Soranoha

河井寛次郎近作展の感想

かわいかんじろうきんさくてんのかんそう

北大路 魯山人

河井寛次郎氏の製陶もとうとう世の末になってしまった。作陶家として異様に大きく名を成したのは大正八、九年頃のように思うが、その後、今日までには長い製陶生活が続いているわけである。人の良い、職人風の無い、気易く付き合いの出来る彼は、その後継者たちに愛され、一部の新しき愛陶家によって彼の作業は支持され、先ず得意の中に老陶家の一人として、今日に及んだと見て間違いなかろう。

しかるに彼の作陶は聊かも進歩していないのである。いや退歩を続けている。その原因は彼の天分たることに帰せねばならぬことは止むを得ないにしても、彼が何十年間、何の勉強もしなかったことである。甘い連中の護りを受けて安閑といい気になっていたことである。最近高島屋にて催された彼の作品を見て驚くことは、万策尽きて沈黙に等しき出鱈目を遣っていることである。視野を狭くして美の探求を怠りつづけた天罪を見て可なるものがある。この好人物をして晩年を飾らしむることは当人の欣びばかりではなく、後進に何程良い影響を遺すか知れないのである。しかし、このごろのような作品に成って来ては最早駄目である。何の取柄も無くなってしまったからである。往年の彼の人気に比しては、今日彼のファンも無きに等しき状態ではなかろうか。度重なる彼の展示会に生気の消失し尽した観があるのは、彼自身が認めて居るはずである。乾坤一擲今後に処せと言いたい所だが最早駄目である。最初から世間に誤られた人気役者の末路と見るべきである。残念ながら私は彼をここに見捨てねばならぬ。

と言うても、絶望視されている作陶人は寛次郎翁一人ではない。六兵衛父子をはじめ、有名作陶家の総てである。敢えて君一人を見限っているのではない。

(昭和二十七年)

底本 / Source edition

底本:「魯山人陶説」中公文庫、中央公論新社
1992(平成4)年5月10日初版発行
2008(平成20)年11月25日12刷発行
底本の親本:「魯山人陶説」東京書房社
1975(昭和50)年3月
入力:門田裕志
校正:木下聡
2018年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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北大路 魯山人「河井寛次郎近作展の感想」(新字新仮名)、底本『魯山人陶説』中公文庫、中央公論社、1992年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055106_001403, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite