## Ⅰ　牝狐と牡兎

春であつた。牡兎の血の環りはよくなつてゐた。勇ましくはないまでも、しやきしやきしてゐた。一日兎は森に這入つて行つた、牝狐を訪ねる算段で。彼が森の径を巡つてゐる時、牝狐は家で囲炉裡にあたつてゐた。仔狐達は窓の近くで遊んでゐた。牡兎が森の方からやつてくるのを見付けると牝狐は、急いで子供達に云つた、「何時もの<ruby><rb>彼</rb><rt>あれ</rt></ruby>が来たらば、私は家にゐないとお云ひ。あれは私を<ruby><rb>誘</rb><rt>おび</rt></ruby>き出す悪魔なんだからね！　あのお馬鹿に来て欲しかつたのはもうずつと前のことだよ。今ではどうにかして殺してやりたいくらゐなんだから。」さう云つて彼女は家の奥に匿れた。牡兎はやつて来て扉を叩く。「どなたです？　と仔狐達は云ふ。――私ですよ、と訪問客が答へる、おはやう！　おつ母さんはお家かね？――いいえ、ゐません！――困つたな！　私は用事があつて来たのに……ゐないなんて！」そこで牡兎が再び森の方に跳び返つた。

牝狐は一伍一什を聞いてゐた。「ああ！　犬つころの悪魔の杓子野郎が、と彼女はわめいた。もう一寸待つがいい、この図々しい奴、おまへの恥知らずに意趣返しせずになんぞゐられるものか！」彼女は囲炉裡の所から扉の陰に行つて、そこで見張りをしはじめた、兎はもう一ぺん引返すだらうと思ひながら。事実兎は遅からず引返して来た。「おはやう、坊達、おつ母さんはお家かね？　すると仔狐達は――いいえ、ゐません！――困つたものだ、と兎は答へる、何時ものやうに、私はおつ母さんに御馳走しようと思つて来たんだが！」その時牝狐は顔を出した、「今日は、親愛な方！」牡兎は跳んで逃げた、泥をはねかしながら息の切れる程走つて去つた。牝狐は跡を追つた。「悪魔の杓子野郎つたら、逃がしはしないから！」彼女は今にも追ッ付きさうだ。牡兎はポンと跳んで、すれずれに立つてゐる二本の白樺の間を摺り抜けた。牝狐は今にも彼を捕へさうだつたのだが、白樺の間に挟まつてしまつて、進むことも退くことも叶はなくなつた。彼女はただただジタバタしてゐた。杓子野郎は振返つてみるとこの有様なので、――ここぞとばかり彼は思つて、直ちに跳んで返した。それから……牝狐を慰めてやつた。「かういふのが我輩の嗜好だ、かういふ流儀こそ我輩のものだ」なぞと彼は繰返してゐた。だが、彼は彼女と十分の歓を取るや、急いで帰途につくのだつた。

間もなく彼は炭焼場の傍を通りかゝつた。其処で一人の百姓が火を燃してゐた。牡兎はその黒い埃の中をころがり廻つた、すると彼は修道僧の風体になつてしまつた。それから彼は耳を垂れて、黙々と道を続けた。その間に牝狐の方では胸が清々してきて、もう一度牡兎を探す気になつてゐた。ところで牡兎を見付けるや彼女は彼を修道僧だと思ひ込んだ。「おはやうございます、神父様、と彼女は云つた。あなたはあの杓子の牡兎にお遇ひなりはしませんでしたか？」「とお仰ると……先刻あなたにお会ひした兎のことですか？」牝狐は赤面して、大急ぎで巣の方へ走つた。「悪魔奴が！　と彼女は云つた、奴はもうあのことを修道院の中に云ひふらしてゐる！」なんて狡い牝狐だらう！　牡兎は彼女に勝つたわけだ。

## Ⅱ　牡雀と牝馬

百姓の家の中庭に、雀の一族郎党が集つた。中の一人が皆の者に向つて自慢をしはじめた。「あの灰色の牝馬は、俺に気があるんだよ。あいつは何時も俺に<ruby><rb>流眄</rb><rt>ながしめ</rt></ruby>ばかり遣つてる。ところで今日此の席で俺があいつに接唇してみせようが、皆の意見はどうだね。」「よからう！」と一同は答へた。例の牡雀は早速灰色の馬の方に飛んで行つた、「おはやう、親愛な牝馬さん。」「おはやう、唄うたひさん、私に何か用事でもあつて？」「ほかでもないが、おまへさんに会ひたかつたもんでね……」「いいとも」と牝馬は答へる。「尤も私達の所では、男の人が娘に取入らうとする時には、先づ最初に贈物をするのが普通だね、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くるみ</span>か香料入りのパンか何か買つて来るのが。ところであんたは私に何を呉れる気なの？」「何でも欲しいものを言ひさへすれあ買つてやるよ。」「さう！　ぢや燕麦を十リットルばかり持つて来て頂戴。そしたらあんたの言ふことをきくよ。」

牡雀は調達にかかつた。大した骨折をした揚句、ともあれ十リットルの燕麦を運んだ。それから彼は牝馬の所に駆付けた。「さあ、燕麦の用意はいいよ。」これだけのことを云ふのに、雀はもうイライラしてゐた。