Soranoha

大阪まで

おおさかまで

泉 鏡花、泉 鏡太郎

一

これは喜多八きたはちの旅たびの覺書おぼえがきである――

今年ことし三月さんぐわつの半なかばより、東京市中とうきやうしちう穩おだやかならず、天然痘てんねんとう流行りうかうにつき、其方此方そちこちから注意ちういをされて、身體髮膚しんたいはつぷこれを父母ふぼにうけたり敢あへて損そこなひ毀やぶらざるを、と其その父母ふぼは扨さて在おはさねども、……生命いのちは惜をしし、痘痕あばたは恐こはし、臆病未練おくびやうみれんの孝行息子かうかうむすこ。

三月さんぐわつのはじめ、御近所ごきんじよのお醫師いしやに參まゐつて、つゝましく、しをらしく、但たゞし餘あまり見榮みばえのせぬ男をとこの二にの腕うでをあらはにして、神妙しんめうに種痘しゆとうを濟すませ、

「おとなしくなさい、はゝゝ。」と國手ドクトルに笑わらはれて、「はい。」と袖そでをおさへて歸かへると、其その晩ばんあたりから、此この何年なんねんにもつひぞない、妙めうな、不思議ふしぎな心持こゝろもちに成なる。――たとへば、擽くすぐつたいやうな、痒かゆいやうな、熱あついやうな、寒さむいやうな、嬉うれしいやうな、悲かなしいやうな、心細こゝろぼそいやうな、寂さびしいやうな、もの懷なつかしくて、果敢はかなくて、たよりのない、誰たれかに逢あひたいやうな、焦じれつたい、苛々いら〱しながら、たわいのない、恰あたかも盆ぼんとお正月しやうぐわつと祭禮おまつりを、もう幾いくつ寢ねると、と前まへに控ひかへて、そして小遣錢こづかひせんのない處ところへ、ボーンと夕暮ゆふぐれの鐘かねを聞きくやうで、何なんとも以もつて遣瀬やるせがない。

勉強べんきやうは出來できず、稼業かげふの仕事しごとは捗取はかどらず、持餘もてあました身體からだを春寒はるさむの炬燵こたつへ投はふり込こんで、引被ひつかついでぞ居ゐたりけるが、時々とき〲掛蒲團かけぶとんの襟えりから顏かほを出だして、あゝ、うゝ、と歎息ためいきして、ふう、と氣味惡きみわるく鼻はなの鳴なるのが、三井寺みゐでらへ行いかうでない、金子かねが欲ほしいと聞きこえる。……

綴蓋とぢぶたの女房にようばうが狹せまい臺所だいどころで、總菜そうざいの菠薐草はうれんさうを揃そろへながら、

「また鼻はなが鳴なりますね……澤山たんと然さうなさい、中屋なかやの小僧こぞうに遣やつ了ちまふから……」

「眞平まつぴら御免ごめん。」

と蒲團ふとんをすつぽり、炬燵櫓こたつやぐらの脚あしを爪尖つまさきで抓つねつて居ゐて、庖丁はうちやうの音おとの聞きこえる時とき、徐々そろ〱と又また頭あたまを出だし、一ひとつ寢返ねがへつて腹這はらばひで、

「何なにか甘うまいもの。」

「拳固げんこ……抓つねり餅もち、……赤あかいお團子だんご。……それが可厭いやなら蝦蛄しやこの天麩羅てんぷら。」と、一ひとツづゝ句切くぎつて憎體にくたらしく節ふしをつける。

「御免々々ごめん〱。」と又また潛もぐる。

其そのまゝ、うと〱して居ゐると、種痘うゑばうさうの爲なす業わざとて、如何いかにとも防ふせぎかねて、つい、何時いつの間まにか鼻はなが鳴なる。

女房にようばうは鐵瓶てつびんの下したを見みかた〲、次つぎの間まの長火鉢ながひばちの前まへへ出張しゆつちやうに及およんで、

「お前まへさん、お正月しやうぐわつから唄うたに謠うたつて居ゐるんぢやありませんか。――一層いつそ一思ひとおもひに大阪おほさかへ行いつて、矢太やたさんや、源太げんたさんに逢あつて、我儘わがまゝを言いつていらつしやいな。」

と、先方さきが男をとこだから可恐おそろしく氣前きまへが好よい。

「だがね……」

工面くめんの惡わるい事ことは、女房にようばうも一ひとツ世帶しよたいでお互たがひである。

二日ふつかも三日みつかも同おなじやうな御惱氣ごなうけの續つゞいた處ところ、三月さんぐわつ十日とをか、午後ごごからしよぼ〱と雨あめになつて、薄暗うすぐらい炬燵こたつの周圍しうゐへ、別べつして邪氣じやきの漾たゞよふ中なかで、女房にようばうは箪笥たんすの抽斗ひきだしをがた〱と開あけたり、葛籠つゞらの蓋ふたを取とつたり、着換きがへの綻ほころびを檢しらべたり、……洗あらつた足袋たびを裏返うらがへしたり、女中ぢよちうを買かひものに出だしたり、何なにか小氣轉こぎてんに立𢌞たちまはつて居ゐたと思おもふと、晩酌ばんしやくに乾ひもので一合いちがふつけた時とき、甚はなはだ其その見事みごとでない、箱根土産はこねみやげの、更紗さらさの小ちひさな信玄袋しんげんぶくろを座蒲團ざぶとんの傍そばへ持出もちだして、トンと置おいて、

「楊枝やうじ、齒磨はみがき……半紙はんし。」

と、口くちのかゞりを一寸ちよつと解といて、俯向うつむいて、中なかを見みせつゝ、

「手巾ハンカチの洗あらつたの、ビスミツト、紙かみに包つゝんでありますよ。寶丹はうたん、鶯懷爐うぐひすくわいろ、それから膝栗毛ひざくりげが一册いつさつ、いつも旅たびと云いふと持もつておいでなさいますが、何なんになるんです。」

「道中だうちうの魔除まよけに成なるのさ。」

鶯懷爐うぐひすくわいろで春はるめいた處ところへ、膝栗毛ひざくりげで少すこし氣勢きほつて、熱燗あつかんで蟲むしを壓おさへた。

「しかし、一件いつけんは?」

「紙入かみいれに入はひつて居ゐます、小ちひさいのが蝦蟇口がまぐち……」

と此この分ぶんだけは、鰐皮わにがはの大分だいぶ膨ふくらんだのを、自分じぶんの晝夜帶ちうやおびから抽出ひきだして、袱紗包ふくさづつみと一所いつしよに信玄袋しんげんぶくろに差添さしそへて、

「大丈夫だいぢやうぶ、往復わうふくの分ぶんと、中二日なかふつか、何處どこかで一杯いつぱい飮のめるだけ。……宿やどは何どうせ矢太やたさんの高等御下宿かうとうおんげしゆくにお世話樣せわさまに成なるんでせう。」

傳つたへ聞きく……旅館以下りよくわんいかにして、下宿屋以上げしゆくやいじやう、所謂いはゆる其その高等御下宿かうとうおんげしゆくなるものは――東區ひがしく某町ぼうちやうと言いふのにあつて、其處そこから保險會社ほけんぐわいしやに通勤つうきんする、最もつとも支店長格してんちやうかくで、年としは少すくないが、喜多八きたはちには過すぎた、お友達ともだちの紳士しんしである。で、中二日なかふつかと數かぞへたのは、やがて十四日じふよつかには、自分じぶんも幹事かんじの片端かたはしを承うけたまはつた義理ぎりの宴曾えんくわいが一ひとつあつた。

「……緩ゆるり御飯ごはんをめしあがれ、それでも七時しちじの急行きふかうに間まに合あひますわ。」

澄すました顏かほで、長煙管ながぎせるで一服いつぷくスツと吹ふく時とき、風かぜが添そつて、ざツざツと言いふ雨風あめかぜに成なつた。家やの内うちではない、戸外おもてである、暴模樣あれもやうの篠しのつく大雨おほあめ。……

二

「何どうだらう、車夫わかいしゆ、車夫わかいしゆ――車くるまが打覆ぶつかへりはしないだらうか。」

俥くるまが霞かすみヶ關せきへ掛かゝつて、黒田くろだの海鼠壁なまこかべと云いふ昔むかしからの難所なんしよを乘のる時分じぶんには、馬うまが鬣たてがみを振ふるが如ごとく幌ほろが搖ゆれた。……此この雨風あめかぜに猶豫ためらつて、いざと云いふ間際まぎはにも、尚なほ卑怯ひけふに、さて發程たたうか、止やめようかで、七時しちじの其その急行きふかうの時期じきを過すごし、九時くじにも間まに合あふか、合あふまいか。

