Soranoha

この子

このこ

樋口 一葉

口くちに出だして私わたしが我子わがこが可愛かあいいといふ事ことを申まをしたら、嘸さぞ皆樣みなさまは大笑おほわらひを遊あそばしましやう、それは何方どなただからとて我子わがこの憎にくいはありませぬもの、取とりたてゝ何なにも斯かう自分じぶんばかり美事みごとな寶たからを持もつて居ゐるやうに誇ほこり顏がほに申まをすことの可笑をかしいをお笑わらひに成なりましやう、だから私わたしは口くちに出だして其樣そんな仰山ぎやうさんらしい事ことは言いひませぬけれど、心こゝろのうちではほんに〱可愛かあいいの憎にくいのではありませぬ、掌てを合あはせて拜をがまぬばかり辱かたじけないと思おもふて居をりまする。

私わたしの此子このこは言いはゞ私わたしの爲ための守まもり神がみで、此樣こんな可愛かあいい笑顏ゑがほをして、無心むしんな遊あそびをして居ゐますけれど、此無心このむしんの笑顏ゑがほが私わたしに教をしへて呉くれました事ことの大層たいそうなは、殘のこりなく口くちには言いひ盡つくされませぬ、學校がくかうで讀よみました書物しよもつ、教師けうしから言いひ聞きかして呉くれました樣々さま〲の事ことは、それはたしかに私わたしの身みの爲ためにもなり、事ことある毎ごとに思おもひ出だしてはあゝで有あつた、斯かうで有あつたと一々いち〱顧かへりみられまするけれど、此子このこの笑顏ゑがほのやうに直接ぢかに、眼前まのあたり、かけ出だす足あしを止とゞめたり、狂くるふ心こゝろを靜しづめたはありませぬ、此子このこが何なんの氣きも無なく小豆枕あづきまくらをして、兩手りやうてを肩かたのそばへ投出なげだして寢入ねいつて居ゐる時ときの其顏そのかほといふものは、大學者だいがくしやさまが頭つむりの上うへから大聲おほごゑで異見いけんをして下くださるとは違ちがふて、心しんから底そこから沸わき出だすほどの涙なみだがこぼれて、いかに強情がうじやう我がまんの私わたしでも、子供こどもなんぞ些ちつとも可愛かあいくはありませんと威張ゐばつた事ことは言いはれませんかつた。

昨年さくねんの暮くれ押おしつまつてから産聲うぶごゑをあげて、はじめて此赤このあかい顏かほを見みせて呉くれました時とき、私わたしはまだ其時分そのじぶん宇宙うちうに迷まよふやうな心持こゝろもちで居ゐたものですから、今いま思おもふと情なさけないのではありますけれど、あゝ何故なぜ丈夫ぢやうぶで生うまれて呉くれたらう、お前まへさへ亡なくなつて呉くれたなら私わたしは肥立次第ひだちしだい實家じつかへ歸かへつて仕舞しまふのに、こんな旦那樣だんなさまのお傍そば何なにかに一時いつときも居ゐやしないのに、何故なぜまあ丈夫ぢやうぶで生うまれて呉くれたらう、厭いやだ、厭いやだ、何どうしても此縁このえんにつながれて、これからの永世ながらくを光ひかりも無ない中うちに暮くらすのかしら、厭いやな事ことの、情なさけない身みと此このやうな事ことを思おもふて、人ひとはお目出めでたうと言いふて呉くれても私わたしは少すこしも嬉うれしいとは思おもはず、只々たゞ〱自分じぶんの身みの次第しだいに詰つまらなくなるをばかり悲かなしい事ことに思おもひました。

