Soranoha

原始林の縁辺に於ける探険者

げんしりんのえんぺんにおけるたんけんしゃ

富永 太郎

Ⅰ

陽ひの眼めを知らぬ原始林の

幾日幾夜の旅の間

わたくし 熟練な未知境の探険者は

たゞふかぶかと頭上に生ひ伏した闊葉の

思ひつめた吐息を聴いたのみだ。

たゞ蹠あなうらに踏む湿潤な苔類の

ひたむきな情慾を感じたのみだ。

Ⅱ

まことに原始林は

光なき黄金の水蒸気に氾濫し

夏の日の大いなる堆肥の内部さながらに

エネルギーの無言の大饗宴であつた。

あゝ嘗て私の狂愚と慚羞とを照した太陽は

この探険の最初の日

さりげなく だが 赤々とその身を萎み

私をこの植物の大穹窿の中へと解き放つた。

その日から私に与へられたのは

獣類の眠りのやうな漆黒の忘却であつた……

それを思へば

今もなほ あゝ 喜びに身が慄ふ!

Ⅲ

毛並さはやかな仔豹のやうに しづしづと

また軽捷に

私は怪奇な木賊族の夢を貪婪に掻き分けた――

何ものの悪意も知らず 怖れもなくて

強靱な植物らの絶え間なく発汗する

強酒のやうな露を身に浴び

誇りかに たゞ誇りかに

鼻孔をひらき かぐろいエーテルを分けて進み行くわが身は

心楽しく闇と海とに裂傷をつくる

春の夜の無心の帆船であつた。

だが ときをりは

嘗て見た何かの外套マントオのやうな

巨大な闊葉の披針形が

月光のやうに私の心臓に射し入つてゐたこともあつたが……

Ⅳ

恥らひを知らぬ日にち々の燥宴のさなかに

ある日(呪はれた日)

私の暴戻な肉体は

大森林の暗黒の赤道を航過した!

盲ひたる 酔ひしれたる一塊の肉 私の存在は

何ごともなかつたものゝやうに

やはり得々と 弾力に満ちて

さまざまの樹幹の膚の畏怖の中を

軽々と摺り抜けて進んでは行つたが、

しかし

喩へば肉身を喰む白浪の咆吼を

砂丘のかなたに予感する旅人のやうに

心はひそやかな傷感に衝き入られ

何のためとも知らぬ身支度に

おのが外殻の硬度を験めす日もあつたのだ!

Ⅴ

(未完)

底本 / Source edition

底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日初版第1刷
1984(昭和59)年10月1日第6刷
底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社
1971(昭和46)年1月
入力:村松洋一
校正:川山隆
2014年3月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/055473_000678/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/055473_000678/

富永 太郎「原始林の縁辺に於ける探険者──une ode」(新字旧仮名)、底本『富永太郎詩集』現代詩文庫、思潮社、1975年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055473_000678, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite