Soranoha

別れ霜

わかれじも

樋口 一葉

第一囘

莊子さうしが蝶てふの夢ゆめといふ世よに義理ぎりや誠まことは邪魔じやまくさし覺さめ際ぎはまではと引ひきしむる利慾りよくの心こゝろの秤はかりには黄金こがねといふ字じに重おもりつきて増ます寶たからなき子寶こだからのうへも忘わするゝ小利せうり大損だいそんいまに初はじめぬ覆車ふくしやのそしりも我わが梶棒かぢぼうには心こゝろもつかず握にぎつて放はなさぬ熊鷹主義くまたかしゆぎに理窟りくつはいつも筋違すぢちがひなる内神田うちかんだ連雀町れんじやくちやうとかや、友とも囀さへづりの喧かしましきならで客足きやくあししげき呉服店ごふくみせあり、賣うれ口くちよければ仕入しいれあたらしく新田につたと呼よぶ苗字めうじそのまゝ暖簾のれんにそめて帳場格子ちやうばがうしにやに下さがるあるじの運平うんぺい不惑ふわくといふ四十男しじふをとこ赤あから顏がほにして骨ほねたくましきは薄醤油うすじやうゆの鱚きす鰈かれひに育そだちて世よのせち辛がらさなめ試こゝろみぬ附つけ渡わたりの旦那だんな株かぶとは覺おぼえざりけり、妻つまはいつ頃ごろなくなりけん、形見かたみに娘むすめ只一人たゞひとり親おやに似にぬを鬼子おにことよべど鳶とびが産うんだるおたかとて今年ことし二八にはちのつぼみの花色はないろゆたかにして匂にほひ濃こまやかに天晴あつぱれ當代たうだいの小町こまち衣通そとほりひめと世間せけんに出ださぬも道理だうりか荒あらき風かぜに當あたりもせばあの柳腰やなぎごしなにとせんと仇口あだぐちにさへ噂うはさし連つれて五十ごとう稻荷いなりの縁日えんにちに後姿うしろすがたのみも拜はいし得えたる若わかものは榮譽えいよ幸福かうふく上うへやあらん卒業そつげふ試驗しけんの優等證いうとうしようは何なんのものかは國曾議員こくくわいぎゐんの椅子いすにならべて生涯しやうがいの希望きばうの一ひとつに數かぞへいるゝ學生がくせいもありけり、さればこそ一ひとたび見みたるは先まづ驚おどろかれ再ふたゝび見みたるは頭かしらやましく駿河臺するがだいの杏雲堂きやううんだうに其頃そのころ腦病患者なうびやうくわんじやの多おほかりしこと一ひとつに此娘このむすめが原因もととは商人あきうどのする掛直かけねなるべけれど兎とに角かく其美そのびは爭あらそはれず、姿形すがたかたちのうるはしきのみならで心こゝろざまのやさしさ情なさけの深ふかさ絲竹いとたけの道みちに長たけたる上うへに手ては瀧本たきもとの流ながれを吸くみてはしり書がきうるはしく四書五經ししよごけいの角々かど〲しきはわざとさけて伊勢源氏いせげんじのなつかしきやまと文ぶみ明暮あけくれ文机ふづくゑのほとりを離はなさず、さればとて香爐峯かうろほうの雪ゆきに簾みすをまくの才女さいぢよめきたる行おこなひはいさゝかも無なく深窓しんそうの春はる深ふかくこもりて針仕事はりしごとに女性によしやうの本分ほんぶんを盡つくす心懸こゝろがけ誠まことに殊勝しゆしようなりき、家いへに居ゐて孝順かうじゆんなるは出いでて必かならず貞節ていせつなりとか、これが所夫をつとと仰あふがれぬべく定さだまりたるは天下てんかの果報くわはうの一人ひとりじめ前生ぜんしやうの功徳くどくいか許ばかり積つみたるにかと世よにも人ひとにも羨うらやまるゝはさしなみの隣町となりまちに同商中どうしやうちゆうの老舖しにせと知しられし松澤儀右衞門まつざはぎゑもんが一人息子ひとりむすこに芳之助よしのすけと呼よばるゝ優男やさをとこ、契ちぎりは深ふかき祖先そせんの縁えんに引ひかれて樫かしの實みの一人子同志ひとりこどうし、いひなづけの約やく成立なりたちしはお高たかがみどりの振分髮ふりわけがみをお煙草盆たばこぼんにゆひ初そむる頃ころなりしとか、さりとては長ながかりし年月としつき、ことしは芳之助よしのすけもはや廿歳はたち今いま一兩年いちりやうねん經へたる上うへは公おほやけに夫つまとよび妻つまと呼よばるゝ身みぞと想おもへば嬉うれしさに胸むねをどりて友達ともだちの嬲なぶりごとも恥はづかしく、わざと知しらず顏がほつくりながらも潮さす紅くれなゐの我われしらず掩おほふ袖屏風そでびやうぶにいとゞ心こゝろのうちあらはれて今更いまさら泣なきたる事こともあり人ひとみぬひまの手習てならひに松澤まつざはたかとかいて見みて又また塗隱ぬりかくすあどけなさ利發りはつに見みえても未通女氣おぼこぎなり同おなじ心こゝろの芳之助よしのすけも射ゐる矢やの如ごとしと口くちにはいへど待まつ歳月としつきはわが爲ために弦ゆづるたゆみしやうに覺おぼえて明あかし暮くらす程ほどのまどろかしさよ、高殿たかどのに見みる月つきの夕影ゆふべかげを分わかつはいつぞとしのび、花はなの下したふむ露つゆのあした双ならぶる翅つばさの胡蝶こてふうらやましく用事ようじにかこつけて折々をり〱の訪とひおとづれに餘所よそながら見みる花はなの面おもてわが物ものながら許ゆるされぬ一重垣ひとへがきにしみ〲とは物もの言交いひかはすひまもなく兎角とかくうらめしき月日つきひなり隙行ひまゆく駒こまに形かたちもあらば我われ手綱たづなを取とり鞭むちを揚あげていそがさばやとまで思おもひ渡わたりぬ、されども天てんは美人びじんを生うんで美人びじんを惠めぐまず多おほくは良配りやうはいを得えざらしむとかいへり、彌生やよひの花はなは風かぜ必かならずさそひ十五夜じふごやの月つき雲くもかゝらぬはまことに稀まれなり、覺束おぼつかなしや才子さいし佳人かじんかがなべて待まつ歡よろこびの日ひのいつか來くべき、あし分船わけぶねのさはり多おほき世よなればこそ親おやにゆるされ世よにゆるされ彼かれも願ねがひ此これも請こひよしや魔神ましんのうかゞへばとてぬば玉たまの髮かみ一筋ひとすぢさしはさむべき間ひまも見みえぬを若もし此縁このゑにし結むすばれずとせばそは天災てんさいか將はた地變ちへんか。

第二囘

隴ろうを得えて蜀しよくを望のぞむは夫それ人情にんじやうの常つねなるかも、百ひやくに至いたれば千せんをと願ねがひ千せんにいたれば又また萬まんをと諸願しよぐわん休やすむ時ときなければ心こゝろ常つねに安やすからず、つら〱思おもへば無一物むいちぶつほど氣樂きらくなるはあらざるべし、大抵たいていが五十年ごじふねんと定さだまつた命いのちの相場さうば黄金こがねを以もつて狂くるはせる譯わけには行ゆかず、花降はなふり樂がくきこえて紫雲しうんの來迎らいがうする曉あかつきには代人料だいにんれうにて事こと調とゝのはずとは誰たれもかねて知しれたる話はなし、鶴つる千年せんねん龜かめ萬年まんねん人間にんげん常住じやうぢういつも月夜つきよに米こめの飯めしならんを願ねがひ假かりにも無常むじやうを觀くわんずるなかれとは大福だいふく長者ちやうじやと成なるべき人ひとの肝心かんじん肝要かんえうかなめ石いしの固かたく執とつて動うごかぬ所ところなりとか、そも松澤まつざは新田につたらが祖先そせんと聞きこえしは神風かみかぜの伊勢いせの人ひとにて夙つとに大江戸おほえどに志こゝろざしを立たてゝ糶せり呉服ごふくの見みるかげもなかりしが六間間口ろくけんまぐちに黒くろぬり土藏どざう時ときのまに身代しんだいたち上あがりて男をとこの子こ二人ふたりの内うち兄あには無論むろん家いへの相續あととり弟おとゝには母方はゝかたの絶たえたる姓せいを興おこさせて新田につたとは名告なのらすれど諸事しよじは別家べつけの格かくに准じゆんじて子々孫々しゝそん〱の末迄すゑまでも同心どうしん協力けふりよく事ことを處しよし相あひ隔離かくりすべからずといふ遺旨ゐしかたく奉戴ほうたいして代々よゝ交まじはりをかさね來きしが當代たうだいの新田につたのあるじは家いへにつきて血統ちすぢならず一人娘ひとりむすめに入夫にふふの身みなりしかば相あひ思おもふの心こゝろも深ふかからず且かつは利りにのみ走はしる曲者くせものなればかねては松澤まつざはが隆盛りうせいをたのみてあやにかけたる許嫁いひなづけのえにし親おやなり子こなり同舅同士あひやけどうしなり不足ふそくの品しなあらば持もち給たまへと彼方かなたにばかり親切しんせつを盡つくさして引入ひきいれし利りも少すくなからず世よは塞翁さいをうがうまき事ことして幾歳いくとせすぎし朝日あさひのかげ昇のぼるが如ごとき今いまの榮さかゑは皆みな松澤まつざはが庇護かげなるものから喉元のどもとすぐれば忘わするゝ熱あつさ斯かく對等たいとうの地位ちゐに至いたれば目めの上うへの瘤こぶうるさくなりて獨ひとりつく〲案あんずるやう徑けい十町じつちやうを距へだてぬ處ところに同商業どうしやうげふを營いとなむが上うへに彼かれは本家ほんけとて世よの用もちひも重おもかるべく我われとて信用しんよう薄うすきならねど彼方かなたに七分しちぶの益えきある時ときこゝには僅わづかに三分さんぶの利りのみ我わが家いへ繁榮はんえい長久ちやうきうの策さくは彼かれ松澤まつざはの無なきにしかず且かつは娘むすめの容色きりやう世よに勝すぐれたれば是これとても又また一ひとつの金庫かねぐら芳之助よしのすけとのえにし絶たえなば通とほり町ちやうの角かど地面ぢめん持參ぢさんの聟むこもなきにはあらじ一擧兩得いつきよりやうとくとはこれなんめりと思おもふ心こゝろは娘むすめにも祕ひめ同氣どうき求もとむる番頭ばんとうの勘藏かんざうにのみ割わつて明あかせば横手よこてを拍うつて賛成さんせいし主從しゆじゆう日夜にちや額ひたひをあつめて其方法そのはうはふを講かうじ居ゐたりき、時ときなる哉かな松澤まつざははさる歳とし商法上しやうはふじやうの都合つがふに依より新田につたより一時いちじ借かり入いれし二千許にせんばかりの金かねことしは既すでに期限きげんながら一兩年いちりやうねん引ひきつゞきての不景氣ふけいきに流石さすがの老舖しにせも手元てもと豐ゆたかならず殊ことに織元おりもとその外ほかにも仕拂しはらふべき金かねいと多おほければ新田につたは親族しんぞくの間柄あひだがらなり且かつは是迄これまで我わが方かたより立たてかへし分ぶんも少すくなからねばよもや事情じじやう打うちあけて延期えんきを乞こはゞゆるさじと言いひもすまじ他人たにんに内兜うちかぶとを見みすかされ機械仕掛きかいじかけのあやつり身上しんじやう松澤まつざはももう下くだり坂ざかよと囃はやされんは口惜くちをしく脊せなる新田につたは後廻あとまはし腹はらの織元おりもと其他そのほかへ有金ありがね大方おほかた取とりあつめて仕拂しはらひたる噂うはさこそ耳みゝよりのことなれと平生ひごろねらひすませし的まと彼方かなたより延期えんきをいひ出ださぬ間まに、切きつて放はなして急催促きふさいそくに言譯いひわけすべき程ほどもなく忽たちまち表向おもてむきの訴訟沙汰そしようざたとは成なれりける素もと松澤まつざはは數代すだいの家柄いへがら世よの信用しんようも厚あつければ僅々きん〱千せんや二千にせんの金かね何方いづかたにても調達てうたつは出來得できうべしと世人せじんの思おもふは反對うらうへにて玉子たまごの四角しかくまだ萬國博覽曾ばんこくはくらんくわいにも陳列ちんれつの沙汰さたをきかねど晦日みそかに月つきの出でる世よの中なか十五夜じふごやの闇やみもなくてやは奧おくは朦朧もうろうのいかなる手段しゆだんありしか新田につたが畫策くわくさく極きはめて妙めうにしていさゝかの融通ゆうづうもならず示談じだんを請こはゞやと奔走ほんそうせしかどそれすらも調とゝのはずして新田につたは首尾しゆびよく勝かちを制せいし凱歌かちどきの聲こゑいさましく引揚ひきあげしにそれとかはりて松澤まつざはが周章狼狽しうしやうらうばいまこと寐耳ねみゝに出水でみづの騷動さうどうおどろくといふ暇ひまもなく巧たくみに巧たくみし計略けいりやくに爭あらそふかひなく敗訴はいそとなり家藏いへくらのみか數代すだい續つゞきし暖簾のれんまでも皆みなかれが手てに歸きしたれば木きより落おちたる山猿同樣やまざるどうやうたのむ木蔭こかげの雨森新七あめもりしんしちといふ番頭ばんとうの白鼠しろねづみ去年きよねん生國しやうこくへ歸かへりし後のちは十露盤玉そろばんだまと筆先ふでさきに帳尻ちやうじりつくろふ溝鼠どぶねづみのみなりけん主家しゆか一大事いちだいじの今日こんにちも申合まをしあはせたるやうに富士見ふじみ西行さいぎやうきめ込こみ見返みかへるものさへあらざれば無念むねんの涙なみだを手荷物てにもつにして名なのみ床ゆかしき妻戀坂下つまこひざかした同朋町どうぼうちやうといふ處ところに親子おやこ三人みたり雨露あめつゆを凌しのぐばかりの家いへを借かりて辛からく膝ひざをば入いれたりけり、海うみならず山やまならぬ人世じんせいの行路かうろ難なん今いま初はじめて思おもひ當あたり淵瀬ふちせことなる飛鳥川あすかがはの明日あすよりは何なにとせん、もと富家ふかに人ひととなりて柔弱にうじやくにのみ育そだちし身みは是これと覺おぼえし藝げいもなく手てに十露盤そろばんは取とりならへど物ものに當あたりし事ことなければ時ときの用ようには立たちもせず坐ざして喰くらへば空むなしくなる山高帽子やまたかばうし半靴はんぐつと明日きのふかざりし身みの廻まはりも一ひとつ賣うり二ふたつ賣うりはては晦日みそかの勘定かんぢやうさへ胸むねにつかふる程ほどにもなりぬ。

第三囘

一人並いちにんなみの男をとこになりながら何なんの腑甲斐ふがひない車夫しやふ風情ふぜいにまで落魄おちぶれずともの事こと外ほかに仕樣しやうのあらうものをと大言たいげん吐はきし昔むかしの心こゝろの恥はづかしさよ誰たれが好このんで牛馬ぎうばの代かはりに油汗あぶらあせながし塵埃ぢんあいの中なか馳はせ廻めぐるものぞ仕樣しやう模樣もやうの竭つきはてたればこそ恥はじも外聞ぐわいぶんもなひまぜにからめて捨すてた身みのつまり無念むねんも殘念ざんねんも饅頭笠まんぢうがさのうちに包つゝみて參まゐりませうと聲こゑ低びくに勸すゝめる心こゝろいらぬとばかりもぎだうに過すぎ行ゆく人ひとそれはまだしもなりうるさいはと叱しかりつけられて我知われしらずあとじさりする意氣地いくぢなさまだ霜しもこほる夜嵐よあらしに辻待つじまちの提燈ちやうちんの火ひの消きえかへる迄まで案あんじらるゝは二親ふたおやのことなり馴なれぬ貧苦ひんくに責せめらるゝと懷舊くわいきうの情じやうのやる方かたなさとが老體らうたいの毒どくになりてや涙なみだがちに同おなじやうな煩わづらひ方かたそれも御尤ごもつともなり我われさへ無念むねんに膓はらわたの沸にえ納をさまらぬものを胸むねさける程ほどにも思召おぼしめすなるべし憎にくきは新田につたなり恨うらめしきは運平うんぺいなりよしや血ちをすゝり肉しゝむらをつくすとも饜あきたるべき奴やつならずと冷凍ひえこほる拳こぶし握にぎりつめて當處あてどもなしに睨にらみもしつ思おもひ返かへせばそれも愚痴ぐちなり恨うらみは人ひとの上うへならず我われに男をとこらしき器量きりやうあらば是これ程ほどまでには窮きゆうしもすまじアヽと歎たんずれば吐つく息いきしろく見みえて身みを切きる夜風よかぜに破やぶれ屏風びやうぶの内うち心配しんぱいになりて絞しぼつて歸かへるから車財布ぐるまざいふのものゝ少すくなき程ほど苦勞くらうのたかの多おほくなりてまたぐ我家わがやの閾しきゐの高たかさ、アヽお歸かへりかと起返おきかへる母はゝ、お父とつさんは御寢げしなツてゞすかさぞ御不自由ごふじいうで御座ございましたらう何なにもお變かはりは御座ございませんかと裏問うらとふ心こゝろは疵きずもつ足あし、オヽお前まへの留守るすに差配さはいどのが見みえられてといひさしてしばたゝく瞼まぶたの露つゆ白岡鬼平しらをかきへいといふ有名いうめいの無慈悲むじひもの惡鬼あくきよ羅刹らせつよと蔭口かげぐちするは澁團扇しぶうちはの縁えんはなれぬ店子共たなこどもが得手勝手えてがつて家賃やちん奇麗きれいに拂はらひて盆暮ぼんくれの砂糖袋さたうぶくろ甘あまき汁しるさへ吸すはし置おかば下さぐる目尻めじりと諸共もろともに眉毛まゆげの名なによぶ地藏顏ぢざうがほにも見みゆべけれど、今いまの身みの上うへには憎にくくし剛慾がうよくもの事情じじやうあくまで知しりぬきながら知しらず顏がほの烟草たばこふか〱身みに過あやまりあればこそ疊たゝみに額ひたひほり埋うづめて歎願たんぐわんも吹出ふきいだす烟けむりの輪わと消けして、言譯いひわけきく耳みゝはなし家賃やちんをさめるか店たなを明あけるか道みちは二ふたつぞ何方どちらにでもなされとぽんとはたく其その煙管きせるで打うちわつてやりたい面つらがまち目的もくてきなしに今日けふまでと日ひを延のべしは重々ぢゆう〱此方こなたが惡わるけれど母上はゝうへとらへて何なに言いひ居をつたかお耳みゝに入いれまいと思おもへばこそ樣々さま〲の苦勞くらうもするなれさらでもの御病氣ごびやうきにいとゞ重おもさを添そへたやうなものはて困こまつたと言いひはせで低頭うつぶく心こゝろ思案しあんにくれぬ、差配さはいどのが見みえられてと母はゝは詞ことばを繰返くりかへして何なにか譯わけは知しらねど今直いますぐに此家こゝを立たて一寸いつすんの猶豫ゆうよもならぬとそれは〱畫ゑにもかゝれぬ談だんじやうお前まへにも料簡れうけんあることゝやうやうに言延いひのべて歸かへります迄までと頼たのんでは置おいたれどマアどうしたら宜よからうか思案しあんして見みてくだされと小聲こごゑながらもおろ〱涙なみだお案あんじなされますな何どうにかなります今夜こんやは大分だいぶ更ふけましたから明日あした早々さう〱出向でむきまして談合はなしあひをつけませうナニ少すこしの行違ゆきちがひでそれほどの事ことでは御座ございませんと我わが親おやにまでいつはるとはさても後のちのよ恐おそろしゝ、寢ねぬに明あくる夜明よあけ烏がらすもこうと鳴なきて反哺はんぽの教をしへとなるものを生甲斐いきがひなや五尺ごしやくの身みに父母ふぼの恩おん荷になひ切きれずましてや暖簾のれんの色いろむかしに染そめかへさんはさて置おきて朝四暮三てうしぼさんのやつ〱しさにつく〲浮世うきよいやになりて我身わがみ捨すてたき折々をり〱もあれど病勞やみつかれし兩親ふたおやの寢顏ねがほさし覗のぞくごとに我われなくば何なんとし給たまはん勿體もつたいなしと思おもひ返かへせど沸わくは涙なみだか藥鍋くすりなべの下した炭火ずみびとろ〱と消きえ勝がちの生計くらしとて良醫りやういの手てにもかゝられねば見みす〱重おもり行ゆく心こゝろぐるしさよ思おもへば天てんも地ちも神かみも佛ほとけも我爲わがためには皆みな仇あだか今いまこの場合ばあひを見みすぐしにするとは何なんの事ことぞ新田につたこそ運平うんぺいこそ大惡人だいあくにんの骨頂こつちやうなれ娘むすめばかりはよもやと思おもへどそれもこれも心こゝろの迷まよひか姿すがたこそ詞ことばこそやさしけれ瓜うりの蔓つるに生ならぬ茄子なすび父親てゝおやと同おなじ心こゝろになつて今いまの我身わがみに愛想あいそが盡つきて、人傳ひとづての文ふみ一通いつつうそれすらもよこさぬとは外面げめん如菩薩によぼさつ、内心ないしんはあれも如夜叉によやしやめ。

第四囘

他人ひとはとまれお前まへさまばかりは高たかが心こゝろ御存ごぞんじと思おもふたは空そらだのめか情なさけないお詞ことばお前まへさまと縁えんきれて生存ながらへる私わたしと思召おぼしめすか恨うらみを申まをさば其そのお心こゝろが恨うらみなり父樣とゝさまが惡計わるだくみそれお責せめ遊あそばすにお答こたへの詞ことばもなけれど其そのくやしさも悲かなしさもお前まへさまに劣おとることかは人知ひとしらぬ夜よの家具やぐの襟えり何故なにゆゑにぬるゝものぞ涙なみだに色いろのもしあらば此袖このそでひとつにお疑うたがひは晴はれやうもの一ひとつ穴あなの獸けものとは餘あまりの仰おほせつもりても御覽ごらんぜよ繋つながれねど身みは籠かごの鳥とりも同おなじこと風呂屋ふろやに行ゆくも稽古けいこごとも一人ひとりあるきゆるされねば御目おめにかゝる折をりもなく文ふみあげたけれど御住所おところ誰たれに問とひもならず心こゝろにばかり泣ないて泣ないて居をりましたを薄情はくじやうもの義理ぎりしらずと押おしくるめてのお詞ことばお道理だうりなれど御無理ごむりなり此身このみ一ひとつに科とががあらば打うたれもせん突つかれもせん膝ひざともといふ談合相手だんがふあひてに遊あそばしてよと涙なみだながら控ひかへる袂たもとを鋭するどく拂はらつてお高たかどの詞ことばばかりは嬉うれしけれど眞實まことやら何なにやら心こゝろまで見みる目めは芳之助よしのすけあやにく持もたず父御てゝごの心こゝろも大方おほかたは知しれてあり甲斐性かひしよなしの我われ嫌いやになりて縁えんの絶たちどが無なさに計略三昧けいりやくざんまいかゝりし我等われらは罠わなのうちの獸けものぞ手てを打うつて笑わらはるゝ筈はずを何なんの涙なみだお化粧つくりがはげては氣きの毒どくなり牛うしに乘換のりかへるうまき話はなしも内々ない〱は有あることならんを家藏持參いへくらぢさんの業平男なりひらをとこに見みせ給たまふ顏かほ我等われらづれに勿體もつたいなしお退のきなされよ見みたくもなしとつれなしや後うしろむき憎にくらしき事ことの限かぎり並ならべられても口惜くちをしきはそれならず解とけぬ心こゝろにあらはれぬ胸むねうらめしく君樣きみさまこそは何なんとも思召おぼしめすまじけれど物ものごゝろ知しる其頃そのころよりさま〲のこと苦勞くらうにして身みだしなみ物もの學まなび彼あれか此これかお氣きに入いりたや飽あかれまじと心こゝろのたけは君樣故きみさまゆゑに使つかはれて片時かたとき安やすき思おもひもせずお友達ともだち遊あそびも芝居しばゐ行ゆきもお嫌きらひと知しれば大方おほかたは斷ことわりいふて僻物ひがものと笑わらはれしは誰たれの爲ためをさな遊あそびの昔むかしは知しらず睦むつまじき中なかにも恥はづかしさが楯たてに成なりて思おもふこと思おもふまゝにも得えいはざりしを淺あさき心こゝろと思召おぼしめすか假令たとひどのやうな事ことあればとて仇あだし人びとに何なんのその笑顏わらひがほ見みせてならうことかは山やまほどの恨うらみも受うくる筋すぢあれば詮方せんかたなし君樣きみさまに愛想あいさうつきての計略たくみかとはお詞ことばながら餘あまりなり親おやにつながるゝ子こ罪つみは同おなじと覺悟かくごながら其名そのなばかりはゆるし給たまへよしや父樣とゝさまにどのやうなお憎にくしみあればとて渝かはらぬ心こゝろの私わたしこそ君樣きみさまの妻つまなるものを何なにとげ〱しい他人たにんあしらひ聞きこえぬお心こゝろやといひたさを押おさゆる涙なみだ袖そでに置おきてモシと止とめれば振拂ふりはらふ羽織はおりのすそエヽ何なにさるゝ邪魔じやまくさし我われはお前まへさまの手遊てあそびならずお伽とぎになるは嬉うれしからず其方そなたは大家たいけの娘御むすめご暇ひまもあるべしその日暮ひぐらしの身みは時間じかんもをしく誰たれぞ相手あひてをお探さがしなされと振ふりはらへば又またすがり芳よしさまそれは御眞實ごしんじつかと見上みあぐる面おもて睨にらみかへして嘘うそいつはりはお前まへさまなどのなさること義理人情ぎりにんじやうのある世よならよもやと思おもふ生正直きしやうぢきから飼かひ犬いぬ同樣どうやうな人ひとでなしに手てをかまれて暖簾のれんに見みる恥はぢは誰たれゆゑぞ原もとを正たゞせば根分ねわけの菊きく親子おやこの中なかに知しらぬといふ道理だうりはなしよし知しらぬにせよ知しるにせよそれは其方そなたの御勝手ごかつてなり仇敵かたきの子こを妻つまにもせられず嫁よめにもすまじ言いふこともなし聞きくことも無なし恨うらみつらみを並ならべ立たてなば力車ちからぐるまに牛うしの汗あせ何なんの積つみ載のせきれるものかは言いはぬが花はなぞお前まへさまは盛さかりの身み春はるめき給たまふは今いまの間まなるべし薦こもかぶりながら見送みおくらんと詞ことば叮嚀ていねいに氣込きごみあらく齒はの根ねきり〱と喰くひしばりて釣つり上あぐる眉根まゆねおそろしく散髮さんぱつ斜なゝめに拂はらひあげて白しろき面おもてに紅くれなゐの色いろさしも優やさしき常つねには似にず止とめれば振ふりきる袖そで袂たもとまづ今いましばしと詫わびつ恨うらみつ取とりつく手先てさきうるさしと立蹴たちげにはたと蹴倒けたふされわつと泣なく聲こゑ我われとわが耳みゝに入いりて起おき返かへるは何處いづこ、平常つねの部屋へやに倚よりかゝる文机ふづくゑの湖月抄こげつせうこてふの卷まきの果敢はかなく覺さめて又また思おもひそふ一睡いつすゐの夢ゆめ夕日ゆふひかたぶく窓まどの簾すだれ風かぜにあほれる音おとも淋さびし。

