Soranoha

五月雨

さみだれ

樋口 一葉

(一)

池いけに咲さく菖蒲あやめかきつばたの鏡かゞみに映うつる花はな二本ふたもとゆかりの色いろの薄うすむらさきか濃こむらさきならぬ白元結しろもとゆひきつて放はなせし文金ぶんきんの高髷たかまげも好このみは同おなじ丈長たけながの櫻さくらもやう淡泊あつさりとして色いろを含ふくむ姿すがたに高下かうげなく心こゝろに隔へだてなく墻かきにせめぐ同胞はらからはづかしきまで思おもへば思おもはるゝ水みづと魚うをの君きみさま無なくは我われ何なんとせんイヤ汝われこそは大事だいじなれと頼たのみにしつ頼たのまれつ松まつの梢こずゑの藤ふぢの花房はなぶさかゝる主從しゆうじうの中なかまたと有ありや梨本なしもと何某なにがしといふ富家ふうかの娘むすめに優子いうこと呼よばるゝ容貌きりやうよし色白いろじろの細ほそおもてにして眉まゆは〔「霞」の「コ」に代えて「マ」〕かすみの遠山とほやまがた花はなといはゞと比喩たとへを引ひくもこぢたけれど二月ぐわつばかりの薄紅梅うすこうばいあわ雪ゆきといふか何なにか知しらねど濃こからぬほどの白粉しろいものに玉虫たまむしいろの口紅くちべにを品ひんよしと喜よろこぶ人ひとありけり十九といへど深窓しんそうの育そだちは室咲むろざきも同おなじこと世よの風かぜ知しらねど松風まつ ぜルビの「まつ ぜ」はママの響ひゞきは通かよふ瓜琴つまごとの「瓜琴つまごとの」はママしらべに長ながき春日はるびを短みじかしと暮くらす心こゝろは如何いかばかり長閑のどけかるらん頃ころは落花らくくわの三月ぐわつ盡じんちればぞ誘さそふ朝あさあらしに庭にはは吹雪ふゞきのしろ妙たへも流石さすがに袖そでは寒さむからで蝶てふの羽はうらの麗朗うら〱とせし雨あまあがり露椽先ぬれゑんさきに飼猫かひねこのたま輕かるく抱だきて首玉くびたまの絞しぼり放ばなし結ゆひ換かゆるものは侍女こしもとのお八重やへとて歳としは優子ゆうこに一ツ劣おとれど劣おとらず負まけぬ愛敬あいけうの片靨かたゑくぼ誰たれゆゑ寄よする目元めもとのしほの莞爾につこりとして手てを放はなしつ不圖ふと見返みかへりて眉まゆを寄よせしが又また故ことさらにホヽと笑わらつて孃じやうさま一寸ちよつと御覽ごらん遊あそばせ此このマア樣子やうすの可笑をかしいことよと面白おもしろげに誘いざなはれて何なんぞとばかり立出たちいづる優子いうこお八重やへは何故なぜに其樣そのやうなことが可笑をかしいぞ私わたしには何なんとも無なきをと惱なやましげにて子猫こねこのヂヤレるは見みもやらで庭にはを眺ながめて茫然ばうぜんたり孃じやうさま今日けふもお不快こゝろわるう御坐ございますか否いや左樣さうも無なけれど何どうも此處こゝがと押おして見みする胸むねの中うちには何なにがありや思おもふ思おもひを知しられじとか詞ことばをかへて八重やへやお前まへに問とふことがある春はるにつきての花鳥はなどりで比くらべて見みて何なにが好すきぞ扨さても變かはつたお尋たづね夫それは心々こゝろ〲でも御坐ございませうが歸鴈きがんが憐あはれに存ぞんじられます左さりとては異いなことぞ都みやこの春はるを見捨みすてゝ行ゆく情じやうなしがお前まへは好すきか憐あはれといへば深山みやまがくれの花はなの心こゝろが嘸さぞかしと察さつしられる世よにも知しられず人ひとにも知しられず咲さきて散ちるが本意ほんいであらうか同おなじ嵐あらしに誘さそはれても思おもふ人ひとの宿やどに咲さきて思おもふ人ひとに思おもはれたら散ちるとも恨うらみは有あるまいもの谷間たにまの水みづの便たよりがなくは流ながれて知しられる頼たのみもなしマアどの位くらゐ悲かなしからうと入いらぬ事ことながら苦勞くらうぞかしとて流石さすがに笑わらへばテモ「テモ」はママ孃じやうさまは花はなの心こゝろを宜よく御存ごぞんじ私わたしが歸鴈きがんを好すきと云いふは我身わがみながら何故なぜか知しらねど花はなの山やまの曉月夜あかつきづきよさては春雨はるさめの夜半よはの床とこに鳴なきて過すぎる聲こゑの別わかれがしみ〲と身みにしみて悲かなしい樣やうな淋さびしいやうな又また來くる秋あきの契ちぎりを思おもへば頼母たのもしいやうにもあり故郷こきやうへ歸かへるといふからして亡なき親おやの事ことが思おもはれますと打うちしほるれば夫それは道理ことわりわたしでさへも乳母うばの事ことは少すこしも忘わすれず今いまも在世いたなら甘あまへるものをと何なにぞにつけて戀こひしければ子この身みでは如何いかばかり心こゝろぼそくも悲かなしくも有あらうなれど及およばずながら私わたしは力ちからになる心こゝろ姉あねと思おもふてよと頼たのむは可笑をかしけれど歳上としうへなれば其約束そのやくそくぞ何時いつも〱云いふことながら私わたしは眞實ほんの同胞はらからと思おもひますと慰なぐさめられて嬉うれしげに御縁ごえんあればこそ親おやどもばかりか私わたしまでめぐり廻めぐつて又またの御恩ごをん海うみとも山やまとも口くちには如何どうも申されねどお前まへさまのお優やさしさは身みにしみて忘わすれませぬ勿躰もつたいなけれどお主樣しゆうさまといふ遠慮ゑんりよもなく新參しんざんの身みのほども忘わすれて云いひたいまゝの我儘わがまゝばかり兩親ふたおやの傍そばなればとて此上このうへは御座ございませぬ左さりながら悔くやしきは生來せいらいの鈍にぶきゆゑ到底とても御相談ごさうだんの相手あいてにはなされて下くださる筈はづもなし別べつものに遊あそばすと知しりながらお恨うらみも申されぬ身みの不束ふつゝかが恨うらめしう存ぞんじますとホロリとこぼす膝ひざの露つゆを優子ゆうこ不審いぶかしげに打うちまもりて八重やへは何なにが氣きに障さわつてか思おもひもよらぬ怨うらみ言ごとつもりて見みよかし何なにの隔へだてゞ隱かくしだてをするものぞ母かあさまにさへ申まをさぬことも遂つひに話はなさぬ時ときはなきを今日けふに限かぎつて其そのやうな事こといはれる覺おぼえは何なにもなけれどマア何なんと思おもふてぞといふ顏かほじつと打うち仰あふぎて夫々それ〱それが矢やツ張ぱりお隔へだて何故なぜその樣やうにお藏かくし遊あそばす兄弟きやうだいと仰おつしやつたはお僞いつはりか、僞いつはりでは無なけれど隱かくすとは何なにを、デハ私わたしから申まをしませう深山みやまがくれの花はなのお心こゝろと云いひさして莞爾につことすれば、アレ笑わらふては云いはぬぞよ

(二)

思おもひ入いる路みちは一ト筋すぢなれと夏引なつびきの手引てびきの糸いとの乱みだれぐるしきは戀こひなるかや優子ゆうこ元來もとより才さいはじけならず柔和をとなしけれど悧發りはつにて物ものの道理ことはりあきらかに分別わきまへながら闇くらきは晴はれぬ胸むねの雲くもにうつ〱として日ひを暮くらすをお八重やへしかぞと見みて取とりぬ我われも思おもひの無なき身みならねば他人ひとごとなりとも悲かなしきを假初かりそめならぬ三世ぜの縁えんおなじ乳房ちぶさの寄よりし身みなり山川さんせん遠とほく隔へだたりし故郷こきやうに在ありし其その日ひさへ東ひがしの方かたに足あしな向むけそ受うけし御恩ごおんは斯々此々かく〱しか〲母はゝの世よにては送おくりもあえぬに和女そなたわすれてなるまいぞと寐ねもの語がたりに云いひ聞きかされ幼をさな心ごゝろの最初そも〱より胸むねに刻きざみしお主しゆうの事ことましてや續つゞく不仕合ふしあはせに寄よる方かたもなき浮草うきくさの我われ孤子みなしごの流浪るらうの身みの力ちからと頼たのむは外ほかになし女子をんなだてらに心太こゝろふとく都會みやこの地ちへと志こゝろざし其目的そのもくてきには譯わけもあれど思おもひはいすかのはしも無なく尋たづぬる人ひとを引ひきかへて尋たづねぬならねど身みに恥はづれば我われとは訪とはれぬお主しゆうのもとへ又また見出みだされて二度どの恩おんあるが中なかにも取分とりわけて孃じやうさまの御慈愛おいつくしみは山やまの中うちの峯みねたかきが上うへも高たかく海うみの中うちの沖深おきふかきが上うへも深ふかしお可愛かあいや誰たれ人びとを彼あのやうに思おぼしめして御苦勞ごくらうなき身みの御苦勞ごくらうやら我身わがみ新參しんざんの勝手かつても知しらずお手てもと用ようのみ勤つとめれば出入でいりのお人ひと多おほくも見知みしらず想像さうぞうには此人このひとかと見みゆるも無なけれど好このみは人ひとの心々こゝろ〲何なにがお氣きに染そみしやら云いはで思おもふは山吹やまぶきの下したゆく水みづのわき返かへりて胸むねぐるしさも嘸さぞなるべしお愼つゝしみ深ぶかさはさることなれど御病氣ごびやうきにでも萬一もしならば取とりかへしのなるべきならず主ぬしは誰人たれびとえぞ知しらねど此戀このこひなんとしても叶かなへ參まゐらせたし孃ぢやうさまほどの御身おんみならば世界せかいに苦くもなく憂うれひもなく御心安おこゝろやすくあるべき筈はずをさりとては又また苦くの世よの中なかやと我身わがみに比くらべて最憐いとおしがり心こゝろの限かぎり慰なぐさめられ優子いうこ眞實しんじつたのもしく深ふかくぞ染そめし初花はつはなごろも色いろには出いでじとつゝみしは和女そなたへの隔心かくしんならず有樣ありやうは打明うちあけてと幾いくたびも口元くちもとまでは出でしものゝ恥はづかしさにツイ云いひそゝくれぬ和女そなたはまだ昨日今日きのふけふとて見參みまゐらせし事ことも無なきならんが婢女をんなどもは蔭口かげぐちにお名なは呼よばずて光氏みつうぢさまといふとかやお姿すがたは察さつせよかし夫それに引ひかれてゞは無なけれど彼かの人ひとは父とゝさま無む二の御懇意ごこんいとて恥はづかしき手前てまへに薄茶うすちや一服ぷく參まゐらせ初そめしが中々なか〱の物思ものおもひにて帛紗ふくささばきの靜しづこゝろなく成なりぬるなり扨さてもお姿すがたに似にぬ物ものがたき御氣象ごきしようとや今いまの代よの若者わかものに珍めづらしとて父樣とゝさまのお褒ほめ遊あそばす毎ごとに我わがことならねど面おもて赤あかみて其坐そのざにも得堪えたへねど慕したはしさの數かずは増まさりぬ左さりながら和女そなたにすら云いふは始はじめて云いはぬ心こゝろは描ゑがかぬ畫ゑもおなじ事こと御覽ごらんじ知しる筈はずもあらねば萬一もしやの頼たのみも無なきぞかし笑わらはるゝか知しらねども思おもひ初そめし最初はじめより此願このねがひ叶かなはずは一生しやう一人ひとりで過すぐす心こゝろ憂うきに送おくる月日つきひのほどに思おもひこがれて死しねばよし命いのちが若もしも無情つれなくて如何いかに美うるはしき夫人おくがたむかへ給たまひぬとも愛あいらしき兒ちご生うまれ給たまふとも聞きく身みのつらさが思おもはるゝぞとてほろ〱と打泣うちなけばお八重やへかなしく身みを寄よせてお前まへさまは何故なぜそのやうに御心おこゝろよわい事こと仰おほせられるぞ八重やへは元來もとより愚鈍ぐどんなり相談はなしてからが甲斐かひなしと思おぼしめしてか馴なれぬ御使おつかひも一心しんは一心しん先方かなたさまどの樣やうな御情おなさけしらずで有あらうとも貫つらぬかぬといふ事ことある樣やうなし何なにともしてお望のぞみ屹度きつと叶かなへさせますものを御内端おうちばすぎてのお物思ものおもひくよ〱斗ばかり遊あそばせばこそ昨日今日きのふけふは御顏色おいろもわるし御病おわづらひでも遊あそばしたら御兩親をふたかたさまは更さらなる事ことなり申まをすも慮外りよぐわいながら妹いもとと思おもふぞとての御慈愛じあいに身みは姉上あねうへをもうけし心こゝろお前まへさま大切たいせつなほどお案あんじ申さずには居をりませぬを忌いまはしや何なにごとぞ一生いつしやう一人ひとりで世よを送おくるの死しんで思おもひを遁のがれたしのと突つきつめた御心おこゝろに必かならずお成なり遊あそばすなと宥なだめる身みさへ眼めはうるみぬ、堪忍かんにんせよかし和女そなたにまで苦くをかけてあらぬ思おもひに心こゝろを盡つくすが我わが身みながら口惜くちをしきなり左さりとても彼かの人ひとの事こと斷念あきらめがたきは何なにゆゑぞ云いはで止やまんの决心けつしんなりしが親切しんせつな詞ことばきくにつけて日頃ひごろの愼つゝしみも失なくなりぬと漸々やう〱せまりくる娘氣むすめぎに涙なみだに咽むせびて良時やゝありしが、八重やへさぞ打うちつけなと惘あきれもせんが一生いつしやうの願ねがひぞよ此心このこゝろ傳つたへては給たまはるまじや嬉うれしき御返事おへんじ聞ききたしとは努々ゆめ〱思おもはねど誰たれ故ゆゑみじかき命いのちぞとも知しられて果はてなば本望ほんもうぞかしと打うちしほるれば、又またしても其樣そのやうなこと御前おまへさま此々これ〱とお傳つたへ申さば好よきお返事へんじは知しれた事ことなり最早もうくよ〱とは思おぼしめすな、否いや〱それは八重やへが知しらねばぞ杉原すぎはらさまは其そのやうな柔弱にうじやくな放垨はうらつなお人ひとで無なければ申出だしてからが心配しんぱいなり不埒者ふらちものいたづら者ものと御怒おいかりにならば何なんとせん、夫それは餘あまりのお取とりこし苦勞ぐらう岩木いわきの中なかにも思おもひのなきかは無情つれなき仰おほせの有ある筈はづなし扨さても御戀人おんこひゞとは杉原すぎはらさまとやお名なは何なんとぞ、三郎さぶろうさまと申のなり此頃このごろ來き給たまひしは和女そなたが丁度ちやうど不在るすの時ときよ一ト足あし違ちがひに御歸宅ごきたくゆゑ知しらぬのは道理どうりと云いひかけてお八重やへの顏かほさしのぞき此願このねがひ若もし叶かなはゞ生涯しやうがいの大恩だいおんぞかし諄くどうは云いはぬ心こゝろは是これよと合あはす手てに嬉うれしき色いろはあらはれたり

(三)

雲雀ひばりのあがる麥生むぎふなゝめに見渡みわたしながら岡をかのすみれを摘つみあらそひし昔むかしは何なんの苦くか有ありし野河のがはの岸きしに菊きくの花はな手折たをるとて流ながれ一筋ひとすじかち渡わたりし給たまふ時とき我われはるかに歳下とししたの身みのコマシヤクレにも君きみさまの袂たもとぬれるとて袖襻そでだすきかけて參まゐらせしを如何いかに人ひとにも笑わらはれけん思おもへば其頃そのころが浦山うらやまし君きみさま東京とうきやうへ歸給かへりたまひし後のちさま〲續つゞく不仕合ふしあわせに身代しんだいは亂離らり骨廢こつぱいあるが上うへに二タ親おや引ひきつゞきての病死びようしといひ憂うきこと重かさなる神無月かみなづき袖そでにもかゝる時雨空しぐれぞらに心こゝろのしめる我われを取とらへて郡長ぐんちやうの忰せがれづらが些少いさゝかの恩おん鼻はなにかけての無理難題むりなんだいやり返かへして遣やりたけれど女子をなごの身みは左樣さうもならず柳やなぎにうけるを宜よきことにして金かねやらん妾せうになれ行々ゆく〱は妻つまにもせんと口惜くちをしき事ことの限かぎり聞きくにつけても君きみさまのことが懷なつかしく或ある夜よにまぎれて國くにを出いでつ漸々やう〱東京こゝへは着つきし物ものの當處あてどなければ御行衛おゆくゑ更さらに知しるよしなく樣々さま〲の憂うき艱難かんなんも御目おめにかゝる折をりの褒ほめられ種ぐさにと且かつは心こゝろに樂たのしみつゝ賤いやしい仕業しわざも身みは清きよし行おこなひさへ汚けがれずばと都乙女みやこおとめの錦にしきの中なかへ木綿衣類もめんぎものに管笠すげがさ「管笠」はママ脚袢きやはんはづかしや女子をんなの身み不似合ふにあひの菓くだもの賣うりも一重ひとへに活計みすぎの爲ためのみならず便たよりもがな尋たづねたやの一心しんなりしが縁ゑにしあやしく引ひく方かたありて不圖ふと呼よび入いれられし黒塗塀くろぬりべいお勝手かつてもとに商あきなひせし時とき後あとにて聞きけば御稽古おけいこがへりとや孃じやうさまの乘めしたる車くるま勢いきほひよく御門内ごもんうちへ引入ひきいるゝとて出いでんとする我われと行違ゆきちがひしが何なにに觸ふれけん我わがさしたる櫛車くしくるまの前まへにはたと落おちしを知しらず曵ひきしかばなど堪たまるべき微塵みぢんになりて恨うらみを地ちに殘のこしぬ孃ぢやうさま御覽ごらんじつけて氣きの毒どくがり給たまひ此このそこねたるは我身わがみに取とらせよ代かはりには新あたらしきのを取とらすべしとの給たまひしかど元來もとより落おとせしは我わが粗忽そこつなり曵ひかれしも道理どうり破損そこねしとて恨うらみもあらず况ましてや代かはりをとの望のぞみもなし是これは亡母なきはゝが紀念かたみのなれば他人ひとに奉たてまつるべき物ものならずとて拾ひろひ納あつめて懷ふところにせしをいとゞしく御不愍ごふびんがり扨さては親おやも無なき人ひとか憐あはれのことや先まづ庭口にはぐちより我わが部屋へやまで來こよ身みの上うへも聞ききたしとて連つれ給たまひぬ今いまこそ目馴めなれたれ御座敷おざしきの結搆けつこうお庭にはのたゝずまひ華族くわぞくさまにやと疑うたがひしは一いつに孃ぢやうさまの御言語容姿おものごしにも依よりし物ものか其そのお美うつくしき孃ぢやうさま御親切ごしんせつにも女子同志をなごどうしは互たがひぞとて御優おやさしき御詞おことば我われもしきりに嬉うれしくて尋たづぬる人ひとありとこそ明あかさゞりしが種々いろ〱との物語ものがたりに和女そなたの母御はゝごは斯々かく〱の人ひとならずやと思おもひ寄よらぬ御問おとひ誠まことに若しかぞ何なんとして御存ごぞんじと云いへば忘わすれて成なるべきか和女そなたと我われとは兄弟きやうだいぞかし我われは梨本なしもとの優いうなるをとて手てを取とりての御喜およろこび扨さては母はゝが乳ちを參まゐらせたる君きみなりしか御目おめにかゝりし嬉うれしさに添そへて落おちぶれし身みはづかしと打泣うちなきしに榮枯えいこは時ときなるものを歎なげく事ことかは萬よろづは我われに委まかせよかし惡わるき樣やうにはなすまじければ今日けふより此處こゝに身みを落おちつけずや母樣はゝさまには我われ願ねがはんとて放はなし給たまはず夫樣おくさまも又またくれ〲の仰おほせに其そのまゝの御奉公ごほうこう都會みやこなれぬ身みとて何なにごとも不束ふつゝかなるを彼かれは彼かれ此これは此これと陰かげになりてのお指圖さしづに古參こさんの婢女ひとも侮あなどらず明日きのふの「明日きのふの」はママ我われ忘わすれし樣やうな樂らくな身みになりたるは孃じようさまの御情おなさけ一ツなり此御恩このごおん何なんとして送おくるべき彼かの君きみさまに廻めぐり逢あはゞ二人共々ふたりとも〲心こゝろを合あはせてお話はなし相手あひてに成なるべきをと何なににつけても忍しのばるゝは又また彼かの人ひとの事ことなりしが思おもひきや孃じようさま明日今日きのふけふの「明日今日きのふけふの」はママお物思ものおもひ命いのちにかけてお慕したひなさるゝ主ぬしはと問とへば杉原すぎはら三郎らうどのとや三輪みわの山本やまもとしるしは無なけれど尋たづぬる人ひとぞと知しる悲かなしさ御存ごぞんじ無なければこそ召使めしつかひの我われふし拜をがみてのお頼たのみ孃ぢやうさま不憫いとしやと思おもはぬならねど彼かの人ひと何なんとして取持とりもたるべき受合うけあひては立たちし物ものの此文このふみには何なんの文言もんごんどういふ風ふうに書かきて有あるにや表書おもてがきの常盤木ときわぎのきみまゐるとは無情つれなきひとへといふ事ことか岩間いはまの清水しみづと心細こゝろぼそげには書かき給たまへど扨さても〱御手おてのうるはしさお姿すがたは申すも更さらなり御心おこゝろだてと云いひお學問がくもんと云いひ欠かけ處どころなき御方おかたさまに思おもはれて嫌いやとはよもや仰おほせられまじ我われ深山育みやまそだちの身みとして比くらべ物ものになる心こゝろはなけれど今日けふまでの憂うき苦勞くらうは何なにゆゑぞ逢あはんと思おもふ夫それ一ツに萬よろづの願ねがひをかけ置おきしに今いま目めの前まへに逢あふ日ひは來きても逢あふが悲かなしき事義じぎに成なりぬ孃じようさまの御恩ごおんは泰山たいざんの高たかきも物ものの數かずかはよしや蒼海そうかいに珠たまを探さぐれと仰おほせらるゝとも夫それに違背ゐはいはすまじけれど我わが戀人こひびと周旋とりもたんことどう斷念あきらめてもなる事ことならず御恩ごおんは御恩ごおんこれは是これなり寧いつそお文ふみ取次とりついだる体ていにして此このまゝになすべきか否いや〱夫それにては道みちがたゝず實じつは斯々かく〱の中なかなりとて打明うちあけなば孃じようさま御得心おとくしんの行ゆくべきか我われこそは夫それで宜よけれど彼あれほどまでに思おぼしめし入いれたもの左さらばと云いひて斷念あきらめのつく筈はづなし我身わがみの願ねがひが叶かなへばとて現在げんざいお心こゝろ知しりながら夫それもつらし是これも憂うしと迷まよひに心こゝろも夕暮ゆふぐれの空そらお八重やへつく〲詠ながむれば明日あすも晴日はれひか西にしの方かたのみ紅くれなゐの雲くもたな引びきぬ

(四)

男をとこも女をんなも法師はふしも童わらはも容貌かほよきが好すきぞとは誰たれ色好いろごのみの言ことの葉はなりけん杉原すぎはら三郎らうと呼よばるゝ人ひと面おもざし清きよらかに擧止優雅けにくからずたが目めに見みても美男びなんぞと見みゆればこそは罪つみつくりなれ我われゆゑに人ひと二人ふたりまで同おなじ思おもひにくるしむ共ともいざやしら樫がきの若葉わかばの露つゆかぜに散ちる夕ゆふぐれの散歩さんぽがてら梨本なしもとの娘むすめ病氣びやうきにて別莊べつそうに出養生でやうじやうとや見舞みまひてやらんとて柴しばの戸とおとづれしにお八重やへはじめて對面たひめんしたり逢あはゞ云いはんの千言百言ちこともゝことうさもつらさも胸むねに呑のみて恩おんとも言いはず義理ぎりとも言いはず沸わきかへる涙なみだも人事ひとごとにして御不憫おいとしや孃ぢやうさま此程このほどよりのお煩わづらひのもとはと云いはゞ何なにゆゑならず柔和おとなしき御生質たちとて口くちへとては出だし給たまはぬほど猶なほさらに御おいとほしお心こゝろは中々なか〱我わが云いふやうな物ものにはあらず此このお文ふみ御覽ごらんぜばお分わかりになるべけれど御前おまへさま無情つれなきお返事へんじもし遊あそばされなば彼あのまゝに居給ゐたまふまじき御决心ごけつしんぞと見みる目めは如何いかにつらからぬ事ことか久ひさし振ぶりにて御目おめにかゝりし我身わがみの願ねがひ是これ一ツなり叶かなへさせ給たまはゞ嬉うれしかるべきをとて取次とりつぐ文ふみの思おもひ切きりても涙なみだほろほろ膝ひざに落おちぬ義理ぎりといふもの世よに無なかりせば云いひたきこといと多おほし別わかれしよりの辛苦しんくは如何いかに或ある時ときはあらぬ人ひとに迫せまられて身みの遁のがればの無なかりし時とき操みさをはおもし命いのちは鵞毛がもうの雪ゆきの夜よに刄やいば手てに取とりしことも有ありけり或時あるときはお行衛ゆくゑたづね詫わびて恨うらみは長ながし大河おほかはの水みづに沈しづむ覺悟かくごも極きわめしかど引ひかれし後うしろ髮がみの千筋ちすぢにはあらで一筋ひとすぢに逢あふといふ日ひを頼たのみにして今日けふまでも過すごせし身みなりと云いひたけれど孃じようさまの戀こひも我わが戀こひにも淺あささ深ふかさのあるべきならず我われまだ其事そのことを口くちにせねば入譯いりわけ御存ごぞんじなきこそよけれ御恩ごおんがへしにはお望のぞみ叶かなへさせまして悦よろこび給たまふを見みるが樂たのしみぞと我われを捨すてての周旋とりもちなるを他あだしごとは思おもふまじ左さるにても君きみさまのお心こゝろ氣きづかはしと仰あふぎ見みれば端はしなくも男をとこはじつと直視ながめゐたりハツと俯向うつむく櫨はぢ紅葉もみぢのかげ美うるはしき秋あきの山里やまざとに茸たけがりして遊あそびし昔むかしは蝶々髷てふ〱まげの夢ゆめとたちて姿すがたやさしき都風みやこふうたれに劣おとらん色いろなるかは愁うれひを含ふくめど愛あいらしき雨あめの撫子なでしこしほれて床ゆかし三郎らうの心こゝろ何なんと知しらねど優子いうこの文ふみを手てにとりつ淺あさからぬお心こゝろ辱かたじけなしとて三郎らう喜よろこびしと傳つたへ給たまへ外ほかならぬ人ひとの取次とりつぎこと更さらに嬉うれしければ此文このふみは賜たまはりて歸宅きたくすべしとて懷中ふところに押おしいれつゝ又またこそと坐ざを立たつに扨さては孃じようさまの心こゝろ汲くみとり給たまひてかと嬉うれしきにも心こゝろぽそく「心ぽそく」はママ立上たちあがる男をとこの顏かほそと窺うかゞひてホロリとこぼす涕なみだを藏かくし孃じようさまにも嘸さぞお喜よろこび我身わがみとても其通そのとほりなり御返事おへんじ屹度きつとまちますと云いえば點頭うなづきながら立出たちいづる廻まはり椽ゑんのきばの橘たちばなそでに薫かをりて何時いつしか月つきに中垣なかがきのほとり吹ふきのぼる若竹わかたけの葉風はかぜさら〱として初はつほとゝぎす待まつべき夜よなりとやをら降おりたつ後姿うしろすがた見送みおくる物ものはお八重やへのみならず優子いうこも部屋へやの障子しようじ細目ほそめに明あけて言いはれぬ心〻こゝろ〱を三郎らう一人ひとりすゞしげに行々ゆく〱吟ぎんずる詩からうたきゝたし

(五)

便たよりまつ間まの一日ひとひ二日ふたひ嬉うれしきやうな氣きづかひな八重やへに遠慮ゑんりよは入いらぬものゝ又また言いひ出だすかと思おもはるゝも恥はづかしくじつと堪こらゆる返事へんじの安否あんぴもしやと思おもへば萬一もしやになるなり八重やへは大丈夫だいじやうぶと受合うけあへど夫それは氣きやすめの詞ことばなるべし彼あの文ふみとても御受取おうけとりになりしやならずや其塲そのばで其そのま〻御突おつき戻もどしになりたるを我われに力ちから落おとさせまじとて八重やへの繕つくろひて居ゐるにはあらずや否いや〱八重やへとして其樣そのやうのことある筈はづなし人ひとを疑うたがふは罪つみふかき事ことなり一日ひとひ二日ふたひ待給まちたまへ好よき御返事おへんじの參まゐるは定ぢやうぞと言いひしに違ちがひは無なかるべし若もしさうならば何なんとせん八重やへは上うへもなき恩人おんじんなれば何なにごとなり共とも氣きに入いることして悦よろこばせたし歳としは下したなれど分別ふんべつある人ひととて言ことば少すくなゝれば願ねがひは有あるや望のぞみはなしや知しれ難がたきを何なんとせん扨さても人妻ひとづまとなりての心得こゝろえは娘むすめの時ときとは異ことなる物ものとか御氣おきに入いらば宜よけれど若もし飽あかれなば悲かなしき事ことよ先まづそれよりも覺束おぼつかなきは彼あの文ふみの御返事おへんじなり御覽ごらんにはなりたり共とも其そのまゝ押おしまろめ給たまひしやら却かへりて御機嫌ごきげんをそこねもして愛想あいそづかしの種たねにもならば云いはぬに増まさる愁つらさぞかし君きみさまこそ無情つれなしとも思おもふ心こゝろに二ツは無なし不孝ふかうか知しらねど父樣とゝさま母はゝさま何なんと仰おほせらるゝとも他處よそほかの誰たれ良人をつとに持もつべき八重やへは一生いつしやう良人をつとは持もたずと云いふものから我わが身みとは自おのづから異ことなりて關係かゝはることなく心安こゝろやすかるべし浦山うらやましやと浦山うらやまるゝ我われをば知しらで吐息といきをもらしぬお八重やへはつく〲有ありし日ひの事ことを思おもふに男心をとこごゝろの頼たのみがたさよ我われ周旋とりもちする身みとして事こと整とゝのふは嬉うれしけれど優子いうこどのゝ心こゝろ宜よく見みえたり三郎らう喜よろこびしと傳つたへ給たまへとは餘あまりといへど昔むかしを忘わすれ給たまひしお詞ことばなりトおもふは我わが身みの妬ねたみにやお主樣しうさまゆゑには身みを殺ころして忠義ちうぎを盡つくす人ひとさへ有あるを我われ一人ひとりにて憂うきをしのばゞ何處いづくも事ことなく納をさまるべきなり何氣なにげなき孃じようさまが八重やへや八重やへやと相談相手はなしあひてに遊あそばすを御恨おうらみ申は罪つみのほども恐おそろしゝ何なにごとも殘のこさず忘わすれてお主しうさまこそ二代だいの御恩ごおんなれ杉原すぎはら三郎らうといふお人ひと元來もとよりのお知人しるひとにもあらず况ましてや契ちぎりし事ことも何なにもなし昨日今日きのふけふ逢あひしばかり若しかもお主しうさまの戀人こひびとに未練みれんのつながる筈はづはなし御縁ごゑん首尾しゆびよく整とゝのへて睦むつましく暮くらし給たまふを見みるが切せめての樂たのしみなり我われは望のぞみとて無なき身みなれば生涯しやうがいこの家やに御奉公ごほうこうして御お二タ方かたさま朝夕あさゆふの御世話おせわさては嬰子やゝさま生うまれ給たまひての御抱おだき守もり何なににもあれ心こゝろを責せめて仕つかへんか夫それは何なんとしてもなる事ことならず兎とても角かくても憂うき世よなれば人ひと訪とはぬ深山みやまの奧おくにかき籠こもりて松風まつかぜに耳みゝを澄すまさば宜よかるべけれど夫それすら彼かの人ひと見捨みすてゝは入いり難がたかるべしとてつく〲と打歎うちなげけど人ひとに見みすべき涙なみだならねば作つくり笑顏ゑがほの片頬かたほさびしく物案ものあんじの主しう慰なぐさめながら我われ先まづ乱みだるゝ蓴ねぬなわの戀こひはくるしき物ものなるにや成なるとは見みえて覺束おぼつかなき人ひとの便たよりをまつとは云いはず杉原すぎはらさまはお廿四とやお歳としよりは老ふけて見みえ給たまふなり和女そなたは何なんと思おもふぞとて朧氣おぼろげなこと云いふて見みる心こゝろや流石さすがに通つうじけんお八重やへ一日あるひ莞爾にこやかに孃じようさまお喜よろこび遊あそばす事ことあり當あてゝ御覽ごらんじろと久ひさし振ぶりの戯たはふれ言ごとさりとは餘あまりに廣ひろすぎて取とり處どころが分わからぬなりと微笑ほゝゑめば左さらば端はしを少すこし聞きかし參まゐらせんお前まへさま何なにより何なによりお嬉うれしと思おぼしめす事ことが有あるべし夫それなりとて容易たやすくは言いひもせず夫それぞとは知しれど猶なほも知しらぬ顏かほに八重やへが例つねに似にぬことよ先まづ云いふて聞きかしても宜よさそうなと打怨うちゑんずれば其そやうに御おいそぎなされますなと打笑うちわらひながら彼かの君きみより御返事おへんじが參まゐりしなり是これがお嬉うれしからぬ事ことかと咡さゝやかれて耳みゝの根ねくわつと熱あつくなりつ胸むねとヾろかれて「とヾろかれて」はママ噛かむ袖そでの下したに密そと置をく藻もしほぐさ俄にはかには手てにも取とらぬをお八重やへ察さつして進すゝめつゝ取とりまかなひて封ふうを切きらすに文ふみにはあらで一枚ひとひらの短冊たんざくなりけり兩女ふたりひとしく見みる雲形くもがた

茂しげりあふわか葉ばにくらき迷まよひかな

みるべきものを空そらの月つきかげ

意味いみの存そんする處ところ何方いづこぞや茫ぼうとして闇くらきわか葉はのかげいとゞ迷まよひは茂しげり合あふばかり晴はるゝよし無なき空そらの月つきの心〻こゝろ〱に判はんじて見みれど何いづれ眞意しんいと得えぞわき難がたく喜よろこぶべきか歎なげくべきかお八重やへはお八重やへ優子いうこは優子いうこ斯かく云いはれなば斯かくせんの决心けつしん互たがひに堅かたけれど思おもひの外ほかなる返かへしには何なにと定さだめて何なにとせん未練みれんは流石さすがありそ海うみのおきて見みつ又また取とりて見みつながめに飽あかねど吐息といきされて八重やへはマア何なんと思おもふぞと人ひとの詞ことばを待まちて見みるあな覺束おぼつかなの三十一文字みそひともじや

(六)

怪あやしや三郎らうの便たよりふつと聞きこえず成なりぬ待まつには一日ひとひも侘わびしきを不審いぶかしかりし返事へんじの後のち今日けふや來給きたまふ明日あすこそはと空そらだのめなる日ひを重かさねて十日とうか半月はんつきさては廿日はつか憂うき身みにつらき卯月うづきも過すぎたり五月雨さみだれごろのしめり勝がちに軒のきの忍艸しのぶは我わが類たぐひの引ひきては葺ふかねど池いけのあやめの根ねながき思おもひにかき暮くらされて袖そでにも水みづかさの増まさりやすらん此處こゝは別莊べつそうの人氣ひとげも少すくなく氣きに入いりの八重やへを置おきては別莊守べつそうもりの夫婦ふうふのみなれど最愛さいあいの娘むすめ病氣びやうきとの事ことなり本宅ほんたくよりの使つかひ絶たへま無なければ事ことによそへて杉原すぎはらのこと問とはするに本宅かしこにも此頃このごろさらに參まゐり給たまはずといふ左さるにても何なんとし給たまひしにや我心わがこゝろをさなくて卒爾うちつけに文ふみなど參まゐらせたるを如何いかに厭いとはしと思おぼしながら返かへしせざらんも情なさけなしとて彼あれよりは夫それとなく御出おいでのなきか此頃このごろのお哥うたの心こゝろは如何いかに茂しげるわか葉ばの今いまこそは闇くらけれど時節じせつを待またば空そらの月つきの逢あひみるべきぞとならば嬉うれしけれど若もしやの願ねがひに左樣さう見みゆるにや寧いつそ愁つらからば一筋すぢならで頼たのみのある丈だけまどはるゝなり扨さてもお便たよりの聞きこえぬは何故なにゆゑ我われ厭いとはせ給たまひなば此處こゝへこそ御入來おいでなく共とも本宅ほんたくへまで御踈遠ごそゑんとは不審いぶかしゝ夫それほどまでに御嫌おきらひになるほどなら優やさしげな御詞おことばなぜ仰おほせおかれけん八重やへが思おもふも恥はづかしきまで彼あの時ときは嬉うれしかりしを此このまゝに見返みかへりもし給たまはずは今いまさら面おもても向むけがたし悲かなしき事ことよと娘氣むすめぎに頼たのみをかけて見みつ又またときつ思案しあんにもつるゝ撚糸よりいとの八重やへが歎なげきは又また異ことなり茂しげる若葉わかばの妨さまたげと仰おほせられしは我わが事ことならずや闇くらき迷まよひと歎たんじ給たまへど夫それ悟さとりたればこその御取持おとりもちなれ思おもひ合あふ中なかのお兩方ふたかたに我わが生涯しやうがいの望のぞみも頼たのみも御讓おゆづり申して思おもひ置おくこと些少いさゝかなきを何なにはゞかりての御遠慮ごゑんりよぞや身みを觀くわんずれば御恨おうらみも未練みれんも何なにもあらずお二タ方かたさま首尾しびとゝのひし曉あかつきには潔いさぎよく斯々かう〱して流石さすがは貞操みさをを立たつるとだけ君きみさまに知しられなば夫それを思おもひでの我われなるに此身このみある故ゆゑに孃じようさまの戀こひ叶かなはずとせば何なんとせん身み退しりぞくは知しらぬならねど義理ぎりゆゑ斯かくと御存ごぞんじにならば御情おなさけぶかき御心おこゝろとして人ひとは兎ともあれ我われよくばと仰おほせらるゝ物ものでなし左さらでも御弱およわきお生質たちなるに如何いかにつきつめた御覺悟おかくごをも遊あそばすまじき物ものならず御最愛ごさいあいのお一人娘ひとりごとて八重やへや何分なにぶんたのむぞと嚴格むづかしい大旦那おほだんなさまさへ我身わがみ風情ふぜいに仰おほせらるゝは御大事おだいじさのあまりなるべし彼かれにつけ是これにつけ氣きづかはしきは彼かの人ひとの事ことよ有ありし日ひの對面たいめんの時とき此處こゝに居給ゐたまふとは思おもひがけず郷里きやうりのことは我われ聞ききたり辛苦しんくさこそなるべけれど奉公大切ほうこうだいじに勉つとめ給たまへと仰おほせられしが耳みゝに殘のこりて忘わすられぬなり彼あれほどにお優やさしからずば是これほどまでにも歎なげかじと斷たち難がたき絆きづなつらしとて人ひと見みぬ暇ひまには部屋へやのうちに伏ふし沈しづみぬ何いづれ劣おとらぬ双美人そうびじんに慕したはるゝ身み嬉うれしかるべきを何なにを厭いとふてか三郎らうかき絶たえて影かげも見みせず疑念ぎねんは重かさなる五月雨さみだれのくも、薄うすらぐべき由よしもなくて、世よをうみ梅實うめの落おつる音おともそゞろ淋さびしき日ひを幾日いくひ、をぐらき窓まどのあけくれに、をち返かへりなく山時鳥やまほとゝぎすの、から紅くれなゐにはふり出いでねど、涙なみだに袖そでの色いろかはるまで同おなじ歎なげきを別べつに知しる主從しうじうの思おもひさても果敢はかなし優子ゆうこはいとゞ世よを知しらぬ身みのお八重やへが素振そぶり得ゐも察さつせず氣きの毒どくや我身わがみ大事だいじにかけるとて痩やせ見みゆるほど心配しんぱいさせし和女そなたの情なさけは忘わすれぬなり左さりながら如何いかほど盡つくしてくるゝ共ともなるまじき願ねがひぞとは漸〻やう〱に斷念あきらめたり夫それにつきて又また別べつに父樣と さまルビの「と さま」はママ母はゝさまへの御願おねがひあれど御お二タ方かたなり和女そなたなりに歎なげきをかくるが愁つらきぞとてしみ〲と物語ものがたりつお八重やへの膝ひざに身みをなげ伏ふして隱かくしもやらぬ口説くどきごとにお八重やへわれを忘わすれて抱いだき合あひ詞ことばもなくよゝと泣なきしがお前まへさまに其そのやうな御覺悟おかくごさせますほどなら此苦勞このくらうはいたしませぬ御入來おいでの無なきは不審いぶかしけれど無情つれなき御返事おへんじといふにもあらぬを早はやまつての御考おかんがへは御前まへさまの樣やうにも無なし今いましばしの御辛抱ごしんぼうぞ其そのうちには何なにともして屹度きつとお喜よろこばせ申べし八重やへが一心しんを憐あはれとも思おぼしめして其そのやうな悲かなしいことお聞きかせ遊あそばすなとて力ちからを添そへぬ優子いうこ嬉うれしく手てに手てを取とりて前まへの世よでは何なんでありしやら兄弟きようだいにもなき親切しんせつこの後のちとも頼たのむぞや是これよりは別べつしての事こと何なにごとも汝そなたの異見いけんに隨したがはん最早もう今いまのやうな事こと云いふまじければ免ゆるしてよと詫わびらるゝも勿体もつたいなく待まてば甘露かんろと申ますぞやと輕かるげに云いへど義理ぎりは重おもし袖そでに晴はれ間まは見みえぬ物ものの限かぎりあればにや今日けふ珍めづらしく鳶とびなきて雨あめの餘波なごりに軒のきばの露つゆに照てる日ひあたらしく玉たまをみがきて庭にはの木こかげも心地こゝちよげなるを籠居たれこめてのみ居給ゐたまふは御躰おからだにも毒どくなる物ものをとお八重やへさま〲に誘いざなひて邊ほとりちかき野のの景色けしき田面たのもの庵いほの侘わびたるも又またをかしかるべし御覽ごらんぜずやとわりなくすゝめて柴しばの戸とめづらしく伴ともなひ出いでぬ人ひとの心こゝろのうやむやは知しらずや茂しげる木立こだちすゞしく袖そでに吹ふく風かぜむねに欲ほしゝ植うえはたす小田をだの早苗さなへ青々あほ〱として處々ところ〲に鳴なき立たつ蛙かわずの聲こゑさま〲なる彼あれも歌うたかや可笑をかしとてホヽ笑ゑむ主しうに我われも嬉うれしく彼方かしこの萱かやぶき此こゝの垣根かきねお庭にはの中うちに欲ほしきやうなり彼あの花はなは何なにならんと小走こばしりして進すゝみ寄よりつ一枝ひとえだ手折たをりて一輪りんは主しう一輪りんは我われかざして見みるも機嫌取きげんとりなり互たがひの心こゝろは得えぞしらず畔道あぜみちづたひ行返ゆきかへりて遊あそぶ共ともなく暮くらす日ひの鳥とりも寐ねに歸かへる夕ゆふべの空そらに行ゆく雲水くもみづの僧そう一人ひとりたゝく月下げつかの門もんは何方いづこぞ浦山うらやましの身みの上うへやと見送みをくれば見みかへる笠かさのはづれ兩女ふたりひとしくヲヽと呌さけびぬ

底本 / Source edition

底本:「武蔵野 第三編」今古堂
1892(明治25)年7月23日出版
初出:「武蔵野 第三編」今古堂
1892(明治25)年7月23日出版
※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。
※「優子」に対するルビの「いうこ」と「ゆうこ」、「孃」に対するルビの「じやう」と「ぢやう」、「主樣」に対するルビの「しゆうさま」と「しうさま」、「主從」に対するルビ「しゆうじう」と「しうじう」の混在は、底本通りです。
入力:万波通彦
校正:Juki
2020年4月28日作成
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リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/055664_000064/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/055664_000064/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/055664_000064/

樋口 一葉「五月雨」(旧字旧仮名)、底本『武蔵野 第三編』今古堂、1892年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055664_000064, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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