Soranoha

天瓜粉

てんかふん

榎南 謙一

この兄が怖いか

おぼつかなげな眼をおずおずさせて

母の胸にあとしざりする

久しぶりに会う兄は

柿いろの獄衣

その傍には

肉親の談話を書きとめている無表情の立会看守

世馴れた大人でさえ

おびえるこのコンクリトの塀のなかへ

よくやってきてくれた、妹よ

兄はそんなに痩せてはいないだろう

ここでは

鰯が食える

豚肉のカレー汁が啜れる

痩せているのはお前だ

このごろのごはんに眼立つのは黒い麦粒だけだろう

高い年貢は

幼いお前までを押しひしぐのか

怖がらずに眼をあけな

兄の全身を縛っている眼に見えぬ鎖が見えぬか

お前にはかならず見える

こんなに痩せたお前に見えない筈があるものか

いつまでもこうしていたいのに

看守の靴がいらだたしげに床をすりつける

さよなら

お辞儀しやがった

ほんとにいじらしいやつ

接見室から出てゆくその後首うしろくびに

はしかでもわずらったのか

天瓜粉てんかふんが白く吹いている

暑さだから気をつけるんだよ

さよなら、さよなら、妹よ

おれは

焼けただれた煉瓦屋根の下へ帰ってゆく

さわやかな涼風に胸をふくらせて

――獄中詩篇のうち

(『詩精神』一九三四年九月号に発表 同年十月前奏社刊『一九三四年詩集』を底本)

底本 / Source edition

底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「一九三四年詩集」前奏社
1934(昭和9)年10月
初出:「詩精神」
1934(昭和9)年9月号
※底本の編者による語注は省略しました。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/054073_001630/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/054073_001630/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/054073_001630/

榎南 謙一「天瓜粉」(新字新仮名)、底本『日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)』新日本出版社、1987年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 054073_001630, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite