Soranoha

ここが楢山

ここがならやま

小津 安二郎

母は明治八年生れ。三男二女をもうけて、僕はその二男に当る。他の兄妹は、それぞれ嫁をもらい、嫁にゆき、残った母と僕との生活が始まってもう二十年以上になる。

一人者の僕の処が居心地がいいのか、まだまだ僕から目が放せないのか、それは分らないが、とにかく、のんきに二人で暮している。

母は、朝早く夜早く、僕はその反対だから家にいても滅多にめしも一緒に食わない。

去年頃までは、なかなかの元気で、一人で食事の支度から雨戸の開けたて、僕の蒲団の上げおろしまでやってくれたが、今年から、いささか、へばって家政婦さんに来てもらっている。無理もない。八十四である。人間も使えば使えるものだと、つくづく思う。それにしても、五十五や六十の定年は早すぎる。

今住んでいる家は、北鎌倉の高みにあり、出かけるのも坂があるので、母は滅多に家から出ない。ここがもう楢山だと思っているらしい。

若いころの母は大女の部類で、今でも年の割には大婆の方である。負ってはみないが重そうである。

たらちねの母を背負いてそのあまり

重きに泣きて楢山にゆく

ここが楢山なら、いつまでいてもらってもいい。負って行く世話がなくて、僕も助かる。

(「週刊朝日」昭和33年8月10日号)

底本 / Source edition

底本:「小津安二郎映畫讀本 [東京]そして[家族]」フィルムアート社
1993(平成5)年9月25日初版発行
1993(平成5)年11月12日第2刷
初出:「週刊朝日」
1958(昭和33)年8月10日号
入力:sogo
校正:仙酔ゑびす
2014年1月1日作成
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書誌 / Bibliography
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小津 安二郎「ここが楢山──〈母を語る〉」(新字新仮名)、底本『小津安二郎映畫讀本 [東京]そして[家族]』フィルムアート社、1993年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055949_001761, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite