Soranoha

逢状

あいじょう

吉井 勇

祇園で今では見られなくなつたものに、「雑魚寝」のほかにもうひとつ「逢状」というものがある。

これは客が来た時に茶屋から名差しの芸妓や舞妓に出すものであつて、大体葉書大位の紙に、「××さまゆゑ直ぐさまお越しねがひ上げ候」という文句と茶屋の名とが印刷してあり、××というところに客の名前を書き、それに相手の名前を書いて、それぞれ芸妓や舞妓の屋形に届ける。そうするとそこの苧姆おちよぼがそれをそれぞれの出先へ届けるのだが、客の方では出した数の何分の一位しか来ないのが分つているので、十枚も二十枚も書くものがある。それだから一流の芸妓や舞妓になると、襟元のところにはみ出す位多くの逢状を持つていて、それが一種の見得になるものだつた。

逢状は大抵日本紙に木版のものが多く、天地紅のものや、つなぎ団子、千鳥、桜、柳などの模様のあるものや、それぞれ茶屋に依つて趣向を凝らしたものを作つていたが、しまいには洋紙に活字で印刷したものや、或いは新奇を衒つて全部英語で書いたものや、祇園らしくないものも目に付くようになり、教坊の組織や制度の変遷につれて、こういつたものはもう時勢に合わないと見えて、何時の間にか廃止されるようなことになつてしまつた。

その当時の思い出として、私が「祇園歌集」につづいて出した「祇園双紙」という歌集の中には、「逢状」と題する歌が三首ほどある。いずれも今となつては汗顔至極のものであるが、この歌を作つた時は、まだ二十代だつたのだから、若さに免じてお目こぼしを願つて置く。

渡されてうれしと君の笑ふときわれ逢状とならましものを

仇びとの名ある逢状ちらと見てわれや切なきもの妬みする

或るときは古逢状を取り出しむかしの恋を泣くと云ふかな

この歌でも語つている通り、この「逢状」というものには、何か近松の世話浄瑠璃と相通ずるような情味があつて、事実酔つて懐から取り出される逢状に自分のさつき書いてやつたものがあつたりすると、別にわけのある女でもないのに、何だか馴染を重ねた仲であるような気がして、遊里の味がしんしんと身にしみ渡つて来るような、浮かれ男の心持になつて来る。

一時は京都へ遊びに往く度毎に、知つている芸妓や舞妓達から、いろいろな逢状を貰つて来て、それを貼り交ぜにした小屏風でも作ろうかと思つたようなこともあつたが、何と言つてもまだその時分は部屋住の身の上、酒色に費す金はあつても、身辺の道具までは手が廻らず、千枚あまり逢状を貯めただけで、お流れになつてしまつた。

「逢状」というものは何時頃からあつたものだろうか。試みに「元禄文学辞典」というものを引いて見たが、それには全然載つておらず、明治になつてから始まつたものとすると、どうも少し古風過ぎる。兎に角これを思い付いた人は、たとえば中島棕隠の如き、風流好事の儒者か何かだつたに違いない。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆 別巻15 色街」作品社
1992(平成4)年5月25日第1刷発行
1997(平成9)年2月20日第4刷発行
底本の親本:「吉井勇全集 第八巻」番町書房
1964(昭和39)年5月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2010年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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吉井 勇「逢状」(新字新仮名)、底本『日本の名随筆 別巻15 色街』作品社、1992年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 051235_001497, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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