Soranoha

とんぼの眼玉

とんぼのめだま

北原 白秋

はしがき

山火事焼けるな、ホウホケキヨ、

可愛かはいい小鹿が焼け死ぬぞ。

これは春の暮、夏のはじめの頃に、夕方かけて、赤い山火事の火の燃える箱根あたりの山を眺めて、この小田原の町の子供たちが昔歌つた童謡の一つだと申します。

昔の子供たちはかういふ風におのづと自然そのものから教はつて、うれしいにつけ悲しいにつけ、いかにも子供は子供らしく手拍子をたたいて歌つたものでした。

それが、この頃の子供たちになると、小さい時から、あまりに教訓的な、そして不自然極る大人の心で咏まれた学校唱歌や、郷土的のにほひの薄い西洋風の飜訳歌調やに圧えつけられて、本然の日本の子供としての自分たちの謡を自分たちの心からあどけなく歌ひあげるといふ事がいよいよ無くなつて来てゐるやうに思ひます。

今の子供たちはあまりに自分の欲する童謡やその他を、その学校や親たちから与へられて居りません。それは今の世の中があまりに物質的功利的であるからでもあります。

私たちの子供の頃は今から考へましても、それはなつかしい情味の深いものでした。あの頃子供であつた私たちがいかほど大人になりましても、いつまでも忘れられないのは、幼い時母親や乳母たちからきいたあの子守唄の節まはしです。

でん〲太皷に笙の笛のあの「ねんねのお守は何処へ行た。」や、山では木のかず萱のかず、天へのぼつて星のかずの「坊やのかはいさ限りない。」や、十三七つの「お月さま」や、十五夜お月さま見て跳ねるのあの「うウさぎ兎」や、こつちの水は甘いぞ、あつちの水は苦にイがいぞの「赤い帽子の蛍」や、一羽の雀が云ふことにのあの「三羽の小さな雀」の謡や、思ひ出せば数かぎりもありません。

あの野山の木萱のそよぎからおのづと湧いて出たと云ふ民謡や、かうした純日本の童謡やが、次第に廃れてゆく心細さはありません。私は一方にさうしたいつまでも新らしい、而かも日本人としての純粋な郷土的民謡を復興さしたいと云ふ考を持つてゐますにつれて、おなじやうにかうした童謡をも今の無味乾燥な唱歌風のものから元の昔に還さなければならないと思つてゐます。さうしてその本然の心を失はないで、さらに新らしい今の日本の童謡をもその上に築き上げなければならないと願つてゐます。

私がかういふ心から童謡に興味を持ち出したのも随分と古い事でした。おそらく今の詩人たちの中でも私がいちばん古くから手をつけたのでないかと思ひます。それに私の曾つて公にしました抒情小曲集の「思ひ出」あたりにも随分と童謡味の勝つたものが載せられてあります。この集の中でも「曼珠沙華」の一篇はその「思ひ出」の中から抜いたのでした。外にもいろ〱ありますが、幾分子供たちに読ませるには大人びすぎるので差控えました。

「南京さん」「屋根の風見」の二篇も七八年前に作つたのです。その外は皆新らしいものです。

昨年から丁度折よく、お友だちの鈴木三重吉さんが、子供たちのためにあの芸術味の深い、純麗な雑誌「赤い鳥」を発行される事になりましたので私もその雑誌で童謡の方を受持つ事になつて、それでいよいよかねての本願に向つて私も進んでゆけるいい機会を得ました。

これらの童謡はおほかたその「赤い鳥」で公にされたものですが、今度改めて今までの分を一ひとまとめにして出版する事になりました。これを第一輯として、これからも次ぎ次ぎに刊行するつもりでゐます。それに私自身のものばかりでなく、いろ〱の国々の童謡をも御参考のために手をつけて訳して見たいと考へて居ります。

私の童謡はただ美しいとか上品とか云ふばかりを主にして居ますのではありません。それに多少物心のついた十三四歳以上の少年少女たちの謡ひものとしてよりも、それ以下の子供たちに読ませるもの、それには素朴な混り気のない子供の感覚といふこと、さうした溌剌いき〱とした感覚に根ざしたあるものから、素裸な子供の心を直接にうつ、さうしたものをと心がけて居りますのです。

ほんたうの童謡は何よりわかりやすい子供の言葉で、子供の心を歌ふと同時に、大人にとつても意味の深いものでなければなりません。然し乍ら、なまじ子供の心を思想的に養はうとすると、却つて悪い結果をもたらす事が多いのです。それであくまでもその感覚から子供になつて、子供の心そのままな自由な生活の上に還つて、自然を観、人事を観なければなりません。

子供の感覚が、どんなに鋭く、新らしいか、生きてゐるかと云ふ事について、一例をあげますと、子供はあの陰鬱な灰色の空から、初めて鮮かな白い雪の粉がチラチラと降り出しでもして来ますと、それは喜び勇んで、小躍りしながら、かう歌ひます。

雪花ゆきばなふるわな、

空に虫が湧くわな、

扇腰にさいて、

きりりつと舞ひましよ。

これを大人に咏ませると、「雪は鵝毛に似て飛んで散乱し。」と歌ひます。子供は空に湧く白い粉雪の一片一片を今生れたばかりの活きた羽虫の一匹一匹として喜び、大人は死んだ鵝鳥のそのむしり散らした羽毛の一片一片に譬へて観賞します。子供の感覚は活きて動き、大人の感覚はその智慧から先づ盲めしひにされて死んで了つてゐます。大した違ひではあるまいかと思ひます。

子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝い大自然のいのちの流をほんたうにわかる筈はありません。

「子供は大人の父だ。」と申す事も、この心をまさしく云つたものに外なりません。私たちはいつも子供に還りたい還りたいと思ひながらも、なかなか子供になれないので残念です。

私の童謡に少しでもまだ大人くさいところがあれば、それは私がまだほんたうの子供の心に還つてゐないのです。さう思ふと、子供自身の生活からおのづと言葉になつて歌ひあげねばならぬ筈の童謡を大人の私が代つて作るなどと云ふ事も私には空おそろしいやうな気がします。然し、私たちから先づ、その子供たちのさうした歌ごころを外へ引き出してあげる事も必要だと思ひます。さういふ心で私は童謡を作つて居りますのです。

私もこれから努めます。だんだんとほんたうの子供の心に還るやうに、ほんたうの童謡をも作れるやうに。

私はいま小田原のとある山の上に木兎の家といふお伽噺の中にあるやうな幼びた小さな家を自分でこしらえて、花を育てたり野菜を栽ゑたりして住つてゐます。子供たちも随分と遊びに見えます。私はその罪のない子供たちの笑ひ声の中に交つて、いつも童謡の中の世界で子供らしく遊んでゐます。どなたでもお子さんのある方は御一緒にお遊びにいらして下さるやうに。

大正八年九月

相州小田原木兎の家にて

白秋

とんぼの眼玉

蜻蛉とんぼの眼玉めだま

蜻蛉とんぼの眼玉めだまは大でつかいな、

銀ぎんピカ眼玉めだまの碧眼玉あをめだま、

円まアるい円まアるい眼玉めだま、

地球儀ちきうぎの眼玉めだま、

忙せはしな眼玉めだま、

眼玉めだまの中なかに、

小人こびとが住すんで、

千せんも万まんも住すんで、

てんでんに虫眼鏡むしめがねで、あつちこつち覗のぞく。

上うウへ向むいちやピカピカピカ。

下しイた向むいちやピカピカピカ。

クルクル廻まはしちやピカピカピカ。

玉蜀黍たうもろこしに留とまれば玉蜀黍たうもろこしが映うつる。

雁来紅はげいとうに留とまれば雁来紅はげいとうが映うつる。

千せんも万まんも映うつる。

綺麗きイれいな、綺麗きれいな、

五色ごしきのパノラマ、綺麗きイれいな。

ところへ、子供こどもが飛とんで出でた、

黐棹もちざをひゆうひゆう飛とんで出でた。

さあ、逃にげ、

わあ、逃にげ、

麦稈帽子むぎわらばうしが追おつて来きた。

千せんも万まんも追おつて来きた。

おお怖こは、

ああ怖こは。

ピカピカピカピカ、ピッカピカ、

クルクル、ピカピカ、ピッカピカ。

夕焼ゆふやけとんぼ

大おほきな、赤あアかい蟹かにが出でて、

藺草ゐぐさをチヨッキリちよぎります。

藺草ゐぐさの中なかから火ひが燃もえて、

その火ひが蜻蛉とんぼに燃もえついた。

蜻蛉とんぼは逃にげても逃にげきれぬ、

唐黍畑たうきびばたけに逃にげて来くる、

唐黍たうきびの頭あたまが紅あこなつた。

蓼たでの花はアなに飛とんで来くる、

蓼たでの花はなにも火ひがついた。

野川のがはの薄すゝきに留とヲまつた、

薄すゝきの穂ほさきも火ひになつた。

お庭にはの鶏頭けいとうにやすみませう、

鶏頭けいとうもいつぱい火事くわじになる。

助たすけて下くだされ焼やけ死しぬる、

蜻蛉とんぼは藺草ゐぐさに縋すがりつく。

蜻蛉とんぼの眼玉めだまは円まるござる、

くるくる廻まはせば山やまが見みえ、

山やまの中なかから猿さるが出でて、

あつち向むいちや、赤あアかんべ、

こつち向むいちや、赤あアかんべ。

八百屋やをやさん

大枇杷おほびわ、小枇杷こびわ、

水蜜桃すゐみつ、葡萄ぶだう、

苺いちごや野菜やさい、

お籠かごに入いれて、

頭あたまに載のせて、

かつこ、かつこ、行ゆけば、

薄紫うすむらさアきの、

馬鈴薯畑じやがいもばたけの花盛はなざかり。

あちらでもかつこう、

こちらでもかつこう、

郭公かつこうが啼ないて、

雨あアめが霽はれて、

田舎ゐなかは涼すゞしい涼すゞしいな。

かつこう、かつこう、

私わたしもいそいそ口笛くちぶえ吹ふいて、

足拍子あしべうしとつて、

お靴くつでかつこかつこ、躍をどりませう。

かつこ、かつこ、かつこな、

たららら、らるら。

小母をばさん、今日こんにちは、

小父をぢさん、今日こんにちは。

お祭まつり

わつしよい、わつしよい、

わつしよい、わつしよい。

祭まつりだ、祭まつりだ。

脊中せなかに花笠はながさ、

胸むねには腹掛はらがけ、

向むかう鉢巻はちまき、そろひの半被はつぴで、

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい、

わつしよい、わつしよい。

神輿みこしだ、神輿みこしだ。

神輿みこしのお練ねりだ。

山椒さんせうは粒つぶでも、ピリッと辛からいぞ、

これでも勇いさみの山王さんのうの氏子うぢこだ。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい。

真赤まつかだ、真赤まつかだ、夕焼小焼ゆふやけこやけだ。

しつかり担かついだ。

明日あしたも天気てんきだ。

そら、揉もめ、揉もめ、揉もめ。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい。

俺おいらの神輿みこしだ。死しんでも離はなすな。

泣虫なきむしやすつ飛とべ。差上さしあげて廻まはした。

揉もめ、揉もめ、揉もめ、揉もめ。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい、

わつしよい、わつしよい。

廻まはすぞ、廻まはすぞ、

金魚屋きんぎよやも逃にげろ、鬼灯屋ほゝづきやも逃にげろ。

ぶつかつたつて知しらぬぞ。

そら退どけ、退どけ、退どけ、

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい、

わつしよい、わつしよい、

子供こどもの祭まつりだ、祭まつりだ、祭まつりだ、

提灯てうちん点つけろ、

御神燈ごしんとう献あげろ、

十五夜じふごやお月様つきさままんまるだ。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい、

わつしよい、わつしよい。

あの声こゑ何処どこだ、

あの笛ふえ何なんだ。

あつちも祭まつりだ、こつちも祭まつりだ。

そら揉もめ、揉もめ、揉もめ。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい、

わつしよい、わつしよい。

祭まつりだ、祭まつりだ。

山王さんのうの祭まつりだ、子供こどもの祭まつりだ。

お月様つきさま紅あかいぞ、御神燈ごしんとうも紅あかいぞ。

そら揉もめ、揉もめ、揉もめ、

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい。

わつしよい、わつしよい。

のろまのお医者いしや

蚊かの声こゑぶんぶん。

ごろすけほう。

今夜こんやはお盆ぼんの十六日じふろくんち。

お閻魔様えんまさまの盆踊ぼんをどり。

蛙かへろの音頭おんどで始はじめよか、

蛙かへろの小母をばさん物もの云いへぬ。

咽喉のどが腫はれたか、腹痛はらいたか、

腹はらが痛いたけりや医者いしや呼よんで来こう、

医者いしやは何医者なにいしや、かへろ医者いしや。

蚊かの声こゑぶんぶん。

ぱあくぱく。

空そらには紅あアかいお月様つきさま、

小藪こやぶぢやわんぐり蟾蜍ひきがへろ。

今夜こんやのお菜かずは旨うもござる。

ところへ兎うさぎが飛とんで来きて、

もしもし、頼たのみぢや、早はよお出いで、

よしよし待またしやれ、今いま直すぐぢや。

お腹なかが減へつてはどもならぬ。

蚊かの声こゑぶんぶん。

雨あめしよぼしよ。

いそいで御座ござれよ間まにあはぬ。

それではまゐろと、のつそのそ。

両手りやうてに洋杖ステッキ、折鞄をりかばん、

山高帽子やまたかばうしでやつて来きたが、

踊をどりも済すんだか声こゑもなし。

こいつはしまつた、面目めんぼくない。

田圃たんぼはまつくら、暗闇くウらやみ。

蚊かの声こゑぶんぶん。

ごろすけほう、

ごろすけほうこう、むだぼうこう。

お山やまぢや梟ふくろが嗤わらひ出だす。

雨あめはざあざと降ふつて来くる。

おやおやおやおや、こりやどうぢや。

目めばかりぱちくり、のろま医者いしや、

のろくさ、困こまつて逃にげこんだ。

お閻魔様えんまさアまの、そりや、縁えんの下した、縁えんの下した。

ほうほう蛍ほたる

ほうほう蛍ほウたる、篠蛍しのぼたる、

昼間ひるまは赤あアかい豆頭巾まめづきん、

日暮ひぐれはピカピカ、豆袴まめばかま、

一いイちのお宮みやで灯ひを貰もろて、

二にの宮みや田圃たんぼへ灯ひとぼしに、

三さアんの鳥居とりゐは藪やぶの中なか、

四しの宮みやくぐれば貉堀むじなぼり、

貉むじなが啼なき出だしや、雨あめがふる、

早はよ早はよお戻もどり、夜よは凄すごい、

真夜中まよなか過すぎれば帰かへられぬ。

ほうほう、蛍ほウたる、篠蛍しのぼたる、

水神様すゐじんさアまはまだ遠とほい。

鳰にほの浮巣うきす

鳰にイほの浮巣うきすに灯ひがついた、

灯ひがついた。

あァれは蛍ほたるか、星ほしの尾をか、

それとも蝮まむしの目めの光ひかり。

蛙かはづもころころ啼ないてゐる、

啼ないてゐる。

ねんねんころころ、ねんころよ。

梟ふくろもぽうぽう啼なき出だした。

金魚きんぎよ

母かあさん、母かあさん、

どこへ行いた。

紅あアかい金魚きんぎよと遊あそびませう。

母かあさん、帰かへらぬ、

さびしいな。

金魚きんぎよを一匹いつぴき突つき殺ころす。

まだまだ、帰かへらぬ、

くやしいな。

金魚きんぎよを二匹にイひき締しめ殺ころす。

なぜなぜ、帰かへらぬ、

ひもじいな。

金魚きんぎよを三匹さんびき捻ねぢ殺ころす。

涙なみだがこぼれる、

日ひは暮くれる。

紅あアかい金魚きんぎよも死しイぬ、死しぬ。

母かあさん怖こはいよ、

眼めが光ひかる、

ピカピカ、金魚きんぎよの眼めが光ひかる。

雨あめ

雨あめがふります。雨あめがふる。

遊あそびにゆきたし、傘かさはなし、

紅緒べにをの木履かつこも緒をが切きれた。

雨あめがふります。雨あめがふる。

いやでもお家うちで遊あそびませう、

千代紙ちよがみ折をりませう、たたみませう。

雨あめがふります、雨あめがふる。

けんけん小雉子こきじが今いま啼ないた、

小雉子こきじも寒さむかろ、寂さびしかろ。

雨あめがふります。雨あめがふる。

お人形にんぎやう寝ねかせどまだ止やまぬ。

お線香花火せんかうはなびもみな焚たいた。

雨あめがふります。雨あめがふる。

昼ひるもふるふる。夜よるもふる。

雨あめがふります。雨あめがふる。

赤あかい帽子ぼうし、黒くろい帽子ぼうし、青あをい帽子ぼうし

ここは谷川たにがは、丸木橋まるきばし。

赤あかい帽子ぼうしをかぶつた子供こども、

黒くろい帽子ぼうしをかぶつた子供こども、

青あをい帽子ぼうしをかぶつた子供こども。

渡わたるにやあぶなし、戻もどられず。

みんなが前向まへむき、一いち、二にい、三さん、

みんなが後向あとむき、一いち、二にい、三さん。

赤あかい帽子ぼうしは笑わらひ出だす、

黒くろい帽子ぼうしは泣なアき出だす、

青あをい帽子ぼうしは怒おこり出だす。

みんながびくびく、一いち、二にい、三さん、

みんながぶるぶる、一いち、二にい、三さん。

南京なんきんさん

李リイさん、鄭ていさん、支那服しなふくさん、

あなたの眼鏡めがねはなぜ光ひかる、

涙なみだがにじんで日ひに光ひかる。

鳥屋とりやの硝子ガラスも日ひに光ひかる。

目白めじろ、カナリヤ、四十雀しじゆうがら、

鶉うづらに文鳥ぶんてうに黒鶫くろつぐみ、

鳥とりもいろいろあるなかに、

おかめ鸚哥いんこはおどけもの、

焦ぢれて頓狂とんきやうに啼なきさけぶ。

さてもいとしや、しをらしや、

けふも入日いりひがあかあかと

わかい南京なんきんさんは涙顔なみだがほ。

曼珠沙華ひがんばな

ゴンシヤン、ゴンシヤン、何処どこへ行ゆく。

赤あかいお墓はかの曼珠沙華ひがんばな、

曼珠沙華ひがんばな、

けふも手折たをりに来きたわいな。

ゴンシヤン、ゴンシヤン、何本なんぼんか。

地ちには七本しちほん血ちのやうに、

血ちのやうに、

ちやうどあの児この年としの数かず。

ゴンシヤン、ゴンシヤン、気きをつけな。

ひとつ摘つんでも、日ひは真昼まひる、

日ひは真昼まひる、

ひとつあとからまたひらく。

ゴンシヤン、ゴンシヤン、何故なし泣なくろ。

何時いつまで取とつても曼珠沙華ひがんばな、

曼珠沙華ひがんばな、

恐こはや、赤あかしや、まだ七なゝつ。

註 ゴンシヤンは九州の柳河といふ町の言葉で、お嬢さんといふことです。

ちんころ兵隊へいたい

ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、

ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。

ちんころ兵隊へいたい、喇叭卒らつぱそつ、

てとてと、鉄砲てつぱうも肩かたにかけ。

ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、

ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。

それそれ、いくさに出でかけませう、

尖とんがり帽ぼうの緋房ひぶさも伊達だてぢやない。

ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、

ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。

いやいや、いくさは、飴あめほしい、

お腹なかがすいては歩あゆまれぬ。

ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、

ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。

ちんころ兵隊へいたい、赤胴衣あかチヨッキ、

飴屋あめやのお鉦かねで泣なき出だした。

ちんころ、ちんころ、ちりちりちん、

ちりちり、ちんころ、ちりちりちん。

とほせんぼ

赤あアかい赤あアかい鳳仙花ほうせんくわ。

白しイろい白しイろい鳳仙花ほうせんくわ。

その中なかくぐつて通とほりやんせ。

赤あアかい花はなちるよ。

白しイろい花はなちるよ。

いやいや、おまへは通とほしやせぬ。

りすりす小栗鼠こりす

栗鼠りす、栗鼠りす、小栗鼠こりす、

ちよろちよろ小栗鼠こりす、

葡萄ぶだうの房ふウさが熟うウれたぞ、

啼なけ、啼なけ、小栗鼠こりす。

栗鼠りす、栗鼠りす、小栗鼠こりす、

ちよろちよろ小栗鼠こりす、

あつちの尻尾しつぽが太ふウといぞ、

揺ゆれ、揺ゆれ、小栗鼠こりす。

栗鼠りす、栗鼠りす、小栗鼠こりす、

ちよろちよろ小栗鼠こりす、

ひとりで飛とんだらあぶないぞ、

負おぶされ、負おぶされ、小栗鼠こりす。

山やまのあなたを

山やアまのあなたを

見みわたせば、

あの山やま恋こウひし、

里さとこひし。

山やアまのあなたの

青空あをぞらよ、

どうして入日いりひが

遠とほござる。

山やアまのあなたの

ふるさとよ、

あの空そら恋こウひし、

母ははこひし。

ねんねのお鳩はと

ねんねん、ほろろん、ねんほろよ。

坊ばうやはよい子こだ、ねんねしな。

ねんねのお鳩はとが歌うたひませう。

泣なかずに、ほろほろ、ほろりこよ。

坊ばうやは乳ちが無なし、母ははもなし。

雪ゆウきはふるふる、夜よは長ながし。

ねんねんほろろと啼ないたとて、

どうして、お鳩はとよ、眠ねむらりよか。

赤あかい鳥とり小鳥ことり

赤あかい鳥とり、小鳥ことり、

なぜなぜ赤あかい。

赤あかい実みをたべた。

白しろい鳥とり、小鳥ことり、

なぜなぜ白しろい。

白しろい実みをたべた。

青あをい鳥とり、小鳥ことり、

なぜなぜ青あをい。

青あをい実みをたべた。

鳥とりの巣す

あれ、あれ、なアに。

ありや、鳥とりの巣すウよ。

あの巣すをとろか。

あの木きは高たかい。

あの山やまのぼろ。

あの山やま寒さむい。

なぜ〱寒さむい。

夕焼ゆふやけが寒さむい。

まだ空そら赤あかいに。

それでも、風かアぜはさアむいよ。

なつめ

棗なアつめ。棗なつめ。

赤あアかい棗なつめ。

盗ぬすんだ棗なつめ。

この棗なつめどうしやう。

食たべれば怖こはい、

見みせれば叱しかる、

棄すてるは惜をしい。

鸚哥いんこにあげよ、

鸚哥いんこは逃にげる。

鴉からすにあげよ、

鴉からすは睨にらむ。

七面鳥しちめんてうにやつたれば、

怒おオこつた怒おこつた、真赤まつかになつて怒おオこつた。

怖こオはい棗なつめ、

盗ぬすんだ棗なつめ、

お手々ててに入いれて、

袂たもとに入いれて、

帰かへつて寝ねたら、

棗なつめがぶんぶん鳴なり出だした。

蜂はアちになつた、蜂はアちになつた、

棗なつめがいつぱい螫さしに来きた。

怖こオはい棗なつめ、

怖こオはい棗なつめ。

うさうさ兎うさぎ

てんてん手毬てまり、

おててん手毬てまり、

手毬てまりの中なかに、

何なにがゐて跳はねる。

てんてん手てのなし、

めんめん眼めのなし、

みんみん耳みみのなし、

うさうさ兎うさぎの子こが跳はねる。

一ひとつ追おひ出だそ。

二ふたつ追おひ出だそ。

三みつつ追おひ出だそ。

四よつつ追おひ出だそ。

五いつつ追おひ出だそ。

六むつつ追おひ出だそ。

七ななつ追おひ出だそ。

八やつつ追おひ出だそ。

九ここのつ追おひ出だそ。

手毬てまりてんてん、雪ゆきこんこん、

遠とほいお山やまの山奥やまおくへ、

十とを、たうとう追おひ出だした。

屋根やねの風見かざみ

子こを奪とろ、子こ奪とろ、

「鴻こうの巣す」の窓まどに、

硝子がらすが光ひかる。

露西亜ろしやのサモワル、紅茶こうちやの湯気ゆげに、

かつかと光ひかる。

江戸橋えどばし、荒布橋あらめばし、

青あをい燈ひが点つく……向むかうの屋根やねに、

株かぶの風見かざみがくるくるまはる。

晴はれか、曇くもりか、霙みぞれか、雪ゆきか、

雲くもはあかるし、夕日ゆふひは寒さむし、

七歳ななつお店たなの長松ちやうまつさへも、

黒くろい前掛まへかけちよいとしめて、

空そらを見上みあげちや真面目顔まじめがほ、

真面目顔まじめがほ。

鴻の巣とは西洋料理屋の名です。

かぜひき雀すゞめ

草山くさやま越こオえて、野のを越こえて、

大おほきなお靴くつと小ちひさなお帽子ぼうし。

お家うちも見みえたぞ、うんとこしよ、

大おほきな爺ぢいさんお靴くつを脱ぬぐと、

小ちひさな婆ばあさんお帽子ぼうしを脱ぬぐと、

いつしよに草臥くたびれ、ぐうぐうぐう。

空そウらは赤あアかい夕焼ゆふやけで、

雀すゞめも帰かへろと、ふたりづれ、

よいもの見みつけた、ちゆうちゆうちゆ、

婿むこさん雀すゞめはお靴くつへこそり、

嫁よめさん雀すゞめはお帽子ぼうしへこそり、

いつしよに草臥くたびれ、ぐうぐうぐう。

風かアぜが吹ふきます、月つきが出でる、

白しイろいお蕎麦そばの花はなの中なか、

あんまり寒さむいで目めが醒さめた。

爺ぢいさん、婆ばあさんハックッシヨと云いへば、

お靴くつの中なかでも雀すゞめがハックッシヨ、

お帽子ぼうしの中なかでもハァハァハックッシヨ。

おやおや大変たいへん、風邪かぜひいた、

お山やまは雪ゆウきで真白まつしろだ。

ハックッシヨ、〱、ハァハァハックッシヨ、

ハックッシヨ、〱、ハァハァハックッシヨ。

あわて床屋とこや

春はるは早はやうから川辺かはべの葦あしに、

蟹かにが店みせ出だし、床屋とこやでござる。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

小蟹こがにぶつぶつ石鹸しやぼんを溶とかし、

親爺おやぢ自慢じまんで鋏はさみを鳴ならす。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

そこへ兎うさぎがお客きやくにござる。

どうぞ急いそいで髪かみ刈かつておくれ。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

兎うさぎァ気きがせく、蟹かにァ慌あわてるし、

早はやく早はやくと客きやくァ詰つめこむし。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

邪魔じやまなお耳みゝはぴよこぴよこするし、

そこで慌あわててチヨンと切きりおとす。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

兎うさぎァ怒おこるし、蟹かにァ耻はぢょかくし、

為方しかたなくなく穴あなへと逃にげる。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

為方しかたなくなく穴あなへと逃にげる。

チヨッキン、チヨッキン、チヨッキンナ。

舌切雀したきりすゞめ

舌切雀したきりすゞめはどこへ行いた、

どこへ行いた、

どれどれ探さがしに出でかけませう。

雀すゞめのお宿やどはあれかいな、

あれかいな、

チヨッポリ小藪こやぶが山やまの蔭かげ。

とんとんからりこ、とんからり、

とんからり、

中なかではとんから梭をさの音おと。

お宿やどはここかとたづねたら、

たづねたら、

おおおお、お爺ぢいさん、ようお出いで。

舌切雀したきりすゞめのお土産みやげは、

お土産みやげは、

葛籠つづらにいつぱい綾錦あやにしき。

雀すゞめのお宿やどはどこかいな、

どこかいな、

爺ぢいさん私わたしも行いて見みよか。

慾よくばり婆ばばあのお葛籠つづらは、

お葛籠つづらは、

開あけたらびつくりおオ化ばアけ。

雀すずめのお宿やど

笹藪ささやぶ、小藪こやぶ、小藪こやぶのなかで、

ちゆうちゆうぱたぱた、雀すずめの機織はたおり。

彼方あちらでとんとん、

此方こちらでとんとん、

やれやれ、いそがし、日ひがかげる。

ちゆうちゆうぱたぱた、ちゆうぱたり。

雀すウずめ、雀すずめ、雀すずめの子こらは、

ちゆうちゆうぱたぱた、その梭をさひろひ。

上うへへ行いつたり、

下したへ行いつたり、

やれやれ、いそがし、日ひがつまる。

ちゆうちゆうぱたぱた、ちゆうぱたり。

青縞あをじま、茶縞ちやじま、茶縞ちやじまのおべべ、

ちゆうちゆうぱたぱた、何反なんだん織おれたか。

朝あさから一反たん、

昼ひるから一反たん、

やれやれいそがし、日ひが暮くれる。

ちゆうちゆうぱたぱた、ちゆうぱたり。

物臭太郎ものぐさたらう

物臭太郎ものぐさたらうは朝寝坊あさねばう、

お鐘かねが鳴なつても目めがさめぬ、

鶏こけこが啼ないてもまだ知しらぬ。

物臭太郎ものぐさたらうは家うち持もたず、

お馬うまが通とほれど道みちの端はた、

お地頭ぢとう見みえても道みちの端はた。

物臭太郎ものぐさたらうはなまけもの、

お腹なかが空すいても臥ねてばかり、

藪蚊やぶかが螫さしても臥ねてばかり。

物臭太郎ものぐさたらうは慾よくしらず、

お空そらの向むかうを見みてばかり、

桜さくらの花はなを見みてばかり。

雉きじぐるま

雉きイじ、雉きイじ、雉きじぐるま、

お雉きじの背中せなかに積つむものは、

子雉こきじ、子々雉ここきじ、孫まごの雉きじ。

雉きイじ、雉きイじ、雉きじぐるま、

お雉きじのくるまを曳ひくものは、

子鳩こばと、子々鳩ここばと、孫まごの鳩はと。

雉きイじ、雉きイじ、雉きじぐるま、

雉きじは子この雉きじ、父ちゝ恋こひし、

