Soranoha

ロミオとヂュリエット

ロミオとジュリエット

坪内 逍遥

本譯は、舊譯「ハムレット」とほゞ同時期に成つたものであるから、文語脈が多分に取入れられてある。今度の新刊に際し、誤植、誤譯、發音の誤り等を訂正すると共に、不調和を釀さぬ限り、耳遠い古風な語を現用のそれに近づけ、晦澁の譯語を除き、時としては、小註をも加へ、成るべく一讀の下に理解し得られるやうに、と望んだのであつた。ところが、實際となつては、種々の困難を感じた。

それには、二つの理由がある。

一つは、此作が作者の若書きであるため、總體に、實よりも華が、質よりも文が勝つてゐるから、譯もまた文飾を本位としないわけにはいかない。平明に譯すると、ほんの大意だけの移植となつて、艶も香りもないものになつてしまふからである。

次ぎに、此作の文飾は尋常一樣のそれではない。所謂ユーフューエズ體といふやつで、作者の青年時にはイギリス詞壇一般を風靡してゐた大流行の詞致スタイルで、エリザ王朝の駢儷體とも稱すべきものである。さうしてそれは、沙翁が一時私淑してゐたヂョンリヽーといふ劇作家の小説『ユーフューエズ』の特殊の文體が、廣く上、中流階級に歡迎されたのに原因して、流行りはじめたのであつた。其特色は、第一に、過巧、纎細な對照、第二に、繁縟な比喩、第三に、綺麗、浮靡な形容、第四に、夥しい頭韵。第五に、ギリシャ、ローマの神話及びイギリス古傳説からの引喩の續出。第六に、煩瑣な頓智問答レパーチー。それらが悉く此作の到處に、ロミオやヂュリエットの白中にさへ、非常に多く襲用されてあるのだから、それをわかり易く譯するのは、おそろしく困難である。

其上、もう一つ厄介なのは弄語(語呂、地口)である。弄語は單に滑稽の爲ばかりでなく、口調を面白くするために使用されてあると考へられる以上、只大意だけを傳へたのでは譯とはならない。一讀の下に滑稽をも、また調子をも味はすやうにせねばなるまい。さう思ふと、勢ひ義譯をするより外に法はないことになる。

以上の困難のため、新修の結果が豫期通りにゆかなかつたことをお斷りしておく。

固有名詞の發音は、登場人名の表中には、ほゞ正音に近いのを掲出しておいたが、本文では、譯詞との調和上、二つには、從來呼び馴らされたを今遽かに改めるでもないと思つて、ローミオーをロミオ、ヂューリエットをヂュリエットとし、キャピューレットをカピューレットなぞとしておいた。かういふ例は他にも尚ほ有るものと諒されたい。

昭和八年七月十日

余丁町にて

譯者

〔備考Ⅰ〕 神話や傳説からの引喩は初學者には註釋なしでは解らない。さういふ人々の爲には、市河博士のロミオとヂュリエットの註釋書を推薦する。(研究社版)

〔備考Ⅱ〕 本書の口繪原色版は The works of William Shakespeare, edited by Sir H. Irving & F. A. Marshall, Vol. Ⅱ, 1906. より引用。

底本 / Source edition

底本:「ロミオとヂュリエット 新修シェークスピヤ全集 第二十五卷」中央公論社
1933(昭和8)年10月30日発行
入力:土屋隆
校正:フクポー
2017年4月3日作成
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坪内 逍遥「ロミオとヂュリエット──01 新修「ロミオとヂュリエット」の序」(旧字旧仮名)、底本『ロミオとヂュリエット 新修シェークスピヤ全集 第二十五卷』中央公論社、1933年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 051359_000141, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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