Soranoha

われから

われから

樋口 一葉

⦅一⦆

霜夜しもよふけたる枕まくらもとに吹ふくと無なき風かぜつま戸どの隙ひまより入いりて障子しようじの紙かみのかさこそと音おとするも哀あはれに淋さびしき旦那樣だんなさまの御留守おんるす、寢間ねまの時計とけいの十二を打うつまで奧方おくがたはいかにするとも睡ねふる事ことの無なくて幾いくそ度たびの寢ねがへり少すこしは肝かんの氣味きみにもなれば、入いらぬ浮世うきよのさま〲より、旦那樣だんなさまが去歳こぞの今頃いまごろは紅葉舘こうえうくわんにひたと通かよひつめて、御自分ごじぶんはかくし給たまへども、他所行着よそゆきぎのお袂たもより縫ぬひとりべりの手巾はんけちを見みつけ出だしたる時ときの憎にくさ、散々さん〲といぢめていぢめて、困いぢめ拔ぬいて、最もう是これからは決けつして行ゆかぬ、同藩どうばんの澤木さわぎが言葉ことばのいとゑを違たがへぬ世よは來くるとも、此約束このやくそくは決けつして違たがへぬ、堪忍かんにんせよと謝罪あやまつてお出で遊あそばしたる時ときの氣味きみのよさとては、月頃つきごろの痞つかへが下おりて、胸むねのすくほと嬉うれしう思おもひしに、又またかや此頃このごろ折をりふしのお宿とまり、水曜會すゐようくわいのお人達ひとたちや、倶樂部ぐらぶのお仲間なかまにいたづらな御方おかたの多おほければ夫それに引ひかれて自おのづと身持みもちの惡わるう成なり給たまふ、朱しゆに交まじはればといふ事ことを花はなのお師匠ししようが癖くせにして言いひ出だせども本ほんにあれは嘘うそならぬ事こと、昔むかしは彼あのやうに口先くちさきの方かたならで、今日けふは何處开處どこそこで藝者げいしやをあげて、此樣このやうな不思議ふしぎな踊おどりを見みて來きたのと、お腹なかのよれるやうな可笑をかしき事ことをば眞面目まじめに成なりて仰おつしやりし物ものなれども、今日此頃けふこのごろのお人ひとの惡わるさ、憎にくいほどお利口りこうな事ことばかりお言いひ遊あそばして、私わたしのやうな世間見せけんみずをば手ての平ひらで揉もんで丸まるめて、夫それは夫それは押おさへ處どころの無ないお方かた、まあ今宵こよひは何處どこへお泊とまりにて、昨日あすはどのやうな嘘うそいふてお歸かへり遊あそばすか、夕ゆふかた倶部樂くらぶへ「倶部樂へ」はママ電話でんわをかけしに三時じ頃ごろにお歸かへりとの事こと、又また芳原よしはらの「芳原の」はママ式部しきぶがもとへでは無なきか、彼あれも縁切ゑんきりと仰おつしやつてから最もう五年ねん、旦那樣だんなさまばかり惡わるいのでは無なうて、暑寒しよかんのお遣つかいものなど、憎にくらしい處置しよちをして見せルビの「せ」はママせるに、お心こゝろがつひ浮うかれて、自おのづと足あしをも向むけ給たまふ、本ほんに商賣人しようばいにんとて憎にくらしい物ものと次第しだいにおもふ事ことの多おほくなれば、いよ〱寢ねかねて奧方おくがたは縮緬ちりめんの抱卷かいまき打うちはふりて郡内ぐんないの蒲團ふとんの上うへに起上おきあがり給たまひぬ。

八疊でうの座敷ざしきに六枚まい屏風びやうぶたてゝ、お枕まくらもとには桐胴きりどうの火鉢ひばちにお煎茶せんちやの道具だうぐ、烟草盆たばこぼんは紫檀したんにて朱羅宇しゆらうの烟管きせるそのさま可笑をかしく、枕まくらぶとんの派手摸樣はでもやうより枕まくらの總ふさの紅くれなひも常つねの好このみの大方おほかたに顯あらはれて、蘭奢らんじやにむせぶ部へやの内うち、燈籠臺あんどうだいの光ひかりかすかなり。

奧方おくがたは火鉢ひばちを引寄ひきよせて、火ひの氣けのありやと試こゝろみるに、宵よひに小間使こまづかひが埋いけ參まいらせたる、櫻炭さくらの半なかばは灰はひに成なりて、よくも起おこさで埋いけつるは黒くろきまゝにて冷ひえしもあり、烟管きせるを取上とりあげて一二服ふく、烟けふりを吹ふいて耳みゝを立たつれば折をりから此室こゝの軒のきばに移うつりて妻戀つまごひありく猫ねこの聲こゑ、あれは玉たまでは有あるまいか、まあ此霜夜このしもよに屋根傳やねづたひ、何日いつかのやうな風かぜひきに成なりて苦くるしさうな咽のどをするので有あらう、あれも矢やつ張ぱりいたづら者ものと烟管きせるを置おいて立たちあがる、女猫めねこよびにと雪灯ぼんぼりに火ひを移うつし平常着ふだんぎの八丈ぢようの書生羽織しよせいばをりしどけなく引ひきかけて、腰引こしひきゆへる縮緬ちりめんの、淺黄あさぎはことに美うつくしく見みえぬ。

踏ふむに冷つめたき板いたの間まを引裾ひきすそながく縁ゑんがはに出いでゝ、用心口ようじんぐちより顏かほさし出いだし、玉たまよ、玉たまよ、と二タ聲こゑばかり呼よんで、戀こひに狂くるひてあくがるゝ身みは主人しゆじんが聲こゑも聞分きくわけぬ。身みにしむやうな媚なまめかしい聲こゑに大屋根おほやねの方かたへと啼ないて行ゆく。ゑゝ言いふ事ことを聞きかぬ我わがまゝ者ものめ、何どうともお爲しと捨すてぜりふ言いひて心こゝろともなく庭にはを見みるに、ぬば玉だまの闇やみたちおほふて、物ものの黒白あやめも見みえ分わかぬに、山茶花さゞんくわの咲さく垣根かきねをもれて、書生部屋しよせいべやの戸との隙ひまより僅わづかに光ひかりのほのめくは、おゝまだ千葉ちばは寢ねぬさうな。

用心口ようじんぐちを鎖さしてお寢間ねまへ戻もどり給たまひしが再度ふたゝび立たつてお菓子戸棚くわしとだなのびすけつとの瓶びんとり出いだし、お鼻紙はながみの上うへへ明あけて押おしひねり、雪灯ぼんぼりを片手かたてに縁ゑんへ出いづれば天井てんぜうの鼠ねづみがた〱と荒あれて、鼬いたちにても入いりしかきゝといふ聲こゑもの凄すごし。しるべの燈火ともしびかげゆれて、廊下らうかの闇やみに恐おそろしきを馴なれし我家わがやの何なにとも思おもはず、侍女こしもと下婢はしたが夢ゆめの最中たゞなかに奧おくさま書生しよせいの部屋へやへとおはしぬ。

お前まへはまだ寐ねないのかえ、と障子しようじの外そとから聲こゑをかけて、奧おくさまずつと入いり玉たまへば、室内うちなる男をとこは讀書どくしよの腦つむりを驚おどろかされて、思おもひがけぬやうな惘あきれ顏がほをかしう、奧おくさま笑わらふて立たち玉たまへり。

⦅二⦆

机つくえは有ありふれの白木作しらきづくりに白天竺しろてんぢくをかけて、勸工塲くわんこうばものゝ筆立ふでたてに晋唐小楷しんとうしようかいの、栗鼠毛りつそもうの、ペンも洋刀ないふも一ツに入いれて、首くびの缺かけた龜かめの子この水入みづいれに、赤墨汁あかいんきの瓶びんがおし並ならび、齒はみかきの箱はこ我われもと威ゐを張はりて、割據かつきよの机つくえの上うへに寄よりかゝつて、今いままで洋書ようしよを繙ひもとゐて居ゐたは年頃としごろ二十歳はたちあまり三とは成なるまじ、丸頭まるあたまの五分ぶ刈がりにて顏かほも長ながからず角かくならず、眉毛まゆげは濃こくて目めは黒目くろめがちに、一體たいの容顏きりよう好いい方ほうなれども、いかにもいかにもの田舍風いなかふう、午房縞ごぼうじま「午房縞ごぼうじま」はママの綿入わたいれに論ろんなく白木綿しろもめんの帶おび、青あをき毛布けつとを膝ひざの下したに、前まへこゞみに成なりて兩手りようてに頭かしらをしかと押おさへし。

奧おくさまは無言むごんにびすけつとを机つくえの上うへへ乘のせて、お前まへ夜よふかしをするなら爲するやうにして寒さむさの凌しのぎをして置おいたら宜よからうに、湯ゆわかしは水みづに成なつて、お火ひと言いつたら螢ほたる火のやうな、よく是これで寒さむく無ないのう、お節介せつかいなれど私わたしがおこして遣やりませう、炭取すみとりを此處こゝへと仰おつしやるに、書生しよせいはおそれ入いりて、何時いつも無精ぶせうを致いたしまする、申譯まうしわけの無ない事ことでと有難ありがたいを迷惑めいわくらしう、炭取すみとりをさし出いだして我われは中皿ちうざらへ桃もゝを盛もつた姿すがた、これは私わたしが蕩樂だうらくさと奧おくさま炭すみつぎにかゝられぬ。

自慢じまんも交まじる親切しんせつに螢火ほたるび大事だいじさうに挾はさみ上あげて、積つみ立たてし炭すみの上うへにのせ、四邊あたりの新聞しんぶんみつ四つに折をりて、隅すみの方ほうよりそよ〱と煽あほぐに、いつしか是これより彼かれに移うつりて、ぱちぱちと言いふ音おといさましく、青あほき火ひひら〱と燃もへて火鉢ひばちの縁ふちのやゝ熱あつうなれば、奧おくさまは何どのやうな働はたらきをでも遊あそばしたかのやうに、千葉ちばもお翳あたりと少すこし押おしやりて、今宵こよひは分わけて寒さむい物ものをと、指輪ゆびわのかゝやく白しろき指先ゆびさきを、籐編とあみの火鉢ひばちの縁ふちにぞ懸かけたる。

書生しよせいの千葉ちばいとゞしう恐おそれ入いりて、これは何どうも、これはと頭かしらを下さげるばかり、故郷こきやうに有ありし時とき、姉あねなる人ひとが母はゝに代かはりて可愛かわゆがりて呉くれたりし、其折そのをり其頃そのころの有ありさまを思おもひ起おこして、もとより奧樣おくさまが派手はで作つくりに田舍いなかものゝ姉者人あねじやひとがいさゝか似にたるよしは無なけれど、中學校ちうがくかうの試驗しけん前まへに夜明よあかしをつゞけし頃ころ、此このやうな事ことを言いふて、此このやうな處作しよさをして、其上そのうへには蕎麥掻そばがきの御馳走ごちそう、あたゝまるやうにと言いふて呉くれし時ときも有ありし、懷なつかしきは其昔そのむかし、有難ありがたきは今いまの奧樣おくさまが情なさけと、平常へいぜいお世話せわに成なりぬる事ことさへ取添とりそへて、怒いかり肩かたもすぼまるばかり畏かしこまりて有あるさまを、奧おくさま寒さむさうなと御覽ごらんじて、お前まへ羽織はをりはまだ出來できぬかえ、仲なかに頼たのんで大急おほいそぎに仕立したてゝ貰もらふやうにお爲し、此寒このさむい夜よに綿入わたいれ一つで辛棒しんぼうのなる筈はづは無ない、風かぜでも引ひいたら何どうお爲しだ、本當ほんとうに身體からだを厭いとはねばいけませぬぞえ、此前このまへに居ゐた原田はらだといふ勉強べんきようものが矢やつ張ぱりお前まへの通とほり明あけても暮くれても紙魚しみのやうで、遊あそびにも行ゆかなければ、寄席よせ一つ聞きかうでもなしに、それはそれは感心かんしんと言いはふか恐おそろしいほどで、特別認可とくべつにんかの卒業そつげうと言いふ間際まぎはまで疵きずなしに行いつてのけたを、惜をしい事ことにお前まへ、腦病のうびやうに成なつたでは無なからうか、國元くにもとから母はゝさんを呼よんで此處こゝの家いゑで二月つきも介抱かいほうをさせたのだけれど、終つひには何なにが何なにやら無我無中むがむちうになつて、思おもひ出だしても情なさけない、言いはゞ狂死きようしをしたのだね、私わたしは夫それを見みて居ゐた故ゆゑ、勉強家べんきようかは氣きか引ひける、懶怠なまけられては困こまるけれど、煩わづらはぬやうに心こゝろがけてお呉くれ、別わけてお前まへは一粒つぶ物もの、親おやなし、兄弟きようだいなしと言いふでは無ないか、千葉家ちばけを負おふて立たつ大黒柱だいこくばしらに異状いじやうが有あつては立直たてなほしが出來できぬ、さうでは無ないかと奧樣おくさま身みに比くらべて言いへば、はッ、はッ、と答こたへて詞ことばは無なかりき。

奧樣おくさまは立上たちあがつて、私わたしは大層たいそう邪魔じやまをしました、夫それならば成なるべく早はやく休やすむやうにお爲し、私わたしは行いつて寢ねるばかりの身體からだ、部へやへ行いく間あいだの事ことは寒さむいとても仔細しさいはなきに、搆かまひませぬから此これを着きてお出いで、遠慮ゑんりよをされると憎にくゝ成なるほどに何事なにごとも默だまつて年上としうへの言いふ事ことは聞きく物ものと奧樣おくさますつとお羽織はをりをぬぎて、千葉ちばの背後うしろより打着うちきせ給たまふに、人肌ひとはだのぬくみ背せに氣味きみわるく、麝香じやこうのかをり滿身まんしんを襲おそひて、お禮れいも何なにといひかぬるを、よう似合にあふのうと笑わらひながら、雪灯ぼんぼり手てにして立出たちいで給たまへば、蝋燭ろうそくいつか三分ぶんの一ほどに成なりて、軒端のきばに高たかし木こがらしの風かぜ。

⦅三⦆

落葉おちばたくなる烟けふりの末すゑか、夫それかあらぬか冬ふゆがれの庭木立にはこだちをかすめて、裏通うらどほりの町屋まちやの方かたへ朝毎あさごとに靡なびくを、夫それ金村かなむらの奧樣おくさまがお目覺めざめだと人ひとわる口くちの一つに數かぞへれども、習慣ならはしの恐おそろしきは朝飯前あさはんまへの一風呂ふろ、これの濟すまでは箸はしも取とられず、一日怠おこたる事ことのあれば終日ひねもす氣持きもちの唯たゞならず、物足ものたらぬやうに氣きに成なるといふも、聞きく人ひとの耳みゝには洒落者しやれものの蕩樂だうらくと取とられぬべき事こと、其身そのみに成なりては誠まことに詮せんなき癖くせをつけて、今更いまさら難義なんぎと思おもふ時ときもあれど、召使めしつかひの人々ひと〲心こゝろを得えて御命令おいひつけなきに眞柴ましば折をりくべ、お加减かげんが宜よろしう御座ござりますと朝床あさどこのもとへ告つげて來くれば、最もう廢よしませうと幾度いくたびか思おもひつゝ、猶なほ相あひかはらぬ贅澤ぜいたくの一つ、さなご入いれたる糠袋ぬかぶくろにみがき上あげて出いづれば更さらに濃こい化粧げしようの白しらぎく、是これも今更いまさらやめられぬやうな肌ぢになりぬ。

年としを言いはゞ二十六、遲おくれ咲ざきの花はなも梢こづゑにしぼむ頃ころなれど、扮裝おつくりのよきと天然てんねんの美うつくしきと二つ合あはせて五つほどは若わかう見みられぬる徳とくの性せう、お子樣こさまなき故ゆゑと髮結かみゆひの留とめは言いひしが、あらばいさゝか沈着おちつくべし、いまだに娘むすめの心こゝろが失うせで、金齒きんば入いれたる口元くちもとに何どう爲せい、彼かう爲せい、子細しさいらしく數多あまたの奴婢ひとをも使つかへども、旦那だんなさま進すゝめて十軒けん店だなに人形にんぎやうを買かひに行ゆくなど、一家かの妻つまのやうには無なく、お高僧頭巾こそづきんに肩掛かたかけ引ひきまとひ、良人つまの君きみもろ共とも川崎かはさきの大師だいしに參詣さんけいの道みちすがら停車塲ていしやばの群集くんじゆに、あれは新橋しんばしか、何處どこので有あらうと咡さゝやかれて、奧樣おくさまとも言いはれぬる身みながら是これを淺あさからず嬉うれしうて、いつしか好このみも其樣そのやうに、一つは容貌きりようのさせし業わざなり。

目鼻めはなだちより髮かみのかゝり、齒はならびの宜よい所ところまで似にたとは愚おろか毋樣はゝさまを其そのまゝの生うまれつき、奧樣おくさまの父御てゝごといひしは赤鬼あかおにの與よ四郎らうとて、十年ねんの以前まへまでは物ものすごい目めを光ひからせて在おはしたる物ものなれど、人ひとの生血いきちをしぼりたる報むくひか、五十にも足たらで急病きうびやうの腦充血のうじうけつ、一朝あさに此世このよの税ぜいを納をさめて、よしや葬儀さうぎの造花つくりばな、派手はでに美事みごとな造おくりはするとも、辻つぢに立たつて見みる人ひとに爪つまはぢきをされて後生ごせういかゞと思おもはるゝ樣やう成なりし。

此人このひと始はじめは大藏省おほくらしやうに月俸げつぽう八圓ゑん頂戴ちようだいして、兀はげちよろけの洋服ようふくに毛繻子けじゆすの洋傘かうもりさしかざし、大雨たいうの折をりにも車くるまの贅ぜいはやられぬ身成みなりしを、一念ねん發起ほつきして帽子ぼうしも靴くつも取とつて捨すて、今川橋いまがはばしの際きはに夜明よあかしの蕎麥掻そばがきを賣うり初そめし頃ころの勢いきほひは千鈞きんの重おもきを提ひつさげて大海たいかいをも跳おどり越こえつべく、知しる限かぎりの人ひと舌したを卷まいて驚おどろくもあれば、猪武者いのしゝむしやの向むかふ見みず、やがて元もとも子こも摺すつて情なさけなき樣子やうすが思おもはるゝと後言しりうごつも有ありけらし、須彌しゆみも出いでたつ足あしもとの、其當時そのはじめの事こと少すこしいはゞや、茨いばらにつらぬく露つゆの玉たまこの與よ四郎らうにも戀こひは有ありけり、幼馴染おさなゝじみの妻つまに美尾みをといふ身みがらに合あはせて高品かうひんに美うつくしき其そのとし十七ばかり成なりしを天てんにも地ちにも二つなき物ものと捧さゝげ持もちて、役處やくしよがへりの竹たけの皮かは、人ひとにはしたゝれるほど濕しめつぽき姿すがたと後指うしろゆびさゝれながら、妻つまや待まつらん夕烏ゆふがらすの聲こゑに二人ふたりとり膳ぜんの菜さいの物ものを買かふて來くるやら、朝あさの出でがけに水瓶みづがめの底そこを掃除さうぢして、一日手桶てをけを持もたせぬほどの汲込くみこみ、貴郎あなたお晝ひるだきで御座ございますと言いへば、おいと答こたへて米こめかし桶をけに量はかり出だすほどの惚のろさ、斯かくて終おはらば千歳ちとせも美うつくしき夢ゆめの中なかに過すぎぬべうぞ見みえし。

さるほどに相添あひそひてより五年ねん目めの春はる、梅うめ咲さく頃ころのそゞろあるき、土曜日どえうびの午後ごゝより同僚どうりよう二三人にん打うちつれ立たちて、葛飾かつしかわたりの梅屋敷うめやしき廻まわり歸かへりは廣小路ひろこうぢあたりの小料理こりようりやに、酒さけも深ふかくは呑のまぬ質たちなれば、淡泊あつさりと仕舞しまふて殊更ことさらに土産みやげの折をりを調とゝのへさせ、友ともには冷評ひようばんの言葉ことばを聞ききながら、一人ひとり別わかれてとぼ〱と本郷ほんごう附木店つけぎだなの我家わがやへ戻もどるに、格子戸こうしどには締しまりもなくして、上うへへあがるに燈火ともしびはもとよりの事こと、火鉢ひばちの火ひは黒くろく成なりて灰はいの外そとに轉々ころ〱と凄すさまじく、まだ如月きさらぎの小夜嵐さよあらし引ひきまどの明放あけばなしより入いりて身みに染しむ事ことも堪たえがたし、いかなる故ゆゑとも思おもはれぬに洋燈らんぷを取出とりいだしてつく〲と思案しあんに暮くるれば、物音ものおとを聞きゝつけて璧隣かべどなりの小學教員せうがくけふいんの妻つま、いそがはしく表おもてより廻まわり來きて、お歸かへりに成なりましたか、御新造ごしんぞは先刻さきほど、三時じ過すぎでも御座ござりましたろか、お實家さとからのお迎むかひとて奇麗きれいな車くるまが見みえましたに、留守るすは何分なにぶんたのむと仰おつしやつて其そのまゝお出でかけに成なりました、お火ひが無なくば取とりにお出いでなされ、お湯ゆも沸わいて居いまするからと忠實まめ〱しう世話せわを燒やかるゝにも、不審ふしんの雲くもは胸むねの内うちにふさがりて、何どういふ樣子やうす何どのやうな事ことをいふて行ゆきましたかとも問とひたけれど悋氣男りんきをとこと忖度つもらるゝも口惜くちをしく、夫それは種々いろ〱御厄介ごやつかいで御座ござりました、私わたしが戻もどりましたからは御心配ごしんぱいなくお就蓐やすみ下くだされと洒然さつぱりといひて隣となりの妻つまを歸かへしやり、一人ひとり淋さびしく洋燈らんぷの光あかりに烟草たばこを吸すひて、忌々いま〱しき土産みやげの折をりは鼠ねづみも喰くべよとこぐ繩なはのまゝ勝手元かつてもとに投出なげいだし、其夜そのよは床とこに入いりしかども、さりとは肝癪かんしやくのやる瀬せなく、よしや如何いかなる用事ようじありとても、我われなき留守るすに無斷むだんの外出ぐわいしつ、殊更ことさら家内かないあけ放はなしにして、是これが人ひとの妻つまの仕業しわざかと思おもふに餘あまりの事ことと胸むねは沸わくやうに成なりぬ。明あくれは日曜にちえう、終日ひねもす寢ねて居いても咎とがむる人ひとは無なし、枕まくらを相手あひてに芋虫いもむしを眞似まねびて、表おもての格子こうしには錠でうをおろしたまゝ、人訪ひとゝへとも音おともせず、いたづらに午後ごゝ四時じといふ頃ころに成なりぬれば、車くるまの門かどに止とまりて優やさしき駒下駄こまげたの音おとの聞きこゆるを、論ろんなく夫それとは知しれども知しらぬ顏かほに虚寢そらねを作つくれば、美尾みをは格子こうしを押おして見みて、これは如何いかな事こと、錠でうがおりてあると獨ひとり言ごとをいつて、隣家となりの松まつの垣根かきねに添そひて、水口みづぐちの方かたへと間道かんだうを入いりぬ。

昨日きのふの午後ごゝより谷中やなかの母かゝさんが急病きうびやう、癪氣しやくけで御座ござんすさうな、つよく胸先むなさきへさし込こみまして、一時じはとても此世このよの物ものでは有あるまいと言いふたれど、お醫者いしやさまの皮下注射ひかちうしややら何なにやらにて、何事なにごとも無なく納おさまりのつき、今日けふは一人ひとりでお厠ちようずにも行ゆかれるやうに成なりました、右みぎの譯故わけゆゑの手間てまどり、昨日きのふ家うちを出でまする時ときも、氣きがわく〱して何事なにごとも思おもはれず、後あとにて思おもへば締しまりも付つけず、庭口にはぐちも明あけ放ぱなして、嘸さぞかし貴郎あなたのお怒おこり遊あそばした事ことと氣きが氣きでは無なかつたなれど、病人びやうにん見捨みすてゝ歸かへる事こともならず、今日けふも此このやうに遲おそくまで居おりまして、何處どこまでも私わたしが惡わろう御座ござんするほどに、此通このとほり謝罪あやまりますほどに、何どうぞ御お免ゆるし遊あそばして、いつもの樣やうに打解うちとけた顏かほを見みせて下くだされ、御嫌機ごきげん「御嫌機」はママ直なほして下くだされと詫わぶるに、さては左樣さうかと少すこし我がの折をれて、夫それならば其樣そのやうに、何故なぜはがきでも越よこしはせぬ、馬鹿ばかの奴やつがと叱しかりつけて、母親はゝおやは無病むびやう壯健そうけんの人ひととばかり思おもふて居ゐたが、癪しやくといふは始はじめてかと睦むつましう談かたり合あひて、與よ四郎らうは何事なにごとの秘密ひみつありとも知しらざりき。

⦅四⦆

浮世うきよに鏡かゞみといふ物もののなくば、我わが妍かほよきも醜みにくきも知しらで、分ぶんに安やすんじたる思おもひ、九尺しやく二間けんに楊貴妃ようきひ小町こまちを隱かくして、美色びしよくの前まへだれ掛がけ奧床おくゆかしうて過すぎぬべし、萬よろづに淡々あわ〱しき女子おなご心こゝろを來きて搖ゆする樣やうな人ひとの賞ほめ詞ことばに、思おもはず赫くわつと上氣じやうきして、昨日きのふまでは打うちすてし髮かみの毛けつやらしう結むすびあげ、端折はしおりつゞみ取上とりあげて見みれば、いかう眉毛まゆげも生はえつゞきぬ、隣となりより剃刀かみそりをかりて顏かほをこしらゆる心こゝろ、そも〱見みて呉くれの浮氣うわきに成なりて、襦袢じゆばんの袖そでも欲ほしう、半天はんてんの襟ゑりの觀光くわんくわうが糸いとばかりに成なりしを淋さびしがる思おもひ、與よ四郎らうが妻つまの美尾みをとても一つは世間せけんの持上もちあげしなり、身分みぶんは高たかからずとも誠まことある良人おつとの情心なさけごゝろうれしく、六疊でう、四疊でう二間まの家いへを、金殿きんでんとも玉樓ぎよくろうとも心得こゝろえて、いつぞや四丁てう目めの藥師樣やくしさまにて買かふて貰もらひし洋銀ようぎんの指輪ゆびわを大事だいじらしう白魚しらをのやうな、指ゆびにはめ、馬爪ばづのさし櫛ぐしも世よにある人ひとの本甲ほんかうほどには嬉うれしがりし物ものなれども、見みる人毎ひとごとに賞ほめそやして、これほどの容貌きりようを埋うもれ木ぎとは可あたら惜しいもの、出でて居いる人ひとで有あらうなら恐おそらく島原しまばら切きつての美人びじん、比くらべ物ものはあるまいとて口くちに税ぜいが出でねば我わがおもしろに人ひとの女房にようぼを評ひようしたてる白痴こけもあり、豆腐おかべかふとて岡持おかもちさげて表おもてへ出いづれば、通とほりすがりの若わかい輩ひとに振ふりかへられて、惜をしい女をんなに服粧みなりが惡わるいなど哄然どつと笑わるはれる、思おもへば綿銘仙めんめいせんの糸いとの寄よりしに色いろの腿さめたる紫むらさきめりんすの幅はゞ狹せまき帶おび、八圓ゑんどりの等外とうぐわいが妻つまとしては是これより以上いじやうに粧よそほはるべきならねども、若わかき心こゝろには情なさけなく𫁹たがのゆるびし岡持をかもちに豆腐おかべの露つゆのしたゝるよりも不覺そゞろに袖そでをやしぼりけん、兎角とかくに心こゝろのゆら〱と襟ゑり袖口そでぐちのみ見みらるゝをかてゝ加くわへて此前このまへの年とし、春雨はるさめはれての後のち一日、今日けふならではの花盛はなざかりに、上野うへのをはじめ墨田川すみだがはへかけて夫婦ふうふづれを樂たのしみ、隨分ずいぶんとも有ある限かぎりの体裁ていさいをつくりて、取とつて置おきの一てう羅らも良人おつとは黒紬くろつむぎの紋もんつき羽織ばをり、女房にようぼうは唯たゞ一筋すぢの博多はかたの帶おびしめて、昨日きのふ甘あまへて買かふて貰もらひし黒くろぬりの駒下駄こまげた、よしや疊たゝみは擬まがひ南部なんぶにもせよ、比くらぶる物ものなき時ときは嬉うれしくて立出たちいでぬ、さても東叡山とうえいざんの春はる四月ぐわつ、雲くもに見紛みまがふ木この間まの花はなも今日けふ明日あすばかりの十七日成なりければ、廣小路ひろこうぢより眺ながむるに、石段いしだんを下おり昇のぼる人ひとのさま、さながら蟻ありの塔とうを築つき立たつるが如ごとく、木この間まの花はなに衣類きものの綺羅きらをきそひて、心こゝろなく見みる目めには保養ほやうこの上うへも無なき景色けしきなりき、二人ふたりは櫻さくらが岡をかに昇のぼりて今いまの櫻雲臺をううんだいが傍近そばちかく來きし時とき、向むかふより五六輛りようの車くるまかけ聲こゑいさましくして來くるを、諸人しよにん立止たちどまりてあれ〱と言いふ、見みれば何處いづこの華族樣くわぞくさまなるべき、若わかき老おひたる扱こき交まぜに、派手はでなるは曙あけぼのの振袖ふりそで緋無垢ひむくを重かさねて、老ふけ形かたなるは花はなの木この間まの松まつの色いろ、いつ見みても飽あかぬは黒出くろでたちに鼈甲べつかうのさし物もの、今樣いまやうならば襟ゑりの間あひだに金きんぐさりのちらつくべきなりし、車くるまは八百膳やをぜんに止とまりて人ひとは奧深おくふかく居ゐるを、憎にくさげな評ひよういふて見送みおくるもあり、唯たゞ大方おほかたにお立派りつぱなといひて行ゆき過すぐるも有ありしが、美尾みをはいかに感かんじてか、茫然ぼんやりと立たちて眺ながめ入いりし風情ふぜい、うすら淋さびしき樣やうに物ものおもはしげにて、何いづれ華族くわぞくであらうお化粧つくりが濃厚こつてりだと與よし四郎らうの振ふりかへりて言いふを耳みゝにも入いれぬらしき樣さまにて、我われと我わが身みを打うちながめ唯たゞ悄然しよんぼりとしてあるに與よ四郎らう心こゝろならず、何どうかしたかと氣遣きづかひて問とへば、俄にはかに氣分きぶんが勝すぐれませぬ、私わたしは向島むかふじまへ行ゆくのは廢やめて、此處こゝから直すぐに歸かへりたいと思おもひます、貴郎あなたはゆるりと御覽ごらんなりませ、お先さきへ車くるまで歸かへりますと力ちからなさゝうに凋しほれて言いへは、夫それはと與よし四郎らう案あんじ始はじめて、一人ひとりでは何なにも面白おもしろくは無ない、又來またくるとして今日けふは廢やめにせうと美尾みをがいふまゝ優やさしう同意どういして呉くれる嬉うれしさも、此折このおり何なにとも思おもはれず、切せめて歸かへりは鳥とりでも喰たべてと機嫌きげんを取とられるほど物ものがなしく、逃にげ出だすやうにして一散さんに家路いゑぢを急いそげば、興けふこと〱く盡つきて與よ四郎らうは唯たゞお美尾みをが身みの病氣いたつきに胸むねをいためぬ。

はかなき夢ゆめに心こゝろの狂くるひてより、お美尾みをは有ありし我われにもあらず、人目ひとめ無なければ涙なみだに袖そでをおし浸ひたし、誰たれを戀こふると無なけれども大空おほそらに物ものの思おもはれて、勿体もつたいなき事こととは知しりながら與よ四郎らうへの待遇もてなしきのふには似にず、うるさき時ときは生返事なまへんじして、男をとこの怒いかれば我われも腹はらたゝしく、お氣きに入いらぬ物ものなら離縁りゑんして下くだされ、無理むりにも置おいてはと頼たのみませぬ、私わたしにも生うまれた家いゑが御座ござんするとて威丈高いたけたかになるに男をとこも堪こらえず箒はふきを振廻ふりまわして、さあ出でて行いけと時ときの拍子ひやうし危あやふくなれば、流石さすがに女氣おんなぎの悲かなしき事こと胸むねに迫せまりて、貴郎あなたは私わたしをいぢめ出ださうと爲なさるので御座ござんすか、私わたしが身みはそも〱から貴郎あなたに上あげた物ものなれば、憎にくゝば打うつて下くだされ、殺ころして下くだされ、此處こゝを死しに塲ばに來きた私わたしなれば、殺ころされても此處こゝは退のきませぬ、さあ何なんとなりして下くだされと泣ないて、袖そでに取とりすがりて身みを悶もだゆるに、もとより憎にくゝは有あらぬ妻つまの事こと、離別りべつなどゝは時ときの威嚇おどしのみなれば、縺すがりて泣なくを好よい時機しほに、我わがまゝ者奴ものめの言いひじらけ、心安こゝろやすきまゝの駄々だゞと免ゆるして可愛かわいさは猶なほ日頃ひごろに増まさるべし。

⦅五⦆

與よ四郎らうが方かたに變かはる心こゝろなければ、一日も百年ねんも同おなじ日ひを送おくれども其頃そのころより美尾みをが樣子やうすの兎とに角かくに怪あやしく、ぼんやりと空そらを眺ながめて物ものの手てにつかぬ不審いぶかしさ。與よ四郎らう心こゝろをつけて物事ものごとを見みるに、さながら戀こひに心こゝろをうばゝれて空虚うつろに成なりし人ひとの如ごとく、お美尾みをお美尾みをと呼よべば何なにえと答こたゆる詞ことばの力ちからなさ、何どうでも日ひゞ々を義務つとめばかりに送おくりて身みは此處こゝに心こゝろは何處いづこの空そらを倘佯さまよふらん、一〻氣きにかゝる事ことども、我わが女房にようぼうを人ひとに取とられて知しらぬは良人おつとの鼻はなの下したと指ゆびさゝれんも口惜くちおしく、いよ〱眞まことに其事そのことあらばと恐おそろしき思案しあんをさへ定さだめて美尾みをが影身かげみとつき添そふ如ごとく守まもりぬ。

されども是これぞの跡あともなく、唯たゞうか〱と物ものおもふらしく或時あるときはしみ〲と泣ないて、お前樣まへさまいつまで是これだけの月給げつきう取とつてお出遊いであそばすお心こゝろぞ、お向むかふ邸やしきの旦那だんなさまは、其昔そのむかし大部屋おほべやあるきのお人ひと成なりしを一念ねんばかりにて彼あの御出世ごしゆつせ、馬車ばしやに乘のつてのお姿すがたは何どのやうの髭武者ひげむしやだとて立派りつぱらしう見みえるでは御座ござんせぬか、お前樣まへさまも男をとこなりや、少すこしも早はやく此樣このやうな古洋服ふるやうふくにお辨當べんたうさげる事ことをやめて、道みちを行ゆくに人ひとの振ふりかへるほど立派りつぱのお人ひとに成なつて下くだされ、私わたしに竹たけの皮かはづゝみ持もつて來きて下くださる眞實しんじつが有あらば、お役處やくしよがへりに夜學やがくなり何なんなりして、何どうぞ世間せけんの人ひとに負まけぬやうに、一ッぱしの豪ゑらい方かたに成なつて下くだされ、後生ごせうで御座ござんす、私わたしは其爲そのためになら内職ないしよくなりともして御菜おさいの物もののお手傳てつだひはしましよ、何どうぞ勉強べんきやうして下くだされ、拜おがみますと心こゝろから泣ないて、此このある甲斐かひなき活計くらしを數かぞへれば、與よ四郎らうは我わが身みを罵のゝしられし事ことと腹はらたゝしく、お爲ためごかしの夜學沙汰やがくさたは、我われを留守るすにして身みの樂たのしみを思おもふ故ゆゑぞと一圖づにくやしく、何どうで我おれは此樣このやうな活地いくぢなし、馬車ばしやは思おもひも寄よらぬ事こと、此後このご辻車つぢぐるまひくやら知しれた物もので無なければ、今いまのうち身みの納おさまりを考かんがへて、利口りこうで物ものの出來できる、學者がくしやで好男子いろをとこで、年としの若わかいに乘のりかへるが隨ずゐ一であらう、向むかふの主人しゆじんもお前まへの姿すがたを褒ほめて居ゐるさうに聞きいたぞと、録ろくでもなき根ねすり言ごと、懶怠者なまけものだ懶怠者なまけものだ、我おれは懶怠者なまけものの活地いくぢなしだと大だいの字じに寐ねそべつて、夜學やがくはもとよりの事こと明日あしたは勤つとめに出でるさへ憂うがりて、一寸すんもお美尾みをの傍そばを放はなれじとするに、あゝお前樣まへさまは何故なぜその樣やうに聞分きゝわけては下くださらぬぞと淺あさましく、互たがひの思おもひそはそはに成なりて、物言ものいへば頓やがて爭あらそひの糸口いとくちを引出ひきいだし、泣ないて恨うらんで摺すれ〱の中なかに、さりとも憎にくからぬ夫婦めをとは折おりふしの仕しこなし忘わすれがたく、貴郎あなた斯かうなされ、彼ああなされと言いへば、お美尾みをお美尾みをと目めの中なかへも入いれたき思おもひ、近處きんじよ合壁がつぺきつゝき合あひて物爭ものあらそひに口くちを利きく者ものは無なかりし。

ありし梅見うめみの留守るすのほど、實家じつかの迎むかひとて金紋きんもんの車くるまの來きし頃ころよりの事こと、お美尾みをは兎角とかくに物ものおもひ靜しづまりて、深ふかくは良人おつとを諫いさめもせず、うつ〱と日ひを送おくつて實家じつかへの足あしいとゞしう近ちかく、歸かへれば襟ゑりに腮あごを埋うづめてしのびやかに吐息といきをつく、良人おつとの不審ふしんを立たつれば、何どうも心こゝろ惡わるう御座ござんすからとて食しよくもようは喰たべられず、晝寢ひるねがちに氣不精きぶせうに成なりて、次第しだいに顏かほの色いろの青あほきを、一向むきに病氣びやうきとばかり思おもひぬれば、與よし四郎らう限かぎりもなく傷いたましくて、醫者いしやにかゝれの、藥くすりを呑のめのと悋氣りんきは忘わすれて此事このことに心こゝろを盡つくしぬ。

されどもお美尾みをが病氣びやうきはお目出度めでたきかた成なりき、三四月がつの頃ころより夫それとは定さだかに成なりて、いつしか梅うめの實み落おつる五月雨さみだれの頃ころにも成なれば、隣近處となりきんじよの人々ひと〱よりおめで度たう御座ござりますと明あきらかに言いはれて、折をりから少すこし暑あつくるしくとも半天はんてんのぬがれぬ恥はづかしさ、與よ四郎らうは珍めづらしく嬉うれしきを、夢ゆめかとばかり辿たどられて、此この十月がつが當あたる月つきとあるを、人ひとには言いはれねども指ゆびをる思おもひ、男をとこにてもあれかしと敢果はかなき事ことを占うらなひて、表面うわべは無情つれなくつくれども、子安こやすのお守まもり何なにくれと、人ひとより聞ききて來きた事ことを其そのまゝ、不案内ふあんないの男をとこの身みなれば間違まちがひだらけ取添とりそへて、美尾みをが母はゝに萬端ばんたんを頼たのめば、お前まへさんより私わたしの方ほうが少すこし功者かうしやさ、と參まいられて、成なるほど成なるほどと口くちを噤つぐみぬ。

⦅六⦆

月給げつきうの八圓ゑんはまだ昇給しようきうの沙汰さたも無なし、此上このうへ小兒ちいさいが生うまれて物入ものいりが嵩かさんで、人手ひとでが入いるやうに成なつたら、お前まへがたが何なんとする、美尾みをは虚弱きよじやくの身體からだなり、良人おつとを助たすけて手内職てないしよくといふも六ツかしかるべく、三人にん居縮ゐすくんで乞食こじきのやうな活計くらしをするも、餘あまり賞ほめた事ことでは無なし、何なんなりと口くちを見みつけて、今いまの内うちから心こゝろがけ最もう少すこしお金かねになる職業しよくげうに取とりかへずば、行々ゆく〱お前まへがたの身みの振ふりかたは無なく、第だい一子こを育そだつる事こともなるまじ、美尾みをは私わたしが一人娘ひとりむすめ、やるからには私わたしが終おはりも見みて貰もらひたく、贅澤ぜいたくを言いふのでは無なけれど、お寺參てらまいりの小遣こづかひ位ぐらゐ、出だしても貰もらはう、上あげませうの約束やくそくでよこしたのなれども、元來もとよりくれられぬは横着わうちやくならで、何どうでも爲する事ことのならぬ活地いくぢの無なさ故ゆゑ、夫それは思おもひ絶たつて私わたしは私わたしの口くちを濡ぬらすだけに、此年このとしをして人樣ひとさまの口入くちいれやら手傳てつだひやら、老耻おひはぢながらも詮せんの無なき世よを經へまする、左されども當あて無なしに苦勞くらうは出來できぬもの、つく〲お前まへ夫婦ふうふの働はたらきを見みるに、私わたしの手足てあしが働はたらかぬ時ときに成なりて何分なにぶんのお世話せはをお頼たのみ申まをさねば成ならぬ曉あかつき、月給げつきう八圓ゑんで何どう成ならう、夫それを思おもふと今いまのうち覺悟かくごを極きめて、少すこしは互たがひに愁つらき事ことなりとも當分たうぶん夫婦ふうふ別わかれして、美尾みをは子こぐるめ私わたしの手てに預あづかり、お前まへさんは獨身ひとりみに成なりて、官員くわんゐんさまのみには限かぎらず、草鞋わらじを履はいてなりとも一廉かどの働はたらきをして、人並ひとなみの世よの過すごされる樣やうに心こゝろかけたが宜よからうでは無ないか、美尾みをは私わたしが娘むすめなれば私わたしの思おもふやうに成ならぬ事ことは有あるまじ、何なにもお前まへさんの思案しあん一つと母親はゝおやお美尾みをの産前さんまへよりかけて、萬よろづの世話せわにと此家このやへ入いり込こみつゝ、兎ともすれば與よ四郎らうを責せめるに、齒はぎしりするほど腹立はらたゝしく、此老婆このばゞはり仆たほすに事ことは無なけれど、唯たゞならぬ身みの美尾みをが心痛しんつう、引ひいては子こにまで及およぼすべき大事だいじと胸むねをさすりて、私わたしとても男子おとこの端はしで御座ござりますれば、女房にようぼ子こ位ぐらゐ過すぐされぬ事ことも御座ござりますまいし、一生せうは長ながう御座ござります。墓はかへ這入はいるまで八圓ゑんの月給げつきうでは有あるまいと思おもひますに、其邊そのへん格別かくべつの御心配ごしんぱいなくと見事みごとに言いへば、母親はゝおやはまだらに殘のこる黒くろき齒はを出だして、成なるほど〱宜よく立派りつぱに聞きこえました、左樣さういふて呉くれねば嬉うれしう無ない、流石さすがは男をとこ一疋ぴき、その位くらゐの考かんがへは持もつて居いて呉くれるであらう、成なるほど成なるほどと面白おもしろくも無ない默頭うなづきやうを爲する憎にくさ、美尾みをは母かゝさん其そのやうな事ことは言いふて下くださりますな、家うちの人ひとの機嫌きげんそこなうても困こまりますと迂路うろ〱するに、與よ四郎らうは心こゝろおごりて、馬鹿婆ばかばゝめが、何どのやうに引割ひきさかうとすればとて、美尾みをは我わが物もの、親おやの指圖さしづなればとて別わかれる樣やうな薄情はくぜうにて有あるべきや、殊更ことさら今いまより可愛かわゆき物ものさへ出來いでこんに二人ふたりが中なかは萬々歳ばん〱ざい、天あまの原はらふみとゞろかし鳴神なるがみかと高々たか〲と止とゞまれば、母はゝを眼下がんかに視下みおろして、放はなれぬ物ものに我われ一人ひとりさだめぬ。

十月がつ中なかの五日か、與よ四郎らうが退出たいしゆつ間近まぢかに安やすらかに女をんなの子こ生うまれぬ、男おとこと願ねがひし夫それには違ちがへども、可愛かはゆさは何處いづこに變かはりのあるべき、やれお歸かへりかと母親はゝおや出でむかふて、流石さすがに初孫ういまごの嬉うれしきは、頬ほうのあたりの皺しはにもしるく、これ見みて下くだされ、何なんと好よい子こでは無ないか、此このまあ赤あかい事ことと指さしつけられて、今更いまさらながらまご〱と嬉うれしく、手てをさし出いだすもいさゝか恥はづかしければ、毋親はゝおやに抱いだかせたるまゝさし覗のぞいて見みるに、誰たれに似にたるか彼かれに似にしか、其差別そのけじめも思おもひ分わかねども、何なにとは知しらず怪あやしう可愛かわゆくて、其その啼なく聲こゑは昨日きのふまで隣となりの家いへに聞ききたるのと同おなじ物ものには思おもはれず、さしも危あやふく思おもひし事ことの左さりとは事ことなしに終おはりしかと重荷おもにの下おりたるやうにも覺おぼゆれば、産婦さんぷの樣子やうすいかにやと覗のぞいて見みるに、高枕たかまくらにかゝりて鉢卷はちまきにみだれ髮がみの姿すがた、傷いたましきまで疲やつれたれど其美そのうつくしさは神々かみ〱しき樣やうに成なりぬ。

七夜やの、枕直まくらなほしの、宮參みやまいりの、唯たゞあわたゞしうて過すぎぬ、子この名なは紙かみへ書かきつけて産土神うぶすなの前まへに神鬮みくじの樣やうにして引ひけば、常盤ときはのまつ、たけ、蓬莱ほうらいの、つる、かめ、夫それ等らは探さぐりも當あてずして、與よ四郎らうが假かりの筆ふでずさびに、此樣このやうな名なも呼よびよい物ものと書かいて入いれたる町まちといふをば引出ひきいだしぬ、女をんなは容貌きりようの好よきにこそ諸人しよにんの愛あいを受うけて果報くわほうこの上うへも無なき物ものなれ、小野をのの夫それならねどお町まちは美うつくしい名なと家内かないいさみて、町まちや、町まちや、と手てから手てへ渡わたりぬ。

⦅七⦆

お町まちは高笑たかわらひするやうに成なりて、時ときは新玉あらたまの春はるに成なりぬ、お美尾みをは日々ひゞに安やすからぬ面おももち、折をりには涕なみだにくるゝ事こともあるを、血ちの道みちの故せいと自身みづからいへば、與よ四郎らうは左さのみに物ものも疑うたがはず、只たゞこの子この成長おほきうならん事ことをのみ語かたりて、例れいの洋服ようふくすがた美事みごとならぬ勤つとめに、手辨當てべんたうさげて昨日きのふも今日けふも出いでぬ。

お美尾みをの母はゝは東京とうけうの住居すまいも物ものうく、はした無なき朝夕てうせきを送おくるに飽あきたれば、一つはお前樣まへさまがたの世話せわをも省はぶくべき爲ため、つね〲御懇命ごこんめいうけましたる從じゆ三位みの軍人樣ぐんじんさまの、西にしの京けうに御榮轉ごゑいてんの事ことありて、お邸やしき彼方かなたへ建築たてられしを幸さいはひ、开處そこの女中頭ぢよちうがしらとして勤つとめは生涯しようがいのつもり、老おひらくをも養やしなふて給たまはるべき約束やくそくさだまりたれば、最もう此地このちには居いませぬ、又また來くる事ことがあらば一泊ぱくはさせて下くだされ、その外ほかの御厄介ごやつかいには成なりませぬと言いふに、與よ四郎らうは左さりとも一人ひとりの母親はゝおやなれば、美尾みをが心細こゝろほそさも思おもひやりて、お前まへも御老年ごらうねんのこと、いかに勤つとめよきとても、他人塲たにんばの奉公ほうこうといふ事ことさせましては、子こたる我々われ〱が申譯まをしわけの言葉ことばなし、是非ぜひに止とまり給たまへと言いへども、いや〱其樣そのやうの事ことはお前樣まへさま出世しゆつせの曉あかつきにいふて下くだされ、今いまは聞きゝませぬとて孤身みひとつの風呂敷ふろしきづゝみ、谷中やなかの家いへは貸家かしやの札ふだはられて、舟路ふなぢゆたかに彼かの地ちへと向むかひぬ。

