山と人 (一)森林の效用 (イ)洪水の豫防。 森林とは山や丘の一面に、こんもり木が生え茂つて、大きな深い林となつてゐる状態をいふのです。われ〱の遠い〱最初の祖先が、はじめてこの地球上に現れたころには、森林は、そのまゝ人間の住みかでもあり、また食べ物の出どころでもありました。たゞ今でも馬來半島のある野蠻人種は、木の枝の上に家を作つて住んでゐますが、これなどは、今言つたように、人間がぢかに森林の中にゐた習慣が殘り傳はつた面白い一例です。ともかく大昔の人間は、森林に住んで、草や、木の實や、野獸や、河の魚などをとつて、生のまゝで食べてゐたもので、ちょうど今日の山猿のような生活をしてゐたのです。  それが、だん〱と人口がふえ、みんなの智慧も開けて來るに從つて、やうやく火といふものを使ふことを知り、食べ物も煑たり燒いたりして食べるようになり、また寒いときには木を燃してあたゝまることをおぼえたのです。つまり薪や炭の材料として森林を利用するようになつたわけです。それに、また一方では人口の増加につれてこれまで食料にしてゐた草や木の實もだん〱足りなくなり、それを補ふために畑をこしらへて、農作をする必要がおこるし、同時にまた野獸も、しだいに少くなつて來たので、牧畜といふことをしなければたちいかなくなりました。その農作地と牧場とを作るためには森林の一部分を燒き拂ひ燒き拂ひしました。ですから彼等のゐる村落附近の山林は、後にはだん〱に狹く、まばらになつて來て、つひには薪の材料にも不足するようになりました。  なほ人智がいよ〱發達し人口がどん〱増すにつれて、最後には奧山の木までも伐つて家屋、橋梁、器具、機械、汽車、電車、鐵道の枕木、電信、電話の柱といふように、建築土木の用材にも使ふようになりました。それから、大きな木材から細かな纎維をとつて紙をこしらへたり、その他にも使ふようにもなり、最近では人造絹絲の原料にも澤山の木材を使つてゐます。こんな風に薪炭用、建築土木用、木纎維用等のために森林はどん〱伐り倒され、深い山、ふかい谷底の森林までがだん〱に荒されるようになりました。かうなると大雨が降るたびに、山の土や砂はどん〱流れおち、またおそろしい洪水がおこるようになりました。  日本では明治維新の後、森林をむやみに伐つた結果、方々で洪水に犯され、明治二十九年度には二萬九百八十一町村といふものが水につかり、一千二百五十人の死人と二千四百五十人の負傷者を出した外に、船の流失三千六百八十隻、家の流れたり、こはれたりしたのが七十二萬九千六百餘棟、田畑の荒されたこと七十八萬五千餘町に上り、そのほか道路の破損、橋の流れおちたもの等を加へて、總損失一億一千三百餘萬圓、その復舊費二千四百餘萬圓を入れると合計一億三千七百餘萬圓といふ計算でした。つまりその年、日本が外國へ輸出した總額の一億一千七百萬圓よりもまだ遙に多くの金額だつたので、人々はみんな洪水の大慘害には震へ上つたものです。  かうした恐ろしい洪水はどうして起るのかといへば、それはむろん一時に多量の雨が降つたからですが、その雨が洪水になるといふそのもとは、つまり河の水源地方の森林が荒されたために、雨水を止めためておく餘裕がなくなり、降つただけの雨水が一どに流れ下つて、山にある土や砂を河底に流し埋めるために、水の流れかたが急に變つて、あふれひろがるからです。  よく茂つてゐる森林では、降つた雨の四分の一は枝や葉の上にたまつて後にだん〱と蒸發します。そして殘つた四分の三の雨が葉から枝、枝から幹へ流れて、徐々に地面に落ち、そこにある落ち葉に吸ひ取られるのです。實際の試驗によると松の落ち葉は、その目方の五倍分の水をたゝえ、たもつことが出來ます。ですから、一貫目だけの分量の松の落ち葉は、五貫目の水を含むことになります。なほ松より外のいろ〱な雜木、苔類は七倍も十倍もの雨水を含みためることが出來ますから、森林ではかなりの大雨があつても一時に洪水を出すことはなく、雨水は數日かゝつてそろ〱流れ出し、また地中にも多くしみこみます。だから山に森林が茂つてさへゐれば、決して洪水の出る心配はないのです。 (ロ)水源の涵養。 森林はかように雨量を調節することが出來ると同時に一方では水源の養ひとなり、河水の涸れるのを防ぎます。くはしくいふと森林の中は比較的濕氣が多く、温度も低く、木が茂つてゐますから、水分の蒸發することも少い。またさきほどお話したように、落ち葉や、苔類が水を多く含み、したがつて、地中にも多量の水分をしみこませますから、たとひ旱天が久しく續いても森林はその保つてゐる水分を徐々に流し出し、河水が涸れないことになるのです。  かういふわけで、森林は洪水の害を防ぎ、河の水を不斷に絶えず流し、水田をもからさないといふ點で、土地を安全に保つてくれる效用があることがわかつて來たので、以來はじめて森林を保護して育てるようになり、なほ國土の保安のために森林の一部を『保安林』といふものにして、永久に伐らないで置くようにもなつたのです。 温根湯の國有林  その保安林だけでは、そこから流れ出す河川の流域一帶の人々が利益をうけるといふのみで、これだけではまだ完全に一國民全體が森林を利用してゐるとはいへませんでしたが、ついで現れて來た水力電氣そのものはすべてこの都市村落の燈火や、いろ〱の動力にも利用せられ、電車、電信、電話、電燈、工業用機械動力をはじめ、朝夕の煑炊き、すとうぶや按摩、行火の代りにまでも用ひられるようになり、今日では人間の生活上電氣は寸時も缺くことの出來ない必要なものとなりました。その水力電氣の水源は森林によつて、はじめて完全に養ふことが出來るのです。それで、今では特に山岳地方の森林は、一ばんにはこの意味の水源を養ふのに利用され、建築土木用の木材や、薪炭材料等をとるのは第二とされるようになりました。 (ハ)精神の保養。 しかし、ずっと最近では、森林の利用を、もっとすゝめて、直接に人々の健康のために應用することを考へつきました。大部分の人が生活してゐる都會は、狹い土地に大勢の人が住み、石炭の煤煙や、その他の塵埃でもって空氣がおそろしく濁つてをり、また各種の交通機關が發達して晝夜の分ちなく、がた〱と騷々しいので、都會に住む人は、體が弱くなつたり病氣をしたりします。それで時々は自然の森林に遊んで、すがすがしい空氣を吸ひ、精神を保養する必要があります。都會には大小の公園も設けられてゐますが、そんなものは完全な安靜場所といへません。どうしても町を遠く離れた美しい自然の森林へ出かけるに越したことはないのです。この意味で近來、休みを利用して各地で開いてゐる林間野營や、それから山岳旅行などはまことに結構なことです。お互に身體が丈夫でなければ何事も出來ませんから、新しい空氣の呼吸と、十分な日光浴と、運動とによつて食物をうまく食べることが一番大切です。これがために運動や、競技や、登山など家の外で生活することがはやり、ひいては森林を世人の休養、保健のため利用すること、つまり森林を公園として利用することが盛んになつたわけです。  