Soranoha

海苔の茶漬け

のりのちゃづけ

北大路 魯山人

のりの茶漬けは至極簡単だが、やっている人は少ない。缶詰や壜詰になっているのりの佃煮には、いい香りのものは見られない。一年も二年も経って日増せになったのりとか、青のりのまじった生のりの屑だとか、言わば廃物をもって拵えたのが缶詰や壜詰ののりの佃煮である。悪いのになると、大部分青のりであるから、青のりの臭みと味とに満ちている。

ほんとうに美味しいのりの佃煮が食べたい人は、売りものにろくなものはないから、自前でつくるよりほか仕方がない。

自分で拵えるのは、生のりの採れる時分に、生のりを生醤油でごとごと、とろ火で煮つめることだ。生のりの手に入らぬ土地の人は、もらいものの干しのりなどを醤油で煮ればよい。煮つまらなくて、醤油がだぶだぶしているような煮方は不味い。そのねちねちと煮えたやつを、熱い御飯の上にのせて煎茶をかける。それに少量のわさびを入れる。それだけでいいので、のりの茶漬けほど簡単なものはない。酒の後などで食べるには、至極適した茶漬けと推奨できる。

この茶漬けをぜいたくに食べようと思う場合は、なるべくいいのりを惜し気もなく使うべきである。のりがよければよいだけの美味さがあるから、味をやかましく言う者は、できるだけ上等ののりを煮るがいい。

こういうのりの茶漬けは誰しもやっていることだが、これから私が話そうとするのは、もっと手軽なのりの茶漬けである。

それは、いいのりをうまく焼いたものか、焼きのりのうんと上等のを、熱い御飯の上に揉みかけ、その上に醤油をたらし、適当にわさびを入れて、茶を注げばよろしい。熱い御飯をのりで巻いて食べる人はたくさんいるが、焼いたのりを茶漬けにする人はあまり見受けぬ。

一椀についてのりの分量は、せいぜい一枚か一枚半を使う。これは朝によく、酒の後によく、くどいものを食った後には、ことさらにいい。多忙の時の美食としても効果がある。

こんな茶漬けをよろこぶ者は、通人中の通人に属するだろう。茶の代りに、かつおぶしと昆布のだしをかけて食べるのもよい。これらは副菜の漬けものを一切要しない。ぜいたくな泊り客でもあった際には、朝食に出すことである。もちろん、上等の煎茶を使用するにしくはない。

のりの話が出たついでに、のりの焼き方について、ひと言申し添えておこう。

のりの焼き方は、なかなかむずかしい手際のひとつである。手際よく上手に焼かなければ、一帖三円ののりも、一円ほどの値打ちしかないような馬鹿な結果が生じる。手際ひとつで、一円ののりを三円の値打ちに上げることも、いや、いくらでも支払うよと、人がよろこぶまでに焼き上げることもできる。それもこれも、焼く人の腕であり、その人の料理に対する教養がものを言うわけである。

のりを焼くのに両面を焼くな――と、よく言われるのは、貴重なのりの香りが失せるからである。炭火も黒い中はガスが発生し、湿度が高いから香りを尊ぶのりが台なしになる。ぜひ備長炭の真っ赤に起こったのを用いるべきだ。

電気コンロが一番いいが、これもスイッチを入れて、すぐのりをかざすのはいけない。コンロの熱盤が含んでいる湿度がなくなるまで待ってから、焼く心得があってほしい。そうすれば、存外素人にもうまく焼けるものである。

焼きのりの専門家は、昔は備長炭であったが、今では電熱器で焼いていることと思う。

話は別になるが、焼き肉なども味をやかましく言う者は、肉の両面を焼かない。よく起こった火の上で片面を焼き、肉汁が滲み出て来た時を見て、たれの中にひたし、さらに金網か、なべの上に乗せるが、今度は焼くのではなく焙るだけでいいのだ。

すべて料理のうまい秘訣は、こんなちょっとした注意にある。なるほどそうだろうと分ってみても、聞くだけではだめだ。直ちに、よし来た――とばかり実行する人であってほしい。

(昭和七年)

底本 / Source edition

底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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北大路 魯山人「海苔の茶漬け」(新字新仮名)、底本『魯山人味道』中公文庫、中央公論社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 054976_001403, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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