「もし、些ちつと急いそがないと、平常ふだんなら、何なに、大丈夫だいぢやうぶですが、此この吹降ふきぶりで、途中とちう手間てまが取とれますから。」

「可よし。」と決然けつぜんとし、長火鉢ながひばちの前まへを離はなれたは可いいが、餘あまり爽さわやかならぬ扮裝いでたちで、

「可厭いやに成なつたら引返ひきかへさう。」

「あゝ、然さうなさいましともさ。――では、行いつて入いらつしやい。」で、漸やつと出掛でかけた。

車夫わかいしゆは雨風あめかぜにぼやけた聲こゑして、

「大丈夫だいぢやうぶですよ。」

雖然けれども、曳惱ひきなやんで、ともすれば向風むかひかぜに押戻おしもどされさうに成なる。暗闇やみは大おほいなる淵ふちの如ごとし。……前途ゆくさきの覺束おぼつかなさ。何どうやら九時くじのに間まに合あひさうに思おもはれぬ。まゝよ、一分いつぷんでも乘後のりおくれたら停車場ステエシヨンから引返ひきかへさう、それが可いい、と目指めざす大阪おほさかを敵かたきに取とつて、何どうも恁かうはじめから豫定よていの退却たいきやくを畫策くわくさくすると云いふのは、案あんずるに懷中くわいちうのためではない。膝ひざに乘のせた信玄袋しんげんぶくろの名なゆゑである。願ねがはくはこれを謙信袋けんしんぶくろと改あらためたい。

土橋どばしを斜なゝめに烏森からすもり、と町まちもおどろ〱しく、やがて新橋驛しんばしえきへ着ついて、づぶ〱と其その濡幌ぬれほろを疊たゝんで出いで、𤏋ぱつと明あかるく成なつた處ところは、暴風雨あらしの船ふねに燈明臺とうみやうだい、人影ひとかげ黒くろく、すた〱と疎まばらに往來ゆきかふ。

「間まに合あひましたぜ。」

「御苦勞ごくらうでした。」

際きはどい處どころか、發車はつしやには未まだ三分間さんぷんかんある。切符きつぷを買かつて、改札口かいさつぐちを出でて、精々せい〲、着きた切きりの裾すそへ泥撥どろはねを上あげないやうに、濡ぬれた石壇いしだんを上あがると、一面いちめん雨あめの中なかに、不知火しらぬひの浮ういて漾たゞよふ都大路みやこおほぢの電燈でんとうを見みながら、横繁吹よこしぶきに吹ふきつけられて、待合所まちあひじよの硝子戸がらすどへ入はひるまで、其その割わりに急いそがないで差支さしつかへぬ。……三分間さんぷんかんもあだには成ならない。

處ところへ、横よこづけに成なつた汽車きしやは、大おほきな黒くろい縁側えんがはが颯さつと流ながれついた趣おもむきである。

「おつと、助船たすけぶね。」

と最もう恁かう成なれば度胸どきようを据すゑて、洒落しやれて乘のる。……室しつはいづれも、舞臺ぶたいのない、大入おほいりの劇場げきぢやうぐらゐに籠こんで居ゐたが、幸さいはひに、喜多八きたはち懷中くわいちうも輕かるければ、身みも輕かるい。荷物にもつはなし、お剩まけに洋杖ステツキが細ほそい。鯱しやちと鯨くぢらの中なかへ、芝海老しばえびの如ごとく、呑のまれぬばかりに割込わりこんで、一ひとつ吻ほつと呼吸いきをついて、橋場はしば、今戸いまどの朝煙あさけむり、賤しづヶ伏屋ふせやの夕霞ゆふがすみ、と煙けむを眺ながめて、ほつねんと煙草たばこを喫のむ。

……品川しながはへ來きて忘わすれたる事ことばかり――なんぞ何なにもなし。大森おほもりを越こすあたりであつた。……

「もし〱、此この電報でんぱうを一ひとつお願ねがひ申まをしたうございます。」

列車れつしやの給仕きふじの少年せうねんは――逢あひに行ゆく――東區ひがしく某町ぼうちやう、矢太やたさんの右みぎの高等御下宿かうとうおんげしゆくへあてた言句もんくを見みながら、

「えゝ、此この列車れつしやでは横濱よこはまで電報でんぱうを扱あつかひません、――大船おほふなで打うちますから。」

と器用きような手てつきで、腹はらから拔出ぬけだしたやうに横衣兜よこがくしの時計とけいを見みたが、

「時間外じかんぐわいに成なるんですが。」

「は、結構けつこうでございます。」

「記號きがうを入いれますよ、ら、ら、」と、紐ひものついた鉛筆えんぴつで一寸ちよつと記しるして、

「それだけ賃錢ちんせんが餘分よぶんに成なります。」

「はい〱。」

此この電報でんぱうの着ついたのは、翌日よくじつの午前ごぜん十時じふじ過すぎであつた。

三

大船おほふなに停車ていしやの時とき、窓まどに立たつて、逗子づしの方かたに向むかひ、うちつけながら某それがしがお馴染なじみにておはします、札所ふだしよ阪東第三番ばんどうだいさんばん、岩殿寺いはとのでら觀世音くわんぜおんに御無沙汰ごぶさたのお詫わびを申まをし、道中だうちう無事ぶじと、念ねんじ參まゐらす。

此處こゝを、發車はつしやの頃ころよりして、乘組のりくみの紳士しんし、貴夫人きふじん、彼方此方あちらこちらに、フウ〱と空氣枕くうきまくらを親嘴キスする音おと。……

誰たれ一人ひとり、横よこに成なるなんど場席ばせきはない。花枕はなまくら、草枕くさまくら、旅枕たびまくら、皮枕かはまくら、縱たてに横よこに、硝子窓がらすまどに押着おしつけた形かたたるや、浮嚢うきぶくろを取外とりはづした柄杓ひしやくを持もたぬものの如ごとく、折をりから外そとのどしや降ぶりに、宛然さながら人間にんげんの海月くらげに似にて居ゐる。

喜多きたは一人ひとり、俯向うつむいて、改良謙信袋かいりやうけんしんぶくろの膝栗毛ひざくりげを、縞しまの着きものの胡坐あぐらに開あけた。スチユムの上うへに眞南風まみなみで、車内しやないは蒸むし暑あついほどなれば、外套ぐわいたうは脱ぬいだと知しるべし。

ふと思おもひついた頁ペエジを開ひらく。――西國船さいこくぶねの難船なんせんにおいらが叔父的をぢきの彌次郎兵衞やじろべゑ、生命懸いのちがけの心願しんぐわん、象頭山ざうづざんに酒さけを斷たつたを、咽喉のどもと過すぎた胴忘どうわすれ、丸龜まるがめの旅籠はたご大物屋だいもつやへ着つくと早はや、茶袋ちやぶくろと土瓶どびんの煮附につけ、とつぱこのお汁しる、三番叟さんばそうの吸すひもので、熱燗あつかんと洒落しやれのめすと、罰ばつは覿面てきめん、反返そりかへつた可恐おそろしさに、恆規おきてに從したがひ一夜いちや不眠ふみんの立待たちまちして、お詫わびを申まをす處ところへ、宵よひに小當こあたりに當あたつて置おいた、仇あだな年増としまがからかひに來くる條くだりである。

女をんな、彌次郎やじらうが床とこの上うへにあがり、横よこになつて、此處こゝへ來こいと、手招てまねぎをして彌次郎やじらうをひやかす、彌次郎やじらうひとり氣きを揉もみ「エヽ情なさけない、其處そこへ行いつて寢ねたくてもはじまらねえ、こんな事ことなら立待たちまちより寢ねまちにすればよかつたものを。女「何なんちふいはんす。私わしお嫌きらひぢやな、コレイナアどうぢやいな。「エヽこんな間まの惡わるい事ことあねえ、早はやく八やつを打うてばいゝ、もう何時なんどきだの。女「九こゝのつでもあろかい。彌次「まだ一時いつときだな、コレ有樣ありやうは今夜こんやおいらは立待たちまちだから寢ねる事ことがならねえ、此處こゝへ來きな、立たつて居ゐても談はなしが出來できやす。女「あほらしい、私わたしや立たつて居ゐて話はなしノウする事ことは、いや〱。彌次「エヽそんならコウ鐵槌かなづちがあらば持もつて來きて貸かしねえ。女「オホホ、鐵かなさいこ槌づちの事ことかいな、ソレ何なんちふさんすのぢやいな。「イヤあの箱枕はこまくらを此柱このはしらへうちつけて立たちながら寢ねるつもりだ。

考かんがへると、(をかしてならん。)と一寸ちよつと京阪かみがたの言葉ことばを眞似まねる。串戲じようだんではない。彌次郎やじらうが其その時代じだいには夢ゆめにも室氣枕くうきまくらの事ことなどは思おもふまい、と其處等そこいらを眗みまはすと、又また一人々々ひとり〱が、風船ふうせんを頭あたまに括くゝつて、ふはり〱と浮ういて居ゐる形かたちもある。是これしかしながら汽車きしやがやがて飛行機ひかうきに成なつて、愛宕山あたごやまから大阪おほさかへ空そらを翔かける前表ぜんぺうであらう。いや、割床わりどこの方かた、……澤山たんとおしげりなさい。

喜多きたは食堂しよくだうへ飮酒のみに行ゆく。……あの鐵てつの棒ぼうにつかまつて、ぶるツとしながら繋目つなぎめの板いたを踏越ふみこすのは、長屋ながやの露地ろぢの溝板どぶいたに地震ぢしんと云いふ趣おもむきあり。雨あめは小留をやみに成なる。

白服しろふくの姿勢しせいで、ぴたりと留とまつて、じろりと見みる、給仕きふじの氣構きがまへに恐おそれをなして、

「日本にほんの酒さけはござんせうか。……濟すみませんが熱あつくなすつて。」

玉子たまごの半熟はんじゆく、と誂あつらへると、やがて皿さらにのつて、白服しろふくの手てからトンと湧わいて、卓子テエブルの上うへへ顯あらはれたのは、生々なま〱しい肉にくの切味きりみに、半熟はんじゆくの乘のつたのである。――玉子たまごは可いいが、右みぎの肉にくで、うかつには手てが着つけられぬ。其處そこで、パンを一切ひときれ燒やいて貰もらつた。ボリ〱噛かみつゝ、手酌てじやくで、臺附だいつきの硝子杯コツプを傾かたむけたが、何故なぜか、床とこの中なかで夜具やぐを被かぶつて、鹽煎餅しほせんべいをお樂たのにした幼兒をさなごの時ときを思出おもひだす。夜よもやゝ更ふけて、食堂しよくだうの、白しろく伽藍がらんとしたあたり、ぐら〱と搖ゆれるのが、天井てんじやうで鼠ねずみが騷さわぐやうである。……矢張やつぱり旅たびはもの寂さびしい、酒さけの銘めいさへ、孝子正宗かうしまさむね。可懷なつかしく成なる、床ゆかしく成なる、種痘うゑばうさうが痒かゆく成なる。

「坊ばうやはいゝ兒こだ寢ねんねしな。」……と口くちの裡うちで子守唄こもりうたは、我われながら殊勝しゆしようである。

四

息子むすこの性せいは善ぜんにして、鬼神きじんに横道わうだうなしと雖いへども、二合半こなから傾かたむけると殊勝しゆしようでなく成なる。……即すなはち風かぜの聲こゑ、浪なみの音おと、流ながれの響ひゞき、故郷こきやうを思おもひ、先祖代々せんぞだい〱を思おもひ、唯たゞ女房にようばうを偲しのぶべき夜半よはの音信おとづれさへ、窓まどのささんざ、松風まつかぜの濱松はままつを過すぎ、豐橋とよはしを越こすや、時ときやゝ經ふるに從したがつて、横雲よこぐもの空そら一文字いちもんじ、山やまかづら、霞かすみの二字にじ、雲くもも三色みいろに明初あけそめて、十人十色じふにんといろに目めを覺さます。

彼かの大自然だいしぜんの、悠然いうぜんとして、土つちも水みづも新あたらしく清きよく目覺めざむるに對たいして、欠伸あくびをし、鼻はなを鳴ならし、髯ひげを掻かき、涎よだれを切きつて、うよ〱と棚たなの蠶かひこの蠢うごめき出いづる有状ありさまは、醜わるく見窄みすぼらしいものであるが、東雲しのゝめの太陽たいやうの惠めぐみの、宛然さながら處女しよぢよの血ちの如ごとく、爽さわやかに薄紅うすくれなゐなるに、難有ありがたや、狐きつねとも成ならず、狸たぬきともならず、紳士しんしと成なり、貴婦人きふじんとなり、豪商がうしやうとなり、金鎖きんぐさりとなり、荷物にもつと成なり、大おほいなる鞄かばんと成なる。

鮨すし、お辨當べんたう、鯛たひめしの聲々こゑ〲勇いさましく、名古屋なごやにて夜よは全まつたく明あけて、室内しつないも聊いさゝか寛くつろぎ、暖あたゝかに窓まど輝かゞやく。

