Soranoha

私信

ししん

太宰 治

叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、將來の暮しに就いて、いろいろ御心配して下さつてありがたうございます。けれども、私はこのごろ、私の將來の生活に就いて、少しも計畫しなくなりました。虚無ではありません。あきらめでも、ありません。へたな見透しなどをつけて、右すべきか左すべきか、秤にかけて愼重に調べてゐたんでは、かへつて悲慘な躓きをするでせう。

明日の事を思ふな、とあの人も言つて居られます。朝めざめて、けふ一日を、充分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて居ります。私は、嘘を言はなくなりました。虚榮や打算で無い勉強が、少しづつ出來るやうになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くやうな事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。決して虚無では、ありません。

いまの私にとつて、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戰地の人々も、おそらくは同じ氣持ちだと思ひます。叔母さんも、これからは買ひ溜などは、およしなさい。疑つて失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。私たちは、信じてゐるのです。一寸の蟲にも、五分の赤心がありました。苦笑なさつては、いけません。無邪氣に信じてゐる者だけが、のんきであります。私は文學をやめません。私は信じて成功するのです。御安心下さい。

底本 / Source edition

底本:「太宰治全集11」筑摩書房
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「都新聞 第一九四三七号」
1941(昭和16)年12月2日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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太宰 治「私信」(旧字旧仮名)、底本『太宰治全集11』筑摩書房、1999年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 052682_000035, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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