Soranoha

歌よ、ねがふは

うたよ、ねがうは

ダンテ アリギエリ

「歌」よ、ねがふは「愛」の神さがし求めて

かの君の前に伴ひ歌はなむ。

「歌」はわが身の言別を、主しゆはかの君を

恐おそれ無なく正眼まさみに見つゝ語りなむ。

禮ゐやには篤あつき「歌」なれば、よしそれ唯たゞの

ひとりにて、

げに往ゆきぬとも、恐るべき事は無けねど、

安かれと、心知じらひに伴ふや

「愛」の神

それ後見うしろみと傍らにあるこそよけれ、

かの君が「歌」の言の葉きゝ給ふ

その時なほも憤いきどほり解けもやらぬを

介添の「愛」の執成つくろひ無かりせば、

忽たちまちにして侮蔑さげすみの恥目あらむと。

「歌」よ、調しらべも美しく「愛」に伴ひ

告げよかし、

まづ憐愍あはれみを、かの君に乞ひ得たるのち

『わが君よ、われを送りしかの人の

いひけらく、

この言開ことひらきねがはくば聞き給ひねと。

見よ「愛」は色よき君が力にて

思ふがままに、かの人の色を變かはらせ、

またよその淑女いらつめをこそ思はすれ、

思おもひの底の眞心はつひに動かじ』。

また歌へかし『わが君よ、かれが心は

信かたく

君に仕ふるそのほかに二心無し、

夙つとよりぞ君に歸きしぬ』と。かくてなほ

疑はゞ

重ねて歌へ『「愛」にこそ質たゞし給へ』と。

終りには、いとしとやかに奏すべし

『このわが願ねがひつひにしもかなふことなくば

よしむしろかれが命を絶ち給へ、

君に仕ふるかれが身はゆめ背かじ』と。

立去る前に憐愍の鑰かぎとも仰ぐ

「愛」をよび

わが思ふことつばらかに述べよと乞ひて

『この「歌」の調しらべの報いえさせむと

かの君の

かたへにとまり、ねもごろに言別いひわけ給ひ

かくて其願そのねがひとどかば、かの君の

顏容かんばせいとも麗はしき樣を示せ』と。

貴あてなるや、なれ、わが「歌」よ、心あらば

かくも歌ひて、とこしへの譽ほまれをあげよ。

底本 / Source edition

底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「芸苑 二ノ一」
1907(明治40)年1月
入力:川山隆
校正:成宮佐知子
2012年10月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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ダンテ アリギエリ「歌よ、ねがふは」(旧字旧仮名)、底本『上田敏全訳詩集』岩波文庫、岩波書店、1962年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055220_000961, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite