そこにこうかつな野郎がいる

そこにあいつの縄工場がある

縄工場で私の母は働いていた

私の母はその工場で

十三年　<ruby><rb>漆黒</rb><rt>くろう</rt></ruby>い髪を真白にし

真赤な血潮を枯らしちまった

私の母はそれでも子供を生んだ

私達の兄弟は肉付が悪くって蒼白い

私達は神経質でよく喧嘩をした

私達は小心者でよく<ruby><rb>睦</rb><rt>むつ</rt></ruby>み合った

私達の兄弟は痩せこけた母を中心に鬼ごっこをした

母は私達を決して追わない

母はいつでもぴったりと押えられた

私達は結局母の枯木のようにごそごそした手で押えられることを志願した

私達はよく母の手をしゃぶった

それは馬の<ruby><rb>胴引革</rb><rt>どうびきがわ</rt></ruby>のようだった

私達はよく自分達の手をしゃぶった

それはいつでも泥臭い砂糖玉の味がした

日本ではやっきに戦争を準備し

至る処に暴動が起り

多数の共産主義者が捕えられた

しかし母はいつでも知らずに過ぎた

私達の母は文字を知らず　新しい言葉を知らない

私達の母は新聞の読み方を知らなかった

ただその母は子供を生む方法を知り　稼いで働いて愛して育てることを知った

私達は神の神聖を知らぬように母の神聖を知らない

私達は母のふところから離れ

母は婆さんになった

母は遂に共産主義の社会を知らない

母はやがて墓土に埋もれよう

だがその母の最後まで充たされなかった希望は

今、私の胸に波打ち返している

（『文芸戦線』一九三〇年七月号に「俺達の世の中」と題して今埜大力名で発表『今野大力・今村恒夫詩集』改訂版を底本）