第五囘

お珍めづらしやお高たかさま今日けふの御入來おいでは如何どういふ風かぜの吹ふきまはしか一昨日をとゝひのお稽古けいこにも其前そのまへもお顏かほつひにお見みせなさらずお師匠ししやうさまも皆みなさまも大抵たいていでないお案あんじ日ひがな一日いちにちお噂うはさして居をりましたと嬉うれしげに出迎でむかふ稽古けいこ朋輩ほうばい錦野にしきのはな子こと呼よばれて醫學士いがくしの妹いもと博愛はくあい仁慈じんじの聞きこえたかき兄あにを見眞似みまねか温順おとなしづくり何某學校なにがしがくかう通學生中つうがくせいちゆうに萬緑叢中ばんりよくさうちゆう一點いつてんの紅くれなゐと稱たゝへられて根ねあがりの高髷たかまげに被布ひふ扮粧でたち廿歳はたちを越こしての肩縫かたぬひあげ可愛かはいらしき人品ひとがらなりお高たかさま御覽ごらんなされ老人としよりなき家いへの埒らちのなさ兄あには兄あにとて男をとこの事こと家内うちのことはとんと棄物すてもの私一人わたしひとりが拍うつも舞まふもほんに埃ほこりだらけで御座ございますと笑わらひて誘いざなふ座蒲團ざぶとんの上うへおかまひ遊あそばすなと沈しづみ聲ごゑにお高たかうやむやの胸むねの關所せきしよたれに打明うちあけん相手あひてもなし朋友ともだちの誰たれ彼かれ睦むつまじきもあれどそれは春秋はるあきの花はな紅葉もみぢ對つゐにして揷さす簪かんざしの造物つくりものならねど當座たうざの交際つきあひ姿すがたこそはやさしげなれ智慧ちゑ宏大くわうだいと聞きくは此人このひとすがりて見みばやとこれも稚氣をさなげさりながら姿すがたに知しれぬは人ひとの心こゝろ笑わらひものにされなばそれも恥はづかし何なにとせんと思おもふほど兄弟きやうだいある人ひと羨うらやましくなりてお兄樣あにいさまはおやさしいとかお前まへさま羨うらやましと口くちを洩もるれば花子はなこ少すこし笑ゑみを含ふくんでこればかりは私わたしの幸福しあはせさりとて喧嘩けんくわする時ときもあり無理むりな小言こごといはれまして腹立はらだち合あふこともあれど跡あとも無なし先さきもなし海鼠なまこのやうなと笑わらはれます此頃このごろは施療せれうに暇ひまがなうて芝居しばゐも寄席よせもとんと御無沙汰ごぶさたその内うちにお誘さそひ申まをします兄あにはお前まへさまをといひかけて笑わらひ消けす詞ことば何なにとしらねどお施ほどこしとはお情深なさけぶかい事ことさぞかし可哀かあいさうのも御座ございませうと思おもふことあれば察さつしも深ふかし花子はなこ煙草たばこは嫌きらひと聞きゝしが傍かたはらの煙管きせるとりあげて一服いつぷくあわたゞしく押おしやりつそれはもうさま〲ツイ二日計前ふつかばかりまへのこと極貧ごくひんの裏屋うらやの者ものが難産なんざんに苦くるしみまして兄あにの手術しゆじゆつに母子ふたりとも安全あんぜんではありましたれど赤子あかごに着きせる物ものがないとか聞ききませば平常つねの心こゝろに承知しようちがならず其その夜よ通とほして針仕事はりしごと着きるもの二ふたつ遣つかはしましたと得意顏とくいがほの物語ものがたり徳とくは陰かげなるこそよけれとか聞きゝしが怪あやしのことよと疑うたがふ胸むねに相談さうだんせばやの心こゝろは消きえぬ花子はなこさま〲の患者くわんじやの話はなしに昨日きのふ往診みまひし同朋町どうぼうちやうとやら若もしやと聞きけばつゆ違たがはぬ樣子やうすなりそれほどまでにはよもやと思おもへど正まさしくならば何なんとせん實否じつぴくはしく聞ききたしと思おもへど咎とがむる心こゝろに詞ことばつまりて應答こたへ何なにやらうろうろになりぬお高たかさま御ごゆるりなされ今いま兄あにも戻もどりまする先まづそれよりはお目めに懸かけたきもの往日いつぞやお話はなし申まをせし兄あにが祕藏ひざうの畫帖ぐわでうイエお前まへさまに御覽ごらんに入いるゝに賞ほめられこそすれ何なにとして小言こごと聞きくことではなしお待遊まちあそばせよと待遇もてなしぶり詞ことば滑なめらかの人ひととて中々なか〱に歸かへしもせず枝えだに枝えだそふ物ものがたり花子はなこいとゞ眞面目まじめになりて斯かう申まをしてはをかしけれどお前まへさまはお一人子ひとりご私わたしとても兄あにばかり女をんなの同胞きやうだいもちませねば淋さびしさは同おなじこと何なにかにつけて心細こゝろぼそし御不足ごふそくかは知しらねど妹いもとと思召おぼしめしてよと底そこにものある詞遣ことばづかひそれは私わたしより願ねがふことゝいふ詞ことば聞ききも畢をはらずそれならばお話はなしありお聽きき下くださりますかと怪あやしの根問ねどひお高たかさまお前まへさまのお胸むね一ひとつ伺うかゞへば譯わけのすむ事こと外ほかでもなし實まことの姉ねえさまにおなり下くださらぬかと決然きつぱりいはれて御串戯ごじやうだん私わたしこそ實まことの妹いもとと思召おぼしめしてと言いふを遮さへぎりそれでは未まだ御存ごぞんじの無なきならん父御てゝごさまと兄あにとの中なかにお話はなし成立なりたつてお前まへさまさへ御承知ごしようちならば明日あすにも眞實しんじつの姉樣あねさまお厭いやか〱お厭いやならばお厭いやでよしと薄氣味うすきみわろき優やさしげの聲こゑ嘘うそか實まことか餘あまりといへば餘あまりのこと、亂みだるゝ心こゝろを流石さすがに靜しづめて花子はなこさま仰おほせまだ私わたしには呑込のみこめませぬお答こたへも何なにも追おつてのこと今日けふは先まづお暇いとまと立たたんとするを強しひても止とめず然さらばお歸かへりか好よきお返事へんじお待まち申まをしますと送おくり出いだす玄關先げんくわんさき左樣さやうならばを跡あとになして乘のり出いだす車くるまの掛聲かけごゑに走はしり退のく一人ひとりの男をとこあれは何方いづくの藥取くすりとり憐あはれの姿すがたやと見返みかへれば彼方かなたよりも見返みかへる顏かほオヽ芳よしさま詞ことばの未いまだ轉まろび出いでぬ間まに車くるまは轣轆れきろくとして轍わだちのあと遠とほく地ちに印しるされぬ。

第六囘

中硝子なかがらすの障子しやうじごしに中庭なかにはの松まつの姿すがたをかしと見みし絹布けんぷの四布蒲團よのぶとんすつぽりと炬燵こたつの内うちあたゝかに、美人びじんの酌しやくの舌鼓したつゞみうつゝなく、門かどを走はしる樽たるひろひあれは何處いづこの小僧こそうどん雪中せつちゆうの一ひとつ景物けいぶつおもしろし、とても積つもらば五尺ごしやく六尺ろくしやく雨戸あまど明あけられぬ程ほどに降ふらして常闇とこやみの長夜ちやうやの宴えん、張はりて見みたしと縺もつれ舌じたに譫言たはごとの給たまふちろ〱目めにも六花りくくわの眺望ながめに別べつは無なけれど、身みにしむ寒さぶさは降ふりかゝりての後のちならで知しれぬ事ことなり、うそ寒さぶしと云いひしも二日ふつか三日みつか朝來あさよりもよほす薄墨色うすずみいろの空模樣そらもやうに頭痛づつうもちの天氣豫報てんきよはう相違さうゐなく西北にしきたの風かぜゆふ暮ぐれかけて鵞毛がもうか柳絮りうじよかはやちら〱と降ふり出いでぬ、入相いりあひの鐘かねの聲こゑ陰いんに響ひゞきて塒ねぐらにいそぐ友烏ともがらす今宵こよひの宿やどりの侘わびしげなるに誰たが空うつせみの夢ゆめの見初みはじめ、待合まちあひの奧二階おくにかいの爪彈つめびきの三下さんさがり簾すだれを洩もるゝ笑わらひ聲ごゑ低ひくく聞きこえて思おもはず停とまる行人ゆくひとの足元あしもと、狂くるふ煩惱ぼんなうの犬いぬの尻尾しつぽ、しまつたりと飛とび退のきて畜生ちくしやうめとはまこと踏ふみつけの詞ことばなり、我わが物ものなれば重おもからぬ傘かさの白しらゆき往來ゆきかひも多おほくはあらぬ片側町かたかはまちの薄うすぐらきに悄然しよんぼりとせし提燈ちやうちんの影かげかぜに瞬またゝくも心細こゝろぼそげなる一輛いちりやうの車くるまあり、齒代はだいの安やすさ顯あらはれて剥はげたる塗ぬり破やぶれし母衣ほろ、夜目よめなればこそ未まだしもなれ晝ひるはづかしき古毛布ふるげつとに乘客のりての品しなも嘸さぞぞと知しられて多おほくは取とれぬ痩やせせ田だ作づくり米こめの代しろほど有ありや無なしや九尺二間くしやくにけんの煙けぶりの綱つなあはれ手中しゆちゆうにかゝる此人このひと腕力ちからおぼつかなき細作ほそづくりに車夫しやふめかぬ人柄ひとがら華奢きやしやといふて賞ほめもせられぬ力役りきえき社會しやくわいに生おひ立たつた身みとは請取うけとれず履歴りれきは如何いかに聞ききたしと問とふ人ひとなければ我われと唇くちびる開ひらきもならず、アヽと出でる溜息ためいきを噛かみしめる齒はの根ね寒さぶさにふるひて打仰うちあふぐ面おもてを見みれば扨さても美男子びなんし色いろこそは黒くろみたれ眉目びもくやさしく口元くちもと柔和にゆうわに歳としは漸やうやく二十はたちか一いちか繼々つぎ〱の筒袖つゝそで着物ぎもの糸織いとおりぞろへに改あらためて帶おびに卷まく金鎖きんぐさりきらびやかの姿なりさせて見みたし流行りうかうの花形俳優はながたやくしや何なんとして及およびもないこと大家たいけの若旦那わかだんなそれ至當したうの役やくなるべし、さりとては是これ程ほどの人品じんぴん備そなへながら身みに覺おぼえた藝げいは無なきか取上とりあげて用もちひる人ひとは無なきか憐あはれのことやとは目めの前まへの感かんじなり心情しんじやうさら〱知しれたものならず美うつくしき花はなに刺とげもあり柔和にゆうわの面おもてに案外あんぐわいの所爲しよゐなきにもあらじ恐おそろしと思おもへばそんなもの、贔負目ひいきめには雪中せつちゆうの梅うめ春待はるまつまの身過みすぎ世過よすぎ小節せうせつに關かゝはらぬが大勇だいゆうなり辻待つじまちの暇いとまに原書げんしよ繙ひもといて居ゐさうなものと色眼鏡いろめがねかけて見みる世上せじやうの物もの映うつるは自己おのれが眼鏡めがねがらなり、夜よはまだ更ふけねど降ふりしきる雪ゆきに人足ひとあし大方おほかた絶々たえ〲になりて戸とを下おろす商家しやうかこゝかしこ遠とほく引ひく按摩あんまの聲こゑに近ちかく交まじる犬いぬの子この叫さけびそれすらも淋さびしきを路傍みちばたの柳やなぎにさつと吹ふく風かぜになよ〱と靡なびいて散ちるは粉雪こゆき、物思ものおもひ顏がほの若者わかものが襟えりのあたり冷ひいやりとしてハツと振拂ふりはらへば半面はんめんを射ゐる瓦斯燈がすとうの光ひかり蒼白あをじろし、行ゆく人ひとはなし乘のる人ひとは猶更なほさらなからんを何なにを待まつとか馬鹿ばからしさよと他目よそめには見みゆるゐものからまだ立去たちさりもせず前後ぜんごに目めを配くばるは人待ひとまつ心こゝろの絶たえぬなるべし、凍こほる手先てさきを提燈ちやうちんの火ひに暖あたゝめてホツと一息ひといき力ちからなく四邊あたりを見廻みまはし又また一息ひといき此處こゝに車くるまを下おろしてより三度目さんどめに聞きく時ときの鐘かね、今いまはと決心けつしんの臍ほぞ固かたまりけんツト立上たちあがりしが又また懷中ふところに手てをさし入いれて一思案ひとしあんアヽ困こまつたと我知われしらず歎息たんそくの詞ことば唇くちびるをもれて其儘そのまゝに身みはもとの通とほり舌打したうちの音おと續つゞけて聞きこえぬ、雪ゆきはいよ〱降ふり積つもるとも歇やむべき氣色けしき少すこしも見みえず往來ゆきゝは到底とてもなきことかと落膽らくたんの耳みゝに嬉うれしや足音あしおと辱かたじけなしと顧かへりみれば角燈かくとうの光ひかり雪ゆきに映えいじ巡囘じゆんくわいの査公さこう怪あやしげに目めを注そゝいで行ゆき過すぎられし後あとに又また人音ひとおとこの度たびこそはと見みれげ情なさけなし三軒許さんげんばかり手前てまへなる家いへに入いりぬ、流石さすがに氣根きこんも竭果つきはてけん茫然ばうぜんとして立たちつくす折をりしも最少もすこし參まゐると御座ございませうと話はなし聲ごゑして黒くろき影かげ目めに映うつりぬ、天てんの與あたへ人ひとこそ來きつれ外はづすまじと勇いさみ立たつて進すゝみ寄よればはて何なんとせん、過すぎたるは及およばざる二人連ふたりづれとは生憎あやにくや、車くるまは一人乘いちにんのりなるを。

第七囘

心こゝろ苛いられのさるゝものは散曾さんくわい過すぎて來こぬ迎むかひの車くるまと數かぞへ入いれたし、待またせて置おきても宜よかりしを供待ともまちちの雜沓ざつたふ遠慮ゑんりよして時間じかん早はやめに吩咐いひつけて還かへせしもの何なんとしての相違さうゐぞやよもや忘わすれて來こぬにはあらじ家うちにても其通そのとほり何時いつまで迎むかひ出ださずには置おかれまじ、例れいの酒癖しゆへき何處どこの店みせにか醉ゑひ倒たふれて寢入ねいりても仕舞しまひしものかそれなればいよいよ困こまりしことなり家うちにても嘸さぞお案あんじ此家こゝへも亦また氣きの毒どくなり何なにとせんと思おもふ程ほどより積つもる雪ゆきいとゞ心細こゝろぼそく燭涙しよくるゐながるゝ表おもて二階にかいに一人ひとり取殘とりのこされし新田につたのお高たか、げにも浮世うきよか音曲おんぎよくの師匠ししやうの許もとに然しかるべき曾くわいの催もよほし斷ことわりいはれぬ筋すぢならねどつらきものは義理ぎりの柵しがらみ是非ぜひと待またれて此日このひの午後ひるすぎより、飾かざる錦にしきの裏うらはと問とはゞ涙なみだばかりぞ薄化粧うすげしやうに深ふかき苦勞くらうの色いろを隱かくして友ともが無邪氣むじやきの物語ものがたりを笑わらふて聞きく胸むなぐるしさ思おもひに痩やせし手首たなくびに取とりすがりてお羨うらやましやお高たかさまのお手ての細ほそさよお酢すめし上あがりしか御傳授ごでんじゆ聞ききたしと眞面目まじめに問とふ人ひと可笑をかしくはなくて其心根そのこゝろね羨うらやましくなりぬ其その人々ひと〲歸かへり果はてゝより一時間許いちじかんばかり待まつには長ながき時間じかんながら車くるまの音おと門かどにも聞きこえず捨すて置おかれなば未まだしもなれどお茶ちや參まゐらせよお菓子くわしあがれ夜よはまだそれほど深ふかくもなしお迎むかひも今いま參まゐらん御ごゆるりなされと好遇もてなさるゝ程ほど猶更なほさら氣きの毒どくさ堪たへ難がたくなりて何時いつまで待まちても果はて見みえませねば憚はゞかりながら車くるま一ひとつ願ねがひたしと婢女はしために周旋しうせんのほど頼たのみ入いればそれは何なんの造作ざうさもなきことなれどつひ行ゆき違ちがひにお迎むかひの參まゐるまじとも申まをされず今少いますこしお待まちなされてはと澁々しぶ〱にいふは車くるまもとめに行ゆくがつらさになるべし、それも道理だうり雪ゆきの夜道よみち押おしてとは言いひかねて心こゝろならねど又また暫時しばらく二度目にどめに入いれし茶ちやの香かをり薄うすらぐ頃ころになりても音おともなければ今いまは來こぬものか來くるものか當あてにもならず當あてにして何時いつといふ際限さいげんもなし行ゆき違ちがひになるともそれはよし兎とに角かく車くるま願ねがひたしと押おしかへして頼たのみ入いるゝに師匠しゝやう實げにもと氣きの毒どくがりて然さらばお止とめ申まをすまじとてもお歸かへりなさるゝに夜よが更ふけてはよろしからず車くるま大急おほいそぎに申まをして來こよと主しゆの命令いひつけには詮方せんかたなくてや恨うらめしげながら承うけたまはりて梯子はしごあわたゞしく馳はせ下おりしが水口みづぐちを出いづる大黒傘だいこくがさの上うへに雪ゆきつもるといふ間まもなきばかり速すみやかに立歸たちかへりて出入でいりの車宿くるまやど名殘なごりなく出拂ではらひて挽子ひきこ一人ひとりも居をりませねばお氣きの毒どくさまながらと女房にようばうが口上こうじやう其そのまゝの返かへり事ごとに然さらば何なにとせんお宅たくにお案あんじはあるまじきに明早朝みやうさうてうの御歸館ごきくわんとなされよなど親切しんせつに止とめられるれど左樣さうもならず、雪ゆきこそふれ夜よはまだそれほどに御座ござりませねばと歸かへり支度じたくとゝのへるにそれならば誰たれぞ供ともにお連つれなされお歩行ひろひ御迷惑ごめいわくながら此邊このほとりには車くるま鳥渡ちよつとむづかしからん大通おほどほり近ちかくまで御難澁ごなんじふなるべし家内うちにてすら火桶ひをけ少すこしも放はなされぬに夜氣やきに當あたつてお風かぜめすな失禮しつれいも何なにもなしこゝより直すぐにお頭巾づきん召めせ誰たれぞお肩掛かたかけお着きせ申まをせと總掛そうがゝりに支度したく手傳てつだはれて憚はゞかりさまといひも敢あへず更ふけぬ内うちにお急いそぎなされなまなかお止とめ申まをさずば是これ程ほどに積つもるまいものお氣きの毒どくのこといたしたりお詫わびはいづれと送おくり出だす門口かどぐち犬いぬの子この聲こゑ恐おそろしけれど送おくりの女中ぢよちゆうが骨ほねたくましきに心強こゝろづよくて軒下傳のきしたづたひ三町さんちやうばかり御覽ごらんなされませあの提灯ちやうちんは屹度きつと車くるま今少いますこしの御辛防ごしんばうと引ひく手ても引ひかるゝ手ても氷こほりつくやうなり嬉うれしやと近ちかづいて見みればさても破やぶれ車ぐるまモシと聲こゑはかけしが後退あとじさりする送おくりの女中ぢよちゆうソツとお高たかの袖引そでひきてもう少すこし參まゐりませうあまりといへばと跡あとは小聲こごゑなり折をりしも降ふりしきる雪ゆきにお高たか洋傘かうもりを傾かたむけて見返みかへるともなく見返みかへる途端とたん目めに映うつるは何物なにもの蓬頭亂面ほうとうらんめんの青年せいねん車夫しやふなりお高たか夜風よかぜの身みにしみてかぶる〱と震ふるへて立止たちどまりつゝ此雪このゆきにては先さきへ行ゆきても有あるか無なきか知しれませねば何なににてもよし此この車くるまお頼たのみなされてよと俄にはかに足元あしもと重おもげになりぬあの此樣こんな車くるまにお乘めしなさるとかあの此樣こんな車くるまにと二度にど三度さんどお高たか輕かろく點頭うなづきて詞ことばなし我われも雪中せつちゆうの隨行ずゐかう難儀なんぎの折をりとて求もとむるまゝに言附いひつくる那くだんの車くるまさりとては不似合ふにあひなり錦にしきの上着うはぎにつゞれの袴はかまつぎ合あはしたやうなと心こゝろをかしく挽出ひきいだすを見送みおくつて御機嫌ごきげんよう車夫くるまやさんよくお氣きをつけ申まをして。

第八囘

馳はせ出いだす車くるま一散いつさん、さりながら降ふり積つもる雪ゆき車輪しやりんにねばりてか車上しやじやうの動搖どうえうする割わりに合あはせて道みちのはかは行ゆかず萬世橋よろづよばしに來きし頃ころには鐵道馬車てつだうばしやの喇叭らつぱの聲こゑはやく絶たえて京屋きやうやが時計とけいの十時じふじを報はうずる響ひゞき空そらに高たかし、萬世橋よろづよばしへ參まゐりましたがお宅たくは何方どちらと軾かぢを控ひかへて佇たゝずむ車夫しやふ、車上しやじやうの人ひとは聲こゑひくゝ鍋町なべちやうまでと只たゞ一言ひとこと、車夫しやふは聞ききも敢あへず力ちからを籠こめて今いま一勢いつせいと挽ひき出いだしぬ、皚々がい〱たる雪夜せつやの景けいに異かはりはなけれど大通おほどほりは流石さすがに人足ひとあし足たえず「足たえず」はママ雪ゆきに照てり合あふ瓦斯燈がすとうの光ひかり皎々かう〱として、肌はだへをさす寒氣かんきの堪たへがたければにや、車上しやじやうの人ひとは肩掛かたかけ深ふかく引ひきあげて人目ひとめに見みゆるは頭巾づきんの色いろと肩掛かたかけの派手模樣はでもやうのみ、車くるまは如法によほふの破やれ車ぐるまなり母衣ほろは雪ゆきを防ふせぐに足たらねば、洋傘かうもりに辛からく前面ぜんめんを掩おほひて行ゆくこと幾町いくちやう、鍋町なべちやうは裏うらの方はうで御座ございますかと見返みかへれば否いな鍋町なべちやうではなし、本銀町ほんしろかねちやうなりといふ、然さらばとばかり馳はせ出いだす又また一町いつちやう、曲まがりませうかと問とへば、眞直まつすぐにと答こたへて此處こゝにも車くるまを止とめんとはせず日本橋迄にほんばしまで行ゆきたしといふに何なにかは知しらねど詞ことばの通とほり、河岸かしにつきて曲まがりてくれよ、とは何方いづかた右みぎか左ひだりか、左ひだりへいや右みぎの方かたへと又また一横町ひとよこちやう、お氣きの毒どくなれど此處こゝを折をれて眞直まつすぐに行ゆきて欲ほしゝと小路こみちに入いりぬ、何なんの事ことぞ此路このみちは突當つきあたり、外ほかに曲まがらん路みちも見みえねば、モシお宅たくはどの邊へんでと覺束おぼつかなげに問とはんとする時とき、何なんとせん道みちを間違まちがへたり引返ひきかへしてと復また跡戻あともどり、大路おほぢに出いづれば小路こうぢに入いらせ小路こうぢを縫ぬひては大路おほぢに出いで走そう幾走いくそう、轉てん幾轉いくてん、蹴け立たつる雪ゆきに轍わだちのあと長ながく引ひきてめぐり出いづれば又また以前いぜんの道みちなり、薄暗うすぐらき町まちの片角かたかどに車夫しやふは茫然ばうぜんと車くるまを控ひかへて、仰おほせの通とほりに參まゐりましたら又また以前いぜんの道みちに出でましたが若もしやお間違まちがひでは御座ございますまいか此角これを曲まがると先程さきほどの糸屋いとやの前まへ眞直まつすぐに行ゆけば大通おほどほりへ出でて仕舞しまひますたしか裏通うらどほりと仰おほせで御座ございましたが町名ちやうめいは何なんと申まをしますか夫次第それしだい大抵たいていは分わかりませうと問掛とひかけたり、車上しやじやうの人ひとは言葉ことば少すくなに兎とに角かく曲まがつて見みて下くだされ、たしか此道このみちと思おもふやうなりとて梶棒かぢぼうを向むきかへさせぬ、御覽ごらんなされまし矢張やはりこゝは元もとの道みちこれで宜よろしう御座ございますかと訝いぶかしみて問とふ車夫しやふの言葉ことばに、ほんにこれは違ちがひたりもう一ひとつ跡あとの横町よこちやうがそれなりしかも知しれずと曖昧あいまいの答こたへ方かた、さればといふて挽ひき返かへす一横町ひとよこちやうこゝにもあらず今いま少すこし先さきへといふ提燈ちやうちん搖ゆり消けして商家しやうかに火ひを借かりしも二度にど三度さんど車夫しやふ亦また道みちに委くはしからずやあらん未いまだ此職このしよくに馴なれざるにやあらん同おなじ道みち行返ゆきかへりて困かうじ果はてもしたらんに強つよくいひても辭じしもせず示しめすが儘まゝの道みちを取とりぬ、夜よは漸々やう〱に深ふかくならんとす人影ひとかげちらほらと稀まれになるを雪ゆきはこゝ一段いちだんと勢いきほひをまして降ふりに降ふれど隱かくれぬものは鍋燒饂飩なべやきうどんの細ほそく哀あはれなる聲こゑ戸とを下おろす商家しやうかの荒あらく高たかき音おと、さては按摩あんまの笛ふえ犬いぬの聲こゑ小路こうぢ一ひとつ隔へだてゝ遠とほく聞きこゆるが猶更なほさらに淋さびし、さても怪あやしや車上しやじやうの人ひと萬世橋よろづよばしにもあらず鍋町なべちやうにもあらず本銀町ほんしろかねちやうも過すぎたり日本橋にほんばしにも止とゞまらず大路おほぢ小路こうぢ幾通いくとほりそも何方いづかたに行ゆかんとするにか洋行やうかうして歸朝きてうの後のちに妻つまを忘わするゝ人ひとありとか聞ききしがこれは又またいかに歸かへるべき家いへを忘わすれたるか歳としもまだ若わかかるを笑止せうしといはゞ笑止せうし思おもへば扨さても訝いぶかしき事ことなり、今度こたびは京橋きやうばしへと急いそがせぬ、裏道傳うらみちづたひ二町にちやう三町さんちやう町名ちやうめいは何なにと知しれねど少すこし引ひき入いりし二階建にかいだてに掛行燈かけあんどんの光ひかり朧々ろう〱として主ぬしはありやなしや入口いりぐちに並ならべし下駄げた二三足にさんぞく料理番れうりばんが欠伸あくび催もよすべき見世みせがゝりの割烹店かつぽうてんあり、車上しやじやうの人ひとは目早めばやく認みとめて、オヽ此處こゝなり此處こゝへ一寸ちよつとと俄にはかの指圖さしづに一聲いつせい勇いさましく引入ひきいれる車くるま門口かどぐちに下おろす梶棒かぢぼうと共ともにホツト一息ひといき内うちには女共をんなどもが口々くち〲に入いらつしやいまし。

第九囘

勢いきほひよく引入ひきいれしが客きやくを下おろして扨さておもへば恥はづかしゝ、記憶きおくに存のこる店みせがまへ今いまの我わが身みには往昔むかしながら世よの人ひとは未まだ昨日きのふといふ去年きよねん一昨年をとゝし、同商中どうしやうちゆうの組合曾議くみあひくわいぎ或あるひは何某なにがしの懇親曾こんしんくわいに登のぼりなれし梯子はしごなり、それと知しれば俄にはかに肩かたすぼめられて見みる人ひとなければ遽あはたゞしく片蔭かたかげのある薄暗うすくらがりに車くるまも我われも寄よせて憩いこひつ、靜しづかに顧かへりみれば是これも笹原さゝはら走はしるたぐひ、誰たが目めに覺おぼえて知しるものぞ松澤まつざはの若大將わかたいしやうと稱たゝへられて席せきを上座かみくらに設まうけられし身みが我われすらみすぼらしき此服裝このなりよしや面おもてに覺おぼえが有あればとて他人たにんの空肖そらに、それもあるならひなり況ましてや替かはりたる雪ゆきと墨すみおろかなこと雲くもと泥つちほど懸隔けんかくのおびたゞしさ如何いかに有爲轉變うゐてんぺんの世よとはいへ是これほどの相違さうゐ誰たれが何なんとして氣きのつくべき心こゝろの鬼おにに見知みしり越ごしの人目ひとめ厭いとはしく態わざと横町よこちやうに道みちを避さけて見みられじとする氣きあつかひも他人たにんは何なんの感かんじもなく摺すれ違ちがつて見合みあはす眼まなこの電光いなづま、ハツと思おもふは我わればかり、態わざとつくるかまこと見忘みわすれてか知しらず顏がほに過すぎ行ゆかれて、撫なで下おろす胸むねにむら〱と感かんじるはさても人情にんじやうこそ薄うすきものなれ紙かみといはゞ吉よしの紙がみ見みえすいたやうな世よの中なかなり、知しり顏がほして欲ほしきにもあらず詞ことばかけられては身みの置場おきばもなけれどそれにも何なにか色いろのあるもの、物ものいはゞ振切ふりきらんず袖そでがまへ嘲あざけるやうな尻目遣しりめづかひ口惜くちをしと見みるも心こゝろの僻ひがみか召使めしつかひの者もの出入でいりのもの指ゆび折をれば少すくなからぬ人數にんずながら誰たれ一人ひとりとして我われ相談さうだんの相手あひてにと名告なのり出いづるものなし、富貴ふうきには寄よる親類顏しんるゐがほ幾代先いくだいさきの誰樣たれさまに何なにの縁故えんこありとかなしとか猫ねこの子この貰もらひ主ぬしまでが實家さとあしらひのえせ追從つゐしよう、槌つちで掃はく庭石にはいしの周旋しゆうせんを手てはじめに引ひき入いれる工夫くふう算段さんだんはじいて見みねば知しれぬものゝ割わりにも合あはぬ品しないくら冠かぶせて上穗うはほは自己おのれが内懷中うちぶところぬく〱とせし絹布けんぷぞろひは誰たれ故ゆゑに着きし物ものとも思おもはずお庇護かげに建たちましたと空そら拜をがみせし新築しんちくの二階造にかいづくり其その詞ことばは三年先さんねんさきの阿房鳥あはうどりか、今いまの零落れいらくを高見たかみに見下みくだして全體ぜんたい意氣地いくぢが無なさすぎると言いひしとか酷こくと思おもふは心こゝろがらなり、他人たにんが聞きけば適當てきたうの評ひやうといはれやせん別家べつけも同おなじき新田につたにまで計はからるゝ程ほどの油斷ゆだんのありしは家いへの運うんの傾かたぶく時ときかさるにても憎にくきは新田につたの娘むすめなり、うつくしき顏かほに似合にあはぬは心こゝろ小學校通せうがくかうがよひに紫袱紗むらさきふくさ對つゐにせし頃ころ年上としうへの生徒せいとに喧嘩いさかひまけて無念むねんの拳こぶしを我われ握にぎる時とき同おなじやうに涙なみだを目めに持もちて、口惜くちをしげに相手あひてを睨にらみしこともありしがそれは無心むしんの昔むかしなり我われ性來せいらいの虚弱きよじやくとて假初かりそめの風邪ふうじやにも十日とをか廿日はつか新田につたの訪問はうもん懈おこたれば彼處かしこにも亦また一人ひとりの病人びやうにん心配しんぱいに食事しよくじも進すゝまず稽古けいこごとに行ゆきもせぬとか、お前まへさまお一人ひとりのお煩わづらひはお兩人ふたりのお惱なやみと婢女共をんなどもに笑わらはれて嬉うれしと聞ききしが今更いまさらおもへば故ことさらに言いはせしか知しれたものならず此頃このごろ見みしは錦野にしきのの玄關げんくわん先さきうつくしく粧よそほふた身みに比くらべて見みて我われより詞ことばは掛かけられねど無言むごんに行過ゆきすぎるとは不埒ふらちならずや身みこそ零落おちぶれたれ許嫁いひなづけの縁えんきれしならずまこと其心そのこゝろなら美うつくしく立派りつぱに切きれてやりたし切きれるといへば貧乏世帶びんぼふじよたいのカンテラの油あぶら、今宵こよひの用もちひだけありしか如何いかに、さらでも御不自由ごふじいうのお兩親ふたりが燈火ともしびなくば嘸さぞお困こまり早はやく歸かへりて樣子やうす知しりたきもの、今いまの客人きやくじんの氣きの長ながさまだ車代しやだいくれんともせず何時いつまで待またする心こゝろにやさりとてまさかに促はたりもされまじ何なんとしたものぞとさし覗のぞく奧おくの方かた廊下らうかを歩あゆむ足音あしおとにも面おもて赫くわつと熱あつくなりて我知われしらず又また蔭かげに入いる、思おもへば待またるゝやうな待またれぬやうな萬一まんいち車代しやだいを渡わたす人ひと知しりし顏かほの女中ぢよちゆうならば何なにとせん詞ことばがけられなば何なにといはん恥はぢの上塗うはぬりは要えうなきことなり車代しやだいといふも知しれたもの受うけずともよし此このまゝに歸かへらんか否いな是これ欲ほしければこそ雪ゆきの夜よを二時ふたとき三時みとき恥はぢも外聞ぐわいぶんも親おやには換かへられたものならず、はて誰たれでも出でて來こよ此姿このすがたに何なにとして見覺みおぼえがあるものかと自問自答じもんじたふ折をりしも樓婢ろうひのかなきり聲ごゑに、池いけの端はたから來きた車夫くるまやさんはお前まへさんですか。

第十囘

それは何なんぞのお間違まちがひなるべし私わたくしお客樣きやくさまにお懇親ちかづきはなし池いけの端はたよりお供ともせしに相違さうゐは無なけれど車代しやだい賜たまはるより外ほかに御用ごようありとは覺おぼえず其譯そのわけ仰おほせられて車代しやだいの頂戴ちやうだいお願ねがひ下くだされたしと一歩いつぽも動うごかんとせぬ芳之助よしのすけを誘いざなふ樓婢ろうひは笑ゑみを含ふくみ、お間違まちがひやら何なにやら私等わたしらの知しる事ことならねど只たゞお客きやくさまの仰おほせには今いまの車夫しやふに用事ようじがある足あしを洗あらはせて此室こゝへ呼よびたしと仰おほせられたに相違さうゐはなし兎とに角かくお上あがりなされよと洗足すゝぎの湯ゆまで汲くんでくるゝはよも串戯じやうだんにはあらざるべし僞いつはりならずとせば眞しん以もつて奇怪きくわい、何人なんびとが何用なにようありて逢あひたしといふにや親戚しんせき朋友ほういうの間柄あひだがらにてさへ面おもて背そむける我われに對たいして一面いちめんの識しきなく一語いちごの交まじはりなき然しかも婦人ふじんが所用しよようとは何事なにごと逢あひたしとは何故なにゆゑ人違ひとちがひと思おもへば譯わけもなければ彼處かしこといひ此處こゝといひ乘のり廻まはりし方角はうがくの不審いぶかしさそれすら事ことの不思議ふしぎなるに頼たのみたきことあり足あしを洗あらひて上あがりくれよとは扨さても意外いぐわいわからぬといへば是これ程ほどわからぬ話はなしはなし何なんとせば宜よからんかと佇立たゝづみたるまゝ躊躇ためらへば樓婢ろうひはもどかしげに急いそがしたてゝ、お客きやくさまも嘸さぞお待まちちかねお逢あひにならば譯わけはどの道みち知しれる筈はずなり先まづお出いでなされよと手てをとらへて引立ひきたつるに然さらば參まゐるべしお手てお放はなしなされ大方おほかたは人違ひとちがひと思おもへどお目めにかゝりし上うへならではお疑うたがひ晴はれ難がたからん御案内ごあんないお頼たのみ申まをすと明瞭めいれうに答こたへながら心こゝろの裡うちは依然いぜん濛々漠々まう〱ばく〱、靜しづかに足あしを淨きよめ了をはりていざとばかりに誘いざなはれぬ、流石さすがなり商賣しやうばいがら燦さんとして家内かないを照てらす電燈でんとうの光ひかりに襤褸つゞれの針はりの目めいちじるく見みえて時ときは今いま極寒ごくかんの夜よともいはず背そびらに汗あせの流ながるぞ苦くるしき、お客きやくさまはお二階にかいなりといふ伴ともなはるゝ梯子はしごの一段いちだん又また一段いちだん浮世うきよの憂うきといふ事こと知しらで昇のぼり降くだりせしこともありし其時そのときの酌取しやくとり女をんな我わが前まへ離はなれず喋々てふ〱しく欵待もてなしたるが彼かの女をんなもし居をらば彌々いよ〱面目めんぼくなき限かぎりなり其頃そのころの朋友とも今いまも遊あそびに來こんは定ぢやうの物もの何なにぞのはしに我わがこと引ひき出だして斯々云々かく〱しか〲とも物語ものがたりなば何處どこまで知しらるゝ恥はぢならんと思おもへば何故なにゆゑに登樓あがりたるか今更いまさらに詮せんなき事ことしてけりと思おもふほど胸むねさわがれて足あしふるひぬ、案内あんないはかねて知しる梯子はしごを登のぼり果はてゝ右手みぎての小座敷こざしき、お客きやくさまは此處こゝにと示しめしたるまゝ樓婢ろうひは急いそぎ下おり行ゆきたり障子しやうじの外そとに暫時しばしたゆたひしが果はつべきことならずと身みを低ひくくして靜しづかに明あくる座敷ざしきの内うちこれは如何いかに頭巾づきんに見みえざりし面おもて肩掛かたかけにつゝみし身み今いまぞ明あきらかに現あらはれぬ、寤寐ごびにも離はなれず起居ききよにも忘わすれぬ我わが後來のち〱の半身はんしん二世にせの妻つま新田につたが娘むすめのお高たかなり、芳之助よしのすけはそれと見みるより何思なにおもひけん前後ぜんご無差別むしやべつ、踵きびすを囘かへしてツト馳出はせいづればお高たか走はしり寄よつて無言むごんに引止ひきとむる帶おびの端はし振拂ふりはらへば取とりすがり突つき放はなせば纒まとひつき芳よしさまお腹はらだちは御尤ごもつともなれども暫時しばし、お長ながうとは申まをしませぬ申まをしあげたきこと一通ひととほりと詞ことばきれ〲に涙なみだ漲みなぎりて引止ひきとむる腕かひなほそけれど懸命けんめいの心こゝろは蜘蛛くもの圍ゐの千筋ちすぢ百筋もゝすぢ力ちからなき力ちから拂はらひかねて五尺ごしやくの身みなよ〱となれど態わざと荒々あら〱しく突つき退のけてお人違ひとちがひならん其樣そのやうな仰おほせ承うけたまはる私わたくしにはあらず池いけの端はたよりお供ともせし車夫しやふの耳みゝには何なんのことやら理由わけすこしも分わかりませぬ車代しやだい賜たまはる外ほか御用ごようはなき筈はず御串戯ごじやうだんはお措おき下くだされと言いひ拂はらつてすつくと立たてば、あんまりなり芳よしさま其そのお心こゝろならそれでよし私わたくしにも覺悟かくごありと涙なみだを拂はらつてきつとなるお高たか、オヽおもしろし覺悟かくごとは何なんの覺悟かくご許嫁いひなづけの約束やくそく解といて欲ほしゝとのお望のぞみかそれは此方このはうよりも願ねがふ事ことなり何なんの迂まはりくどい申上まをしあぐることの候さふらふの一通ひととほりも二通ふたとほりも入いることならず後のちとはいはず目めの前まへにて切きれて遣やるべし切きれて遣やらん他人たにんになるは造作ぞうさもなしと嘲笑あざわらふ胸むねの内うちに沸わくは何物なにもの、お高たか涙なみだの顏かほ恨うらめしげに、お情なさけなしまだ其樣そんなこと自由まゝにならば此胸このむねの中なか斷たち割わつて御覽ごらんに入いれたし。

第十一囘

又また逢あふ場所ばしよは某それの辻つじ某それの處ところに待給まちたまへ必かならずよと契ちぎりて別わかれし其夜そのよのこと誰たれ知しるべきならねば心安こゝろやすけれど心安こゝろやすからぬは松澤まつざはが今いまの境涯きやうがいあらましは察さつしても居ゐたものゝそれ程ほどまでとは思おもひも寄よらざりしが其御難儀そのごなんぎも誰たれがせし業わざならず勿躰もつたいなけれど我わが親おやうらみなり聞きかれぬまでも諫いさめて見みんか否いな父ちゝはともあれ勘藏かんざうといふものある以上いじやうなまなかの事こと言出いひだして疑うたがひの種たねになるまじとも言いひ難がたしお爲ためにならぬばかりかは彼かの人ひととの逢瀬あふせのはしあやなく絶たえもせば何なにかせん然さるべき途みちのなからずやと惑まどふは心こゝろつゝむ色目いろめに何なにごとも顯あらはれねど出嫌でぎらひと聞きこえしお高たか昨日きのふは池いけの端はたの師匠ししやうのもとへ今日けふは駿河臺するがだいの錦野にしきのへと駒下駄こまげた直なほさする日ひの多おほかるを不審ふしんといはゞ不審ふしんもたつべきながら子故こゆゑにくらきは親おやの眼鏡めがね運平うんぺいが邪智じやちふかき心こゝろにも娘むすめは何時いつも無邪氣むじやきの子供こども伸のびしは脊丈せたけばかりと思おもふか若もしやの掛念けねん少すこしもなくハテ中なかの好よかりしは昔むかしのことなり今いまの芳之助よしのすけに何なにとして愛想あいその盡つきぬものがあらうか娘むすめはまして孝心かうしんふかし親おやの命令いひつけること背そむく筈はずなし心配無用しんぱいむようと勘藏かんざうが注意ちゆういをさへ取とりあげもせず錦野にしきのが懇望こんまう恰あたかもよし彼かれは有徳うとくの醫師いしなりといふ故郷こきやう某なにがしの地ちには少すくなからぬ地所ぢしよをさへ持もてりと聞きくに娘むすめの爲ためにも我わが爲ためにも行末ゆくすゑわろき縁組えんぐみならずとより〱の相談さうだんも洩もれきく身みの腹はらだゝしさ縱令たとひ身分みぶんは昔むかしの通とほりならずとも現在げんざいゆるせし良人をつとある身みに忌いまはしき嫁入よめいり沙汰ざたきくも厭いやなり表おもてにかざる仁者顏じんしやがほは畢竟ひつきやう何事なにごとかの手段しゆだんかも知しれたことならず優やさしげな妹御いもとごも當あてにならぬよし折々をり〱見みたこともあり毒蛇どくじやのやうな人々ひと〲信用しんようなさるお心こゝろには何なにごと申まをすとも甲斐かひはあるまじさりとて此儘このまゝに日ひを送おくらば悲かなしきことの來こんは目めの前まへなり聞きかせて心配しんぱいさするも憂うければ頼たのむは彼かの人ひとの力ちからのみ男をとこの智慧ちゑには良よき考かんがへもなからずやと思おもひたてば心こゝろは矢竹やたけ、はやるほど猶なほ落附おちつきてお友達ともだちの誰たれさま御病氣ごびやうきときく格別かくべつに中なかの好よき人ひとではあり是非ぜひお見舞みまひ申まをしたく存ぞんじますがと許容ゆるしを請こへば平常つねの氣きだてに有あるべき願ねがひとて疑うたがひもなく運平うんぺい點頭うなづきて然さらば疾とく行ゆきて疾とくかへれ病人びやうにんの處ところに長居ながゐはせぬもの供ともには鍋なべなりと連つれて行ゆきなされと氣きをつくればイエそれには及およびませぬ裏通うらどほりを行ゆけばつい其處そこなり鍋なべも家うちのことが忙いそがしう御座ございますツイ行ゆきてツイ歸かへるに供ともなどゝは大層たいそうすぎます支度したくも何なにも入いりませぬ、此儘このまゝすぐにとそこ〱身仕度みじたくして庭口にはぐち出いでんとする途端とたん孃ぢやうさま今日けふもお出でかけか何處どこへぞと勘藏かんざうがぎろ〱目め恐おそろしけれど臆おくしてなるまじと態わざとつくる笑顏ゑがほ愛あいらしく今日けふもとは勘藏かんざう酷ひどいぞや今日けふはと言いはねばてにをはが違ちがふ所ところぞとほゝ笑ゑみて何氣なにげもなしに家いへを出いでぬ約束やくそくの辻つじ往ゆきつ返かへりつ待まてどもまてども今日けふはいかにしけん影かげも見みえず誰たれに聞きかんもうしろめたし何なにとせん必かならず訪とひ給たまふな我家わがいへ知しられんは恥はづかしとて丁所ちやうどころつげ給たまはねど曩さきに錦野にしきのにてそれとなく聞ききしはうろ覺おぼえながら覺おぼえあり縱よしお怒いかりにふれゝばそれまで、空むなしく物ものをおもふよりは寧いつそお目めにかゝりしうへにて兎とも角かくもせんと心こゝろに答こたへて妻戀下つまこひしたとばかり當所あてどなしにこゝの裏屋うらやかしこの裏屋うらやさりとては雲くも掴つかむやうな尋たづねものも思おもふ心こゝろがしるべにや松澤まつざはといふか何なにか知しらねど老人としよりの病人びやうにん二人ふたりありて年若としわかき車夫しやふの家いへならば此裏このうらの突當つきあたりから三軒目さんげんめ溝板どぶいたの外はづれし所ところがそれなりとまで教をしへられぬ時ときは夕暮ゆふぐれの薄うすくらきに迷まよふ心こゝろもかき暮くらされて何なにと言いひ入いれん戸とのすき間まよりさし覗のぞく家内かないのいたましさよ頭巾づきん肩掛かたかけに身みはつゝめど目めをもるものは紅くれなゐの涙なみだ。

第十二囘

さらでも老おいては僻ひがむものとか況いはんや貧ひんにやつれ苦くにやつれ人ひと恨うらめしく世よの中なかつらく明あけては歎なげき暮くれては怒いかり心こゝろ晴間はれまなければさまでには無なき病氣びやうきながら何時いつ癒なほるべき景色けしきもなくあはれ枯木かれきに似にたる儀右衞門夫婦ぎゑもんふうふ待まちわびしきは春はるならで芳之助よしのすけの歸宅かへりの遲おそさよ好よき客きやくありて遠とほくまで行ゆきたるにやそれにしても最もう歸かへりさうなもの日沒ひぐれまへに一度いちどづゝ樣子見やうすみに戻もどるが常つねなるを何なにとして今日けふはと頸うなじを延のばす心こゝろは同おなじ表おもてのお高たかも路次口ろじぐち顧かへりみつ家内かないを覗のぞきつ芳よしさまはどうでもお留守るすらしく御相談ごさうだんすること山やまほどあるをお目めに懸かゝらでは戻もどらるゝことかはさるにても此病人このびやうにんのうへに此このお生計くらし右みぎも左ひだりもお身み一ひとつに降ふりかゝる芳よしさまが御心配ごしんぱいは嘸さぞなるべし尋常つねなみならば御兩親ごりやうしんの見取みとり看護かんごもすべき身みが餘所よそに見聞みきく苦くるしさよと沸わき返かへる涙なみだ胸むねに呑のみて差さしのぞかんとする二枚戸にまいどを内うちより明あけて面おもてを出いだすは見違みちがへねども昔むかしは殘のこらぬ芳之助よしのすけの母はゝが姿すがたなり待まつ人ひとならで待またぬ人ひとの思おもひも寄よらず佇たゝずむかげに驚おどろかされて物ものをいはず見みつむる目元めもとも疎うとくなりてや不審いぶかしげに誰何どなたさまぞと問とはるゝもつらしお高たか頭巾づきんを手早てばやく取とりてお忘わすれ遊あそばしたかと取とりすがりて啼なく音ねに知しるゝ燒野やけのの雉子きゞす我子わがこならねど繋つながる縁えんとて母はゝは女をんなの心こゝろも弱よわくオヽお高たかか否いなお高たかどのか何なんとして此樣このやうな處ところへ何どう尋たづねて知しれましたとおろ〱涙なみだの聲こゑきゝ附つけてや膝行出いざりいづる儀右衞門ぎゑもんはくぼみし眼めにキツと睨にらみてコレ何なにを云いつて居ゐるぞ夕方ゆふがたは別べつして風かぜが寒さむし其そのうへに風かぜでも引ひかば芳之助よしのすけに對たいしても濟すむまいぞやといふ詞ことばの尾をに附ついてお高たかおそる〱顏かほをあげ御病氣ごびやうきといふことを人傳ひとづてに聞ききましてお怒いかりにふれるとは知しるも御樣子ごやうすが伺うかゞひたさに出でにくい所ところを繕つくろつて漸やうやうの思おもひで參まゐりましたお父樣とつさまにもお執成とりなしをとしほ〱として言いひ出いづるを取次とりつぐ母はゝが詞ことばも待またず儀右衞門ぎゑもん冷笑あざわらつて聞きかんともせずさりとは口賢くちがしこくさま〲の事ことがいへたものかな父親てゝおやに薫陶しこまれては其筈そのはずの事ことながらもう其手そのてに乘のりはせぬぞよ餘計よけいな口くちに風引かぜひかさんより早はやく歸宅きたくくさるゝが宜よさゝうなもの誠まことと思おもひて聞きくものは此家このやの内うちに一人ひとりもなし老婆ばあさまも眉毛まゆげよまれるなと憎々にく〱しく言いひ放はなつて見返みかへりもせずそれは御尤ごもつともの御立腹ごりつぷくながら是これまでのこと露つゆばかりも私わたくし知しりての事ことはなしお憎にくしみはさることなれど申譯まをしわけの一通ひととほりお聞きき遊あそばして昔むかしの通とほりに思召おぼしめしてよと詫入わびいる詞ことば聞ききも敢あへず何なんといふぞ父親てゝおやの罪つみは我われは知しらぬ今いままで通どほり嫁舅よめしうとになりたしとか聞きいて呆あきれるなり考かんがへて見みよ人非人にんぴにんの運平うんぺいの娘むすめを妻つまに持もつ芳之助よしのすけと思おもふかよしや芳之助よしのすけが持もつといふとも我われある以上いじやうは嫁よめにすること毛頭もうとうならぬ汚けがらはしゝ運平うんぺいの名な思おもひ出だしても胸むねが沸わくなり況ましてやそれが娘むすめを嫁よめになんど思おもひも寄よらぬことなり詞ことばかはすも忌いまはしきに疾々とく〱歸かへらずやお歸かへりなされエヽ何なにをうぢ〱老婆ばあさま其處そこを閉しめなさいと詞ことばづかひも荒々あら〱しく怒いかりの面色めんしよくすさまじきを母はゝは見みかねてそれはあまりに短氣たんきなりあの子この詞ことばも一通ひととほりは聞きいてお遣やりなされませぬかと執成とりなすをハタと睨にらんで汝そちまでが同おなじやうに何なんの囈語たはごと最早もはや何事なにごと聞きく耳みゝもなし汝そちが追おひ出ださずば我われ自身じしんにと止とむる妻つまを突つきのけつゝ病勞やみつかれても老おいの一徹いつてつ上あがりがまちに泣頽なきくづれしお高たかが細腕ほそうでむづと取とりつ力ちからを極きはめて押出おしだす門口かどぐちお慈悲じひに一言ひとことお聞きき入いれをと詫わびるも泣なくも何なんの用捨ようしやあらくれし詞ことばに怒いかりを籠こめて嫁よめでなし舅しうとでなし阿伽あかの他人たにんの來くる家いへでなし何なんといふとももう逢あはぬぞ、ハタとたて切きる雨戸あまどの閾しきゐくちしは溝みぞか立端たちはもなくわつと泣なく空そらに闇やみを縫ぬひ行ゆく烏からすの兩三聲りやうさんせい。

第十三囘

覺悟かくごの身みに今更いまさらの涙なみだ見苦みぐるしゝと勵はげますは詞ことばばかり我われまづ拂はらふ瞼まぶたの露つゆの消きえんとする命いのちか扨さてもはかなし此處こゝ松澤まつざは新田につたが先祖累代せんぞるゐだいの墓所ぼしよ晝ひる猶なほ暗くらき樹木じゆもくの茂しげみを吹拂ふきはらふ夜風よかぜいとゞ悲慘ひさんの聲こゑをそへて梟ふくろふの叫さけび一段いちだんと物ものすごしお高たか決心けつしんの眼光まなざしたじろがずお心こゝろ怯おくれかさりとては御未練ごみれんなり高たかが心こゝろは先さきほども申まをす通とほり決きはめし覺悟かくごの道みちは一ひとつ二人ふたりの身みを犧牲ぎせいにしてもお前まへさまのお心こゝろ伺うかゞふ先さきに生いきて還かへる念ねんはなし父御てゝごさまの今日けふの仰おほせ人非人にんぴにんの運平うんぺいが娘むすめを嫁よめになどゝは思おもひも寄よらぬことなり芳之助よしのすけは兎ともあれ我われ許ゆるさずと御立腹ごりつぷくの數々かず〱それいさゝかも御無理ごむりならねどお前まへさまと縁えんきれて此世このよ何なんの樂たのしからずつらき錦野にしきのがこともあり所詮しよせんは此命このいのち一ひとつぞと覺悟かくごの道みちも同おなじやうに行逢ゆきあつてお前まへさまのお心こゝろ伺うかゞへば其通そのとほりとか今更いまさら御違背ごゐはいのある筈はずなし私わたしは嬉うれしう存ぞんじますをと美事みごとに言放いひはなつて噛かむ襦袢じゆばんの袖そで、未練みれんなどがあることかは我われ男をとこの一疋いつぴきながら虚弱きよじやくの身みの力ちから及およばず只たゞにもあらで病やまひに臥ふす兩親ふたおやにさへ孝養かうやう、抱持はうぢの不十分ふじふぶんさ甲斐かひなき身み恨うらめしくなりて捨すてたしと思おもひしは咋日きのふ今日けふならず我々われ〱二人ふたり斯かくと聞きかば流石さすが運平うんぺいが邪慳じやけんの角つのも折をれる心こゝろになるは定ぢやうなり我わが親おやとても其その通とほり一徹いつてつの心こゝろ和やはらぎ寄よらば兩家りやうけの幸福かうふくこの上うへやある我々われ〱二人ふたり世よにありては如何いかに千辛萬苦せんしんばんくするとも運平うんぺいに後悔こうくわいの念ねんも出でまじく況ましてや手てを下さげての詫わびごと何なんとしてするべきならずよしや膝ひざを屈まげればとて我親わがおや決けつして肯きゝいれはなすまじく乞食こつじき非人ひにんと落魄おちぶるとも新田如につたごときに此口このくち腐くされても助たすけを求もとむることはせずとそれ平生へいぜいの詞ことばなるもの盡未來じんみらいこの不和ふわの中なか解とける筈はずなし數代すだい續つゞきし兩家りやうけのよしみ一朝いつてうにして絶たやさんこと先祖せんぞの遺旨ゐしにも違たがふことなり世よの人ひとは愚ぐとも笑わらはん痴ちとも見みん、さりながら先祖せんぞに對たいし家いへに對たいする孝かうは二人ふたりが命いのちなり捨すてゝ榮はえある身みぞと思おもへば何處いづくに殘のこる未練みれんもなしいざ身支度みじたくをと最期さいごの用意よういあはれ短みじかき契ちぎりなるかな井筒ゐづゝにかけし丈たけくらべ振ふりわけ髮がみのかみならねば斯かくとも如何いかゞしら紙かみにあね樣さまこさへて遊あそびし頃ころこれは君きみさまこれは我われ今日けふは芝居しばゐへ行ゆくのなり否いや花見はなみの方はうが我われは宜よしと戯たはむれ交かはせしそれ一ひとつも願ねがひの叶かなひしことはなく待まちにまちし長日月ちやうじつげつのめぐり來きて見みれば果敢はかなしや世よは桑田さうでんの海うみともならねど變かはるは現在げんざい親おやの心こゝろ、ましてや他人たにんの底そこふかき計略けいりやくの淵ふち知しるべきならねば陷おとしいれられて後のちの一悔恨ひとくわいこん空むなしく呑のむ涙なみだの晴はれ間まは無なくて降ふりかゝる憂苦いうくと繋つながるゝ情緒じやうちよに思慮しりよ分別ぶんべつも烏羽玉ぬばたまの闇やみくらき中なかにも星明ほしあかりに目めと目め見合みあはせて莞爾につことばかり名殘なごりの笑顏ゑがほうら淋さびしくいざと促うながせばいざと答こたへて流石さすがにたゆたはるゝ幾分時いくぶんじ思おもひ定さだめてツト立たちよりつ用意よういの短刀たんたうとり直なほせば後うしろの藪やぶに何なにやら物音ものおと人ひともや來きつると耳みゝを澄すますに吹ふき渡わたる風かぜ定さだかに聞きこえぬ扨さて[#「扨《さて》」は底本では「扨《さて》て]追手おつてにもあらざりけりお高たか支度したくは調とゝのひしか取亂とりみださんは亡なき後のちまでの恥はぢなるべし心靜こゝろしづかにと誡いましめる身みも詞ことばふるひぬ慘いたましゝ可惜あたら青年せいねんの身み花はなといはゞ莟つぼみの枝えだに今いまや吹ふき起おこらん夜半よはの狂風きやうふう、お高たかが胸先むなさきくつろげんとする此時このときはやし間一髮かんいつぱつ、まち給たまへとばかり後うしろの藪垣やぶがきまろび出いでゝ利腕きゝうでしつかと取とる男をとこ誰たれぞ放はなして死しなしてと脆弱かよわき身みにも一心いつしんに振切ふりきらんとするをいつかな放はなさず、いや放はなしませぬ放はなされませぬお前まへさま殺ころしては旦那だんなさまへ濟すみませぬといふは正まさしく勘藏かんざうか、とお高たかの詞ことばの畢をはらぬ内うち闇やみにきらめく白刄しらはの電光いなづまアツと一聲ひとこゑ一刹那いつせつなはかなく枯かれぬ連理れんりの片枝かたえは。

第十四囘

こぼれ松葉まつばの土つちになるまで二人ふたりともにと契ちぎりしものを我わればかり何なにとして後おくるべきと足あしずりして歎なげきしが命いのち果敢はかなく止とゞめられて再ふたゝび見みんとも思おもはざりし六疊敷ろくでふじきの我わが部屋へやをその儘まゝの座敷牢ざしきらう縁えんの障子しやうじの開閉あけたてにも乳母うばが見張みはりの目めは離はなれず況ましてや勘藏かんざうが注意ちゆうい周到しうたう翼つばさあらば知しらぬこと飛とぶ鳥とりならぬ身みに何方いづくぬけ出いでん隙すきもなしあはれ刄物はもの一ひとつ手てに入いれたや處ところは異かはれど同おなじ道みちに後おくれはせじの娘むすめの目色めいろ見みてとる運平うんぺいが氣遣きづかはしさ錦野にしきのとの縁談えんだんも今いまが今いまと運はこびし中なかに此このこと知しられなば皆みな畫餠ぐわべいなるべし包つゝまるゝだけはと祕ひしかくして宥なだめてみつ賺すかしてみつ意見いけんに手てをかへ品しなをかふれど袖そでの涙なみだ晴はれんともせず兎ともすれば我われも倶ともにと決死けつしの素振そぶりに油斷ゆだんならず何なにはしかれ命いのちありての物ものだねなり娘むすめの心こゝろ落附おちつかすに若しくはなしと押おしては婚儀こんぎをすゝめもなさず去さるものは日々ひゞに疎うとしの俚諺ことわざもあり日ひをだに經ふれば芳之助よしのすけを追慕つゐぼの念ねんも薄うすらぐは必定ひつぢやうなるべし心こゝろながく時ときを待まつて春はるの氷こほりに朝日あさひかげおのづから解とけわたる折をりならでは何事なにごとの甲斐かひありとも覺おぼえず誰たれも〱異見いけんは言いふな心こゝろの浮うく話はなしに氣きをなぐさめて面白おもしろき世よをおもしろしと思おもはするのが肝要かんえうぞと我われ先立さきだちて機嫌きげんを取とりつ慰なぐさめつ一方かたへは心こゝろを浮うかせんと力つとめ一方かたへは見張みはりを嚴げんにして細ほそひも一筋ひとすぢ小刀こがたな一挺いつてふお高たかが眼めに觸ふれさせるな夜よるは別べつして氣きをつけよと氣配きくばり眼配めくばり大方おほかたならねば召使めしつかひの者ものも心こゝろを得えて風かぜの音おとをも只たゞには聞きかず鼠ねづみの荒あれにも耳みゝそばだてつ疑心ぎしんは暗鬼あんきを生しやうずる奧おくの間まに其人そのひと現在げんざい坐ざすを見みながら孃ぢやうさまは何處いづこへぞお姿すがたが見みえぬやうなりと人騷ひとさわがせするもあり乳母うばは夜よの目めろく〱合あはさずお高たかが傍かたへに寢床ねどこを並ならべ浮世うきよ雜談ざふだんに諷諫ふうかんの意いをこめつ可笑をかしく面白おもしろく物ものがたりながら沈しづみがちなる主しゆの心根こゝろねいぢらしくも氣遣きづかはしく離はなれぬ守まもりにこれも一ひとつの關所せきしよなり如何いかにしてか越こえらるべき如何いかにしてか遁のがるべきお高たか髮かみとりあげず化粧けしやうもせず粧よそほひし昔むかしの紅白粉べにおしろいは誰たれが爲ための色いろならず君きみにおくれて鏡かゞみの影かげに合あはす面おもてつれなしとて伽羅きやらの油あぶらの香かをりも留とめず亂みだれ次第しだいの花はなの姿すがたやつれる身みを我われと頼母たのもしく、ならば此儘このまゝに死しにたしと願ねがへど命いのちは心こゝろのまゝならず病やむともなく煩わづらふともなくつく〲と眺ながめてつくづくと泣なく涙なみだと空そらとを意中いちゆうの友ともとして送おくらねど迎むかへねど來くるものは月つき改あらたまるは歳としちりて返かへらぬ君きみを思おもへば何なんぞ櫻さくらの春はるしり顏がほに今歳ことしも咲さける面つらにくさよ又またしても聞きく堀切ほりきりの菖蒲しやうぶだより車くるまをつらねて見みに行ゆきしはそもいつの世よの夢ゆめになりて精靈棚しやうりやうだなの眞まこもの上うへにも表おもてだちては祀まつられずさりとては世よの中なかうらめしゝ照てる月つきの秋あきの夜よ草葉くさばに脆もろき白玉しらたまの露つゆと答こたへて消きえかぬる身みを何なんと御覽ごらんじて何なんとお恨うらみなさるべきにや過すぎし雪ゆきの夜よの邂逅かいごうに二ふたつなき貞心ていしん嬉うれしきぞとてホロリとし給たまひし涙なみだの顏かほ今いまも眼めの前さきに存のこるやうなりさりながら思おもふ心こゝろは幽冥ゆうめいの境さかひにまでは通つうずまじきにや無情つれなく悲かなしく引止ひきとめられし命いのちを未練みれんに惜をしみてとも思召おぼしめさん苦くるしさよと思おもひやりては伏ふし沈しづみ思おもひ出いだしてはむせ返かへり笑ゑみとは何なんぞ夢ゆめにも忘わすれて知しるものは人生じんせいの憂うきといふ憂うきの數々かず〱來くるものは無意むい無心むしんの春夏秋冬しゆんかしうとう落花らくくわ流水りうすゐちりて流ながれて寄よせ返かへる波なみの年とし又また年とし今日けふは心こゝろの解とけやする明日あすは思おもひの離はなれやするあはれ榮花えいぐわの身みにしたし娘むすめにも綺羅きらかざらせて我われも安心あんしんの樂隱居らくいんきよ願ねがはくは家運長久かうんちやうきうなれ子孫しそん繁昌はんじやうなれ兎角とかくは身みの上うへに凶事きようじあらせじとの親心おやごゝろに引ひきかへし願ねがひも逆さかさまながら今日けふ身みをすてんか明日あすこそはと窺うかゞふ心こゝろに怠おこたりなけれど人目ひとめの關守せきもり何なんとして隙ひまあるべき此處こゝに七年しちねん身みはまだ籠中ろうちゆうの鳥とり。

第十五囘

お父樣とつさまにも勘藏かんざうにも乳母ばあやには別べつしての事こといろ〱と苦勞くらうをかけまして今更いまさらおもへば恥はづかしいやらお氣きの毒どくやら幼心をさなごゝろのあと先さき見みずに程ほどのない無分別むふんべつさりながら盡つきぬ命いのちかや事ことも無なく助たすかりしを嬉うれしいとは思おもひもせでよしなき義理ぎりだてに心こゝろぐるしく芳よしさまのお跡あと追おふてと思おもひしは幾いくたびかさりとては命いのち二ふたつあるかのやうに輕々かる〲しい思案しあんなりしと後悔こうくわいして見みれば今いままでの事こと口惜くちをしくこれからの身みが大切たいせつになりました阿房あほうらしい死しんだ人ひとへの操みさをだて何なにに成なることでもなきを何時いつまで獨身ひとりで居ゐる心こゝろが數かぞへる歳としの心細こゝろぼそさ是これほどならばなぜ昔むかしお詞ことばそむいて厭いとひしか我われと我わが身み知しれませぬ母はゝさまなしのお手て一ひとつに御苦勞ごくらうたんと懸かけまして上うへの上うへにも又また幾年いくねんお心こゝろ休やすめぬ不料簡ふれうけん不孝ふかうのお詫わびは向後きやうこうさつぱり芳よしさまのこと思おもひ切きつて何方いづかたへの縁組えんぐみなれ仰おほせに違背ゐはいはいたしませぬ勘藏かんざうも乳母ばあやも長ながの間あひだの心こゝろづかひ嘸さぞかしと氣きの毒どくな私わたしの心こゝろは今いまもいふ通とほり晴はれてみれば迷まよひは雲霧くもきりこれまでの氣きは少すこしもなし必かならず必かならず心配しんぱいして下くださるなよと流石さすがに心こゝろの弱よわればにや後悔こうくわいの涙なみだを目めにたゝへてお高たか斯かくとは言いひ出だしぬ歳月としつき心こゝろを配くばりし甲斐かひに漸やうやく此詞このことばにまづ安心あんしんとは思おもふものゝ運平うんぺいなほも油斷ゆだんをなさず起居たちゐにつけて目めをそゝぐにお高たかは詞ことばに違たがひもなく愁うれひの眉まゆいつしかとけて昨日きのふにかはるまめ〱しさ父ちゝのもの我わがもの云いへば更さらに手代てだい小僧こぞうの衣類いるゐの世話せわ縫ぬひほどきにまで氣きを用もちひて浮々うき〱とせし樣子やうすに扨さては眞まことに悔悟くわいごして其心そのこゝろにもなりぬるかと落附おちつくは運平うんぺいのみならず内外うちとのものも同おなじこと少すこし枕まくらを安やすんじけりさるにても訝いぶかしきは松澤夫婦まつざはふうふが上うへにこそ芳之助よしのすけ在世ざいせの時ときだに引窓ひきまどの烟けぶりたえ〲なりしを今いまはたいかに其日そのひを送おくるや可惜あたら若木わかきの花はなにおくれて死しぬべき病やまひは癒いえたるものゝ僅わづか手内職てないしよくの五錢ごせん六錢ろくせん露命ろめいをつなぐ術すべはあらじを怪あやしのことよと尋たづねるに澆季げうきの世よとは聞きくものゝ猶なほ陰徳者いんとくしやなきならで此薄命このはくめいを憐あはれみてや惠めぐむともなき惠めぐみに浴よくして鹽噌えんその苦勞くらうは知しらずといふなるそは又また何處いづこの誰たれなるにや扨さても怪あやしむべく尊たつとむべき此慈善家このじぜんかの姓氏せいしといはず心情しんじやうといはず義理ぎりの柵しがらみさこそと知しるは唯ひとりお高たかの乳母うばあるのみ忍しのび〱の貢みつぎのものそれからそれと人手ひとでを換かへて誰たれと知しらさぬ用心ようじんは昔むかし氣質かたぎの一いつこくを立通たてとほさする遠慮ゑんりよ心痛しんつうおいたはしや右みぎに左ひだりに御苦勞ごくらうばかり世よが世よならばお嫁よめさまなり舅御しうとごなり御孝行ごかうかうに御遠慮ごゑんりよは入いらぬ筈はずをと或時あるとき泣なきしにお高たか同おなじく涙なみだになりて私わたしの心こゝろ知しるものは和女そなたばかり芳よしさまのことは思おもひ切きりても御兩親ごりやうしんの行末ゆくすゑが心配しんぱいなり明日あすが日ひ我わが身み縁えんに附つきなば兎とに角かく自由じいうは叶かなふまじ其時そのときたのむは和女そなたぞかし父とゝさまのお心こゝろよく取とりて松澤まつざはさまとの中なか昔むかしの通とほりにして欲ほしゝ是これ一ひとつがお頼たのみぞとて兩手りやうてを合あはせて伏ふし拜をがみぬ失うせし芳之助よしのすけを悼いたまぬならねど主しゆの身みの上うへ猶なほさらに氣きづかはしく陰かげになり日向ひなたになり意見いけんの數々かず〱貫つらぬきてや今日けふ此頃このごろの袖そでのけしき涙なみだも心こゝろも晴はれゆきて縁えんにもつくべし嫁よめにも行ゆかんと言出いひいでし詞ことばに心こゝろうれしく七年越しちねんごしの苦くも消きえて夢安ゆめやすらかに寢ねる夜よ幾夜いくよある明方あけがたの風かぜあらく枕まくらひいやりとして眼覺めさむれば縁側えんがはの雨戸あまど一枚いちまいはづれて並ならべし床とこはもぬけの殼からなりアナヤとばかり蹴けかへして起たつ枕元まくらもとの行燈あんどん有明ありあけのかげふつと消きえて乳母うばが涙なみだの聲こゑあわたゞしく孃ぢやうさまが孃ぢやうさまが。

渝かはらぬ契ちぎりの誰たれなれや千年せんねんの松風しようふう颯々さつ〱として血汐ちしほは殘のこらぬ草葉くさばの緑みどりと枯かれわたる霜しもの色いろかなしく照てらし出いだす月つき一片いつぺん何なんの恨うらみや吊とぶらふらん此處こゝ鴛鴦ゑんあうの塚つかの上うへに。

底本 / Source edition

底本:「樋口一葉全集第一卷」新世社
1942(昭和17)年1月30日発行
底本の親本:「校訂一葉全集」博文館
1897(明治30)年1月9日発行
1897(明治30)年6月再版
初出:「改進新聞」
1892(明治25)年3月31~4月10日、4月12日、14日~17日
※初出時の署名は、「浅香のぬま子」です。
※「提燈」と「提灯」、「脊」と「背」、「小僧《こそう》」と「小僧《こぞう》」、「平生《ひごろ》」と「平生《へいぜい》」、「恥《はぢ》」と「恥《はじ》」の混在は、底本通りです。
※底本の編者による脚注は省略しました。
入力:万波通彦
校正:岡村和彦
2014年10月26日作成
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リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/055665_000064/

樋口 一葉「別れ霜」(旧字旧仮名)、底本『樋口一葉全集第一卷』新世社、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055665_000064, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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