書房を展開せられて、もう五周年記念日を迎へられる由、おめでたう存じます。書房主山崎剛平氏は、私でさへ、ひそかに舌を卷いて驚いたほどの、ずぶの夢想家でありました。夢想家が、この世で成功したといふためしは、古今東西にわたつて、未だ一つも無かつたと言つてよい。けれども山崎氏は、不思議にも、いま、成功して居られる樣子であります。山崎氏の父祖の遺徳の、おかげと思ふより他は無い。ちなみに、書房の名の砂子屋は、彼の出生の地、播州「砂子村」に由來してゐるやうであります。出生の地を、その家の屋號にするといふのは、之は、なかなかの野心の證據なのであります。郷土の名を、わが空拳にて日本全國にひろめ、その郷土の榮譽を一身に荷はんとする意氣込みが無ければ、とても自身の生れた所の名を、家の屋號になど、出來るものではありません。むかし、紀の國屋文左衞門といふ人も、やはり、そのやうな意氣込みを以て、紀の國の名を日本全國に歌はせたが、あの人は、終りがあまり、よくなかつたやうであります。さいはひ、山崎氏には、淺見、尾崎兩氏の眞の良友あり、兩氏共に高潔俊爽の得難き大人物にして帷幕の陰より機に臨み變に應じて順義妥當の優策を授け、また傍に、宮内、佐伯兩氏の新英惇徳の二人物あり、やさしく彼に助勢してくれてゐる樣でありますから、まづこのぶんでは、以後も不安なかるべしと思ひます。山崎氏も眞の困難は、今日以後に在るといふ事に就いては、既に充分の覺悟をお持ちだらうと思ひます。變らず、身邊の良友の言を聽き、君の遠大の浪漫を、見事に滿開なさるやう御努力下さい。
砂子屋
まなごや
太宰 治
底本 / Source edition
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「文筆 五周年記念随筆特輯号」
1940(昭和15)年10月30日発行入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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太宰 治「砂子屋」(旧字旧仮名)、底本『太宰治全集11』筑摩書房、1999年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 052523_000035, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079