## 一

おてらの　けいだいに　<ruby><rb>大</rb><rt>おお</rt></ruby>きな　さくらの　<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>が　ありました。ことしも　つぼみが　たくさん　ついて、もう　ふくらみかけました。かみさまは、いろいろの　<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>たちに、こう　して　<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>に　一ど、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>を　さかして、この　よの<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>の　ありさまを　みせて　くださるのでした。

さくらの　<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>の　かたわらに、ふるい　かねつきどうが　ありました。そこには、むかしからの　<ruby><rb>青</rb><rt>あお</rt></ruby>さびの　した　かねが、さがって　いました。<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は　だれよりも　はじめに、かねに　あいさつを　し、それから　かわいい　はとに、また　すこし　はなれて　たって　いる　すぎの　<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>に、こえを　かけようと　おもいました。<ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>は　あたたかく、<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>は　うららかに　てって、いい　お<ruby><rb>天気</rb><rt>てんき</rt></ruby>で　ありました。

ちょうど　その　とき、

「まあ、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>さん、いい　ときに　おひらきですね。きのうまで、<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>が　ふりつづきましたが、きょうは　こんなに　よく　はれて、あなたは　おしあわせです。」

と　いった　ものが　あります。

こえの　する　ほうを　みると、やねの　<ruby><rb>上</rb><rt>うえ</rt></ruby>の　かわらで　ありました。

「かわらさんも、おたっしゃで　けっこうです。」

と、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は　にっこり　わらいました。どう　した　ことか、どうに　さがって　いる　かねが　みえないのです。<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は　びっくりして、じぶんの　<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を　うたがいました。

「これは、ふしぎな　ことだ。」

さくらの　<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>が、まだ　<ruby><rb>小</rb><rt>ちい</rt></ruby>さくて　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>の　さかなかった　まえ、その　また　ずっと　まえから、かねは　ここに　かかって　いたのでした。そして、むかしから、おもしろい　こと、かなしい　こと、めずらしい　こと、いろいろの　ことを　みて、しって　いるので、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>に　はなして　きかせて　くれた　ものです。

かねは　おだやかな　ちょうしで、

「なにしろ　わたしは、この　てらの　たちはじめから　いるのですもの、ここの　ことは、なにひとつ　しらぬ　ことは　ありません。これから　また　いく百<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>、あなたが　かれて　しまって、あなたの　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもさんや　おまごさんの　じだいに　なっても、たぶん　わたしだけは、ここに　いると　おもいますよ。そうしたら　わたしは、あなたが　うつくしかった　こと、えだぶりが　よくて　きれいな　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>で　あった　こと、おてらへ　おまいりを　する　<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>たちが、みんな　ほめた　ことを、<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもさんや　おまごさんに　かたって　きかせましょう。」

と　いったのでした。

その　とき　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は、かねの　いう　とおりだろうと　おもいました。いま　その　かねは、どこへ　いったのであろう。しばらく　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は、からっぽに　なった　かねつきどうを　のぞいて　いましたが、とうとう　やねの　かわらに　むかって、

「かねさんの　すがたが　みえませんが。」

と　たずねました。

やねの　かわらも、ここで　ながい　あいだ、<ruby><rb>雨</rb><rt>あめ</rt></ruby>に　さらされ、<ruby><rb>風</rb><rt>かぜ</rt></ruby>に　ふかれて、<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>をとり、わかい　ころの　げんきは　なかったけれど、まだ　なかなか　<ruby><rb>気</rb><rt>き</rt></ruby>が　しっかりして　いました。かわらは、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>を　みつめて、

「あなたが　ごぞんじないのも　むりは　ありません。きょねんの　<ruby><rb>秋</rb><rt>あき</rt></ruby>の　こと、かねさんは　おめしを　いただいて、いくさに　いきました。」

「まあ、どちらの　ほうで　ございますか。」

「それは　わかりませんね。ただ　ごほうこうに　あがるからは、二どと　かえらないと　いいました。」

と、かわらは　かたりました。

「そうでしたか。」

<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は、あの　ゆったりと　して　なつかしい　かねの　すがたを　おもいだして、かんがえて　いました。

すると、すぎさった　<ruby><rb>春</rb><rt>はる</rt></ruby>の　ことが　<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>に　うかんで　きました。なんでも　おひがんで、おてらの　にぎやかな　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>でした。

「あれ、ごらんなさい。かみしばいの　まわりに、あんなに　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもが　あつまって　いますこと。」

と、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>が　いうと、

「<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>さん、むかしは　のぞきと　いって、ひとりが　めがねを　のぞいて、せんそうや　おとぎばなしの　えを　みながら、ものがたりを　きいた　ものですよ。」

と、かねが　いいました。

「からくりなら、わたしの　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもの　ときでも　ありました。」

「それは　そうと、せんそうが　はじまってから、ふうせんを　うる　おじいさんが　みえませんね。」

「ゴムが　いりように　なって、おもちゃを　つくらなく　なったのですよ。」

と、かねが　おしえました。

「あなたは、なんでも　よく　ごぞんじですが、わたしは、<ruby><rb>春</rb><rt>はる</rt></ruby>の　わずか　<ruby><rb>十日</rb><rt>とおか</rt></ruby>かんばかりしか　この　よの<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>を　みる　ことが　できません。」

と、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は　かねを　うらやみました。

## 二

また　その　とき、かねは　いいました。

まい<ruby><rb>日</rb><rt>にち</rt></ruby>、あさ、ひる、ばん、ときを　しらせるのが、わたしの　つとめです。わたしは、つとめを　だいじと　おもい、できるだけ　うなりますから、とおくまで　きこえます。<ruby><rb>田</rb><rt>た</rt></ruby>や　はたけで　はたらく　<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>は　もとより、しごとばで　しごとを　する　<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>たちも、みんな　わたしの　なり<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>を　きくと、<ruby><rb>耳</rb><rt>みみ</rt></ruby>を　すまします。

「おてらの　かねが　なるな。」

と　おもう　ことでしょう。

おてらの　やねで　あそんで　いる　はとも、すずめも、また　わたしの　なり<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>を　よろこんで　きいて　くれます。こうした　へいわな　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>が、どれほど　ながく　これまで　つづいたか　しれません。

わたしの　<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>の　<ruby><rb>下</rb><rt>した</rt></ruby>で、あそんだ　<ruby><rb>町</rb><rt>まち</rt></ruby>の　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもたちは、いつしか　<ruby><rb>大</rb><rt>おお</rt></ruby>きく　なって、りっぱな　あるじに　なりました。<ruby><rb>女</rb><rt>おんな</rt></ruby>の　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>は、およめさんに　なって、おみせで　はたらきました。そして　その<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>たちは、いつの　まにか　<ruby><rb>年</rb><rt>とし</rt></ruby>を　とって、おじいさんや　おばあさんと　なりました。

「あれ、あすこを　ごらんなさい。つえを　ついて　いく　おばあさんが　ありましょう。あの<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>も、おさげの　じぶん、この　かねつきどうに　きて、おともだちと　いっしょに　あそんだ　ものです。」

さくらの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>が　その　ほうを　みると、しき<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>みちを　あるく　おばあさんが　ありました。おばあさんは　むかしを　おもいだしたか、つえを　とめて、かねつきどうを　ながめて　いました。

これは　きょねん、<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>が、かねから　きいた　はなしでしたが、いま　その　かねは　どこへ　いったか、まったく　すがたが　みられません。

さくらの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>が　やねがわらに　むかって、

「かねさんの　いく<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>が　おわかりなければ、せめて　<ruby><rb>出征</rb><rt>しゅっせい</rt></ruby>なされた　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>の　ようすを　おきかせくださいませんか。」

と　たのみました。

「ああ、その　ときの　ようすですか。」

と、やねがわらは　はなしを　つづけました。

「いよいよ　かねさんが、この　どうから　おろされて、<ruby><rb>出征</rb><rt>しゅっせい</rt></ruby>なさる　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>には、<ruby><rb>在郷軍人</rb><rt>ざいごうぐんじん</rt></ruby>や、ふじんかいの　<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>たちが　きましたし、また、こくみん<ruby><rb>学校</rb><rt>がっこう</rt></ruby>の　せいとたちも　きました。おてらは、おまつりのように　にぎやかでした。ひげの　<ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>い　おじいさんが　かねに　むかって、

『ながい　あいだ　わたしどもは、まい<ruby><rb>日</rb><rt>にち</rt></ruby>　おせわに　なりまして　ありがとう　ございました。どうか　こんどは　てっぽうの　たまと　なって、わるい　てきの　じんやに　とびこみ、おくにの　ために　はたらいて　ください。』

と、あたまを　さげました。

すると、みんなが　いっしょに　あたまを　さげました。そして『<ruby><rb>武運長久</rb><rt>ぶうんちょうきゅう</rt></ruby>』と　かいた　<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>い　たすきを　かねさんに　かけて、まるで　<ruby><rb>出征軍人</rb><rt>しゅっせいぐんじん</rt></ruby>のように　うやうやしく　とりあつかいました。また　かねさんを　のせた　<ruby><rb>車</rb><rt>くるま</rt></ruby>にも、<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>　<ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>　たくさんの　はたが　たてられ、それには『<ruby><rb>大日本</rb><rt>だいにっぽん</rt></ruby>ばんざい。』『にくき　<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>　<ruby><rb>米英</rb><rt>べいえい</rt></ruby>を　うちほろぼせ。』などと　かいて　ありました。まったく　めいよの　ことです。かねさんは　たえず　にこにこして　いました。いざ　おわかれと　いう　とき、みんなが　『ばんざい。』を　さけびました。わたしたちさえ　あつい　なみだが　わいて　きました。」

こんな　はなしを　やねがわらから　ききながら、さくらの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は、じぶんは　ちる　ときには　いつでも　いさぎよく　ちる　やまとごころを　もつ　ことを、ほこらしく　かんじたのです。

この　とき、あちらから　はしって　くる　<ruby><rb>小</rb><rt>ちい</rt></ruby>さな　<ruby><rb>足音</rb><rt>あしおと</rt></ruby>が　しました。それは　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんと　あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんでした。

「ほら　ごらんなさい。あんなに　さくらが　さいたでしょう。」

「ぼく　きのう　みた　ときは、まだ　さかなかったのだよ。」

「どこで　しゃせいしましょうか。」

「いい　ところが　ないね。」

「わたし、この　<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>の　<ruby><rb>上</rb><rt>うえ</rt></ruby>で　かくわ。」

「ぼく、かねつきどうを　かこうかな。」

「かねが　なくて　おかしいわね。」

ふたりは、ならんで　クレヨンを　とりだして、<ruby><rb>学校</rb><rt>がっこう</rt></ruby>へ　もって　いく　ずがを　うまく　かこうと　いきごみました。

<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>も　かわらも、おしゃべりを　やめて、よく　かいて　もらおうと　まじめな　かおつきに　なりました。

## 三

ふたりは　だまって　えを　かいて　いました。あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんの　えを　みて、

「ももの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>？」

と　ききました。

「さくらの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>だよ。」

と　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは、おこりごえで　こたえました。

「あんまり　<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>く　して、ももの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>みたいだわ。」

<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは、もっと　うすく　かけば　よかったと　おもいました。

「あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さん、やねに　とまって　いるのは　からす？」

と、こんど　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんの　えを　みて　ききました。

「あら、はとよ。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>を　まるく　しました。

「だって、からすみたいだ。」

と、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは　いいました。あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、はとが　<ruby><rb>大</rb><rt>おお</rt></ruby>きかったと　おもいました。

「でも　さくらの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>は、よく　かけたでしょう。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは　いいました。

この　とき　うしろから　こえを　かけた　ものが　あります。

「なにを　して　いるの。」

ふたりは　ふりむくと、たっちゃんです。たっちゃんは、<ruby><rb>教練服</rb><rt>きょうれんふく</rt></ruby>を　きて　せんとうぼうを　かぶって　いました。

「いま　かえるの。」

と、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　いいました。

「もう　さくらの　<ruby><rb>花</rb><rt>はな</rt></ruby>が　さいたね。」

と、たつぞうさんは、<ruby><rb>上</rb><rt>うえ</rt></ruby>を　みました。

「ぼくたち、しゃせいを　して　いるの。」

「<ruby><rb>学校</rb><rt>がっこう</rt></ruby>へ　だすのよ。」

「もう　くらく　なるじゃ　ないか。」

「きょうは、うまく　かけなかったから、また　あした　かこうよ。」

三<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>は、おうちの　ほうへ　あるきだしました。あちらの　<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>が　<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>く　みえます。

「たっちゃん、<ruby><rb>出征</rb><rt>しゅっせい</rt></ruby>した　かねは、どこへ　いったろう。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　ききました。

「こうじょうへ　おくられて、てっぽうの　たまや　ひこうきの　はねに　なって、<ruby><rb>戦地</rb><rt>せんち</rt></ruby>へ　いくのさ。」

「もう　かえって　こないから、かわいそうね。」

「かわいそうなもんか。めいよだもの。よろこんで　いるよ。」

と、たつぞうさんは　いいました。

「おてらの　かねも、うまれかわって、ひこうきに　なったかも　しれない。」

「きっと　ひこうきに　なったろう。」

「だから　かねは、よろこんで　かねつきどうを　でて　いったわ。」

「ひこうきに　のって、あちらの　<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>へ　とんで　いけば、まだ　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>の　あたって　いる　きれいな　<ruby><rb>町</rb><rt>まち</rt></ruby>が　ありそうだ。」

と、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　いいました。

たつぞうさんは、かた<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>に　おべんとうばこを　かかえ、かた<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>を　ズボンの　かくしに　いれて　いました。

「<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは　しらない。あっちは　<ruby><rb>満洲</rb><rt>まんしゅう</rt></ruby>だよ。」

「<ruby><rb>満洲</rb><rt>まんしゅう</rt></ruby>は　あっちなの。」

「いまごろ、<ruby><rb>白</rb><rt>はっ</rt></ruby>けいロシヤの　<ruby><rb>人</rb><rt>ひと</rt></ruby>たちは、きょうかいどうへ　いって、かねを　ならし、おいのりを　して　いるだろう。そして　<ruby><rb>満洲</rb><rt>まんしゅう</rt></ruby>の　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもたちは、いぬと　いっしょに　やぎを　おって、くさはらを　かけて　いるだろう。」

「たっちゃんは、どうして　しって　いるの。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　ききました。

「ぼく、えいがで　みた。」

「いって　みたいな。」

「ひこうきに　のれば、せかいじゅう　どこでも　いけるさ。」

「ぼく　ひこうかに　なろうかな。」

「わたし　<ruby><rb>女</rb><rt>おんな</rt></ruby>だから　つまらないわ。」

たっちゃんは、にこにこ　わらいながら、

「<ruby><rb>女</rb><rt>おんな</rt></ruby>だって　<ruby><rb>男</rb><rt>おとこ</rt></ruby>と　かわらない。<ruby><rb>南</rb><rt>みなみ</rt></ruby>の　あつい　しまで、へいたいさんと　いっしょに　ジャングルの　<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>を　<ruby><rb>進軍</rb><rt>しんぐん</rt></ruby>して　いるじゃ　ないか。」

と　いいました。

「そうね、わたしも　<ruby><rb>大</rb><rt>おお</rt></ruby>きく　なったら、かんごふさんに　なろうかしら。」

三<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>は、めいめい　おうちへ　わかれて　かえる　ところまで　きました。

「ぼく　そのうち、こうじょうの　りょうへ　はいるかも　しれない。あしたは　おやすみだから、あそびに　おいでよ。」

と、たつぞうさんが　いいました。

「あっちで　とまるの。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　ききました。

「めったに　かえらない。ぐんたいせいかつと　おんなじだもの。」

ふたりは、あした　あそびに　いく　やくそくを　しました。

## 四

たつぞうさんは、おとうさんと　ふたりで　くらして　いました。<ruby><rb>小</rb><rt>ちい</rt></ruby>さい　ときに、おかあさんが、なくなられたからです。おとうさんは、こめやを　して　いられたが、こんど　<ruby><rb>転業</rb><rt>てんぎょう</rt></ruby>なされて、こうじょうへ　つとめるように　なりました。そして　たつぞうさんも、こくみん<ruby><rb>学校</rb><rt>がっこう</rt></ruby>を　そつぎょうすると、みならいに　なりました。

あさ　はやく　ふたりは、おべんとうばこを　かかえて、いえを　でかけます。

「これから、まい<ruby><rb>日</rb><rt>にち</rt></ruby>、いっしょに　いかれて　いいな。」

と、おとうさんが　いいました。

「ぼく、りょうへ　はいれば、いっしょに　いかなく　なるね。」

と、たつぞうさんが　こたえました。

「その　かわり、りょうへ　はいれば、べんきょうが　できて　いいだろう。」

「おとうさん、ぼく　りっぱな　<ruby><rb>少年工</rb><rt>しょうねんこう</rt></ruby>に　なるよ。」

「おお、よく　<ruby><rb>上</rb><rt>うえ</rt></ruby>の　かたの　おっしゃる　ことを　きいて、せいを　だすのだぞ。」

「だい一せんに　たつ　つもりで　いる。」

「それが　じぶんの　ためでも　あれば、また　おくにへ　つくす　ことにも　なるのだ。」

ちちと　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>は、こんな　ことを　はなしながら　みちを　あるきました。

その　るすに、やどなしねこが、おうちへ　はいりこんで　きました。この　ねこは、ちかい　うちに　<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>ちゃんを　うむのでした。

ある　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>、どまに　おいて　あった　あきばこの　<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>へ、ねこは、<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>ちゃんを　うみました。ばんがた　かえって　きた　おとうさんと　たつぞうさんは、これを　みて　びっくりしました。

「こんな　ところへ、ねこが　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>を　うんで　こまったなあ。」

「どこかへ　すてようか。」

「いや、ここが　あんしんと　おもって、うんだのだ。こう　して　おいて　やろう。」

と、おとうさんが　いわれました。

「どこから　おうちへ　はいったろう。」

「二かいの　まどを　しめわすれて　おかなかったか。」

と、おとうさんは　きかれました。

「あっ、そうだ。」

おとうさんは、いり<ruby><rb>口</rb><rt>ぐち</rt></ruby>の　ガラスを　一まい　はずして　おいて、るすでも　ねこの　でいりが　できるように　して　やりました。

しかし　ははねこは、もっと　いい　ばしょが、ないかと　おもったのでしょう。やっと　<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>の　あいたばかりの　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>ねこを　くわえて、ほうぼうを　あるく　うちに、あとの　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもを　なくし、ただ　一ぴき　くわえて、また　もとの　あきばこへ　もどりました。

「きょう、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんと　あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが、あそびに　くると　いったがなあ。」

と　あくる　あさ、たつぞうさんは　おもって　いると、

「たっちゃん、あそびに　きたよ。」

と、ふたりが　はいって　きました。

「このあいだ、はいきゅうの　あんパンを　ほとけさまに　あげて　おいたら、この　ははねこが、しらぬ　まに　はいって　きて、一つ　さらって　いって　しまったのよ。」

と　いいました。

「のらねこの　くせが　ついて　いるので　こまった　やつだ。」

と、たつぞうさんが　いいました。

「おちちを　すわれて、おなかが　すくからだろう。」

と、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　いいました。

「あさ　ごはんを　やって　いくのだよ。」

「三びき、うんだのでしょう。」

「二ひき、どこへ　いったか、かわいそうになあ。」

と、たつぞうさんが　いいました。

「だれか、この　ねこを、もらって　くれない。」

「ははねこと　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>ねこと　二ひき？」

「<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>ねこだけさ。」

「あたし、おかあさんに　きいて　みるわ。いいと　おっしゃったら　いただきに　くるわ。」

ひるすぎでした。あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、おさかなの　ほしたのを　かみに　つつんで、たつぞうさんの　おうちへ　きました。

## 五

「ねこの　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>を、もらいに　きたわ。この　おさかなを、ははねこに　あげて　ください。」

と　いいました。

りこうの　ははねこは　<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもが　もらわれて　いくのを　さとったのでしょう。<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>ねこを　なめて、わかれを　おしみました。

「しんぱいしなくても、いいんだよ。」

と、たつぞうさんが　いいました。

「ちかいのだから、あそびに　おいで。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんも　いいました。あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、ねこを　かわいがりました。ねこの　<ruby><rb>毛</rb><rt>け</rt></ruby>の　いろが、<ruby><rb>白</rb><rt>しろ</rt></ruby>と　よもぎと、すこしばかり　<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>が　まじって　いましたから、<ruby><rb>三毛</rb><rt>みけ</rt></ruby>と　<ruby><rb>名</rb><rt>な</rt></ruby>を　つけました。

「あまり　だくと、よわく　なりますよ。」

と、おかあさんが　おっしゃいました。けれど　かわいくて、どうしても　だかずに　いられません。

「ねえ、おかあさん、<ruby><rb>三毛</rb><rt>みけ</rt></ruby>が　しんだら、わたし　この　かわで、えりまきを　つくるわ。」

「そんなに、かわいければ　つよく　して　おやりなさい。」

「ほんとうに　そうね。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、だきたい　ときも、がまんを　しました。しかし、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　あそびに　くると、

「ねこ、どこへ　いった。」

と　さがして、だいたり　じゃらしたり　しました。

ある　<ruby><rb>日</rb><rt>ひ</rt></ruby>、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、<ruby><rb>三毛</rb><rt>みけ</rt></ruby>を　だいて、おともだちと、かねつきどうの　<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>だんに　こしかけて　いました。いつか　しゃせいした、さくらの　<ruby><rb>木</rb><rt>き</rt></ruby>の　かげで、すずしく　せみが、どこかで　ないて　いました。

