友よ覚えてゐるだらうか

青いネクタイを軽く巻いた船乗りのやうに

さんざめく街をさまよふた夜の事を――

鳩羽色のペンキの香りが強かつたね

二人は　オレンジの波に揺られたね

お前も少女のやうに胸が痛かつたんだろ？

友よ　あの夜の街は新しい連絡船だつたよ

窓といふ窓の灯がパリーより美しかつたのを

昨日の虹のやうに　ぼくは思ひ出せるんだ

それから又　お前の掌と　言葉と　瞳とが

ブランデーのやうにあたたかく燃えた事も

友よ　お前は知らないだろ？

ぼくが重い足を宿命のやうに引きづつて

今日も昨日のやうに街の夜をうなだれて

猶太人のやうにほつつき歩いてゐる事を

だが　<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かげ</span>のやうに冷たい霧を額に感じて

ぼくは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はつ</span>と街角に立ち止つて終ふのだ

そしてぼくが自分の胸近く聞いたものは

かぐはしい昨日の唄声ではなかつたのだ

ああ　それは――昨日の窓から溢れるものは

踏みにじられた花束の悪臭だつたのだ

やがて霧は深くぼくの肋骨を埋めて終ふ

ぼくは灰色の衢路にぢつと佇んだまま

小鳥のやうに　昨日の唄を呼ばうとする

いや一所懸命で明日の唄をさがさうとする

ボードレエルよ　ボードレエルよ　と

ああ　力の限りぼくの心は手を振るのだつたが

――又仕方なく昏迷の中を一人歩かうとする