Soranoha

我邦感傷主義寸感

わがくにかんしょうしゅぎすんかん

中原 中也

此の間京都の農林学校の生徒が三十名、満蒙視察に出掛けました。帰つて来て、彼等の身体検査をしてみますと、そのうち二十名がイヤな病気に冒されてゐました。

そのうち五名は非常に重く、学校をも欠席してゐました。

何か処方せんけれあならんと思つたかした校長は、その五名を放校に、他の十五名を謹慎処分といふことにしました。

怒つたのはその五名の父兄で、病気の軽重で処分の軽重を割出したとは何といふことだといふので、復校運動を開始しました。

窮地に陥つた校長は、遂に如何にすべきか、文部省迄陳情して来ました。

ところで文部省で最初先づ云はれたことは、「若い身空で、ナンだ、けしからん」といふのでありました。

右は、新聞記事を読んでの私の記臆でありまして、詳しいことは何も存じませんが、又私はこれから、此の記事に出て来る実際人物のことを云はうとは思つてゐませんが、この記事を種に、私が想像出来るだけのことを記して、以て我邦感傷主義を一寸論じてみたいのです。

病気の軽重で、処分の軽重を決めたといふ校長の頭の程は、凡そ奇ッ怪なものでありますが、或ひは此の校長が、その地では人望のある、謂はば人格者かも知れないのです。羽織袴を忘れずに、帽子はなるべくアミダに冠らないやうにして、六ヶ敷い顔をして、理想を前例に照して持つてゐれば、近所知己の評判は良いのでありませう。

文部省の、その衝に当つた役人は、事務よりも先づ主観を述べられた。その前に仮令対策を述べられたとしても、その対策たるや凡そ見当が付くと云へませう。校長がもし人望のよい人である場合は、文部省によつて、アツサリ放校が取消されたにしても、何らか校長の顔を立てるためには生徒の方に臨時の損が振りかけられたに相違ありません。恐らく、アツサリ取消しはなかつたことと、私は思ふのであります。

で此の場合、仮りに一私人が罷まかり出たとして、放校された生徒に同情するとしますと、では、中学生が、イヤな病気になるやうなことをしてもよいといふのか、なぞといふことになつて、凡そ「病気軽重と処分軽重」の問題とは、外れた所に文句の花が咲きさうであることはお分り下さる所でせう。

茲に見る例は、如何にも馬鹿げて見えませうが、凡そ大概のことが、猶此の程度には馬鹿げてゐるのが、奈何せん実情であります。かくてこそ、かの成巧者達が、大抵頸の硬い中庸主義者であり、殆んど理論なくカンでばかり体験し、苦労を咬み殺した人達であることが分ります。

つまり我が国では、技術家も猶多分に政治家である場合に助かる。さもなければ、無器用朴訥な愛嬌で助かる。技術堪能そのものが登用される場合は極めて稀であります。

勿論外国にしろ、多少とも此の世の中は左様なものではありますが、高い程度の技術ではともかく、凡そ常識の既に認める範囲にある技術では、我が国程に台所情実は場を占めてないやうであります。

げにもつれ易い感傷の綱の海を漕ぎゆくためには、否応なきストイシスムを身に付けて、胸襟打開いて事に当る平明さを、諦らめる覚悟が要ります。歌つてはならないのです。

さもなければ、田舎の川べりにでも住んで、夏は縁台を出して夕顔の花をみてゐるといふ、あの消極的平安の中に安住しなければならないのです。

古来自然を友とすることが多かつた我が国人は、感傷の綱の海を漕ぎゆくには余りに清廉であり、されば比較的清廉でなかつた人が用に与つて来たかも知れませぬ。

私思ひますに、我が国人の素質は非常によく、開化の段階は猶低いのであります。

開化の段階の低いことが、一朝一夕にして高まることはなく、多くの個人の不撓の努力を要することは勿論でありますが、何れにしろ事態打開の先づ第一歩は、「若い身空でイヤな病気」と感ずる前に、「病気の軽重と処分の軽重」が判明に頭なり良心なりに来ること、それに違ひはないと思ふのであります。

底本 / Source edition

底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店
2003(平成15)年11月25日初版発行
※底本のテキストは、著者自筆稿によります。
※()内の編者によるルビは省略しました。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:村松洋一
校正:noriko saito
2015年9月1日作成
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書誌 / Bibliography
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中原 中也「我邦感傷主義寸感」(新字旧仮名)、底本『新編中原中也全集 第四巻 評論・小説』角川書店、2003年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055737_000026, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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