Soranoha

芸術は革命的精神に醗酵す

げいじゅつはかくめいてきせいしんにはっこうす

小川 未明

平和を目的にして、武器が製造せられ、軍備がなされるならば、其の事が既に、目的に対する矛盾であることは、華府ワシントン会議の第一日にヒューズが言った通りであります。

私達は、黒人に対する米人の態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の実、戦争を予期しての企てに対して、却かえって、其の正義人道を看板に掲げた底に潜む、資本主義的精神の狡猾を憎まざるを得ないが、ヒューズの言った言葉だけを、それだけとして考えた時は、たしかに真理を言ったことを感ぜずにいられません。

文芸が趣味であり、また、単に自己享楽のためであり、若しくは、芸であると解する人々は、いかに理窟を言っても、根性の底に、昔の幇間ほうかん的態度の抜けないのを見る。それは文芸の隆盛な時代は、大概太平な時代であったからである。そして、芸術が享楽階級の用立とされていたからでもある。徳川時代の戯作者は、その最もいゝ例である。

人情の機微を穿つとか、人間と人間の関係を忠実に細叙するとかいうのも、この世の中の生活様式を其の儘肯定しての上のことである。彼等は、この社会生活、そのものゝ原因に対しては疑わなかった。それを疑うことは、怖しいことゝして来た。圧搾せられたる版図に於て、自由を求めた。恨みを述べた。そして人生というものを宿命的のものに強いて見ようとつとめた。

「芸術は革命的精神に醗酵す」という宣言の下に生れた芸術とは、全く選を異にする。一つは、太平時代の産物であり、装飾であり、娯楽であり、後者は、闘争的精神から生れた叫びである。純然行路を異にするのは、それがためであります。

階級闘争は必然であり、すべての人間的運動は、資本主義的文明の破壊からはじまる。もはや、それに疑いを容れることが出来ない。人間の権利は平等であるから、生活の平等のみが文明の目的であり、同時に精神であるから。前進一路、人類の目的を達せんとするのが、即ち革命であり、また人類の飛躍ではあるのです。そして、同じく責任を感じ、志を共にするものゝみが、新しい世界を創生する。

社会運動に、芸術運動に、また宗教運動に、同じ人類の胸に打つ心臓の響きに変りがない。プロレタリヤは、行進曲に歩調を合すべきです。

自由を尊ぶなら、なぜ鏈くさりを切って機械化から脱しようとしないのか。真に愛を人生に抱くなら、なぜ資本主義文明が、益々人間生活の不平等を造りつゝあるのに、黙止するのか。科学的精神を尊重するなら、この社会をより善くすることに於てのみ個人を善くする理義を弁わきまえて、自己享楽を捨てようとはしないのか。

若し、現時の我が文壇多くの芸術家が、人道を尊重し、愛を説き、正義に味方することを信念として、尚お、其の実、個人主義的態度を持続するならば、そして、強いて社会主義的精神を曲解し、其の種の運動に対して偏見を有するならば、ヒューズが平和のための軍備を嗤わらったように、また矛盾も甚だしい。

私は、真の敵が、常に対立した、反主義者にばかりあるとは考えない。たとえば社会主義に、対立する真の敵は、もとより資本主義には相違ないが、これあるがために、闘争的意志は強められ、信念は、益々浄化される。しかし、其の間に介在する灰色の階級や、主義者は、却って相互の闘争的精神を鈍らせるばかりでなく、真理に向っての前進を阻止する妨害をなすことを知らなければならない。一般に知識階級が、ある時期に際して、憎視され、甚だしき反感を買うのは、これがために外ならないのであります。

芸術は、血と涙の結晶であると同時に、遅滞した生活を洗錬する革命の炎である。芸術家は、先駆者であり、彼等の行動は、真に犠牲的精神から発する。しかるに、アカデミックの芸術は、旧文化の擁護である。旧道徳の讃美である。

私達は、IWWの宣言に、サンジカリストの行動に、却って、芸術を見て、所謂いわゆる、文芸家の手になった作品に、それを見ないのは何故か。彼等の作品が、商品化されたばかりでなく、彼等自身が、既に資本主義下の寄食によって、機械化されたからである。

趣味や、知識の問題でない。今や、眼前の事実に対して右か、左か、芸術家も畢竟、一個の人間である限り、社会の一人である限り、態度を決する時が来たのです。

底本 / Source edition

底本:「芸術は生動す」国文社
1982(昭和57)年3月30日初版第1刷発行
底本の親本:「人間性のために」二松堂書店
1923(大正12)年2月10日初版
入力:Nana ohbe
校正:仙酔ゑびす
2011年11月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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小川 未明「芸術は革命的精神に醗酵す」(新字新仮名)、底本『芸術は生動す』国文社、1982年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 051773_001475, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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