「うちの　<ruby><rb>三毛</rb><rt>みけ</rt></ruby>、きぶんが　わるいのよ。」

「どうして。」

と、かね<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　ききました。

「なにか　わるい　もの　たべたらしいの。」

そこへ　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　三りん<ruby><rb>車</rb><rt>しゃ</rt></ruby>に　のって、<ruby><rb>武</rb><rt>たけ</rt></ruby>ちゃんや　つとむさんたちと　あそびに　きました。

「あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さん、ねこ、だかして　おくれ。」

と、すぐに　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは　三りん<ruby><rb>車</rb><rt>しゃ</rt></ruby>から　とびおりました。

「だめ、<ruby><rb>三毛</rb><rt>みけ</rt></ruby>、きぶんが　わるいから。」

「いじわるだなあ。」

と、<ruby><rb>武</rb><rt>たけ</rt></ruby>ちゃんは　いいました。

みんなが　<ruby><rb>石</rb><rt>いし</rt></ruby>だんに　こしかけて、おはなしを　しました。<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは、すこしばかり　だかしてと　いうので、あや子さんが　<ruby><rb>三毛</rb><rt>みけ</rt></ruby>を　わたすと　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは　いつものように　からかいました。

「<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃん、かまくらへ　いった　こと　あって。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　ききました。

<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは、ねこに　<ruby><rb>気</rb><rt>き</rt></ruby>を　とられて　いるので、なにを　きかれても、<ruby><rb>耳</rb><rt>みみ</rt></ruby>に　はいりません。

「わたし、いった　ことが　あるわ。」

と、かね<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　いいました。

「おかんのんさまを　おがんで？」

「おがんでよ。」

「おどうの　<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>が　うすぐらくて、よく　おかおが　わからないのね。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　いいました。

「やさしい　おかおと　おもったわ。」

「おかあさんのように　やさしい　おかおよ。そして　あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さん、だいぶつきまを　おがんで？」

「ええ、<ruby><rb>大</rb><rt>おお</rt></ruby>きな　だいぶつさまね。」

<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは、こちらの　はなしが　おもしろそうなので、ねこを　<ruby><rb>武</rb><rt>たけ</rt></ruby>ちゃんに　わたしました。

「わたし、きれいな　かいを　ひろって　きたわ。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんが　いいました。

「どんな　かい。」

と、<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが　ききました。

あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、はやく　みんなが、ねこを　はなして　くれれば　いいと　おもいました。

この　とき　<ruby><rb>武</rb><rt>たけ</rt></ruby>ちゃんが、

「ねこが、<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>から　なにか　だした。」

と　いいました。

「だから、びょうきだと　いったでしょう。」

みんなは　おどろいて、ねこの　そばへ　よろうと　しませんでした。

あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは、すこしも　きたながらずに、お<ruby><rb>口</rb><rt>くち</rt></ruby>の　まわりを　きれいに　ふいて、しずかに　だいて　やりました。

「わたしも、ねこを　かわなければ、みんなのように　きたないと　おもうかも　しれないわ。かんごふさんたちが、あつい　ところ、さむい　ところ、また　たまの　とぶ　<ruby><rb>中</rb><rt>なか</rt></ruby>で　はたらきなさるのは、こころから　おくにを　おもうからだ。」

と、あや<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>さんは　おもいました。

三りん<ruby><rb>車</rb><rt>しゃ</rt></ruby>に　のって　いた　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんが、

「おてらの　かねも、<ruby><rb>戦地</rb><rt>せんち</rt></ruby>へ　いった。ぼくの　三りん<ruby><rb>車</rb><rt>しゃ</rt></ruby>も、<ruby><rb>戦地</rb><rt>せんち</rt></ruby>へ　いくと、いいな。」

と　いいました。

「もう　のらないの。」

と、つとむさんが　ききました。

「あしたは、<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>ぞくおうしょう<ruby><rb>日</rb><rt>び</rt></ruby>だろ。ぼく、こんど　のる　ときは、わかわしだ。」

と　<ruby><rb>勇</rb><rt>ゆう</rt></ruby>ちゃんは、<ruby><rb>空</rb><rt>そら</rt></ruby>を　みあげて　いいました。

かねつきどうの　やねの　かわらは、<ruby><rb>子</rb><rt>こ</rt></ruby>どもたちの　いう　ことを、かんしんしながら　きいて　いました。