruby><rb>易々</rb><rt>やすやす</rt></ruby>、折紙は付けられん。<ruby><rb>過</rb><rt>あやま</rt></ruby>ちの功名ということもあるからの。今、見事に斬れたのは、おぬしの一念が斬ったので、刀が斬れたのではあるまい』

『ば、ばかな』

『<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>から、わしの作は、十幾振も試しておるのじゃ、それと互角には申されまいが、<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちお</rt></ruby>しくば、猶、二刀三刀、数を重ねて、試してみよ』

『おお、幾らでも』

『<ruby><rb>門人</rb><rt>もんじん</rt></ruby>――真雄の刀を取り寄せて、次の据物を斬らせてやらっしゃい』

『それには及ばぬ』

環は、自分の腰に横たえている刀の<ruby><rb>柄</rb><rt>つか</rt></ruby>を打って、

『兄の作は、ここにもある』

『ムム、自身の<ruby><rb>差料</rb><rt>さしりょう</rt></ruby>か。猶よかろう。――して、据物には、何を置くか』

『何なりとも』

『よし』

直胤は、<ruby><rb>古兜</rb><rt>ふるかぶと</rt></ruby>の<ruby><rb>鉢金</rb><rt>はちがね</rt></ruby>を、壇に据えさせた。

そして自身、<ruby><rb>起</rb><rt>た</rt></ruby>って来て云った。

『あの目録にも見える通り、わしの作でも、<ruby><rb>此品</rb><rt>これ</rt></ruby>ではないが、他の鉢金を斬っておる、おぬし、口ほどならば、これが斬れぬことはあるまいが』

『…………』

何の！　と環はそれを見つめた。

『どうじゃ、<ruby><rb>行</rb><rt>や</rt></ruby>るか』

『致します』

『然らば――』と、直胤は身を<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>いて、『拝見しよう。やらっしゃれ』

と云い放った。

## 二

環は再び、身構えを取った。

身ではない、心である。

こういう感情の中で、すぐ心を無念無想に取り戻すことは、難かしいことだった。

けれど直胤が、わざと若い彼の心を<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>らせるような事を云ったのも、一つの術策である。環はそれと察したので、努めて、微笑をもって、心を<ruby><rb>紊</rb><rt>みだ</rt></ruby>さなかった。

（これしきの物が斬れないで<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うしよう）

環は、自分の差料へ手をかけながら、強い、信念をふるい起した。

身に帯びているこの刀こそ、自分が十六、七歳の頃、赤岩明神に<ruby><rb>祈誓</rb><rt>きせい</rt></ruby>をかけ、兄は本鎚の座にすわり、自分は<ruby><rb>相鎚</rb><rt>あいづち</rt></ruby>に<ruby><rb>対</rb><rt>むか</rt></ruby>って、夜となく昼となく、兄弟ふたりの魂を火として、打ち鍛えた刀なのだ。

兄と自分との合作である。

しかも、この<ruby><rb>焼刃</rb><rt>やきば</rt></ruby>の中には、母の<ruby><rb>真心</rb><rt>まごころ</rt></ruby>さえこもって居た。兄弟ふたりが、一心不乱になっていると、母は絶えず、仕事場へ<ruby><rb>宥</rb><rt>いた</rt></ruby>わりに来て、

（オオ、精が出るのう。<ruby><rb>兄弟</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の合す鎚音は、御先祖様の御座らっしゃる土の下まで響いて行こうぞ。今でこそ、赤岩村の<ruby><rb>佗</rb><rt>わび</rt></ruby>しい郷士、<ruby><rb>鍬</rb><rt>くわ</rt></ruby>を片手に、<ruby><rb>飼蠶</rb><rt>かいこ</rt></ruby>と共に<ruby><rb>起臥</rb><rt>おきふし</rt></ruby>している土侍じゃが、お<ruby><rb>許</rb><rt>もと</rt></ruby>たちの御先祖様はといえば、<ruby><rb>足利</rb><rt>あしかが</rt></ruby>の世の頃まで、今も昔のままに居るこの辺り一帯を<ruby><rb>砦</rb><rt>とりで</rt></ruby>として、南朝方へお味方した山浦<ruby><rb>常陸介</rb><rt>ひたちのすけ</rt></ruby>というた名だたる勤王の名将じゃぞ。――刀を打つなら、御先祖様のような、お心になって打て。――鍛冶屋職人になる程なら、<ruby><rb>鍬</rb><rt>くわ</rt></ruby>を持って、土を耕した方が、どれほどましか知れぬぞ。――侍のたましいを打つ身は、侍以上のたましいでなくてはなるまいが）

と、骨休めにと、茶を入れて、宥わり慰めてくれる間も、母はそうした<ruby><rb>訓誡</rb><rt>くんかい</rt></ruby>を、<ruby><rb>兄弟</rb><rt>ふたり</rt></ruby>に対して、忘れなかった。

その後。

<ruby><rb>故</rb><rt>ゆえ</rt></ruby>あって、自分のみは、刀鍛冶を断念して、大石村の郷士庄屋<ruby><rb>長岡家</rb><rt>ながおかけ</rt></ruby>へ、養子に行ってしまったものの――今も、母の<ruby><rb>訓</rb><rt>おし</rt></ruby>えは、心にある、兄の鎚音は、耳にある。

そして、自分の当時の一心と。

こう三つのものの<ruby><rb>結晶</rb><rt>けっしょう</rt></ruby>が、この刀ではあるまいか。

（どんな物でも、斬れぬはずはない！）

彼の信念はそのまま、不動の<ruby><rb>体</rb><rt>たい</rt></ruby>になって、刀は、静かに頭上へあがった。

――そして、ぐっと、下腹に、宇宙の気を呑むように力がはいる。

その<ruby><rb>丹田</rb><rt>たんでん</rt></ruby>の力が、満身の気となって、ええいッと、一声の<ruby><rb>下</rb><rt>もと</rt></ruby>に<ruby><rb>肱</rb><rt>ひじ</rt></ruby>が下ろされようとした間髪――

『あっ、待った！』

と、箕兵衛直胤が、ふいに、声をかけて、彼の<ruby><rb>切先</rb><rt>きっさき</rt></ruby>の前へ迫った。

――はっと思わず気を<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>めると、直胤は、据物の古兜へ手をかけて、少しその位置を直した上、

『かんじんな<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>が少し曲がっているげな。さ、改めたぞ。やらっしゃい』

と、身を<ruby><rb>退</rb><rt>ひ</rt></ruby>いて、又、じいっと<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>の手元を見つめていた。

（要らざる<ruby><rb>介錯</rb><rt>かいしゃく</rt></ruby>）

と、思いながら、環は、刀を持ち直して、一気に、<ruby><rb>兜</rb><rt>かぶと</rt></ruby>の上へ斬りつけた。

ばん！　と異様な音響がして、何事ぞ、刀は二ツに折れて飛んだ。

<ruby><rb>利鎌</rb><rt>とがま</rt></ruby>のような刀の欠けは、宙へ上って、ぶんと、観衆の中へ落ちた。

――どっと、そこの人々がうごく。

同時に、直胤の弟子、そのほか、かかる事あれかしと<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに祈っていた連中は、手を打って、わっと<ruby><rb>嗤</rb><rt>わら</rt></ruby>った。

『……し、しまった！』

<ruby><rb>鍔</rb><rt>つば</rt></ruby>からわずか一尺ほどしか残っていない半身の刀をみつめたまま、環は、茫然――われも無くなってしまった。

動くことすら、忘れていた。いつ迄も、折れた<ruby><rb>刃</rb><rt>やいば</rt></ruby>を、その儘、身を<ruby><rb>硬</rb><rt>こわ</rt></ruby>ばらせて、髪をそそけ立てていた。

唇は、見るまに、色を失った。<ruby><rb>慚愧</rb><rt>ざんき</rt></ruby>の眼からは、とめどなく、ぼろぼろと涙がつたわってくる。――周囲の<ruby><rb>嘲罵</rb><rt>ちょうば</rt></ruby>も、侮蔑の眼も、頭が<ruby><rb>痺</rb><rt>しび</rt></ruby>れて、聞えなかった。

『――環っ、環っ、退がれっ。……もうよい、引き退がれ』

誰か<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りと、自分の<ruby><rb>腕</rb><rt>かいな</rt></ruby>を組んで、引っ張る者があった。

彼の脚は、<ruby><rb>墓石</rb><rt>ぼせき</rt></ruby>みたいに、動こうともしなかったが、ふと、その人の顔を見ると、柘植嘉兵衛であったので、はっと<ruby><rb>弛</rb><rt>ゆる</rt></ruby>むと、

『これッ――見苦しいっ』

嘉兵衛は、共に泣きながら、酔いどれでも引っ<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>むように、無理無態に人混みから山門の方へ、彼を<ruby><rb>拉</rb><rt>らっ</rt></ruby>して行った。

## 三

『す、すみません！　……。嘉兵衛様』

山門の下まで来ると、環は、声をあげて泣き出した。

嘉兵衛も、<ruby><rb>肱</rb><rt>ひじ</rt></ruby>を曲げて、顔を<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>いながら、

『な、なにを泣く。泣くことがあるものか。お前たちはまだ若い。いくらでも……いくらでもまだ……<ruby><rb>将来</rb><rt>さき</rt></ruby>はあるんだ』

『<ruby><rb>屹度</rb><rt>きっと</rt></ruby>！　……屹度！　……今にあなたのお顔は立てます』

『ケチなっ。馬鹿っ』

嘉兵衛は、<ruby><rb>嗚咽</rb><rt>おえつ</rt></ruby>しながら、怒った。

『わしの面目など、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うだっていい。口惜しいのは、もっと大きな事だ。兄に会ったら明らさまに、きょうの<ruby><rb>仔細</rb><rt>しさい</rt></ruby>を伝えておけよ。……よ！　よ！　……<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>き違えて、<ruby><rb>遺恨</rb><rt>いこん</rt></ruby>を含んじゃならぬぞよ。自分を励ます鞭として、一層、精進してくれとな……。そう伝えるのだぞよ』

『わかりました。……わ、わかりました。じゃあ、柘植様、又<ruby><rb>何日</rb><rt>いつ</rt></ruby>か、お目にかかります』

いい捨てると、顔も見ず、嘉兵衛の手を振り切って、環は一散に馳け去った。

<ruby><rb>真昼</rb><rt>まひる</rt></ruby>の道も、真っ暗だった。環は、<ruby><rb>恥</rb><rt>はじ</rt></ruby>に打たれて、陽も見られなかった。往来の人に、顔も見られるのも嫌だった。

『おおーい。おおいっ……待てようっ』

誰か、<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>から追いかけて来る者がある。編笠を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>って、<ruby><rb>干飯袋</rb><rt>ほしいぶくろ</rt></ruby>に旅の持物を入れ、短い義経<ruby><rb>袴</rb><rt>ばかま</rt></ruby>の袴腰にくくり付けている若者だった。

町の<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>で、若者は環に追いついた。

後から肩を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>んで、

『待てと云ったら。――<ruby><rb>聾</rb><rt>つんぼ</rt></ruby>か、貴様は』

『何！』

気が立っているので、環も、きらっと眼を<ruby><rb>研</rb><rt>と</rt></ruby>いで振向くと、編笠の中の顔は、自分よりもっと若い――まだやっと十七、八歳かと思われる少年武士なのであった。

が――年上の環よりは、どこか沈着で、大人びている<ruby><rb>口吻</rb><rt>くちぶり</rt></ruby>であり、態度も<ruby><rb>鷹揚</rb><rt>おうよう</rt></ruby>に、

『何を<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>るのか。わしは貴様に好意を持って、わざわざ追いかけて来た者だぞ』

『怒ったわけではないが、つい、気の<ruby><rb>紊</rb><rt>みだ</rt></ruby>れていた矢先なので』

『そんな事で何うする』と年下のくせに、少年はそう<ruby><rb>窘</rb><rt>たしな</rt></ruby>めて、

『長国寺の刀試し――どんなものかと、わしも見ていたのだが――貴様はうまうまと、箕兵衛直胤の手に乗ったのだ』

『えっ、ど、どうして？』

『二度目だ。――あの時、貴様が最初に気合をこめた儘、やってしまえば、<ruby><rb>古兜</rb><rt>ふるかぶと</rt></ruby>の鉢金ぐらい、きっと斬れていたに違いない。<ruby><rb>老獪</rb><rt>ろうかい</rt></ruby>な相手方は、その鋭い気を抜くため、わざと待てと声をかけ、何の必要もないのに、兜の位置を少し直したりしたのだ』

『ああ、そうだったか』

『もいちど帰り給え。こんどは拙者が斬り<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>に立ってやる』

『いや、御好意は有難いが……止そう』

『見ていた他人の<ruby><rb>拙者</rb><rt>せっしゃ</rt></ruby>でさえ腹が立つのに、残念ではないのか』

『もう、古兜など、斬りたいとも思いません。他日、もっと、もっと、大きな望みを斬り落してみせる。……だが、<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>の取乱した失礼は、おゆるし下さい。御好意は忘れずに置きます。<ruby><rb>貴方</rb><rt>あなた</rt></ruby>の御尊名は』

『拙者は、長州の<ruby><rb>藩士</rb><rt>はんし</rt></ruby>、<ruby><rb>金子重輔</rb><rt>かねこじゅうすけ</rt></ruby>という者。この松代藩で有名な<ruby><rb>佐久間象山</rb><rt>さくまぞうざん</rt></ruby>先生の名をお<ruby><rb>慕</rb><rt>した</rt></ruby>いして、<ruby><rb>遙々</rb><rt>はるばる</rt></ruby>、江戸から廻り道して立ち寄ったが、<ruby><rb>生憎</rb><rt>あいにく</rt></ruby>、象山先生は御不在、むなしく帰って来たところだ』

『わたくしは、赤岩村の郷士、山浦環。又どこかでお目にかかる折もございましょう』

『じゃあ、何うしても、もう試し場へは戻らんのか』

『はい。たとえ先に<ruby><rb>奸策</rb><rt>かんさく</rt></ruby>があったにせよ、不覚はどこまでも不覚です。これから行って、長国寺の大吊鐘を斬ったところで、まだまだ、きょうの自分の気持は<ruby><rb>拭</rb><rt>ぬぐ</rt></ruby>われません』

『こんな山国の藩に、象山先生のような新知識が生れたのは、不思議と思っていたが、<ruby><rb>信濃</rb><rt>しなの</rt></ruby>にはいろいろ変り者が居るのだな。……それもよかろう、では、おさらば』

と、金子重輔は、すたすた去ってしまった。

## <ruby><rb>恋砧</rb><rt>こいぎぬた</rt></ruby>

## 一

父のない後は、長男が家の<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>だった。

母でも、老いての後は、家長の彼に、気がねをした。どんな事でも、彼が<ruby><rb>頷</rb><rt>うなず</rt></ruby>かなければ、決めなかった。

だから、<ruby><rb>半農半武士</rb><rt>はんのうはんぶし</rt></ruby>の郷士に過ぎない、ここの小さな家族制度でも、一国に<ruby><rb>喩</rb><rt>たと</rt></ruby>えれば、長男のことばは、主君のことばみたいであった。

足利以前から、この信濃の山間、<ruby><rb>小諸在</rb><rt>こもろざい</rt></ruby>の赤岩村に、十何代も続いて来ている旧家の――<ruby><rb>逞</rb><rt>たくま</rt></ruby>しい<ruby><rb>梁</rb><rt>はり</rt></ruby>や、黒光りな柱などと共に、――それは今でも<ruby><rb>厳</rb><rt>げん</rt></ruby>として、失われていない山浦家の家風なのであった。

『<ruby><rb>真雄</rb><rt>さねお</rt></ruby>や、ことしは、<ruby><rb>雪菜</rb><rt>ゆきな</rt></ruby>がよう<ruby><rb>漬</rb><rt>つ</rt></ruby>かったぞよ』

ひろい鍛冶土間の片隅に、六畳ほど休み場がある。

母のお<ruby><rb>菅</rb><rt>すげ</rt></ruby>は、茶盆をそこへ置いて、<ruby><rb>鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>に向っている長男の真雄へ云った。

『すこし休まぬかの。茶を入れて来ましたがな』

真雄は、刀の<ruby><rb>地鉄</rb><rt>じがね</rt></ruby>にする、<ruby><rb>玉鋼</rb><rt>たまはがね</rt></ruby>を熔かす仕事に、顔まで、<ruby><rb>炎</rb><rt>ほのお</rt></ruby>にしているので、

『後で』

と、云った儘、母の方も見なかった。

お菅は、すこし耳が遠かった。もう茶を<ruby><rb>注</rb><rt>さ</rt></ruby>して、

『今の、去年の漬込みを、一<ruby><rb>樽</rb><rt>たる</rt></ruby>開けてみたところ、よい色に漬かっているわの。じゃが、<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>が<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>をつけぬうちは、誰にも、<ruby><rb>喰</rb><rt>た</rt></ruby>べさす事ができぬによって、一箸、喰べてみておくれ。――余りそう精をつめても、体の毒であろに』

体――母にそういわれると、真雄は、自分だけの体とは思えなかった。

『や、すみませんな。では、戴きましょう』

<ruby><rb>手桶</rb><rt>ておけ</rt></ruby>の水で、ざっと、手を洗って、休み部屋へ、腰かけた。

『今、かかっている仕事は、誰方様のお刀じゃの』

『松代藩のお寺社奉行、山寺源太夫様の御注文でござります。<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>ならぬ柘植様のお口添えで、素人鍛冶のわたくしなどには、身に過ぎた御下命と、<ruby><rb>冥加</rb><rt>みょうが</rt></ruby>に存じて、玉鋼から、吟味に吟味を致しておるのです』

『まあ、そうかの』

と、母は<ruby><rb>欣</rb><rt>うれ</rt></ruby>しそうに、歯の抜けた口に、雪菜の一<ruby><rb>茎</rb><rt>くき</rt></ruby>を入れて、もぐもぐ<ruby><rb>唇</rb><rt>くち</rt></ruby>をうごかしていたが、真雄の顔つきの好いのを見て、そっと云い出した。

『又かと、うるさく思わっしゃろが、弟の<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>のう、もう、養子先の家を出てしもうた事じゃに。……何とか、<ruby><rb>怺</rb><rt>こら</rt></ruby>えて、もいちど家へ入れて下さらぬか。そなたも<ruby><rb>慥乎</rb><rt>しっか</rt></ruby>りした相鎚の打ち<ruby><rb>人</rb><rt>て</rt></ruby>がないと、常々、云い暮している折ではあるし……。真雄よ<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うじゃな？』

## 二

長国寺の<ruby><rb>噂</rb><rt>うわさ</rt></ruby>は、松代から、四、五里しかない赤岩村へは、すぐ聞えてきた。

それから間もなく、環が、養子先の長岡家から、飛出してしまったという噂が、大石村から、<ruby><rb>近郷</rb><rt>きんごう</rt></ruby>に伝わった。

（よもや？）

と、兄の真雄も、母のお菅も、<ruby><rb>強</rb><rt>し</rt></ruby>いて心で打ち消していると、環は、或る夜そっと、裏口から生れた家へ帰って来た。

そして、裏の<ruby><rb>納屋</rb><rt>なや</rt></ruby>で、長いこと母と<ruby><rb>密々</rb><rt>ひそひそ</rt></ruby>話した<ruby><rb>揚句</rb><rt>あげく</rt></ruby>、彼の母は涙ながら、真雄の所へ来て、その気持を訴えたが、

（家へ入れるわけには行きますまい）

と、真雄は、養子先へ義理を立てて、<ruby><rb>肯</rb><rt>き</rt></ruby>かなかった。

元々、環と、養子先の娘とは、<ruby><rb>尋常</rb><rt>じんじょう</rt></ruby>な縁組ではなく、若い彼と彼女との、恋の始末を、強いてそこに<ruby><rb>正式化</rb><rt>せいしきか</rt></ruby>して落着けたものであった。

それまでにするには、仲へ入った人々にも、娘の親、親類にも、悲嘆や苦労を随分とかけさせている。曲げられない<ruby><rb>旧弊</rb><rt>きゅうへい</rt></ruby>の家憲や、困難な事情も、どちらも可愛いい一人娘と、息子の為にと、曲げさせた上、やっと<ruby><rb>纒</rb><rt>まとま</rt></ruby>った両家の縁組なのだった。

それはまだいいとしても――。

環が、家出したなら、では<ruby><rb>生家</rb><rt>さと</rt></ruby>へ入れようとは、何うしても真雄として云えない理由が、もひとつある。

環の妻には、もうこの春、生れたばかりの子があるのである。

その子を捨て――又、<ruby><rb>飽</rb><rt>あ</rt></ruby>きも飽かれもせぬ恋妻を捨てて――何で環は養子先を飛び出してしまったか。

弟のその気持を考えると、真雄としては、涙があふれてくる。<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>をあわせて、兄思いな、その情熱へ、伏し拝みたい。

『……おっ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>さん、<ruby><rb>折角</rb><rt>せっかく</rt></ruby>ですが、何度<ruby><rb>仰</rb><rt>お</rt></ruby>っしゃっても、環を家へ入れるなどという事は、許されるものではありません。もう、云わないでください』

真雄は、わざと、<ruby><rb>膠</rb><rt>にべ</rt></ruby>なく云った。

そして、辛いその胸を、<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>と<ruby><rb>鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>へ打ち込んでしまおうとするもののように、休み部屋から、腰を上げると、

『あ。お待ち……待っておくれ』

彼の仕事着をつかんで、彼の母は、<ruby><rb>嘗</rb><rt>か</rt></ruby>つて一度も、子に見せた事のない程な、悲しい声を<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>わせて<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>った。

『でも、真雄や。……<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>れの胸も察してやったがよい。環は、<ruby><rb>吾儘</rb><rt>わがまま</rt></ruby>や自分の移り気で、養家を出たのではありませぬぞ』

『何であろうともです。――あれ程、御苦労をかけた<ruby><rb>媒人方</rb><rt>なこうどがた</rt></ruby>や、先の長岡家に対してだって、今更』

『それは、この母が、長岡家の門前へ行って、土下座しても詫びましょう。<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の子の、気持を聞けば……わしの命は縮めても、望みのように、家へ入れてやりたいと思うのじゃ』

『ば、ばかな事を、仰っしゃいませ。おっ<ruby><rb>母</rb><rt>か</rt></ruby>さん、そのように甘いからいけないのです。何で叱りつけて、追い返して下さらないのですか』

『どうして、追い返せよう。――飽きも飽かれもせぬ妻を捨て、生れたばかりの<ruby><rb>嬰児</rb><rt>やや</rt></ruby>も残して、<ruby><rb>此家</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ戻りたいという環の心を、そなたは何うして<ruby><rb>酌</rb><rt>く</rt></ruby>んでやらぬのじゃ』

『……馬鹿です、<ruby><rb>彼弟</rb><rt>あいつ</rt></ruby>は』

『な、なにをいうのじゃ』と、お菅は、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>の<ruby><rb>乳呑</rb><rt>ちの</rt></ruby>みでも<ruby><rb>庇</rb><rt>かば</rt></ruby>うように、又、母性の<ruby><rb>聖厳</rb><rt>しょうごん</rt></ruby>を、髪の毛に逆だてて、叱咤するかのように、

『それへ、坐りなされ！　……真雄っ、坐りなされっ』

『なんですか』

『何といやった。――そなたは、弟の罰が<ruby><rb>中</rb><rt>あ</rt></ruby>たるとは、思いませぬか』

『思いませぬ』

母が、本能の愛に、乱れれば乱れるほど、真雄は冷静になって、<ruby><rb>鍛冶土間</rb><rt>かじどま</rt></ruby>の大地へ<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこ</rt></ruby>まったまま、冷ややかな面でそう答えた。

## 三

『ようまあ。兄の身が、そのような無慈悲な言葉を』

お<ruby><rb>菅</rb><rt>すげ</rt></ruby>は、声を励ましたが、子の冷然として、強い顔を見ると、すぐ気も<ruby><rb>挫</rb><rt>くじ</rt></ruby>けて、むしろその不機嫌を<ruby><rb>取做</rb><rt>とりな</rt></ruby>し加減に、

『そなたに、<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>の心が、解けぬ筈はないじゃろが、よう聞いて<ruby><rb>賜</rb><rt>た</rt></ruby>も、……環はな、もいちど、兄の片腕になって、<ruby><rb>其方</rb><rt>そなた</rt></ruby>を松代の直胤にも勝る刀工にしてみせると云うのじゃぞ。……御先祖山浦<ruby><rb>常陸介</rb><rt>ひたちのすけ</rt></ruby>様以来の家名を、踏みにじられて、それを<ruby><rb>雪</rb><rt>そそ</rt></ruby>がいで<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>こうかと、<ruby><rb>健気</rb><rt>けなげ</rt></ruby>にも、念じているのじゃ』

『おっ母さん』

『なんじゃ』

『あなたは、環を、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>の子だと思っているんですか』

『<ruby><rb>此身</rb><rt>このみ</rt></ruby>が生んだ子。何をいうのじゃ』

『さ。――それが大きな間違いです。環はすでに、山浦家の子ではありません。長岡家へくれた養子です。長岡の家の恥辱なら、そうして、雪ぐもよいでしょう。――だが、山浦家には、<ruby><rb>不肖</rb><rt>ふしょう</rt></ruby>ながら、真雄という者が居りまする』

『オオ、それは道理の。……じゃが真雄や、環とても、この儘、妻も子も、生涯捨て切るつもりではあるまい。何よりは、そなたに取って、共に<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>を持ち、刀の鍛錬を<ruby><rb>究</rb><rt>きわ</rt></ruby>めるに、よい相手がない。弟子もない。それを環は苦にしていやる。――今、早速に、其方が鍛ちにかかっている山寺源太夫様の御下命の品にせよ、ここで<ruby><rb>一際</rb><rt>ひときわ</rt></ruby>、<ruby><rb>優</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れた<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>を<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ち上げねば、名折れの上の名折れになろうと』

『よ、よけいなことだ』

『では、そなたは、長国寺でうけた恥かしめを、<ruby><rb>口惜</rb><rt>くちお</rt></ruby>しいとも、家名の恥辱とも、思わぬのか』

『こちらは、元より百姓郷士、農事の片手間に、鍛っている仕事です。――先は、天下の刀匠水心子の高弟として、藩から高禄をいただいている本業の刀鍛冶ではございませんか』

『<ruby><rb>猶</rb><rt>なお</rt></ruby>のこと、そのような名だたる者が、卑劣な、刀試しを開いて、しかも大勢の前に、こちらの恥を<ruby><rb>曝</rb><rt>さら</rt></ruby>しなどする事が、黙って、捨て<ruby><rb>措</rb><rt>お</rt></ruby>ける事であろうか』

『知らぬ顔していればよいのです。それを環ごとき若輩者が、<ruby><rb>要</rb><rt>い</rt></ruby>らざる<ruby><rb>出洒張</rb><rt>でしゃば</rt></ruby>りをしたればこそ、恥の<ruby><rb>上</rb><rt>う</rt></ruby>わ塗りをしでかしたのだ』

『なんで、そのように、環を、憎く憎くと取りなさるのじゃ』

『腹の立つのは、直胤の一門より、てまえに取っては、むしろ出洒張り者の弟です。子供の時から、血の気ばかり多くて、困り者だと思っていたが』

『そう云わないで<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしょう</rt></ruby>じゃ、この母に免じて、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の子を家へ』

『いけません。てまえが、<ruby><rb>此家</rb><rt>このや</rt></ruby>の<ruby><rb>主</rb><rt>あるじ</rt></ruby>でいる以上は、一足でも』

『入れることはならぬか』

『知れたこってす。折れる刀、曲がる刀、どんな<ruby><rb>鈍刀</rb><rt>なまくら</rt></ruby>を作ろうと、わたしはわたしだ。いちど養子に行った者を戻して、その弟の腕など借りたくはありません』

『でも、養家を出ぬ先なら<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>に<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>、<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>までして、出て<ruby><rb>了</rb><rt>しも</rt></ruby>うたもの』

『勝手にするがいい。……相談ずくで、飛出したなどと思われては、猶更、世間へも、先へも義理がすみますまい』

『頼むっ……』お菅は遂に、がばと、泣き伏して、<ruby><rb>畳</rb><rt>たたみ</rt></ruby>へついた<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>を合せた。

『真雄。そなたには、<ruby><rb>内密</rb><rt>ないしょ</rt></ruby>でいたが、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>れが家出して、わしを訪ねて来た夜から、実は、裏の納屋の中へ隠して、そっと、飯をくれてあるのじゃ。……今更、どこへ追いやられようぞ、どうぞ<ruby><rb>量見</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>して、この仕事場へ、入れてくだされ』

## 四

『おっ母さん！　……』

『…………』

『そんな事、聞かないでも、真雄は知っております。――毎夜のように、家の近くを、うろうろと<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよ</rt></ruby>っている<ruby><rb>嬰児</rb><rt>あかご</rt></ruby>の泣き声でも分っている。あれは、環が捨てて来た妻のお咲が、子を抱いて、見えない良人を、探しに歩いている声ですぞ。おっ母さん！』

『……おいのう』

『あなただって、あの<ruby><rb>嬰児</rb><rt>あかご</rt></ruby>の声は、お聞きでしょう。新妻の<ruby><rb>痩</rb><rt>や</rt></ruby>せた姿もわかるでしょう。子を抱いて、捨てられた若い女房が、どんな思いでいることか』

『…………』

お菅は、<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>び泣いて、薄い体を、よよと畳に<ruby><rb>顫</rb><rt>おのの</rt></ruby>かせた。

『たとえ、この上、山浦真雄が、いかに人から<ruby><rb>唾</rb><rt>つば</rt></ruby>をうけようが、弟を、入れる事はできません、断じて出来ない！　……ああ、もう止そう、おっ母さん、お体に障ります、やめて下さい、やめて下さい』

真雄は、<ruby><rb>鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>の前へ馳け寄って、どっかと、<ruby><rb>筵</rb><rt>むしろ</rt></ruby>の上に坐ると、<ruby><rb>金火箸</rb><rt>かなひばし</rt></ruby>を<ruby><rb>把</rb><rt>と</rt></ruby>って、真っ赤な溶鉄となった玉鋼を、<ruby><rb>火土</rb><rt>ほど</rt></ruby>の中から引き出した。

そして、<ruby><rb>鉄敷</rb><rt>かなしき</rt></ruby>のうえに、それを置くや否、<ruby><rb>小鎚</rb><rt>こづち</rt></ruby>を把って唇を噛みしめ、一念に鍛ち初めた。

ばッ、ばッ、ばッ――と鎚の先から<ruby><rb>焔</rb><rt>ほのお</rt></ruby>の屑が飛んだ。眼にもいっぱいに赤い涙がたまっている。涙はこぼれて、<ruby><rb>鋼</rb><rt>はがね</rt></ruby>を<ruby><rb>冷</rb><rt>さ</rt></ruby>まし、冷めた鋼は又、<ruby><rb>火土</rb><rt>ほど</rt></ruby>の中へ投げ込まれて、彼の苦しい胸の<ruby><rb>喘</rb><rt>あえ</rt></ruby>ぎを吐くように、鞴の<ruby><rb>呼吸</rb><rt>いき</rt></ruby>にかけられた。

――と、すぐその鞴の上の竹窓越しに、ちらと、人影が<ruby><rb>映</rb><rt>さ</rt></ruby>した。

弟の環だった。

『兄貴、兄貴』

『あっ、環だな。――まだ居たのか。そこらにうろついていると、<ruby><rb>砥水</rb><rt>とみず</rt></ruby>を浴びせるぞ。とッとと、大石村へ帰れ』

『もう、会わぬぞ』

『<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>ッ』

『――おっ母さん、お達者で』

お菅は、<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>け出して、

『環やあーっ』

さけんだが、彼の姿は、もう先祖以来の<ruby><rb>大欅</rb><rt>おおけやき</rt></ruby>に囲まれた家の外へ走り出して、千曲川の上流に沿う<ruby><rb>断崖</rb><rt>きりだし</rt></ruby>の道を――その<ruby><rb>故郷</rb><rt>ふるさと</rt></ruby>の少年頃から馴れた道を――奔流の流るる方へと、ただ<ruby><rb>驀</rb><rt>まっ</rt></ruby>しぐらに、顧みもせず、どんどん駈けて行ってしまった。

## 五

春は去ったが――

又、やがて、彼女の<ruby><rb>彷徨</rb><rt>さまよ</rt></ruby>う夜の数も<ruby><rb>減</rb><rt>へ</rt></ruby>ったが――。

でも猶、折々に、<ruby><rb>時鳥</rb><rt>ほととぎす</rt></ruby>の啼きぬく闇の夜など、山浦家の裏に、ぽかっと、白<ruby><rb>桔梗</rb><rt>ききょう</rt></ruby>の花のような、女の顔が、悲しそうに<ruby><rb>佇</rb><rt>たたず</rt></ruby>んでいることがままあった。

環の妻のお<ruby><rb>咲</rb><rt>さき</rt></ruby>だった。

乳呑み子の名は、<ruby><rb>梅作</rb><rt>うめさく</rt></ruby>といった。

<ruby><rb>稀</rb><rt>ま</rt></ruby>れに又、その梅作のかなしげな泣き声が、<ruby><rb>千曲</rb><rt>ちくま</rt></ruby>の水の<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>びかとも聞えることがある。

そんな晩――

<ruby><rb>夜業</rb><rt>よなべ</rt></ruby>の<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>を投げ出して、真雄は、そっと闇へ抜けて行った。

そして、彼女が、やがて<ruby><rb>悄々</rb><rt>しおしお</rt></ruby>と、家路の方へ帰るのを、見届けると、ほっと胸を<ruby><rb>撫</rb><rt>な</rt></ruby>でて、

『馬鹿め！　血の気が多すぎる！』

やり場のない怒りを、彼は、星へ向って<ruby><rb>罵</rb><rt>ののし</rt></ruby>ったりした。そうかと思うと又、

『――弟よっ。帰って来いっ。ここは山家だ。こんな平和なとこが何処にある。――世間にかまわず、帰って来いっ。母が丈夫でいるうちに、帰って来てくれ。ようっ、弟っ……』

争闘の世間へ、人中へ、とうとうと絶えまなく<ruby><rb>奔</rb><rt>はし</rt></ruby>ってゆく千曲川の激流に声を託して、家の前の<ruby><rb>断崖</rb><rt>きりぎし</rt></ruby>から、独りでこう、おろおろと、叫んでいる夜もあった。

秋になると――ぱったり、お咲のすがたも、児の泣き声も、しなくなった。

『もしや、<ruby><rb>煩病</rb><rt>わずら</rt></ruby>っているのじゃないか。ひょっとして、首でも<ruby><rb>縊</rb><rt>くく</rt></ruby>って？』

と、そんな不吉まで、案じられて、或る夜、真雄はそっと、環の去った養家の垣の外に<ruby><rb>潜</rb><rt>ひそ</rt></ruby>んでみた。

もう寝しずまった夜更けであったが、月の白い縁先に、お咲は、<ruby><rb>砧</rb><rt>きぬた</rt></ruby>を打っていた。

打っている<ruby><rb>衣</rb><rt>きぬ</rt></ruby>は、<ruby><rb>嬰児</rb><rt>えいじ</rt></ruby>の冬着らしかった。

恋妻は、やがてよき母となってゆく。――だのに、環は、どこにいるのか。

真雄は、月の下を、黙々と帰って来た。

その年――天保六年

秋もすぎ、雪に交じって、木々の冬葉が舞う空になっても、真雄は、とうとうまだ一作も、刀を<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ち上げていなかった。

## 咲き出づる時

## 一

『<ruby><rb>内蔵</rb><rt>くら</rt></ruby>さん。……どうしたのさ。内蔵さんてば。……弱いくせに、飲めもしないお酒を、<ruby><rb>自暴</rb><rt>やけ</rt></ruby>に飲むんだから、困った人ねえ』

<ruby><rb>湯女</rb><rt>ゆな</rt></ruby>のお<ruby><rb>寿々</rb><rt>すず</rt></ruby>は、持て余したように、上り口へ打っ伏したままでいる若い浪人の体から手を離して、呆れ顔に、ただ眺めてしまった。

浪人は、環であった。

ここは、上田の城下に近い別所の<ruby><rb>温泉場</rb><rt>ゆば</rt></ruby>であった。まだ<ruby><rb>故郷</rb><rt>ふるさと</rt></ruby>に遠くないので、身を恥じてか、環という名を捨て、別名の内蔵助をもじって、<ruby><rb>内蔵吉</rb><rt>くらきち</rt></ruby>と名乗っていた。

お寿々は、通い湯女で、小さいながら、湯町の裏に、一軒持っている。――去年、家を去って、一先ずここの<ruby><rb>温泉宿</rb><rt>ゆやど</rt></ruby>に<ruby><rb>沈湎</rb><rt>ちんめん</rt></ruby>していた環は――いや内蔵吉は、その宿でお寿々の世話になったのが縁で――金がなくなった頃からつい女の家へ移っていた。

お寿々は、彼の苦悶を知るよしもない。じっと、<ruby><rb>沈湎</rb><rt>ちんめん</rt></ruby>しているかと思えば、ぷいと出て、酔って帰る。

湯町に巣喰う遊び人の仲間に入って、<ruby><rb>博奕</rb><rt>わるさ</rt></ruby>をしているのも知っていたが、それでも男に、<ruby><rb>愛想</rb><rt>あいそ</rt></ruby>が尽きたとは思わないお寿々だった。

『<ruby><rb>風邪</rb><rt>かぜ</rt></ruby>をひいても、知らないからいい。――ほんとに、この人は』

口が<ruby><rb>酢</rb><rt>す</rt></ruby>っぱくなったように、すぐそこの鏡台と長火鉢の間へ、つんと坐りかけたが、やはり気に<ruby><rb>懸</rb><rt>か</rt></ruby>けずにはいられないで、

『ね……起きて、座敷で楽に、横におなんなさいよ。後生だから』

肩を<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆ</rt></ruby>すぶると、上り<ruby><rb>框</rb><rt>がまち</rt></ruby>にしゃがみ込んで、踏み板へ、<ruby><rb>涎</rb><rt>よだ</rt></ruby>れを垂らしていた内蔵吉は、

『う……うるせえなあ』

『うるさいじゃありませんよ』

『<ruby><rb>水</rb><rt>みず</rt></ruby>をくれ。……水、み、みずだ』

『上げますから、家へ上りますね』

茶碗に、<ruby><rb>汲</rb><rt>く</rt></ruby>んで渡すと、ぐっと飲みほして、

『お寿々、いろいろ世話になったなあ』

『何を云ってるのさ、この人は』

『いや、酔っちゃあいねえ』

『それだけ酔っていればたくさんでしょ』

『五合や一升で、<ruby><rb>性根</rb><rt>しょうね</rt></ruby>を失ってたまるものか。本性だ。お……おらあ、本性で礼をいうんだぜ』

『そのうち<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>めるでしょう。何でも、仰っしゃいよ』

『<ruby><rb>此家</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ来たなあ、去年の春の末だったかなあ。あれから、一年半、もう秋だ……早いなあ』

『ホ、ホ、ホ、ホ。……それから』

『洗濯物の世話、<ruby><rb>小費</rb><rt>こづか</rt></ruby>いの世話、年月は短けえが、浅い恩たあ思わねえ。別れた後も、年上のおめえだから、姉さんだと思って、忘れずにいるからな』

『いやだねえ、手なんぞついて。格子口から見えるじゃないか。見ッともないから、もう引っ込んでくださいよ』

『引っ込むんじゃねえ、こ、これから、おらあ旅立ちだ。……じゃあ、姉さん御機嫌よく』

『あらっ――』と、お<ruby><rb>寿々</rb><rt>すず</rt></ruby>は、土間へ飛び降りて、

『どこへ行くんですよ。そんな、だらしのない<ruby><rb>恰好</rb><rt>かっこう</rt></ruby>して』

『旅へさ』

『えっ……。本気かえ、おまえさん』

## 二

酔うと青白くなる酒の<ruby><rb>性</rb><rt>しょう</rt></ruby>である。

<ruby><rb>内蔵吉</rb><rt>くらきち</rt></ruby>は、じっと、お寿々を見つめた。お寿々には、男が、冗談なのか、本性なのか、解らなかった。

『いつも、<ruby><rb>与太</rb><rt>よた</rt></ruby>ばかり云っているから、今日も、それかと思うだろうが、実あ<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>、湯宿の二階から、いきなり名を呼ばれたので、はっと仰ぐと、松代藩の<ruby><rb>柘植</rb><rt>つげ</rt></ruby>嘉兵衛というお人。おらあ、夢中で逃げ出した』

『<ruby><rb>仇</rb><rt>かたき</rt></ruby>とでも、狙われているんですかえ』

『仇どころか、寝るにも、足を向けねえつもりの御恩人だ。だが、その御恩人に、この姿は、見せられねえ。――総身に汗をかいて、<ruby><rb>沁々</rb><rt>しみじみ</rt></ruby>と、おらあ今日は、考えたのさ』

『考えたとは？』

『こうしちゃ居られねえ身だ。何処ぞへ行って、おらあ<ruby><rb>生命</rb><rt>いのち</rt></ruby>がけで、日本一の刀鍛冶に成って見せなけれやアならねえ。――身の出世に、あくせく<ruby><rb>足掻</rb><rt>あが</rt></ruby>くわけじゃあねえよ。――そうしなけれやあ、済まねえお人が、柘植様、おふくろ様、兄貴、それから……それから未だ……幾人となくこの世にいるんだ』

『だから、わたしを、捨てるんですか』

『――と、大概、極めつけて来るだろうと思ったから、何もいわずに、行こうと思ったが、酔いつぶれの<ruby><rb>仮面</rb><rt>めん</rt></ruby>をかぶって、<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>、礼に来ただけでも、<ruby><rb>可憐</rb><rt>しおら</rt></ruby>しいと思ってくれ』

『嫌です。何が、そ、そんな口が、可憐しいものか』

『<ruby><rb>堪忍</rb><rt>かんにん</rt></ruby>しろ！　お寿々』

とんと、女の胸を突いて、内蔵吉は格子の外へ、すばやく姿を消してしまった。

お寿々は、<ruby><rb>甲</rb><rt>かん</rt></ruby>だかい声をあげて、往来まで走ったが、すぐ人目を思って、<ruby><rb>裸足</rb><rt>はだし</rt></ruby>で泣く泣く帰って来た。

その翌日、彼女の家は、戸が<ruby><rb>閉</rb><rt>し</rt></ruby>まっていた。家財も、前の晩に、こっそり道具屋の手に移されて――。

## 三

あの後は、恩人柘植嘉兵衛も、さだめし辛い立場にあったろう。

或は、藩の中で、<ruby><rb>軽輩</rb><rt>けいはい</rt></ruby>の身では、自分以上の、苦境だったかもわからない。家老の矢沢<ruby><rb>監物</rb><rt>けんもつ</rt></ruby>が後援する直胤一門の圧迫もあったろう事は、想像に難くない。

（その恩人へ！）

と、思うと、内蔵吉は、済まない――と胸で<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>を合せたぐらいでは居られなかった。

湯町の<ruby><rb>長脇差</rb><rt>ながどす</rt></ruby>などと、酔い歩いている醜い姿を、その人に見せた儘、振向きもせず、つい逃げてしまったが――それでいいだろうか。

（たとえ、十年先、二十年先に、一人前の剣工となって、詫びをするにしても、その長い月日の間）

と、恩人の惨心を思うと、居ても起っても、いられない。

ひょっとして、嘉兵衛が、その消息でも、赤岩村に残してある、老母の所へ便りでもしたら、母は嘆きのため、寿命をちぢめるかもしれない。

『そうだ……せめてこの気持を……柘植様だけにでも、<ruby><rb>洩</rb><rt>も</rt></ruby>らして去ろう』

冷たい秋の夕霧が、そう<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>いてゆく、彼の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>を吹いた。

千曲の水に添って、彼は、野を歩いた、河原を歩いた。

そして、故郷の山へ、辛い顔を<ruby><rb>反向</rb><rt>そむ</rt></ruby>けながら、もう一度と、眼をつぶる心地で、松代の城下に近い、川中島の小島村まで来た。

そこの満照寺には、知っている坊さんがある。七日ばかりの<ruby><rb>逗留</rb><rt>とうりゅう</rt></ruby>をたのみ、身を潜めて、柘植嘉兵衛へ宛て、自分の心を<ruby><rb>披瀝</rb><rt>ひれき</rt></ruby>した<ruby><rb>審</rb><rt>つぶ</rt></ruby>さな手紙を認めた。

『浄明さん。<ruby><rb>誰方</rb><rt>どなた</rt></ruby>か、この手紙を持って、御城下まで、お使に行ってくれる人はありませんかな』

『子供でよう分るお使ですか』

『ええ、お小僧で結構です。ただ、名宛の柘植様は、先頃、別所でお見かけしましたから、ひょっとしたら、お留守かもしれません。そしたら御新造様へお渡しして、よくお願いしておいてもらいたいので』

『承知いたしました』

その使が出た後で――

『お世話になったが、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>、出立しようと思います。寺に有合せの、<ruby><rb>古笠</rb><rt>ふるがさ</rt></ruby><ruby><rb>古脚袢</rb><rt>ふるきゃはん</rt></ruby>で結構です。お恵みねがいたいものだが』

『お<ruby><rb>易</rb><rt>やす</rt></ruby>いこと。……だが一体、どこへ行くんです』

『<ruby><rb>皆目</rb><rt>かいもく</rt></ruby>、<ruby><rb>的</rb><rt>あて</rt></ruby>はございません』

『的もなくて』

『どうか成りましょう。江戸でいけなければ上方、上方で人間になれなけれあ、中国、九州。――土と<ruby><rb>鉄気</rb><rt>かなけ</rt></ruby>のある土地なら、鍛冶小屋の一軒ぐらいは、どこかに建ちましょう』

浄明はその晩、彼を炉ばたに招いて、<ruby><rb>芋粥</rb><rt>いもがゆ</rt></ruby>に一杯の酒を温めてくれた。

（人に顔を見られぬうち――）

と、翌る朝は、暗いうちに起き、浄明にも黙って、そっと<ruby><rb>庫裡</rb><rt>くり</rt></ruby>の横から戸を開けて出た。

朝の月が、まだあった。

虚空山も、戸隠山も、黒姫も、眠たげな霧につつまれている。ポトポトと、そこらの松や<ruby><rb>破</rb><rt>や</rt></ruby>れ<ruby><rb>廂</rb><rt>びさし</rt></ruby>から、露が降っていた。

――<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>足、<ruby><rb>三</rb><rt>み</rt></ruby>足、歩き出した時だった。

露の音すら耳だつ<ruby><rb>暁方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>の<ruby><rb>静寂</rb><rt>しじま</rt></ruby>を破って、ふいに、ぐわあん！――と大空が鳴った。

『おやっ？　……何だろう』

川中島の疎林の上へ、ばッと、小鳥の影が埃みたいに立った。

と、思うまに又、

<ruby><rb>轟</rb><rt>ごう</rt></ruby>ン――轟んっ――

朝の雲が、裂けるかのような、強い響きである。

彼は、その音響に、気をとられながら、<ruby><rb>仄</rb><rt>ほの</rt></ruby>暗い山門の下を潜った。そして石段を降りて、十歩も歩み出したかと思うと、

びゅるっ――

どこかで、烈しい<ruby><rb>弓鳴</rb><rt>ゆなり</rt></ruby>のするように、空気が鳴って、<ruby><rb>轟然</rb><rt>ごうぜん</rt></ruby>と、十間ほど先の大地に、大砲の弾が<ruby><rb>炸裂</rb><rt>さくれつ</rt></ruby>した。

地を揺り上げられた心地で、はッと<ruby><rb>恟</rb><rt>すく</rt></ruby>んだ途端に、小石交じりの土が、<ruby><rb>焔硝</rb><rt>えんしょう</rt></ruby>のけむりと一緒に、びしゃッと、飛んで来た。

『――あっ』

と、<ruby><rb>内蔵吉</rb><rt>くらきち</rt></ruby>は、両手で、眼を<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>った儘、大地へ俯っ伏した。

## 四

――暫くは、耳も気も、遠くなっていた。

と、程なく。

野駈け支度の藩士たちである。ひどく狼狽した<ruby><rb>態</rb><rt>てい</rt></ruby>で六、七名ほど、ばらばらとここへ駈けて来るなり、内蔵吉の姿を認めて、

『やっ、怪我人が』

『<ruby><rb>深傷</rb><rt>ふかで</rt></ruby>か』

走り寄って、彼の体を抱き起した。

石<ruby><rb>交</rb><rt>ま</rt></ruby>じりの土砂に飛ばされたのである。腫れ上った顔を抑えながら、

『何、大した事じゃございません』

内蔵吉は、やっと、気がついて首を振った。

『お離しください……大丈夫ですから』

『待て、手当をして<ruby><rb>遣</rb><rt>つか</rt></ruby>わす』

『それには及びません』

『駄目だ、顔から、血しおが流れておる、脚も、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うか致さんか』

『ようござんす、離しておくんなさい』

『待てというに』

よほど、責任を感じているとみえ、藩士たちは、無理に、彼の血を拭い、そして薬を塗りなどしていた。

『何うじゃな、<ruby><rb>怪我</rb><rt>けが</rt></ruby>の<ruby><rb>容子</rb><rt>ようす</rt></ruby>は』

そこへ又、一人の組頭らしい藩士が加わって、心配顔に、内蔵吉へ<ruby><rb>直</rb><rt>じ</rt></ruby>かに訊ねた。

<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬり</rt></ruby>の陣笠に、<ruby><rb>金箔摺</rb><rt>はくずり</rt></ruby>の紋が、朝露に濡れていた。大きな口、濃い眉、そして滅多にない長<ruby><rb>面</rb><rt>づら</rt></ruby>の人物である。年ごろは三十がらみとしか見えないが、<ruby><rb>烱々</rb><rt>けいけい</rt></ruby>と光る眼が、むしろ底気味わるいほどだった。

『砲術調練中の過失じゃ。鳥打峠の岩鼻を<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>に狙撃しておった<ruby><rb>反</rb><rt>そ</rt></ruby>れ<ruby><rb>弾</rb><rt>だま</rt></ruby>が、<ruby><rb>射手</rb><rt>いて</rt></ruby>の未熟のため、こんな所へ落下した。――許されよ。御浪士』

丁寧な謝罪なので、

『はっ』

と、内蔵吉は、思わず、大地へ手をついてしまった。いや何かそういう人物の、威圧に打たれた感じだった。

『幸に、傷が軽微で、<ruby><rb>此方</rb><rt>こなた</rt></ruby>も重畳じゃ。……歩行におさしつかえはないか』

『お案じ下されますな、さしたる事はございませぬ』

『どこかで、お見かけしたようだの。……はてな？　……拙者は、松代藩の学問所<ruby><rb>頭取</rb><rt>とうどり</rt></ruby>、佐久間修理じゃが』

『あっ、では貴方様が、<ruby><rb>象山</rb><rt>ぞうざん</rt></ruby>先生でございましたか』

『御浪士は？』

内蔵吉は、はっと、言葉につかえた。

蘭学、医学、海防、砲術、植林、化学と、あらゆる新時代の知識と、東洋の儒学とを併せて、今の時代的風潮の中に、巨人のように、諸藩からも仰がれている人が、正しく、礼儀をもって先に名乗っているのに――嘘は云えない気がしたのである。

と――象山の次の言葉は、苦もなく、彼のためらいを救ってくれた。

『ウーム、思い出した。昨年じゃったか、長国寺の寺内で、刀試しの折に見かけたことがある。――その折の山浦真雄が舎弟ではなかったかな』

『はいっ……』と、是非なく、

『山浦の愚弟にござりまする』

と、内蔵吉は、又、<ruby><rb>面伏</rb><rt>おもぶ</rt></ruby>せに、<ruby><rb>頭</rb><rt>ず</rt></ruby>を下げてしまった。

## 五

今の姿は、誰にも知られたくなかった。然し佐久間象山ほどな人が、兄の真雄の名を知っていてくれたのは<ruby><rb>欣</rb><rt>うれ</rt></ruby>しい。

象山も、兄の作刀を持っているのだろうか。持たない迄も、観ているに違いない。

刀試しの日も、居合わせていたといえば、刀の<ruby><rb>鑑識</rb><rt>かんしき</rt></ruby>もあるに相違ない。訊いてみたいものと思った。

――が、内蔵吉は、体の痛みを覚えるとすぐ、

（この人に、そんな事を訊いたら、きっと笑い草だろう）

と、<ruby><rb>怯</rb><rt>ひる</rt></ruby>んでしまった。

此の人の家には、世界の海陸を画いた大きな地球儀があるという。又、軍艦を造る造船学の書、西洋兵術から砲術火薬の書物――そんなもので<ruby><rb>室</rb><rt>へや</rt></ruby>が埋まっていると聞いた。

三尺に足らない刀の――刃がこぼれたとか、曲がったとか――そうした問題は、此の人の眼からは、<ruby><rb>蟻</rb><rt>あり</rt></ruby>に歯が有るか無いかを、争うような、小さな問題としか聞えまい。

『旅支度の様子らしいが、どこへお出での途中じゃな』

『はい……』と、これにも又、内蔵吉は正しく答えかねて、唯、

『江戸表まで参りまする』

と云った。

象山は、聞くと、

『ほう、江戸へか。<ruby><rb>偖</rb><rt>さて</rt></ruby>は、遊学かな。いい事じゃ。若い者はどしどしと、中央へ行って、日本が今、世界の中でどう動いているか、又いかに我が国が今――又将来、多事多難な時代の潮に向いかけておるか。そういう事にも、<ruby><rb>篤</rb><rt>とく</rt></ruby>と、眼を<ruby><rb>啓</rb><rt>ひら</rt></ruby>いて来なければいかん。<ruby><rb>餞別</rb><rt>はなむけ</rt></ruby>いたそう』

と、矢立から筆を出して、自身の扇子へ、さらさらと、一<ruby><rb>枝</rb><rt>し</rt></ruby>の<ruby><rb>桜花</rb><rt>さくら</rt></ruby>と、一首の歌を書いてくれた。

人みなも

咲きいづる時を

あやまらで

さくこの花に

ならえとぞ思う

## <ruby><rb>跛行</rb><rt>びっこ</rt></ruby>と鉄車

## 一

『今だ。咲き出づる時は今だ。おれの年頃も、世の中の<ruby><rb>黎明</rb><rt>あけ</rt></ruby>るのも。……何だか、そんな気がするなあ』

彼は、<ruby><rb>跛行</rb><rt>びっこ</rt></ruby>をひきひき、<ruby><rb>峠</rb><rt>とうげ</rt></ruby>を越え、又、峠を越えて、東へ行った。

休むたびに、象山から<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>にもらった扇子を出して見ては、

『――人みなも、咲きいづる時をあやまらで、さくこの花にならえとぞ思う』

を、何度も口で<ruby><rb>誦</rb><rt>うた</rt></ruby>ってみた。

深い谷をのぞいた。そして、高い秋の<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>を仰いだ。

『なんだ！　意気地のない』

彼は、<ruby><rb>勃然</rb><rt>ぼつぜん</rt></ruby>と、自分に<ruby><rb>肚</rb><rt>はら</rt></ruby>が立った。象山が何者だと思うのである。こんな扇子をもらって、有難がっているような事で、何うして、大志を抱いて成すことが出来よう。

彼は、扇子を、谷へ投げた。

白い<ruby><rb>蝶</rb><rt>ちょう</rt></ruby>みたいに、それは千<ruby><rb>仭</rb><rt>じん</rt></ruby>の底へ、吸われて行った。

『おれは、おれの道を、歩いてみせる！』

そう思って、高原にかかった。雲は、跛歩をひく足よりも低かった。

<ruby><rb>芒</rb><rt>すすき</rt></ruby>の果から、<ruby><rb>濛々</rb><rt>もうもう</rt></ruby>と、黄色い<ruby><rb>砂塵</rb><rt>さじん</rt></ruby>が立って来た。

## 二

近づくに従って、それは一隊の牛に曳かせてくる鉄車だと分った。およそ二十台もあった。菅笠、陣笠、<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>笠など、汗にまみれた武士や足軽が<ruby><rb>叱咤</rb><rt>しった</rt></ruby>して、牛と人足とを励ましてくるのである。

<ruby><rb>新発田藩</rb><rt>しばたはん</rt></ruby><ruby><rb>御用</rb><rt>ごよう</rt></ruby>

車の一台一台に、木札が打ってある。

今日も、彼は又見た。それは大砲や西洋式の小銃や、火薬箱を積んだ輸送隊である。

上田、松代、松本の諸藩、<ruby><rb>榊原家</rb><rt>さかきばらけ</rt></ruby>の<ruby><rb>隊伍</rb><rt>たいご</rt></ruby>にも、これで会うのが二度目だった。――彼はその砂埃りを浴びて<ruby><rb>摺</rb><rt>す</rt></ruby>れ違うと、急に心が暗くなって、道にも迷う気がして来た。

『これからの戦争に、<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>の先で打つ刀などが、物の役に立つだろうか？』

そう考えずにいられなかった。

『調練場で<ruby><rb>撃</rb><rt>う</rt></ruby>つのでさえ、あれほど威力のある大砲。――それにひきかえて、鎚の打ち方の、火加減の、湯の秘伝のと、一本の刀にも、血を吐くような苦しみをして、あげくに、折れ易いとか、曲がるとか、死んだ末代の先までも、とやかく云われる刀<ruby><rb>鍛冶</rb><rt>かじ</rt></ruby>と――』

彼は、ふと、

『<ruby><rb>止</rb><rt>よ</rt></ruby>そうか』

と、<ruby><rb>嘆息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>ついた。

そう思うと、一歩もあるけなかった。道ばたの<ruby><rb>草叢</rb><rt>くさむら</rt></ruby>へ、どっかり腰をくだいてしまう。

うつろな眼で、雲を見ていた。――と、母の顔が思い出された。兄の姿、妻の<ruby><rb>窶</rb><rt>やつ</rt></ruby>れ、子の泣く声。

『――ああ、解らなくなった。象山先生も、何とか云った。日本は今、うごいている。行く手には、国難が横たわっている。――そんな意味だった。何だか、おれの身を云われたような気がしたが』

いくら雲を見つめていても、彼には、時勢が<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>らなかった。日本の土の上に<ruby><rb>享</rb><rt>う</rt></ruby>けた生命である以上、その身自体が、一つの小さな国体であり、国の迷い国の悩みと共に在ることを――その時まだ、彼のうつろな頭には自覚できなかった。

『もしもし、間違ったら御めんなすって』

と、<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>から急ぎ足に来た足ごしらえのよい町人が、ひょいと、疲れた彼の顔の前で、足を止めた。

『もしや貴方様は、<ruby><rb>山浦</rb><rt>やまうら</rt></ruby>内蔵助さまと仰っしゃいませんでしょうか。てまえは、松代の<ruby><rb>飛脚</rb><rt>ひきゃく</rt></ruby>でございますが』

『え、飛脚屋。――いかにもわしは、山浦だが』

『柘植嘉兵衛様からの御手紙でござりまする』

『おお、嘉兵衛どのから、追いかけの御返事か』

飛脚は、江戸へゆく途中とみえ、それを渡すと、鳥影のように、高原の道を先へ行ってしまった。

いそいで、封を切ってみると、<ruby><rb>細々</rb><rt>こまごま</rt></ruby>と、故郷の消息が<ruby><rb>誌</rb><rt>しる</rt></ruby>してある。

『……ああ、まだ母は、生きているな』

すぐ彼の眼は、<ruby><rb>潤</rb><rt>うる</rt></ruby>みだした。

（――兄の真雄も無事、妻子も無事、赤岩村には、何の<ruby><rb>後顧</rb><rt>こうこ</rt></ruby>もない。然るにそちは、何とした事だ。別所の湯町で、ふと姿を見た時、わしは泣いた）

手紙の途中で、彼はそれを<ruby><rb>拝</rb><rt>おが</rt></ruby>んで、

『おゆるし下さい。おゆるし下さい』

声を出して云った。

（――だが、<ruby><rb>満照寺</rb><rt>まんしょうじ</rt></ruby>からの、消息に接して、わしの嘆息は、<ruby><rb>欣</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びに一変した。当初の志を抱いて、江戸へ立つ由。大慶この上もない。その初志を<ruby><rb>貫</rb><rt>つらぬ</rt></ruby>かねば、そちが養家を出た<ruby><rb>苦衷</rb><rt>くちゅう</rt></ruby>も、何の意味もなくなってしまうであろう。何事も、<ruby><rb>顧</rb><rt>かえりみ</rt></ruby>ずに行け。そしてよい師に就くことが<ruby><rb>肝腎</rb><rt>かんじん</rt></ruby>だ）

と、懇切なことばの後に、江戸へ出たら、同封の紹介状を<ruby><rb>携</rb><rt>たずさ</rt></ruby>えて、幕府のお旗本、<ruby><rb>窪田</rb><rt>くぼた</rt></ruby>助太郎どのの門をお訪ねしてみるがよい――と結んであった。

彼は、迷いの霧を、払われた心地がした。この一人の恩人に酬いるだけでも、剣工として立つ意義がある。

『そうだ。たとえ一振でも、末代に残る<ruby><rb>銘刀</rb><rt>めいとう</rt></ruby>と<ruby><rb>称</rb><rt>い</rt></ruby>われる刀を<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>たぬうちは、この足を、二度と、信州へは向けねえぞ』

彼は再び、<ruby><rb>傷</rb><rt>いた</rt></ruby>む脚を鞭打って、<ruby><rb>碓氷</rb><rt>うすい</rt></ruby>峠を、東へ越えた。

砲や銃を積んだ牛車は、次の日の途中でも、西へ西へと、<ruby><rb>轍</rb><rt>わだち</rt></ruby>を<ruby><rb>軋</rb><rt>きし</rt></ruby>らせて行くのを見かけた。

## 土蔵から物置へ

## 一

騒がしい時勢の中に、月日の流れは、殊に早く思われた。

上方には大塩平八郎の乱がある。忘れやすい世間の脳裡から、それが消えると、沿海の諸国から、<ruby><rb>頻々</rb><rt>ひんぴん</rt></ruby>と、露艦を見た、英艦がうろついている――などと黒船の飛報がはいる。

<ruby><rb>市井</rb><rt>しせい</rt></ruby>には又、高野長英だの、渡辺崋山だのの、市民を<ruby><rb>戦慄</rb><rt>せんりつ</rt></ruby>させるに足る国禁事件が、降ってわく。

――でもまだ、日本は<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>めていなかった。むしろ、江戸文化の終りに来ている<ruby><rb>頽廃的</rb><rt>たいはいてき</rt></ruby>な風は、吉原に、<ruby><rb>陰間茶屋</rb><rt>かげまぢゃや</rt></ruby>に、歌舞伎町に、役人の裏面に、町人の遊蕩に、鼠小僧の出没に――いろいろな社会層へ<ruby><rb>亙</rb><rt>わた</rt></ruby>って、<ruby><rb>腐</rb><rt>す</rt></ruby>えたる物の美しさと、醜悪を彩る<ruby><rb>絢爛</rb><rt>けんらん</rt></ruby>さに、都会も酔い、人も<ruby><rb>囈言</rb><rt>たわこと</rt></ruby>を云って日を送っていた。

だが。

天保十一年、十二年となると、支那の<ruby><rb>鴉片戦争</rb><rt>アヘンせんそう</rt></ruby>のうわさは、海をこえて、日本の上にも拡がって来た。

西洋文化を<ruby><rb>載</rb><rt>の</rt></ruby>せて――偽装した平和の侵略艦隊が、東洋を<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>ぎ歩いて、もう<ruby><rb>香港</rb><rt>ホンコン</rt></ruby>、<ruby><rb>上海</rb><rt>シャンハイ</rt></ruby>まで襲せて来たのだ。

<ruby><rb>支那</rb><rt>しな</rt></ruby>は、<ruby><rb>鴉片</rb><rt>アヘン</rt></ruby>を売りつけられ、支那自身が、鴉片の害毒を知って、その洋商を排斥し、その物貨を焼いたのが原因で、侵略艦隊を降りた紅毛兵は、平和の仮面をかなぐりすてて、長江を<ruby><rb>溯江</rb><rt>そこう</rt></ruby>し、南京城まで攻め上った。

為に、支那は、<ruby><rb>香港</rb><rt>ホンコン</rt></ruby>を<ruby><rb>奪</rb><rt>と</rt></ruby>られ、上海を<ruby><rb>割</rb><rt>さ</rt></ruby>かれた。

味をしめた利権占領軍は、南風を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかが</rt></ruby>って、次の獲物――日本の近海を、<ruby><rb>游弋</rb><rt>ゆうよく</rt></ruby>しつつあると、説く者がある。

海防の警鐘は、<ruby><rb>頻</rb><rt>しき</rt></ruby>りと鳴って、

（日本、準備せよ）

と、<ruby><rb>憂国</rb><rt>ゆうこく</rt></ruby>の<ruby><rb>声</rb><rt>こえ</rt></ruby>は、しきりと伝わる。

だが、江戸は醒めない。

ここの民衆は、余りにも、幕府だけを知っていて、日本そのものの本来の<ruby><rb>相</rb><rt>すがた</rt></ruby>と、日本全体が見えなかった。

――そうした今年の江戸の夏。

山の手の<ruby><rb>四谷</rb><rt>よつや</rt></ruby>の一<ruby><rb>劃</rb><rt>かく</rt></ruby>は、屋敷町の<ruby><rb>閑寂</rb><rt>かんじゃく</rt></ruby>な木立に、蝉しぐれが<ruby><rb>啼</rb><rt>な</rt></ruby>きぬいていた。

ただ此頃のこと、この<ruby><rb>界隈</rb><rt>かいわい</rt></ruby>に、炎天の真昼も、時には深夜でも、異様な音が、左門町の木の間から流れてくる。

カーン！

テーン！　カーン！

<ruby><rb>冴</rb><rt>さ</rt></ruby>えた<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>の音であった。

## 二

『<ruby><rb>窪田</rb><rt>くぼた</rt></ruby>先生。あれは、お宅ではないのか』

<ruby><rb>庄内</rb><rt>しょうない</rt></ruby>の酒井家の臣、加藤<ruby><rb>宅馬</rb><rt>たくま</rt></ruby>と松平<ruby><rb>舎人</rb><rt>とねり</rt></ruby>の二人が、ふと客間の書院で、耳を<ruby><rb>欹</rb><rt>そばだ</rt></ruby>てて訊ねた。

主人の窪田<ruby><rb>清音</rb><rt>すがね</rt></ruby>は、

『ム。あの鎚音でござるか』

と、微笑をうかべた。

『そうです。時節がら、<ruby><rb>鎧</rb><rt>よろい</rt></ruby>でも打たせておいでなさるとみえる』

『<ruby><rb>刀鍛冶</rb><rt>かたなかじ</rt></ruby>じゃ』

『ほ。――御邸内に、刀鍛冶がおるとは<ruby><rb>御重宝</rb><rt>ごちょうほう</rt></ruby>な』

『そう、重宝でもない。<ruby><rb>見所</rb><rt>みどころ</rt></ruby>のある者故、物置小屋を直して、鍛冶小屋に与えてはおるが、若いし、容貌はよし、天才肌な男なので、女に好かれて困る』

『はははは。そう三拍子揃ったのも、<ruby><rb>厄介</rb><rt>やっかい</rt></ruby>かも知れぬ。何と申す者で』

『信濃の産で、山浦内蔵助、<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>ともいい、刀銘には、そのほか<ruby><rb>正行</rb><rt>まさゆき</rt></ruby>などとも<ruby><rb>彫</rb><rt>ほ</rt></ruby>っておるが』

『お手許に、作刀がござりましょう』

『ござる。見てやってください』

窪田清音は、立って、床脇から、彼の<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>った<ruby><rb>一振</rb><rt>ひとふり</rt></ruby>を取ってそれへ差出した。

<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ちおろしの<ruby><rb>中身</rb><rt>なかご</rt></ruby>を一見して、二人は、<ruby><rb>交〻</rb><rt>こもごも</rt></ruby>に、驚嘆した。殊に、加藤宅馬は、鑑刀の眼もきくし、愛刀家といわれていたが、これは、古刀の名だたる銘作と比較しても、<ruby><rb>遜色</rb><rt>そんしょく</rt></ruby>のない物とまで――口を極めて賞めた。

『そうかなあ』

窪田清音は、にやにや笑った。

彼自身も、刀には<ruby><rb>眼利</rb><rt>めきき</rt></ruby>と、人にゆるされておりながら、そう云うのだった。そして、<ruby><rb>欣</rb><rt>うれ</rt></ruby>しそうな容子がつつめなかった。

『一体、こんな名刀が、どうして、お宅の物置小屋などに、埋れているといっては失礼ですが、世間にも知られずに居るのですか』

二人は、数年前の、兵学の弟子だったが、今度の出府に、挨拶に来たものだった。

だが、今の一刀を見ると、もう<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>の話は忘れて、熱心に、<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>をのり出した。

## 三

一片の紹介状を持って、山浦内蔵助が、ここの門を叩いたのは、もうすでに六、七年前になる。

（働いてみい）

窪田清音が、彼に与えた仕事は、ここの足軽奉公だった。

<ruby><rb>仲間</rb><rt>ちゅうげん</rt></ruby>仕事を、二年やった。

（書生に取立ててつかわす）

次の一年は、玄関の取次番に坐り、朝夕、<ruby><rb>雑巾</rb><rt>ぞうきん</rt></ruby>をつかんだ。

三年目に、初めて、

（何が<ruby><rb>希望</rb><rt>のぞみ</rt></ruby>だ）

と、訊いてくれたのである。

内蔵助は、<ruby><rb>抱負</rb><rt>ほうふ</rt></ruby>を話した。

（では、見せて遣わす物がある、<ruby><rb>尾</rb><rt>つ</rt></ruby>いて来い）

土蔵へ伴なわれた。

（毎日、ここへ籠って、当分、勉強いたすがいい）

と、清音は云った。

<ruby><rb>刀長持</rb><rt>かたなながもち</rt></ruby>の中には、古今の銘刀が何十振とあった。相州物、備前物、肥前その他、彼がまだ接したことのない<ruby><rb>稀</rb><rt>まれ</rt></ruby>な名匠の作もあった。

彼は毎日、土蔵の中で、その作品作風を見て、自己の工夫を<ruby><rb>凝</rb><rt>こら</rt></ruby>した。そして今――初めて松代の長国寺内でやった自分の行為や言葉を、冷静に<ruby><rb>振顧</rb><rt>ふりかえ</rt></ruby>って、

（若かったなあ）

と、自分の未熟を、はっきり<ruby><rb>覚</rb><rt>さと</rt></ruby>ることができた。

そして計らずも江戸へ出て、良い恩師に就いたことを感謝した。

旗本窪田助太郎は、お広敷番から弓矢奉公まで勤めた人だった。<ruby><rb>清音</rb><rt>すがね</rt></ruby>と人が<ruby><rb>称</rb><rt>よ</rt></ruby>ぶのは、<ruby><rb>千蔭</rb><rt>ちかげ</rt></ruby>風の書をかいたり、和歌を詠んだり、国学に通じていたりするので、その方の名が、通称となったものらしい。

講武所<ruby><rb>取立</rb><rt>とりたて</rt></ruby>の折、兵学の講義をうけ持ち、御留守番まで進んだが、もう身を退いて、閑役となっている。年配は六十二、三。――然し、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がっき</span>とした体質で、壮年から田宮流の剣道、無辺無極流の鎗術、中島流の火術――とみな一派の師となるほどな腕があったという<ruby><rb>面影</rb><rt>おもかげ</rt></ruby>も今、<ruby><rb>偲</rb><rt>しの</rt></ruby>ばれる。

で、邸内には、講堂もある、道場もある。

内蔵助は、その文武二つの床に、この数年、いかに教えられて来たか、知れなかった。

その上にも、今また、土蔵の中で、親しく<ruby><rb>巡</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り会うことのできた――無数の古人の師。

（ああ、ここはおれの、大蔵経の経蔵だ）

彼は、自分の<ruby><rb>多幸</rb><rt>たこう</rt></ruby>に、思わずそう云って、感謝した。

その間に、邸内の物置小屋を、少しばかり改築して、<ruby><rb>鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>をすえ、<ruby><rb>火土</rb><rt>ほど</rt></ruby>を築き、鍛冶道具も窪田清音が備えてくれた。

土蔵から、彼は、物置小屋へ移った。

然し、彼の人間には、知識の光りと、<ruby><rb>技倆</rb><rt>ぎりょう</rt></ruby>の上達が、清音の眼にも分るほど付いて来た。

## 四

『内蔵助、ちょっと参れ』

『お召ですか』

と、彼は、清音の前へ呼ばれて来た。

今し方、客の酒井家の家臣たちが帰って、間もない後だった。

『近頃、夜は<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>たんようじゃな』

『はい』

『<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>にも居らぬ事がままある。どこへ参るのか』

『はい』

『近所の酒屋その他へ、だいぶ借財もあるとの事だが、何でそのように、金<ruby><rb>費</rb><rt>づか</rt></ruby>いが荒いのじゃ』

『はい』

『酒は好きか』

『好きです』

『酒だけにしては何うか』

『はい』

『貴様の<ruby><rb>瑕</rb><rt>きず</rt></ruby>は、とかく、<ruby><rb>女子</rb><rt>おなご</rt></ruby>とのうわさが絶えんことだ』

『心得ております』

『心得ながらなぜ自誡せぬ。まだ、これからという分際で』

『女子の方からうるさく付き<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>うのです』

『だまれ。<ruby><rb>莫迦</rb><rt>ばか</rt></ruby>』

『はい』

『――改めて、今日かように、そちの身持について申すのも、実は、其方に取って、大事な機会が参ったからじゃぞ』

と、<ruby><rb>誡</rb><rt>いまし</rt></ruby>めた後で、清音は、自分の吉事のように、次のような<ruby><rb>目企</rb><rt>もくろ</rt></ruby>みがあることを、彼に告げた。

それは<ruby><rb>先刻</rb><rt>さっき</rt></ruby>帰った客の――加藤宅馬、松平<ruby><rb>舎人</rb><rt>とねり</rt></ruby>の二人が発案で、物置小屋の隠れたる名工、山浦内蔵助を世に出すために、武器講という会を立てようというのであった。

つまり山浦内蔵助作刀<ruby><rb>頒布会</rb><rt>はんぷかい</rt></ruby>なのである。<ruby><rb>口数</rb><rt>ふりかず</rt></ruby>を百<ruby><rb>口</rb><rt>ふり</rt></ruby>として、酒井家は勿論、旗本仲間、各藩の有志に、<ruby><rb>刷物</rb><rt>すりもの</rt></ruby>を廻して、会員を<ruby><rb>募</rb><rt>つの</rt></ruby>ろう。額は一口三両とする、そしてその半額を前納してもらい、やがて、内蔵助が本格的な鍛冶小屋を持つ資金としておいたなら、彼の将来には、<ruby><rb>刮目</rb><rt>かつもく</rt></ruby>するものがあるにちがいない。これは、隠れたる天才を世に送り出すものだ。同時に、少額な金で、すばらしい新刀が手に入れば、時節がら、武士の腰にも、精彩が加わろう。――と、そういった趣旨の計画なのである。

『どうじゃな、貴様の<ruby><rb>心底</rb><rt>しんてい</rt></ruby>は』

清音は、彼の為に、又とない機会と、この企てを、欣んでいうのであった。

『結構です』

『結構だけでは心もとない。この企てには、責任があるぞ』

『やります』

『万一の儀があると、発起人、世話人など、連名していただく方々のお顔に、泥を塗る事になるぞよ』

『はい』

『――と、まあ、わしの老婆心じゃ。然し、そちの技倆も、加藤殿のようなお<ruby><rb>目利</rb><rt>めきき</rt></ruby>が、認めて下さるように迄なって、わしも共々欣ばしい』

『皆、御高恩による所でございます』

『何の、そちの天質と努力のいたす所。今日となっては、もうそれを世に問うて見るも早くはなかろう。滅多にそこらのお天狗な刀鍛冶たちに<ruby><rb>負</rb><rt>ひ</rt></ruby>けはとるまい。この上とも、精進一途に、大を成すように心懸けい。それには、身も慎んでな。――よいか』

『……はい、はい。分りましてござります』

清音の愛は、師恩を超えていた。<ruby><rb>情誼</rb><rt>じょうぎ</rt></ruby>に感じやすい彼はすぐ涙になってしまう。誓っていい刀を鍛って<ruby><rb>酬</rb><rt>むく</rt></ruby>おうと思った。酒も慎しみ、女も断ち、あらゆる慾望や誘惑にも打ち克って――と、胸のうちで、繰返して念じた。

それから間もなく、「武器講百刀会」は生れた。彼は、その時から、優れたる剣工として、社会へ送り出された。

発起人には、窪田清音や知名の旗本や、酒井家の藩臣たちだの、巣立ちの一剣工にはむしろ過ぎた位な人々の名が連ねられた。

## 五

百<ruby><rb>口</rb><rt>ふり</rt></ruby>の申込みは、<ruby><rb>瞬</rb><rt>またた</rt></ruby>くまに、加入者で満たされてしまった。――同時に、物置小屋の鍛刀所では、何かにつけて不便なので、清音の屋敷から遠くない、四谷北伊賀町に一軒借りうけ、そこで、彼が江戸に於ける第一声の<ruby><rb>鎚音</rb><rt>つちおと</rt></ruby>を、初めて、揚げることとなった。

一刀、一刀、又一刀――と、彼の作品は、そこから生れて、百刀会の加入者たちに、<ruby><rb>籖引</rb><rt>くじびき</rt></ruby>の順で渡されて行った。

その裏には、彼の凄まじい精進が、<ruby><rb>赫々</rb><rt>かっかく</rt></ruby>と溶鉄の<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>に燃え、骨を削り血を吐くような苦心と研究が潜んでいた。

仕事場に立って、<ruby><rb>鎚</rb><rt>つち</rt></ruby>を<ruby><rb>把</rb><rt>と</rt></ruby>ればさながら鬼、深夜、土や焼刃の思念に痩せ苦しむ影はまるで<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>な幽人であった。そして、<ruby><rb>朝</rb><rt>あした</rt></ruby>に、自己の会心の作を研ぎあげて、

しめた！

と、彼自身がさけぶ折などは、まったく神か、嬉々たる児童のような、歓びの姿だった。

――人は、そこまでの彼は見ない。

彼の作刀を見た者は、<ruby><rb>唯</rb><rt>ただ</rt></ruby>云った。

『これはすばらしい。<ruby><rb>国広</rb><rt>くにひろ</rt></ruby>、<ruby><rb>康継</rb><rt>やすつぐ</rt></ruby>、<ruby><rb>虎徹</rb><rt>こてつ</rt></ruby>、<ruby><rb>水心子</rb><rt>すいしんし</rt></ruby>、それから近頃の直胤――なんどにも劣らぬ作だ』

『いやいや、そんな新刀鍛冶の<ruby><rb>作振</rb><rt>さくぶり</rt></ruby>とは、懸け離れて、室町、鎌倉期あたりの古人の名作へさえ迫るほどな所がある』

『何しても、格が高い、気品がある。<ruby><rb>鉄味</rb><rt>かなあじ</rt></ruby>のよさ、刃作りの妙、<ruby><rb>相</rb><rt>すがた</rt></ruby>の麗わしさ、又この匂い。師匠譲りの、生やさしい技や口伝だけで、鍛てるものじゃない』

『新刀鍛冶は、みな堕落したといわれておるが、えらい鍛冶が出て来たものだな』

『近来の<ruby><rb>正宗</rb><rt>まさむね</rt></ruby>だろう』

『ム。四谷正宗だ』

<ruby><rb>彗星</rb><rt>すいせい</rt></ruby>のように現われた彼の名声は、ただ秘伝口伝や門流の<ruby><rb>殻</rb><rt>から</rt></ruby>にかくれて、偉そうな切銘と<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">見てくれ</span>で無事泰平な<ruby><rb>鈍刀</rb><rt>なまくら</rt></ruby>ばかり叩き馴れて来た無数の刀鍛冶たちへ、

――こいつは？

と、大きな狼狽と、衝動と、刺戟とを<ruby><rb>齎</rb><rt>もたら</rt></ruby>した。

そこに又、彼に対する、<ruby><rb>嫉視</rb><rt>しっし</rt></ruby>、中傷の反動も挙がらずにいない。

当時、江戸で巨匠といわれる鍛冶には、二代水心子正秀の一門があり、又、荘司箕兵衛直胤も松代から移って、<ruby><rb>秋元侯</rb><rt>あきもとこう</rt></ruby>を背景に、下谷<ruby><rb>御徒町</rb><rt>おかちまち</rt></ruby>に、堂々たる門戸を張っていたが、そのほかの群小刀鍛冶に至っては、無数と云っていい程あった。それ等がみな、一<ruby><rb>弦</rb><rt>げん</rt></ruby>月<ruby><rb>懸</rb><rt>か</rt></ruby>かって萬星滅す――四谷正宗の名声と共に光りを薄くしてしまった。

然し、その名声を慕って、四谷北伊賀町の彼の仕事場を訪ねて行っても、鎚音のしない日は、見つけ出せないほどそこは<ruby><rb>小</rb><rt>ささや</rt></ruby>かな家だった。

又、彼の刀の<ruby><rb>切銘</rb><rt>きりめい</rt></ruby>は、従来、「信濃国正行」とか「山浦内蔵助」とか又ただ「環」とか、その時々で切っていたが、やがて四谷に住んでから、

<ruby><rb>源清麿</rb><rt>みなもとのきよまろ</rt></ruby>

と、作品に切るようになった。

清の<ruby><rb>名乗</rb><rt>なのり</rt></ruby>は、勿論、恩師窪田<ruby><rb>清音</rb><rt>すがね</rt></ruby>の一字。一刀一刀鍛つごとに、鉄へ切り込む<ruby><rb>鑿</rb><rt>たがね</rt></ruby>のごとく、その人を忘れまいとする彼の気持から選んだ名であることはいう迄もない。

そして、近頃、取った一弟子にも、<ruby><rb>清人</rb><rt>きよひと</rt></ruby>という名をつけてやった。

## 木の葉雨

## 一

弟子は、<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>にも二、三名は取ったが、師匠清麿の烈しい精進に寄りつけないで、よく出たり<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>ったりしていたが、清人だけは離れなかった。

清人は仙台生れで、<ruby><rb>出羽某</rb><rt>でわのなにがし</rt></ruby>とかいう田舎鍛冶に就て、修業の下地はあったし、鈍な代りに、正直で<ruby><rb>朴訥</rb><rt>ぼくとつ</rt></ruby>だった。清麿も、仕事ではよく怒りもするが、特別、可愛がっていた。

『師匠』

と、その清人が、或る日云う。

『なんだ、いやに改まって』

『お願いがあるんです』

『おれに？』

『へい。……<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>じゃありませんが』

『何をもじもじして居るのだ。どうも<ruby><rb>汝</rb><rt>てめえ</rt></ruby>は煮え切らねえ男だ。刀鍛冶が、そんな鈍じゃあ駄目だ。もっと、すっぱりと、歯切れをよくしろよ、歯切れを』

『じゃあ云います。……云い<ruby><rb>難</rb><rt>にく</rt></ruby>い事なんですが、今朝、師匠が井戸端で、顔をお洗いになった後、ひょいと流して見ると、師匠の吐いた<ruby><rb>痰唾</rb><rt>たんつば</rt></ruby>の中に、赤いものが<ruby><rb>交</rb><rt>まじ</rt></ruby>っていました』

『……ム。血だろう』

『じゃあ、御自分でも、知っているんですか』

『いちど、もっとひどく、血を吐いたこともあるから』

『何で、それを打っ<ruby><rb>捨</rb><rt>ちゃ</rt></ruby>っておくんです。実あ私は、ずっと前から、お次さんに注意されて、気をつけて見ていたんですが……此頃は、殊に師匠のお体が<ruby><rb>痩</rb><rt>や</rt></ruby>せて来るし――心配で<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>りません』

『お次が……そう云っていたのか』

『どうか、御意見をしてくれと、お次さんから頼まれたし……私もそう思うんで、叱られるのを覚悟で申します。――どうか師匠、余り仕事で無理をしないで下さい。それと、お酒を……もう少し減らして飲むわけにはゆかないでしょうか』

清麿は、黙って、俯向いたまま、聞いていた。云われないでも、胸の痩せ、膝の痩せ、病魔に<ruby><rb>蝕</rb><rt>むしば</rt></ruby>まれている体は、自分の手で撫でてもわかる。

百刀会の百<ruby><rb>口</rb><rt>ふり</rt></ruby>鍛ち上げにかかると共に、一時は<ruby><rb>杯</rb><rt>さかずき</rt></ruby>を捨ててもみたが、鬼となって、仕事へ打ち込む情熱は、酒へもつい燃えつき易く、一<ruby><rb>唇</rb><rt>くち</rt></ruby>触れれば、ままよとなって、一升二升、暮れても明けても、分らない彼の酒だった。

それが、<ruby><rb>病躯</rb><rt>びょうく</rt></ruby>を<ruby><rb>削</rb><rt>けず</rt></ruby>ってゆく――

清麿は、知らないではない。

だが、人には云えない、心の内には、人間の誰にもある苦悶の巣がある。――故郷の事ども、其後の母の死、残して来た妻や子や、兄<ruby><rb>真雄</rb><rt>さねお</rt></ruby>の境遇にも。

『…………』

<ruby><rb>沈湎</rb><rt>ちんめん</rt></ruby>と、今、弟子の前に<ruby><rb>俯向</rb><rt>うつむ</rt></ruby>いている清麿の青白い<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>には、それがありありと刻まれていた。

いつか、十年はあれから過ぎた。その後、<ruby><rb>故郷</rb><rt>くに</rt></ruby>に起った禍も皆、自分が残して来た<ruby><rb>禍根</rb><rt>かこん</rt></ruby>のように責められるのだった。長国寺の事以来、藩老の矢沢監物から睨まれて、恩人柘植嘉兵衛の失脚――兄真雄へのさまざまな迫害――妻のお咲や梅作の身にも、前の養子先の縁者たちを<ruby><rb>繞</rb><rt>めぐ</rt></ruby>って、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろいろ</rt></ruby>うるさい事情や拘束も起っていると風の便りに聞いている――。

その上に、数年前、自分の居所もまだこっちから知らせぬ間に、母のお<ruby><rb>菅</rb><rt>すげ</rt></ruby>も死んだとある。柘植嘉兵衛の消息も知れない。

四谷正宗の、又、清麿は名人のと、人はいう。<ruby><rb>空</rb><rt>くう</rt></ruby>な名声は晴れがましく云う。

――だが、誰に今、その一剣を捧げよう。

『清人、よく云ってくれた、これから気をつける。だがな、酒だけは、たんと<ruby><rb>飲</rb><rt>や</rt></ruby>らないようにするが、少しは、ゆるしてくれ。愚な師匠と、笑うだろうが、見ないふりをしていてくれ』

## 二

裏は<ruby><rb>藪</rb><rt>やぶ</rt></ruby>で、椿の木が多い。木立ちの向うに寺の寺内が見える。

この<ruby><rb>界隈</rb><rt>かいわい</rt></ruby>の屋敷といえば、伊賀者衆の組屋敷だった。

お次はよく、そこの露地を、人目忍んで来る。清麿の家は、破れ垣に囲まれていた。ここも、伊賀者衆が住んでいた古家の跡かも知れなかった。木戸を開けると、空地のように、荒れた庭と鍛冶小屋が東の片隅に見えた。

そっと、台所を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いて、

『清人さん、いますか』

小声でいう。

『あ、お次さんか。きのう持って来た<ruby><rb>小鰺</rb><rt>こあじ</rt></ruby>は<ruby><rb>美味</rb><rt>うま</rt></ruby>かったぜ。師匠も美味いといっていた』

『じゃあ、清麿さんも、喰べてくれましたか。……今日は、お洗濯物が乾いたから、<ruby><rb>綻</rb><rt>ほころ</rt></ruby>びを<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬ</rt></ruby>って持って来ました』

『毎度、すまないなあ。お次さんが居てくれるので、まったく、助かるというものだ』

『お師匠様は』

『ぶらっと――出て行ったが、伝馬町の表通りで、<ruby><rb>会</rb><rt>あ</rt></ruby>わなかったかい』

『いいえ』

『手紙を書いていたから、飛脚屋へ行って、<ruby><rb>故郷</rb><rt>いなか</rt></ruby>へ金を送りに行ったのかもしれない。そんな用事だけは、自分でそっと出かけるから』

『お<ruby><rb>故郷</rb><rt>くに</rt></ruby>には、残して来たお内儀様と、お小さいのがおひとり居るんですってね』

『おれには、何も話さない。飲まないと、無口な師匠だからなあ』

『この頃、お酒は……』

『やまないよ、あれだけは』

『お体が丈夫ならいいけれど……。それが心配でたまりません』

『酒も酒だが、仕事もいけないなあ。あたり前にやっていれやあいいけれど、師匠のは、一本の刀が<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ち上がるたび、一本の骨を削って行くようなものだ』

『百刀会の刀は、もう皆さんに渡ったんですか』

『どうして、もう二年にもなるが、まだ何本も仕上げちゃ居ない。金は要るから、あらかた取って<ruby><rb>費</rb><rt>つか</rt></ruby>っちまったらしいが、どうするんだろ、いったい』

『他の刀鍛冶のように、手伝いでも入れて、早く仕上げて、次のお仕事をなさればいいのに』

『それが出来ない師匠なんだよ。あれじゃ一本、百両取っても、合やあしない』

『……つい、お<ruby><rb>喋舌</rb><rt>しゃべ</rt></ruby>りしてしまった。お師匠様のいないうちに、お部屋の掃除をしておいてあげよう』

彼女が<ruby><rb>此家</rb><rt>ここ</rt></ruby>へ来るたびに、家の中から、<ruby><rb>無性</rb><rt>ぶしょう</rt></ruby>な埃りが払われた。

お次は、窪田清音の屋敷にいた小間使であった。まだ、清麿がそこにいた頃、ちらと、<ruby><rb>男女</rb><rt>ふたり</rt></ruby>にうわさが立つとすぐ、苦労人の清音は、穏やかに、彼女を家元へ帰してしまったものである。

――だが、便りはそっと、つづけて居たらしい。清麿が家を持つと、彼女は、叔父の家から、足しげく、北伊賀町へ姿を見せた。

二十一、二の年ごろで、下町育ちの歯ぎれと、<ruby><rb>情操</rb><rt>じょうそう</rt></ruby>と才とが、清麿の気もちにぴったり合った。然し彼は、窪田清音の<ruby><rb>誡</rb><rt>いま</rt></ruby>しめがあったばかりでなく、血を吐く胸の<ruby><rb>病竈</rb><rt>びょうそう</rt></ruby>を自覚してからは、触れてならない花のように見ていた。そして、それを<ruby><rb>冒</rb><rt>おか</rt></ruby>しかける自分の心を、時には<ruby><rb>惧</rb><rt>おそ</rt></ruby>れた。

## 三

晩秋となると、この界隈の屋根も<ruby><rb>廂</rb><rt>ひさし</rt></ruby>も、木の葉の雨だ。

今朝も彼は血を見た。――<ruby><rb>唇</rb><rt>くち</rt></ruby>からである。

『ゆうべの酒が<ruby><rb>祟</rb><rt>たた</rt></ruby>った……』

と、思う。そして<ruby><rb>慚愧</rb><rt>ざんき</rt></ruby>にたえぬ面を井戸に洗う。

鍛冶小屋に霜が白かった。

清人が、朝早くから、一人でコチコチ仕事している。彼自身の作にかかっているのだ。

『どうだ、銘刀が出来そうか』

『あ……お眼ざめで』

『いい、いい、おれの事はいい。今度の仕事は、お前の腕が初めて世間で試めされる大事な一本だ。<ruby><rb>慥乎</rb><rt>しっかり</rt></ruby>、鍛てよ』

『師匠のようには参りませんが、師匠の一心不乱だけは、学んでやる覚悟です』

正直者だけに、清人は、唇を噛みしめて、その一生懸命な意気を、顔つきに描いて見せた。

それは、首斬り役の山田浅右衛門から来た註文なのである。清麿に――という依頼であったが、

（刑場で使う刀は鍛たない）

と、あっさり断ったので、ならば、お弟子の内でもというので、清人を世に出してやる為に、引請けたものだった。

首斬浅右衛門が、誰の作は斬れる、と折紙つければ、剣工として、一人前の札がつく。――<ruby><rb>慥乎</rb><rt>しっかり</rt></ruby>、鍛てよ、と彼が激励したのは、正直で鈍重なこの一弟子に、はやく一人で飯の喰えるだけの力をつけてやりたいと常々念じていたからであった。

『ちょっと、出かけるぞ』

『あ。お出かけですか』

『ム……ちょっと』

そのくせ、清麿自身は、もうここ一月の余も、鍛冶小屋に坐らなかった。

鍛てないのだ。心がそこに向かないのである。

『喰う為という<ruby><rb>目的</rb><rt>めあて</rt></ruby>だけで、あれ程、仕事に夢中になれる人間は仕合わせだなあ』

外へ出てから<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶや</rt></ruby>いた。そして、仕事の熱を求めるように、

（誰の為に、おれは鍛とう）

と、心で思った。

飯の為、酒の為、ただ生きる為だけで――彼は刀は鍛てなかった。なぜならば、彼が刀を鍛つ仕事は、自分で生命を削るのも同じだと――それが分って居るからである。

（母が生きていたら……）

と、その度に思う。思っても<ruby><rb>効</rb><rt>か</rt></ruby>いない事と知りながら胸が傷む。

そして、<ruby><rb>空虚</rb><rt>うつろ</rt></ruby>な心は、酒の魅惑へ、つい囚われた。

――その日も、夜まで飲み歩いて、殆ど、性もなく、木枯らしの中を落葉と一緒に<ruby><rb>飄々</rb><rt>ひょうひょう</rt></ruby>と吹かれながら、平河天神から<ruby><rb>麹</rb><rt>こうじ</rt></ruby>町の<ruby><rb>灯</rb><rt>ひ</rt></ruby>をあてに来ると、

『やいっ、<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>鍛冶っ』

『<ruby><rb>労咳病</rb><rt>ろうがいや</rt></ruby>み。待てっ』

誰か分らないが五、六名はいた。――挨拶がないとか、生意気だとか、悪口を喚きながら、清麿を、袋叩きと集って来たのである。獲物の棒切れか何かが、二つ三つ、清麿の痩せた背骨や、腰に<ruby><rb>中</rb><rt>あ</rt></ruby>たった。

不意ではあるし、泥酔していたので、清麿は、大勢の中へ仆れた。――然し、仰向けざまに<ruby><rb>蹌</rb><rt>よろ</rt></ruby>けながら抜打ちに<ruby><rb>薙</rb><rt>な</rt></ruby>いだ刀に、手応えはあった。次の瞬間、意気地なく、わっと大勢が退いたので、その背の一つへ、追い打ちに、もう一太刀、浴びせかけたのも覚えている。

わらわらと逃げて行った<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>の後は、又、ひっそりと静かになった。坂の途中の閉まっている屋敷門の下で、彼は、その儘、血刀を持った儘、いい気もちで、眠ってしまった。

血臭いので、暫くすると、犬が吠えかかった。それに、眼をさまして、彼は又歩き出したが、寒さにだいぶ酔いも醒めかけていた。坂の上まで来ると、<ruby><rb>夜鷹蕎麦</rb><rt>よたかそば</rt></ruby>の灯が見える。よろよろと屋台の中へ首を入れた。

『おいっ、蕎麦』

『へい』

『――じゃあなかった。まず先に、一本かな』

『旦那』

『なんだ』

『血がついて居ますぜ、お手に』

『ほう、成程。……手桶に水はねえか』

『御座いますが……はてな？』

『何が、はてなだ？』

<ruby><rb>凝</rb><rt>じっ</rt></ruby>と、蕎麦屋は、顔を見ている。清麿も何気なく蕎麦<ruby><rb>売</rb><rt>うり</rt></ruby>の顔を見つめた。

見たような男なのだ。

先でも、いつ迄も眼を<ruby><rb>燿</rb><rt>かがや</rt></ruby>かしていた。

## 四

『ウム。思い出した。――もしや旦那は、信州の山浦という刀鍛冶の弟じゃないかな』

『お。……蕎麦屋さん、お前とは、松代で会った事があるな』

『ある』

『長州の浪士と云ったか、藩士と云ったか、忘れたが、たしか名は金子<ruby><rb>重輔</rb><rt>じゅうすけ</rt></ruby>』

『よく、覚えている。いかにも、自分は金子重輔だが。……おぬしは、江戸へ出ていたのか』

『夜蕎麦売とは、変った<ruby><rb>渡世</rb><rt>とせい</rt></ruby>をしているな。おれも、<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の日が、生涯の<ruby><rb>岐</rb><rt>わか</rt></ruby>れ道になって、とうとう、つまらない刀鍛冶に成っている』

『そうか。して刀の<ruby><rb>切銘</rb><rt>きりめい</rt></ruby>は』

『山浦<ruby><rb>清麿</rb><rt>きよまろ</rt></ruby>』

『えっ、近頃、四谷正宗といわれる清麿とは、おぬしのことか』

『面目ない。そんな大したもんじゃねえ。……ああ、あんまり意外な人に出会ったので、酒がさめちまった』

『飲もう！　……。こっちへ這入らないか。火もあるぞ』

『お前さん、まだ、本職の蕎麦売じゃないな』

『元より、これは仮の姿だ』

『ふウム……。この寒空に、<ruby><rb>粋狂</rb><rt>すいきょう</rt></ruby>な、何でこんな真似をしているんだ』

『粋狂？　……そう見えるか。江戸の人間には、そうも見えようなあ。おぬしのように、明日の日本が、<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うなるかも知らず、飲んで、<ruby><rb>囈言</rb><rt>たわこと</rt></ruby><ruby><rb>吐</rb><rt>ほ</rt></ruby>ざいて、虫けらみたいに、生きている奴が大概だから』

『何。……何だと』

『まあ飲め』

屋台の裏で、空箱を腰掛けに、<ruby><rb>行火</rb><rt>あんか</rt></ruby>を挾んで二人は<ruby><rb>対</rb><rt>むか</rt></ruby>い合っていたが、清麿は、重輔の今の一言に、さっと、冴えた顔から、鋭い眼をすえた。

## 五

彼が怒ったので、金子重輔は、

『では、<ruby><rb>虫螻</rb><rt>むしけら</rt></ruby>と云った<ruby><rb>理</rb><rt>わけ</rt></ruby>を聞かしてやろう』

と、<ruby><rb>肱</rb><rt>ひじ</rt></ruby>を張って云った。

今、日本は、<ruby><rb>開闢以来</rb><rt>かいびゃくいらい</rt></ruby>の危機にかかっている。

海の外を見ろ。支那を見ろ。

英、仏、露、など諸外国の<ruby><rb>虎視眈々</rb><rt>こしたんたん</rt></ruby>と日本の隙間を<ruby><rb>窺</rb><rt>うかが</rt></ruby>っていることを考えてみたら<ruby><rb>慄然</rb><rt>りつぜん</rt></ruby>としようが。

だのに、江戸はこの<ruby><rb>頽廃</rb><rt>たいはい</rt></ruby>ぶりだ。幕府は無能だ。――誰が、神国のこの危機を救うか。われわれはもう、<ruby><rb>腐</rb><rt>す</rt></ruby>えた幕府などはとうに見捨てている。

この時、これは神示だ。

われわれが、仰ぎまいらす御方は、一天の大君しかない。だのに、その御所の<ruby><rb>御衰微</rb><rt>ごすいび</rt></ruby>の様といったら<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>うか。

口にするのも勿体ない、涙がこぼれて云えない。

『……貴様、知っておるか』

金子重輔は、<ruby><rb>涕涙</rb><rt>ているい</rt></ruby>して暫く、口を<ruby><rb>緘</rb><rt>つぐ</rt></ruby>んでしまった。

彼は又、熱心に言葉をつづけ、日本の国体から説き起して、二千余年の治乱を語り、幕府の悪政による朝廷の御式微がどんなに下々の想像もつかない程であるかを話して、

『ただ、幸には、幕府は腐っても、この国体はまだ腐っていなかった。今のうちに、<ruby><rb>尊王</rb><rt>そんのう</rt></ruby>の大義を建て、外夷を討つ計を立てなかったら、この日本は、支那と同じ<ruby><rb>轍</rb><rt>てつ</rt></ruby>をふむほかない。――日本に生れながら日本を知らず、酔生夢死に世を送ってしまう奴らを、虫螻と云ったのは、おれの間違いだろうか』

と、一気に云い終って、清麿の顔を見つめた。

『…………』

清麿は、身を<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>らせて、<ruby><rb>凝</rb><rt>じっ</rt></ruby>と、聞き澄ましていた。唇の色まで<ruby><rb>霜風</rb><rt>しもかぜ</rt></ruby>にふかれて<ruby><rb>蒼</rb><rt>あお</rt></ruby>かった。――然し、彼の性来多感の血は、少年のように、皮膚の下に<ruby><rb>沸</rb><rt>たぎ</rt></ruby>り立っていた。

『ありがとう』

<ruby><rb>慇懃</rb><rt>いんぎん</rt></ruby>に、頭を下げて、礼をいうと、重輔はかえって、<ruby><rb>揶揄</rb><rt>やゆ</rt></ruby>されたかと思って、

『何だ、それは』

『慎んで、お礼を云います。もし今夜、貴方に会わなかったら、私は、虫<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けら</span>で生涯を終ったかも知れなかった』

『オ……解ってくれたのか』

『解らずに何うしましょう、<ruby><rb>胆</rb><rt>きも</rt></ruby>にこたえました。――同時に、剣工として、自分がこれから鍛える心の<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>もつきましたが、まだ一つ、疑いがある』

『疑い？　……それはわしの云った事にか』

『いや、自分の仕事に就て』

『どういう事か』

『時勢は、移ってゆく。武器もどしどし進んでゆく。兵術も洋式になる。――そうした世の中では三尺に足らない刀など、今に、進歩した砲術の前では、針ほどな役にも立たなくなるのではないでしょうか』

『……ウウム』と、重輔も、それは深く考え込んで居たが、<ruby><rb>軈</rb><rt>やが</rt></ruby>て、

『そうだ、それは佐久間象山先生に聞け。象山先生のほかに、その答を明確に云ってくれる人はあるまい』

『あいにくと、てまえはまだ、信州へは行かれません』

『何、松代まで行く必要はない。先年から藩公に<ruby><rb>従</rb><rt>つ</rt></ruby>いて、象山先生は江戸へ出ていらっしゃる』

『えっ、江戸に御在府でございますか』

『内密だが、自分も<ruby><rb>密</rb><rt>ひそ</rt></ruby>かに、出入しておるから、日を見て、一度先生のお宅で会おう。<ruby><rb>猶</rb><rt>なお</rt></ruby>、いろいろと話しもあるから』

と、他日を約して、その夜は別れた。

## 火華氷柱

## 一

西洋真伝兵学砲術教授所

表門に、看板がかけてあった。

<ruby><rb>木挽</rb><rt>こびき</rt></ruby>町五丁目の佐久間象山の江戸屋敷である。約束の日に、清麿はそこへ行った。

金子重輔は、先に来ていた。その日は、いつか見た姿とは変って、どこから見ても志士らしい侍の服装になっていた。

『十数年前、信州の小島村で、お目にかかった山浦清麿でございます』

彼の挨拶を聞くまでもなく、重輔から話を聞いていたので、象山は、

『よく来たのう』

と、当時を<ruby><rb>追懐</rb><rt>ついかい</rt></ruby>して、今の刀匠清麿を<ruby><rb>懐</rb><rt>なつか</rt></ruby>しげに見た。

そして、清麿から、例の疑いを、問い出さないうちに、象山から云った。

『――聞けばそちは、将来、西洋兵術や砲術が進めば進むほど、日本刀は不要になりはせぬかという迷いを抱いているそうだが、余人の<ruby><rb>凡工</rb><rt>ぼんこう</rt></ruby>なら知らず、山浦清麿ともある者が、そんなことでは困る』

と、前提して、

『<ruby><rb>剣</rb><rt>けん</rt></ruby>は、武士のたましいだ。武士は国体の<ruby><rb>衛士</rb><rt>えじ</rt></ruby>だ。この国土のある限り武士道はある。武士のある限り、武士のたましいたる剣もなくてはならぬ。――わけても日本刀は、洋刀とは違う。それを鍛つ者の精神、それを帯びる者の精神、二つながら違う。もし、その精神が<ruby><rb>錆</rb><rt>さ</rt></ruby>びたり、その精神が失われるようなことがあったら、日本は亡ぶ日だ。――だから日本の亡ぶ日まで、日本刀は<ruby><rb>朽</rb><rt>く</rt></ruby>ちさせてはならぬ。不要になるなどとは、以てのほかな夢想で、鍛て、もっと、その信念を以って鍛て』

西洋学者といわれた象山の口からそう云われたのである。清麿は、もう迷わなかった。

（剣工！　ああ、よくもおれは、この天職を掴み取った。そうだ、日本の剣工でなけれやいけない）

ここへ、来る前の彼と、帰ってゆく時の彼とは、姿は同じでも、既にちがっていた。

礼をのべて、帰る際に、象山へ、

『お<ruby><rb>座右</rb><rt>ざう</rt></ruby>へ置くには足りませぬが、いずれ<ruby><rb>一口</rb><rt>ひとふり</rt></ruby>、その心をもって鍛ったものを持って参りまする』

と約して別れた。

## 二

――その戻り道。

<ruby><rb>木挽橋</rb><rt>こびきばし</rt></ruby>の上で、ちらと、<ruby><rb>摺</rb><rt>す</rt></ruby>れちがった<ruby><rb>年増</rb><rt>としま</rt></ruby>の茶屋女風の女が、

『――あらっ？』

と、往来の人の間から、軽い驚き声を投げた。

<ruby><rb>振顧</rb><rt>ふりかえ</rt></ruby>って、清麿はハッとした。別所で別れたお<ruby><rb>寿々</rb><rt>すず</rt></ruby>だった。

橋向うまで馳けて、そこの<ruby><rb>辻駕</rb><rt>つじかご</rt></ruby>へ飛び乗った。

行く先も云わずに乗ったので、<ruby><rb>駕屋</rb><rt>かごや</rt></ruby>は、

『旦那、急げ急げって、何処まで行くんです』

『柳橋辺りでいい』

つい、云ってしまった。

いつも飲む家の<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>である。――どう自分の天職に自覚を持っても、酒だけは、だめだと思った。酒とは、終生、縁が切れそうな自信もない。

『ああ、<ruby><rb>何日</rb><rt>いつ</rt></ruby>か会うものだなあ』

お寿々を頭に描きながら、その日の帰りも、深酔いして、家へ戻ると、夕闇の畳の上へ、ごろりと<ruby><rb>転寝</rb><rt>うたたね</rt></ruby>をしてしまった。

と、勝手の方で、

『<ruby><rb>清人</rb><rt>きよひと</rt></ruby>さん。……たいへんです、ちょっと来て』

お次の声がした。

清人は、仕事場から出て行った。

『なんだ、大変て』

『左門町に、<ruby><rb>固山宗次</rb><rt>かたやまむねつぐ</rt></ruby>という、弟子の沢山いる刀鍛冶がいるでしょう』

『<ruby><rb>箆棒</rb><rt>べらぼう</rt></ruby>め、弟子が大勢居たって、宗次の刀なんぞ、<ruby><rb>鈍刀番附</rb><rt>なまくらばんづけ</rt></ruby>の横綱だ』

『そんなことを告げに来たんじゃありません。その宗次の弟子が、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>かで、家のお師匠様に、斬られたことがあるんですってね』

『へエ。……聞かねえが』

『その事だの、遠い前の事だの、<ruby><rb>種々</rb><rt>いろいろ</rt></ruby>と、<ruby><rb>遺恨</rb><rt>いこん</rt></ruby>が積っているから、清麿のやつを斬ってしまわなければならない。今夜は斬り込むのだと、ゴロ浪人まで入れて、<ruby><rb>刈豆店</rb><rt>かりまめだな</rt></ruby>の居酒屋で飲んで居ますとさ。いつもここへ来る時、買物に寄る、煮豆屋のおかみさんが教えてくれたんです。……清人さん、お師匠様は』

『うたた寝していら』

『まあ……。何うしましょう』

『何うしよう』

と、清人と一緒に<ruby><rb>顫</rb><rt>ふる</rt></ruby>へ上って、そっと、清麿の寝顔をのぞきに来た。

清麿は、眼をあいていた。そして、清人から聞かないうちに、

『<ruby><rb>抛</rb><rt>ほ</rt></ruby>っとけ抛っとけ。だが、いくら蚊みたいな奴でも、沢山来ちゃあ、うるさいから、玄関の両側に、<ruby><rb>薪</rb><rt>まき</rt></ruby>をうんと積んで、蚊いぶしの代りに<ruby><rb>焚火</rb><rt>たきび</rt></ruby>をしておけ。――いいか、そして門の戸も、裏の木戸も、残らず開けっ放しにしておくんだ』

『師匠……。お酔いになっているんでしょう』

『ばか。酔っているか居ないか、これを見ろ』

抱いて寝ていた自分の一刀を、寝たまま抜いて、ぱッと夕闇を横に<ruby><rb>薙</rb><rt>な</rt></ruby>いだ。

『――あッ、あぶないっ』

清人は、台所へ飛んで来た。

お次は、<ruby><rb>御家人</rb><rt>ごけにん</rt></ruby>の娘だけに、そう聞くと、

『仰っしゃるように、して置きましょう』

と、家の中も、表も裏も、皆開け放して、二、三ヵ所に、大<ruby><rb>袈裟</rb><rt>げさ</rt></ruby>な焚火をしておいた。

『どうなるんだろ？』

と、清人は、生きた心地もない。むしろ落着いているお次を力に、息をころして隠れていた。

やがて、<ruby><rb>固山</rb><rt>かたやま</rt></ruby>宗次の弟子やゴロ浪人は、獲物を持って、<ruby><rb>襲</rb><rt>よ</rt></ruby>せて来たが、がらん――と開け放してある家の中と、どかどか燃え<ruby><rb>旺</rb><rt>さか</rt></ruby>っている火を見ると、

『……おやっ？』

『はてな？』

立ち<ruby><rb>竦</rb><rt>すく</rt></ruby>んで、垣の外を、やや暫く、こそこそしていたが、そのうちに町廻りが来たので、わっと逃げ散ってしまった。

## 三

清人は、飛び出して、手を打った。

『わははは。ざまあ見やがれ。師匠、もう逃げちまいましたぜ』

お次は、手桶の水を、火にかけて消していた。

むっくり起き上って、清麿は、

『折角、今夜は<ruby><rb>夜半</rb><rt>よなか</rt></ruby>から、仕事にかかろうと寝ているのに、うるせえ奴だな』

『師匠、今、<ruby><rb>燈火</rb><rt>あかり</rt></ruby>をつけて持って来ますが、ひとつ<ruby><rb>鑑</rb><rt>み</rt></ruby>て<ruby><rb>戴</rb><rt>いただ</rt></ruby>かれましょうか』

『なんだ、鑑てくれとは』

『お蔭様で、山田浅右衛門から註文された刀が、やっと仕上りましたんで』

『ほう……』と、ニッコリして、

『出来たか。どれ見せろ』

清麿が欣んでくれたので、清人は、行燈を片手に、白鞘に仕立てたばかりの<ruby><rb>一口</rb><rt>ひとふり</rt></ruby>を持って来て、差出した。

清麿は、鞘を払って、<ruby><rb>凝</rb><rt>じっ</rt></ruby>と、眉をよせていたが、ずかっと起ち上るなり、

『だめだ。こんな物！』

<ruby><rb>閾</rb><rt>しきい</rt></ruby>の<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>に突っ込んで、ヘシ曲げてしまうと、がらりと、庭先へ投げ捨ててしまった。

『あっ……師匠っ』

清人が、泣き声を出すと、

『何だ、<ruby><rb>惜</rb><rt>お</rt></ruby>しそうに。あんな物なら<ruby><rb>鍬鍛冶</rb><rt>くわかじ</rt></ruby>でも鍛つ。小手先でもヘシ曲がるような<ruby><rb>飴</rb><rt>あめ</rt></ruby>細工を、清麿の弟子の刀といわれては、おれの名折れだ』

『……へ。……へい。……済みません』

『刀とは、こうして作るものだ。仕事場へ来いっ』

もう、そう云った時の顔つきから、清麿の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>には、ここ久しく出なかった、仕事への凄まじい情熱――あの<ruby><rb>夜叉</rb><rt>やしゃ</rt></ruby>にも似た血相が<ruby><rb>漲</rb><rt>みなぎ</rt></ruby>っていた。

## 四

その夜から師も、弟子も、<ruby><rb>厠</rb><rt>かわや</rt></ruby>にゆく時のほかは、鍛冶小屋を離れなかった。

夜半も、<ruby><rb>鞴</rb><rt>ふいご</rt></ruby>が<ruby><rb>唸</rb><rt>うな</rt></ruby>り、<ruby><rb>鉄敷</rb><rt>かなしき</rt></ruby>の響きが洩れ、冬の月へ、<ruby><rb>凍</rb><rt>い</rt></ruby>て返った。

幾日も、幾夜もつづいた。

帰るにも帰られず――お次は<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>にいて、そこへ、握り飯を運んだり、表へ来る借金取りの云い訳に、手をついていたりした。

『もしえ？　……ちょっと伺いますが』

と、<ruby><rb>小粋</rb><rt>こいき</rt></ruby>な中年増が、門を<ruby><rb>覗</rb><rt>のぞ</rt></ruby>いて云った。

『こちらは、山浦清麿さんのお<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>ですってね』

『ええ、そうです』

『あなたは、御新造さんですかえ？』

女の眼は、妙に鋭く燃えているので、お次はすこし<ruby><rb>脅</rb><rt>おび</rt></ruby>えながら、

『いいえ……』と、答えると、

『ホホホホ。そうでしょうねえ。此の家に、<ruby><rb>他</rb><rt>ほか</rt></ruby>に御新造様などがいてたまるもんじゃないからね。どこに居るんです<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>さんは』

『環さん？　……そんなお方は』

『いえさ、今の清麿さんの昔名前さ。わたしゃあ、あの人に、用があるんです。ちょっと、そう云って下さいよ』

『今は、お取次ぎができませぬ』

『どうしてさ』

『叱られます』

『いいから、そう云ってお出でなさい。<ruby><rb>別所</rb><rt>べっしょ</rt></ruby>のお<ruby><rb>寿々</rb><rt>すず</rt></ruby>が来ましたといえば、何を打ッちゃっても、飛んで出て来なけれやあならない義理合いがあるんだから』

『……でも、それは、御無理でございましょう。会わないと仰っしゃっている時は、<ruby><rb>誰方</rb><rt>どなた</rt></ruby>が、何といおうが』

『会わせないというのかえ。――あ、あれは、鍛冶小屋の音だね。お前さんなんぞの取次ぎは待たないからいい。自分で勝手に会って来るよ』

家の横へ廻って、裏へ行こうとするので、

『あっ、いけません。――もしっ』

お次が、<ruby><rb>裸足</rb><rt>はだし</rt></ruby>で飛び降りて、彼女の前を<ruby><rb>遮</rb><rt>さえぎ</rt></ruby>った。

『なにさ？　<ruby><rb>出洒張</rb><rt>でしゃば</rt></ruby>って』

お寿々は、お次を突き飛ばして、小走りに駈け込んで行った。見ると、<ruby><rb>露地</rb><rt>ろじ</rt></ruby>つづきの裏のすぐ<ruby><rb>彼方</rb><rt>むこう</rt></ruby>に、<ruby><rb>注連縄</rb><rt>しめなわ</rt></ruby>の張り廻してある黒い鍛冶小屋の入口がすぐあった。

仕事の権化となっている清麿には、彼女が、小屋へ這入って来たのも知らずにいた。お寿々は彼の姿をそこに見ると、くわっとして、いきなり、

『お前さん！　……。よくもわたしを、お忘れだね。いえさ。よくも、私の姿を見ながら、<ruby><rb>何日</rb><rt>いつ</rt></ruby>か木挽橋では、逃げましたね』

と、清麿の胸ぐらをつかんだ。

清麿は、驚くよりも、猶、仕事のうつつから<ruby><rb>醒</rb><rt>さ</rt></ruby>めないで、

『え。……誰だ。おまえは』

『誰とは何さ』

<ruby><rb>甲</rb><rt>かん</rt></ruby>だかく、お寿々は、泣き声をふくんで<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>った。

『シラを切るのもいい程におし。別所のお寿々を忘れて、お前さんは済むのかえ』

『あ……おう……お寿々か』

『さ！　話があるから、出ておいで』

『うるさいっ』

『何だって！』

『何もくそもない。注連縄が見えないかっ。ここは山浦清麿の鍛冶小屋だぞ』

『知ってるから来たんだよ。もうお前なんぞに、未練はないが、く、く、くやしくって堪らないから』

『出ろっ、出てゆけ。<ruby><rb>不浄</rb><rt>ふじょう</rt></ruby>だ。小屋が<ruby><rb>穢</rb><rt>けが</rt></ruby>れる』

『穢れるだって。よくもそんな口が』

『ええいっ、出ないか。<ruby><rb>撲</rb><rt>なぐ</rt></ruby>るぞっ』

『若い娘なぞ、引ッ張りこんで、私を、不浄なんて、口惜しい、離すものか……』

『うぬ、出て失せぬか』

『出て行って、たまるものか』

『よしっ』

清麿は、力まかせに、突き出した。それでもまだ、お寿々は、<ruby><rb>躍気</rb><rt>やっき</rt></ruby>とかかって来るので、小脇に引っ抱えると、裏木戸から、寺の寺内へ抛り出した。

『清人！　小屋を一度掃き出して、塩を塩をっ』

## 五

自分の<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>つ剣に、自分が抱いた新しい信念を吹きこんで、その<ruby><rb>一口</rb><rt>ひとふり</rt></ruby>を、彼はまず、佐久間象山へ贈ろうと、発心したのであった。

彼は、その一刀を。

又、弟子の清人は、鍛ち直しの<ruby><rb>一腰</rb><rt>ひとこし</rt></ruby>を。

師弟二人が、共に、<ruby><rb>対</rb><rt>むか</rt></ruby>い合って、あだかも鍛ち競べをするかのように、不眠不休といってもいい精進を、十数日もつづけていた。

ふと、対い合っている弟子の<ruby><rb>鑢</rb><rt>やすり</rt></ruby>の音が止むと、

『清人ッ』

『……はア』

『眠いのかっ』

『い、いえ』

『なんだその眼は。てめえの作る刀の未来も分るぞ、眼からして、もう<ruby><rb>赤鰯</rb><rt>あかいわし</rt></ruby>だ。――水を浴びて来いっ』

『へいっ』

清人は、深夜の<ruby><rb>井戸端</rb><rt>いどばた</rt></ruby>へ駈け出して、氷の<ruby><rb>棘</rb><rt>とげ</rt></ruby>が生えている<ruby><rb>釣瓶縄</rb><rt>つるべなわ</rt></ruby>を見ながら、真ッ裸になるのだった。

『おれも浴びる』

と、清麿も来て、仕事着をかなぐり捨てた。

<ruby><rb>肋骨</rb><rt>あばら</rt></ruby>の出ている細い肉体に、冬の風がふきつけた。清人は、<ruby><rb>吃驚</rb><rt>びっくり</rt></ruby>して、

『師匠、と、とんでもない。……<ruby><rb>滅茶</rb><rt>めちゃ</rt></ruby>だ、そんなお体で』

『ばかあ云え。おれの体には、<ruby><rb>注連縄</rb><rt>しめ</rt></ruby>が張ってある』

『<ruby><rb>後生</rb><rt>ごしょう</rt></ruby>です……<ruby><rb>止</rb><rt>や</rt></ruby>めておくんなさい。神様へ向ってなさる<ruby><rb>行</rb><rt>ぎょう</rt></ruby>ならば私が、師匠の分も浴びておきますから』

『心配するな。実あ、てめえを叱りながら、おれも<ruby><rb>眠気</rb><rt>ねむけ</rt></ruby>に襲われて来たのだ』

笑って、彼も一緒に、釣瓶の水をざっと浴びた。

<ruby><rb>鑢</rb><rt>やすり</rt></ruby>かけして、<ruby><rb>相造</rb><rt>すがたづく</rt></ruby>りが終ると、<ruby><rb>焼入</rb><rt>やきい</rt></ruby>れにかかった。弟子に教えることは<ruby><rb>懇切</rb><rt>こんせつ</rt></ruby>だった。だが、清人は清人だけの才分しかなかった。何か、気に触れた時である。清麿は、彼の脳天から、<ruby><rb>雷鳴</rb><rt>かみなり</rt></ruby>のように呶鳴った。

『止めちまえッ！　刀鍛冶はっ』

そして、いきなり蹴飛ばして、<ruby><rb>研桶</rb><rt>とおけ</rt></ruby>の水を頭からぶッかけた。

外へ、<ruby><rb>転</rb><rt>ころ</rt></ruby>がり出した上、<ruby><rb>研</rb><rt>と</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぐそ</span>の水に、濡れ鼠になった清人は、もうほんとに、刀鍛冶は止めてしまおうと思ったのか――冬<ruby><rb>陽</rb><rt>び</rt></ruby>の<ruby><rb>日向</rb><rt>ひなた</rt></ruby>へ立って、男泣きに泣いていた。

<ruby><rb>張板</rb><rt>はりいた</rt></ruby>を立てて、<ruby><rb>襤褸</rb><rt>ぼろ</rt></ruby>を洗い張りしていたお次は、気の毒そうに、そっと寄って。

『どうしたの……どうなすったの……』

『かまわないでくれ。……おらあ、唯、自分が鈍に生れたのが恨めしい』

『又、叱られたんでしょう。ここが、<ruby><rb>怺</rb><rt>こら</rt></ruby>えどころですよ。<ruby><rb>何</rb><rt>ど</rt></ruby>んな<ruby><rb>職業</rb><rt>しごと</rt></ruby>だって、修業の道は辛いものと極っています』

その時、玄関の方で、

『頼もう。――山田浅右衛門の使の者でござるが』

と、<ruby><rb>厳</rb><rt>いか</rt></ruby>めしい口のきき方をした使者の訪れが聞えて来た。

催促である。

お次が、出て行って、聞くと、

『註文の刀は、ぜひ年内に欲しいのでござる。――という次第は、鍛ち下ろしを戴いた翌日――いつも朝の<ruby><rb>未明</rb><rt>みめい</rt></ruby>でござるが、罪人の死体をお上より申しうけ、<ruby><rb>新刀試</rb><rt>あらみだめ</rt></ruby>しをいたしておきたいと主人が仰っしゃる。――それには、<ruby><rb>初春</rb><rt>はる</rt></ruby>にかかっては、何かと、困り申すので』

口上は、裏の方まで、よく聞えて来た。

清人は、威勢よく、涙の顔をこすって、仕事場へ這入って行った。

『師匠。……すみません。これから、自分の愚鈍へも<ruby><rb>鑢</rb><rt>やすり</rt></ruby>をかけて、<ruby><rb>猶</rb><rt>なお</rt></ruby>、一生懸命にやりますから、どうか、もっと叱って下さいまし』

## 六

<ruby><rb>年暮</rb><rt>くれ</rt></ruby>に押迫った極月の二十七日頃。

小塚っ原は、<ruby><rb>霜柱</rb><rt>しもばしら</rt></ruby>で真っ白だった。然し、空は暗く、夜はまだ、明けるにだいぶ<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>があった。

千住の<ruby><rb>宿場遊廓</rb><rt>しゅくばぐるわ</rt></ruby>から飛んで来た帰り<ruby><rb>駕</rb><rt>かご</rt></ruby>の<ruby><rb>提灯</rb><rt>かんばん</rt></ruby>らしいのが、どう道を勘ちがいしたか、刑場の原へぶらぶら迷いこんで来る様子――

『おや、馬鹿野郎め、狐にでも化かされやがったんじゃねえか』

番小屋にいた非人の二人が、のそのそ出て行ってみると、<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>駕はすぐ町の方へ引っ返して、後の原っぱに、酒くさい男が一人、ぼんやり立っていた。

『御浪人、ここは通り道じゃねえぜ』

教えてやると、<ruby><rb>素袷</rb><rt>すあわせ</rt></ruby>一枚の痩せた男は、知っている――と<ruby><rb>頷</rb><rt>うなず</rt></ruby>いて、小判を一枚、<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>から出し、

『少いが、これは<ruby><rb>手土産</rb><rt>てみやげ</rt></ruby>だ。その代りに頼みがある。<ruby><rb>明日</rb><rt>あした</rt></ruby>の早朝、ここで山田浅右衛門が、<ruby><rb>胴試</rb><rt>どうだめ</rt></ruby>しにかける罪人の死骸を、朝までおれに貸してくれないか』

と、云うのである。非人は、不審顔して、

『<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたずら</rt></ruby>されちゃあ困るが』

と、金も欲しそうな顔すると、

『はははは。<ruby><rb>悪戯</rb><rt>いたずら</rt></ruby>するどこか、抱いて寝るだけのことだ』

――こいつは、酔っぱらっている。非人は顔を見合せてくすくす笑った。金は取って置かなければ損と当然に考えた。

『その<ruby><rb>筵小屋</rb><rt>むしろごや</rt></ruby>の中に入っている死骸がそうだ。外へ持ち出しちゃいけねえぞ』

指さすと、酔いどれ浪人は、這い込んで行った。非人は、腹を抱えて笑った。程経てから又、そっと外から覗き込んで、

『あれ……ほんとに、死骸を抱いて寝ちまやがったぞ。酒くせの悪いやつもあるものだな』

と、呆れ顔を見あわせた。

一方は、

『起せ起せ』と、云ったが、

『まだ、空は暗い。浅右衛門様のお駕が見えてから、<ruby><rb>抓</rb><rt>つま</rt></ruby>み出しゃあいいだろう。一両の宿賃だ。もうちっと、寝かしておいてやれ』

と、放っておいた。

辺りが白みかけると、山田浅右衛門と二、三名が来て、<ruby><rb>形</rb><rt>かた</rt></ruby>の如く、死骸を<ruby><rb>土壇</rb><rt>どだん</rt></ruby>にすえた。ゆうべの酔っぱらい浪人は、いつのまにか、消えていた。浅右衛門は自身、<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ち下ろしたばかりの新刀――清麿の弟子斎藤清人が鍛えた<ruby><rb>一口</rb><rt>ひとふり</rt></ruby>を試して、

『存外、斬れる』

と、評しながら、間もなく帰って行った。

正月の二日早々。

清人の所へ、山田浅右衛門の宅から、<ruby><rb>斬味</rb><rt>きれあじ</rt></ruby>を賞揚した礼状一通と、<ruby><rb>酒肴代</rb><rt>しゅこうだい</rt></ruby>とが届いた。

清人は、その手紙を持って、年始に歩いた。何処へ行っても、それが自慢だった。――ところがそれから一月も経ってから、彼は、お次から<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>かれた。

『清人さん、あまり自慢し散らさない方がよう御座いますよ。お師匠様のお<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>も知らないで』

『ばかいえ。あの刀は、<ruby><rb>鋼卸</rb><rt>はがねおろ</rt></ruby>しから<ruby><rb>研</rb><rt>と</rt></ruby>ぎ<ruby><rb>上</rb><rt>あげ</rt></ruby>まで、おれの手で鍛えたのだ』

『それはそうでしょうが、浅右衛門の手にかかって、斬れ味のよかった<ruby><rb>理</rb><rt>わけ</rt></ruby>を知っていますか』

『おれの腕が確かだからよ』

『そうではないでしょう。極月の二十七日の晩、お師匠様はお留守でしたろ』

『遊びに出かけて、翌日の昼間、頭の重い顔して、帰っておいでなすった。酒のことは、いくら云っても無駄だから、もう御意見は云わない事にした』

『何を云っているんです。……あの晩、お師匠様は、清人さんの刀が見事斬れるか斬れないか、それを心配する余り、家へ帰らなかったんですよ』

『えっ、神信心にでも行って下すったのか』

『いいえ。お帰りになってから、私が、着物を<ruby><rb>畳</rb><rt>たた</rt></ruby>んで上げると、何ともいえない嫌な匂いがするので――オヤ、<ruby><rb>死人</rb><rt>しびと</rt></ruby>臭い――と<ruby><rb>迂</rb><rt>う</rt></ruby>っかり云ったら、お師匠様が、きっと私を見て、黙っていろ、と恐い眼をしてこう仰っしゃったんですよ』

『ど、どう云ったんだ』

『――浅右衛門の胴試しに会って、もし、清人の刀が、斬れなかったら、あいつの一生涯は、浮かばれない事になるから、小塚っ原の非人に金をくれて、試しにかける死骸を借り、明け方まで抱いて寝て、死骸の肌を温めておいたんですって』

『……えっ、師匠が、死骸を抱いて寝たんだって』

『わたしは、初めて聞きましたが、凍っている死骸を斬るのと、人肌に<ruby><rb>温</rb><rt>ぬく</rt></ruby>もっている死骸を斬るのとでは、まるで斬れ味がちがうんですってね』

『…………』

清人は涙もろい。お次からそう聞くうちに、もう両腕に顔を埋めて、彼女の方へ背中を向け、しゃくり上げて泣いているのだった。

『……まあ、又泣いてしまって。清人さん、お師匠様の心が分ったら、泣かないでも、それを、胆に銘じておいて、いつか御恩返しをすればいいじゃありませんか。……お師匠様も、きょうは、去年からかかって、一心に鍛ち上げたお刀を持って、佐久間先生とやらのお屋敷へお出かけだし……さ、泣かないでよ。ね、清人さん、<ruby><rb>鶯</rb><rt>うぐいす</rt></ruby>が笑っています』

裏庭の<ruby><rb>梅花</rb><rt>うめ</rt></ruby>はもう<ruby><rb>綻</rb><rt>ほころ</rt></ruby>びかけていた。

## 不滅の<ruby><rb>国瓊</rb><rt>くにたま</rt></ruby>

## 一

長州<ruby><rb>訛</rb><rt>なまり</rt></ruby>の侍、薩摩弁の侍、柳河藩の<ruby><rb>某</rb><rt>なにがし</rt></ruby>、荘内藩の誰――と、木挽町の西洋学者の門を出入する志士風の者はかなり<ruby><rb>頻繁</rb><rt>ひんぱん</rt></ruby>であった。

清麿も、その一人だった。

彼が贈った一作は、いつも、象山の座右に置かれていた。

そこで、幾多の志士と、清麿は知り合った。若い志士たちの理想や議論をだまって聞いていた。

――が、彼は同時に、世間の<ruby><rb>如才</rb><rt>じょさい</rt></ruby>ない、刀鍛冶のように、金次第のいわゆる<ruby><rb>御差刀料</rb><rt>おさしりょう</rt></ruby>などは作れなくなってしまった。

貧乏は、彼を追いつめてくる。

お次は、何という<ruby><rb>宿縁</rb><rt>しゅくえん</rt></ruby>か、妻ともなく、その貧苦と<ruby><rb>闘</rb><rt>たたか</rt></ruby>って、

（大馬鹿者）

と叔父から云われ、勘当の身となってしまった。

彼女は、それを、むしろ幸として、

『一生涯でも、清麿さんの仕事場へ、<ruby><rb>研水</rb><rt>とみず</rt></ruby>を汲んであげれば、わたしはそれで本望です』

と、清人に洩らした。

清人は、嘆息をもらして、

『もう、お<ruby><rb>故郷</rb><rt>くに</rt></ruby>の方に、義理立てもないのだろうが、師匠は、若いお次さんに、胸の<ruby><rb>病</rb><rt>やまい</rt></ruby>をうつしたくないからだぜ。女房にしないからといって、それを恨んじゃ違うぜ』

『知らない』

部屋へ走りこんで、彼女はひとりで泣いているらしかった。

『きょうは、お次さんの泣く番か』

清人が、そんな冗談を云っていると、窪田<ruby><rb>清音</rb><rt>すがね</rt></ruby>の<ruby><rb>仲間</rb><rt>ちゅうげん</rt></ruby>が使に来た。――お次は又、はっと、顔色をかえた。

（もしや何か？　自分の事で）

と、<ruby><rb>恟々</rb><rt>どきどき</rt></ruby>していたが、そうではなかった。何か用事があるから、清麿が帰って来たら、すぐ屋敷へ来るようにという口上なのであった。

## 二

ずっと、不沙汰なのである。江戸へ来てからの恩を、忘れ果てたわけではない。

武器<ruby><rb>講</rb><rt>こう</rt></ruby>百刀会の刀はまだ四半分も<ruby><rb>鍛</rb><rt>う</rt></ruby>ち上げていない。どう自身でも心を責めても出来ないのである。しかも、前取りした金はとうの昔に<ruby><rb>費</rb><rt>つか</rt></ruby>ってしまっている。

<ruby><rb>閾</rb><rt>しきい</rt></ruby>の高い思いを越えて、清麿は、恩師の前に、面目ない顔を伏せた。

『どうした。ひどく痩せたじゃないか』

清音に、そう云われる程、彼は辛い気がした。

『――そう改まるな。今日呼んだのはほかじゃないが、武器講の一件だ。弱ったのう。<ruby><rb>彼方此方</rb><rt>あっちこっち</rt></ruby>から、矢の催促はまずよいとして、余り長びくので、近頃は、そちに対して、種々な取沙汰だ』

『御恩を仇で返したような始末、何とも、お詫びのいたしようが御座いません』

『わしの立場か。……ムム、それもわかっておるじゃろう。――だが、もっと案じられるのは、そちの立場だ。近頃、そちはよく、勤王方の志士たちと、往来しておるそうだな』

清麿は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぎく</span>とした。恩師清音は、幕臣である。

『――で、近頃そちも、わざと足を遠くしておるなと察しては居ったが、武器講のお世話人、加藤宅馬殿を初め、多くは皆、幕府方の人々じゃ。なお、始末が悪いわい』

『おことばでござりますが、清麿は刀鍛冶でございます。天子の民、日本の一鍛冶と生れたことを、果報と思っておりますが、何処までも、てまえの使命は刀を鍛つことと、分を存じておりますから、勤王方の志士たちと、<ruby><rb>往来</rb><rt>ゆきき</rt></ruby>はいたしておりましても、幕府を倒す運動などに、組しているわけではございません。それだけは……』

『待て――』清音は、抑えて、

『その<ruby><rb>善悪</rb><rt>よしあし</rt></ruby>を、<ruby><rb>糺</rb><rt>ただ</rt></ruby>すのではない。唯、お前に告げておくのは、わしの見るところ、この儘では、お前の身辺が危いことだ。そちの本心は、どうあろうと、<ruby><rb>幕吏</rb><rt>ばくり</rt></ruby>が眼をつけて、縛り上げようとすれば、いくらでも罪悪の名目はつけるぞ』

『はい』

『ここ暫く、江戸から足を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬ</rt></ruby>け。ほとぼりが冷めたら又帰って来い』

『でも、武器講の御迷惑をかけ放しでは……』

『偽りを申すな。今のそちの精神として、幕府方の侍共の腰の<ruby><rb>刀</rb><rt>もの</rt></ruby>が鍛てるはずはない。江戸に居たとて、出来るものか』

『…………』

『金の方も、後の始末も、清音が身に負って致してつかわす。何処なと、当分、遠国へ行っておれ』

『……はい。死後までも、御恩のほど、忘れませぬ』

『そう感じてくれたら、一刀でもよい。<ruby><rb>大君</rb><rt>おおきみ</rt></ruby>を護り奉るに足るような銘刀を鍛て。――この窪田清音は、徳川<ruby><rb>譜代</rb><rt>ふだい</rt></ruby>の臣じゃ。今にも、事こそあれば、<ruby><rb>喩</rb><rt>たと</rt></ruby>え勤王方の兵であろうと、この老骨に、伝来の一腰横たえて、戦うやも知れぬ』

六十も越えて、眉もすでに白い人の、その<ruby><rb>眸</rb><rt>ひとみ</rt></ruby>の奥に、清麿は初めて、真の徳川武士というものを見た心地がした。

清麿が、江戸から、忽然と姿を消してしまったのは、それから数日の後だった。

窪田清音は、来訪の客を見るたびに、

『<ruby><rb>不届</rb><rt>ふとど</rt></ruby>き至極な奴でござる。――見つけ次第に、お報らせ下さい。<ruby><rb>槍鞘</rb><rt>やりざや</rt></ruby>払って、一突きに、成敗してくれまする』

と、非常な怒り方であった。

客は皆、

『武器講の金を蓄え置き、<ruby><rb>逐電</rb><rt>ちくてん</rt></ruby>したものでござろう』

と、云った。清音も一緒に、

『あやつ、平素から、金には汚い奴で』

と、罵った。

今になって――と、陰で清音を非難する者もあったが、始末は<ruby><rb>悉皆</rb><rt>しっかい</rt></ruby>、清音がつけたので、日が経つうちに、人々も、問題にしなくなってしまった。

## 三

世は、愈〻騒がしい。

漸く、江戸の民衆にも、時勢の動乱が、眼にも、耳にも、解って来たのである。

弘化、嘉水と、年号の短く変るのまでが、<ruby><rb>慌</rb><rt>あわただ</rt></ruby>しい感じを世に与えた。

どこに隠れていたのか、山浦清麿は六、七年ぶりで、ぶらりと、江戸へ戻って来た。

（家があるかしら？）

と、すら思いながら、北伊賀町へ来てみると、清人は仕事場にいた。お次は、米の<ruby><rb>磨水</rb><rt>とぎみず</rt></ruby>を流していた。

『よく鍛冶小屋を護っていてくれた。だが、二人とも、変ったなあ』

『お師匠様こそ』

三名は、お互いに、茫然として、何から話そうという事も、<ruby><rb>俄</rb><rt>にわか</rt></ruby>に思い出せなかった。

清麿は、今日まで、何処にいたとも語らなかった。――だが、彼の死後に現われた刀の<ruby><rb>切銘</rb><rt>きりめい</rt></ruby>には、「長州萩城ニ於テ作ル」としたものや「村田清風先生ノ為ニ鍛ツ」と切った作刀がかなり見られるので、長州に<ruby><rb>潜伏</rb><rt>せんぷく</rt></ruby>していた事は、想像に難くない。

江戸に帰った後も、彼の生活は変らなかった。又、信念も変らなかった。

象山はあれから後、一度帰国したが、次の出府には、清麿も又、江戸に戻っていたので、木挽町に行くことも、前と変らない。

金子重輔と一緒に、吉田<ruby><rb>松陰</rb><rt>しょういん</rt></ruby>と会ったのも、木挽町のそこの書斎であった。松陰とは、その時が初めてではない。清麿が長州にいるあいだ、幾度か、その人の風には接していた。自分よりはずっと年下であったが、清麿には、忘れ得ない人のひとりであった。

その松陰は、江戸からすぐ又、長崎へ向って立つと聞いたので、清麿は、自作の<ruby><rb>小柄</rb><rt>こづか</rt></ruby>一本を<ruby><rb>餞別</rb><rt>せんべつ</rt></ruby>にと持って、翌日、象山の家を訪うと、

『<ruby><rb>惜</rb><rt>お</rt></ruby>しかったの、もう今朝立った』

というので、彼は落胆して、帰りかけた。

すると、象山は、

『実は……』と、彼に松陰の旅行の大事を打明けて、

『わしも、松陰が立った後から、彼の大望を<ruby><rb>激励</rb><rt>げきれい</rt></ruby>する意味で、一詩を書いたが、もう間にあわぬものと、ここに巻いて淋しく思うていた所だ。そちが心をこめた餞別もあるなら、今から急げば追いつけぬこともない。何とか、手渡したいものじゃが』

と、云う事なので、清麿は、

『承知しました。先生の詩を御覧になったら、猶更、感激なさるでしょう。お話をうかがえば、これが生死のお別れになるかも知れぬ<ruby><rb>門出</rb><rt>かどで</rt></ruby>、ぜひお渡しいたしましょう』

と、引受けて、東海道を追いかけてゆき、自分の気持と、象山の依頼とを果した。

彼を待つ大きな運命は、その日駈けた道にあった。すぐ翌年――それは安政元年となった三月――吉田松陰と金子重輔のふたりは、下田港からペルリの軍艦へ近づいて、暗夜に乗じ、密航を企てたことが失敗して、幕府の手に捕えられた。

送別の詩が、<ruby><rb>禍</rb><rt>わざわい</rt></ruby>して、象山も国元松代で<ruby><rb>幽閉</rb><rt>ゆうへい</rt></ruby>の身となった。

当然、清麿にも、疑いがかかった。然し、小柄に彼の切銘はなかった。唯、象山と彼との間に誰か、連絡をとった者があるらしいという程度であった。

その儘、夏になっても、沙汰はなかった。秋になっても、呼出しは来なかった。

――だが、彼が絶えず、何ものかに、備えている覚悟は、お次にも、清人にも、薄々わかった。

清人は、お次にそっと、<ruby><rb>囁</rb><rt>ささや</rt></ruby>いた。

『師匠は、この頃、いつでも<ruby><rb>懐中</rb><rt>ふところ</rt></ruby>に、<ruby><rb>画家</rb><rt>えかき</rt></ruby>の川辺さんから貰って来た<ruby><rb>緑青</rb><rt>ろくしょう</rt></ruby>のつつみを隠して持っているようだぜ……』

『えっ、緑青を……？』

彼女もまだ、そこまで切迫した清麿の気持とは思っていなかったらしく、そう聞くと、真っ蒼になって、唇をふるわせた。

## 四

夜もすがら、木の葉雨がわらわらと、<ruby><rb>破</rb><rt>や</rt></ruby>れ<ruby><rb>廂</rb><rt>びさし</rt></ruby>を打つので、時折、眼がさめる。

しいんと壁が寒い。――十一月の中旬である。

<ruby><rb>寝床</rb><rt>とこ</rt></ruby>についてから間もなく、

とんとんとん――

表の門を叩く者がある。

清麿は、天井へ眼をひらいた。手はすぐ蒲団の下の刀へ行った。

『――はい』

茶の間に寝ていたお次が答えてしまったのである。……しまった！　と思ったがもう間にあわない。

急いで、帯をしめて、お次は出て行った様子である。遂に来る日が来たのだ。ぜひがない。

覚悟は、日常にある。

万一<ruby><rb>捕</rb><rt>つか</rt></ruby>まって、<ruby><rb>白洲</rb><rt>しらす</rt></ruby>に<ruby><rb>曳</rb><rt>ひ</rt></ruby>かれ、<ruby><rb>拷問</rb><rt>ごうもん</rt></ruby>の苦痛と、幕吏から恥辱をうけるのは堪え難い。――いや堪え難いのみでなく、<ruby><rb>生身</rb><rt>なまみ</rt></ruby>の体だ、その苦痛に<ruby><rb>克</rb><rt>か</rt></ruby>ちきれなくなって、この口から、万一にも、勤王方の不利なこと一点でも洩らしたら<ruby><rb>愧死</rb><rt>きし</rt></ruby>しても足りないことだ。

又、もう一つ彼の<ruby><rb>惧</rb><rt>おそ</rt></ruby>れたことは、大恩のある窪田清音の身に、<ruby><rb>禍</rb><rt>わざわい</rt></ruby>のかかる事だった。それを避けるには、自分の「死」以外に安全な道はない。

清麿は、すぐ、台所へ走った。

手桶の<ruby><rb>柄杓</rb><rt>ひしゃく</rt></ruby>をつかみ、氷を割って、水を口に含んだ。

常に持っている小さい紙包みを、顔の上に逆さにして、緑青の粉を、一口に<ruby><rb>仰飲</rb><rt>あお</rt></ruby>った。

そして又、急いで、水桶から水を<ruby><rb>掬</rb><rt>すく</rt></ruby>い、ぐいと飲みほした。青い粉末がすこし溶けて、唇を<ruby><rb>燐</rb><rt>りん</rt></ruby>のように光らした。

『いつでも来い！』

大刀を横たえると、彼は、死へ向って、こう叫んだ。

――その時、表へ出て行ったお次が、あれっと、悲鳴をあげて、ばたばたっと、逃げ<ruby><rb>惑</rb><rt>まど</rt></ruby>うような<ruby><rb>跫音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>を立てた。

## 五

『逃げることはないよっ。――もしっ、お次さん、お次さんてば』

彼女の開けた門から、<ruby><rb>途端</rb><rt>とたん</rt></ruby>に、そう云って駈けこんで来たのは、お<ruby><rb>寿々</rb><rt>すず</rt></ruby>であった。

台所の露地から、走って出た清麿は、うぬと<ruby><rb>喚</rb><rt>わめ</rt></ruby>いて、出会いがしらに、刃を抜き浴びせた。

『――あッ、た、<ruby><rb>環</rb><rt>たまき</rt></ruby>さん』

その絶叫は、<ruby><rb>半</rb><rt>なかば</rt></ruby>、死へ心の行っていた清麿を、<ruby><rb>愕然</rb><rt>がくぜん</rt></ruby>とさせた。お寿々とは、夢にも思っていなかったのである。――環さん、遠い昔の名を呼ばれたのも、彼の胸をふかく<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>いた。

『……だめ、だめ。……わたしを殺しては。……わたしは、報らせに来てあげたのだ。今夜、わたしの奉公しているお茶屋へ飲みに来た岡っ引から、ちらと聞いたので』

『お寿々』

清麿はぺたっと、側へ坐った。

『お、お前とは、知らなかった。……お、お寿々……』

霜に<ruby><rb>俯</rb><rt>う</rt></ruby>っ伏した<ruby><rb>朱</rb><rt>あけ</rt></ruby>まみれた顔は、もう応えがないのだった。

よろよろと、立つと、彼方の闇に、凍ったように<ruby><rb>恟</rb><rt>すく</rt></ruby>んでいたお次は、

『お師匠様ッ……』

と、彼の胸へ、駈け寄るなり、<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>りついて、わっと泣いた。

『き、き、来ました。……とうとう、おわかれの日が』

『<ruby><rb>捕手</rb><rt>とりて</rt></ruby>か！』

きっと、振向くと、垣根越しに、裏隣りの寺の寺内を、チラチラと駈ける提灯の光りが、<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>いてみえる。

近所の屋根の上にも。そして、物の<ruby><rb>気配</rb><rt>けはい</rt></ruby>にも。ぎゅっと、肌を緊めてくるような一瞬が、体じゅうをそそけさせた。

笠だの、<ruby><rb>合羽</rb><rt>かっぱ</rt></ruby>だの、<ruby><rb>草鞋</rb><rt>わらじ</rt></ruby>だの、鼻紙だの、一<ruby><rb>纒</rb><rt>まと</rt></ruby>めひっ抱えて、清人も、家の中から飛び出して来た。

今夜に限って、彼は、泣きもしないし、うろうろもしていなかった。

『師匠っ、はやく、この合羽を<ruby><rb>被</rb><rt>かぶ</rt></ruby>って、草鞋を<ruby><rb>穿</rb><rt>は</rt></ruby>いて――。あ、あたしの田舎へ、逃げましょう。お次さんも連れて』

『清人か』

『そ、そうです』

『それはおめえの旅仕度にしてくれ。……ああ、長い間、苦労ばかりさせて、<ruby><rb>済</rb><rt>す</rt></ruby>まなかったなあ』

『そ、そんな事。……さ、お次さんも、泣いている場合じゃねえぞ。はやく、師匠にこれを』

『いや、お次には、<ruby><rb>平常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>に話してある。決して、おれに義理立てなどするなよ。二人で逃げろ、きれいな仲の三人だ。生きてゆく先で、よく心と心で話してみるがいい、……お次には、おれから云ってある事がある』

みりっと、寺の<ruby><rb>藪</rb><rt>やぶ</rt></ruby>で、<ruby><rb>生木</rb><rt>なまき</rt></ruby>の踏み折れるような響きがした。清麿は、二人を門の外へ突き出して、内から棒をかってしまった。

## 六

大地が号泣するように、門の外に、それからも、暫く<ruby><rb>嗚咽</rb><rt>おえつ</rt></ruby>の声がしていた。

清麿は、よろぼいながら、<ruby><rb>雪隠</rb><rt>せっちん</rt></ruby>の横の縁側から這いあがった。

御先祖と、神棚のある部屋まで、這って行こうとするらしい。

だが、<ruby><rb>緑青</rb><rt>ろくしょう</rt></ruby>の毒素は、もう血の中を駆けまわっていた。がばっと、縁に、首を垂れてしまった。

――一瞬。

清麿は、あらゆる苦痛が、体じゅうから<ruby><rb>解</rb><rt>ほ</rt></ruby>ぐれるような心地した。然し、意識はその体を、もう動かそうともしない。

板の間へくッつけている彼の顔は、にやりと微笑したようだった。耳には遠く千曲川の水音でも聞えているらしい。きれいな<ruby><rb>小禽</rb><rt>ことり</rt></ruby>の音すらありありとそこらにする。

（……いいよ、いいよ。何も、謝まることはない。そなたは、わしの子ではないか）

ぼっと、虹の<ruby><rb>環</rb><rt>わ</rt></ruby>のような中に、母の顔が見えた。昔ながらの温いお<ruby><rb>管</rb><rt>すげ</rt></ruby>の顔である。

（不孝？　……いいえ、おまえが独りで苦んでいるんだよ。わたしは、おまえに乳をあげた土ですよ。咲いた花が悪かったら、わたしという土が悪かったことになる。だのに、そなたは、天子様の<ruby><rb>赤子</rb><rt>せきし</rt></ruby>として、<ruby><rb>恥</rb><rt>はじ</rt></ruby>ない<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>を持ったじゃないか）

兄が側で、頷いている。嬉々として、梅作が小さい<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>をひらいている、――淋しげではあるが、お咲の顔も、自分をゆるすかのような<ruby><rb>眸</rb><rt>め</rt></ruby>で、<ruby><rb>凝</rb><rt>じっ</rt></ruby>と見ている。

萬象、あらゆる物が、その霧の中では生きている。見たこともない白髪の老人などが、<ruby><rb>飄</rb><rt>ひょう</rt></ruby>として、横ぎってゆく。――御先祖様かも知れない。と清麿の、意識ともつかない不思議な意識がふと思う。

恩人の<ruby><rb>柘植嘉兵衛</rb><rt>つげかへえ</rt></ruby>と、窪田<ruby><rb>清音</rb><rt>すがね</rt></ruby>とが、破顔している。それでいいのだと云っているように。

――直胤、直胤、直胤。

と、彼の霧の意識はさがしたが、どこにも見えない。虫<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けら</span>のように見えない。

ばりばりッ！

これは、現実の物音である。

垣を破って、捕手は、<ruby><rb>雪崩</rb><rt>なだ</rt></ruby>れこんで来た。

『あっ、戸が開いている！　風を喰らって、逃げたぞ』

清麿の俯ッ伏しているすぐ側で、こう<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>りながら、捕手たちは、彼を見出さずに、家の周りを、暴風雨のように駈け<ruby><rb>繞</rb><rt>めぐ</rt></ruby>り初めた。

その声に、ふたたび此の世の肉体へ、飛んで返って来た意識を持って、はッと、首を<ruby><rb>擡</rb><rt>もた</rt></ruby>げた山浦清麿は、両手を、懸命に縁の板へついて、わずかに、戸の開いている方へ、身をにじり廻した。

――そこから、<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby><ruby><rb>遙</rb><rt>はる</rt></ruby>か、京都の方を望んで。御所の<ruby><rb>常盤木</rb><rt>ときわぎ</rt></ruby>を胸に思って。

『…………』

十一月の夜、霜より冴えた夜、星は一つ一つ、<ruby><rb>燦</rb><rt>さん</rt></ruby>としていた。

<ruby><rb>恭</rb><rt>うやうや</rt></ruby>しく頭を下げるなり、同時に、山浦清麿の鍛った刀は、山浦清麿の<ruby><rb>喉</rb><rt>のんど</rt></ruby>を突き刺して、かりの世の肉体を、ふたたび永遠の<ruby><rb>溶鉱炉</rb><rt>ようこうろ</rt></ruby>へと送り戻した。

〔作者附記〕山浦清麿の遺作は今日猶、不朽な銘刀として遺された物少くありませんが、彼の事歴は、死後<ruby><rb>湮滅</rb><rt>いんめつ</rt></ruby>された為、殆ど記録も稀れで、作者の推理と、想像に拠った所寡少としません。又、脚色上仮想人物の点出も云う迄もなく、主人公が近世の人物であり、現存縁故者もあるべく思われるので、敢て、お断りいたしておく次第です。猶、熱心なる山浦清麿研究家藤代義雄氏、岩崎航介氏などの作者に寄せられた御好意をも、併せて多謝いたしておきます。

（昭和十三年九月）