Soranoha

逝ける辻野君

ゆけるつじのくん

中原 中也

辻野君とは会で五六回、会の流れで二回会つたばかりであるから余り深いつきあひであつたわけではない。からだの弱さうな人だと思つてゐた。からだの弱さうな、気の弱さうな人であるけれども、あれで却々野心家だとも思つてゐた。彼の出した本にどんな本があるかも知らないが、リヴィエールのランボオ論とモオリヤックのイエス伝――結局彼の死の前年に出した此の二つの翻訳書だけが私の頭に残つてゐる。

正直に云つて、だから辻野君の印象は私の中で、結局稀薄なものであつたのだが、今度訃報が来た時には、ハツと思つた。訃報を受取ることも、さう珍しいことでもないが、同年配の人の訃報を受取ることはまことに珍しい。多分三十才前後といふ頃に、人は余り死なないものなのであらう。

私の習慣として、手紙は読んで了へば、大概棄てるし、殊に訃報は直ちに破くのであるが、此度も私は読み終るや破かうとしたが、ハツと思つて思ひとゞまり、薄墨色のインクで印刷された端書をもう一度マジ〱と見直した。

葬儀は郷里兵庫県で行ふとあり、息を引取つたのは、東京に於てだとあつた。では彼は、急に悪くなつたのであらうか? それとももう可なり前から汽車にも乗せられぬ状態にあつたのであらうか? それとも東京で養生してゐるうちには、そのうち癒るつもりであつたのだらうか?

扨、最期には、何を云つただらう?

それからそれへと、私は想ひを馳せた。

冥福を祈つて此の稿を終る。(一九三七・九・二三)

底本 / Source edition

底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店
2003(平成15)年11月25日初版発行
底本の親本:「四季」
1937(昭和12)年11月号
初出:「四季」
1937(昭和12)年11月号
※()内の編者によるルビは省略しました。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:村松洋一
校正:noriko saito
2015年2月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/055715_000026/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/055715_000026/

中原 中也「逝ける辻野君」(新字旧仮名)、底本『新編中原中也全集 第四巻 評論・小説』角川書店、2003年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055715_000026, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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