Soranoha

忠告

ちゅうこく

富永 太郎

思想の重圧のために眠りがたい躰からだには、起つてロココ風の肘掛椅子に腰を下ろすことが必要である。そして膝を組んで、壁の薄浮彫の淡いニユアンスを眺めながら、細巻のシガレツトを一本ふかすうちには、どんな重苦しい思想の悪夢でも退散させることができるものである。

しかし、もしあなたがたを圧し付けて眠を妨げるものが鈍重な「思想」ではなくて、あの悪意にみちた「悔恨」であつた夜は――あなたがたが道徳家でないならば、きつとこんな夜を知つておいででせう。なぜならば、非道徳家は悔恨を懐柔すべき何らの道徳をも持ち合せないから――どうしたらよいであらうか。その時は残念ながら夜明けを待つほかはないのです。能のない顔をした昼が来て、「退屈」といふ麻酔剤をこの世の物すべての上に撒き散らすまで待つほかはないのです。たとひ眠りがたい夜が、床とこの上に転輾する身にとつて、いかほど長く感ぜられようとも。

あなたのテーブルの上にある罎は、あれはコニヤツクですか。あゝ、それはよした方がいゝです。それは第一あなたの健康に害があるし、おまけに昼が持つて来てくれる麻酔剤の効果を奪つて、あなたの肉体を噛む悔恨を翌日まで引き延すに役立つだけのものですから。

底本 / Source edition

底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日初版第1刷
1984(昭和59)年10月1日第6刷
底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社
1971(昭和46)年1月
入力:村松洋一
校正:川山隆
2014年3月20日作成
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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富永 太郎「忠告」(新字旧仮名)、底本『富永太郎詩集』現代詩文庫、思潮社、1975年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055482_000678, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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