この一顆を大杉栄氏に呈す

彼は真の技術者にてありき。

躯幹偉大に筋骨たくましく

色浅黒き男なり。

其眼を見よ。

何物かを求めて止まぬ

いずこにか何かを認めし其眼を見よ。

彼の父は放浪の<ruby><rb>織工</rb><rt>おりこう</rt></ruby>なりき

彼の母は優しき心の美しき<ruby><rb>容</rb><rt>かたち</rt></ruby>の織工なりき。

帝都の郊外なる海近き

同じ工場に働く内に

若い血は若い血を呼んで

人も羨む美しき恋に落ちぬ。

彼は生れぬ先からの織工なりき。

物心覚えてより工場に入り

六時より六時、五時より七時、

<ruby><rb>織機</rb><rt>しょっき</rt></ruby>の前に立ちて

<ruby><rb>一杼</rb><rt>ひとひ</rt></ruby>一杼と<ruby><rb>緯</rb><rt>よこ</rt></ruby>をつむ。

彼は真の技術者にてありき。

<ruby><rb>経糸</rb><rt>たていと</rt></ruby>の切れし時の外機械を停むる事なし。

彼は

運転中<ruby><rb>杼</rb><rt>ひ</rt></ruby>を替え得る程に

<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>く熟練せり。

彼が機台の前に立つとき

不思議と経さえ切れず。

彼は今<ruby><rb>齢</rb><rt>よわい</rt></ruby>三十五。

長年の細き糸を繰れると

運転中の機械を見守れるとに

視力乱され物定かに見えず。

彼は<ruby><rb>明</rb><rt>めい</rt></ruby>を失いてより

保繕工として優れたり技能を表わせり。

眼は見えずとも

彼は

耳で聴きわけ、手で探り当て

機械の保繕に妙を得たり。

彼に見出されぬ故障はあらざりき。

彼に繕われぬ機台は曾てあらざりき。

彼は読む事能わず、書く事能わず。

議論する事は尚更好まず。

彼は無智な労働者よ。何も知らず。

されど彼は知る。

労働者は「力」なる事を。

如何なる強敵をも引き倒さねば止まぬ

「力」なる事を。

彼は「力」なる労働者の一人なり。

真に

彼は幾度か<ruby><rb>罷工</rb><rt>ひこう</rt></ruby>の首謀者たりき。

勇敢なる戦闘者なりき。

都に来りては闘い田舎に隠れてはたくらみ

幾度も

よく戦いよく勝てり又よく破れたり。

過ぐる日の帝都なる

紡織界に於ける総同盟罷工に破れてより

職を失いてさすらいの途に上る

企業家は<ruby><rb>挙</rb><rt>こぞ</rt></ruby>って彼を恐れ彼を忌む。

官憲は到る処に彼を迫害す。

彼は今職に就く事能わず。

都にも<ruby><rb>将</rb><rt>は</rt></ruby>た田舎にも。

技術者、彼、「力」なる労働者、彼、

両手をポケットに突込みし儘、

街々をさまよい歩く。

何を<ruby><rb>索</rb><rt>もと</rt></ruby>めてや、何を訪ねてや。

（『新社会』一九一六年九月号にＮ正吉名で発表　『どん底で歌う』を底本）