鳩はとは子この鳩はと、母はゝ恋こひし。

雉きイじ、雉きイじ、雉きじぐるま、

雉きじはけんけん、鳩はとぽつぽ、

啼ないてお山やまを今朝けさ越こえた。

雉ぐるまの玩具は今でも筑後の清水寺の観世音で売つてゐます。この寺は行基菩薩といふ方の御開基です。

ほろろうつ山の雉子きぎすの声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ。行基

底本 / Source edition

底本:「白秋全集 25」岩波書店
1987(昭和62)年1月8日発行
底本の親本:「とんぼの眼玉」アルス
1919(大正8)年10月15日
初出:蜻蛉の眼玉「赤い鳥 3巻3号」
1919(大正8)年9月1日
夕焼とんぼ「赤い鳥 1巻5号」
1918(大正7)年11月1日
八百屋さん「赤い鳥 3巻3号」
1919(大正8)年9月1日
お祭「赤い鳥 1巻4号」
1918(大正7)年10月1日
のろまのお医者「赤い鳥 3巻2号」
1919(大正8)年8月1日
ほうほう蛍「赤い鳥 2巻6号」
1919(大正8)年6月1日
鳰の浮巣「赤い鳥 2巻6号」
1919(大正8)年6月1日
金魚「赤い鳥 2巻6号」
1919(大正8)年6月1日
雨「赤い鳥 1巻3号」
1918(大正7)年9月1日
赤い帽子、黒い帽子、青い帽子「赤い鳥 1巻3号」
1918(大正7)年9月1日
南京さん「朱欒 創刊号」
1911(明治44)年11月1日
ちんころ兵隊「赤い鳥 3巻5号」
1919(大正8)年11月1日
とほせんぼ「赤い鳥 1巻2号」
1918(大正7)年8月1日
りすりす小栗鼠「赤い鳥 創刊号」
1918(大正7)年7月1日
山のあなたを「赤い鳥 1巻2号」
1918(大正7)年8月1日
ねんねのお鳩「赤い鳥 1巻2号」
1918(大正7)年8月1日
赤い鳥小鳥「赤い鳥 1巻4号」
1918(大正7)年10月1日
鳥の巣「赤い鳥 1巻4号」
1918(大正7)年10月1日
なつめ「赤い鳥 1巻6号」
1918(大正7)年12月1日
うさうさ兎「赤い鳥 2巻2号」
1919(大正8)年1月15日
屋根の風見「朱欒 1巻2号」
1911(明治44)年12月1日
かぜひき雀「赤い鳥 2巻1号」
1919(大正8)年1月1日
あわて床屋「赤い鳥 2巻4号」
1919(大正8)年4月1日
舌切雀「赤い鳥 2巻5号」
1919(大正8)年5月1日
雀のお宿「大阪朝日新聞」
1919(大正8)年5月19日
物臭太郎「赤い鳥 2巻5号」
1919(大正8)年5月1日
雉ぐるま「赤い鳥 創刊号」
1918(大正7)年7月1日
※「脊中」と「背中」の混在は、底本通りです。
※「帽子」に対するルビの「ばうし」と「ぼうし」、「硝子」に対するルビの「ガラス」と「がらす」、「七」に対するルビの「なゝ」と「なな」、「母」に対するルビの「はは」と「はゝ」、「耳」に対するルビの「みみ」と「みゝ」、「雀」に対するルビの「すゞめ」と「すずめ」の混在は、底本通りです。
※「八百屋さん」の初出時の表題は「子供《こども》の八百屋《やほや》」です。
※「ほうほう蛍」の初出時の表題は「ほう/\蛍《ほたる》」です。
※「赤い帽子、黒い帽子、青い帽子」の初出時の表題は「まる木橋《きばし》」です。
※「りすりす小栗鼠」の初出時の表題は「りす/\小栗鼠《こりす》」です。
※「うさうさ兎」の初出時の表題は「うさ/\兎《うさぎ》の子《こ》(手毬歌)」です。
入力:岡村和彦
校正:きりんの手紙
2021年12月27日作成
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TEI
/works/055787_000106/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/055787_000106/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/055787_000106/

北原 白秋「とんぼの眼玉」(新字旧仮名)、底本『白秋全集 25』岩波書店、1987年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055787_000106, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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