Soranoha

芸術家の告白祈祷

げいじゅつかのコンフィテオール

ボードレール シャルル・ピエール

秋の日の暮方は何と身に沁み入ることだ。苦しいまでに身に沁みる。何故と言つて、朧ろげではあるが強さには事欠かぬ、えも言はれぬ或る感覚があるものだから。また、「無窮」の刃くらゐ鋭い刃はないものだから。

空と海との無限の中にわが眼を溺らせる味ひ! 孤独、沈黙、蒼空の類ない純潔! 地平線上にぶるぶる顫へながら、その微小と孤独とでもはや如何ともしがたい私の生活をかたどつてゐる白帆、また、波の単調な旋律、これらすべてのものは私に依つて思考してゐる。もしくは、私がそれらのものに依つて思考してゐる(といふのは、夢想の宏大さの中では、「われ」は速かに消失するからだ!)。かれらは思考する、と私は言ふ、それは音楽的に、絵画的に、理屈抜きに、三段論法も、演繹法も無しにだ。

これらの想念は、私から生ずるか、もしくは物象から逸出するや否や、必ず、あまりに強烈になる。快楽中に存するエネルギーが、一種の不快、一種の確実な苦悩を創り出す。あまりに張りきつた私の神経は、かん高い、苦しげな顫動をするのみだ。

今や空の深さが私を自失せしめる。空の透明さが私をいら立たせる。海の無感覚、風景の不動が私を裏切る。あゝ、いつまでも悩まなければならぬのか。いつまでも美から逃れなければならぬのか。自然よ、無情の魔女よ、恆に勝ちほこつた敵よ、私を放してくれ! 私の願望と私の誇りとを唆かすのを止めてくれ! 美の研究は一つの決闘だ、そこに芸術家は、打ち敗かされる前に怖れの叫びを挙げてゐるのだ。

底本 / Source edition

底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日初版第1刷
1984(昭和59)年10月1日第6刷
底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社
1971(昭和46)年1月
※表題は底本では、「芸術家の告白祈祷《コンフイテオール》」となっています。
入力:村松洋一
校正:岩澤秀紀
2013年1月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/055444_001732/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/055444_001732/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/055444_001732/

ボードレール シャルル・ピエール「芸術家の告白祈祷」(新字旧仮名)、底本『富永太郎詩集』現代詩文庫、思潮社、1975年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055444_001732, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite