Soranoha

詩集 浚渫船

ししゅう しゅんせつせん

中原 中也

友人高森文夫の詩集、浚渫船が出た。僕が高森を知つたのは七八年前のことであるが、彼はその前から詩を書いて、日夏耿之介主宰の游牧記等に発表してゐた。僕なぞまだ何処にも発表しない頃のことだし、何れ高森の方が早く所謂詩壇に出るのであらうと思つてゐたが、游牧記の後では、石川道雄主宰の半仙戯、其の後は友野代三主宰の童説といつたあまり世間の表てに顔を出したがつてゐない雑誌に発表するだけで、一向に其の他に発表はしたがらないのであつた。一つには非常に寡作のせゐもあるのだが、『そつとしておいてくれ』といふ気持の強い男だといふことがその主な理由だと思ふ。

今度出来て来た詩集をみると「浚渫船」とある。どういふつもりで付けたのかまだ訊ねてみないが、僕が勝手に想像する所では、無口でそつとしておいて貰ひたい男が、誰でもが多かれ少なかれ感じてはゐても余りに底深い、流れだとして殆んど全く触れないで過ぎる態ていの非情を、人目にも立たず浚渫してゐるといつた風の心得であらうと思ふ。

高森は今宮崎県の中学で英語の先生をしてゐる。大学を出て一年ばかり郷里の日向で何をするともなく暮してゐた。それから半年ばかり上京して牛込あたりの下宿にゐたが、就職口があつたんだと云つて宮崎県に行つた。舎監になつたが、夜になると時々寄宿生の誰かが便所へ行く音がするきり何にも聞こえないと此の間の手紙には書いてゐた。熊本へ出張して一と晩久しぶりで旅人の気分で歩いたが、熊本といふ所はいい所です 火山地方特有の落付がありますとも書いてゐた。

僕は高森のことを想ふと、いつも一匹の美しい仔熊を聯想する。今日も彼は紺の背広を着て熊のやうにしづ〱と南国の夏の町を歩いてゐるのであらう。

僕は彼の詩を茲に抜出して来てお目にかけたい。然し僕はどれを出すかに迷ふし、一つの詩の一部を抜出すといふやり方は高森の詩には適当でないし、結局沢山出さなければならないやうに思はれるから茲には割愛しなければならぬが、どうぞ此の落付いた稀特な詩集が、一冊でも沢山に売れるやう希望するものである。

底本 / Source edition

底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店
2003(平成15)年11月25日初版発行
底本の親本:「四季」
1937(昭和12)年8月号
初出:「四季」
1937(昭和12)年8月号
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:村松洋一
校正:noriko saito
2015年2月20日作成
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書誌 / Bibliography
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中原 中也「詩集 浚渫船」(新字旧仮名)、底本『新編中原中也全集 第四巻 評論・小説』角川書店、2003年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055709_000026, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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