それですが彼あの時分じぶんの私わたしの地位ちゐに他ほかの人ひとを置おいて御覽ごらうじろ、それは何どんな諦あきらめのよい悟さとつたお方かたにしたところが、是非ぜひ此世このよの中なかは詰つまらない面白おもしろくないもので、隨分ずゐぶんとも酷ひどい、つれない、天道樣てんたうさまは是ぜか非ひかなどゝいふ事ことが、私わたしの生意氣なまいきの心こゝろからばかりでは有ありますまい、必かならず、屹度きつと、何方どなたのお口くちからも洩もれずには居をりますまい、私わたしは自分じぶんに少すこしも惡わるい事ことは無ない、間違まちがつた事ことはして居ゐないと極きめて居をりましたから、すべての衝突しようとつを旦那だんなさまのお心こゝろ一ひとつから起おこる事こととして仕舞しまつて、遮二無二しやにむに旦那だんなさまを恨うらみました、又また斯かういふ旦那だんなさまを態わざと見みたてゝ私わたしの一生いつしやうを苦くるしませて下くださるかと思おもふと實家じつかの親おや、まあ親おやです、それは恩おんのある伯父樣をぢさまですけれども其人そのひとの事ことも恨うらめしいと思おもひまするし、第一だいいち犯をかした罪つみも無ない私わたし、人ひとの言いふなり温順おとなしう嫁入よめいつて來きた私わたしを、自然しぜんと此樣こんな運うんに拵こしらへて置おいて、盲者めくらを谷たにへ擠つきおとすやうな事ことを遊あそばす、神樣かみさまといふのですか何なんですか、其方そのかたが實じつに恨うらめしい、だから此世このよは厭いやなものと斯かう極きめました。

負まけない氣きといふはいゝ事ことで、あれで無なくてはむづかしい事ことを遣やりのける譯わけには行ゆかぬ、ぐにや〱柔やはらかい根性こんじやうばかりでは何時いつも人ひとが海鼠なまこのやうだと斯かう仰おつしやるお方かたもありまするけれど、それも時ときと場合ばあひによつたもので、のべつに勝氣かちきを振廻ふりまはしても成なりますまい、其そのうちにも女をんなの勝氣かちき、中なかへつゝんで諸事しよじを心得こゝろえて居ゐたら宜よいかも知しれませぬけれど、私わたしのやうな表おもてむきの負まけるぎらひは見みる人ひとの目めからは淺あさましくもありましやう、つまらぬ妻つまを持もつたものだといふ感かんは良人をつとの方はうに却かへつて多おほくあつたので御座ござりましやう、で御座ございますけれど私わたしに其時そのとき自分じぶんを省かへりみる考かんがへは出でませぬゆゑ、良人をつとのこゝろを察さつする事ことは出來できませぬ、厭いやな顏かほを遊あそばせば、それが直すぐ氣きに障さはりまするし、小言こごとの一ひとつも言いはれましやうなら火ひのやうに成なつて腹はらだゝしく、言葉返ことばがへしはつひしか爲しませんかつたけれど、物ものを言いはず物ものを喰たべず、隨分ずゐぶん婢女をんなどもには八やつ當あたりもして、一日いちにち床とこを敷しいて臥ふせつて居ゐた事ことも一度いちどや二度にどでは御座ござりませぬ、私わたしは泣虫なきむしで御座ございますから、その強情がうじやうの割合わりあひに腑甲斐ふがひないほど掻卷かいまきの襟えりに喰くひついて泣なきました、唯々たゞ〱口惜くやし涙なみだなので、勝氣かちきのさせる理由わけも無ない口惜くやし涙なみだなのでした。

嫁入よめいつたは三年さんねんの前まへ、其當座そのたうざは極ごく仲なかもよう御座ございましたし雙方さうはうに苦情くじやうは無なかつたので御座ございますけれど、馴なれるといふは好よい事ことの惡わるい事ことで、お互たがひ我わがまゝの生地きぢが出でて參まゐります、諸慾しよよくが沸わくほど出でて參まゐりますから、それは〱不足ふそくだらけで、それに私わたしが生意氣なまいきですものだからつひ〱心安こゝろやすだてに旦那だんなさまが外そとで遊あそばす事ことにまで口くちを出だして、何どうも貴郎あなたは私わたしにかくし立だてを遊あそばして、外そとの事ことといふと少すこしも聞きかせて下くださらぬ、それはお隔へだて心ごゝろだと言いつて恨うらみますると、何なにそんな水臭みづくさい事ことはしない、何なにも彼かも聞きかせるではないかと仰おつしやつて相手あひてにせずに笑わらつていらつしやるのです、あり〱隱かくしてお出遊いであそばすのは見みえすいて居をりますし、さあ私わたしの心こゝろはたまりません、一ひとつを疑うたがひ出だすと十とうも二十にじふも疑うたがはしくなつて、朝夕旦暮あけくれ〱あれ又またあんな嘘うそと思おもふやうになり、何なんだか其處そこが可笑をかしくこぐらかりまして、何どうしても上手じやうずに思おもひとく事ことが出來できませんかつた、今いまおもふて見みると成なるほど隱かくしだても遊あそばしましたらう、何なんと言いつても女をんなですもの口くちが早はやいに依よつてお務つとめ向むきの事ことなどは話はなしてお聞きかせ下くださるわけには行ゆきますまい、現げんに今いまでも隱かくしていらつしやる事ことは夥おびたゞしくあります、それは承知しようちで、たしか左樣さうと知しつて居をりまするけれど今いまは少すこしも恨うらむ事ことをいたしません、なるほど此話このはなしを聞きかして下くださらぬが旦那樣だんなさまの價値しんしやうで、あれ位くらゐ私わたしが泣ないても恨うらんでも取合とりあつて下くださらなかつたは旦那樣だんなさまのおえらいので、あの時代じだいのやうな蓮葉はすはな私わたしに萬一まんいちお役所やくしよの事ことでも聞きかして下くださらうなら、どのやうの詰つまらぬ事ことを仕出來しでかすか、それでなくてさへ隨分ずゐぶん出入でいりの者ものの手てなどを假かりて、私わたしの手てもとまで怪あやしい遣つかひ物ものなどをよこして、斯かういふ事情じじやうで酷ひどく難儀なんぎをして居をります、此裁判このさいばんの判決次第はんけつしだいで生死しやうしの分わけ目めに成なりますなどゝ言いつて、原告げんこくだの被告ひこくだのといふ人ひとが頼たのみ込こんで來きたも多おほくあつたれど、それを私わたしが一切いつさい受附うけつけなかつたは、山口昇やまぐちのぼるといふ裁判官さいばんくわんの妻つまとして、公明正大こうめいせいだいに斷ことわつたのでは無なく、家内うち〱の揉もめて居ゐるに其そのやうの事ことを言いひ出だす餘地よちもなく、言いつて面白おもしろくない御挨拶ごあいさつを聞きくよりか默だまつて居ゐた方はうがよつぽど洒落しやれて居ゐるといふ位くらゐな考かんがへで、幸さいはひに賄賂わいろの汚けがれは受うけないで濟すんだけれど、隔へだては次第しだいに重かさなるばかり、雲霧くもきりがだんだんと深ふかくなつて、お互たがひの心こゝろの分わからないものに成なりました、今いま思おもへばそれは私わたしから仕向しむけたので、私わたしの仕樣しやうが惡わるかつたに相違無さうゐなく旦那樣だんなさまのお心こゝろを何時いつとは無なしにぐれさせましたは私わたしが心こゝろの行ゆき方かたが違ちがつた故ゆゑと今いまではつく〲後悔こうくわいの涙なみだがこぼれまする。

絶頂ぜつちやうに仲なかの惡わるかつた時ときは、二人ふたりともに背そむき背そむきで、外そとへいらつしやるに何處どこへと問とふた事ことも無なければ、行先ゆくさきをいひ置おかれる事ことも無ない、お留守るすに他處よそからお使つかひが來くれば、どんな大至急だいしきふ要用えうようでも封ふうといふを切きつた事ことは無なく、妻つまとは言いへ木偶でくのばうがお留守居るすゐして居ゐるやうに受取うけとり一通いつゝうで追拂おひはらつて、それは冷淡れいたんに投なげて置おいたものなれば、旦那だんなさまの御立腹ごりつぷくは言いはでもの事こと、はじめは小言こごとを仰おつしやつたり、異見いけんを遊あそばしたり、諭さとしたり、慰なぐさめたり遊あそばしたのなれど、いかにも私わたしの強情がうじやうの根ねが深ふかく、隱かくしだてを遊あそばすといふを楯たてに取とつて、ちつとやそつとの優やさしい言葉ことばぐらゐでは動うごきさうにもなく執拗すねぬきしほどに、旦那だんなさま呆あきれて手てをば引ひき給たまふ、まだ家内うち〱に言葉ことばあらそひの有あるうちはよきなれども、物言ものいはず睨にらめ合あふやうに成なりては、屋根やねあり、天井てんじやうあり、壁かべのあると言いふばかり、野宿のじゆくの露つゆの哀あはれさにまさつて、それは冷つめたい情なさけない、こぼれる涙なみだの氷こほらぬが不思議ふしぎで御座ござります。

思おもへば人ひとは自分勝手じぶんかつてなもので、よい時ときには何事なにごとの思おもひ出だしも有ありませぬけれど、苦くるしいの、厭いやのと言いふ時ときに限かぎつて、以前いぜんあつた事ことか、これから迎むかへる事ことについてか、大層たいそうよさゝうな、立派りつぱさうな、結構けつこうらしい、事ことばかり思おもひます、左樣さういふ事ことを思おもふにつけて現在げんざいの有ありさまが厭いやで厭いやで、何どうかして此中このなかをのがれたい、此絆このきづなを斷たちたい、此處こゝさへ離はなれて行いつたならば何どんな美うつくしく良いい處ところへ出でられるかと、斯かういふ事ことを是非ぜひとも考かんがへます、で御座ございますから、私わたしも矢張やつぱりその通とほりの夢ゆめにうかれて、此樣こんな不運ふうんで畢をはるべきが天縁てんえんでは無ない、此家こゝへ嫁入よめいりせぬ以前いぜん、まだ小室こむろの養女やうぢよの實子じつしで有あつた時ときに、いろ〱の人ひとが世話せわをして呉くれて、種々いろ〱の口々くち〲を申込まうしこんで呉くれた、中なかには海軍かいぐんの潮田うしほだといふ立派りつぱな方かたもあつたし、醫學士いがくしの細井ほそゐといふ色白いろじろの人ひとにも極きまりかゝつたに、引違ひきちがへて旦那樣だんなさまのやうな無口むくちさまへ嫁入よめいつて來きたは何どうかいふ一時いちじの間違まちがひでもあらう、此間違このまちがひを此このまゝに通とほして、甲斐かひのない一生いつしやうを送おくるは眞實しんじつ情なさけない事ことと考かんがへられ、我身わがみの心こゝろをため直なほさうとはしないで人ひとごとばかり恨うらめしく思おもはれました。

其そのやうな詰つまらぬ考かんがへを持もつて、詰つまらぬ仕向しむけを致いたしまする妻つまへ、何どのやうな結構けつこうな人ひとなればとて親切しんせつで對むかはれましやうか、お役所やくしよから退ひけてお歸かへり遊あそばすに、お出でむかへこそ規則通きそくどほり致いたしまするけれど、さし向むかつては一言ひとことの打うちとけたお話はなしも申上まをしあげず、怒おこるならお怒おこりなされ、何なにも御隨意ごずゐいと木きで鼻はなをくゝるやうな素振そぶりをして居ゐますに、旦那だんなさま堪たへかねて、ふいと立たつて家うちをば御出おであそばさるゝ、行先ゆくさきは何いづれも御神燈ごじんとうの下したをくゞるか、待合まちあひの小座敷こざしき、それをば口惜くちをしがつて私わたしは恨うらみぬきましたけれど眞しんの處ところを言いへば、私わたしの御機嫌ごきげんの取とりやうが惡わるくて、家いへのうちには不愉快ふゆくわいで居ゐたゝまれないからのお遊あそび、こんな事ことをして良人をつとを放蕩はうたうに仕しあげて仕舞しまふたのです、良人をつとは美事みごと家うちを外そとにするといふ道樂者だうらくものに成なつて仕舞しまひました。

旦那だんなさまだとて金滿家きんまんかの息子株むすこかぶが藝人げいにんたちに煽動おだてられて、無我夢中むがむちゆうに浮うかれ立たつとは事ことが違ちがふて心底しんそこおもしろく遊あそんだのではありますまい、いはゞ疳癪かんしやく抑おさへ、憂うさ晴はらしといふやうな譯わけで、御酒ごしゆをめし上あがつたからとて快こゝろよくくお醉ゑひになるのではなく、いつも蒼あをざめた顏かほを遊あそばして、何時いつも額際ひたひぎはに青あをい筋すぢが顯あらはれて居をりました。

物ものいふ聲こゑがけんどんで荒あららかで、假初かりそめの事ことにも婢女をんなたちを叱しかり飛とばし、私わたしの顏かほをば尻目しりめにお睨にらみ遊あそばして小言こごとは仰おつしやらぬなれども其そのお氣きむづかしい事ことと言いふては、現在いまの旦那樣だんなさまが柔和にうわの相さうとては少すこしも無なく、恐おそろしい凄すごい、にくらしいお顏かほつき、其その方かたの側そばに私わたしが憤怒ふんぬの相さうで控ひかへて居ゐるのですから召使めしつかひはたまりません、大方おほかた一月ひとつきに二人ふたりづゝは婢女はしたは替かはりまして、其都度そのつど紛失物ふんしつものが出來できますやら品物しなものの破損はそんなどは夥おびたゞしい事ことで、何どうすれば此樣こんなに不人情ふにんじやうの者ものばかり寄合よりあふのか、世間一體せけんいつたいが此樣このやうに不人情ふにんじやうなものか、それとも私わたし一人ひとりを歎なげかせやうといふので、私わたしの身みに近ちかい者ものとなると悉こと〲く不人情ふにんじやうに成なるのであらうか、右みぎを向むいても左ひだりを向むいても頼たのもしい顏かほをして居ゐるは一人ひとりも無ない、あゝ厭いやな事ことだと捨すてばちになりまして、逢あふほどの人ひとに愛想あいそをしやうでもなく、旦那樣だんなさまの御同僚ごどうれうなどがお出いでになつた時分じぶんも御馳走ごちそうはすべて旦那だんなさまのお指圖さしづ無ないうちは手出てだしをもした事ことはなく、座敷ざしきへは婢女をんなばかり出だして私わたしは齒はが痛いたいの頭痛づつうのと言いつて、お客きやくの有無あるなしにかゝはらず勝手氣儘かつてきまゝの身持みもちをして呼よばれましたからとて返事へんじをしやうでもない、あれをば他人ひとは何なんと見みましたか、定さだめし山口やまぐちは百年ひやくねんの不作ふさくだとでも評ひやうして、妻つまたる者ものの風上かざかみへも置おかれぬ女をんなと言いはれましてしやう。

あの頃ころ旦那だんなさまが離縁りえんをやると一言ひとこと仰おつしやつたが最期さいご、私わたしは屹度きつと何事なにごとの思慮しりよもなく暇いとまを頂いたゞいて、自分じぶんの身みの不都合ふつがふは棚たなへ上あげて、此樣こんな不運ふうんな、情なさけない、口惜くちをしい身みと天てんが極きめてお置おきなさるなら、何どうでも宜よろしい、何なんとなり遊あそばしませ、私わたしは私わたしの考かんがへ通とほりな事ことして、惡わるければ惡わるくなれ、萬一まんいちよければそれこそ儲まうけ物ものといふやうな無茶苦茶むちやくちやの道理だうりを附つけて、今頃いまごろ私わたしは何なにに成なつて居ゐましたか、思おもへば身みぶるひが出でます、よく旦那樣だんなさまは思おもひ切きつた離縁沙汰りえんざたを遊あそばさずに、能ようも私わたしを取止とりとめて置おいて下くださつた、それはお疳癪かんしやくの募つのつて生なまやさしい離縁りえんなどをお出だしなさるより何時いつまでも檻をりの中なかへ置おいて苦くるしませてやらうといふお考かんがへであつたか其處そこは解わからぬなれども、今いまでは私わたしは何事なにごとの恨うらみも無ない、旦那だんなさまへ對たいして何事なにごとの恨うらみも無ない、あのやうに苦くるしませて下くださつた故ゆゑ今日けふの樂たのしみが樂たのしいので、私わたしがいくらか物ものの解わかるやうに成なつたもあゝいふ中なかを經へた故ゆゑであらう、それを思おもふと私わたしの爲ために仇敵あだといふ人ひとは一人ひとりも無なくて、あの輕忽そゝくさとこましやくれて世間せけんへ私わたしの身みのあらを吹聽ふいちやうして歩あるいたといふ小間こまづかひの早はやも、口返答くちへんたふばかりして役やくたゝずであつた御飯ごはんたきの勝かつも、みんな私わたしの恩人おんじんといふて宜よい、今いまこのやうに好いい女中ぢよちゆうばかり集あつまつて、此方こちの奧樣おくさまぐらゐ人ひとづかひの宜いい方かたは無ないと嘘うそにも喜よろこんだ口くちをきかれるは、彼あの人達ひとたちの不奉公ぶほうこうを私わたしの心こゝろの反射はんしやだと悟さとつたからの事こと、世間せけんに當あてもなく人ひとを苦くるしめる惡黨あくたうもなければ、神樣かみさまだとて徹頭徹尾てつとうてつび惡わるい事ことの無ない人ひとに歎なげきを見みせるといふ事ことは遊あそばすまい、何故なぜならば、私わたしのやうに身みの廻まはりは悉こと〲く心得こゝろえちがひばかりで出來上できあがつて、一ひとつとして取柄とりえの無ない困こまり者ものでも、心こゝろとして犯をかした罪つみが無ないほどに、これ此樣このやうな可愛かあいらしい美うつくしい、此坊このばうやをたしかに授さづけて下くださつたのですもの。