越こえて一ト月つき、雲黒くもくらく月つきくらき夕ゆふべ、與よ四郎らうは居殘いのこりの調しらべ物ものありて、家いゑに歸かへりしは日ひくれの八時じ、例いつもは薄うすくらき洋燈らんぷのもとに風車かざぐるま犬張子いぬはりこ取とりちらして、まだ母親はゝおやの名なも似合にあはぬ美尾みをが懷ふところおしくつろげ、小兒ちごに添そへ乳ぢの美うつくしきさま見みるべきを、格子かうしの外そとより伺うかゞふに燈火ともしびぼんやりとして障子しようじに映うるルビの「うる」はママるかげも無なし、お美尾みをお美尾みをと呼よびながら入いるに、答こたへは隣となりの方かたに聞きこえて、今いま參まいりますと言いふ句くは似にたれど言葉ことばは有あらぬ人ひとなりき。

隣となりの妻つまの入來いりくるを見みるに、懷ふところには町まちを抱いだきたり、與よ四郎らう胸むなさわぎのして、美尾みをは何處どこへ參まいりました、此日暮このひくれに燈火あかりをつけ放ぱなしで、買物かひものにでも行ゆきましたかと問とへば、隣となりの妻つまは眉まゆを寄よせて、さあ其事そのことで御座ござんすとて、睡ねふり覺さめたる懷中ふところの町まちがくすりくすりと嘩泣むづかるを、おゝ好いい子こ好いい子こと、ゆすぶつて言葉ことば絶たえぬ。

燈火あかりは私わたしが唯今たゞいま點つけたので御座ござんす、誠まことは今いままでお留守居るすいをして居いましだ「居いましだ」はママのなれど、家うちのやんちやが六ツかしやを言いふに小言こごといふとて明あけました、御親造ごしんぞは今日けふの晝前ひるまへ、通とほりまで買物かひものに行いつて來きまする、歸かへりまで此子このこの世話せわをお頼たのみと仰おつしやつて、唯たゞしばらくの事ことと思おもひしに、二時じになれども三時じはうてども、音おとも無なくて今いままで影かげの見みえられぬは、何處どこまで物買ものかひにお出いでなされしやら、留守るすたのまれまして日ひの暮くれし程ほど心こゝろづかひな物ものは無なし、まあ何どうなされたので御座ござんしよな、と問とひかけられて、それは我われより尋たづねたき思おもひ、平常着ふだんぎのまゝで御座ござりましたかと問とへば、はあ羽織はをりだけ替かえて行ゆかれたやうで御座ござんす、何なにか持もつて行ゆきましたか、いゑ其そのやうには覺おぼえませぬと有あるに、はてなと腕うでの組くまれて、此遲このおそくまで何處どこにと覺束おぼつかなし。

無器用ぶきようなお前樣まへさまが此子このこいぢくる譯わけにも行ゆくまじ、お歸かへりに成なるまで私わたしが乳ちゝを上あげませうと、有ありさまを見みかねて、隣となりの妻つまの子こを抱だいて行ゆくに、何分なにぶんお頼たのみ申まをしますと言いひながら、美尾みをの行衞ゆくゑに心こゝろを取とられてお町まちが事ことはうはの空そらに成なりぬ。

よもや、よもや、と思おもへども、晴はれぬ不審ふしんは疑うたがひの雲くもに成なりて、唯たゞ一ト棹さほの箪笥たんすの引出ひきだしより、柳行李やなぎこりの低そこはかと無なく調しらべて、もし其跡そのあとの見みゆるかと探さぐるに、塵ちり一はしの置塲おきばも變かわらず、つね〲寳たからのやうに大事だいじがりて、身みにつく物ものの隨ずい一好すき成なりし手綱染たづなぞめの帶おびあげも其そのまゝに有ありけり、いつも小遣こづがひの入いれ塲處ばしよなる鏡臺きようだいの引出ひきだしを明あけて見みるに、これは何なんとせし事ことぞ手ての切きれるやうな新紙幣あたらしきをばかり、其數そのかずおよそ二十も重かさねて上うへに一通つう、與よ四郎らうは見みるより仰天ぎやうてんの思おもひに成なりて、胸むねは大波おほなみの立たつ如ごとく、扨さてこそ子細わけは有ありけれと狂くるふて、其文そのふみ開びらけば唯たゞ一ト言こと、美尾みをは死しにたる物ものに御座候ござさふらふ、行衞ゆくゑをお求もとめ下くださるまじく、此金これは町まちに乳ちゝの粉こをとの願ねがひに御座候ござさふらふ。

與よ四郎らうは忽たちまち顏かほの色いろ青あをく赤あかく、唇くちびるを震ふるはせて惡婆あくば、と呌さけびしが、怒氣どき心頭しんとうに起おこつて、身みよりは黒烟くろけふりの立たつ如ごとく、紙幣しへいも文ふみも寸斷ずた〱に裂さいて捨すてゝ、直然すつくと立たちしさま人ひと見みなば如何いかなりけん。

⦅八⦆

浮世うきよの欲よくを金かねに集あつめて、十五年ねんがほどの足掻あがきかたとては、人ひとには赤鬼あかをにと仇名あだなを負おほせられて、五十に足たらぬ生涯しようがいのほどを死灰しくわいのやうに終おはりたる、それが餘波なごりの幾万金いくまんきん、今いまの玉村恭助たまむらけうすけぬしは、其その與よ四郎らうが聟むこなりけり。彼あの人ひとあれ程ほどの身みにて人ひとの性せい「性」はママをば名告なのらずともと誹そしりしも有ありけれど、心安こゝろやすう志こゝろざすす道みちに走はしつて、内うちを顧かへりみる疚やましさの無なきは、これ皆みな養父やうふが賜物たまものぞかし、されば奧方おくがたの町子まちこおのづから寵愛てうあいの手ての平ひらに乘のつて、強あながち良人おつとを侮あなどるとなけれども、舅しうと姑しうとめおはしまして萬よろづ窮屈きうくつに堅かたくるしき嫁よめ御寮ごりようの身みと異ことなり、見みたしと思おもはゞ替かはり目め毎ごとの芝居しばゐ行ゆきも誰たれかは苦情くぜうを申まをすべき、花見はなみ、月見つきみに旦那だんなさま催もよほし立たてゝ、共ともに連つらぬる袖そでを樂たのしみ、お歸かへりの遲おそき時ときは何處どこまでも電話でんわをかけて、夜よるは更ふくるとも寐給ねたまはず、餘あまりに戀こひしう懷なつかしき折をりは自みづから少すこしは恥はづかしき思おもひ、如何いかなる故ゆゑともしるに難かたけれど、且那だんなさま在おはしまさぬ時ときは心細こゝろほそさ堪たへがたう、兄あにとも親おやとも頼母たのもしき方かたに思おもはれぬ。

左さりながら折をりふし地方遊説ちはうゆうぜいなどゝて三月つき半年はんとしのお留守るすもあり、湯治塲たうぢばあるきの夫それと異ことなれば、此時このときには甘あまゆる事こともならで、唯たゞ徒いたづらの御文通ごぶんつう、互たがひの封ふうのうち人ひとには見みせられぬ事こと多おほかるべし。

此御中このおんなかに何なにとてお子この無なき、相添あひそひて十年ねん餘あまり、夢ゆめにも左樣さやうの氣色けしきはなくて、清水堂きよみづだうのお木偶でくさま幾度いくたび空むなしき願ねがひに成なりけん、旦那だんなさま淋さびしき餘あまりに貰もらひ子こせばやと仰おつしやるなれども、奧おくさまの好このみ六づかしけれど、是これも御縁ごゑんは無なくて過すぎゆく、落葉おちばの霜しもの朝あさな〱深ふかくて、吹ふく風かぜいとゞ身みに寒さむく、時雨しぐれの宵よひは女子をなごども炬燵こたつの間まに集あつめて、浮世物うきよものがたりに小説しようせつのうわさ、ざれたる婢女をんなは輕口かるくちの落おとしばなしして、お氣きに入いる時ときは御褒賞ごほうびの何なにや彼かや、人ひとに物ものを遣やり給たまふ事ことは幼少ちいさいよりの蕩樂だうらくにて、これを父親てゝおや二もなく憂うがりし、一ト口くちに言いはゞ機嫌きげんかちの質たちなりや、一ト言こと心こゝろに染そまる事ことのあれば跡先あとさきも無なく其者そのもの可愛かわゆう、車夫しやふの茂助もすけが一人子ひとりこの與太郎よたらうに、此新年このはる旦那だんなさま召めしおろしの斜子なゝこの羽織はをりを遣つかはされしも深ふかくの理由わけは無なき事ことなり、假初かりそめの愚痴ぐちに新年着はるぎの御座ござりませぬよし大方おほかたに申まをせしを、頓やがて憐あわれみての賜たまはり物もの、茂助もすけは天地てんちに拜はいして、人ひとは鷹たかの羽はの定紋でうもんいたづらに目めをつけぬ、何事なにごとも無なくて奧樣おくさま、書生しよせいの千葉ちばが寒さむかるべきを思おぼしやり、物縫ものぬひの仲なかといふに命令いひつけて、仰おほせければ背そむくによし無なく、少すこしは投なげやりの氣味きみにて有ありし、飛白かすりの綿入わたいれ羽織はをりときの間まに仕立したてさせ、彼かの明あくる夜よは着きせ給たまふに、千葉ちばは御恩ごをんのあたゝかく、口くちに數々かず〱のお禮れいは言いはねども、氣きの弱よわき男をとこなれば涙なみださへさしぐまれて、仲働なかはたらきの福ふくに頼たのみてお禮れいしかるべくと言いひたるに、渡わたり者ものの口車くちぐるまよく廻まはりて、斯樣かやう〱しか〲で、千葉ちばは貴孃あなた泣ないて居をりますと言上ごんじようすれば、おゝ可愛かわいい男をとこと奧樣おくさま御贔負ごひゐきの増まさりて、お心こゝろづけのほど今いままでよりはいとゞしう成なりぬ。

十一月ぐわつの二十八日にちは旦那だんなさまお誕生日たんぜうびなりければ、年毎としごとお友達ともだちの方々かた〲招まねき參まいらせて、坐ざの周旋しうせんはそんじよ夫それ者しやの美うつくしきを撰ゑりぬき、珍味ちんみ佳肴かこうに打うちとけの大愉快おほゆくわいを盡つくさせ給たまへば、髭ひげむしやの鳥居とりゐさまが口くちから、逢あふた初手しよてから可愛かわいさがと恐おそれ入いるやうな御詞おことばをうかゞふのも、例れいの澤木さわぎさまが落人おちうどの梅川うめがはを遊あそばして、お前まへの父とゝさん孫まごいもんさむとお國元くにもとを顯あらはし給たまふも皆みなこの折をりの隱かくし藝げいなり、されば派手者はでしやの奧おくさま此日このひを晴はれにして、新調しんちようの三枚まい着ぎに今歳ことしの流行りうかうを知しらしめ給たまふ、世よは冬ふゆなれど陽春ようしゆん三月ぐわつのおもかげ、落ちり過すぎたる紅葉もみぢに庭にはは淋さびしけれど、垣かきの山茶花さゞんか折をりしり顏かほに匂にほひて、松まつの緑みどりのこまやかに、醉よひすゝまぬ人ひとなき日ひなりける。

今歳ことしは別わきてお客樣きやくさまの數多かずおほく、午後ごゞ三時じよりとの招待状せうたいじよう一つも空むなしう成なりしは無なくて、暮くれ過すぐるほどの賑にぎはひは坐敷ざしきに溢あふれて茶室ちやしつの隅すみへ逃のがるゝもあり、二階かいの手摺てすりに洋服ようふくのお輕女郎かるじよろう、目鏡めがめが中ちうだと笑わらはるゝもありき、町子まちこはいとゞ方々かた〱の持もてはやし五月蠅うるさく、奧おくさん奧おくさんと御盃おさかづきの雨あめの降ふるに、御免遊ごめんあそばせ、私わたしは能よう頂いたゞきませぬほどにと盃洗はいせんの水みづに流ながして、さりとも一盞つ二盞つは逃のがれがたければ、いつしか耳みの根ねあつう成なりて、胸むねの動悸どうきのくるしう成なるに、外はづしては濟すまねども人ひとしらぬうちにと庭にはへ出いでゝ池いけの石橋いしばしを渡わたつて築山つきやまの背後うしろの、お稻荷いなりさまが社前しやぜんなるお賽錢箱さいせんばこへ假初かりそめに腰こしをかけぬ。

⦅九⦆

此家こゝは町子まちこが十二の歳とし、父ちゝの與よ四郎らう低當ていたう「低當」はママながれに取とりて、夫それより修膳しゆぜんは加くわへたれども、水みづの流ながれ、山やまのたゝずまい、松まつの木こがらし小高こたかき聲こゑも唯たゞその昔むかしのまゝ成なりけり、町子まちこは醉よいごゝち夢ゆめのごとく頭あたまをかへして背後うしろを見みるに、雲間くもまの月つきのほの明あかるく、社前しやぜんの鈴すゞのふりたるさま、紅白こうはくの綱つなながく垂たれて古鏡こきようの光ひかり神かみさびたるもみゆ、夜よあらしさつと喜連格子きつれがうしに音おとづるれば、人ひとなきに鈴すゞの音ねからんとして、幣束へいそくの紙かみゆらぐも淋さびし。

町子まちこは俄にはかに物もののおそろしく、立たちあがつて二足あし三足あし、母屋おもやの方かたへ歸かへらんと爲したりしが、引止ひきとめられるやうに立止たちどまつて、此度このたびは狛犬こまいぬの臺石だいいしに寄よりかゝり、木この間まもれ來くる坐敷ざしきの騷わさルビの「わさ」はママぎを遙はるかに聞きいて、あゝあの聲こゑは旦那樣だんなさま、三味み線せんは小梅こうめさうな、いつの間まに彼あのやうな意氣いきな洒落しやれものに成なり給たまひし、由斷ゆだんのならぬと思おもふと共ともに、心細こゝろほそき事こと堪たえがたう成なりて、締しめつけられるやうな苦くるしさは、胸むねの中なかの何處どことも無なく沸わき出いでぬ。

良久やゝひさしうありて奧おくさま大方おほかた醉ゑいも覺さめぬれば、萬よろづにおのが亂みだるゝ怪あやしき心こゝろを我われと叱しかりて、歸かへれば盃盤狼藉はいばんらうぜきの有ありさま、人々ひと〲が迎むかひの車くるま門前もんぜんに綺羅星きらほしとならびて、何某樣たれさまお立たちの聲こゑにぎはしく、散會ひけての後のちは時雨しぐれに成なりぬ。

恭助あるじは太いたく疲つかれて禮服れいふくぬぎも敢あへず横よこに成なるを、あれ貴郎あなたお召物めしものだけはお替かへ遊あそばせ、夫それではいけませぬと羽織はをりをぬがせて、帶おびをも奧おくさま手てづから解ときて、糸織いとをりのなへたるにふらんねるを重かさねし寐間着ねまきの小袖こそでめさせかへ、いざ御就蓐おやすみと手てをとりて助たすければ、何なに其樣そのやうに醉ゑふては居いないと仰おつしやつて、滄浪よろめきながら寐間ねまへと入給いりたまふ。奧おくさま火ひのもとの用心ようじんをと言いひ渡わたし、誰たれも彼かれも寐ねよと仰おつしやつて、同おなじう寐間ねまへは入給いりたまへど、何故なにゆゑとなう安やすからぬ思おもひのありて、言いはねども面持おもゝちの唯たゞならぬを、且那だんなさま半睡はんすいの目めに御覽ごらんじて、何故なぜ寐ねぬか、何なにを考かんがへて居いるぞと尋たづね給たまふに、奧おくさま何なにとお返事へんじの聞きかせ參まゐらする事こともあらねど、唯々たゞ〱不思議ふしぎな心地こゝちが致いたしまする、何どう致いたしたので御座ござりませう、私わたくしにも分わかりませぬと言いへば、旦那だんなさま笑わらつて、餘あまり心こゝろを遣つかひ過すぎた結果けつくわであらう、氣きさへ落おちつければ直すぐ癒なほる筈はづと仰おつしやるに、否いなそれでも私わたしは言いふに言いはれぬ淋さびしい心地こゝちがするので御座ござります、餘あまり先刻さきほどみな樣さまのお強しい遊あそばすが五月蠅うるささに、一人ひとり庭にはへと逃にげまして、お稻荷いなりさまのお社やしろの所ところで醉ゑひを覺さまして居をりましたに、私わたしは變へんな變へんな、をかしい事ことを思おもひよりまして、笑わらつて下くださりますな、何どうも何なんとも言いはれぬ氣持きもちに成なりました、貴郎あなたには笑わらはれて、叱しかられる樣やうな事ことで御座ござりましよと下したを向むいて在おはするに、見みれば涙なみだの露つゆの玉たま、膝ひざにこぼれて怪あやしう思おもはれぬ。

奧おくさまは例れいに似合にあはず沈しづみに沈しづんで、私わたしは貴君あなたに捨すてられは爲せぬかと存ぞんじまして、夫それで此樣このやうに淋さびしう思おもひますると言いひ出いづれば、又またかと且那だんなさま無造作むぞうさに笑わらつて、誰たれが何なにを言いふたか、一人ひとりで考かんがへたか、其樣そのやうなつまらぬ事ことの有ある筈はづは無ない、お前まへの思おもふて呉くれるほど世間せけんは我わしを思おもふて呉くれぬから、まあ安心あんしんして居いるが宜よいと子細わけも無ない事ことに言いひ捨すつれば、夫それでも私わたしは其そのやうな悋氣沙汰りんきさたで申まうすのでは御座ござりませぬ、今日けふの會席くわいせきの賑にぎやかに、種々いろ〱の方々かた〲御出おいでの中なかに誰たれとて世間せけんに名なの聞きこえぬも無なく、此このやうのお人達ひとたちみな貴郎あなたさまの御友達おともだちかと思おもひますれば、嬉うれしさ胸むねの中なかにおさへがたく、蔭かげながら拜おがんで居いても宜よいほどの辱かたじけさなれど、つく〲我わが身みの上うへを思おもひまするに、貴郎あなたはこれより彌いやます〱の御出世ごしゆつせを遊あそばして、世よの中なか廣ひろうなれば次第しだいに御器量ごきりようまし給たまふ、今宵こよひ小梅こうめが三味みに合あはせて勸進帳くわんじんちやうの一くさり、悋氣りんきでは無なけれど彼かれほどの御修業ごしゆげうつみしも知しらで、何時いつも昔むかしの貴郎あなたとおもひ、淺あさき心こゝろの底そこはかと無なく知しられまする内うち、御厭おいとはしさの種たねも交まじるべし、限かぎりも知しれず廣ひろき世よに立たちては耳みゝさへ目こルビの「こ」はママさへ肥こえ給たまふ道理だうり、有限あるかぎりだけの家いへの内うちに朝夕あさゆふ物ものおもひの苦くも知しらで、唯たゞぼんやりと過すごしまする身みの、遂つひには倦あかれまするやうに成なりて、悲かなしかるべき事こと今いまおもふても愁つらし、私わたくしは貴郎あなたのほかに頼母たのもしき親兄弟おやきようだいも無なし、有ありてから父ちゝの與よ四郎らう在世ざいせのさまは知しり給たまふ如ごとく、私わたくしをば母親はゝおや似にの面おもざし見みるに肝かんの種たねとて寄よせつけも致いたされず、朝夕あさゆふさびしうて暮くらしましたるを、嬉うれしき縁ことにて今いま斯かく私わたくしが我わがまゝをも免ゆるし給たまひ、思おもふ事ことなき今日此頃けふこのごろ、それは勿體もつたいないほどの有難ありがたさも、萬一もし身みにそぐなはぬ事ことならばと案あんじられまして、此事このことをおもふに今宵こよひの淋さびしき事こと、居いても起たちてもあられぬほどの情なさけなさより、言いふてはならぬと存ぞんじましたれど、遂つひ此樣このやうに申上まうしあげて仕舞しまひました、夫それは孰いづれも取止とりとめの無なき取とりこし苦勞くろうで御座ござりませうけれど、何どうでも此樣このやうな氣きのするを何なにとしたら宜よう御座ござりますか、唯々たゞ〱心こゝろぼそう御座ござりますとて打うちなくに、旦那だんなさま愚痴ぐちの僻見ひがみの跡先あとさきなき事ことなるを思召おぼしめし、悋氣りんきよりぞと可笑をかしくも有ける。

⦅十⦆

我われと我わが身みに持もて腦なやみて奧おくさま不覺そゞろに打うちまどひぬ、此明このあけくれの空そらの色いろは、晴はれたる時ときも曇くもれる如ごとく、日ひの色いろ身みにしみて怪あやしき思おもひあり、時雨しぐれふる夜よの風かぜの音おとは人ひと來きて扉とぼそをたゝくに似にて、淋さびしきまゝに琴こと取出とりいだし獨ひとり好このみの曲きよくを奏かなでるに、我われと我わが調てう哀あはれに成なりて、いかにするとも彈ひくに得え堪たえず、涙なみだふりこぼして押おしやりぬ。ある時ときは婦女おんなどもに凝こる肩かたをたゝかせて、心こゝろうかれる樣やうな戀こゑルビの「こゑ」はママのはなしなどさせて聞きくに、人ひとは腮あごのはづるゝ可笑をかしさとて笑わらひ轉こける樣やうな埒らちのなきさへ、身みには一々哀あはれにて、我われも思おもひの燃もゆるに似にたり、一夜よ仲働なかばたらきの福ふくこゑを改あらためて、言いはねば人ひとの知しらぬ事こと、いふて私わたしの徳とくにも成ならぬを、無言むごんにいられませぬは饒舌おしやべりの癖くせ、お聞ききに成なつても知しらぬ顏かほに居いて下くださりませ、此處こゝにをかしき一條でうの物ものがたりと少すこし乘地のりぢに聲こゑをはづますれば。夫それは何なにぞや。お聞きゝなされませ書生しよせいの千葉ちばが初戀はつこひの哀あはれ、國くにもとに居おりました時ときそと見初みそめたが御座ござりましたさうな、田舍物いなかものの事ことなれば鎌かまを腰こしへさして藁草履わらぞうりで、手拭てぬぐひに草束くさたばねを包つゝんでと思召おぼしめしませうが、中々なか〱左樣さうでは御座ござりませぬ美うつくしいにて、村長そんちやうの妹いもとといふやうな人ひとださうで御座ござります、小學校せうがくかうへ通かよふうちに淺あさからず思おもひましてと言いへば、夫それは何方どちらからと小間使こまづかひの米よね口くちを出だすに、默だまつてお聞きゝ、無論むろん千葉ちばさんの方はうからさとあるに、おやあの無骨ぶこつさんがとて笑わらひ出だすに、奧樣おくさま苦笑にがわらひして可憐かわいさうに失敗しくじりの昔むかし話ばなしを探さぐり出だしたのかと仰おつしやれば、いゑ中々なか〱其そのやうに遠方ゑんはうの事ことばかりでは御座ござりませぬ、未まだ追々おひ〱にと衣紋ゑもんを突ついて咳拂せきばらひすれば、小間使こまづかひ少すこし顏かほを赤あかくして似合頃にあひごろの身みの上うへ、惡口わるくちの福ふくが何なにを言いひ出だすやらと尻目しりめに眺にらめば、夫それに構かまはず唇くちびるを甞なめて、まあお聞遊きゝあそばせ、千葉ちばが其子そのこを見初みそめましてからの事こと、朝あさ學校がくかうへ行ゆきまする時ときは必かならず其家そこの窓下まどしたを過すぎて、聲こゑがするか、最もう行いつたか、見みたい、聞きゝたい、話はなしたい、種々いろ〱の事ことを思おもふたと思おぼし召めせ、學校がくかうにては物ものも言いひましたろ、顏かほも見みましたろ、夫それだけでは面白おもしろう無なうて心こゝろいられのするに、日曜にちようの時ときは其家そのやの前まへの川かはへ必かならず釣つりをしに行ゆきましたさうな、鮒ふなやたなごは宜いい迷惑めいわくな、釣つるほどに釣つるほどに、夕日ゆふひが西にしへ落おちても歸かへるが惜おしく、其子そのこ出でて來こよ殘のこり無なくお魚さかなを遣やつて、喜よろこぶ顏かほを見みたいとでも思おもふたので御座ござりましよ、あゝは見みえますれど彼あれで中々なか〱の苦勞人くらうにんといふに、夫それはまあ幾歳いくつのとし其戀そのこひ出來できてかと奧樣おくさまおつしやれば、當あてゝ御覽ごらんあそばせ先方むかうは村長そんちやうの妹いもと、此方こちらは水計みづばかりめし上あがるお百姓ひやくしやう、雲くもにかけ橋はし、霞かすみに千鳥ちどりなどゝ奇麗事きれいごとでは間まに合あひませぬほどに、手短てみぢかに申まうさうなら提燈てうちんに釣鐘つりがね、大分だいぶ其處そこに隔へだてが御座ござりまするけれど、戀こひに上下じやうげの無ない物ものなれば、まあ出來できたと思おぼしめしますか、お米よねどん何なんとゝ題だいを出だされて、何なにか言いはせて笑わらふつもりと惡推わるずいをすれば、私わたしは知しらぬと横よこを向むく、奧樣おくさま少すこし打笑うちわらひ、成なり立たたねばこそ今日けふの身みであろ、其樣そのやうなが萬一もしもあるなら、あの打うちかぶりの亂みだれ髮がみ、洒落氣しやれげなしでは居いられぬ筈はづ、勉強家べんきようかにしたは其自狂そのやけからかと仰おつしやるに、中々なか〱もちまして彼男あれが貴孃あなた自狂やけなど起おこすやうな男おとこで御座ござりましよか、無常むじやうを悟さとつたので御座ござりますと言いふに、そんなら其子そのこは亡なくなつてか、可憐かわいさうなと奧おくさま憐あはれがり給たまふ、福ふくは得意とくいに、此戀このこひいふも言いはぬも御座ござりませぬ、子供こどもの事ことなれば心こゝろにばかり思おもふて、表向おもてむきには何なんとも無ない月日つきひを大凡おほよそどの位くらい送おくつた物もので御座ござんすか、今いまの千葉ちばが樣子やうすを御覽ごらんじても、彼あれの子供こどもの時ときならばと大底たいていにお合點がてんが行ゆきましよ、病氣びやうきして煩わづらつて、お寺てらの物ものに成なりましたを、其後そのご何なんと思おもへばとて答こたへる物ものは松まつの風かぜで、何どうも仕方しかたが無なからうでは御座ござんせぬか、さて夫それからが本文ほんもんで御座ござんすとて笑わらふに、福ふくが能いい加減かげんなこしらへ言ごと、似につこらしい嘘うそを言いふと奧おくさま爪つまはじき遊あそばせば、あれ何なにしに嘘うそを申まをしませう、左さりながらこれをお耳みゝに入いれたといふと少すこし私わたしが困こまりの筋すぢ、これは當人たうにんの口くちから聞きいたので御座ござりますと言いへば、嘘うそをお言いひ、彼男あれが何どうして其樣そのやうな事ことを言いはふ、よし有あつてからが、苦にがい顏かほでおし默だまつて居いるべき筈はづ、いよ〱の嘘うそと仰おつしやれば、さても情なさけない事ことその樣やうに私わたしの事ことを信仰しんかうして下くたルビの「くた」はママさりませぬは、昨日きのふの朝あさ千葉ちばが私わたしを呼よびまして、奧樣おくさまが此この四五日にち御おすぐれ無ない樣やうに見上みあげられる、何どうぞ遊あそばしてかと如何いかにも心配しんぱいらしく申まをしますので、奧樣おくさまはお血ちの故せいで折をりふし鬱ふさぎ症しようにもお成なり遊あそばすし眞實しんじつお惡わるい時ときは暗くらい處ところで泣ないて居いらつしやるがお持前もちまへと言いふたらば、何どんなにか貴孃あなた吃驚びつくり致いたしまして、飛とんでも無ない事こと、それは大層たいそうな神經質しんけいしつで、惡わるくすると取とりかへしの付つかぬ事ことになると申まをしまして、夫それで其時そのとき申まをしました、私わたしが郷里きやうりの幼おさな友達ともだちに是これ〱斯かう言いふ娘こが有あつて、肝かんもちの、はつきりとして、此邸こゝの奧樣おくさまに何どうも能よく似にて居いた人ひとで有あつた、繼母まゝはゝで有あつたので平常つねの我慢がまんが大底たいていではなく、積つもつて病死びやうしした可憐かわいさうな子こと何いづれ彼あの男をとこの事ことで御座ござりますから、眞面目まじめな顏かほであり〱を言いひましたを、私わたしがはぎ合あはせて考かんがへると今いま申まうした樣やうな事ことに成なるので御座ござります、其子そのこに奧樣おくさまが似にていらつしやると申まをしたのは夫それは嘘うそでは御座ござりませぬけれど、露顯ろけんしますと彼男あれに私わたしが叱しかられます、御存ごぞんじないお積つもりでと舌したを廻まはして、たゝき立たてる太皷たいこの音おとさりとは賑にぎはしう聞きこえ渡わたりぬ。

⦅十一⦆

今歳ことしも今日けふ十二月ぐわつの十五日にち、世間せけんおしつまりて人ひとの往來ゆきかひ大路おほぢにいそがはしく、お出人でいりの町人てうにんお歳暮せいぼ持參ぢさんするものお勝手かつてに賑々にぎ〱しく、急いそぎたる家いゑには餠もちつきのおとさへ聞きこゆるに、此邸こゝにては煤取すゝとりの笹さゝの葉は座敷ざしきにこぼれて、冷ひやめし草履ぞうりこゝかしこの廊下らうかに散ちりみだれ、お雜巾ぞうきんかけまする物もの、お疊たゝみたゝく物もの、家内かないの調度てうどになひ廻まはるも有あれば、お振舞ふるまひの酒さゝに醉ゑふて、これが荷物にもつに成なるもあり、御懇命ごこんめいうけまするお出入でいりの人々ひと〲お手傳てつだひお手傳てつだひとて五月蠅うるさきを半なかばは斷ことはりて集あつまりし人ひとだけに瓶かめのぞきの手てぬぐひ、それ、と切きつて分わけ給たまへば、一同どう手てに手てに打冠うちかぶり、姉あねさま唐茄子とうなす、頬ほうかふり、吉原よしはらかふりをするも有あり、且那だんなさま朝あさよりお留守るすにて、お指圖さしづし給たまふ奧おくさまの風ふうを見みれば、小褄こづまかた手てに友仙ゆふぜんの長襦袢ながじゆばん下したに長ながく、赤あかき鼻緒はなをの麻裏あさうらを召めして、あれよ、これよと仰おほせらる、一しきり終おはりての午後ひるすぎ、お茶ちやぐわし山やまと擔かつぎ込こめば大皿おほさらの鐵砲てつぽうまき分捕次第ぶんどりしだいと沙汰さたありて、奧樣おくさまは暫時しばしのほど二階かいの小間こまに氣きづかれを休やすめ給たまふ、血ちの道みちのつよき人ひとなれば胸むなぐるしさ堪たえがたうて、枕まくらに小抱卷こがいまき仮初かりそめにふし給たまひしを、小間こまづかひの米よねよりほか、絶たえて知しる者ものあらざりき。

奧おくさまとろ〱としてお目覺めさむれば、枕まくらもとの縁ゑんがはに男女なんによの話はなし聲こゑさのみ憚はゞかる景色けしきも無なく、此宿こゝの旦的だんつくの、奧洲おくしうのと、車宿くるまやどの二階かいで言いふやうなるは、奧おくさま此處こゝにと夢ゆめにも人ひとは思おもはぬなるべし。

一方かた〱は仲働なかはたらきの福ふくのこゑ、叮嚀ていねいに叮嚀ていねいにと仰おつしやるけれど、一日にち業わざに何どうして左樣さうは行渡ゆきわたらりよう、隅々すみ〲隈々くま〲やつて居いてお溜たまりが有あらうかえ、目めに立たつ處ところをざつと働はたらいて、あとは何いづれも野のとなれさ、夫それで丁度てうど能いい加减かげんに疲つかれて仕舞しまう、そんなにお前まへ正直しようぢきで務つとまる物ものかと嘲笑あざわらふやうに言いへば、大おほきにさといふ、相手あいては茂助もすけがもとの安やす五郎らうがこゑなり、正直しようぢきといえば此處こゝの旦的だんつきが一件けん物もの、飯田町いひだまちのお波なみが事ことを知しつてかと問とひかけるに、お福ふくは百年ねんも前まへからと言いはぬばかりにして、夫それを御存ごぞんじの無ないは此處こゝの奧樣おくさまお一方かた、知しらぬは亭主ていしゆの反對あべこだね、まだ私わたしは見みた事ことは無ないが、色いろの淺黒あさぐろい面長おもながで、品ひんが好いいといふでは無ないか、お前まへは親方おやかたの代かわりにお供ともを申まをすこともある、拜おがんだ事ことが有あるかと問とへば、見みた段だんか格子戸かうしどに鈴すゞの音おとがすると坊ぼつちやんが先立さきだちで驅かけ出だして來くる、續つゞいて顯あらはれるが例物れいぶつさ、髮かみの毛け自慢じまんの櫛卷くしまきで、薄化粧うすげしようのあつさり物もの、半襟はんゑりつきの前まへだれ掛がけとくだけて、おや貴郎あなたと言いふだらうでは無ないか、すると此處こゝのがでれりと御座ござつて、久ひさしう無沙汰ぶさたをした、免ゆるせ、かなんかで、入口いりぐちの敷居しきゐに腰こしをかける、例れいのが驅かけ下おりて靴くつをぬがせる、見みとも無ないほど睦むつましいと言いふは彼あれの事こと、旦那だんなが奧おくへ通とほると小戻こもどりして、お供ともさん御苦勞ごくらう、これで烟草たばこでも買かつてと言いつて、夫それ鼻藥はなぐすりの出でる次第しだいさ、あれがお前まへルビの「まへ」の「へ」は底本では左に九十度傾いている素人しろうとだから感心かんしんだと賞ほめるに、素人しろうとも素人しろうと、生無垢きむくの娘むすめあがりだと言いふでは無ないか、旦那だんなとは十何年なんねんの中なかで、坊ぼつちやんが歳としもことしは十歳とをか十一には成ならう、都合つがうの惡わるいは此處こゝの家うちには一人ひとりも子寳こだからが無なうて、彼方あちらに立派りつぱの男をとこの子こといふ物ものだから、行々ゆく〱を考かんがへるとお氣きの毒どくなは此處こゝの奧おくさま、何どうも是これも授さづかり物ものだからと一人ひとりが言いふに、仕方しかたが無ない、十分ぶん先せんの大旦那おほだんながしぼり取とつた身上しんじようだから、人ひとの物ものに成なると言いつても理屈りくつは有あるまい、だけれどお前まい、不正直ふしようぢきは此處こゝの旦那だんなで有あらうと言いふに、男をとこは皆みんなあんな物もの、氣きが多おほいからとお福ふくの笑わらひ出だすに、惡わるく當あてつ擦こすりなさる、耳みゝが痛いたいでは無ないか、己おれは斯かう見みえても不義理ふぎりと土用干どようぼしは仕した事ことの無ない人間にんげんだ、女房にようぼうをだまくらかして妾めかけの處ところへ注つぎ込こむ樣やうな不人情ふにんじやうは仕度したくても出來できない、あれ丈だけ腹はらの太ふとい豪ゑらいのでは有あらうが、考かんがへると此處こゝの旦那だんなも鬼おにの性せうさ、二代だいつゞきて彌々いよ〱根ねが張はらうと、聞人きくひとなげに遠慮ゑんりよなき高聲たかごゑ、福ふくも相槌あひづち例れいの調子てうしに、もう一ト働はたらきやつて除のけよう、安やすさんは下廻したまはりを頼たのみます、私わたしはも一度ど此處こゝを拭ふいて、今度こんどはお藏くらだとて、雜巾ぞうきんがけしつ〱と始はじめれば、奧おくさまは唯たゞこの隔へだてを命いのちにして、明あけずに去いねかし、顏かほみらるゝ事こと愁つらやと思おぼしぬ。

⦅十二⦆

十六日にちの朝あさぼらけ昨日きのふの掃除そうぢのあと清きよき、納戸なんどめきたる六疊でうの間まに、置炬燵おきごたつして旦那だんなさま奧おくさま差向さしむかひ、今朝けさの新聞しんぶんおし開ひらきつゝ、政界せいくわいの事こと、文界ぶんくわいの事こと、語かたるに答こたへもつきなからず、他處目よそめうら山やましう見みえて、面白おもしろげ成なりしが、旦那だんなさま好よき頃ころと見みはからひの御積おつもりなるべく、年來としごろ足たらぬ事ことなき家いへに子この無なきをばかり口惜くちをしく、其方そなたに有あらば重疊ちようでうの喜よろこびなれど萬一もしいよ〱出來できぬ物ものならば、今いまより貰もらうて心こゝろに任まかせし教育きやういくをしたらばと是これを明あけくれ心こゝろがくれども、未いまだに良よきも見當みあたらず、年としたてば我われも初老はつおひの四十の坂さか、じみなる事ことを言いふやうなれども家いゑの根ねつぎの極きまらざるは何なにかにつけて心細こゝろぼそく、此このほど中ちうの其方そなたのやうに、淋さびしい淋さびしいの言いひづめも爲せでは有あられぬやうな事ことあるべし、幸さいはひ海軍かいぐんの鳥居とりゐが知人ちじんの子こに素性すぜうも惡わるからで利發りはつに生うまれつきたる男をとこの子こあるよし、其方そなたに異存いぞんなければ其それを貰もらふて丹精たんせいしたらばと思おもはるゝ、悉皆しつかいの引受ひきうけは鳥居とりゐがして、里さとかたにも彼あの家いゑにて成なるよし、年としは十一、容貌きりようはよいさうなと言いふに、奧おくさま顏かほをあげて旦那だんなの面樣おもやういかにと覘うかゞひしが、成程なるほどそれは宜よい思おぼし召めしより、私わたしにかれこれは御座ござりませぬ、宜よいと覺おぼしめさばお取極とりきめ下くださりませ、此家こゝは貴郎あなたのお家うちで御座ござりまする物もの、何なんとなり思おぼしめしのまゝにと安やすらかには言いひながら、萬一もしその子こにて有ありたらばと無情つれなきおもひ、おのづから顏色かほいろに顯あらはるれば、何取なにとりいそぐ事ことでも無ない、よく思案しあんして氣きに叶かなふたらば其時そのときの事こと、あまり氣きを欝々うつ〱として病氣びようきでもしては成ならんから、少すこしは慰なぐさめにもと思おもふたのなれど、夫それも餘あまり輕卒けいそつの事こと、人形にんげうや雛ひなでは無なし、人ひと一人ひとり翫弄物もてあそびにする譯わけには行ゆくまじ、出來できそこねたとて塵塚ちりづかの隅すみへ捨すてられぬ、家いゑの礎いしづゑに貰もらふのなれば、今いま一應をう聞定きゝさだめもし、取調とりしらべても見みた上うへの事こと、唯たゞこの頃ころの樣やうに欝ふさいで居いたら身體からだの爲ために成なるまいと思おもはれる、これは急いそがぬ事こととして、ちと寄席よせきゝにでも行いつたら何どうか、播摩はりまが近ちかい處ところへかゝつて居いる、今夜こんやは何どうであらう行いかんかなと機嫌きげんを取とり給たまふに、貴郎あなたは何故なぜそんな優やさしらしい事ことを仰おつしやります、私わたしは决けつして其そのやうな事ことは伺うかゞひたいと思おもひませぬ、欝ふさぐ時ときは鬱ふさがせて置おいて下くだされ、笑わらふ時ときは笑わらひますから、心任こゝろまかせにして置おいて下くだされと、言いひて流石さすが打うちつけには恨うらみも言いひ敢あへず、心こゝろに籠こめて愁うれはしけの體ていにてあるを、良人おつとは淺あさからず氣きにかけて、何故なぜその樣やうな捨すてばるは言いふぞ、此間このあひだから何なにかと奧齒おくばに物ものの挾はさまりて一々心こゝろにかゝる事こと多おほし、人ひとには取違とりちがへもある物もの、何なにをか下心したこゝろに含ふくんで隱かくしだてゞは無ないか、此間このあひだの小梅こうめの事こと、あれでは無ないかな、夫それならば大間違おほまちがひの上うへなし、何なんの氣けも無ない事ことだに心配しんはいは無用むよう、小梅こうめは八木田やぎたが年來としごろの持物もちもので、人ひとには指ゆびをもさゝしはせぬ、ことには彼あの痩やせがれ、花はなは疾とくに散ちつて紫蘇葉しそはにつゝまれようと言いふ物ものだに、何どれほどの物好ものずきなれば手出てだしを仕樣しやうぞ、邪推じやすゐも大底たいていにして置おいて呉くれ、あの事ことならば清淨しようじよう無垢むく、潔白けつぱくな者ものだと微笑びようルビの「びよう」はママを含ふくんで口髭くちひげを捻ひねらせ給たまふ。飯田町いひだまちの格子戸かうしどは音おとにも知しらじと思召おぼしめし、是これが備そなへは立たてもせず、防禦ぼうぎよの策さくは取とらざりき。

⦅十三⦆

さま〲物ものをおもひ給たまへば、奧樣おくさま時々とき〱ルビの「とき〱」はママお癪しやくの起おこる癖くせつきて、はげしき時ときは仰向あほのけに仆たほれて、今いまにも絶たえ入いるばかりの苦くるしみ、始はじめは皮下注射ひかちうしやなど醫者いしやの手てをも待まちけれど、日毎夜毎ひごとよごとに度たびかさなれば、力ちからある手てにつよく押おさへて、一時じを兎角とかくまぎらはす事ことなり、男をとこならでは甲斐かひのなきに、其事そのことあれば夜よといはず夜中よなかと言いはず、やがて千葉ちばをば呼立よびたてゝ、反そりかへる背せを押おさへさするに、無骨ぶこつ一遍ぺん律義りつぎ男をとこの身みを忘わすれての介抱かいほう人ひとの目めにあやしく、しのびやかの咡さゝやき頓やがて無沙汰ぶさたに成なるぞかし、隱かくれの方かたの六疊でうをば人ひと奧樣おくさまの癪しやく部屋べやと名付なづけて、亂行らんげうあさましきやうに取とりなせば、見みる目めがらかや此間このあひだの事こといぶかしう、更さらに霜夜しもよの御憐おあはれみ、羽織はをりの事ことさへ取とり添そへて、仰々ぎやう〱しくも成なりぬるかな、あとなき風かぜも騷さわぐ世よに忍しのぶが原はらの虫むしの聲こゑ、露つゆほどの事ことあらはれて、奧樣おくさまいとゞ憂うき身みに成なりぬ。

中働なかはたらきの福ふくかねてあら〱心組こゝろぐみの、奧樣おくさまお着下きおろしの本結城ほんゆふき、あれこそは我わが物ものの頼たのみ空むなしう、いろ〱千葉ちばの厄介やくかいに成なりたればとて、これを新年着はるぎに仕立したてゝ遣つかはされし、其その恨うらみ骨髓こつずいに徹とほりてそれよりの見みる目横めよこにか逆さかにか、女髮結をんなかみゆひの留とめを捉とらへて珍事ちんじ唯今たゞいま出來しゆつたいの顏かほつきに、例れいの口車くちぐるまくる〱とやれば、此この電信でんしんの何處いづくまでかゝりて、一町てう毎ごとに風説うはさは太ふとりけん、いつしか恭助けうすけぬしが耳みゝに入いれば、安やすからぬ事ことに胸むねさわがれぬ、家いゑつきならずは施ほどこすべき道みちもあれども、浮世うきよの聞きこえ、これを別居べつきよと引離ひきはなつこと、如何いかにもしのびぬ思おもひあり、さりとて此このまゝさし置おかんに、内政ないせいのみだれ世よの攻撃こうげきの種たねに成なりて、淺あさからぬ難義なんぎ現在げんざいの身みの上うへにかゝれば、いかさまに爲せばやと持もてなやみぬ、我わがまゝも其そのまゝ、氣隨きずいも其そのまゝ、何なにかはことごとして咎とがめだてなどなさんやは、金村かなむらが妻つまと立たちて、世よに耻はづかしき事ことなからずはと覺おぼせども、さし置おきがたき沙汰さたとにかくに暄かしましく、親したしき友ともなど打うちつれての勸告くわんこくに、今日けふは今日けふはと思おもひ立たちながら、猶なほ其事そのことに及およばずして過行すぎゆく、年立としたちかへる朝あしたより、松まつの内うち過すぎなばと思おもひ、松まつとり捨すつれば十五日にちばかりの程ほどにはとおもふ、二十日はつかも過すぎて一月げつ空むなしく、二月ぐわつは梅うめにも心こゝろの急いそがれず、來くる月つきは小學校しようがくかうの定期試驗ていきしけんとて飯田町いひだまちのかたに、笑えみかたまけて急いそぎ合あへるを、見みれども心こゝろは樂たのしからず、家いゑのさま、町子まちこの上うへ、いかさまにせん、と斗はかりおもふ、谷中やなかに知人ちじんの家いゑを買かひて、調度萬端てうどばんたんおさめさせ、此處こゝへと思おもふに町子まちこが生涯せうがいあはれなる事こといふはかりなく、暗涙あんるいにくれては我わが身みが不徳ふとくを思おぼしゝる筋すぢなきにあらねど、今いまはと思おもひ斷たちて四月ぐわつのはじめつ方かた、浮世うきよは花はなに春はるの雨あめふる夜よ、別居べつきよの旨むねをいひ渡わたしぬ。

かねてぞ千葉ちばは放はなたれぬ。汨羅べきらの屈原くつげんならざれば、恨うらみは何なにとかこつべき、大川おほかはの水みづ清きよからぬ名なを負をひて、永代えいだいよりの汽船きせんに乘込のりこみの歸國きこく姿すがた、まさしう見みたりと言いふ物ものありし。

*    *    *    *     *    *

*    *    *    *     *

憂うかりしはその夜よのさまなり、車くるまの用意ようい何なにくれと調とゝのへさせて後のち、いふべき事ことあり此方こなたへと良人をつとのいふに、今いまさら恐おそろしうて書齋しよさいの外とにいたれば、今宵こよひより其方そなたは谷中やなかへ移うつるべきぞ、此家このいゑをば家いゑとおもふべからず、立歸たちかへらるゝ物ものと思おもふな、罪つみはおのづから知しりたるべし、はや立たて、とあるに、夫それは餘あまりのお言葉ことば、我われに惡わるき事ことあらば何なにとて小言こごとは言いひ給たまはぬ、出だしぬけの仰おほせは聞きませぬとて「聞きませぬとて」はママ泣なくを、恭助けうすけ振向ふりむいて見みんともせず、理由わけあればこそ、人並ひとなみならぬ事ことともなせ、一々の罪状ざいじやういひ立たてんは憂うかるべし、車くるまの用意よういもなしてあり、唯たゞのり移うつるばかりと言いひて、つと立たちて部へやの外とへ出給いでたまふを、追おひすがりて袖そでをとれば、放はなさぬか不埒者ふらちものと振切ふりきるを、お前樣まへさまどうでも左樣さやうなさるので御座ござんするか、私わたしを浮世うきよの捨すて物ものになさりまするお氣きか、私わたくしは一人ひとりもの、世よには助たすくる人ひとも無なし、此小このちいさき身みすて給たまふに仔細わけはあるまじ、美事みごとすてゝ此家このいゑを君きみの物ものにし給たまふお氣きか、取とりて見給みたまへ、我われをば捨すてゝ御覽ごらんぜよ、一念ねんが御座ござりまするとて、はたと白睨にらむを、突つきのけてあとをも見みず、町まち、もう逢あはぬぞ。⦅完⦆

底本 / Source edition

底本:「文藝倶樂部 第二卷第六編」博文館
1896(明治29)年5月10日
初出:「文藝倶樂部 第二卷第六編」博文館
1896(明治29)年5月10日
※初出時の署名は、「樋口一葉女」です。
※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。
※「母」と「毋」、「加減」と「加※[#「冫+咸」、U+51CF]」、「欝」と「鬱」、「手傳《てつだ》ひ」と「手傳《てつだひ》」の混在は、底本通りです。
※「與四郎」の「與」に対するルビの「よ」と「よし」、「男」に対するルビの「をとこ」と「おとこ」、「女房」に対するルビの「にようぼ」と「にようぼう」、「可愛さ」に対するルビの「かわい」と「かはゆ」の混在は、底本通りです。
入力:万波通彦
校正:Juki
2019年11月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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リリース / Release
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TEI
/works/055675_000064/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/055675_000064/

樋口 一葉「われから」(旧字旧仮名)、底本『文藝倶楽部 第二卷第六編』博文館、1896年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055675_000064, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite