Soranoha

宿酔

しゅくすい

萩原 朔太郎

堪へがたき惡寒をさむおぼえて

ふとめざむれば室内へやうちの

壁わたる鈍き光や

障子を照らす光線の

やや色づきて言ひ知らず

ものうきけしき

物の香のただよふ

宿醉の胸苦し

腦は鉛の重たさに

えたへず喉は

ひしひしとかわき迫り

口内くぬちのねばり酒の香

くるめくにがき嘔ゑづく思

そぞろにもけだものの

かつゑし心

獰惡のふるまひを

思ひでて怖れわななく

下卑たる女の物言ひざま

はた酌人の低き鼻

どすぐろき頬の肉

追はんとすれど執拗しつえうの

まぼろしは醜かり

しかすがに昨宵よべの現うつつに

狂ひしよただ接吻くちづけのえまほしく

肉ふるはせて抱きしは

我が手なり、脣くちびるに臭ぞ殘る

放埒の慾心の

あさましく汚らはし

ああ悔恨は死を迫る

つと起き出でてよろよろと

たんすを探る闇の中

しかはあれ共ピストルを

投げやりてをののきぬ

怖れぬ床に身を臥ふして

そのたまゆらに狂ほしく

稚子のやうにも泣き入りぬ

さはしかすがに事もなく

夜の明けたるを悦びて

感謝の手をば合せぬる。

底本 / Source edition

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房
1977(昭和52)年5月30日初版第1刷発行
1986(昭和62)年12月10日補訂版第1刷発行
入力:kompass
校正:小林繁雄
2011年6月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/053550_000067/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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萩原 朔太郎「宿酔」(旧字旧仮名)、底本『萩原朔太郎全集 第三卷』筑摩書房、1977年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 053550_000067, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite