## 一

「親分、子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>が<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>るんだつてネ」

「聞いたよ、憎いぢやないか」

錢形平次は苦い顏をしました。

「赤ん坊なら何處へ連れて行かれても、それつきり判らなくなるかも知れないが、<ruby><rb>浚</rb><rt>さら</rt></ruby>はれるのは大概七つ八つから十二三の子だから何んな場所に賣られたにしても、土地の役人なり御用聞なりに、名乘つて出られさうなものぢやありませんか。江戸だけでも何人あるか知れないが、一人も<ruby><rb>行方</rb><rt>ゆくへ</rt></ruby>が判らないとは變だねえ、親分」

ガラツ八の八五郎も、時々は斯う言つた上等の智慧を出すこともあつたのです。

「だから俺は考へて居るのさ、相手の見當だけでも付かなきア、うつかり手は出せねえ、――だがな八、金や品物を盜られたのなら、働いて取返す<ruby><rb>術</rb><rt>すべ</rt></ruby>もあるだらうが、子供を浚はれた親の身になつて見れば、<ruby><rb>諦</rb><rt>あきら</rt></ruby>めやうがあるまい。惡事の數も多いが、<ruby><rb>信夫</rb><rt>しのぶ</rt></ruby>の藤太の昔から、人の子を取るほど罪の深いものはないなア」

錢形平次も妙に感傷的でした

「女の子だけを浚ふなら解つて居るが、時々男の子を<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>す了簡が解らないぢやありませんか」

八五郎はまだ首を<ruby><rb>捻</rb><rt>ひね</rt></ruby>つて居ります。

丁度その時、

「御免下さい、錢形の親分さんは<ruby><rb>此方</rb><rt>こちら</rt></ruby>で――」

門口から年配の女の聲、平次の女房お靜は取次に出た樣子です。

「八、また<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>らしいぜ」

「どうしてそんな事が判るんで、親分」

「女が二人連で、こんなに早く御用聞の家へ來るのはよく〱の用事さ」

「へツ、當るも八<ruby><rb>卦</rb><rt>け</rt></ruby>といふ奴で」

八五郎はガチヤガチヤをやる眞似をしました。

「金座の勘定役石井平四郎樣の御召使が二人でお出でになりました」

お靜が取次ぐのを待つて居たやうに、

「到頭俺の<ruby><rb>繩張内</rb><rt>なはばりうち</rt></ruby>へやつて來たのか、よし〱此邊が乘出しの潮時だらう、丁寧に通すんだよ」

「ハイ」

引返したお靜、間もなく二人の女を案内して來ました。

「始めてお目にかゝります。私は金座の役人石井平四郎の<ruby><rb>雇人</rb><rt>やとひにん</rt></ruby>、霜と申します。御坊ちやまの乳母をいたして居りました。これはお附の小間使春で御座います」

挨拶をしたのは、四十二三の如何にも實直さうな女、その後ろに小さく控へたのは、十七八の大商人の召使らしい美しい娘です。

「平次は私で、――どんな御用でせう」

「大變な事が起りました」

「坊ちやんが<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>されたんでせう」

「えツ、ど、どうしてそれを」

「お前さんの顏に書いてある」

「えツ」

お霜の驚きは<ruby><rb>大袈裟</rb><rt>おほげさ</rt></ruby>でした。

「まア、そんな事はどうでもいゝ、――坊ちやんの見えなくなつた、前後の事を<ruby><rb>詳</rb><rt>くは</rt></ruby>しく聽かうぢやありませんか」

平次の調子には、いろ〱の意味が<ruby><rb>籠</rb><rt>こも</rt></ruby>つて居さうです。

「かうなんですよ、親分さん、――昨夜<ruby><rb>戌刻</rb><rt>いつゝ</rt></ruby>少し過ぎでした。あんまり暑いんで、お春さんが坊ちやんを表の縁臺で遊ばせて居ると、晝買つた花火が<ruby><rb>箪笥</rb><rt>たんす</rt></ruby>の上にあつた筈だから、持つて來いと仰しやるんださうです。店には多勢人が居るし、まだ往來もある頃だから、何の氣なしにお家へ入つて、花火を搜して持つて出ると、ツイ今しがたまで遊んで居た、坊ちやんの姿が見えないんです」

「手間は取らなかつたらうな、お春さん」

平次は乳母の<ruby><rb>饒舌</rb><rt>ぜうぜつ</rt></ruby>を少し持て餘したやうに、側で默つて俯向いて居るお春を顧みました。

「いえ、ほんの煙草なら三服吸ふ間でした」

お春は、多い毛を重さうに、かう顏をふり仰ぎました。

申分なく美しい縹緻ですが、何となく弱々しいうちに、肉體とは<ruby><rb>沒交渉</rb><rt>ぼつかうせふ</rt></ruby>に強い魂を持つて居さうな娘です。

「そんな一寸の間に、何處へもいらつしやる筈は御座いません。それから大騷動をして、町中を搜しましたが、何處にも見當らず、奉公人や、御近所の衆や、お出入りの人達が八方に手をわけて、一と晩寢ずに搜しても<ruby><rb>悉皆</rb><rt>かいくれ</rt></ruby>行方が解らないんです」

「――」

「若しや、神隱しにでも逢つたんぢやないかといふ方もありますが、神隱しなら三年五年經つて出て來ることもありますが、――あの、この節江戸中の騷ぎになつて居る、子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>の手に掛つたら、何うしませう」

お霜は大きく眼を開いて、ゴクリと<ruby><rb>固唾</rb><rt>かたづ</rt></ruby>を呑みました。忠義者には相違ないまでも、お春に比べると、何となく神經の<ruby><rb>鈍</rb><rt>にぶ</rt></ruby>さうな女です。

「大事なことを訊かなかつたが、坊ちやんは幾つで、名は何と言ひなさるんだ」

「七つで御座いますよ。勇太郎樣と仰しやつて、それは〱お可愛らしいお子さんで御座いますよ」

お霜は自分の子の事でも言ふやうに<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>らし氣でした。少し動物的かも知れませんが、兎に角、自分の育てた子を、此上もなく可愛がつて居ることは確かです。

「お霜さんは江戸に家があるんだらうね」

「へエ、<ruby><rb>大根畑</rb><rt>だいこんばたけ</rt></ruby>（本郷新花町）に世帶を持つて居ましたが、亭主の文七がやくざで三年前に別れて了ひました」

「お春さんは？」

「<ruby><rb>木更津</rb><rt>きさらづ</rt></ruby>で御座います」

「兎に角、やつて見るとしよう。子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>も、長崎や<ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>や、大阪から<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>つて來たことで、江戸では品川寄と深川にあつただけだが、俺の繩張うちへ來ちや放つて置けまい。八、一緒に本町まで行つて見るか」

「へエ――」

平次とガラツ八は、お霜、お春の二人に案内されて、本町の石井平四郎の家まで行きました。<ruby><rb>金座</rb><rt>きんざ</rt></ruby>の勘定役といふと、今の日本銀行の重役で、その住居、調度、奉公人の數など、目を驚かすばかりの豪勢さです。

## 二

「錢形の親分、――飛んだ骨を折らせるが、<ruby><rb>搜</rb><rt>さが</rt></ruby>し出せるものなら、何とかして無事な顏が見たい。子供は多勢あるが、あれは總領で、生れて直ぐ母親に死別れただけに<ruby><rb>不愍</rb><rt>ふびん</rt></ruby>も一と<ruby><rb>入</rb><rt>しほ</rt></ruby>だ、――金づくで濟むことなら、――」

石井平四郎はさういつた男でした。金座の<ruby><rb>御金改役</rb><rt>おかねあらためやく</rt></ruby>後藤庄三郎の片腕と言はれた利け者で、元は吹屋町で<ruby><rb>手前吹</rb><rt>てまへぶき</rt></ruby>をして居りましたが、後、御藤庄三郎の配下になつて、その<ruby><rb>辣腕</rb><rt>らつわん</rt></ruby>を勘定奉行に認められて居たのです。

「御存じの通り、日本の津々浦々で大騷ぎをして居る子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>の仕業でしたら、容易にお請け合ひは出來ませんが、平次の繩張りへ來た以上は、何とか眼鼻だけは附ける積りです」

伜の命を助けるのまで、金づくで濟ませようといつた、成金根性が<ruby><rb>癪</rb><rt>しやく</rt></ruby>にさはつたものか、錢形平次は日頃に似氣ない奧齒に物の<ruby><rb>挾</rb><rt>はさ</rt></ruby>まつた物の言ひやうをします。

「宜しく頼みますよ、錢形の」

平四郎はさすがに打ち<ruby><rb>萎</rb><rt>しを</rt></ruby>れて居りますが、仕事が繁多なので、そのまゝ役所の方へ出かけて了ひました。

新造のお君は二十七八の美い女で、男女二人の母親とも見えぬ若さです。

「錢形の親分さん、お願ひです。勇太郎は<ruby><rb>生</rb><rt>な</rt></ruby>さぬ仲で、さうでなくてさへ、私は世間から白い眼で見られます。どんな事でもしますから、無事に救ひ出して下さい」

一生懸命に、平次の袖にも<ruby><rb>縋</rb><rt>すが</rt></ruby>り兼ねない勢ひです。

「何分あの子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>に逢つて、無事に歸つたのは一人もありません。出來るだけの事はやつて見ますが――」

平次の自信のなさ。お君はおろ〱して居りますが、錢形が見放すほどの事件を何處へも持つて行きやうはありません。

兎も角、奉公人に一應引合はせられ、お霜とお春の案内で家の裏表を見廻りましたが、餘程<ruby><rb>企</rb><rt>たく</rt></ruby>らんだ仕事と見えて、手掛一つ殘つては居ません。

「お前さんはその時何處に居なすつたんだ」

平次は責任者のお霜に問ひかけました。

「坊ちやんのお寢みの仕度をして居りました。お春さんの聲を聞いて、御新造樣と一緒にびつくりして飛出したやうなわけで――」

「その時、外の縁臺には誰も居なかつたんだね」

「誰か見て居たら間違ひはなかつたんでせうが、折惡しく誰も居なかつたさうです」

これでは手の付けやうがありません。外の奉公人や、近所の人にも當つて見ましたが、お春が花火を取りに家へ入つたのは知つて居ますが、勇太郎の<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>された姿は誰も見た者はなかつたのです。

勇太郎のよく知つて居る者が、遠くから誘ひをかけて呼寄せたか、でなければ、煙のやうな姿のない曲者が、聲も立てさせず、反抗もさせずにそつとさらつて行つたと見る外はありません。

「まるで<ruby><rb>神隱</rb><rt>かみかく</rt></ruby>しだ」

ガラツ八の八五郎も酢つぱい顏をして見せました。

「八、此處ではこの上の手掛りはない。笹野の旦那にお願ひして、繩張り外だが、他の方を當つて見よう」

平次は其處から直ぐ數寄屋橋の南町奉行所へ廻り、子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>の記録を一應見せて貰ひました。それに<ruby><rb>依</rb><rt>よ</rt></ruby>ると江戸では昨今ですが、長崎や<ruby><rb>堺</rb><rt>さかひ</rt></ruby>や大阪は隨分前からあつた事らしく、曲者が何うしても擧らないばかりでなく、誘拐された少年少女が、それつ切り死骸さへも現はれないので、長崎奉行その他から、曲者の手口から、一切の始末書が、かなり<ruby><rb>詳</rb><rt>くは</rt></ruby>しく公儀へ來て居ります。

平次は笹野新三郎に會つて、その了解を得た上、其足で直ぐ芝浦から品川へ廻りました。最初に子供をさらはれたのは、車町の酒屋で、お村といふ九つの娘、子柄の良いので評判だつたのが、去年の秋のある日、濱へ行つて遊んで居て行方不明になりました。その時は、大分爭つたものと見えて、其邊中散々荒した上、痛々しく血までこぼれて居たと近所の者が多勢言つて居ります。

次は田町の<ruby><rb>鑄掛屋</rb><rt>いかけや</rt></ruby>の伜藤吉、これは十二になつて、<ruby><rb>逞</rb><rt>たく</rt></ruby>ましい子でしたが、夕方使に出た歸り、近道をして濱で曲者に<ruby><rb>襲</rb><rt>おそ</rt></ruby>はれ、持物も着物も<ruby><rb>滅茶々々</rb><rt>めちや〱</rt></ruby>に千切つて捨てゝ、それつ切り姿を見せません。

三番目は芝口の<ruby><rb>御家人</rb><rt>ごけにん</rt></ruby>の子、四番目は飛んで深川大島町の大工の娘、五番目は熊井町の船頭の伜、六番目は――。

平次もガラツ八もこの曲者のやり口の<ruby><rb>殘酷</rb><rt>ざんこく</rt></ruby>さに、腹の底から義憤のやうなものがコミ上げました。さらはれたのは、美しい女の子か、丈夫さうな男の子で、武家も町人も<ruby><rb>見境</rb><rt>みさかひ</rt></ruby>はありませんが、一致した點は、いづれも嫌がるのを力づくで、無理に連れて行つた形跡のあることです。金座の石井平四郎の伜のやうに、何の抵抗もなく、<ruby><rb>騙</rb><rt>だま</rt></ruby>されて、連れ出されたのは一人もありません。

もう一つ變つて居るのは、あとの六人は町内の評判になるほどの綺麗な娘か、賢くて身體の逞ましい男の子に限られて居りますが、金座の石井の伜勇太郎だけは、<ruby><rb>乳母</rb><rt>うば</rt></ruby>のお霜は可愛い子のやうに言ひますが、外の奉公人や近所の人は、<ruby><rb>容貌</rb><rt>きりやう</rt></ruby>も惡く、身體も弱く、心持まで少し發育が遲れて、七つといつても、精々五つ位にしか見えなかつたと言つて居ります。

## 三

錢形平次一代のうちに、此時ほど大手柄を立てた事はありませんが、平次自身に言はせると、この時ほどの<ruby><rb>失策</rb><rt>しつさく</rt></ruby>はなかつたと言ひます。

兎に角、石井平四郎の伜と、他の六人の子供の行方不明の關係には、何かしら、重大な不一致點がありましたが、今更そんな事を<ruby><rb>詮索</rb><rt>せんさく</rt></ruby>しても居られません。ガラツ八を督勵して、品川から深川一圓をあさつて居ると、<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>された子供は、悉く暴力で連れて行かれた事の外に、日中も、夕方も、時刻かまはず人をさらつて居るくせに、場所だけは例外なしに、海か河か、兎に角水に近いところでやつて居る――といふ特色を<ruby><rb>掴</rb><rt>つか</rt></ruby>むことが出來ました。

「泣きわめく子供を連れて、町の中を逃げるわけには行くまい。矢張り、船かな」

平次の最初の手掛りはこれでした。

それにしても、さらはれた子が、一人殘らず、かき消すやうに見えなくなるのは容易なことではありません。江戸の子を長崎へ連れて行つても、大阪の子を江戸へ連れて來ても、言葉遺ひだけでも直ぐ身許が<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>しなければならぬ筈です。

「<ruby><rb>切支丹</rb><rt>きりしたん</rt></ruby>がさらつて行つて、<ruby><rb>生膽</rb><rt>いきぎも</rt></ruby>を取るんぢやありませんか――世間ではさう言つて居ますよ」

「馬鹿な」

ガラツ八の疑ひを一笑に附しましたが、物を理詰めに考へることの出來ない人達は、生膽傳説と結び付けて考へるのも無理のないことでした。

「近頃の<ruby><rb>流行物</rb><rt>はやりもの</rt></ruby>といふと何だらうな、八」

平次は妙な事を訊きます。

「解つて居るぢやありませんか、堺町の中村座に、吉原の繁昌――」

「そんなものぢやない」

「豆藏の人寄せに言ふ――<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うんすん</span>カルタに<ruby><rb>繻子</rb><rt>しゆす</rt></ruby>の帶、ビードロ細工に人<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>――などはどんなもので」

「それだよ、八」

「へエ――」

「うんすんカルタぢやいけない、オランダカルタがあつたら、一と組欲しいな。<ruby><rb>御禁制品</rb><rt>ごきんせいひん</rt></ruby>だから容易には手に入るまいが、これだけ持つて行つて、江戸中の舟着き場をあさつて見てくれ」

平次はお靜を呼んで財布を出させると、中から小粒を一つ掴み、二三兩もあらうと思ふほどのへ、小判を二枚添へて、ガラツ八に渡しました。

「これだけありや、人參でも<ruby><rb>沈香</rb><rt>ぢんかう</rt></ruby>でも買へるぜ親分」

「その人參や沈香の方も氣をつけてくれ、近頃は唐、<ruby><rb>天竺</rb><rt>てんぢく</rt></ruby>、<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>あたりの品がよく入るやうだから、――拔りはあるまいが、何處からそんな品が手に入つて來るか、突き止めるんだよ。尤も拔け荷や禁制品を扱ふ者は口が堅いから、うつかり用心させると、<ruby><rb>田螺</rb><rt>たにし</rt></ruby>見たいになるぜ」

「心得たよ、親分」

「言ふ迄もないが、拔け荷や和蘭渡りの禁制品を扱ふ問屋を嗅ぎ出すのが第一だよ。金に糸目は付けねえ、それで足りなきア、<ruby><rb>八所</rb><rt>やところ</rt></ruby>借をしても苦面してやる。沈香や人參は手に了へないが、和蘭カルタとギヤマンの品のいゝのがあつたら逃すな」

「へエ――、少し位なら、あつしも持つて居ますよ」

「大層な心掛けだな」

「男が敷居を<ruby><rb>跨</rb><rt>また</rt></ruby>げば、八人の敵――つて言ふぢやありませんか」

「七人――の間違ひだらう」

「一人位は多くたつて驚きやしません」

「いくら持つて居るんだ」

「小粒が一つ、四文錢が三枚」

「馬鹿だな」

「へツへツへツ」

ガラツ八は面白さうに笑つて出て行きました。<ruby><rb>屈托</rb><rt>くつたく</rt></ruby>を知らない男の氣樂さうな後姿が、兎もすれば神經質になる平次を、どんなに力づけてくれるかわかりません。

## 四

それから三日、石井平四郎夫妻はせつせとお春やお霜を使によこして、其後の樣子を訊ねますが、平次の方からは何の報告もありません。

なまじ金座などをうろついて、世間の耳目を<ruby><rb>聳動</rb><rt>しようどう</rt></ruby>させるより、外の方で動きの取れぬ證據を集め、一擧にして曲者を縛らうといふのでせう。

石井の家では、主人の平四郎よりも繼母のお君の方が氣を揉んで居るとお春は言ひますが、平次に言はせると、それよりも、勇太郎<ruby><rb>失踪</rb><rt>しつそう</rt></ruby>の直接の責任者と思はれて居るお春の方が氣を揉み、お春よりは又、七年間勇太郎を育てたお霜の方が大きな<ruby><rb>打撃</rb><rt>だげき</rt></ruby>を受けて居る樣子です。

「坊ちやまが無事で救ひ出されなければ、私は生きては居られません」

と勝氣らしいお春が泣くのを、平次はどれほど持て餘したことでせう。お霜の方はあまり<ruby><rb>愚痴</rb><rt>ぐち</rt></ruby>を言ひませんでしたが、段々痩せて憂欝になつて行くのは、心の惱みが一段と深いせゐでせう。

そのうち人<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>が又活躍を始めました。春から二た月ばかり休んで居ましたが、石井平四郎の伜を皮切りに、段々大川筋を<ruby><rb>溯上</rb><rt>さかのぼ</rt></ruby>つて、本所、淺草あたりまで荒すやうになつたのです。

「親分、到頭手に入れましたぜ」

ガラツ八が飛んで來たのは、それから又二日も經つてからでした。

「<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>カルタか」

「それがいけねえ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うんすん</span>カルタなら何處にもあるが、和蘭カルタとなると滅多にありません」

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うんすん</span>カルタは和蘭カルタ（トランプ）の禁制後それを模造した和製品で、平次には意味がありません。

「――」

「藥種屋か、唐物屋で訊くのが一番だと思つて、<ruby><rb>沈香</rb><rt>ぢんかう</rt></ruby>か古渡りのギヤマンでも買ふやうな顏をして、日本橋の問屋筋を一軒殘らず歩きましたよ」

「それは御苦勞だつた」

「あつしは御上の御用を勤める人間とは見えないでせう」

「さうともさうとも、そんな目出度い顏をした御用聞が居ようとは、どんな人だつて氣が付くめえ」

「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">からかつ</span>ちやいけません」

「ところで何うした」

「長崎町の大野屋に<ruby><rb>和蘭物</rb><rt>オランダもの</rt></ruby>がいろ〱ありましたよ。金銀細工物、<ruby><rb>羅紗</rb><rt>らしや</rt></ruby>、ビードロ、それから見たこともねえ飾りや織物――、いつそ皆な買ひ占めるやうな顏をして、手付が五兩」

「呆れた野郎だ、手付を置いただけで身上が皆なになつたらう」

「和蘭カルタの事を切出すと、心當りがあるから、明日になつたらもう一度來て貰ひたい、今晩中には手に入れて置く、尤も禁制品だから、五兩より安くはむづかしいといふ話で、それは構はないが、明日又大野屋へ行くとなると、五兩の手付けを置いた品を皆な引取らなきやなりません、金高にして、ざつと七八十兩がものはありますぜ」

「心配するな、どうせ半分は拔け荷だ、俺が行つていゝやうにしてやる。ところで今晩は命がけの仕事をするんだが、附き合つてくれるかい、八」

「へツ、附き合つてくれるかい――は水臭いね、親分の前だが、<ruby><rb>憚</rb><rt>はゞか</rt></ruby>り乍ら命には糸目をつけねえ」

「豪儀だね、尤も、金に糸目をつけたくも、御同樣百も持つちや居めえ」

「ちげえねえ」

氣が揃つた二人、それから仕度をして、薄暗くなる頃から長崎町川口町一帶を張りました。

「親分、何にも來ませんね、もう<ruby><rb>亥刻</rb><rt>よつ</rt></ruby>過ぎましたぜ」

蒸暑い晩でした。八五郎はすつかり<ruby><rb>茹</rb><rt>うだ</rt></ruby>つて、愚痴を言ひ始めます。

「靜かにしろ、あツ、煙草入などを出しちやならねえ」

「驚いたね、どうも」

「手前は<ruby><rb>銀町</rb><rt>しろがねちやう</rt></ruby>の方を見て居るんだ、俺は<ruby><rb>東湊町</rb><rt>ひがしみなとまち</rt></ruby>の方を見張らう、松平越前守樣御屋敷などはどうでもいゝ」

## 五

「あツ、船」

「シツ、その船が怪しい」

二人は物蔭に隱れました。<ruby><rb>銀町</rb><rt>しろがねちやう</rt></ruby>二丁目、三の橋の橋詰に着けた小舟が一艘、中から二人の人間が無提灯で大きな荷物を脊負つたまゝ、長崎町一丁目の方へ入つて行つたのです。

「捕まへませうか、親分」

「逃しちや大變だ、――それ、大野屋の裏へ入つたらう。今に出てくるに決つて居るから、船の中に隱れて居よう」

「そんな事をしても構ひませんか」

「構はねえとも、どうせ拔け荷を積んだ船だ」

二人は<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>の出た小船の中へ、音もなく<ruby><rb>潜</rb><rt>もぐ</rt></ruby>り込みました。

「隱れる工夫はないか、八」

「こんな小さい船ぢやどうすることも出來ませんや」

「弱つたなア、<ruby><rb>拔荷</rb><rt>ぬけに</rt></ruby>を扱ふ人間は口が固いから、此處で荒立てると、親船が判らなくなる。大川から芝浦、洲崎へかけて、あんなに澤山船が居るから、どれが拔け荷を扱ふ親船だか見當の付けやうはねえ」

「弱つたなア、――この<ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>の中はどんなもんで」

「お前入つてみるか」

「親分は？」

「<ruby><rb>菰</rb><rt>こも</rt></ruby>の中へ隱れよう、<ruby><rb>水垢</rb><rt>みづあか</rt></ruby>で少しジメジメするが」

平次とガラ八が何うやら斯うやら身を隱した時、曲者二人は歸つて來ました。

「惡くねえ商賣だな吉、<ruby><rb>和蘭</rb><rt>オランダ</rt></ruby>カルタが三兩だ、――こいつは親分には<ruby><rb>内證</rb><rt>ないしよ</rt></ruby>だぜ」

「いゝとも、その代り一兩は口止めによこせ」

「まア仕方がねえ。ところで、この邊で江戸も切上げだらうな」

「こんな仕事の深入りはよくねえよ」

曲者二人、靜かに小舟を<ruby><rb>漕</rb><rt>こ</rt></ruby>いで行きます。

それから半刻あまり。

小舟は越中島を廻つて、洲崎六萬坪の沖あたりまで來ました。

「親船は見えるかえ」

「灯がないから見當はつかねえが、此邊から遠くはねえと思ふよ」

「月が出たら判るだらう、ゆつくり漕げ」

「お、其處に居るぜ、聲を掛けて見ようか」

「どつこい、うつかり聲を出して、見張りの船にとがめられるとうるさいぜ」

曲者の話を聞いて、平次は<ruby><rb>菰</rb><rt>こも</rt></ruby>の中から顏を擧げました。一二町先に、陸地近く泊つて居るのは、灯も何にもない、二三百石積の船です。

此處まで見定めて置けば、もう大丈夫です。

「――」

御用とも何とも言はず、ツイ鼻の先で<ruby><rb>櫂</rb><rt>かい</rt></ruby>を握つて居る男の<ruby><rb>脇腹</rb><rt>わきばら</rt></ruby>を、思ひ切り一つ突きました。

「ウーム」

一ぺんに目を廻した樣子。

「あツ、手前は何だ」

<ruby><rb>櫓</rb><rt>ろ</rt></ruby>を押して居た方の男が起ち直りました。

「靜かにしろ」

飛付いた平次。

「あツ、た、大變ツ」

何分<ruby><rb>狹</rb><rt>せま</rt></ruby>い舟の中、口を封じる隙もなく、親船へ援けを求められます。

「親分、打たうか、縛らうか、それとも水へ投り込まうか」

ガラツ八は漸く<ruby><rb>葛籠</rb><rt>つゞら</rt></ruby>をハネ開けて、曲者の後から<ruby><rb>無手</rb><rt>むず</rt></ruby>と組付きます。

騷ぎは一瞬でをはりました。

二人の曲者を縛つて、一應八丁堀へ引返し、改めて笹野新三郎が出役、十數艘の小舟で怪しの船を圍み、命がけの働きで、乘組の船頭八人を生捕つたのは、もう眞夜中過ぎ、鐵砲を撃たれて、大分怪我人も拵へましたが、兎も角、大成功で御船手屋敷まで引いて來たのは<ruby><rb>曉方</rb><rt>あけがた</rt></ruby>近くでした。

調べて見ると、これが、今の南支那、臺灣から日本の沿海を荒し廻つた、拔け荷（密輸入）扱ひの一味で、<ruby><rb>和蘭人</rb><rt>オランダじん</rt></ruby>や<ruby><rb>葡萄牙人</rb><rt>ポルトガルじん</rt></ruby>から、雜貨藥種を仕入れては日本へ持歸り、それを金に代へるかたはら、船着き場で少年少女を<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>し、それを支那から、南洋へ連れて行つては、良い値で賣り飛ばして居たのです。

内地で人身賣買をしない爲に、容易に<ruby><rb>露顯</rb><rt>ろけん</rt></ruby>しなかつたのですが、拔け荷と關係があると睨んだ、平次の<ruby><rb>慧眼</rb><rt>けいがん</rt></ruby>に見破られ、到頭一味十人<ruby><rb>悉</rb><rt>こと〲</rt></ruby>く生捕られ、直ぐ樣手配をされて、大阪、長崎に居る仲間まで一<ruby><rb>掃</rb><rt>さう</rt></ruby>されて了ひました。それは後の話――。

<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>された少年少女のうち、今年の春からの分だけ、約半分は船の中で見付け、それは銘々の親許に<ruby><rb>還</rb><rt>かへ</rt></ruby>しましたが、不思議なことに、金座役人、石井平四郎の伜勇太郎だけはその中に見えません。

十人の曲者は、散々責め問はれましたが、本町や吹屋町は、船からの足場が惡いから、人<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>に行つた覺えはないと言ひ張るのです。

命はどうせないものと覺悟した惡者共の言ふことですから、この言葉に嘘があらうとも思はれません。

拔け荷さばきと人<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>の、江戸開府以來といふ惡者の團體は擧げましたが、たつた一人の勇太郎を救ふことが出來なかつたのは、錢形平次何としても我慢がなりません。

「八、弱つたなア、石井の伜は一體どうした事だらう」

「親分、<ruby><rb>締</rb><rt>あき</rt></ruby>らめた方が無事ですぜ、あれだけ<ruby><rb>搜</rb><rt>さが</rt></ruby>して見付からないんだから、いよ〱神隱しとでも思はなきア」

大手柄に<ruby><rb>陶醉</rb><rt>たうすゐ</rt></ruby>して、八五郎はこんな事を言ひますが、仕事に神經質な平次はどうしても諦らめ切れません。

## 六

「親分、大變なことになりましたぜ」

「何だ八、――近頃大變なこと續きで、滅多な事ぢや驚かないが――」

平次は苦笑ひしました。何となく氣の<ruby><rb>滅入</rb><rt>めい</rt></ruby>る四五日だつたのです。

錢形平次の手柄は、いやが上にも評判になつて、うつかり外へ出ても、人に顏を見られるやうな此頃ですが、平次に取つては、それがまた、たまらない<ruby><rb>屈辱</rb><rt>くつじよく</rt></ruby>のやうな氣がしてならなかつたのです。

頼まれもしない十何人の少年少女は救ひましたが、あんなに頼まれた、たつた一人の少年を救ふことが出來ないのは、何といふ意地の惡い廻り合せでせう。

「冗談ぢやねえ、親分、お春が死にましたぜ」

「お春？」

「金座役人の石井のお小間使さ、――坊ちやんがさらはれたのは私のせゐだし、他の子が助けられた中に、坊ちやん一人だけ見付からないやうでは、申譯がなくて生きちや居られないといふ<ruby><rb>遺書</rb><rt>かきおき</rt></ruby>があつたんですつて」

「それは氣の毒だ、勝氣な娘のやうだつたから無理もないが、さう言はれると、何だか俺が殺したやうな氣がしてならねえ」

「親分、冗談ぢやありませんよ」

「兎に角、石井へ行つて見ようか」

二人は其儘本町の石井平四郎の家へ行きました。十日目位の訪問です。

死んだお春は人氣者だつたので、家中が何となく<ruby><rb>濕</rb><rt>しめ</rt></ruby>つて居りました。<ruby><rb>死裝束</rb><rt>しにしやうぞく</rt></ruby>の晴着に換へて、白布で膝を<ruby><rb>結</rb><rt>ゆは</rt></ruby>へ、香まで焚いて、何處から持出したか、女持の懷劍、左乳の下を一とゑぐり、武士も及ばぬ見事な最期だつたのです。

「あ、早まつてくれた」

平次はその前に坐つて暫らく<ruby><rb>默祷</rb><rt>もくたう</rt></ruby>を續けました。勝利の後のほろ苦い悲哀といつたやうなもの、――<ruby><rb>名匠</rb><rt>めいしやう</rt></ruby>が不本意な仕事を俗衆にヤンヤと言はれる時のやうな、――言ひやうもない腹立たしさと交つて、若く美しい娘の死を<ruby><rb>悼</rb><rt>いた</rt></ruby>む氣持が、異樣に胸を騷がせるのでした。

「親分さん、ちよいと」

新造のお君が平次を呼びます。

「飛んだ事で、御新造――」

「お春は可哀想ですが、この儘にして置くと、乳母のお霜も生きて居ないかもわかりません。お霜に萬一の事があると、勇太郎の<ruby><rb>繼母</rb><rt>はゝ</rt></ruby>の私も――」

お君は日頃から愼み深い、冷たい女でしたが、さすがに夫や世間の<ruby><rb>思惑</rb><rt>おもはく</rt></ruby>にさいなまれて、萬一の場合には死んでしまひ兼ねまじき顏色です。

「そんな事をなすつちやいけません、坊ちやんが生きてさへ居るものなら、どんな事をしても搜して上げますよ」

平次も斯う言ふのが精一杯でした。

「生きて居ることは確かで御座います」

「と言ふと？」

「<ruby><rb>昨夜</rb><rt>ゆうべ</rt></ruby>、坊やの着て居た着物の襟を<ruby><rb>剥</rb><rt>はが</rt></ruby>して、こんな手紙と一緒に店へ投り込んで行つた者があります」

お君が取出したのは、鼻紙一枚へ、灰を<ruby><rb>溶</rb><rt>と</rt></ruby>いたやうな粗惡な墨で書いた、<ruby><rb>假名書</rb><rt>かながき</rt></ruby>の手紙でした。恐ろしい惡筆で、容易には讀めませんが、大骨折で<ruby><rb>辨慶讀</rb><rt>べんけいよみ</rt></ruby>にすると、

「坊ちやんは無事だ、此上とも殺させ度くなかつたら、十兩よこせ。金は裏口の右土臺下の穴へ入れて置くがよい、その上で折を見て子供は返す。誰にも言ふな、言ふと子供の命はないぞ」

とこんな意味の事が書いてあるのです。

「金はどうしました」

「昨夜土臺下へ入れて置きましたが、今朝見ると、無くなつて居ます」

「誰かに見張らせたんでせうね」

「いえ、そんな事をすると、坊やの命が<ruby><rb>危</rb><rt>あぶ</rt></ruby>ないと思つて、――それにたつた十兩ですから」

「成程、心配は御尤もだが、惜しい事をしたものだ、――いや、たつた十兩欲しいと言つたのが面白いな、何うかすると、もう一度百兩とか二百兩とか<ruby><rb>吹掛</rb><rt>ふつか</rt></ruby>けて來ますよ」

「さうでせうか」

「その時は御新造」

平次は何やらお君の耳に囁いて歸りました。

## 七

翌る日、錢形平次がガラツ八の前に<ruby><rb>硯箱</rb><rt>すゞりばこ</rt></ruby>を持つて來させました。

「八、ちよいと字を書いて見る氣はないか」

「からかつちやいけません。親分、字を書かされるやうな惡事をした覺えはありませんよ」

八五郎はすつかりお<ruby><rb>冠</rb><rt>かんむり</rt></ruby>を曲げます。

「まア、さう言ふな、手紙一本書くだけだ。ちよいとやつてくれ」

「親分が書きアいゝでせう」

「俺の字ぢや<ruby><rb>納</rb><rt>をさ</rt></ruby>まらない事があるんだ」

鼻紙を一枚、念入りに<ruby><rb>皺</rb><rt>しわ</rt></ruby>を拵へて、ガラツ八の膝の下に置くと、<ruby><rb>禿筆</rb><rt>ちびふで</rt></ruby>へたつぷり<ruby><rb>墨汁</rb><rt>すみ</rt></ruby>を含ませて、嫌がる手に持たせました。

「親分、勘辨して下さい。字を書く位なら、どんな使でもしますよ」

「馬鹿、使ひ走りのきかないところだ、それも上手が書いちや役に立たねえ、思ひ切り下手な字でねえと――」

「下手な字が入用なんで、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あつし</span>に書けと言ふんですかい」

「早く言へばその通りだ、腹を立てるな八、江戸ツ子は手習の事や金の事で腹を立てちや見つともないよ」

「呆れたもんだ、書きますよ、何と書きや、いゝんで」

「斯うだ――十兩はたしかに受取つた、もう百兩要るから、前の場所へ入れて置け、見張りを付けると、子供の命はねえぞ――とそれだけでいゝ」

「驚いたね、親分、こんな手紙をどうするんで」

「<ruby><rb>拙</rb><rt>まづ</rt></ruby>い字だなア、よし〱、その拙いところがいゝんだよ、――ところで、その手紙を、金座の石井の店へ投り込むんだ、<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>にやつてくれ」

錢形平次は手輕に言ひがすが、ガラツ八の方が驚きました。

「そんな事をしていゝんですか、親分」

「いゝてえことよ、誰も八五郎を<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはかし</rt></ruby>の曲者だと言ふ氣遣けえはねえ」

「――」

ガラツ八は默つて立上がりました。

「まだ早いよ、陽の當つてるうちはいけねえ、暗くなつたらやつてくれ」

「へエ」

平次の言ひ付けは善惡共に默つて聽くガラツ八ですが、此<ruby><rb>脅迫状</rb><rt>けふはくじやう</rt></ruby>の投込みには、さすがに驚いた樣子です。

が、何うやらかうやら、それも無事に濟みました。

翌る日の朝。

「錢形の親分さんは此方で――」

石井平四郎の女房お君は、召使も連れず、たつた一人で神田の平次を訪ねて來たのです。

「おや、御新造、こんなに早く、何か變つたことがありましたか」

平次はお靜とガラツ八を眼で遠慮させて、お君を奧へ通しました。

「來ましたよ、親分」

「へエ」

「矢張り親分の仰しやつた通り、百兩出せと言つて手紙が來ましたよ、少し<ruby><rb>手跡</rb><rt>て</rt></ruby>が違ふやうでしたが相變らず鼻紙へ書いた<ruby><rb>拙</rb><rt>まづ</rt></ruby>い字で」

「さうでせう、隨分念入りに拙い字でせう」

平次は場所柄にも似ず、<ruby><rb>莞爾</rb><rt>につこり</rt></ruby>としました。ガラツ八の書いた字を、お君が拙いと言つたので可笑しかつたのです。

「それから主人と相談して、裏口の土臺石の下へ百兩入れました、――一日も早く子供を返して下さるやうに、此上<ruby><rb>延々</rb><rt>のび〱</rt></ruby>になると、お春の二の舞が始まるかも知れない。乳母のお霜も、母の君も、生きて居る心持もしない――と手紙を添へました、惡かつたでせうか」

「構やしません、で、見張りは？」

「矢張り付けませんでした」

「手引か仲間が家の中に居るから、見張りを付けても何にもなりませんよ、金を遠方へ持出させずに、裏口の土臺下へ置かせたのは、曲者の喰へないところで――」

平次はそんな事を言つて居ります。始めは見張りを付けなかつたのを惜しがりましたが、家の中の者が仲間で、一と晩中でも<ruby><rb>隙</rb><rt>すき</rt></ruby>を狙はれるとしたら、見張りをつけるだけが無駄と判つたのです。

「その代り、小判には、<ruby><rb>目印</rb><rt>めじるし</rt></ruby>があります」

「――」

「改め役へ差上げて<ruby><rb>極印</rb><rt>ごくいん</rt></ruby>を打つ前の、吹き立ての小判ばかり百兩包みました。あれを一枚でも使へば足が付きます」

「それはうまい、――そんな都合のいゝ事があるとは知らないから、私は一枚々々へ目印を付けるやうにとお願ひしました」

それも平次の<ruby><rb>指金</rb><rt>さしがね</rt></ruby>だつたのです。

「御免下さい、親分さんはおいででせうか」

入口にはもう一人の女客、その聲を聞くと平次は、大急ぎでお君を隣りの一室へ押しやりました。

## 八

「親分さん、面目次第も御座いません」

入つて來たのは<ruby><rb>乳母</rb><rt>ばあや</rt></ruby>のお霜でした。平次の顏を見ると、いきなり疊へ<ruby><rb>崩折</rb><rt>くづを</rt></ruby>れて、赤ん坊のやうにシクシク泣き始めたのです。

「どうした、お霜さん、お前さんは惡人ぢやない、が、何だつて、あんな大それた事をやつたんだ」

「親分さん、御存じで」

「知らなくつて何うするものか、――子供を隱して置いた場所が判らないんで、今まで苦勞して居たんだよ――大根畑には、もうお前の元の亭主の文七は居ないぜ」

平次は本當に何も彼も知つて居る樣子でした。お霜は、唯もう恐れ入つて頭も上りません。

「親分さん、兎に角、あれをお返し申します。別れた亭主の文七ですがこんな惡事を重ねさせたくもありません。二度目の百兩は<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>に私が取りましたが、私から主人へお返しする顏もなく、此處まで持つて參りました。どうぞ、私を縛つて、このお金と一緒に、お役所へ突き出して下さいまし」

お霜は<ruby><rb>極印</rb><rt>ごくいん</rt></ruby>のない小判百兩を平次の前へ押並べます。

「そんな事が出來るなら心配はしないよ。俺はたゞ、坊ちやんが危ないから手が出せなかつたんだ、何處に隱してゐる」

「<ruby><rb>練馬</rb><rt>ねりま</rt></ruby>の文七の兄のところに居ります」

「さうか、そいつは知らなかつた。練馬の兄は何といふ名前だ」

「文左衞門といふ百姓で、私の元の亭主に似ず<ruby><rb>堅氣</rb><rt>かたぎ</rt></ruby>な男で御座います」

「八、飛んで行つて、文七と石井の坊ちやんを連れて來い。<ruby><rb>下手</rb><rt>へた</rt></ruby>な事をして<ruby><rb>自棄</rb><rt>やけ</rt></ruby>を起させちやならねえよ」

「へエ――」

ガラツ八は眞つ直ぐに飛んで行つた樣子です。

「ところで乳母さん、何だつてあんな罪の深いことをしたんだ。石井の旦那、御新造の歎きも<ruby><rb>容易</rb><rt>ようい</rt></ruby>ぢやないが、その爲にお上にまで手數をかけ、可哀想にお春は死んで了つたぢやないか」

平次の調子はしんみりして居りました。

「お春さんは可哀想なことをしました。あの時皆な申上げようと思ひましたが、文七が慾に目がくれて、十兩ほしいなんて言つて來たもんで、到頭言ひそびれて居ると、今度は又大それた、百兩と吹かけて來るぢやありませんか。私はもう居ても立つても居られなくなつて、此處へ飛んで參りました。<ruby><rb>慾得</rb><rt>よくとく</rt></ruby>づくでしたんぢや御座いません、皆な坊ちやんの爲を思つて――」

「<ruby><rb>誘拐</rb><rt>かどはか</rt></ruby>して坊ちやんの爲とは可笑しいぜ」

「<ruby><rb>詳</rb><rt>くは</rt></ruby>しく申上げなければわかりません。勇太郎樣は亡くなつた先の御新造さんの御子さんで、今のお君さんとは<ruby><rb>繼</rb><rt>まゝ</rt></ruby>しい仲で御座います。お君さんはあの通りいゝ方ですが、自分の腹を痛めた子が二人も生れて見ると、どうしても先妻の子の勇太郎さんによくは當りません、――いえ、私の目から見ると、さう見えたので御座います」

「フーム」

「旦那樣はお役所のお仕事が忙しくて、朝も晩もろくに子供衆の顏も見ないやうな有樣。ことに<ruby><rb>總領</rb><rt>そうりやう</rt></ruby>の勇太郎坊ちやんは、育ちが遲れて可愛盛りを病身で暮した爲に、旦那樣も、つい面倒臭がつて、存分に可愛がつては下さいません。生れ落ちるからお育て申上げた私にして見れば、それが口惜しくつて」

お霜は涙を拭いて居ります。<ruby><rb>愚直</rb><rt>ぐちよく</rt></ruby>な中年女の、手の付けやうもなく<ruby><rb>歪</rb><rt>ゆが</rt></ruby>んだ愛情を、平次は少し呆れて聽いて居ります。

「で、どうしたのだ」

「去年から子<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さらひ</span>が流行つて、諸方の親達がどんなに心配した事でせう。私も品川に子供をさらはれた<ruby><rb>知己</rb><rt>しりあひ</rt></ruby>を持つて居りますが、<ruby><rb>日頃</rb><rt>ふだん</rt></ruby>は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ろく</span>に見てもやらなかつた子供でも、惡者にさらはれたとなると、まるで氣狂ひのやうになつて、夫婦は夜の目も寢ずに搜し廻つて居りました。勇太郎坊ちやまもたつた三日でも姿を隱したら、旦那樣や御新造樣が目が覺めたやうに可愛がつて下さるだらうと――」

「――」

何といふ無茶苦茶な愛情でせう。平次はこの<ruby><rb>愚鈍</rb><rt>ぐどん</rt></ruby>に近い乳母が恐ろしくさへなりました。

「三年前、意氣地がなくて別れた亭主の文七が、又一緒になりたがつて居るのを頼んで、ほんの二三日坊ちやまを隱して貰ふつもりだつたので御座います。文七はよく坊ちやまを存じて居りますし、坊ちやまも文七ならなついてゐらつしやいます。二三日狙つて、凉み臺からさらはせた迄は無事でしたが、あんまり詮議が<ruby><rb>嚴</rb><rt>きび</rt></ruby>しく、連れて來ることも、白状することもならず、そのうちにお春さんが自害したり、文七が慾を出したりして、到頭こんな破目になつて了ひました。それもこれも重々私が惡かつたからで御座います。今にして思へば、旦那樣のお可愛がりやうにも不足はなく、ことに御新造樣は、<ruby><rb>平常</rb><rt>ふだん</rt></ruby>は一向お現はしになりませんが、見上げた方で御座います」

「――」

隣室の二疊でシクシクと泣く聲、お君は身につまされたのでせう。

「私一人惡者にして、八方を圓く納めて下さいまし。亭主の文七も別れて了へば赤の他人ですが、私ともう一度一緒になりたさに片棒をかつぎ、貧の苦しさに十兩取る氣になつたのでせう、――百兩と二度目の<ruby><rb>強請</rb><rt>ゆすり</rt></ruby>をやるやうでは此先放つて置いてはどんな事になるかわかりません」

「――」

斯うなると、百兩の細工を平次の<ruby><rb>仕業</rb><rt>しわざ</rt></ruby>と知らないお霜が<ruby><rb>不愍</rb><rt>ふびん</rt></ruby>でもあります。

「どうぞ、私を縛つて、文七は許してやつて下さいまし。私は<ruby><rb>御處刑</rb><rt>おしおき</rt></ruby>になつても、少しも怨みがましい事は申しません。皆な私の馬鹿がしたことで御座います」

身も浮くばかりに泣き沈むお霜を、平次も持て餘して眺めるばかりでした。

「霜や、霜や、お前は、お前は」

二疊から轉げるやうにお君。

「あ、御新造樣、面目次第も御座いません」

×　　　　　　×　　　　　　×

ガラツ八が勇太郎をつれて歸つたのは、それから一<ruby><rb>刻</rb><rt>とき</rt></ruby>も後のことでした。文七は逃亡して行方知れず。

間もなく、石井平四郎は金座役人を止して、子供三人の良い父になり、自殺したお春の家族には、存分な手當をしてやりました。

お霜は<ruby><rb>暇</rb><rt>ひま</rt></ruby>を取つて、何處から搜し出したか、文七と一緒に西國巡禮に出かけ、到頭これほどの大事件にも、平次は人を縛らずにをはつたのです。この事件ばかりは、ガラツ八も繪解きをして貰ふ世話がありませんが、平次は<ruby><rb>餌</rb><rt>ゑさ</rt></ruby>を<ruby><rb>獲</rb><rt>と</rt></ruby>り損ねた<ruby><rb>鷹</rb><rt>たか</rt></ruby>のやうな自尊心で、拔け荷の一味を縛つた大手柄を人に褒められるのをひどく嫌つて居りました。