以上で森林と人との密接な關係、人間が昔から森林をいろ〱に利用して來てゐるお話をしました。この外にも森林は人間の生活にいろ〱の役立ちをしてゐます。 (ニ)氣候の調節。 山に木が茂つてゐれば、氣候の調節をはかることが出來ます。森林でおほはれてゐる土地は、日光は枝葉で遮ぎられて、地面を温めることが少いのと、もう一つは、日光が直射によつて葉の面の水分が蒸發するときに、多量の潜熱を必要とします。潜𤍠といふのは物體が融解したり、また蒸發するときに要する𤍠量です。そんなわけで森林の附近の空氣はいつも冷えてゐます。ちょうど夏の暑い日に、庭前に水をまけばにわかに涼しさが感ぜられるのと同じりくつです。しかし、夜になると森林は、枝葉で土地をおほつてゐますから、その地面と空氣と、𤍠を放散するのを妨げるので、そこの空氣は冷え方が少いことになります。  かうして林の中の空氣は、常に林の外と比べて、晝間は涼しく、夜間は温かで、從つて晝と夜とで氣温が急に變ることを和らげます。そして同じわけで、夏を涼しく、冬を暖かくして、一年中の温度の變化を調節します。 (ホ)雪なだれと海嘯の防止。 それから前にお話した洪水の豫防や、水源の涵養のほかに森林は雪國ですと『雪なだれ』の害を防ぐことも出來ます。雪なだれとは、傾斜地に積つた雪が、春暖かくなつたために、下側の地面に氷結した部分が急に溶けるのでもつて、急に滑り落ちるもので、そのために山麓の人畜、農地、道路等を破損し、土砂、岩石等を落して、恐ろしい害を與へることがあります。これも森林があれば雪が急に溶けませんし、たとひ、おちた雪も樹幹で支へられるので、なだれがおきないですむのです。  また森林が海岸にあれば、天災中の、恐ろしい『海嘯』の害も少くなります。かの明治二十九年の三陸地方の海嘯の被害區域は長さ百五十まいるにわたり、死者二萬二千人、重傷者四千四百人、家や、船の流されたもの、農地の損失などで損害總額は數千萬圓に上りました。こんな海嘯などは、到底人間の力で防ぎ止めることは出來ませんが、しかし、もし海岸に浴うて帶のように森林があれば、非常な速力でおし寄せてくる潮水の勢を殺ぎ、從つて慘害も少くなる道理です。  かういふ風に、森林の效用を上げれば限りもありません。ところで日本にはかういふ大切な森林がどのくらゐあるのかといひますと、日本中の森林面積は總計四千三百九十二萬町で、實に日本の土地の總面積の六割四分をしめてゐます。これを國民の頭割りにして見ますと、一人につき平均五反五畝五歩に當ります。即、皆樣が五反五畝五歩の森林の中に一人づゝ住める勘定です。  もと〱山には、高い山、低い山、滑かな山、嶮しい山とさま〲ありますが、日本でも、どれにも、はじめは、自然に木が茂つてゐたのです。もっとも、富士山や日本アルプス以下、すべての高山の頂き近くには、寒さが強くて樹木が育ちません。このことは後にくはしくお話します。しかし普通の山では木の育つてゐないところはなかつたのです。それが前に言つたように人間が多くなるにつれて木材がいよ〱多く必要となり、どんどん伐るため、村落に近い山の木はもとより、高い山にも青々としてゐた木が無くなつて赤い山の地はだを見せるようになつたのです。こんな赤はげ山は、山としては決して立派なものとはいへません。人間でいへば體ばかり大きくて徳も智慧もないとすれば、人としててんで品位がないのと同じです。たとひ低い山でも木がよく茂つてゐれば、山のねうちがあつて、限りない效用をもちます。  つまり山は高いばかりが貴いのではなく、木が茂つてゐるので本當に貴いのです。そのためには、いふまでもなく、お互に十分に山を愛して、むやみに木を伐らないようにし、もし伐れば、その跡に代りの木を植ゑて仕たてることを忘れてはなりません。 (二)山を愛せよ  以上のわけで一國の山全部が青々としてゐる間はその國は盛んになるのですが、反對に、いくら、必要だからと言つて、やたらに樹木を伐るばかりで、荒しつくしてしまへば、その國は滅びることにもなります。なほ伐木についで用心しなければならないのは恐ろしい山火事です。生の立ち木はちよっと燃えにくいようにおもへますが、一度火勢がつけば、こんもりと茂つた美しい森林もまたゝくまに灰になつてしまふのです。春から夏にかけて山の雪が消えた頃が、この山火事の一番多い時で、煙草の吸ひ殼や、たき火をした人のちよっとした不注意で、百年かゝつて出來上つた森林も數時間もたゝない間に、すっかり燒けてしまふわけです。だから山登りをする人は特に火の用心をすることが大事です。  ついでですが、みなさんは木ばかりでなく、そこいらの町の中にある樹木も大切にして枝を折つたりしないようにして下さらなければいけません。春、美しい花が咲くのが見たく、夏の暑いときに涼しい木蔭が欲しい以上は、庭の木でも、町のなみ木でも、同じように可愛がつてやらねばなりません。こないだの關東の大震災のときには、淺草の觀音のお堂の裏のいてふの木は片側半分は火に燒けても、他の半分の枝葉のために火がお堂に燃えうつるのを防ぎました。ひとりいてふに限らず、しひのきやかしのき等、家のまはりや公園の垣根沿ひに植ゑてある木は、平常は木蔭や風よけになるばかりでなく、火事の時には防火樹として非常に役に立ち家も燒かずに濟み、時には人の命すら救はれることがあることも忘れてはなりません。  こんなに樹木でもお互にとつていろ〱な役に立つことをお知りになつたら、みなさんも道ばたに遊んでる子供がなみ木の皮を剥いたり、枝を打つたりしてゐるのを見られたらすぐに言ひ聞かせて、とめて下さらなければこまります。それはとりもなほさず樹木を愛し、引いては山をも愛することになつて、國家の安榮をつくることになるからです。 樹木の話 (一)傳説の巨木  今から一千八百年ばかり昔、筑紫(今の九州)に扶桑木と言つて、世の中に稀な大木がありました。その高さは九千七百尺餘だつたといひますから、富士山の七合目のちよっと下までのび上る勘定です。そのくらゐですから枝や葉もおそろしく繁りひろがつてゐて朝は杵島岳を隱し、夕方は阿蘇山を覆つて、あたりは晝も、ほの暗く、九州の半分程は日蔭となり、百姓が困り拔いてゐたといひますが、幸にも後でつひにその大木は倒れてしまひました。十二代景行天皇が、筑紫の高田の行宮に行幸されたときには、長さ九千七百尺のその丸太が、橋になつて懸つてゐました。そこで天皇は大勢の家來たちをおつれになりその長い〱丸木橋の上をお渡りになつたといふことが、日本書紀といふ本に出てゐます。また一説には、その丸木橋は今の熊本あたりから、有明の海を渡つて肥前國温泉岳までかゝつてゐたとも言ひます。おそろしい大きな木ではありませんか。  しかし、これはたゞ傳説ですから、あてにはなりませんが、これからお話するのは、普通どこにもあり、みなさんがいつでも實際に御覽になれる樹木のお話です。お互に注意したいこと、また、いつもは、だれも氣のつかぬようなことを、話しておきませう。 (二)大きさによる樹木の區別  たゞ樹木といつても松や杉のような大きくなる木もあり、つゝじやぼけのように、高く伸びないで、枝が低くわかれ、小さい機状になるものもあります。この松や杉のように丈の高くなり、形も大きくなる樹木を『喬木』といひ、つゝじやぼけのように形も小さく、機状に茂る木を『灌木』と呼びます。この二つの種類はみなさまのおうちの庭でも、公園や、山や、どこへ行つても見られます。次ぎには樹木は葉の形によつても區別されます。 (三)葉の形による樹木の區別  すべての樹木はそれ〲葉の形がちがつてゐますが、それを大きく二つに分けることが出來ます。一つはあをぎりの木の葉のように、擴がつた大きな形のもので、これを『濶葉樹』とよび、もう一つは松の葉のように針の形をした葉を持つた木でこれを『針葉樹』とよびます。普通みなさんのお目にふれる木で言ひますと、 (イ)針葉樹に屬するものは、あかまつ、くろまつ、もみ、つが、すぎ、ひのき、かや等。 (ロ)濶葉樹に屬するものは、さくら、もみぢ、やなぎ、あをぎり、くり、かし、しひ、くす等 です。  然し同じ針葉樹の中にもまつとひのきの葉は大變違つてゐますし、濶葉樹の中にもあをぎりのような廣く大きい葉、もみぢの葉のように掌状に分かれた葉、やなぎのように細長い葉があります。それから木の葉は松の葉のように一年中かはらず青々と茂つてゐるのがあるかと思ふと、櫻のように春から夏にかけては青く茂つてゐるが、秋の涼しい風が吹きはじめると、だん〱緑の色が黄色に變り、やがて冬の寒い風の吹く頃はさら〱と落ち散るものもあります。かく松やしひの木、かしの木等の葉のように冬の間でも枯れ枝のようにならず一年中青々した葉を持つてゐる木を『常緑樹』といひ、もみぢやさくらの木のように毎年春になると芽を吹き、冬には枯れたように枝から葉を落す木を『落葉樹』とよびます。なほ針葉樹であつて常緑な木(まつ、すぎ等)を『常緑針葉樹』といひ、代濶葉樹であつて常緑な木(かし、くす等)を『常緑濶葉樹』とよびます。同樣に葉を落し代へる木に『落葉針葉樹』(からまつ、いてふ等)と『落葉闊葉樹』(さくら、もみぢ等)の別があります。いてふには葉の比較的ひろい木があるが植物學上では、やはり針葉樹の中にはひるのです。 暖帶林の特徴(かし・しひ等の濶葉樹林) (四)春のおとづれ  みなさんがお正月の休みを終へて、再び寒風の中を學校にお通ひになるときには、多くの木は芽も吹かず、枯れたように眠つてゐますが、中にはまんさくのように寒い風にも堪へて早く、一二月の頃に枯れ木のような小枝に、黄色い花を着けたり、また蝋梅のようにもっと早く雪の中で香りたかく咲き誇るものもあります。そんなのを見ると、もう春が來たのかと思はれます。蝋梅はもと支那の産ですが、早く我國に移植され多くは庭木として灌木状をしてゐます。東京では一月中旬に蕾を開き初め、二月に至つて滿開し、三月の上旬まで花を開きつゞけてゐます。  蝋梅についで早く花をひらくまんさくは日本だけの山中に、自然に生えるもので、木曾や日光地方に多く、また庭木となつて植ゑられてゐるのもあります。  以上の二つは、冬から春にかけて花のさく木の中で、特に目に立つものです。つぎにだん〱と寒さも薄らぎ、やがて三月になると、梅、れんぎょう、ぢんちょうげ等の世界となります。蝋梅や梅のように美しく花をつける樹木を『花木』とよびますが、梅は早春の花木中でも第一の木として、昔から愛せられて、庭木や盆栽にも仕たてられるものです。梅はもと〱土地の乾いた日當りのよいところに適し、陰地には、ふさはない木ですから、梅林を作るには、なるべく南向きで土地の傾斜したところがよいのです。樹木には、それ〲日陰地にもよく育つ木や、また日陰と日陽の中間のところを好む等、種類によつて、土地に適、不適があります。その中で、日陰にもよく育つ木を『陰樹』とよび、日陽地を好む木を『陽樹』といひます。樹木のこの性質を知つておくことは大切なことで、庭木を植ゑかへるときにも、山に木を植ゑつける時でも、それ〲の木が陰樹か陽樹かによつて、それ〲適當な土地に植ゑることが必要です。  さて梅の花も終りとなり、日毎に風も暖かになりますと、桃の節句の桃の花、油菜の花がさきます。野や畠にはたんぽゝが黄色くかゞやいてきます。その頃には河岸の柳も芽を出して、やさしい枝を風に靡かせはじめます。それからだん〱に、冬の間すっかり葉を落してゐた落葉樹も一齋に、ぽか〱した日を浴びて緑の若芽を出しはじめます。野に山に陽炎が燃えてきます。ところによつて芽を吹く時季はむろん違ひますが、東京附近では三月の中旬頃から五月頃までに、芽を出します。やまざくらのように緑色の若葉をもつもの、生け垣に多いかなめもちのように紅色のうつくしい若芽をもつものもあり、またまつは緑の針を出して一二年も持ちこたへた古い葉を少しづゝ替へていきます。それから、かや、まき、とべら等の常緑樹の發芽を最後に五月の上旬頃には、すべての樹木は春の着つけを終つて、ついで來る夏の生活の備へをします。 (五)新緑  木々が若葉青葉に飾られた頃はすが〱しい景色です。一年中でもその若葉がどうしてあんなに紅や緑色の美しい色を現すのかといひますと、その色は葉の表面の部分、即、表皮や、葉の内部の細胞の中に紅色やその他の色が含まれてゐるためですが、それといふのも、若葉は葉の外部に丈夫な皮もなく、質も軟で弱いので、強い日光にあたるのをきらひます。それで葉の内部に色のある液を含んで、その強い光を遮るわけで、つまり若葉が自分自身の保護をするのです。しかし木の葉がだん〱に發達して、組織も丈夫になるに從ひはじめの色は次第に消えて、つひにその樹木特有の色となるのです。春の終りには葉が皆緑色になるのは、さうしたわけです。また木の葉ははじめから淡緑や、黄緑の色のものが多いのですが、その若葉の色も、その樹木の種類によつて、それ〲異るものと見なければなりません。  同じ新緑のうちにも濃い緑や、淡い緑のもの、黄緑のものなどがあります。例へば日比谷公園横の道路や、青山赤坂通りなどに植ゑてある鈴を下げたような實のなる並木樹として立派なすゞかけの木は、明るい淡緑色をしてゐます。幹が青くつる〱した、葉の大きいあをぎりの若葉は黄色がかつた緑色です。かういふ風に葉の同じ緑色の中にちがひがあるのは、なぜかといふと、これは、主に葉の細胞内に含まれてゐる、緑色素といふものの濃さ淡さによるものです。この緑色素は顯微鏡で見ると美しい小さい緑の粒でそれを『葉緑粒』とよんでゐます。かく緑色は植物の、特に葉に固有な色で、われ〱は木といへば、すぐに緑の色を思ひ出さずにゐられないくらゐ親しい色です。 すゞかけのき  これで木の若葉の美しい色や、新緑の緑色のこともおわかりになつたと思ひますから、次ぎには樹木の生活について少しお話をしませう。第一に、青々した、木の葉といふものは、植物にとつては一番大切で、ちょうどわれ〱の心臟や胃や膓のような、生活上の必要な器官です。その葉の内部の葉緑粒は、毎日、日光の力をかりて、空氣中にある、人間に害をする炭酸瓦斯も吸ひ、そのかはりに、人間になくてはならない酸素をはき出して、砂糖や澱粉といふような含水炭素とよぶ養分を造り、それを葉から枝へ、枝から幹を下つて根に送つて、木全體の發育のための養分にし、その殘りは蓄へておきます。かういふ風に、葉が日光の力をかりて、その木自身を養ひ、生活をつゞけていく、この作用を『炭素同化作用』といひます。樹木の葉が青々と茂つてゐるのは、この重大な役目をはたすためです。そのために、木は若葉をふいてから次第に葉を丈夫にかため、夏の盛りを幸に、どん〱太陽の光と共に働いて、秋に紅葉をする支度や、冬が來ても困らない、養分の貯へをするのです。 (六)夏の景色  さういふわけで夏には木々は、見るからに元氣な青々した色をして、はちきれるような生活をします。みなさんはじり〱と燒きつけるような海岸の砂濱に出たり、汗を流しながら登山をされるときのことを考へてごらんなさい。  海岸には、枝ぶりのうつくしいくろまつがつらなり生えたりしてゐます。同じ松でもあかまつは山に適してゐますが、くろまつは潮風に最も強い木です。その林があるので、ただに景色がいゝばかりでなく、前にもお話したように海嘯の害を防ぐことも出來ます。また海のつよい風は濱邊の砂を吹き飛ばして、砂丘を造つたり、その砂丘の砂をまた方々へ吹き運んで、大事な田や畑や、時によると人家までも埋めてしまふことがあります。海岸のくろまつの林は、さういふ砂の飛來を防ぎとめる役目をもするのです。  また登山をする場合には、平原から山麓、山腹へかゝり、それから山の頂上に着くまでの間には、植物の姿がいろ〱に變つていつて、高い山であれば頂き近くには、木がおのづとなくなつて、草本ばかりとなり、なほ上ると、しまひには、たゞ岩石ばかりで草もなくなつてしまひます。また谷や濕地や、瀧や湖沼の附近には、特殊な草木がしげり、高原にはそこにのみ育つ植物がはえてゐます。夏の高原一帶に高山植物がさきつゞいてゐたりする光景はとても、下界では想像もつかない美しさです。かように、高山に登るに從ひ、植物が變つて行くことや、高山植物のことなどは後にあらためてくはしくお話をします。 (七)秋の紅葉  春の若葉や新緑の森の美しさとともに、夏の濃緑がすんだ後の秋の林の紅葉の景色も、いづれ劣らぬ自然の誇りです。日本には昔から紅葉の名所が多く、また、いたるところに紅葉を見ることが出來ます。  關東では日光や鹽原、關西では京都の嵐山、高尾などは有名なものです。一たいどうして木の葉がそんなに紅くなるのかといひますと、それは秋になると急に涼しくなる、その氣候の變化のために、新緑のところでお話した、葉緑素が次第に變つて來て、葉の中の細胞内に紅色の液體が出來ますからです。紅葉の美しさは、植物そのものゝ種類と、その發生の状態とでそれ〲異ひますが、一面には附近の景色にも左右されるものです。青々と茂つたまつやもみなどの常緑樹の間にそまつた紅葉は、色の配合で、紅色がきはだつて、てりはえ、また、湖や沼や溪流を前にしても、やはり一だんと、美しく見えます。  つぎには紅葉する木は、どんな木かといひますと、日本では普通もみぢ(槭樹)が一ばん多いのです。中でも、やまもみぢは庭にもよく植ゑられます。深山にある紅葉はまた種類が異ひ、一ばんうつくしいのは、はうちはかへでで、それは葉が羽團扇のようで、長さが二三寸もある大きなものです。このほかもみぢ葉の形をしてゐない葉でも、いろ〱紅葉するものがあるのは、みなさんもよくご存じでせう。霜が降る頃になりますと柿の葉や、蝋燭の蝋を取るはぜの葉や、なゝかまどといふ木の葉ももみぢに劣らず、美しく紅葉します。また木の葉は紅くなるばかりでなく、黄色に變るのも少くありません。その中でも、いてふがお社の境内などに眞黄色になつて、そびえてゐたりするのは、實にいゝ眺めです。 (八)冬の森  さうした紅に黄に色どられた秋の山や林も、冬が來ると、すっかり葉がおちつくして、まるで枯れ木ばかりのような寂しい姿になり、たゞ常緑樹のすぎやひのきの木だけが黒ずんだ葉をつけたまゝ暖かい春の日が再び廻つてくるのを待つてゐます。つまり落ち葉は冬の寒い時には夏の間に盛んに根に貯へた養分をそのまゝ持つて休養するのです。  皆樣はしかし冬の間にも木の枝をよく見ると落葉樹でも常緑樹でも、それ〲芽をもつてゐるのが見える筈です。これは『冬芽』とよび、落葉樹では葉の落ちたあとの枝の間から、常緑樹ではその葉と枝との間に芽ぐんで寒氣をも平氣でくゞつて少しづゝ生長を續け春になると急に發芽するわけです。  以上で樹木が春芽を出してから、しまひに冬を迎へ、再び春をまつまでのお話を、一とほりすましました。 (九)老樹名木の話  樹木が地上に生えた後は、今お話したような生活を續けて、ずん〱伸びて行くのですが、かうして、おほよそ幾年間ぐらゐ生きるものかといひますと、それは、その土地のいろいろな状態や、外部からの影響もあるので、一樣ではありませんが、それ〲の木は、おのおの一定の年月の間生育するもので、普通の木でも二三百年から五六百年ぐらゐ生きてゐるものが多く、中には千年以上も生きるものがあります。人間の壽命を、かりに五十年とすれば、樹木はおよそその十倍も長命をするわけです。その年月がどうしてわかるかといへば、植ゑつけた記録による外には、木を横に切つて、生地に出てゐる圓い環が幾つも重つてゐるその理の數を數へてみるとわかるのです。この環を『年輪』と言ひます。材木屋の店先に行つて、圓い材木のはしを見れば、これが年輪かと、すぐにわかります。これは木は夏の間はさかんに生育する、言葉をかへて言へば幹の内部の細胞がどん〱生長するのにたいして冬の間はその生長がとまるため、内部の細胞も、そのまゝ、伸びないでゐます。これが毎年くり返されると、その一年ごとに生長した部分だけが、圓く環になつて區分けがつくのです。しかし樹木によつては氣候の急激な變化のため又は、病虫害で一時葉を落したりすると、この生長状態に例外が出來て、環が完全に現れず、半分ぐらゐで消えるのがあります。さういふ片わの年輪のことを『擬年輪』と呼びます。これはその木の生長年數を數へるときは除いて數へなければなりません。  次ぎに日本にある長生きをしてゐる大木の有名なものを少し上げて見ませう。  今、日本で一番大きい木といへば鹿兒島縣姶良郡蒲生村にある大樟です。これは幹のまはりが、地上五尺の高さのところでしたが七十三尺八寸あり、根元のまはりは百二十五尺四寸もあつて、木の高さは十五間、樹齡八百年と言はれてゐます。今かりにその木の根元から切つた切り口に疊を敷いてみるとしますと六十九疊も敷けますから、けっきよく、八疊の座敷が八つと、五疊の部屋が一つとれる勘定になります。  次ぎに富山縣高岡市末廣町にある七本杉は、地上五尺のところで幹廻り六十六尺、木の高さ二十餘間、樹齡は一千年と稱へられてゐます。この木はもと根株から七つの幹に分れてゐましたが、内五本は先年の暴風で折れて今は二本の幹だけとなつてしまひました。  臺灣阿里山にもすばらしい巨木があります。阿里山で神木ととなへられる臺灣花柏(紅檜)は、地上五尺の高さの幹のまはりが六十五尺、木の高さ二十五間、樹齡二千年といはれてゐます。明治神宮大鳥居はいづれもこれと同じ木で造られたものです。 阿里山の神木(紅檜)  以上の外日本には各地に老樹名木があつて、一々あげて數へることも出來ません。日本で最もおほきく生長する木はくすの木が第一で、次ぎはすぎ、たいわんさわら、いてふ、しひ、まつといふ順になります。  また高さの最も高くなるのはすぎで、秋田縣の長木澤の杉林や甲州身延山の千本杉の中には、高さが三十五間もあるのが見られます。それから樹齡ではさっき言つた阿里山の紅檜が第一で、千二三百年から二千年近くのものが澤山あります。  各地にのこつてゐる、かういふ老樹名木は、たゞ植物學上または林業上あるひは、風致の上からの研究の資料として意味があるばかりでなく、いづれも、數百年または千餘年の間、その土地にゐついてゐるのですから、何よりもその地方の過去を思ひ起させ、地方歴史上の參考ともなり、愛郷心をも養ひ、ひいては愛國心を育むことにもなります。なほこれからお話をする日本の森林植物帶取り調べにはこれらの老樹はなくてはならぬものなのです。  皆さんこんないろ〱のわけをお話したら、われ〱がお互に、今生き育つてゐるすべての老樹名木を、ます〱大事にして、出來る限り長命をさせるように努めなければならないことがおわかりとなりますでせう。 日本森林植物帶の話 (一)森林植物帶とは何か  高い山に登られた人は、だれでも氣付づてゐることですが、山に生え茂つてゐる樹木も麓と中腹とでは、まるで種類がちがつてをり、頂上近くになると、又さらにほかの種類の植物が生えてゐます。  それから遠くへかけて旅行するとわかることですが、例へば臺灣から九州へ渡り、本州を縱斷して北海道へ行くとしますと、九州では臺灣で見なかつた木が茂つてをり、北海道へはひると、又さらに、すっかり變つた木ばかりで、かなり、ちがつた遠い國へ來たといふ感じがします。かういふ風に、土地の高低や位置の相違によつて、寒さ暖かさがちがふにつれて、生える樹木もそれ〲ちがふのです。  もと〱地上の植物が生長するには、土壤のほかに、𤍠と光と水とがなくてはなりません。𤍠帶地方はこの三つのものが、うんとそろつてゐるので植物が一番よく茂つてゐますが、次第に南と北の兩極に近づくに從つて、草や木も少くなり、何一つ生えない不毛の平原になつてしまひます。しかし、人々が餘程の田舍にゐても住めば都で、それ〲たのしくをさまつてゐるのと同じように、植物も𤍠いところであらうと、寒いところであらうと、生育出來る限りそれ〲、じぶんに向いたところに根を下して、生きてゐます。ですから、われ〱が、ある一つの土地にはえた木を、やたらにわきへ持つて行ったつて、それが一々つくわけのものではありません。ばなゝの木を東京にもつて來て植ゑてもそのまゝでは實はなりません。また涼しい奧羽地方に出來る林檎や櫻桃は暖かい九州地方では植ゑてもよく育ちません。つまり樹木は各々一ばん適する場所にあつてはじめて完全に繁殖することが出來るのです。そのため、地球上でも、赤道を中心にして兩極に向ふにしたがひ、又は海岸から高い山へ登るにつれて、その寒暖の差に應じ、しぜんとそこに生える樹木の種類が違ひ、森林のあり樣もそれ〲かはつてゐます。  この、おの〱の位置によつて生える樹木の種類と森林の形とが異つてゐるあり樣を名づけて、『森林帶』または『森林植物帶』と言ひます。わかりやすく言へば、地球上の部分部分が、赤道に沿うて帶のように細長くわかれてをり、その一つ〱に、それ〲ちがつた植物がそだつてゐることをいふのです。 (イ)水平的森林帶。 同じ平地でも臺灣と本州と北海道とでは樹木が違つてゐるように地球上の緯度の差につれて、言ひかへると赤道から南と北とへ向つて平にすゝんでいくとすれば、𤍠いところから寒い地方へ行くにつれて、そこに生育してゐる樹木の種類及び森林の形が各々異つてゐる、とは今はお話しました。この森林のそれ〲異つた状態にある幾條もの帶を『水平的森林帶』といひます。  ですから地球が、かりに山がなくて一面の平地であつたならば、それらの緑の地帶は、赤道を中心にこれに並行して、北と南とへ美しい環をえがいて、地球を取り卷いてゐるはずですが、しかし實際は、海や山が不規則に入り亂れてゐますから、その水平的森林帶も、ところ〲で中斷し、また氣候にも影響されて不規則な帶となつてゐます。 (ロ)垂直的森林帶。 次ぎに森林帶はまた垂直的にも見ることが出來るのです。海岸からだん〱に山地へかゝり高山へ登つていくにつれ、だん〱と温度が低くなるのは、ちょうど緯度の南から北へ進むにしたがつて寒さがますのと同じです。緯度は一度進むごとに攝氏の約一度づゝ温度が下りますが、高山ではおよそ百五十めーとるから二百めーとる登るたびに攝氏の一度ぐらゐ、温度が低くなり、登れば登るほど寒さを加へます。ですからさういふ山に生えてゐる樹木は、寒暖の差や、そのほか氣候の變化によつて、山麓から頂上までの間にいろ〱模樣の變つた幾つかの森林帶がかさなつてゐるわけです このように土地の高低によつて現れる森林帶のことを『垂直的森林帶』といひます。 (二)日本の森林帶  これから日本の森林帶についてお話しませう。  御承知のように日本は、北は北緯五十度三十分の千島の果てから、南は二十二度の臺灣にわたる細長い島國で、地理上臺灣の南部は𤍠帶に、本州、北海道は温帶に、千島、樺太は寒帶近くになつてゐます。從つてところによる氣候や土質の變化も甚だしく、そこに育つ樹木や、森林も、おのづと、いろ〱ちがつてゐます。それをわけると、一、『𤍠帶林』二、「暖帶林」三、『温帶林』四、『寒帶林』の四つになります。 (イ)𤍠帶林(又は、榕樹帶)。 日本で𤍠帶林にはひるものは、臺灣の平均一千五百尺以下の平地、琉球本島の南半分、小笠原群島、新領土のマーシャル、カロリン、マリアナ列島等、一年中の平均温度攝氏二十一度以上の土地です。この帶の特徴として、一年中霜や雪が降らないので、植物の生長が全然休止する時がありません。  樹林には榕樹、赤榕樹その他蒲葵やたこのきといつたものが盛んに育つて空をおほうてゐますが、中でも榕樹はこの帶の代表的なものですから、𤍠帶林のことを榕樹帶ともいひます。なほ、珈琲、椰子の木、護謨樹、船材にする麻栗等、非常に有用な木も大抵この帶に栽培することが出來ます。 熱帶林(ひるぎ林) (ロ)暖帶林(又は、櫧帶)。 この帶に屬する區域は、沖繩縣の中央以北から、四國九州の全部と本州の南部で、平均北緯三十六度以南の地です。温度でいへば、同温度の地方をつなぎあはせた線、すなはち同温線の攝氏十三度以上、二十一度以下の地です。この帶の樹木は、櫧帶といふほどかし、しひ等の常緑濶葉樹がおもにそだち、海岸の潮風の強い砂地には、よくくろまつが生え、南部にはくすのきが多く生えて暖國的な氣分をたゞよはせてゐます。 しひのきの實と小枝 しらかしの實と小枝  元來この帶の樹木はすべて常緑濶葉樹で、こなら、くぬぎ等の落葉濶葉樹がその間に點々と混つてゐる筈なのですが、常緑濶葉樹は昔からたび〱伐られたり、又は野火の害に會つたため、數が減り、反對に落葉樹や松林などがふえて來ました。なほこの帶は氣候が温和で人の居住にも適當し、また高山の中腹以下の地なのですから、土地が早くから開け人口が多く、物産の出るのも、ほかの帶よりずつと多量です。  今日、ひのき、すぎ等の林をこの帶の中に見るのは、人が移し植ゑたもので、もと〱ひのき、すぎ等は温帶林に生育してゐたものです。 (ハ)温帶林(又は、椈帶)。 この帶は暖帶林のつぎにつくもので、本州の北部から北海道大半の西南、及び朝鮮の大部分にもあり、同温線六度以上十三度以下の土地です。垂直的の森林帶でいひますとこの帶の下部界が、暖帶林の上部界にあたり、この帶の上部界は臺灣では中央で一萬尺の高山に達してゐます。九州や山陰、山陽地方、畿内諸國も山が低いので暖帶林の上部界の上部はすべて頂上までこの帶に屬し、四國では六千五百尺のところを境とし、奧羽地方では更に下つて四千七百尺から三千五百尺の高さまでになり、北海道の南部では一千五百尺に下り、その中央では遂に海水面と一致してゐます。この温帶林にはどんな樹木が生育してゐるかといふと、一番いちじるしいのがぶなの木です。本帶を一名『椈帶』といふのもぶなが、その代表樹種であるからです。しかしこの帶に屬する土地でも、その南部では、自然のまゝに育つた林が少く、人がどん〱伐つてはその跡へすぎ、ひのき等を植林して育てた林が多いので、今日ではぶなの林を見ることが出來なくなつた場所も少くありません。けれども暖帶によく生育してゐるかしの類が、こゝでは自然に消えてなくなつてゐることや、もと〱温帶林にぞくする老樹が殘つてゐるのを見るとそこが温帶林であることがわかります。 暖帶林(樟などの常緑樹林)  かく、その帶の特徴樹種はぶなですが、その外におほなら、みづなら、とち等の落葉濶葉樹を混じてゐることもあり、地方によつてはひのき、さわら、ひば、すぎ等の針葉樹をまじへてるところもあります。木曾や秋田その他の地方で、特別に針葉樹を保護してゐる土地を除けば、あとはほとんど落葉樹で、冬になつて木の葉が落ちると、まるで枯れ木が遠く天に連なつてゐるように寂しい景色になります。 温帶林(ぶなの林) ぶなのき (ニ)寒帶林(又は白檜、椴松帶)。 この帶は水平的には北海道の中央以北、つまり温帶林の北部で、同温線攝氏六度以下の地方と、千島、樺太の全部を占めてゐます。これを垂直的に見れば、平地では𤍠帶に屬する臺灣でも、新高山のように高さ一萬三千尺にもあまる高山があるので、前の温帶林の上部にこの寒帶があります。  しかし九州にはこの帶にはひる土地がなく、四國の六千五百尺以上の高山(石槌山、劍山)に、僅にこの帶の下部界を見ることが出來ます。本州では中部の諸高山の六千尺から九千尺までのところが、この帶にはひり、北海道の中央では三千五百尺、樺太の日本領地では二千尺から二千五百尺の高さまでがそれです。  この帶には主として、白檜、とゞまつ、えぞまつ、あをもりとゞまつといつた常緑針葉樹林でなり立つてゐますが、本州では高山の頂き近くにしらべやあをもりとゞまつが多く、臺灣の高山にはにひたかとゞまつが生えてゐます。 しらべ 鱗果をつけた小枝 寒帶林(臺灣新高とゞまつの林)  以上お話したのは、つゞめていふと暑い𤍠帶から暖、温、寒といふ風にその各地方に適してよく育つ森林の區域と、その帶の特徴とでした。こゝまで來ますと最後の寒帶林の上部はどうなつてるかといふ疑問が出て來るでせう。 (ホ)灌木帶(偃松帶)。 えぞまつやとゞまつの針葉樹林を出てその先へ移ると、急に光が強く、あたりはぱっと明るくなつたような氣がします。即、そこは灌木帶といふところで、殊に偃松が目につくので、偃松帶ともいつてゐます。偃松は地上二三尺のところに腕を伸ばし、肘を張つたように、枝を四方にひろげてゐます。葉は五葉で裏が白く、普通の松とはずっとちがつてゐます。またこの偃松がなくて、そのかはりに灌木状の落葉樹が茂つてゐるところもありますが、かように偃松や灌木状の落葉樹が生育してゐるのは、そこが高山で氣候が極めて寒冷であり、風も強いので、しぜんと、木も低く小さくなつたのです。  本州の木曾や甲州、信州等の高山に登つた方はよくご存じでせうが、日光の白根山、男體山やまた富士山などでは偃松を見ません。この帶には偃松のかはりに、いはやなぎ、しゃくなげ、なゝかまど、やまはんのき、べにばないちご等が生育し、特にしゃくなげはつや〱した厚い葉、硬い枝、美しい花が目立つので、他の木とすぐに見分けがつきます。花は普通紅い色ですが、中には黄や白の美しいものもあります。  以上のすべての木は、みんな幹や莖が小さく低くて、多くは一つところに群生してゐます。またそここゝの灌木の下には、次ぎにいふ高山植物が可愛く生えてゐます。山によつてこの灌木帶の幅は大變狹いところもあります。この帶の間に、高山植物の草本帶が混つたり、時には偃松が草本帶の中を通り越して、山頂近くまで伸びてゐることもあるので、各帶をはっきりと區別することは出來にくいのです。 (ヘ)草本帶(高山植物)。 人々がお花畠といひ山上の花園としてめづらしがり、あこがれてゐるのがこの草本帶です。前の偃松帶の上部が徐々にこの草本帶に移つて行きます。この帶は日本の諸高山では大概山の頂きに近いところに現れてゐて、高さは八九千尺から一萬尺に及んでゐます。草本帶には、乾燥したところに生える植物、すなはち『乾生』のものと、濕氣のあるところに生える『濕生』のものとの區別があつて、前者は岩石や砂地の乾燥した場所に生え、後者は濕氣のある中凹みのあるところに生えるのです。  高山にはよくさういふ凹地に水を湛へて、時には沼地を形づくり、附近の岩の間に雪をためてゐたりするところがあります。沼地にはこの雪が溶け流れこむので、その沼水の温度は非常に低く、ひどく冷たいわけになります。  乾燥地すなはち岩地、砂地の水分の少いところでは、植物も澤山群つて生えることが出來なくてそここゝと岩石地に根をおろし、風が強いので葉は地にへばりついてをり、根は莖に比べて非常に太く長くなり、岩の裂け目などに深くもぐりこんでゐます。この植物のうち岩の碎けて積つた上に生えるものには花が赤くて紅緑の葉をもつた優美なこまぐさや、鋸葉の四出した莖のさきに赤い唇形の花がむらがつてゐるみやましほがま、梅に似た黄色い花をひらき鋸齒のある圓い葉を三つづゝ、絲のような莖につけたみやまきんばい、小さい芝のようなみやまつめくさ、たかねつめくさ等があります。  また岩の隙き間には、青紫のちしまぎきょう、いはぎきょう、花は白梅に似て、葉は豆のように厚ぼつたいいはうめ、鋸齒のある腎臟形の葉を根元に出して、莖の上に黄色の五瓣の花をつけるみやまだいこんや、はゝこぐさに似て白ふらんねるのような葉を持つてゐるみやまうすゆきそう等が生えます。  次ぎに草原の濕地は『腐植土』といつて、植物が枯れて、根や枝や葉が腐つた肥料になつてゐるような土に富み、水分も多いので、植物の生育には大變都合がよいため、こゝではいろんなものが伸び〱と群つて茂り、美しいさま〲な花が咲き誇ります。こゝに生えるものは、葉も花も乾燥地に生えてるものより大きく、色も綺麗なものが多いのです。黄金色のものではしなのきんばい、みやまきんぽうげ、白くて大きな、梅の花に似たものにははくさんいちげ、淡紅色のいはかゞみ、かわいらしいみやまをだまき等澤山な種類があります。  これらの多くの高山植物に色どられてゐる、いはゆるお花畠は、日本では本州中部の日本アルプスの諸高山に多く、中にも白馬山のは有名です。年中雪に閉されてゐた山頂に夏が來て、雪が溶けると、すぐその下には可憐な草が目も覺めるばかりに咲き出でます。眞白な雪溪に隣り合せて、このお花畠を見るときの感じは、なんとも言へず、貴く、かわゆく、美しいものです。 (ト)地衣帶。 地衣帶は草本帶の上部に接してをり、兩帶の區別ははっきりとしませんが、ともかく一萬尺もの高さのところでは、きびしい寒さと、激しい風とでほとんど草も生えることが出來ず、たゞ裸の岩の上に地衣が固着してゐるきりです。この地衣のために、岩はいろ〱美しい模樣や紋を現してゐます。日本では木曾の御嶽や駒が嶽はこの帶の位置がよくわかります。この帶の上部はそれこそ地衣もない裸のまゝの岩石です。 (三)富士山の森林植物帶  以上で日本の森林植物帶を水平的にも垂直的にも見て來たわけです。つぎには、どなたにも名前のしたしい富士山への登山と、その森林帶とのお話をして、森林植物帶のお話を、なほよくわかるようにしておきませう。  富士へ登るには、普通吉田口、御殿場口、大宮口と三つの登山道がありますが、森林帶を見ながら登るには吉田口か、大宮口を選んだ方がいゝと思ひます。こゝではかりに大宮口から登るものとしてお話します。  あの廣々とした富士の裾野には、普通の登山期よりも少し遲れて八九月の頃には、殊に美しい秋草がたくさん咲きます。そこには春とちがつて新しい緑の色は少いですが、春の野よりも色どりには變化があつて綺麗です。われもこう、ききょう、かるかや、おみなへし、すゝき、ふぢばかま、はぎの秋の七草をはじめ、いろ〱の草が野原一面に咲いてゐます。しかしこの裾野は大昔からこんな草原だつたのではありません。  古い〱昔は、この一帶は暖帶林の上部から温帶林の下部に屬する樹木、すなはち常緑の濶葉樹や落葉樹でおほはれてゐたのです。ところが、それが古くから火事で燒かれたり、斧で伐られたりして、天然にあつたそれ等の樹木が大抵消えてなくなつてしまひ、つひに今日見るような茫々として、はてしもないような草原になつたのです。今、ところ〲にすぎやひのきやあかまつの林が見えるのは、人が新しく植ゑたのです。  この裾野の景色を眺めながら、だん〱上つて一合目をも過ぎ、海拔三千五百尺あたりのところへ來ますと、いつしか草原も、人が植林した林などもなくなつて、ずっと奧ゆかしい、ちがつた林間にはひります。  つまり温帶林の上部にはひつたわけで、喬木のぶな、おほなら、はしばみ、もみぢ、けやき、かつら、ほゝのき、きはだ、みづき、かば、くり等の落葉濶葉樹が、うっそうとしてをり、ところ〲に温帶林の特徴樹であるぶなの巨木が茂り、木の下には種々な灌木、草本、蔓生植物が盛んに生えてゐるのを見ることが出來ます。さらに二合目を過ぎて海拔五千七百尺のあたりへ來ますと、林は一變して今までの濶葉樹は急に少くなり、常緑針葉樹ことにもみ類こみつが、ひのきに似たとうひやしらべ等の巨木が聳えてゐます。前の落葉濶葉樹の葉が淡緑色で美しいのに反して、こゝでは針葉樹は暗緑色で、林の中は濕氣が多く、また木の下には蔭に耐へる木が生えてゐるほかに蘚苔類も澤山生えてゐます。 富士山の森林帶  こゝは、つまり、寒帶林で、いはゆる常緑針葉樹帶です。それから海拔八千尺の四合目まで登れば、林は三度その姿を變へて、常緑針葉樹の林は落葉針葉樹のからまつ林となつて來ます。そこへ來ると最早寒帶林の終りに近づいたことがわかります。すなはち落葉松林の幅はごく狹くなつてをり、木も小さくなつてゐます。そこから上は再び落葉濶葉樹のかば類とかはんのき類とか、美しい花が咲くしゃくなげ等の小さく低い植物が生育してゐます。  この灌木帶を過ぎて六合目の海拔九千尺のところにつきますと、そこは最早森林帶の境目で、そこから草本帶となるのですが、富士山には日本アルプスの諸高山で見るような、お花畠は見られません。こゝからは岩石と砂礫の道を一歩々々踏みすゝんで、つひに海拔一萬二千餘尺の絶頂へたどりつくわけです。  富士に限らず、ほかの高山に登るときでも、今お話したような森林植物帶をつぎ〱に見きはめることが出來ます。富士山はほとんど海面からそびえ立つてゐると見てもよいのですが、しかし、山によつてはじめから土臺の高いところでは、山麓に草原がなく、麓からすぐに喬木の林に入ることも出來ませうし、北へ行けば行くほど、たとひ低い山でも温帶林、寒帶林、灌木帶、草本帶と、高さに從つて、それ〲生えてる植物が變つて行くのが目につきます。 山の動物 (一)山の獸  日本は南北に長く續いてゐて、ところによる氣候の變化もいろ〱ですから、動物もまた、いろ〱なものが棲んでゐます。野生の獸だけでも、二百六十八種、牛や馬その他家畜動物は十六種もゐますが、こゝでは山に棲む動物について少しくお話しませう。山や野には、二百六十八種もの動物がゐるといひましたが、しかしわれ〱が實際に山を歩く場合は、めったにさういふ動物に出あはすものではありません。登山者が熊にぶつかるなどといふことは、さう〱あるものではないのです。しかし、本州、四國、九州の山にわたつてくま、ゐのしゝ、しか、かもしか等の大きな獸が棲んでゐるのは事實です。  熊は本州の山に産するものは、アジア大陸に産する黒熊の變種です。秩父の山や駿河、甲斐、信濃、相模、越中、越後等の山中にをり、木の實ややまぶどうを好んで食べてゐます。  北海道の熊は、みんな羆の種類で内地に棲んでゐる熊とは異ひます。からだ全體が黒く顏だけが茶色のや、肩から胸に白い斑のあるのもゐます。木登りも水泳ぎも非常に上手です。食物はおもに夜出て草の根、果實、魚、かに等をとり、ときには人里へ來て、家畜をかすめとつていくこともあります。  野猪は形が豚に似て全身黒褐色のあらい毛でおほはれてをり、頸が短いので駈けだすと急には方向を變へられない動物です。猪の牙は犬齒の發達したもので、この牙で獲物を引っかけたり、敵を防いだりします。夜になると方々を歩き廻つて、筍、松茸、芋、稻、大豆等の農作物をあらしたり、木の實を食ひ、野鼠、兎なども捕へて餌食にします。  鹿はみなさんもよく見てご存じでせう。鹿は本州、四國、九州、朝鮮等に廣く分布してゐます。牡鹿は牝鹿より少し大きく、頭部に角を持つてゐます。この角は毎年ほゞきまつた時期に一囘落ち、翌年また生えます。年を經るにしたがつて叉状にわかれますが三本角以上にはなりません。また鹿は春と秋との二囘毛をかへます。われ〱が『鹿の子』とよんでゐる斑のある毛は夏毛のときのものです。食物は春、樹木の若芽が出ると好んで食べ、また汁の多い草も食べますが、夏になつて草木が生長すると穀物やそば等を食べ、寒くなつて木の葉や草が萎れると森林内でぶな、かし、くりの木の實を食べたりします。  日本の狐は日本固有のもので山の穴に棲んでゐます。體は二尺ぐらゐで尾が長く、からだの半分以上もあります。食物は主に野鼠ですが、人家に近いところでは鷄などを掠めることもあります。しかし近頃は狐の毛皮で帽子、首卷きなどが造られます。米國から移入して飼養されてゐるものもあります。  狸は俗にむじなともいひますが、これは地方によつてさういふのでたぬきもむじなと同じです。また穴熊のことをむじなとよぶ地方もあり、夏時のたぬきのことをむじなといふところもあります。狸の毛皮は大變役に立つもので、値段も高いのです。狐や狸は昔は人を化すものと信じられたりしましたが、決してそんなばかげたことがあり得るわけもありません。狸は性質が極めて臆病で、人間にも慣れ易い有用な動物です。  以上のほか北海道にはおほかみが少し殘つてゐます。内地でいふおほかみはやまいぬのことです。また内地の山にゐるやまねこは家猫の逃げて、いつのまにか山の生活に慣れてしまつたものなのです。  次ぎに山に棲む面白いけものにむさゝびといふものがゐます。四肢をひろげて木から木へ飛びわたりますが、鳥のように上へは飛べません。枝から枝へ飛び下るだけです。これは北方に棲むものほど毛の色が薄いのですが、南方のものは濃い。きつね、たぬき、てん、のうさぎ、むさゝび、りす等山に棲むけものはどこにゐるのでも毛皮は役に立ちますが、特に北方に棲むものほど、質がいゝのです。  縁日でよく赤い目をしたかわいゝ、白や斑のうさぎを賣つてゐるのを、みなさんも、たびたびごらんになつたでせう。しかし山には褐色のうさぎがゐます。日本の山のうさぎには二通りあつて、その一つは平常褐色をしてゐますが、冬になると眞白に變るもの、も一つは一年中通して褐色のものです。冬白くなる兎は越後兎といつて寒い國の雪の降る地方に棲んでゐます。つまり兎は外敵に弱い動物ですから、冬雪が降つて野山が眞白になれば自分のからだをも同じように白くして外から容易に見つからないようにするのです。かういふ風に自分で自分を保護するために外界の物の色と同じ色をもつ、その色のことを『保護色』といひます。 (二)山の鳥  高原や高山に登る途中、鳥がわれ〱の足音に驚いて、ふいに飛び立つことがあります。その羽ばたきには、初めの間こそ、こちらでもびっくりしますが、しかしだん〱進むにしたがつて、むしろ鳥が飛びたつのも、道連れが出來たように懷かしくなるものです。殊に信州あたりの高原をかっこうの聲を聞きながら歩いたり、濶葉樹林の涼しい林間を登つたりするときには、鳥によびかけられるような氣がしてこちらからもかっこうと返事がしたいくらゐです。かっこうは山の鳥でもわりに人里近い平地にゐます。  かっこうはほとゝぎすの類で𤍠帶に棲むものですが、夏になると北方の涼しい地方へやつてくるのです。中には日本を通り過ぎて、もっと北の國へまで行くのもあります。じひしんちょう(慈悲心鳥)の聲は山中でなければ聞かれません。これは背に灰黒色、胸と腹が淡赤茶色で、同じその部分の白いほとゝぎすやかっこうと區別することが出來ます。木曾の御嶽や日光にもゐます。  次ぎに澄み切つた朗かな聲で鳴くぶっぽうそう(佛法僧)はきつゝきの類で、形は烏に似てゐますが、大きさはその半分もありません。羽毛は藍緑色で、翼と尾とが菫色を帶びてゐます。飛ぶときはその翅が實に美しい色に閃きます。この鳥は羽も綺麗ですが、鳴き聲も美しく、「ぶっ、ぽう、そう」と鳴きつゞけます。三河の鳳來寺山と高野山、比叡山の三箇所だけにゐる靈鳥で、決して姿を見せず、聲が聞えるだけだといひますが、もとは𤍠帶の鳥で、遠く渡つてくるのですから以上の三つの山ばかりでなく、ほかの深山にもゐるにちがひありません。  ふくろ(鶚)は體が一尺もあり、暗褐色の羽毛を趾までかぶつてゐます。翅が非常に軟ですから飛ぶときに音がしません。晝は木の洞穴や岩の隙き間などにひそんでゐますが、夜になると飛び出して、大きな目玉をぎょろ〱させて鼠などをさらつてあるき、薄氣味の惡い聲で「ほう、ほう」と、鳴きます。  この鳥は食物の中で不消化なものがあれば嗉嚢の中でまるめて、口から吐き出すから、巣の下には、かならず、さうした團子のような塊りが積つてゐます。みゝづくはとらふづくの類で、獸のような顏で、耳のようなものが立つてゐます。しかしこれは耳たぶではなく、實は毛が立つてゐるだけなのです。しかし、その下には耳の孔がありますから、その立つてゐる羽のために、いくらか聞えがいゝかと思はれます。羽は淺黄色に暗褐色の條紋があるので、とらふといふ名がついてたのでせう。この鳥について面白いことは、鳩やかさゝぎ、栗鼠等の造つた、古い巣にはひつて卵を産むことです。  高山のはひまつ帶にはらいちょう(雷鳥)といふものがゐます。晴天には草むらにかくれて出て來ませんが、曇つた日などには、とんで來て驚かされることがあります。鳴き聲も雷のように強く、いかにも高山の頂きに棲む鳥にふさはしい丈夫そうな鳥です。大いさは鳩よりも大きく、夏の間は翅と尾の一部をのぞくほかは、全部黒褐色で、冬になると雪と見誤られるように白色に變ります。これは寒國に棲む兎が冬の間眞白になるのと同じ保護色です。雷鳥ははひまつの芽や高山植物の若芽や實を食物としてゐます。性質は遲鈍ですから、人が近寄つても容易に逃げません。杖で叩けば落せそうな低い空を、うろ〱飛び廻つてゐます。また高山に特有なものに、いはつばめ、いはひばり等もゐます。 (三)山の魚  山岳の溪流にはあまり目にふれませんが、やはり特有の魚がゐます。いはな、やまめ、うぐひ、あゆ等はその中の主な魚で、高山の水が清く澄みきつてるように、その肉も、くさみがなく、味がいゝ。いはなややまめは𧮾谷を流れる激流の中で、はつらつと泳いでをり、二三尺も空に飛び上るほどの元氣ものです。水の澄んだところでは、鈎の先へ雷鳥の羽毛かそれがなければ、鷄の羽毛でもくゝりつけて下すと釣れます。濁つてるところでは餌づりをするのですが、釣り竿は長く丈夫なものがいゝようです。いはなは色が少し黒く腹に赤い點があり、やまめは色が白く縱に美しい藍色の條があります。またやまめの口はいはなより少し尖つてゐて、大きさは共に七八寸がとまりです。日本アルプスの上高地の梓川には、もといはなで、足が滑るといはれたほど澤山ゐたものですが、近頃はだんだん減つて來たようです。これは鹽燒き、てんぷら、煮つけ、刺し身などになり、鑵詰めにあきた登山者にとつて何よりの珍味です。  以上私がお話して來たことは、山林はわれ〱人間にとつては大變に關係が深く、いろいろの意味でずいぶん役に立つてゐること、それから有用な樹木のこと、日本の森林帶の話、山に棲む獸や鳥や小魚のお話でした。これでみなさんも山に關するいろ〱なことを覺えられたので、折があつたら高い山にも登つて實際について見られると、一層興味があるでせう。――(終)――