Soranoha

若狭春鯖のなれずし

わかさはるさばのなれずし

北大路 魯山人

さばずしはなんと言っても古来京都が本場である。それというのも、日本一の称をもってなる若狭わかさ小浜おばまの春秋のさばを主材としてつくられているからである。さばは若狭が第一、次に関西ものにかぎると言うのは、私の独断ばかりではない。由来通人の定評するところである。

全く伊勢湾から東方の海となると、美味いさばの漁獲は望み得ない。東京市場で手に入る近海さばは、一種嫌悪すべき妙な臭気をもっていて、関西もの、あるいは若狭もののような好ましさというものがない。京、大阪の市場に見参するさばに比しては段違いのやくざものである。しかるに、その大阪にも見るを得ないのが若狭小浜のさばである。とても下魚とは思えないまでに上品な小味をもち、一度口にしたら忘れがたい風味をもつ美肴である。

〆しめさばにして刺身代りにするなどは、食い方の絶頂である。すしはもちろんのこと、大根を短冊に切り、さばの切り身といっしょに船場汁にするもよし、焼き魚として賞味するもよい。いずれにしても後口の味わいに深い印象を残す力を持っている。さばを語らんとする者は、ともかくも若狭春秋のさばの味を知らねば、さばを論じるわけにはいかない。春と言っても、三月ものは未だチト尚早であるが、四月ものは脂の乗り塩梅が申し分なくたまらない。

私はこの春さばを入手すべく、且つ視察かたがた意を決して窯場を発足、若狭小浜へ二月下旬に着いた。さて一番に驚き入ったことは、若狭に若狭の海産物がほとんど見られないということであった。それは近年乱獲を防ぐためからの漁獲制限があり、むやみやたらには漁獲まかりならぬという県令で、このところ僅々小舟十艘ぐらいが内職のように釣糸を垂らし、小網を打っている始末である。それにひきかえ需用の激増は日に月に盛んなもので、大阪はもとより東京方面の要求が頓とみに拡大の一途をたどり、どうしようもない仕儀から、最初は心ならずも鳥取、松江、出雲、こんな沿岸つづきの海辺から似て非なるかれい、さば、小だいなどを招き、若狭ものとして需用を満たしている。ところが今日では、北海道ものもあれば伊勢ものもあるというわけで、小浜魚市場における魚類の七、八割は他国もので満たされている始末、現に私の行ったときなど、天気好晴でありながら、地の春さばは、わずかに十五、六本しか市場に顔が見られないといった風で、てんで問題にならないのである。しかし、三月から四月にかけては相当の漁獲のあることが、例年のことで保証されているために、私はこの季を逸せざらんことを欲して、山海珍味倶楽部のために、春さば大量の予約買収をしたのであった。

(昭和十四年)

底本 / Source edition

底本:「魯山人味道」中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日初版発行
1995(平成7)年6月18日改版発行
2008(平成20)年5月15日改版14刷発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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北大路 魯山人「若狭春鯖のなれずし」(新字新仮名)、底本『魯山人味道』中公文庫、中央公論社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 054956_001403, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite