Soranoha

飯坂ゆき

いいざかゆき

泉 鏡花、泉 鏡太郎

一

旅たびは此これだから可いい――陽氣やうきも好よしと、私わたしは熟じつとして立たつて視みて居ゐた。

五月十三日ごぐわつじふさんにちの午後ごごである。志こゝろざした飯坂いひざかの温泉をんせんへ行ゆくのに、汽車きしやで伊達驛だてえきで下おりて、すぐに俥くるまをたよると、三臺さんだい、四臺よだい、さあ五臺ごだいまではなかつたかも知しれない。例れいの梶棒かぢぼうを横よこに見みせて並ならんだ中なかから、毛けむくじやらの親仁おやぢが、しよたれた半纏はんてんに似にないで、威勢ゐせいよくひよいと出でて、手繰たぐるやうにバスケツトを引取ひきとつてくれたは可いいが、續つゞいて乘掛のりかけると、何處どこから繰出くりだしたか――まさか臍へそからではあるまい――蛙かへるの胞衣えなのやうな管くだをづるりと伸のばして、護謨輪ごむわに附着くツつけたと思おもふと、握拳にぎりこぶしで操あやつつて、ぶツ〱と風かぜを入いれる。ぶツ〱……しゆツ〱と、一寸ちよつと手間てまが取とれる。

蹴込けこみへ片足かたあしを掛かけて待まつて居ゐたのでは、大おほいに、いや、少すくなくとも湯治客たうぢきやくの體面たいめんを損そこなふから、其處そこで、停車場ていしやぢやうの出口でぐちを柵さくの方はうへ開ひらいて、悠然いうぜんと待まつたのである。

「ちよツ、馬鹿親仁ばかおやぢ。」と年紀としの若わかい、娑婆氣しやばツけらしい夥間なかまの車夫わかいしゆが、後歩行うしろあるきをしながら、私わたしの方はうへずつと寄よつて來きて、

「出番でばんと見みたら、ちやんと拵こしらツて置おくが可えいだ。お客きやくを待またして、タイヤに空氣くうきを入いれるだあもの。……馬鹿親仁ばかおやぢ。」と散溢ちりこぼれた石炭屑せきたんくづを草鞋わらぢの腹はらでバラリと横よこに蹴けつて、

「旦那だんな、お待遠樣まちどほさまづらえ。」何處どこだと思おもふ、伊達だての建場たてばだ。組合くみあひの面つらにかゝはる、と言いつた意氣いきが顯あらはれる。此方こつちで其その意氣いきの顯あらはれる時分じぶんには、親仁おやぢは車くるまの輪わを覗のぞくやうに踞込しやがみこんで、髯ひげだらけの唇くちびるを尖とんがらして、管くだと一所いつしよに、口くちでも、しゆツ〱息いきを吹ふくのだから面白おもしろい。

さて、若葉わかば、青葉あをば、雲くもいろ〱の山々やま〱、雪ゆきを被かついだ吾妻嶽あづまだけを見渡みわたして、一路いちろ長ながく、然しかも凸凹でこぼこ、ぐら〱とする温泉ゆの路みちを、此この親仁おやぢが挽ひくのだから、途中みちすがら面白おもしろい。

輕便鐵道けいべんてつだうの線路せんろを蜿々うね〱と通とほした左右さいうの田畑たはたには、ほの白じろい日中ひなかの蛙かへるが、こと〱、くつ〱、と忍笑しのびわらひをするやうに鳴ないた。

まだ、おもしろい事ことは、――停車場ていしやばを肱下ひぢさがりに、ぐる〱と挽出ひきだすと、間まもなく、踏切ふみきりを越こさうとして梶棒かぢぼうを控ひかへて、目當めあての旅宿りよしゆくは、と聞きくから、心積こゝろづもりの、明山閣めいざんかくと言いふのだと答こたへると、然さうかね、此これだ、と半纏はんてんの襟えりに、其その明山閣めいざんかくと染そめたのを片手かたてで叩たゝいて、飯坂いひざかぢやあ、いゝ宿やどだよと、正直しやうぢきを言いつたし。――後のちに、村むら一ひとつ入口いりぐちに樹きの繁しげつた、白木しらきの宮みや、――鎭守ちんじゆの社やしろを通とほつた。路傍みちばたに、七八臺しちはちだい荷車にぐるまが、がた〱と成なつて下おり居ゐて、一ひとつ一ひとつ、眞白まつしろな俵詰たはらづめの粉こなを堆うづたかく積つんだのを見みた時ときは……

「磨砂みがきずなだ、磨砂みがきずなだ。」と氣競きほつて言いつた。――

「大層たいそうなものだね。」

實際じつさい、遠とほく是これを望のぞんだ時ときは――もう二三日にさんにち、奧州あうしうの旅たびに馴なれて山やまの雪ゆきの珍めづらしくない身みも、前途ゆくてに偶ふと土手どてを築ついて怪あやしい白氣はくきの伏勢ふせぜいがあるやうに目めを欹そばだてたのであつた。

二

荷車挽にぐるまひきは、椿つばきの下もと、石燈籠いしどうろうの陰かげに、ごろ〱休やすんで居ゐる。

「飯坂いひざかの前途さきの山やまからの、どん〱と出でますだで。――いゝ磨砂みがきずなだの、これ。」と、逞たくましい平手ひらてで、ドンと叩たゝくと、俵たはらから其その白しろい粉こが、ふツと立たつ。

ぱツと、乘のつて居ゐるものの、目めにも眉まゆにもかゝるから、ト帽子ばうしを傾かたむけながら、

「名めいぶつかい。」

「然さうで、然さうで、名めいぶつで。」と振向ふりむいて、和笑にやりとしながら、平手ひらてで又また敲たゝいて、續つゞけざまにドン〱と俵たはらを打うつと、言いふにや及およぶ、眞白まつしろなのが、ぱつ〱と立たつ――東京とうきやうの埃ほこりの中なかで、此この御振舞おふるまひを一口ひとくち啖くらつては堪たまらない。書肆ほんやへ前借さきがりに行ゆく途中とちうででもあつて見みたが可いい、氣きの弱よわい嫁よめが、松葉まつばで燻いぶされるくらゐに涙なみだぐみもしかねまい。が、たとへば薄青うすあをい樹きの蔭かげの清きよらかなる境内けいだいを、左ひだりに、右みぎには村むらの小家こいへに添そつて、流ながれがさら〱と畔くろを走はしる。――杜若かきつばたが、持もちぬしの札ふだも立たたずに好すきなまゝ路傍みちばたの其その細流さいりうに露つゆを滴したゝらして居ゐるのである。

親仁おやぢの掌たなそこは陽炎かげろふを掴つかんで、客きやくは霞かすみを吸すふやうであつた。

雨あめも露つゆも紫むらさきに、藍あゐに、絞しぼりに開ひらく頃ころは、嘸さぞと思おもふ。菖蒲あやめ、杜若かきつばたは此處こゝばかりではない、前日ぜんじつ――前々日ぜん〱じつ一見いつけんした、平泉ひらいづみにも、松島まつしまにも、村里むらざとの小川をがは、家々いへ〱の、背戸せど、井戸端ゐどばた、野中のなかの池いけ、水みづある處ところには、大方おほかた此このゆかりの姿すがたのないのはなかつた。又また申合まをしあはせたやうに牡丹ぼたんを植うゑてゐる。差覗さしのぞく軒のき、行ゆきずりの垣根越かきねごし、藏くらの廂合ひあはひまで、目めに着つけば皆みな花壇くわだんがあつて、中なかには忘わすれたやうな、植棄うゑすてたかと思おもふ、何なんの欲よくのないのさへ見みえて、嚴いつくしく靜しづかな葉はは、派手はでに大樣おほやうなる紅白こうはくの輪わを、臺うてなを、白日はくじつに或あるひは抱いだき或あるひは捧さゝげて居ゐた。が、何なんとなく、人ひとよりも、空そらを行ゆく雲くもが、いろ〱の影かげに成なつて、其その花はなを覗ながめさうな、沈しづんだ寂さびしい趣おもむきの添そつたのは、奧州あうしうの天地てんちであらう。

此これは……しかし、菖蒲あやめ、杜若かきつばたは――翌日よくじつ、湯ゆの山やまの水みづを處々ところ〲見みた、其處そこにも、まだ一輪いちりんも咲さかなかつた。蕾つぼんだのさへない。――盛さかりは丁ちやうど一月ひとつきおくれる。……六月ろくぐわつの中旬ちうじゆんだらうと言いふのである。たゞ、さきに、伊達だての停車場ていしやぢやうを出でて間まもなく踏切ふみきりを越こして、しばらくして、一二軒いちにけん、村むらの小家こいへの前まへに、細ほそい流ながれに一際ひときは茂しげつて丈たけののびたのがあつて、すつと露つゆを上あげて薄手うすでながら、ふつくりとした眞新まあたらしい蕾つぼみを一ひとつ見みた。白襟しろえりの女をんなの、後姿うしろすがたを斜なゝめに、髷まげの紫むらさきの切きれを、ちらりと床ゆかしく見みたやうな思おもひがした。――

其その、いま、鎭守ちんじゆの宮みやから――道みちを横よこぎる、早はや巖いはに水みづのせかるゝ、……音おとに聞きく溪河たにがはの分わかれを思おもはせる、流ながれの上うへの小橋こばしを渡わたると、次第しだいに兩側りやうがはに家いへが續つゞく。――小屋こやが藁屋わらや、藁屋わらや茅屋かややが板廂いたびさし。軒のきの數かず、また窓まどの數かず、店みせの數かず、道みちも段々だん〱に上のぼるやうで、家並やなみは、がつくりと却かへつて低ひくい。軒のきは俯向うつむき、屋根やねは仰向あふむく。土間どまはしめつて、鍛冶屋かぢやが驟雨ゆふだち、豆府屋とうふやが煤拂すゝはきをするやうな、忙せはしく暗くらく、佗わびしいのも少すくなくない。

猿さるが、蓑みの着きて向むかひの山やまへ花はなをりに行ゆく童謠どうえうに、

一本いつぽん折をつては腰こしにさし、

二本にほん折をつては蓑みのにさし、

三枝みえだ、四枝よえだに日ひが暮くれて。

彼方あつちの宿やどへ泊とまらうか。

此方こつちの宿やどへ泊とまらうか。

彼方あちらの宿やどは雨あめが漏もる、

此方こちらの宿やどは煤拂すゝはきで……

と唄うたふ……あはれさ、心細こゝろぼそさの、謠うたの心こゝろを思おもひ出だす。

三

二階にかいが、また二階にかいが見みえる。黒くろい柱はしらに、煤すゝけ行燈あんどん。木賃きちん御泊宿おとまりやど――内湯うちゆあり――と、雨あまざらしに成なつたのを、恁かう……見みると、今いまめかしき事ことながら、芭蕉ばせをが奧おくの細道ほそみちに……

五月朔日ごぐわつついたちの事こと也なり。其夜そのよ、飯坂いひざかに宿とまる。温泉をんせんあれば湯ゆに入いりて宿やどをかるに、土座どざに筵むしろを敷しいて、あやしき貧家ひんかなり。灯ともしびもなければ、ゐろりの火影ほかげに寢所しんじよを設まうけて云々うん〱。――雨あめしきりに降ふりて臥ねる上うへよりもり、

と言いふのと、三百有餘年さんびやくいうよねんを經へて、あまり變かはりは無なささうである。

と眗みまはす顏かほを、突然いきなり、燕つばめも蝙蝠かうもりも飛とばずに、柳やなぎのみどりがさらりと拂はらふと、其その枝えだの中なかを掻潛かいくゞるばかり、しかも一段いちだんづいと高たかく、目めが覺さめるやうな廣ひろい河原かはらを下したに、眞蒼まつさをな流ながれの上うへに、鋼鐵かうてつの欄干らんかんのついた釣橋つりばしへ、ゆら〱と成なつて、スツと乘のつた。

行燈部屋あんどんべやを密そつと忍しのんで、裏階子うらばしごから、三階見霽さんがいみはらしの欄干てすりへ駈上かけあがつたやうである。

……しばらく、行燈部屋あんどんべや、裏階子うらばしご、三階見霽さんがいみはらしの欄干てすりと言いふのは、何なんの、何處どこの事ことだとお尋たづねがあるかも知しれない。

いや、實じつは私わたしも知しらん。――此これは後あとで、飯坂いひざかの温泉ゆで、おなじ浴槽ゆぶねに居ゐた客同士きやくどうしが、こゝなる橋はしについて話はなして居ゐたのを、傍聞かたへぎきしたのである。

唯と見みると、渡過わたりすぐる一方いつぱうの岸きしは、目めの下したに深ふかい溪河たにがは――即すなはち摺上川すりかみがは――の崖がけに臨のぞんで、づらりと並ならんだ温泉ゆの宿やどの幾軒々々いくけん〱、盡こと〲く皆みな其その裏うらばかりが……三階さんがいどころでない、五階ごかい七階しちかいに、座敷ざしきを重かさね、欄干てすりを積つんで、縁側えんがはが縱たてに繞めぐり、階子段はしごだんが横よこに走はしる。……

此この陽氣やうきで、障子しやうじを開放あけはなした中なかには、毛氈まうせんも見みえれば、緞通だんつうも見みえる。屏風びやうぶ、繪屏風ゑびやうぶ、衣桁いかう、衝立ついたて――お輕かるが下おりさうな階子はしごもある。手拭てぬぐひ、浴衣ゆかたを欄干てすりに掛かけたは、湯治場たうぢばのお定さだまり。萌黄もえぎ、淡紅ときいろしどけない夜よるの調度てうども部屋々々へや〲にあからさまで、下屋したやの端はしには、紅あかい切きれも翻々ひら〱する。寢轉ねころんだ男をとこ、柱はしらに凭よつた圓髷姿まるまげすがた、膳ぜんを運はこぶ島田髷しまだまげが縁側えんがはを――恁かう宙ちうに釣下つりさがつたやうに通とほる。……其その下したの水際みづぎはの岩窟いはむろの湯ゆに、立たつたり、坐すわつたり、手拭てぬぐひを綾あやにした男女だんぢよの裸身はだかがあらはれたかと思おもふと、横よこの窓まどからは馬うまがのほりと顏かほを出だす、厩うまやであらう。山吹やまぶきの花はなが石垣いしがきに咲さいて、卯うの花はなが影かげを映うつす。――宛如さながら、秋あきの掛稻かけいねに、干菜ほしな、大根だいこんを掛かけつらね、眞赤まつかな蕃椒たうがらしの束たばを交まじへた、飄逸へういつにして錆さびのある友禪いうぜんを一面いちめんずらりと張立はりたてたやうでもあるし、しきりに一小間々々ひとこま〱に、徳利とくりにお猪口ちよく、お魚さかなに扇あふぎ、手桶てをけと云いふのまで結むすびつけた、小兒衆こどもしうがお馴染なじみの、當あてものの臺紙だいがみで山やまを包つゝんだ體ていもある。奇觀きくわん、妙觀めうくわんと謂いつつべし。で、激流げきりうに打込うちこんだ眞黒まつくろな杭くひを、下したから突支棒つツかひぼうにした高樓たかどのなぞは、股引もゝひきを倒さかさまに、輕業かるわざの大屋臺おほやたいを、チヨンと木きの頭かしらで載のせたやうで面白おもしろい。

湯野ゆのの温泉をんせんの一部いちぶである。

四

飯坂いひざかと、此この温泉をんせんは、橋はし一ひとつ隔へだてるのであるが、摺上川すりかみがはを中なかにして兩方りやうはうから湯ゆの宿やどの裏うらの、小部屋こべやも座敷ざしきも、お互たがひに見みえ合あふのが名所めいしよとも言いふべきである……と、後のちに聞きいた。

時ときに――今いま渡わたつた橋はしである――私わたしは土産みやげに繪ゑ葉はがきを貰もらつて、此この寫眞しやしんを視みて、十綱橋とつなばしとあるのを、喜多八きたはち以來いらいの早合點はやがてんで、十網橋とあみばしだと思おもつた。何故なぜなら、かみ手ては、然さうして山やまが迫せまつて、流ながれも青あをく暗くらいのに、橋はしを境さかひに下流かりうの一方いつぱうは、忽たちまち豁然くわつぜんとして磧かはらが展ひらけて、巖いはも石いしも獲えものの如ごとくバツと飛とばして凄すごいばかりに廣ひろく成なる。……山やまも地平線上ちへいせんじやうに遠霞とほがすんで、荒涼くわうりやうたる光景くわうけいが恰あたかも欄干らんかんで絞しぼつて、網あみを十とをばかり、ぱつと捌さばいて大おほきく投なげて、末すゑを廣ひろげたのに譬たとへたのだらう。と、狼狽うろたへて居ゐたのである。

念ねんのために、訂たゞすと、以もつての外ほかで。むかしは兩岸りやうがんに巨木きよぼくを立たて、之これに藤ふぢの綱つな十條とすぢを曳ひき、綱つなに板いたを渡わたしたと言いふ、著いちじるしき由緒ゆゐしよがあつて、いまも古制こせいに習ならつた、鐵てつの釣橋つりばしだと言いふ……おまけに歌うたまである。

陸奧みちのくの十綱とつなの橋はしに繰くる綱つなの

絶たえずもくるといはれたるかな――千載集せんざいしふ

「旦那だんな――あの藤ふぢの花はな、何どうだ。」

「はあ。」

「あれだ、見みさつせえ、名所めいしよだにの。」

「あゝ、見事みごとだなあ。」

私わたしは俥くるまから、崖がけの上うへへ乘出のりだした。對岸たいがん(――橋はしを渡わたつて俥くるまは湯ゆの原はらの宿しゆくの裏うらを眞正面ましやうめんの坂さかを上のぼる――)に五層ごそう七層しちそうを連つらねた中なかに、一所ひとところ、棟むねと棟むねとの高たかい切目きれめに、樅もみか欅けやきか、偉おほいなる古木こぼくの青葉あをばを卷まいて、其その梢こずゑから兩方りやうはうの棟むねにかゝり、廂ひさしに漾たゞよひ羽目はめに靡なびいて、颯さつと水みづに落おつる、幅はゞ二間にけんばかりの紫むらさきを、高樓たかどので堰せき、欄干らんかんにしぶきを立たたせて散ちつたも見みえる、藤ふぢの花はななる瀧たきである。

私わたしは繰返くりかへした。

「あゝ、見事みごとだなあ。」

「旦那だんな、あの藤ふぢでの、むかし橋はしを架かけたげだ。」

「落おちても可いい、渡わたりたいな。」

と言いつたばかりで(考慮かんがへのない恥はづかしさは、此これを聞きいた時ときも綱つなには心着こゝろづかなかつた、勿論もちろん後あとの事ことで)其その時ときは……と言いつたばかりで、偶ふと口くちをつぐんだ。

馬うまの背せのやうに乘上のりあがつた俥くるまの上うへの目めの前まへに、角柱かくばしらの大門おほもんに、銅板どうばんの額がくを打うつて、若葉町わかばちやう旭あさひの廓くるわと鑄いてかゝげた、寂然しんとした、明あかるい場所しまを見みたからである。

青磁せいじ、赤江あかえ、錦手にしきでの皿小鉢さらこばち、角かどの瀬戸せともの屋やがきらりとする。横町よこちやうには斜なゝめに突出とつしゆつして、芝居しばゐか、何なんぞ、興行こうぎやうものの淺葱あさぎの幟のぼりが重かさなつて、ひら〱と煽あふつて居ゐた。

ぐら〱と、しかし、親仁おやぢは眞直まつすぐに乘込のりこんだ。

「廓くるわでがあすぞ、旦那だんな。」

屋號やがう、樓稱ろうしよう(川かは。)と云いふ字じ、(松まつ。)と云いふ字じ、藍あゐに、紺染こんぞめ、暖簾のれん靜しづかに(必かならず。)と云いふ形かたちのやうに、結むすんでだらりと下さげた蔭かげにも、覗のぞく島田髷しまだは見みえなんだ。

「ひつそりして居ゐるづらあがね。」

「あゝ。」

「夜よさりは賑にぎやかだ。」

出口でぐちの柳やなぎを振向ふりむいて見みると、間まもなく、俥くるまは、御神燈ごしんとうを軒のきに掛かけた、格子かうしづくりの家居いへゐの並ならんだ中なかを、常磐樹ときはぎの影かげ透すいて、颯さつと紅べにを流ながしたやうな式臺しきだいへ着ついた。明山閣めいざんかくである。

五

「綺麗きれいだなあ、此この花はなは?……」

私わたしは磨込みがきこんだ式臺しきだいに立たつて、番頭ばんとうと女中ぢよちうを左右さいうにしたまゝ、うつかり訊きいた。

「躑躅つゝじでござります。」と年配ねんぱいの番頭ばんとうが言いつた。

櫻さくらか、海棠かいだうかと思おもふ、巨おほきなつゝじの、燃立もえたつやうなのを植うゑて、十鉢とはちばかりずらりと並ならべた――紅べにを流ながしたやうなのは、水打みづうつた石疊いしだたみに其その影かげが映うつつたのである。

が、待まてよ。……玄關口げんくわんぐちで、躑躅つゝじの鉢植はちうゑに吃驚びつくりするやうでは――此この柄がらだから通とほしはしまいが――上壇じやうだんの室まで、金屏風きんびやうぶで、牡丹ぼたんと成なると、目めをまはすに相違さうゐない。とすると、先祖せんぞへはともかく、友達ともだちの顏かほにかゝはる……と膽たんを廊下らうかに錬ねつて行ゆくと、女中ぢよちうに案内あんないされたのは、此これは又また心易こゝろやすい。爪尖上つまさきあがりの廊下らうかから、階子段はしごだんを一度いちどトン〱と下おりて、バタンと扉とびらを開あけて入はひつた。縁側えんがはづきのおつな六疊ろくでふ。――床とこわきの袋戸棚ふくろとだなに、すぐに箪笥たんすを取着とりつけて、衣桁いかうが立たつて、――さしむかひに成なるやうに、長火鉢ながひばちが横よこに、谿河たにがはの景色けしきを見通みとほしに据すゑてある。

火ひがどツさり。炭すみが安やすい。有難ありがたい。平泉ひらいづみの晝食ちうじきでも、昨夜ゆうべ松島まつしまのホテルでも然さうだつた。が、火ひがどツさり。炭すみが安やすい。有難ありがたい。鐵瓶てつびんの湯ゆはたぎる。まだお茶代ちやだいも差上さしあげないのに、相濟あひすまない、清きよらかな菓子器くわしきの中なかは、ほこりのかゝらぬ蒸菓子むしぐわしであつた。

「先まづ一服いつぷく。」

流ながれの音おとが、颯さつと座ざに入いつて、カカカカカカカと朗ほがらかに河鹿かじかが鳴なく。

恰あたかも切立きつたての崖上がけうへで、縁えんの小庭こにはに、飛石とびいし三みつ四よつ。躑躅つゝじ――驚おどろくな――山吹やまぶきなどを輕かるくあしらつた、此この角座敷かどざしき。で、庭にはが尖とがつて、あとが座敷ざしきつゞきに、むかうへすつと擴ひろがつた工合ぐあひが、友禪切いうぜんぎれの衽前おくみさきと言いふ體ていがある。縁えんの角かどの柱はしらに、縋すがりながら、恁かう一ひとつ氣取きどつて立たつと、爪尖つまさきが、すぐに浴室よくしつの屋根やねに屆とゞいて、透間すきまは、巖いはも、草くさも、水みづの滴したゝる眞暗まつくらな崖がけである。危あぶなつかしいが、また面白おもしろい。

内うちのか、外よそのか、重かさなり疊たゝんだ棟むねがなぞへに、次第低しだいびくに、溪流けいりうの岸きしに臨のぞんで、通廊下かよひらうかが、屋根やねながら、斜違はすかひに緩ゆるく上のぼり、又また急きふに降おりる。……

湯ゆの宿やどと、湯ゆの宿やどで、川底かはそこの巖いはを抉ゑぐつた形かたちで、緑青ろくしやうに雪ゆきを覆輪ふくりんした急流きふりうは、颯さつと白雲はくうんの空そらに浮ういて、下屋げやづくりの廂ひさしに呑のまれる。

「いゝ景色けしきだ。あれが摺上川すりかみがはだね。」

圓髷まるまげの年増としまの女中ぢよちうが、

「あら、旦那だんなよく御存ごぞんじでございますこと。」

「其そのくらゐな事ことは學校がくかうで覺おぼえたよ。」

「感心かんしん、道理だうりで落第らくだいも遊あそばさないで。」

「お手柔てやはらかに願ねがひます。」

六

旅費りよひが少すくないから、旦那だんなは脇息けふそくとある處ところを、兄哥あにいに成なつて、猫板ねこいたに頬杖ほゝづゑつくと、又また嬉うれしいのは、摺上川すりかみがはを隔へだてた向むかう土手どて湯ゆの原はら街道かいだうを、山やまの根ねについて往來ゆききする人通ひとどほりが、衣きものの色いろ、姿容なりかたちは、はつきりして、顏かほの朧氣おぼろげな程度ていどでよく見みえる。旅商人たびあきうども行ゆけば、蝙蝠傘かうもりがさ張替直はりかへなほしも通とほる。洋裝やうさうした坊ぼつちやんの手てを曳ひいて、麥藁帽むぎわらばうが山腹さんぷくの草くさを縫ぬつて上のぼると、白しろい洋傘パラソルの婦人ふじんが續つゞく。

浴室よくしつの窓まどからも此これが見みえて、薄うつすりと湯氣ゆげを透すかすと、ほかの土地とちには餘あまりあるまい、海市かいしに對たいする、山谷さんこくの蜃氣樓しんきろうと言いつた風情ふぜいがある。

温泉いでゆは、やがて一浴いちよくした。純白じゆんぱくな石いしを疊たゝんで、色紙形しきしがたに大おほきく湛たゝへて、幽かすかに青味あをみを帶おびたのが、入はひると、颯さつと吹溢ふきこぼれて玉たまを散ちらして潔いさぎよい。清々すが〱しいのは、かけ湯ゆの樋ひの口くちをちら〱と、こぼれ出でて、山やまの香かの芬ぷんと薫かをる、檜ひのき、槇まきなど新緑しんりよくの木きの芽めである。松葉まつばもすら〱と交まじつて、浴槽よくさうに浮ういて、潛くゞつて、湯ゆの搖ゆるゝがまゝに舞まふ。腕うでへ來くる、乳ちゝへ來くる。拂はらへば馳はしつて、又またスツと寄よる。あゝ、女をんなの雪ゆきの二にの腕うでだと、松葉まつばが命いのちの黥いれずみをしよう、指ゆびには青あをい玉たまと成ならう。私わたしは酒さけを思おもつて、たゞ杉すぎの葉はの刺青ほりものした。

……此この心持こゝろもちで晩景ばんけい一酌いつしやく。

向むかうの山やまに灯ひが見みえて、暮くれせまる谿河たにがはに、なきしきる河鹿かじかの聲こゑ。――一匹いつぴきらしいが、山やまを貫つらぬき、屋をくを衝ついて、谺こだまに響ひゞくばかりである。嘗かつて、卯うの花はなの瀬せを流ながす時とき、箱根はこねで思おもふまゝ、此この聲こゑを聞きいた。が、趣おもむきが違ちがふ。彼處かしこのは、横よこに靡なびいて婉轉ゑんてんとして流ながれを操あやつり、此處こゝのは、縱たてに通とほつて喨々れう〱として瀧たきを調しらぶる。

すぽい〱、すぽい〱と、寂さびしく然しかも高たからかに、向むかう斜なゝめに遙はるかながら、望のぞめば眉まゆにせまる、滿山まんざんは靄もやにして、其處そこばかり樹立こだちの房ふつさりと黒髮くろかみを亂みだせる如ごとき、湯ゆの原はらあたり山やまの端はに、すぽい〱、すぽい〱と唯たゞ一羽いちは鳥とりが鳴ないた。――世よの中なかのうろたへものは、佛法僧ぶつぽふそう、慈悲心鳥じひしんてうとも言いふであらう。松まつの尾をの峰みね、黒髮山くろかみやまは、われ知しらず、この飯坂いひざかに何なんの鳥とりぞ。

「すぽい鳥どりですよ。」

と女中ぢよちうは言いつた。

星ほしが見みえつゝ、聲こゑが白しろい。

いま、河鹿かじかの流ながれに、たてがみを振向ふりむけながら、柴しば積つんだ馬うまが馬士うまかたとともに、ぼつと霞かすんで消きえたと思おもふと、其そのうしろから一ひとつ提灯ちやうちん。……鄙唄ひなうたを、いゝ聲こゑで――

大正十年七月

底本 / Source edition

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「東京日日新聞 第一六〇九二号~一六〇九八号」東京日日新聞社
1921(大正10)年7月21日~27日
※「づらりと」と「ずらりと」、「前途」に対するルビの「ゆくて」と「さき」、「彼方」に対するルビの「あつち」と「あちら」、「此方」に対するルビの「こつち」と「こちら」、「欄干」に対するルビの「らんかん」と「てすり」、「温泉」に対するルビの「ゆ」と「いでゆ」と「をんせん」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「飯坂《いひざか》ゆき」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年7月27日作成
2018年8月28日修正
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書誌 / Bibliography
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泉 鏡花、泉 鏡太郎「飯坂ゆき」(旧字旧仮名)、底本『鏡花全集 巻二十七』岩波書店、1942年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 050793_000050, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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