## 序

虚と実とは裏と表である。実にして虚、虚にして実なるが故に尊い。何れは先づ実相のまことを観、観て、深く到り得て、更に高く離れむ事をわたくしは願つてゐる。

実相に新旧のけぢめは無い。常に正しく新らしいからである。これを旧しとなすは観て馴れ過ぎたからである。一時の流行は時とともに滅びる。而も人はただ新奇を奔り求める事に於てのみ、その詩境を進め得るものと思つてゐる。然し何ぞ知らむ。此の東に於てひたすら彼の西の旧を趁うて新らしと成す秋に、却て西に於ては此の東方に道を求める事が常に新風発生の素因を成してゐる。かうなると何が新らしいかと思はせられる。

再び云ふ。実相のまことこそ常に正しく新らしいものである。いつ観てもまことなる事に於て渝りは無い。芭蕉の説いた不易はこの永生の流に通ずるまことの詩の精神である。詩の正風はさうした精神に根柢を置く。この精神は殊に我が東洋芸術の真髄と成すところのものである。

此の集の詩もおそらくは今人の眼に旧しとせられるであらう。それでわたくしはいいのである。詩境の高さは観相そのものの高さに由る。気品は巧みて得らるるもので無い。その人のおのづからなる円光である。だからわたくしは所謂新奇に浮かれて飽かざる事よりも詩のまことの大道をただ一筋に修めて行けばいいのである。

此の集には詩文（私は散文詩なる飜訳語を好まない。）と長歌体の詩篇とを収めた。詩文には口語脈と雅文脈との二種がある。何れも純粋の意味に於ける詩として書き下ろしたので無い。私にとつてはこれらは矢張り詩文であると遜る方がほんたうである。一方にまた長歌体を選んだのはさう成る可き内容だつたからである。長歌は万葉に由来するが、わたくしのものは万葉のそれとも違ふ。わたくしの詩の内容にその形式を採つたのである。此の形式のすぐれたところはかの絃楽の如く絶えんとして続き、続きつつ縹緲としてまた絶えんとする一流れのリズムの起き伏しにある。ことさらに行を別けず其まま書き下したのもその故である。兎角、日本のものはかういふ風にしぜんに書き下すのがほんたうのやうである。

わたくしはまた、この頃流行の自由詩の殆ど多くを真の詩とも自由詩とも思つてゐない。どう考へても行を別けただけの散文で、すぐれた或る種の文章よりももつと弛緩したリズムの、而も粗雑な思想の概念をただ放恣に非音楽的に述べたに過ぎぬと思つてゐる。

詩は詩である。詩に重んず可きはその高い精神である、韻律である、香気である、気韻である。

大正十一年六月

小田原にて

白秋識

  


## その一

  


## 簡素な庭

<strong>古風の庭</strong>　　　　　大正十年秋、上州富岡某氏別荘にて

<strong>紅葉を焚いて</strong>　　　同七年秋、名古屋月見坂にて

<strong>山中消息</strong>　　　　　同七年冬、小田原伝肇寺にて

  


## ある人の庭

<ruby><rb>寂</rb><rt>さび</rt></ruby>しい庭だ、<ruby><rb>閑</rb><rt>しづ</rt></ruby>かな庭、古めかしい日本の庭、風雅な庭、それでも極りきつた、強ひて取澄した庭、幽かな庭。

さびしいが<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>はあたつてゐる。すべてが穏かな秋の<ruby><rb>半</rb><rt>なか</rt></ruby>ばの<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>るさだ。<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きの無い<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>き。物音の無い、人の<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>も無い庭、森閑とした庭、幽かな庭。

<ruby><rb>誰</rb><rt>たれ</rt></ruby>がこさへたものか、とにかく昔風の茶人好みの庭、何の自然も無いのに、形は心を写してゐる。こさへた人もさみしかつたか、心がそのまま現れてる。それが古びていつのまか、おのづと自然な眺めに<ruby><rb>寂</rb><rt>さ</rt></ruby>びた。俳画の庭、幽かな庭。

日は<ruby><rb>午</rb><rt>ひる</rt></ruby>すこし過ぎ、空は高いが、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>からとなく、<ruby><rb>薄</rb><rt>うつす</rt></ruby>らした雲の<ruby><rb>層</rb><rt>かさ</rt></ruby>が、白くよどむで来ては掻き消えてゆく。築山の<ruby><rb>羅漢柏</rb><rt>あすはひのき</rt></ruby>、枝ぶりの<ruby><rb>蜒</rb><rt>くね</rt></ruby>つた松、ばらばらの寒竹、苔蒸した岩、瓢箪形の池の飛石、<ruby><rb>汀</rb><rt>みぎは</rt></ruby>の<ruby><rb>小亭</rb><rt>ちん</rt></ruby>、取りあつめて、そのまま一つの<ruby><rb>象</rb><rt>すがた</rt></ruby>になつてる。動きの無い庭、幽かな庭。

濁つた池の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>は錆び果てて、何の色香も無い庭だが、隅この<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さな石橋の蔭には、<ruby><rb>破</rb><rt>や</rt></ruby>れ残つた蓮の浮葉が二つか三つ、下のあはれなすがれ葉には、時おくれの精霊蜻蛉が休んでゐる。その蜻蛉の透きとほつた赤い翅だけが、光つてゐるといへば光つてゐる、たつたそれだけのことだ。そよとの風も無い庭、しづまり返つた庭、幽かな庭。

あまりにかけ離れた、世間の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>の気疎い庭。時には池水の深い底から、しんしんと何かが溢れて来て、ともすると冴えた輪波を拡がらせるが、それもまた何の<ruby><rb>手応</rb><rt>てごた</rt></ruby>へも無く、<ruby><rb>心</rb><rt>しん</rt></ruby>に還つて了ふ。と、蜻蛉もついと立つて、またあちらこちらと、留り留り、それも、あるかなしにそこらを揺り醒まして、<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>かしらへゐなくなる。それつきり、ほんの<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちよい</rt></ruby>との<ruby><rb>果敢</rb><rt>はか</rt></ruby>ない動き。声も無い庭、幽かな庭。

それでも<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>はあたつてゐる。すべての影が池の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>にある。ひとつひとつに光りもせねば、そよぎもせず、影は影とわかれ、濃淡をつけ、同じところにやはり同じ姿を落したままで、それでそのまま日の暮の朧ろのかげりを待つばかりだ。どうにもならないさびしい庭、深い<ruby><rb>気配</rb><rt>けはひ</rt></ruby>の庭、幽かな庭。

鶺鴒が来た。おや、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひんこつひんこつ</span>とやつてゐる。やや寒うなりかけた<ruby><rb>小亭</rb><rt>ちん</rt></ruby>の、<ruby><rb>反</rb><rt>そ</rt></ruby>りかへつた小屋根の<ruby><rb>端</rb><rt>はし</rt></ruby>で、いくら振つても振つても、黄色い尻尾は、いよいよ切ない刻みを早めるばかしだ。何時まで経つてもをさまり返つた庭、さみしい庭、さびしいさびしい幽かな庭。

## 紅葉を焚いて

<ruby><rb>紅葉</rb><rt>もみぢ</rt></ruby>して来た。庭の楓が紅葉して来た。紅葉ばかりになつて了うた。障子を開けて、つくづくと眺めてゐると、かうまで楓の多い庭だつたかと、今更に驚かされる。<ruby><rb>私</rb><rt>わたし</rt></ruby>も妻も二人とも、その楓の中の一つ<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>に、今まで居たかと驚かれる。今朝はまた殊更に、紅葉の<ruby><rb>光沢</rb><rt>つや</rt></ruby>がよう冴えて、小松の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>の楓など、明るいほどに<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>く透いてる。まだ<ruby><rb>黄色</rb><rt>きいろ</rt></ruby>い<ruby><rb>下葉</rb><rt>したば</rt></ruby>や<ruby><rb>裏葉</rb><rt>うらば</rt></ruby>、あれも程なく枯れるであらう。ああ、秋もふけたと見てゐるうちに、もう褪せかけて、風もないのにはらはらと散る紅葉もある。それも寂しい私達には恰度程よい寂しさだ。簡素な紅葉、静かな紅葉、その紅葉の下枝には、雀も二羽来て啼いてゐる。寒い朝ゆゑ、それは冷めたい囀りだ。二羽でも雀も寂しからう、紅葉ばかりで、と思うとまた、私達の寂しい旅の姿がかへり見らるる。紅葉して来た。庭の楓も紅葉して来た。紅葉ばかりになつて了うた。

紅葉して来た。庭の楓が紅葉して来た。紅葉ばかりになつて了うた。寒くなつたと私が云へば、妻も左様で御座います、寒い朝でと袖を合せる。旅の事ゆゑ、なほさら寒さも<ruby><rb>染</rb><rt>し</rt></ruby>みるであろ。さうはいふものの、たとへ<ruby><rb>二十日</rb><rt>はつか</rt></ruby>でも住み馴れて見ると、この<ruby><rb>離家</rb><rt>はなれ</rt></ruby>が何とはなしに古びて来て、矢つ張り<ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまゐ</rt></ruby>らしい。二人もどうやら落ちついて来た。紅葉でも焚いて見ようかと、私が云へば、妻も素直に、焚いて見ませう、寂しいからと庭に下り立つ。竹の箒で私が掃けば、<ruby><rb>蹲</rb><rt>かが</rt></ruby>んで妻が拾ひ集める。かさこそと、落葉と落葉が擦れ合うて、それを二人で集めてゐれば、今はもう秋も限りと思はれる。遠州風の濡れ石の上、枯れた芝生の凹みなどに、落葉は<ruby><rb>一入</rb><rt>ひとしほ</rt></ruby>哀れ深うて、<ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby>の<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>りもにじみ過ぎてる。紅葉して来た。庭の楓も紅葉して来た。紅葉ばかりになつて了うた。

煙が立つ。煙が立つ。庭の楓の紅葉の蔭から、煙が立つ。紅葉を焚いて、ふすふすと白うくすぼる煙のかげで、<ruby><rb>温</rb><rt>あつた</rt></ruby>かいぞと私が<ruby><rb>蹲</rb><rt>かが</rt></ruby>めば、妻も<ruby><rb>双手</rb><rt>もろて</rt></ruby>をかざして蹲む。青い<ruby><rb>枳殻</rb><rt>からたち</rt></ruby>の小枝などまた折りくべて、長い<ruby><rb>感冒</rb><rt>かぜ</rt></ruby>であつたと私が云へば、私もどうやら<ruby><rb>感冒気</rb><rt>かざけ</rt></ruby>でと、妻もわびしい。大切におし、旅で病んでは心細い、私も今度は頼りなかつたと、私も紅葉をまた火にくべる。ほんとにね、それでも早うお<ruby><rb>癒</rb><rt>なほ</rt></ruby>りになつてよかつたと、妻もまた紅葉をくべる。それもみなお前のお蔭だ、よく来て呉れた、難有かつたと、しみじみ、私は煙に<ruby><rb>噎</rb><rt>む</rt></ruby>せる。いいえと妻も、向うへ立つて、紅い紅葉を拾うて来る。早う帰らう、お前がまた病気にならぬうちにと云へば、ほんとに早く帰りませう、何と云つても自分の家がいちばんいい、旅は寂しい、心細い。殊にここらは霜が深うて、もう雪にでもなりさうなと、一きは赤く火を吹き立てる。煙が立つ。煙が立つ。紅い楓の葉蔭から煙が立つた。

紅葉して来た。庭の楓が紅葉して来た。紅葉ばかりになつて了うた。旅に来て長らく病んだが、心細いものだ。俳諧の聖芭蕉でさへも、旅に病んでは寂しかつたか、夢は枯野をかけ<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>ると、云うたではないか。お互ひに<ruby><rb>大切</rb><rt>だいじ</rt></ruby>にする事だ、<ruby><rb>愛惜</rb><rt>いとほし</rt></ruby>い物は命だと、私が云へば、妻も寂しく笑つて噎せた。いい煙だ、寂しいいい紅葉だ、せめてもう少し温まつてと、紅葉を焚いて、枝の紅葉ももう末かと仰いで見れば、はらはらとまた<ruby><rb>滾</rb><rt>こぼ</rt></ruby>れてくる。もういい、もういい、いい程に焚いて朝飯にしませう。煙が立つ。煙が立つ。紅い楓の葉蔭から煙が立つた。

## 山中消息

寂しいものは山の住居だと人もいふ。人里を少しでも離れると、けつく気楽なと思はぬでもないが、さりとて、人に逢はねばやつぱし寂しいものだ。たまさか通りがかりの人声の、小荷駄馬でも曳き、蓆でも着て、裏の岨路を、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えつちやほう</span>、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はいしとうとう</span>と叱りながらに<ruby><rb>上</rb><rt>のぼ</rt></ruby>り<ruby><rb>下</rb><rt>お</rt></ruby>りする、耳につき、つい目につくのも心丈夫な思ひがする。いよいよ死にました、<ruby><rb>小</rb><rt>ちひ</rt></ruby>さい赤んぼでございましたと、小さい<ruby><rb>棺</rb><rt>ひつぎ</rt></ruby>をかついで来てさへなほさらだ。生きとし生ける<ruby><rb>鵯</rb><rt>ひよ</rt></ruby>や百舌、<ruby><rb>鶫</rb><rt>つぐみ</rt></ruby>のたぐひ、木々の枯葉に驚く声も、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けけつちやう</span>、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちやうちやう</span>、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きいりきいり</span>と親まる。

空は晴れても、冬は日あしが短うて、いつとなく黄ばみかけると、早くも夕焼方の<ruby><rb>風向</rb><rt>かざむき</rt></ruby>となる。縁に出て、ぽつねんと眺めてゐると、何ともないやうでゐて心ぼそさが身に染みる。傾いた萱屋根の山門も、向うに見えて、其処から続いた一筋道の、此方はさらに奥ぶかくて、雀のお宿とでも云ひさうな、これが私の住居かと思へば、堪へられぬ。朽ちはてた<ruby><rb>外柱</rb><rt>そとばしら</rt></ruby>には、日あたりがよくてか、<ruby><rb>覇王樹</rb><rt>サボテン</rt></ruby>や竜舌蘭など匍ひ絡んではゐるものの、掛け忘られた数珠の緒の二くさり三くさり、もうぼろぼろに腐れかけてる。これが仏のゐられる寺だ。

<ruby><rb>寒々</rb><rt>さむざむ</rt></ruby>と揺れてゐるものは、孟宗のほづえ、ささ栗のそばの<ruby><rb>榧</rb><rt>かや</rt></ruby>の木、枯枝の桐の莟、墓原の<ruby><rb>香</rb><rt>かう</rt></ruby>のけむり。井戸端の<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>い山茶花は散りつくして、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>咲いた庭の白薔薇だけが新らしかつたが、<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>人が来て切つて了つた。ところどころに白い萱の穂もそよげば、一羽の白い鶏でさへ、吹かれどほしで消えもやらぬ。それは寂しい揺れ方だ。

<ruby><rb>遠々</rb><rt>とほどほ</rt></ruby>に消えてゆくものは雀のかげ、<ruby><rb>冬陽</rb><rt>ふゆび</rt></ruby>の名残、時雨も幽かにわたつてゆくが、ともすると、いつのまにやら雪になつてる。函根あたりは猶さらだ、白い白い雪の野山だ。

簡素だと思へば簡素、寂しいと云へば寂しい。一人でゐてもゐられるものの、なまじ、二人で慰め顔に、エネチアまがひの古い<ruby><rb>洋燈</rb><rt>ランプ</rt></ruby>など<ruby><rb>点</rb><rt>とぼ</rt></ruby>して見るので悲しくなる。

人は人、どうせ私は私だと思つて見ても、その人ごとが忘れられぬので、便りも待つ、いぢらしくもなれば腹も立つ。郵便くばりにも番茶の一つもほうじて出す。それかと云うて、その日その日の新聞紙でさへ、日が暮れてからやつと着くのでよくは読めず。<ruby><rb>夜</rb><rt>よる</rt></ruby>はひとしほ波の音までが聞えるゆゑ、<ruby><rb>明日</rb><rt>あす</rt></ruby>の日和なぞ気にかかつて、月の光が白い障子に射すまでは、雨戸も閉めねば、寝ねもせず。

<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>が夜中、厠に立てば、裏の山には月が澄んで、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>の葱さへ一つ一つに<ruby><rb>真青</rb><rt>まつさを</rt></ruby>だ。虫ももう鳴かぬが、それだけ凄い。首を竦めて、<ruby><rb>咳</rb><rt>しはぶ</rt></ruby>く時の寒さと云へばまた格別だ。せめて風邪でもひかぬやうにと、頸巻なぞして、手水つかへば水も凍つた。

かうした私のこの頃です。

  


## その二

  


## 秋山の歌

<strong>黎明の不尽外二篇</strong>　　　大正十年秋、妻菊子ととも御殿場を経て伊豆吉奈温泉に行く、その時の詩。

<strong>遠山脈の歌</strong>　　　　　　大正十年秋、上州富岡にて。

  


## 黎明の不尽

<ruby><rb>天地</rb><rt>あめつち</rt></ruby>の<ruby><rb>闢</rb><rt>ひら</rt></ruby>けしはじめ、成り成れる<ruby><rb>不尽</rb><rt>ふじ</rt></ruby>の<ruby><rb>高嶺</rb><rt>たかね</rt></ruby>は、白妙の<ruby><rb>奇</rb><rt>くす</rt></ruby>しき高嶺、駿河甲斐<ruby><rb>二国</rb><rt>ふたくに</rt></ruby>かけて、<ruby><rb>八面</rb><rt>やおもて</rt></ruby>に裾張りひろげ、裾広に根ざし固めて、常久に雪かつぐ峰、かくそそり聳やきぬれば、<ruby><rb>厳</rb><rt>いか</rt></ruby>しくも正しき<ruby><rb>容</rb><rt>かたち</rt></ruby>、<ruby><rb>譬</rb><rt>たと</rt></ruby>ふるに物なき姿、いにしへもかくや神さび、神ながら今に古りけむ。たまたまに我や旅行き、行きなづみ振りさけ見れば、妻と来てつつしみ仰げば、あなかしこ照る日もわかず、暮れゆけば雲巻き蔽ひ、<ruby><rb>霹靂</rb><rt>はたたがみ</rt></ruby>はためくさへに、稲光<ruby><rb>青</rb><rt>さを</rt></ruby>の火柱、火ばしらの飛ぶ火のただち、また、とどろ雹ぞ飛びたる。御殿場のここの<ruby><rb>駅路</rb><rt>うまやぢ</rt></ruby>、一夜寝て<ruby><rb>午夜</rb><rt>ごや</rt></ruby>ふけぬれば、まだ深き<ruby><rb>戸外</rb><rt>とのも</rt></ruby>の闇に、早や目ざめ<ruby><rb>猟犬</rb><rt>かりいぬ</rt></ruby>が群、<ruby><rb>勢</rb><rt>きほ</rt></ruby>ひ起き鎖曳きわき、<ruby><rb>跳</rb><rt>をど</rt></ruby>り立ち啼き立ち<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>くに、朝猟の公達か、あな、ひとしきり飛び連れ下りる<ruby><rb>騒</rb><rt>さう</rt></ruby>ぞきの、さて<ruby><rb>出立</rb><rt>でた</rt></ruby>つらむ。けたたましく自動車の鳴り<ruby><rb>爆</rb><rt>は</rt></ruby>ぜる音、<ruby><rb>咽喉太</rb><rt>のどぶと</rt></ruby>の唸り笛さへ、<ruby><rb>凝</rb><rt>こ</rt></ruby>り霜の<ruby><rb>夜凝</rb><rt>よご</rt></ruby>りに冴えて、はた、ましぐらに<ruby><rb>何処</rb><rt>いづく</rt></ruby>へか駈け去り去りぬ。<ruby><rb>底冷</rb><rt>そこび</rt></ruby>えの戸の隙間風、さるにても明け近からし。目のさめて<ruby><rb>明告鳥</rb><rt>あけつげどり</rt></ruby>の息長に啼き呼ばふ声、そことなく<ruby><rb>応</rb><rt>こた</rt></ruby>ふる声の、裾野原揺りどよもすに、おのづ覚め我は在りけり、目はさめて我もありけり。つくづくと首<ruby><rb>延</rb><rt>の</rt></ruby>し見れば、こちごちの<ruby><rb>濃霧</rb><rt>こぎり</rt></ruby>のなびき、渓の森、端山の<ruby><rb>小襞</rb><rt>こひだ</rt></ruby>、黒ぐろとまだ<ruby><rb>気</rb><rt>け</rt></ruby>ぶかきに、びようびようと猛ける遠吠、をりからの<ruby><rb>暁闇</rb><rt>あかつきやみ</rt></ruby>を続け射つ<ruby><rb>速弾</rb><rt>はやだま</rt></ruby>の音。たださへも益良夫ごころ溢れ揺り抑へもあへぬを、見透かせば渦巻く霧の瑠璃雲の漂ひが上、数かぎりなき糠星の瓔珞の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>、あなあはれ不尽の高嶺ぞ、今し今、一きは清き紫の朝よそほひに出で立ち立てれ。夢か、こは、まことなりけり。夢ならず、<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>なりけり。起きよ起きよ。まことこれ日の本の不尽、木花咲耶姫の神、神しづまりに鎮まらす不尽の<ruby><rb>御嶽</rb><rt>みたけ</rt></ruby>ぞ、見よ目に見えて近ぢかと明け初むるなれ。起きよとて妻揺りたたき、目ざめよとまた呼び覚まし、口漱ぎ、さて、身をきよめ、さむざむと袂<ruby><rb>合</rb><rt>あ</rt></ruby>はし、しみじみと二人い寄り、ひたすらにかくて見<ruby><rb>恍</rb><rt>ほ</rt></ruby>れぬ。時ありぬ。やや時経れば、ほのぼのとして<ruby><rb>薄明</rb><rt>うすあか</rt></ruby>る<ruby><rb>山際</rb><rt>やまぎは</rt></ruby>のいろ、<ruby><rb>黎明</rb><rt>しののめ</rt></ruby>の薄樺いろに焼け<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>るその静けさに、日出づる前か、明鴉かをかをと二羽連れだちて羽風切る、その羽裏いよよ染みたり。はたはたと山鳩もまた二羽競ひ行く。観る人も妻とし見れば、飛ぶ鳥も連るるものかも、うれしやと妻は見て云ふ、我もまた微笑みて見つ。さるからに、薄紅き蓮華の不尽の隈ぐまの澄み明りゆく立姿、<ruby><rb>頂</rb><rt>いたゞき</rt></ruby>の<ruby><rb>辺</rb><rt>べ</rt></ruby>は更にも<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>く、つや紅く光り出でたれ。よく見ればその空高く、かすかにも靡くものあり。高うして吹雪すらしか、かすかにも雪煙り立ち、その煙絶えずなびけり。いよいよに紅く紅く、ひようひようと立ちのぼる雪の焔の<ruby><rb>天路</rb><rt>あまぢ</rt></ruby>さしいよよ尽きせね、消えてつづき、消えてつづけり。あなあはれ、かのいつくしさ、このかうかうしさ。眺むれど見れども飽かず、<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>にさへ筆にさへ出ね。あなかしこ、不尽の高嶺は日の本の鎮めの高嶺、神ながら<ruby><rb>奇</rb><rt>くす</rt></ruby>しき高嶺、この高嶺まれに仰ぎてこの<ruby><rb>朝</rb><rt>あした</rt></ruby><ruby><rb>新</rb><rt>あらた</rt></ruby>にぞ見て、この我や、ただこの妻と、ただ得も云へず涙しながる。

## 遠山脈の歌

上つ毛の<ruby><rb>加牟良</rb><rt>かむら</rt></ruby>の北に<ruby><rb>天</rb><rt>あま</rt></ruby>そそる妙義荒船、<ruby><rb>遥</rb><rt>はろ</rt></ruby>ばろと眺めに<ruby><rb>出</rb><rt>づ</rt></ruby>れば、この日暮ふりさけ見れば、いや遠し遠き<ruby><rb>山脈</rb><rt>やまなみ</rt></ruby>、いや高し高き山脈、いやが<ruby><rb>上</rb><rt>へ</rt></ruby>に空に続きて、いや寒く<ruby><rb>襞</rb><rt>ひだ</rt></ruby>を重ねて、幾重ね、幾<ruby><rb>畳</rb><rt>たたなは</rt></ruby>り、末遂に雲居にぞ入る。かりそめの旅にはあれど、夕されば内にも堪へず、<ruby><rb>外</rb><rt>と</rt></ruby>に出でてひとり在りけり。向ひ吹く川の瀬の風、川風の吹きの<ruby><rb>凍</rb><rt>こご</rt></ruby>えに、我が向ひ辿る高崖、遥か見る<ruby><rb>北</rb><rt>きた</rt></ruby>の<ruby><rb>山脈</rb><rt>やまなみ</rt></ruby>。冬も早や絹のつや雲、巻雲の巻きのなびきに、<ruby><rb>氷</rb><rt>ひ</rt></ruby><ruby><rb>凝</rb><rt>こ</rt></ruby>り雲<ruby><rb>層雲</rb><rt>かさぐも</rt></ruby>の群、重ね雲、寂び金の雲、下<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>り雲ともわかず、薄ぎらひ山ともわかず、たださへも<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>ならぬを、たださへも果てしわかぬを、日の射すか末広の虹、幾すぢか透きて落せり。かうがうしその薄光、寂び寂びしプラチナのすぢ、濃き淡き峰の畳みに、引きちがふ山の小襞に、また雨と<ruby><rb>和</rb><rt>なご</rt></ruby>み注げり、柔かき金色の霧。あな遠し遠き<ruby><rb>山脈</rb><rt>やまなみ</rt></ruby>、あな高し高き<ruby><rb>山脈</rb><rt>やまなみ</rt></ruby>、立ちとまり見れども消えず、目ふたぎて傷めど尽きず、<ruby><rb>目翳</rb><rt>まか</rt></ruby>げして遥けみ見れば、いや寂し薄き<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>の虹、また見ればさらに彼方に、いや高き<ruby><rb>連山</rb><rt>つらやま</rt></ruby>の雪、いや遠き連山の雪、ひえびえと、つぎつぎと、続きつづきて<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きいでぬ。

## 湯どころの秋

ねもごろの日のあたりかも。そことなき湯のけぶりかも。日のあたる原のかたへに欅立ち、欅の<ruby><rb>傍</rb><rt>そば</rt></ruby>に<ruby><rb>斑牛</rb><rt>まだらうし</rt></ruby>ひとり居りけり。安らかに繋がれてけり。山峡の湯どころの秋、出て見れば下の小橋を、杖つきて渡る子もあり。垂稲の黄ばむ田づらは、をりふしに雀むれ立ち、道ぞひの茅屋の庭に、白菊の盛り見せたる、胡麻と栗並べ干したる、暇ある心に見れば、なかなかに今日は安けし。向つべに日のかげる山、なほ明く温かき山、その空の白き綿雲、ちろちろと<ruby><rb>禽</rb><rt>とり</rt></ruby>渡るさへ、なかなかにあはれとも見れ。妻と来て二人来て、七日まり住み馴れてのち、やうやうに紅葉色づく<ruby><rb>遠近</rb><rt>をちこち</rt></ruby>の、この眺めなる。あなあはれ、ねもごろの日のあたりかも、そことなき湯のけぶりかも。日のあたる原のかたへに欅立ち、欅のかげに斑牛ひとり居りけり。繋がれてただねんねんと草食みにけり。

## 秋山の歌

秋山のなぞへの<ruby><rb>薄</rb><rt>すすき</rt></ruby>、ひとつらね揺りかがやけり。秋山の名も無き山の、草山の、山の端薄、その穂の薄、揺りかがやけり。この夕、出でて見て、向ひ見て、丸木橋妻とわたりて、また見れば、まだかがやけり。その薄刈る人もあり、また負ひて<ruby><rb>降</rb><rt>お</rt></ruby>り<ruby><rb>来</rb><rt>く</rt></ruby>るもあり。<ruby><rb>下</rb><rt>くだ</rt></ruby>り来て、行きすぎざまに、さわさわと<ruby><rb>背</rb><rt>そびら</rt></ruby>見せゆく、さわさわの背の薄、またかがやけり。雲白くうかべる峡の<ruby><rb>日屯</rb><rt>ひたむろ</rt></ruby>の<ruby><rb>空間</rb><rt>そらあひ</rt></ruby>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>、こまごまと飛べる羽虫も、よく見れば一つ一つに、命あり、舞ひ立ち光る。<ruby><rb>閑</rb><rt>しづ</rt></ruby>かなり、ただ安らなり。まだ深き日のあたりなる。暑からず、寒くしもなく、まだ<ruby><rb>温</rb><rt>ぬく</rt></ruby>き日のかげりなる。湯どころのうしろの山の、秋山の、その柔かき草山の、このもかのもにさわさわと音する薄、穂薄の、今日来て見れば、揺りかがやけり。あなあはれ、我も見て、妻も出て、二人ながむるさわさわ薄、そのさわさわ薄。

  


## 孟宗と月

凡て、大正十年秋の木兎の家の生活より

  


## 竹と曼珠沙華

わが<ruby><rb>門</rb><rt>かど</rt></ruby>の竹の林に、曼珠沙華赤く咲きたり。竹の根の一つ一つに、この<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>や六つ七つづつ、日に増しに数かさみゆく。怪しくも赤き巻髭、髭細の蓮華なす<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>、咲き盛るその華見れば、おのづから秋も澄みけり。いよいよに風も寂びけり。隣り寺、寺の古墓、日あたりは<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だも暑けど、墓掃くとかがむ影すら、<ruby><rb>閼伽</rb><rt>あか</rt></ruby>汲むと寄るすらも無し。あなあはれ、摩訶曼珠沙華、出で入るとひとり眺めて、時をりは妻と眺めて、<ruby><rb>昨日</rb><rt>きのふ</rt></ruby>よりいよよ<ruby><rb>殖</rb><rt>ふ</rt></ruby>えしと、まだ今日も赤しとぞ見る。孟宗のしだれ笹ゆゑ、<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>は射せどいぶせき藪を、常くぐり我は在りけり。わびしけど遊び馴れけり。山住の心安さは、藪越しに浪の音聴き、里囃子うれしとも聴け、施餓鬼過ぎ流石さびしく、人訪はぬ今は堪へえね、また出でて竹の根見れば、曼珠沙華赤く赤きに、ちらと向き、<ruby><rb>釣眼</rb><rt>つりめ</rt></ruby>野狐、うしろ向き尖り口して、小藪吹き、吹き吹く風に、日の暮に、あな、飛び飛びて消えつつ失せぬ。

## 竹の林の歌

わが宿の竹の林に、夕あかりかがよふ見れば、その竹の<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>る根ごとに、何か散り、深く光れり。その節のひとつひとつに、何かまた<ruby><rb>留</rb><rt>とま</rt></ruby>り光れり。その笹のさみどりの葉に、何かまた揺れて光れり。<ruby><rb>金色</rb><rt>こんじき</rt></ruby>のその光るもの、こまごまと眼に<ruby><rb>染</rb><rt>し</rt></ruby>みるもの、雨ふりてあかれるのちは、とりわけて揺れてうつくし。寂しくて見てゐるきはは、いよいよに消えてうつくし。揺るるともただ見て<ruby><rb>居</rb><rt>を</rt></ruby>らむ、消ゆるともまた見て居らむ、堪へ堪へて日の暮るるまで、なほなほに寂しがりつつ。わがやどの竹の林の夕あかり、裏山松の松風の音のこなたに。

## 蜩の歌

<ruby><rb>蜩</rb><rt>かなかな</rt></ruby>の啼き連るるなり、二つなり、啼き連るるなり。その二つ啼きやめばまた、こなたより啼きしきるなり、ただ一つ啼きしきるなり。孟宗の片日射なり、山松の遠日射なり。かなたには輝りきらふ海、こなたにはわたる山霧、山ぎりに山の施餓鬼のほとほとに果つる頃なり。<ruby><rb>金色</rb><rt>こんじき</rt></ruby>に秋の日射の斜なし澄みとほる中、<ruby><rb>蜩</rb><rt>かなかな</rt></ruby>は啼きしきるなり、<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>き<ruby><rb>急</rb><rt>せ</rt></ruby>きて啼き刻むなり、二つ啼き、一つ啼き、また、こもごもに啼き<ruby><rb>速</rb><rt>はや</rt></ruby>むなり。

俳句

蜩が二つ啼きまた一つがこもごもに

## 岡の鉾杉

わが宿の岡のなぞへに、杉いくつ<ruby><rb>屯</rb><rt>たむろ</rt></ruby>せりけり、せうせうと<ruby><rb>屯</rb><rt>たむろ</rt></ruby>せりけり。鉾杉のひとむら木立、鉾杉の鉾を並べて、この<ruby><rb>朝明</rb><rt>あさけ</rt></ruby>しぐるる見れば、霧ふかく時雨るる見れば、うち霧らひ、霧立つ空に、いや黒くその<ruby><rb>秀</rb><rt>ほ</rt></ruby>うかび、いや重く下べ<ruby><rb>鎮</rb><rt>しづ</rt></ruby>もり、いや古く並び鎮もる、<ruby><rb>凡</rb><rt>なべ</rt></ruby>てこれ墨の絵の杉、見るからに寒し<ruby><rb>厳</rb><rt>いつ</rt></ruby>かし、かうがうし<ruby><rb>寂</rb><rt>さび</rt></ruby>し<ruby><rb>崇高</rb><rt>けだか</rt></ruby>し。あなあはれ岡の鉾杉、をちこちの<ruby><rb>小竹</rb><rt>ささ</rt></ruby>のむら笹、柿もみぢ、梅が<ruby><rb>枝</rb><rt>え</rt></ruby>の蔦、とりどりに色に出づれど、神無月すゑの時雨に濡れ濡れて、その葉枯れず、落葉せず、透かず、薄れず、ただ<ruby><rb>上</rb><rt>うは</rt></ruby>べわづか<ruby><rb>赭</rb><rt>あか</rt></ruby>みて<ruby><rb>天鵞絨</rb><rt>びろうど</rt></ruby>の焦茶いろすれ、<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>ぶかと黒くか青く、常久に古び<ruby><rb>鎮</rb><rt>しづ</rt></ruby>もる。寂しくも寂しき姿、堪へ堪へて常立つ心。あなあはれ冬の鉾杉、海ちかき岡の鉾杉、鉾杉の<ruby><rb>渦成</rb><rt>うづな</rt></ruby>す霧に、<ruby><rb>涯</rb><rt>はて</rt></ruby>知れぬ海も見わかず、ひさかたの空もえわかね、時をりは、渡りの鳥のはぐれ<ruby><rb>鳥</rb><rt>どり</rt></ruby>ちりぢりと落ち、<ruby><rb>羽重</rb><rt>はねおも</rt></ruby>の一羽鴉も飛びなづみ、ややに来て揺る。あなあはれ雨の鉾杉、見てあれば幽かに揺れて、ふる雨に幽かに揺れて、ただせうせうと音たてにけり。

## 榧と栗

<ruby><rb>伝肇寺</rb><rt>でんでうじ</rt></ruby>、<ruby><rb>小</rb><rt>ち</rt></ruby>さき<ruby><rb>古寺</rb><rt>ふるてら</rt></ruby>、この寺の山の墓場に<ruby><rb>榧</rb><rt>かや</rt></ruby>と栗並び立ちたり。並びたちともに老いたり。榧の木は栗の木のそば、栗の木は榧のかたへに、さびさびてすでに老いたり。その榧よいつよりか老い、この栗よいつよりか立つ。榧と栗さびにさびつれ、なほし<ruby><rb>未</rb><rt>ま</rt></ruby>だ花は咲きけり、年ごとに花はつけけり。榧の木はかすかなる花、栗の木は<ruby><rb>露</rb><rt>あら</rt></ruby>はなる花、その榧に<ruby><rb>小</rb><rt>ち</rt></ruby>さき榧の実、この栗に栗の<ruby><rb>青毬</rb><rt>あをいが</rt></ruby>、風吹けば実さへ毬さへ、またいつかこぼれこぼれぬ、枯れ枯れて土にかへりぬ。見る人も知る人もなし。寺まうで墓まうでびと、たまさかに<ruby><rb>蹲</rb><rt>かが</rt></ruby>み通れど、誰ひとり振りは仰がず、誰ひとり眼にもとめねば、ただ<ruby><rb>二木</rb><rt>ふたき</rt></ruby>立てるのみなる、榧と栗さびるのみなる。あなあはれ、榧と栗の木、落葉する栗も寒けど、常青く立てる榧の木、冬の日はことに高しよ。栗の木はいよよ透けれど、榧の木はいよよか黒く、薄日射函根の<ruby><rb>入陽</rb><rt>いりひ</rt></ruby><ruby><rb>秀</rb><rt>ほ</rt></ruby>に<ruby><rb>受</rb><rt>う</rt></ruby>けてひとり尖れり、いや黒くひとり堪へたり。雨まじり霙ふる日も、風まじり雪の飛ぶ夜も、こごしくも<ruby><rb>凍</rb><rt>こご</rt></ruby>え立ちたり。親しくも立ちて堪へたり。あなあはれ<ruby><rb>老木</rb><rt>おいき</rt></ruby>の<ruby><rb>二木</rb><rt>ふたき</rt></ruby>、親しくも並ぶ姿の、寂しくも隣り合ふ木の、頼り無き二木を見れば涙しながる。

## 孟宗と月

さわさわと揺るるものあり。<ruby><rb>午夜</rb><rt>ごや</rt></ruby>ふけて揺るるものあり。わが窻の硝子戸の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>、<ruby><rb>真透</rb><rt>ます</rt></ruby>かせば月に影して<ruby><rb>凍</rb><rt>こご</rt></ruby>え雲絶えず走れり。<ruby><rb>円</rb><rt>まど</rt></ruby>かなる望月ながら、<ruby><rb>生蒼</rb><rt>なまあを</rt></ruby>く<ruby><rb>隈</rb><rt>くま</rt></ruby>する月の、傾けばいよよ薄きを、あな寒や揺るる竹あり。孟宗の重きしだれの<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なりのその<ruby><rb>上</rb><rt>へ</rt></ruby>に抜けて、ただひとり揺るる<ruby><rb>秀</rb><rt>ほ</rt></ruby>のあり。目か醒めし、夜風か出でし、さわさわと揺れて遊べり。しだれつつ前にうしろに、照りかげり揺れて遊べり。円かなる望月ながら、<ruby><rb>生蒼</rb><rt>なまあを</rt></ruby>く隈する月の飛び雲の<ruby><rb>叢雲</rb><rt>むらくも</rt></ruby>が<ruby><rb>間</rb><rt>あひ</rt></ruby>、ふと洩れて時をり急に明るかと思ふ時なり。目に見えてさわさわさわと、照り浮ぶ孟宗の、あな、一きは強き<ruby><rb>狐光</rb><rt>きつねびかり</rt></ruby>のその月に、さながら生きて踊るかに、<ruby><rb>近明</rb><rt>ちかあか</rt></ruby>りして、<ruby><rb>勢</rb><rt>きほ</rt></ruby>ひ舞ふ、かと見ればまた、何か暗く薄かげりして、揺らぎ止み、<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆ</rt></ruby>らぎ<ruby><rb>騒立</rb><rt>さやだ</rt></ruby>つ。この<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>さや、夜鳥も啼かず、藪かげの<ruby><rb>隣</rb><rt>となり</rt></ruby>の寺もしんしんと雨戸<ruby><rb>鎖</rb><rt>さ</rt></ruby>したれ。時として川瀬の音の浪の音と響き添ふのみ。それもただ遠し、気疎し。あなあはれ、この夜の山に、何しらず目のさめしもの、我のみか、揺れそよぐあり。揺れそよぎ、独り遊ぶと、揺れそよぎこの目の<ruby><rb>外</rb><rt>そと</rt></ruby>に、またさわさわと音立ててゐる。

## 荒浪千鳥の歌

<ruby><rb>磯長</rb><rt>しなが</rt></ruby>の<ruby><rb>小</rb><rt>こ</rt></ruby>ゆるぎの浜、この浜や荒浪高し。この夜ごろいよいよ高し。<ruby><rb>時化</rb><rt>しけ</rt></ruby>つづき西風強く、夜は絶えて<ruby><rb>漁火</rb><rt>いざり</rt></ruby>すら見ね、をりをりに雨さへ走り、稲妻の<ruby><rb>青</rb><rt>さを</rt></ruby>の<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>りに、鍵形の火の枝の<ruby><rb>棘</rb><rt>はり</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひりひり</span>と鋭き光なす。そのただちとどろく巻波。時として雹さへ飛ぶに、なにぞ<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>ぞ乱るる鳥は、なにぞ<ruby><rb>何</rb><rt>な</rt></ruby>ぞ散り散る鳥は。目に見れば数かぎりなく、声きけば<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>なば<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬかに、へうへうと連れ啼く鳥の、百千鳥、荒浪千鳥。荒浪の<ruby><rb>穂立</rb><rt>ほだち</rt></ruby>の空を、とまるすべ、<ruby><rb>寝</rb><rt>ぬ</rt></ruby>るすべ知らに、ただ飛びて散り散る千鳥。この海や<ruby><rb>涯</rb><rt>はて</rt></ruby>し知られね、この荒れやはかり知られね、初夜過ぎて、また後夜かけて、闇ふかく<ruby><rb>翼</rb><rt>はね</rt></ruby>ふる千鳥、この雨を、また稲妻を、ひた濡れてかがやく千鳥。ある声は遠くはぐれて、ある群は斜め乱れて、また或るは<ruby><rb>陸</rb><rt>くが</rt></ruby>の方向き、また或るはちりちりと<ruby><rb>退</rb><rt>の</rt></ruby>き、すれすれに或るは落ちつつ波の上驚きて飛び、時に消え、時に明り、いよいよに暗く恐れて、いよいよに青に<ruby><rb>染</rb><rt>そ</rt></ruby>まりて、時わかず連れ啼く千鳥、へうへうと<ruby><rb>凍</rb><rt>こご</rt></ruby>ゆる千鳥。いつまでか<ruby><rb>全</rb><rt>また</rt></ruby>く迷ふぞ、いつまでか飛びてやまぬぞ。<ruby><rb>磯長</rb><rt>しなが</rt></ruby>の小ゆるぎの荒浪千鳥。荒浪の天うつ波の逆まきのとどろきが上、あああはれ、また、向き向きに、稲妻の<ruby><rb>青</rb><rt>さを</rt></ruby>の<ruby><rb>脅</rb><rt>おび</rt></ruby>えに連れ連れ乱る、啼き連れ乱る。

  


## 冬の山そば

大正十年冬、小田原近郊の散策より

  


## 冬の山岨

玉くしげ函根の山は短か日のことに短かく、み冬さり霜<ruby><rb>下</rb><rt>お</rt></ruby>り来れば、午過ぎて日の目も知らず。向つべの山は明れど、こなたなる高山の岨、風寒く木の葉ちるのみ。早や早やも土は<ruby><rb>凝</rb><rt>こご</rt></ruby>りて、岩角の犬羊歯が下、枯れ枯れの雑木の根ごと、そくそくと<ruby><rb>氷柱</rb><rt>つらら</rt></ruby>さがれり。ほきほきと<ruby><rb>氷柱</rb><rt>つらら</rt></ruby>掻き折り、かりかりと噛みもて行けば、あな<ruby><rb>冷</rb><rt>つめ</rt></ruby>た、つめたかりけり。妻もまた<ruby><rb>冷</rb><rt>つめ</rt></ruby>たよと云ふ。二人ゆく高崖の上、何の<ruby><rb>枝</rb><rt>え</rt></ruby>ぞ透きてこまかにつや黒の<ruby><rb>果</rb><rt>み</rt></ruby>をちらつかす、ふり仰ぎ透かし見すれば、高く澄む空の青きにひえびえといそぐ雲あり、また薄く消ゆるものあり。長尾鳥飛びて叫ぶに、行きなづみ<ruby><rb>蹲</rb><rt>こご</rt></ruby>みて<ruby><rb>瞰</rb><rt>み</rt></ruby>れば、あな寒むや渓裾紅葉、鉾杉の暗みを出でてひと<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>り<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>く燃えたり、その紅葉淵に映れり。人知らぬ寂びと静けさ。その<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>に飛び飛びの岩、岩もまた幽けかりけり。冬はなほ幽けかりけり。あなあはれ、欅の枯木行き行けば見る眼に聳え、滝落ちてかげり<ruby><rb>陽</rb><rt>び</rt></ruby>迅し、あなあはれ、山の端<ruby><rb>薄陽</rb><rt>うすび</rt></ruby>。<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>見れば早や塔の沢、こちごちに湯の香煙りて、ちらちらと揺るる燈の見ゆ、海見えて<ruby><rb>漁火</rb><rt>いざり</rt></ruby>つく見ゆ。この岨や馴れし山岨、遠く来し旅にもあらね、さは急ぐ道にもあらず。我がどちや<ruby><rb>言</rb><rt>こと</rt></ruby>にこそ<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>ね、今さらの連れにもあらねば、ただ二人ほつりほつりと、日の暮はほつりほつりと、また家路さし下るのみなり、降りるのみなり。

## 冬の日棚田

丘窪の冬の棚田はねもごろにうれしき棚田、寂び寂びて明るき棚田。たまさかに鶸茶の刈田、小豆いろ、温かきいろ、うち<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>る珈琲の<ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby>。<ruby><rb>下田</rb><rt>しもだ</rt></ruby>にはいくつ稲村<ruby><rb>白金</rb><rt>プラチナ</rt></ruby>の笠めき<ruby><rb>和</rb><rt>なご</rt></ruby>め、上畑は緑の縞目、わづかにも麦ぞ萠えたる。その畑に動く<ruby><rb>群禽</rb><rt>むらどり</rt></ruby>つくづくと尾羽根振りては、また空へ飛び立ち<ruby><rb>翔</rb><rt>かけ</rt></ruby>る。あな<ruby><rb>冷</rb><rt>つめ</rt></ruby>た群の鶺鴒群れ飛べど目にもとまらず。いづこにか鵯は叫べど、風騒ぐけはひも聴かず。ただ低き日あたりの中、茅屋根の物静かなる、紫に寂び沈みたる、人気なき庭にはあれど背戸ごとに柿の実も見ゆ。裏丘へのぼる<ruby><rb>小径</rb><rt>こみち</rt></ruby>は孟宗の林に見えて、その藪の上の日向に蜜柑もぐ人もよく見ゆ、声高になにか語りて<ruby><rb>燧石</rb><rt>ひうち</rt></ruby>切る莨火も見ゆ。珍らかにいとど澄めばか、遠近の枯葉のくぬぎ、草もみぢ、耀く薄、おしなべてかくて<ruby><rb>安</rb><rt>やす</rt></ruby>けし。あなあはれ、ここの丘窪、明るけど古さび棚田、うれしけど冬の日棚田、その空に<ruby><rb>翔</rb><rt>かけ</rt></ruby>る<ruby><rb>群禽</rb><rt>むらどり</rt></ruby>、鶺鴒の薄黄の羽根のただ波うちて影もとまらず、影もとまらず。

## 落葉行

ひとりゆくこの<ruby><rb>山岨</rb><rt>やまそば</rt></ruby>は、落葉のみ溜り<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>れり。落葉踏み踏みつつ行けば、いづく飛び鵯高音うつ。かさこそり、<ruby><rb>櫟</rb><rt>くぬぎ</rt></ruby>の枯葉わがかたへまた声立てぬ。日おもての<ruby><rb>草崖薄</rb><rt>くさがけすすき</rt></ruby>、その穂にも落葉かかれり。草紅葉まだ<ruby><rb>温</rb><rt>ぬ</rt></ruby>くけれど、その<ruby><rb>上</rb><rt>へ</rt></ruby>にも落葉うごけり。向ひ山、こなたの小丘、見るものはみな枯木のみ。空ぐるま軋るを見れば、<ruby><rb>上岨</rb><rt>うはそば</rt></ruby>を尻毛振る<ruby><rb>赤馬</rb><rt>あか</rt></ruby>、ひようひようと吹かれゆく馬子、みな寒き冬のものなり。渓の<ruby><rb>上</rb><rt>へ</rt></ruby>の小茶屋の椅子も紅葉積み、その渓かけて、はらはらと落葉ちりゆく。山窪の幾むら藁屋、水ぐるま<ruby><rb>廻</rb><rt>まは</rt></ruby>れる見れば、ほとほとに水も痩せたり。<ruby><rb>欅原</rb><rt>けやきばら</rt></ruby>ただ目に寒く、雨のごとちる落葉あり、よく見ればいよいよ繁し、声立てていよいよ<ruby><rb>寂</rb><rt>さび</rt></ruby>し。ほうほうと立てる雑木の<ruby><rb>岨路</rb><rt>そばぢ</rt></ruby>ゆき、別れ<ruby><rb>径</rb><rt>みち</rt></ruby>ゆき、<ruby><rb>当処</rb><rt>あてど</rt></ruby>さへ果てはわかねど、風のまま歩みのままに、行き行けばただ落葉なり、前うしろただ落葉なり、かさこそと、また、はらはらと、空にも地にも声ばかりして。

## 落葉吟

かうかうと照る月ながら、雨のごと飛ぶ落葉かな。ああ落葉、その影見れば、秋も早や老いにたるらし。ああ落葉、その声きけば、おのづから冬か待たるる。身の<ruby><rb>老</rb><rt>おい</rt></ruby>といふにはあらね、おのれまた若しともなし。さやけさはかかる夜ながら、見の<ruby><rb>惚</rb><rt>ほ</rt></ruby>れむ光にあらず、杉木立青きはあれど、<ruby><rb>隣山</rb><rt>となりやま</rt></ruby>早やも痩せたり。枯れ枯れの木の<ruby><rb>枝</rb><rt>え</rt></ruby>を透きて、月はただ遠くあらはに、落葉また風に吹かれて、へうへうとかぎりも知らず。いつの日かまたと還らむ、いつの世か久しかりちふ。これやこの常なかる世に年月の移らふまにま、我はあり、我はあれども、いつ知らず<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>べのみ見る。なほなほも<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>ぞ気遠き。而かもなほ過ちにけり。つくづくと恥ぢ泣きにけり。さりとては<ruby><rb>諦</rb><rt>あきらめ</rt></ruby>も得ず、また<ruby><rb>和</rb><rt>のど</rt></ruby>の悟りをも見ね、ただすこしおのれ知るからただ堪へて<ruby><rb>遜</rb><rt>へりくだ</rt></ruby>るのみ。ややややにかくてあるまで。寂しがり寂しがるなる。ほとほとに堪へは得ぬとも、この寂びや、身もて得し寂び、せめてものまだ頼りなる。ただたのみただ守るべき。ただひとり物も思はむ。さてひとり歩み歩まむ。あはれなる末の末かも、飛びちらふ落葉なるべき。落葉なら風のまかせよ。照る月に、北山風に、夜あらしに、影は影とし、はらはらと、ただ、はらはらと声ばかりせよ。

俳句

おらもまたあなたまかせよ一茶坊

  


## 竹林の早春

大正十一年の早春、小田原木兎の家の生活より

  


## 水仙と菊

窻掛の絹寒冷紗、硝子<ruby><rb>扉</rb><rt>ど</rt></ruby>の外の短か日、短か日の斜めの<ruby><rb>陽</rb><rt>ひ</rt></ruby>ざし。窻掛の絹寒冷紗、その蔭の水仙と菊、鉢台の薄玻璃の壺。今朝咲きし一重水仙、いつの日か挿しし寒菊。冷たくて白き水仙、やや<ruby><rb>温</rb><rt>ぬく</rt></ruby>く黄なる寒菊。水仙の<ruby><rb>青</rb><rt>さを</rt></ruby>の葉は張り、寒菊の葉は半ば枯る。水仙は水仙の影、寒菊は寒菊の影、その壺も玻璃の影して、<ruby><rb>栗色</rb><rt>くりいろ</rt></ruby>の砂壁に在り。硝子透き、窻掛を透き、斜め<ruby><rb>陽</rb><rt>び</rt></ruby>の<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>るみぎりは、冬もなほいつくしく見ゆ、<ruby><rb>頼</rb><rt>たより</rt></ruby>無き影としも無し、柔かく親しかりけり。薄玻璃の影もゆらげり。妻とゐる二階の書斎、午過ぎはただ<ruby><rb>閑</rb><rt>しづ</rt></ruby>かなり。湯沸のふき立つる湯気、わがふかす煙草のけむり、また揺れてその壁にあり。妻の影、わが影もあり。水仙と寒菊の花、現身にうつつに観れば、まこと今あはれなりけり。水仙と寒菊の影、現なく<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>らふ観れば、現なし、<ruby><rb>寂</rb><rt>さび</rt></ruby>しかりけり。<ruby><rb>近々</rb><rt>ちかぢか</rt></ruby>と啼き翔る鵯、<ruby><rb>遠々</rb><rt>とほどほ</rt></ruby>とひびく浪の<ruby><rb>音</rb><rt>と</rt></ruby>。誰か世を常なしと云ふ、久しとも<ruby><rb>愛</rb><rt>かな</rt></ruby>しとも<ruby><rb>思</rb><rt>も</rt></ruby>へ。山に住み世に<ruby><rb>離</rb><rt>さか</rt></ruby>るとも、<ruby><rb>全</rb><rt>また</rt></ruby>く世を厭ふにあらず、<ruby><rb>五月蠅</rb><rt>うるさ</rt></ruby>やと、<ruby><rb>切</rb><rt>せち</rt></ruby>に思へど、人来ねばたづきも知らず、妻と我、二人居れども、かくてあれども、時をりはただ寂しくて、眼を見合せぬ。

## 聴けよ妻ふるもののあり

聴けよ、妻、ふるもののあり。かすかにもふるもののあり。初夜過ぎて夜の幽けさとやなりけらし。ふりいでにけり。何かしらふりいでにけり。声のして、ふりまさるなり。雨ならし。いな、雪ならし。雪なりし。雪ならば<ruby><rb>初</rb><rt>はつ</rt></ruby>の雪なる。よくふりぬ。さてもめづらにふる雪のよくこそはふれ、ふりいでにけれ。さらさらと、また音たてて、しづかなり、ただ深むなり。聴けよ、妻、そのふる雪の、満ち満ちて、ただこの闇に、舞ひ深むなり、ふりつもるなり。

俳句

たまさかに浪の音して<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の雪なり

## 元旦の夜のこと

あな<ruby><rb>疎忽</rb><rt>そこつ</rt></ruby>、<ruby><rb>吐息</rb><rt>といき</rt></ruby>いでたり。気にかけそ、何といふ事もあらぬを。また妻よ、<ruby><rb>焙</rb><rt>ほう</rt></ruby>じてむ玄米の茶を。来む春の話、水仙の話、やがて生れむ子のことなども話してむ。元旦のこの<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>の深さ、山住の我らなるゆゑ、いついつとかはりは無けど、今日はまたとりわけて、よろしかりけり。<ruby><rb>全</rb><rt>また</rt></ruby>く今しづかなりけり。今さらに何をかや云ふ。この<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>さのこの安けさは神ぞただ守りますべき。心ゆくうれしさの<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>、我はただ詩を思ふなる、<ruby><rb>汝</rb><rt>みまし</rt></ruby>また差しのぞくなる。しづかなり、ただあはれなり。筆動く音のみぞする。身じろきの、息のみぞする。さてあらば夜も明けぬべし。あれ聴けよ、<ruby><rb>鶏</rb><rt>とり</rt></ruby>啼くらしき。また聴けよ、浪の音なる。二人ただかくて起きゐて、まこと今ただ二人なる。二人なるいのちの息の、おのづから触れかよふかな。親しくもゆき通ふかな。蜜柑なと一つむきてむ。<ruby><rb>近々</rb><rt>ちかぢか</rt></ruby>と火にむかひゐむ。またすこし炭つぎ足して、さて待たむ、二日の朝の海原の<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>き日の出を。

## 蕗の薹

新らしき蕗の薹かな。珍らしき<ruby><rb>苦</rb><rt>にが</rt></ruby>き<ruby><rb>香</rb><rt>か</rt></ruby>ぞする。その蕗の薹、一つ刺し、二つ刺し、竹の小串に三つ刺して、さて味噌つけて、火に焼きて、あな<ruby><rb>苦</rb><rt>にが</rt></ruby>さよと一つ食べ、あなうまさよと二つ食べ、あないつくしと三つ食べて、さてさびしやと我ゐたり。春さきの、あは雪の、<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>なば<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬかの、声聴きてけり、そのしばらくは。

## 竹林の早春

わが庵の竹の林に、こぬか雨今朝も<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>れり。春さきのこぬか雨なり。ふるとしも見えぬ雨なり。こぬか雨笹にこもりて、<ruby><rb>香</rb><rt>かう</rt></ruby><ruby><rb>炷</rb><rt>た</rt></ruby>けば<ruby><rb>香</rb><rt>かう</rt></ruby>もしめりて、事もなし、ただ<ruby><rb>明</rb><rt>あか</rt></ruby>るけし。こまごまと濡れかかるのみ、縹緲と煙曳くのみ。しづかなり、ただ安らなり。顔出して、つくづく居れば、笹子啼き、目白寄り来る、笹葉揺り揺りてまた去る。散りたまる<ruby><rb>去年</rb><rt>こぞ</rt></ruby>の枯葉も、寂しけど寒しともなみ、何かしら萠ゆる緑の、春は早や竹の根にあり。よき<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>りかくて<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>らば、竹煮草、葛、蕗の薹ややややにすずろき出でむ。髭長の藪の菎蒻、菫などやがて咲くべし。松風の声は沈めど、常ならぬさびしさならず。<ruby><rb>裏岨</rb><rt>うらそば</rt></ruby>ののぼりくだりに、ほつほつと通る馬さへ、時をりは青きつけつつ、<ruby><rb>声高</rb><rt>こはだか</rt></ruby>の人の話も、濡れながら行けば親しよ。静こころ<ruby><rb>香</rb><rt>かう</rt></ruby>をつぎつつ、さて、今日もうら安くこそ。こぬか雨ふるがごとくに、こまごまといつくしみてむ春さきの我の思を。

## ころころ蛙の歌

春さきのころころ<ruby><rb>蛙</rb><rt>かはづ</rt></ruby>、一つ鳴き、二つ鳴き、ころころと<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>続け鳴き、ふと鳴き止み、くぐみ鳴き、また急に湧きかへり鳴く。いよいよに声合せ鳴く。近き田のころころ蛙、よく聴けば声変り鳴く。声変り、一つ一つに、あなをかし、鳴けるさま見ゆ。あちら向きこちら向き、飛び飛びて、また水くぐり、うちひそみ、頬をふくらかし、鳴き鳴ける咽喉のさま見ゆ。あなをかし、近田の蛙、さみどりの根芹か<ruby><rb>湿</rb><rt>しめ</rt></ruby>る、<ruby><rb>塗畔</rb><rt>ぬりあぜ</rt></ruby>かまだ新らしき。雨もよひ雨よぶ声の、寒けども寒しともなし、寂しけどなにか笑へり。友よびてまた鳴く蛙、遠田にも遥かどよもす。あなあはれ、遠田の蛙、また聴けば、遠く隔てて、夜の闇の瀬の<ruby><rb>音</rb><rt>と</rt></ruby>隔てて、いや<ruby><rb>離</rb><rt>さか</rt></ruby>りうち霞み鳴く。また寄せて近まさり鳴く。遠つ浪<ruby><rb>辺</rb><rt>へ</rt></ruby>に寄するごと、遠つ風吹き寄するごと、その声は夜空つたひて、いよいよに近く響きて、さて絶えて、また続け鳴く。近き田もまた競ひ湧く。初夜過ぎてまた後夜ふけて、なほなほにどよもす声の、おそらくは夜の明くるまで。萠黄月、月の<ruby><rb>円暈</rb><rt>まろがさ</rt></ruby>、遠近の薄き飛び雲、濡れ濡れてちろめく星の、糠星のかげ白むまで。ころころと、またころころと、夜もすがら、夜をただ一夜、春さきのをさな蛙が、声かぎり、また声かぎり、ここだく鳴くも。

  


## 立枯並木の歌

大正五年、葛飾小岩の紫煙草舎の生活より。

但し、<strong>鳥の啼くこゑ</strong>外一篇は当時の作。

その他は十年春作。

  


## 立枯並木の歌

霜ふかき野川の<ruby><rb>堰</rb><rt>ゐぜき</rt></ruby>、あはれよと<ruby><rb>今朝</rb><rt>けさ</rt></ruby>見に来れば、いつとなく<ruby><rb>水量</rb><rt>みかさ</rt></ruby><ruby><rb>涸</rb><rt>か</rt></ruby>れつつ、隙間なく氷張りけり。枯すすき、<ruby><rb>土堤</rb><rt>どて</rt></ruby>の枯草、<ruby><rb>凍</rb><rt>こご</rt></ruby>りつき白くきびしく、<ruby><rb>両側</rb><rt>もろがは</rt></ruby>の<ruby><rb>立枯並木</rb><rt>たちがれなみき</rt></ruby>、いよいよに白くさびしく、雪空の薄墨色にこまごまと<ruby><rb>梢明</rb><rt>こずゑあか</rt></ruby>り、<ruby><rb>下空</rb><rt>したぞら</rt></ruby>の<ruby><rb>小枝</rb><rt>さえ</rt></ruby>のほそ枝立ちつづき、見れども飽かず、入り交り網目して透く。<ruby><rb>両側</rb><rt>もろがは</rt></ruby>の立枯並木、<ruby><rb>下</rb><rt>しも</rt></ruby>見れば<ruby><rb>一側</rb><rt>ひとかは</rt></ruby><ruby><rb>並木</rb><rt>なみき</rt></ruby>、時をりにとまる鴉もその枝の霜にすぼまり、渡り鳥ちらばる鳥もその空に<ruby><rb>薄煙</rb><rt>うすけぶり</rt></ruby>立つ。風吹けばかすかに揺れ、雪ふればいよよしづもり、さむざむと時雨るる夜半も、月あかり落ちゆく<ruby><rb>暁</rb><rt>あけ</rt></ruby>も、<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>なんとし<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>たずかすかに、<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>にもうつしけなくも、ただ寂し薄し果敢なし。霜ふかき野川の<ruby><rb>堰</rb><rt>ゐぜき</rt></ruby>、今朝もまた氷張りけり。その川の<ruby><rb>両側</rb><rt>もろがは</rt></ruby>つづき、隙間なく枯木つづけり。あなあはれ立枯並木。

## 潮来の入江

すな真菰、真菰が中に菖蒲さく<ruby><rb>潮来</rb><rt>いたこ</rt></ruby>の入江、はるばると我が<ruby><rb>求</rb><rt>と</rt></ruby>め来れば、そのかみの潮来の出嶋荒れ果てて今は冬なる。旅やどり、消ゆるばかりに、一夜寝て寝ざめて見れば、霜しろし<ruby><rb>水</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>辺</rb><rt>べ</rt></ruby>の柳、何一つ音もこそせね、薄墨の空の<ruby><rb>霧</rb><rt>き</rt></ruby>らひにただ白く<ruby><rb>枝垂</rb><rt>しだ</rt></ruby>れ深めり。<ruby><rb>枝垂</rb><rt>しだ</rt></ruby>れつつ水にとどけり。また白き葦にとどけり。そのかげの小さき苫舟、いよいよに霜の凍りて、こまごまと霜の凍りて、<ruby><rb>舟縁</rb><rt>ふなべり</rt></ruby>も苫も真白く、櫓も梶も絶えて真白し。つくづくと眺めてあれば、<ruby><rb>閑</rb><rt>しづ</rt></ruby>かなる入江のさまや、苫舟にのぼる煙も、風<ruby><rb>無</rb><rt>な</rt></ruby>けば<ruby><rb>直</rb><rt>す</rt></ruby>ぐに一すぢ、ほそぼそとしばしのぼれり。広重のその絵の煙、目に見れば浮世なりけり。あなあはれ<ruby><rb>水</rb><rt>み</rt></ruby>の<ruby><rb>辺</rb><rt>べ</rt></ruby>の柳、あなあはれかかりの小舟、寂しとも寂しとも見れ。折からや苫をはね出て、<ruby><rb>舟縁</rb><rt>ふなべり</rt></ruby>の霜にそびえて、この朝の<ruby><rb>紅</rb><rt>あか</rt></ruby>き<ruby><rb>鶏冠</rb><rt>とさか</rt></ruby>の雄の<ruby><rb>鶏</rb><rt>かけ</rt></ruby>が、早やかうかうと啼き<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>けるかも。

## 夜の雪

この<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>さも雪はふりけり。かの<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>さも雪はふりけり。その声や<ruby><rb>霊</rb><rt>たま</rt></ruby>も<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬかに、降り積り、<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬる白雪。白雪のふれば幽かに、たまゆらは澄みてありけど、白雪の<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬるたまゆら、ほのかなるまたも<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>にけり。白雪のはかな<ruby><rb>心地</rb><rt>ごこち</rt></ruby>の、我身にも<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>るかたもなし。

## 鳥の啼くこゑ

かおかおと啼くは鴉、ぴよぴよと啼くは<ruby><rb>雛鶏</rb><rt>ひなどり</rt></ruby>、雀子はちゆちゆとさへづり、子を思ふ焼野の<ruby><rb>雉子</rb><rt>きぎす</rt></ruby>、けんけんと<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>も<ruby><rb>高音</rb><rt>たかね</rt></ruby>うつ。<ruby><rb>現身</rb><rt>うつしみ</rt></ruby>の鳥の啼く<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>の、なぞもかく物あはれなる。<ruby><rb>天</rb><rt>あめ</rt></ruby>わたる秋の<ruby><rb>雁金</rb><rt>かりがね</rt></ruby>、春くれば遠き雲井にかりかりと消えて跡なし。

  


## 米の白玉

大正五年葛飾小岩の生活より、十年春作。

  


## アツシジの聖の歌

アツシジの<ruby><rb>聖</rb><rt>ひじり</rt></ruby>フランチエスコの物語。フランチエスコは雀子を<ruby><rb>愛</rb><rt>を</rt></ruby>しみ給ひき。雀子も慕ひまつりき。<ruby><rb>現身</rb><rt>うつしみ</rt></ruby>の人にてませば、かの人も<ruby><rb>亦</rb><rt>また</rt></ruby>、人のごと寂しくましき。寂しくて貧しくましき。寂しくて貧しきが故、<ruby><rb>遜</rb><rt>へりくだ</rt></ruby>り、常に悲しくましましき。いといと悲しくましましき。それ故に、<ruby><rb>末</rb><rt>すゑ</rt></ruby>遂に神を知らしき。その聖道のべに立たしめたまへば、雀子は<ruby><rb>御後</rb><rt>みあと</rt></ruby>べ慕ひ、<ruby><rb>御手</rb><rt>みて</rt></ruby>にのり、肩にとまりき。さてちゆんちゆんと鳴いたりき。あなあはれ、雀子よとて雀子を撫でさすり、掻い撫でさすり、偽りなせそ、むさぼりそよ、おのづからなれ、正しく、<ruby><rb>直</rb><rt>なほ</rt></ruby>く、<ruby><rb>常童</rb><rt>とこわらべ</rt></ruby>にて、<ruby><rb>天地</rb><rt>あめつち</rt></ruby>の神ごころにも通へとぞ、悲しかれよと<ruby><rb>宣</rb><rt>の</rt></ruby>りましき。<ruby><rb>御法</rb><rt>みのり</rt></ruby>説かしき。雀子を<ruby><rb>愛</rb><rt>を</rt></ruby>しみたまへば、雀子も慕ひまつりき。雀子にも<ruby><rb>解</rb><rt>と</rt></ruby>きやすき御言葉なれば、雀子も御言葉ををろがみまつり、羽根をすり<ruby><rb>頭</rb><rt>つむり</rt></ruby>さげてき。またちゆんちゆんと鳴いたりき。さて<ruby><rb>徒</rb><rt>いたづら</rt></ruby>に物を欲り、浮かれ、たばかり、盗まざりけり。偽らず、安らなりけり。かかる時、草原に露満ちて、虫鳴きそそり、飾り無き野の花のかをりも吹く風の涼しきままに、空は円く澄みわたりて、また、塵ひとつだにとどめざりければ、聖の<ruby><rb>御頭</rb><rt>みつむり</rt></ruby>かすかに後光をはなち、差しのべたまへる<ruby><rb>両</rb><rt>ふた</rt></ruby>つの<ruby><rb>御手</rb><rt>みて</rt></ruby>の十の御指は皆輝きて、その<ruby><rb>掌</rb><rt>たなひら</rt></ruby>の雀子さへも光るばかりに喜び羽うち、<ruby><rb>御前</rb><rt>みまへ</rt></ruby>に輪を成す雀のむれもみなみな雀の後光をかすかに立ててぞ啼き<ruby><rb>恍</rb><rt>ほ</rt></ruby>れ遊ぶ。フランチエスコは御空を仰ぎて、主よ、主の<ruby><rb>奴僕</rb><rt>しもべ</rt></ruby>はかくありぬ、かく貧しきが故にこそ世のあらゆるもろもろの御宝をも却つて主のごとく、この身ひとつに保ちまつる、ありがたやハレルヤとぞ、涙ながして<ruby><rb>讃</rb><rt>ほ</rt></ruby>め<ruby><rb>祷</rb><rt>の</rt></ruby>りませば、雀もともに、ハレルヤ、ハレルヤと、眼を上げ涙ながして御空を仰ぐ。<ruby><rb>現身</rb><rt>うつしみ</rt></ruby>の人の<ruby><rb>聖</rb><rt>ひじり</rt></ruby>と<ruby><rb>現身</rb><rt>うつしみ</rt></ruby>の鳥の雀と、雀とフランチエスコと、朝夕に常かくなりき。あなあはれ、世の<ruby><rb>常</rb><rt>つね</rt></ruby>の事にはあらずよ。温かき御心ゆゑぞ、大きなる<ruby><rb>博</rb><rt>ひろ</rt></ruby>き御心もてぞ、ありとある<ruby><rb>愛</rb><rt>を</rt></ruby>しみたまへば、御心は神にもいたり、雀にも通ひましけむ。あなあはれ、人のこの世の<ruby><rb>現</rb><rt>うつつ</rt></ruby>にも、かかる<ruby><rb>聖</rb><rt>ひじり</rt></ruby>のましまししものか。

## 米の白玉

一

ましら玉、しら玉あはれ。白玉の米、玉の米、米の玉あはれ。そを一粒、また二粒、三粒、四粒と数ふれば白玉あはれ。うすき瀬戸白の小皿に、幾すくひすくへどあはれ、かそかそと声ばかりして、ころころと音ばかりして、掻き寄せて十粒に足らず、ひろへれど十粒を出でず、かそかそところころと、声するは、空しき櫃の、<ruby><rb>空櫃</rb><rt>むなびつ</rt></ruby>の米櫃の底。ましら玉、しら玉あはれ。白玉の米、玉の米、米の玉あはれ。

二

ましら玉、しら玉あはれ。白玉の米、玉の米、米の玉あはれ。そを一粒、また二粒、三粒、四粒と数ふれば白玉あはれ。掻きよせて十粒に足らず、ひろへれど十粒を出でず。今は早や我は饑ゑなむを、我妻もかつゑはてむを、ましら玉しら玉あはれ。さは云へど米のしら玉、貧しとてすべな白玉、その玉を雀子も欲れ、ひもじきは誰もひとつよ、雀子も来ては覗き、饑ゑて鳴き、鳴きては遊び、遊びては<ruby><rb>求食</rb><rt>あさ</rt></ruby>り、<ruby><rb>求食</rb><rt>あさ</rt></ruby>るを、米の玉あはれ。雀来よ、雀来よ来よ、いとせめて<ruby><rb>啄</rb><rt>つ</rt></ruby>めよこの米、ひもじくばふふめこの米、<ruby><rb>汝</rb><rt>みまし</rt></ruby>らが饑ゑずしあらば、うまからば、うれしくかはゆく鳴くならば、白玉あはれ。わがどちはこの我は、わが妻とても、今さらに<ruby><rb>食</rb><rt>を</rt></ruby>さずともよし、<ruby><rb>食</rb><rt>を</rt></ruby>さずともよし。ましら玉、しら玉あはれ。しら玉の米、玉の米、米の玉あはれ。

三

ましら玉、しら玉あはれ。しら玉の米、玉の米、米の玉あはれ。絶ち絶ちて幾日をか経し、饑ゑ饑ゑて幾夜をか経し、この我や生きて貧しく、生きんすべせんすべだにもなきものを、米の玉、しら玉あはれ。はづかなるあるかなきかの金を得て、かきよせて、市のちまたに米買ふと<ruby><rb>破</rb><rt>や</rt></ruby>れし嚢を手にさげて、これに米、すこし<ruby><rb>賜</rb><rt>た</rt></ruby>べよと乞ひのめば、入れて賜びけり、さらさらと入れて賜びけり。うれしくて走り出づれば金賜べと人の驚く。忘れたり、ゆるされませと赤らみて、金置きてまた駈け<ruby><rb>出</rb><rt>づ</rt></ruby>れば、うしろより米はとおらぶ。驚きて、また忘れたり、ゆるされと、<ruby><rb>此度</rb><rt>こたび</rt></ruby>はしかと、しら玉の米の嚢をひきかつぎかかへて戻る。米の玉、しら玉あはれ。現なるこれや現か、ゆめならず、現なりけり。その現、現なるこそうれしかりけれ。しら玉の、ましら玉の、ましら玉の、しら玉あはれ。しら玉の米、玉の米、米の玉あはれ。

## 犬と鴉

一

犬の子に白き<ruby><rb>飯皿</rb><rt>いひざら</rt></ruby>、子鴉に青き飯皿、朝夕に同じ飯盛り、おのがじじ<ruby><rb>食</rb><rt>を</rt></ruby>せよと<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>べば、犬の子は<ruby><rb>己</rb><rt>し</rt></ruby>が飯惜しと、子鴉は<ruby><rb>己</rb><rt>し</rt></ruby>が飯惜しと、犬の子は子鴉が飯、子鴉は犬の子が飯、ひたぶるに奪ひ取らむと、ひたぶるに盗み<ruby><rb>食</rb><rt>を</rt></ruby>さむと、ただ啼きつ吼えつ噛みつす。<ruby><rb>己</rb><rt>し</rt></ruby>が飯はすでにあまるを。<ruby><rb>己</rb><rt>し</rt></ruby>が飯に足れりとはせで、なじかさは<ruby><rb>他</rb><rt>ひと</rt></ruby>の物<ruby><rb>欲</rb><rt>ほ</rt></ruby>る、なじかさはよその物欲る。同じことかはゆきものを、同じこと飯は盛れるを。犬の子よ、子鴉よ、あはれ。

二

あなあはれ、みぎりひだりに、子鴉と犬の子と寄る。<ruby><rb>此方</rb><rt>こち</rt></ruby>向けば子鴉あはれ、<ruby><rb>其方</rb><rt>そち</rt></ruby>向けば犬の子あはれ。<ruby><rb>二方</rb><rt>ふたかた</rt></ruby>の鳥よ<ruby><rb>獣</rb><rt>けもの</rt></ruby>よ。ひとしけくかはゆきものを、同じけくかなしきものを、いづれ<ruby><rb>別</rb><rt>わ</rt></ruby>きいづれ隔てむ。かにかくに両手あげつつかろく叩き、撫でてあやせば、羽根はたき尻尾ふりきる。ひもじきかさらば<ruby><rb>食</rb><rt>を</rt></ruby>せよと、一つ<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>に牛の<ruby><rb>乳</rb><rt>ち</rt></ruby>盛れば、子鴉はみぎりより来て、犬の子は左よりきて、<ruby><rb>嘴</rb><rt>はし</rt></ruby>と口つつき合せて、<ruby><rb>啄</rb><rt>つつ</rt></ruby>き<ruby><rb>嘗</rb><rt>な</rt></ruby>め、啄き嘗めつす。また、そねみ、惜み、にくまず。あなあはれ空飛ぶ鳥と、<ruby><rb>地</rb><rt>つち</rt></ruby>を匐ふ家の<ruby><rb>畜</rb><rt>けもの</rt></ruby>と、いつのまにかくや馴れけむ、なじかさはかくも親しき。これやこの人の我が<ruby><rb>掌</rb><rt>て</rt></ruby>に相<ruby><rb>睦</rb><rt>むつ</rt></ruby>み<ruby><rb>和</rb><rt>なご</rt></ruby>むを見れば、今さらに喜ぶ見れば、この我や、みぎりひだりにとみかう見涙しながる。

  


## 童と母

大正二年―三年、麻布の生活より。

  


## 麻布山

麻布山浅く霞みて、春はまだ<ruby><rb>寂</rb><rt>さみ</rt></ruby>し<ruby><rb>御寺</rb><rt>みてら</rt></ruby>に、母と我が詣でに来れば、日あたりに子供つどひて、凧をあげ独楽を廻せり。立ちとまり眺めてあれば、思ほゆる我がかぶろ髪。ほほゑみて母を仰げば、母もまたほほと笑ませり。けだしくや我がかぶろ髪、母もまた忍ばすらむか。我が母は何も<ruby><rb>宣</rb><rt>の</rt></ruby>らさね、子の<ruby><rb>我</rb><rt>われ</rt></ruby>も何もきこえね、かかる日のかかる春べに、うつつなく遊ぶ子供を見てあれば涙しながる。

## 童と母

<ruby><rb>垂乳根</rb><rt>たらちね</rt></ruby>の母の<ruby><rb>垂乳</rb><rt>たりち</rt></ruby>に、おしすがり泣きし子ゆゑに、いまもなほ我を<ruby><rb>童</rb><rt>わらべ</rt></ruby>とおぼすらむ、ああ我が母は。<ruby><rb>天</rb><rt>あま</rt></ruby>つ日の光もわすれ<ruby><rb>現身</rb><rt>うつしみ</rt></ruby>の色に溺れて、<ruby><rb>酒</rb><rt>さか</rt></ruby>みづきたづきも知らず、酔ひ疲れ帰りし我を、酒のまばいただくがほど、悲しくもそこなはぬほど、酔うたらば早うやすめと、かき抱き枕あてがひ、<ruby><rb>衾</rb><rt>ふすま</rt></ruby>かけ足をくるみて、裾おさへかろくたたかす、裾おさへかろくたたかす、垂乳根の母を思へば泣かざらめやも。

  


## その三

  


## ほのかなるもの

大正二年、麻布にて。

  


## ほのかなるもの

ゆめはうつつにあらざりき。うつつはゆめよりなほいとし。まぼろしよりも甲斐なきはなし。

幽かなるこそすべなけれ。美しきものみなもろし。尊きものはさらにも云はず。

ひとのいのちはいとせめて、日の光こそすべなけれ。麗かなるこそなほ果敢な。星、月、そよかぜ、うすぐものゆくにまかする空なれども。

ふりそそぐものみなあはれなり。雨、雪、霰、雹に霙、それさへたちまち消えうせぬ。

土に置く霜、露のたま、靄、霧、霞、宵の稲づま、ほのかなれども水陽炎のそれさへ頼むに足るものなし。

煙こそあはれなれども、捉へられねばよしもなし。山家にゆけど、野にゆけども、水のながれを<ruby><rb>堰</rb><rt>せ</rt></ruby>くすべもなや。

ちちろと歎く蓑虫も、蛍の尻もみな幽けし、なまじ寝鳥の寝もやらぬ春のこころの愁はしさよ。

色ならば、利休鼠か、水あさぎ、黄は薄くとも温かければ、卵いろとも人のいふ。

水藻、ヒヤシンスの根、海には<ruby><rb>薔薇</rb><rt>いばら</rt></ruby>のり、風味あやしき蓴菜は濁りに濁りし沼に咲く、なまじ清水に魚も住まず。

花と云へば、風鈴草、高山の虫取菫、蒜の花。一輪咲いたが一輪草、二輪咲くのが二輪草、まことの花を知る人もなし。

葉は山椒の葉、アスパロガス。蔓は豌豆、藤かづら。芥子に恨みはなけれども、その葉ゆゑこそ香も青く、ひとに未練はなけれども、思ひ出のみに身はほそる。

あはれなるもの、木の梢。細やかなるもの、竹の枝、菅の根の根のその根のほそ毛、絹糸、うどんげ、人参の髯。

はろかなるもの、山の路。疲れていそぐは秋の鳥、とまるものなき空なればこそ、こがれあこがれわたるなれ。玻璃器のなかの目高さへ、それと知りなば果敢なみやせん。

巣にあるものはその巣をはなれ、住家なきもの家をさがす。<ruby><rb>栗鼠</rb><rt>りす</rt></ruby>は野山に日を暮らし、巡礼しばしもとどまらず。殻を負ひたる<ruby><rb>蝸牛</rb><rt>ででむし</rt></ruby>はいつまで殻を負うてゆくらむ。

かへり見らるる船のみち、<ruby><rb>背後</rb><rt>しりへ</rt></ruby>の花火、すれちがひたる<ruby><rb>麝香連理</rb><rt>じやかうれんり</rt></ruby>の草花の籠、ひとの襟あしみなほのかなれ。

笛の音の類、朝立ちの<ruby><rb>駅路</rb><rt>うまやぢ</rt></ruby>の鈴、訪ふ人もなき隠れ家のべるの釦のほのかに白き、小夜ふけてきくりんのたま。

影はなによりまた寂し。踊子のかげ、扇のかげ、動く兎の紫のかげ、花瓶のかげ、皿に転がる林檎のかげはセザンヌ翁をも泣かすらむ。

夏はリキユール、日曜の朝麦藁つけて吸ふがよし。熱き紅茶は春のくれ、雪のふる日はアイスクリーム、秋ふけて立つる日本茶、利休ならねどなほさら寂し。

味気なきは折ふしの移りかはり、祭ののち、<ruby><rb>時花歌</rb><rt>はやりうた</rt></ruby>のすぐ<ruby><rb>廃</rb><rt>すた</rt></ruby>れゆく。活動写真の<ruby><rb>酔漢</rb><rt>よひどれ</rt></ruby>の<ruby><rb>絹帽</rb><rt>シルクハツト</rt></ruby>に鳴くこほろぎ。

さらに冷たきもの、真珠、鏡、水銀のたま、二枚わかれし蛇の舌、<ruby><rb>華魁</rb><rt>おいらん</rt></ruby>の<ruby><rb>眸</rb><rt>め</rt></ruby>。

しみじみと身に染みるもの、油、香水、痒ゆきところに手のとどく人が<ruby><rb>梳櫛</rb><rt>すきぐし</rt></ruby>。こぼれ落ちるものは<ruby><rb>頭垢</rb><rt>ふけ</rt></ruby>と涙。湧きいづるものは、泉、乳、虱、<ruby><rb>接吻</rb><rt>くちつけ</rt></ruby>のあとの<ruby><rb>噎</rb><rt>おく</rt></ruby>び、紅き<ruby><rb>薔薇</rb><rt>さうび</rt></ruby>の虫、白蟻。

誤ち易きは、人のみち、<ruby><rb>算盤</rb><rt>そろばん</rt></ruby>の珠。迷ひ易きは、<ruby><rb>女衒</rb><rt>ぜげん</rt></ruby>の口、恋のみち、<ruby><rb>謎</rb><rt>なぞ</rt></ruby>、手品、本郷の西片町、ほれぼれと惚れてだまされたるかなし。

忘れがたきは薄なさけ。一に好色、二に酒の<ruby><rb>味</rb><rt>あぢ</rt></ruby>、三にさんげの歌枕。わが思ふ人ありやなしやと問ふまでもなし都鳥、忘れな草の忘れられたるなほいとし。

浅くとも清きながれのかきつばた。偽れる、薄く澄ませる、また寂し。まことなきものげに寂し。まことあるものなほ寂し。しんじつ一人は堪へがたし。人と生れしなほ切なけれ。

思ひまはせばみな切な、貧しきもの、世に疎きもの、哀れなるもの、ひもじきもの、乏しく、寒く、物足りぬ、果敢なく、味気なく、よりどころなく。

頼みなきもの、捉へがたく、<ruby><rb>表現</rb><rt>あら</rt></ruby>はしがたく、口にしがたく、聴きわきがたく、忘れ易く、常なく、かよわなるもの、詮ずれば仏ならねどこの世は寂し。

まんまろきもの、輪のごときもの、いつまでも相逢はず<ruby><rb>平行</rb><rt>なら</rt></ruby>びゆくもの、また<ruby><rb>廻</rb><rt>めぐ</rt></ruby>るもの、はじめなく終りなきもの、煙るもの、<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>なば<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>ぬかに縺れゆくものみなあはれ。

芸は永く命みじかし、とは云ふものの、滅び易きはうき世のならひ。うたも、しらべも、いろどりもゆめのまたゆめ。

うつつをゆめともおもはねど、うつつはゆめよりなほ果敢な、悲しければぞなほ果敢な、幻よりもなほ果敢な。