地図を見ればここは伊豆

伊豆の温泉、伊東の町

熱海より五里余

汽車もなければ

そびえ立つ<ruby><rb>岩肌</rb><rt>がんき</rt></ruby>を<ruby><rb>穿</rb><rt>うが</rt></ruby>ち堀りけずり

辛くも自動車の往来する

これこそ羊腸の道

怪異の岩礁出でて

緑の松腰を折れば

そこは眺望絶佳といわれて

ラムネ、レモンを売る

腰掛茶屋も並びあり

異人の女一人遠き伊豆の山肌を写しており

伊豆の山の美しさは

われをして故郷にある貧しけれど<ruby><rb>情</rb><rt>なさけ</rt></ruby>みつる

母の心情のうるおいを<ruby><rb>憶</rb><rt>おもわ</rt></ruby>しめ

病児をいたわるはここぞと思わしむ

陽高ければ海青く

海の上はるか<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>に煙見ゆるは

伊豆の大島ぞと同じく行く人の語る折

さて我は旅人なりと感ずるに

胸にせまる哀傷せつなく

<ruby><rb>網代</rb><rt>あじろ</rt></ruby>をすぎ、伊東にいたるを心待つ

八月初旬、蜜柑　真青に

さるすべり残りの花を咲かせ

ざくろは今年南方の風を恋て

多分に実らす

竹林に七夕の竿を伐る人わけ入る

ここは温暖の国、温泉の街

一人見知らぬ町の路上に降り立てば

間もなく兼て迎える人あり、心強し

ここ三面は山、一面は海

海上に初島と呼ぶ共産島浮かぶ

伊東よ、病児を養い

再び、われをたたしめよ

地図を見れば、ここは伊豆

伊東の町、伊豆の温泉

悔いなき旅人と信ずれども

もとより貧しき者を

尚も貧しく困窮へと導く<ruby><rb>勿</rb><rt>なか</rt></ruby>れ！

我病児は遂に癒えざるべし。

一九二八年夏伊東にて