Soranoha

ヒルベルト訪問記

ヒルベルトほうもんき

高木 貞治

S―君.

……………

晩の7時15分少し前から Wilhelm Weber 町29番地の前の歩道を僕は行きつ戻りつしていました.星の見えたのは近日珍らしいが,秋風が冷こくなってリンデの落葉が二ひら三ひら散らばっているなどは誂向きの道具立です.

其処で僕は或る Fräulein と rendez-vous があったのです.フロイラインというのは Prof. Dr. Emmy Noether 女史です!

ヒルベルト先生を訪問するのに,僕一人では話が途切れたときに困るだろうというて,親切なNさんが同行してくれる約束なのです.

Wilhelm Weber 町29番地.H先生のお宅も随分久しいものですねェ.昔ながらのささやかな――あれは「柴折戸」としておきたい.それから広くもないあの「前栽」.それはしかしながら三十年間に木立が茂って,李だか梨だか,暗くて分らないが,丁度季節ではあり,定めて老先生夫婦の食卓を賑わせていることでしょう.玄関は矢張り暗いが,勝手を知ったNさんは殆ど案内を乞わないで,「来ましたよ」の科白と取次ぎに出た女中とを跡に残して,さっさと例の客間へ僕を導きました.電話で言ってあったのでしょう,「承知していましたよ.よく来てくれたねエ」と言いつつH先生は直ぐ出て来られました.今年丁度七十歳のH先生は血色もよく,昔ながらの童顔に微笑を湛えていられます.四五年前に先生は難治の重病で,病名はラテン語で何とやら,聞いても忘れましたが肝臓の故障らしい,一時は殆ど絶望の状態に陥られました頃,丁度アメリカで新薬が発見されて,其の為に一命を取り留めたということです.しかし,その薬だけでは効験不確だから,毎日生肝を四半斤ずつ食っておられるそうです.それでも不治の病だから,若しもこの療法を中止するならば,生命は週を以って数うべきだというのです.これは君も既に御承知でしたね.唯々療法の効験が現われて,今年チューリヒのコングレスへ出掛けるほどの元気が出たのです.

H先生は一昨年か,退職の後にも大学で毎週一回位ずつ,自由に講義をしているそうです.例の数学基礎論などでしょう.「この冬学期には未だ片附いていない事を全部やってしまおうと思ったがね,助手達が存外批判的(kritisch)でね――まあまあ無理をしないで,ぼつぼつやるより外はなかろう…… Formalismus(形式論)は重大だ.それは誰でも認めなくてはならない.しかしその Formalismus ばかりでは済ませない所があってね,そこに問題があるのだがね……」.くどくどと独り言のようにつぶやく老先生を見て,僕は暗涙を禁ずることを得ませんでした.

数年前に僕は数学基礎論に関して通俗的の解説を述べた折に,H先生は一生の思出に凡すべてのホトトギスを鳴かせて見せるのだというようなことを書きました.それは勿論数学基礎論を解決し了る意気込を言った積りなのですが,比喩が不適切である為に,僕の意志にない所の,嘲笑というような印象を読者に与える虞おそれがありましたから,「数学基礎論は完成してもよい,又は完成しなくてもよい.只H先生は余生を安楽に送られることを望む」という意味を,何処かへ書き入れようと思いながら,それを忘れてしまいました.僕は今それを思い出したのです.毎日三十匁の生肝を食って不治の難病と戦いつつも,駿馬も老いては揚足を若い助手連に時々は取られながらも,どうして排中律の証明等等を書かずには居られないでしょう.余生を楽しむなどは論外で,生きながらの餓鬼道ではありませんか.恐ろしいのは,これも不治なる知識追求症です.

さてNさんはと見ると,これは又明らかに困却の色を表わしています.尤も毎日のように聞かされているのでは,十年振に会ったものと感じが違うのも止むを得ないでしょう.

H先生はしばしば話頭を転じました.社会問題といったようなものも出ました.人間があまりに多い.地球があまりに狭い.しかし科学の進歩は,どうにかして難局を打開するだろう,等等.「なに,ロシヤ人などには何も出来やせんがね」などということもあったようです.

話は段々超越的になりました.「予は人間の無窮の進歩を確信する.そもそも人間の歴史の五千年などは時の無究に比べて零である.然るに其の間に我々は現在これだけの進歩をしたではないか.いや,そればかりではない,科学が説明する如く,幾 milliard の歳月の間に我々は泡のようなものから今日の人間にまで進歩したのだ,億といい,兆といい,知れたものだ.この後無窮の歳月に於て我々は無限に進歩するのである……」

milliard 年前の石塊が出た頃に,Nさんが僕に目くばせをしました.無限の進歩の所で僕等は起立しました.面白い御話を承って思わず長座を致しました.さぞ御疲れでしょう.有難うございました.御休みなさい.

後で其の晩C氏の所で聞けば,H先生の milliard 年の話は近頃当地有名だそうです.君も milliard 聞かされたか,というようなことらしい.近頃先生は Wells の世界史概説を愛読していられるそうです(例の一冊物,近頃そのドイツ訳が盛んに行われている由).

先生が証明論の休み休みに,Wells を読んだり,十億年間の人間の進歩について瞑想したりしていられるならば,それは誠に結構です.若い人達がそれをゴシップにして興じても,構わないでしょう.先ずはめでたし,めでたし!

H先生の逸話を方々で聞きました.

先生の宅でお客をした晩だそうです.客の来る時刻が近づいたときに,ふと先生の服装を見たケーテ夫人が,

「オー,ダヴイットよ.汝は汝のネクタイを取り替えねばならない.早く,早く」と言うて,先生を二階へ追い立てたそうです.その中に客が揃って,待てど暮せど先生は降りて来ない.女中を見せにやったらば,先生はベッドへ入って楽々と眠っていた.

〔A君曰く:ネクタイを解くことの解析的延長!〕

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或る月曜日の講義中に,先生のズボンに穴が明いているのを,或る学生が発見したそうです.火曜日に見ると矢張り明いている.それから注意していると,水曜日にも木曜日にも金曜日にも元のままで,先生のズボンの穴が有名になりました.そこで皆が相談して何とかかどの立たない様な方法で,先生に注意しようということになりました.次の週の何曜日か,例のゼミナールの演習の後の散歩の折,先生がトラックの輪にでも触れたことがあったのでしょう.或る学生がその機会を捕えて「危い! オヤ先生のズボンがいたみましたよ」と申しました.先生曰く「ドレ,どこが? アア,この穴か.これなら前学期にもあいてたようだよ」.

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も一つ.これは短いが,如何にも先生らしい.或る日先生の宅へ来客があった.何かかど立った訪問であったそうです,主客坐定まって,御機嫌がよいの,天気が悪いのというような話が二三分あった時に,先生がつと起ち上って夫人を顧みながら「ネエ,ケーテ,大分御手間を取らせたから,もう御暇にしようじゃないか」

……………

T―

底本 / Source edition

底本:「近世数学史談」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年8月18日第1刷発行
底本の親本:「近世数学史談」共立出版
1970(昭和45)年10月発行
初出:「岩波講座 数学」岩波書店
1932(昭和7)年11月発行
※表題は底本では、「2.ヒルベルト訪問記(昭和7年)」となっています。
※初出時の表題は「書信」です。
※底本は横組みです。
入力:鈴木厚司
校正:田中哲郎
2010年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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高木 貞治「ヒルベルト訪問記──1932年10月8日,ゲッチンゲンに於て」(新字新仮名)、底本『近世数学史談』岩波文庫、岩波書店、1995年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050908_001398, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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