米原まいばらは北陸線ほくりくせんの分岐道ぶんきだうとて、喜多きたにはひとり思出おもひでが多おほい。が、戸とを開あけると風かぜが冷つめたい。氣きの所爲せゐか、何爲いつもそゞろ寒さむい驛えきである。

「三千歳みちとせさん、お桐きりさん。」――風流懺法ふうりうせんぽふの女主人公をんなしゆじんこうと、もう一人ひとり見知越みしりごしの祇園ぎをんの美人びじんに、停車場ステエシヨンから鴨川越かもがはごえに、遙はるかに無線電話むせんでんわを送おくつた處ところは、然さまで寢惚ねとぼけたとも思おもはなかつたが、飛とぶやうに列車れつしやの過すぐる、小栗栖をぐるすを窓まどから覗のぞいて、あゝ、あすこらの藪やぶから槍やりが出でて、馬上ばじやうに堪たまらず武智光秀たけちみつひで、どうと落人おちうどから忠兵衞ちうべゑで、足あし捗取はかどらぬ小笹原こざさはらと、線路せんろの堤防どての枯草かれくさを見みた料簡れうけん。――夢心地ゆめごこちの背せをドンと一ひとツ撲ぶたれたやうに、そも〱人口じんこう……萬まん、戸數こすう……萬まんなる、日本につぽん第二だいにの大都だいとの大木戸おほきどに、色香いろかも梅うめの梅田うめだに着つく。

洋杖ステツキと紙入かみいれと、蟇口がまぐちと煙草入たばこいれを、外套ぐわいたうの下したに一所いつしよに確乎しつかと壓おさへながら、恭うや〱しく切符きつぷと急行劵きふかうけんを二枚にまい持もつて、餘あまりの人混雜ひとごみ、あとじさりに成なつたる形かたちは、我われながら、扨さて箔はくのついたおのぼりさん。

家いへあり、妻つまあり、眷屬けんぞくあり、いろがあつて、金持かねもちで、大阪おほさかを一ひとのみに、停車場前ステエシヨンまへを、さつ〱と、自動車じどうしや、俥くるま、歩行あるくのさへ電車でんしやより疾はやいまで、猶豫ためらはず、十字じふじ八方はつぱうに捌さばける人數にんずを、羨うらやましさうに視ながめながら、喜多八きたはちは曠野あらのへ落おちた團栗どんぐりで、とぼんとして立たつて居ゐた。

列れつが崩くづれてばら〱と寄より、颯さつと飛とぶ俥くるまの中なかの、俥くるまの前まへへ漸やつと出でて、

「行ゆくかい。」

「へい、何方どちらで、」と云いふのが、赤あから顏がほの髯ひげもじやだが、莞爾につこりと齒はを見みせた、人ひとのよささうな親仁おやぢが嬉うれしく、

「道修町だうしうまちと云いふだがね。」

「ひや、同心町どうしんまち。」

「同心町どうしんまちではなささうだよ、――保險會社ほけんぐわいしやのある處ところだがね。」

「保險會社ほけんぐわいしやちふとこは澤山たんとあるで。」

「成程なるほど――町名ちやうめいに間違まちがひはない筈はずだが、言いひ方かたが違ちがふかな。」

「何處どこです、旦那だんな。」

「何なんちふ處ところや。」と二人ふたりばかり車夫わかいしゆが寄よつて來くる。當たうの親仁おやぢは、大おほきな前齒まへばで、唯たゞにや〱。

「……道みちは道みちだよ、修しうはをさむると、……恁かう云いふ字じだ。」

と習ならひたての九字くじを切きるやうな、指ゆびの先さきで掌てのひらへ書かいて、次手ついでに道中安全だうちうあんぜん、女難即滅ぢよなんそくめつの呪じゆを唱となへる。……

「分わかつた、そりや道修町どしようまちや。」

「そら、北きたや。」

「分わかつたかね。」

「へい、旦那だんな……乘のんなはれ。」

大正七年十月

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「新小説 第二十三年第十号」春陽堂
1918(大正7)年10月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「種痘」に対するルビの「しゆとう」と「うゑばうさう」の混在は、底本の通りです。
※表題は底本では、「大阪《おほさか》まで」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年7月27日作成
2018年8月28日修正
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TEI
/works/050794_000050/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/050794_000050/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/050794_000050/

泉 鏡花、泉 鏡太郎「大阪まで」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 巻二十七』岩波書店、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050794_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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