此坊このばうやの生うまれて來こやうといふ時分じぶん、まだ私わたしは雲霧くもきりにつゝまれぬいて居ゐたのです、生うまれてから後のちも容易よういには晴はれさうにもしなかつたのです、だけれども可愛かあいい、いとしい、といふ事ことは産聲うぶごゑをあげた時ときから何故なにゆゑとなく身みにしみて、いろ〱負まけ惜をしみも言いひましやうけれど、そつくり誰たれかゞ持もつて行ゆくとでも成なつたら私わたしは強情がうじやうを捨すてゝ取とりついて、此子このこは誰たれにも指ゆびもさゝせぬ、これは私わたしの物ものと抱だきしめたで御座ござりましやう。

旦那だんなさまの思おもひも、私わたしの思おもひも同おなじであるといふ事ことは此子これが抑そもそも教をしへて呉くれたので、私わたしが此子これをば抱だきしめて、坊ばうは父樣とうさまの物ものぢやあ無ない、お前まへは母樣かあさま一人ひとりのだよ、母かあさまが何處どこへ行ゆくにしろ坊ばうは必かならず置おいては行ゆかない、私わたしの物ものだ私わたしのだとて頬ほゝを吸すひますと何なんとも言いはれぬ解とけるやうな笑顏ゑがほをして、莞爾々々にこ〱とします樣子やうすの可愛かあいい事こと、とても〱旦那樣だんなさまのやうな邪慳じやけんの方かたのお子こではない、これは私わたし一人ひとりの物ものだと斯かう極きめて居ゐまするに、旦那だんなさまが他處よそからでもお歸かへりになつて、不愉快ふゆくわいさうなお顏かほつきで此子これの枕まくらもとへお坐すわり遊あそばして、覺束おぼつかない手てつきに風車かざぐるまを立たてゝ見みせたり、振ふりつゞみなどを振ふつてお見みせなされ、一家いつかの内うちに我われを慰なぐさめるは坊主ばうず一人ひとりだぞとあの色いろの黒くろいお顏かほをお摺すり寄よせ遊あそばすと、泣なくかしら恐おそろしがるかしらと見みて居ゐますに、いかにも嬉うれしい顏かほをして莞爾々々にこ〱と私わたしに見みせた通とほりの笑ゑみを見みせるでは御座ございませぬか、或時あるとき旦那だんなさまは、髯ひげをひねつてお前まへも此子このこが可愛かあいいかと仰おつしやいました、當然あたりまへで御座ございます、とてつんと致いたして居をりますと、それではお前まへも可愛かあいいなと例いつもに似にぬ戲言おどけを仰おつしやつて、高聲たかごゑの大笑おほわらひを遊あそばした其そのお顏かほ、此子これが面おもざしに爭あらそはれないほど似にた處ところが御座ございました、私わたしは此子これが可愛かあいいのですもの、何どうして旦那樣だんなさまを憎にくみ通とほせましやう、私わたしが善よくすれば旦那だんなさまも善よくして下くださります、たとへには三歳兒みつごに淺瀬あさせと言いひますけれど、私わたしの身みの一生いつしやうを教をしへたのはまだ物ものを言いはない赤あかん坊ばうでした。

底本 / Source edition

底本:「樋口一葉全集第二卷」新世社
1941(昭和16)年7月18日発行
1942(昭和17)年4月10日再版
底本の親本:「校訂一葉全集」博文館
1897(明治30)年1月9日発行
1897(明治30)年6月再版
初出:「日本之家庭」
1896(明治29)年1月
※編者による脚注は削除しました。
入力:万波通彦
校正:Juki
2014年9月12日作成
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リリース / Release
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TEI
/works/055669_000064/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/055669_000064/

樋口 一葉「この子」(旧字旧仮名)、底本『樋口一葉全集第二卷』新世社、1941年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055669_000064, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite