Soranoha

『小さな草と太陽』序

『ちいさなくさとたいよう』じょ

小川 未明

詩や、空想や、幻想を、冷笑する人々は、自分等の精神が、物質的文明に中毒したことに気付かない人達です。人間は、一度は光輝こうきな世界を有していたことがあったのを憫あわれむべくも自みずから知らない不明な輩やからです。

芸術は、ほんとうに現実に立脚するものです。童話は、芸術中の芸術であります。虚無の自然と生死する人生とを関連する不思議な鍵かぎです。芸術の中うちでも、童話は小説などと異ちがって、直ちに、現実の生命に飛び込む魔術を有しています。

童話は、全く、純真創造の世界であります。本能も、理性も、この世界にあっては、最も自由に、完美に発達をなし遂げることが出来るのであります。何者の権力を以てしても、この自由を束縛することができない。

私は、童話の世界を考えた時に、汚濁の世界を忘れます。童話の創作熱に魂の燃えた時に、はじめて、私の眼は、無窮に、澄んで青い空の色を瞳ひとみに映して、恍惚こうこつたることを得るのであります。

私を、現実の苦しみから救うものは、逃避でもなく、妥協でもなく、また終わりなき戦いでもなく、全く、創造の熱愛があるからです。私は、創造のために、いかなる戦いも辞せない。

私達が、この現実に於て、あらゆる方面や、形に於て戦うということは、畢竟ひっきょう、その後に来るべき、新世界を目的とするがためであります。

美の世界、正義の世界、親愛の世界、人類共楽の世界、それを眼に描かず、憧あこがれず、また建設の誠実なき人々には、純真な童話の世界も、また決して、分かるものでない。

小供の勇気を見よ。冒険を信ぜよ。子供のすべてはロマンチシストであった。なんで、人間は、大きくなって、この心を有しないのか。そして、旧習慣、常套じょうとう、俗悪なる形式作法に囚とらわれなければならぬのか。

塵埃じんあいに塗まみれた、草や、木が、風雨を恋うるように、生活に疲れた人々は、清新な生命の泉に渇かっするのであります。詩の使命を知るものは、童話が、いかに、この人生に重大な位置にあるかを考えるでありましょう。

新人生建設のために、私達は、新芸術の使命と権威を考えなくてはならない。

底本 / Source edition

底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社
1976(昭和51)年12月10日第1刷
1977(昭和52)年C第3刷
初出:「小さな草と太陽」赤い鳥社
1922(大正11)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:富田倫生
2011年11月16日作成
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書誌 / Bibliography
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小川 未明「『小さな草と太陽』序」(新字新仮名)、底本『定本小川未明童話全集 2』講談社、1976年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 053676_001475, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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