Soranoha

泥沼呪文

どろぬまじゅもん

細井 和喜蔵

人生凡そ金の無い程つらい事はない

人間凡そ米の無い程なさけない事はない。

あたしゃ機械のブラケットの

杈またから生れた無籍女さ

けれども人なみに何か世の為めに尽くしてみたくなって

始めたしょうばいがこれだよ

妻を買う金も無い貧乏な労働者に

最も安値で飯のつぎに必要なものを供給することは

簡易食堂や無料浴場より

少しは重い社会奉仕

あたしゃ随分やすく売ったねえ

ひとが二枚半とるところは一枚

それも無い者にはオブ代だけで

殆ど無制限に提供したよ

おかげでオヤジからは何時も叱られどおし

たまに有る奴からウントしぼっても

うまい汁は皆な吸われてしまう

ところが、その報いは結核性痔瘻と梅毒の硬化

ええ! 肛門も何も滅茶苦茶だ

おまけに感覚はすっかり痲痺

なおその上に拘留と罰金さ

それを宣告した巡査が、二度もあたしを買いに来たよ

でも、尻をおさえながら我慢して稼ぎ

漸く痔瘻と梅毒の手術代を儲けて

医学博士の病院へ入院さ

何のことはない魚の料理

ガラスの手術台へ素っ裸にして乗せられ

手も脚も縛って目隠しを当て

メス、𠼅法あんぽうガーゼ、テジタイ(物理学の「音」その儘な医者の声)

じりじりっと肉が焦げたらお終いだ

ドクトルの労賃はまた素的に高い

腰髄魔睡が醒めると

皮をはぐような疼痛

看護婦の眼は冷たく氷色の侮蔑

淫売婦、狐、畜生しょうばいの罰だ、といっている

院長先生医学博士は、過ぎし日あたしが持った杼ひと同じように

あたしの体を只だ一個の器械としてより以上には取り扱わない

工場主と魔窟のオヤジと院長と

そこにどれ丈けの距へだたりがあるね?

ためたお金では傷口の肉がまだ二分の一しかあがらず

退院した時にゃ腰のきれない程の借金で、それを返す為めの詮方ない荒稼ぎさ(廉売は必然止しこねえ)

ところが、三つき目の今日は早もと通りで再び病院へ奉公しなきゃもう持ち堪えん

これがあたしの考えた犠牲的奉仕の報酬だってさ

ええ! くそ癪に触わる

群がる鴉どもに此の腐肉をつつかせて(消毒もせずに其の儘)

羅馬ローマの滅亡でも偲ぼうかなあ……

――五月二十二日、淫売窟に近き小工場にてペレスを廻わしながら――

(一九二六年七月改造社刊『無限の鐘』を底本)

底本 / Source edition

底本:「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」新日本出版社
1987(昭和62)年5月25日初版
底本の親本:「無限の鐘」改造社
1926(大正15)年7月
※編者による本文末の語注は省略しました。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年9月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/053960_000371/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/053960_000371/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/053960_000371/

細井 和喜蔵「泥沼呪文」(新字新仮名)、底本『日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)』新日本出版社、1987年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 053960_000371, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite