Soranoha

『富嶽百景』序

『ふがくひゃっけい』じょ

太宰 治

所收――「富嶽百景」「女生徒」「滿願」「駈込み訴へ」「女の決鬪」「走れメロス」「彼は昔の彼ならず」「ロマネスク」

明治四十二年の初夏に、本州の北端で生れた氣の弱い男の子が、それでも、人の手本にならなければならぬと氣取つて、さうして躓いて、躓いて、けれども、生きて在る限りは、一すぢの誇を持つてゐようと馬鹿な苦勞をしてゐるその事を、いちいち書きしたためて殘して置かうといふのが、私の仕事の全部のテエマであります。戰地から歸つて來た人と先夜もおそくまで語り合ひましたが、人間は、どこにゐても、また何をするにしても、ただひとつ、「正しさ」といふ事ひとつだけを心掛けて居ればいいのだと二人が、ほとんど同時におんなじ事を言つて、いい氣持がいたしました。私の文學が、でたらめとか、誇張とか、ばかな解釋をなさらず、私が窮極の正確を念じていつも苦しく生きてゐるといふ事をご存じの讀者は幾人あつたらうか。けれども作者が、自分の文學に就いて一言半句でも押しつけがましい事をいふべきではない。ただ讀者の素直な心情を待つばかりであります。

昭和十七年冬

底本 / Source edition

底本:「太宰治全集11」筑摩書房
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「富嶽百景」昭和名作選集28、新潮社
1943(昭和18)年1月10日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2012年1月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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太宰 治「『富嶽百景』序」(旧字旧仮名)、底本『太宰治全集11』筑摩書房、1999年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 054176_000035, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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